11、立ち上がるもの
「おい……ま、まさかっ!!」
モニターを見ていたジェスの表情が、文面を読み進める毎に強張っていく。
その情報は野次馬と呼ばれ戦場に平然と乗り込んでいくジェスをもってしても、信じがたい内容であった。
今回の取材の目標は、デトロイド近郊を拠点としコーディネーター至上主義を掲げ“天空の雷”と名乗るテログループであった。
このグループの最大の特徴は凶悪なテログループとしての側面と共に、プラントやジャンク屋ギルドと結託し、各地の組織に兵器の供給を行うブローカーとしての役割も持っている事だ。一説には現役のザフトの要職者やジャンク屋ギルドの構成員も参加しているらしい。
現在各地で頻発する大規模なテロを調べているうちに、ジェスはこの組織に行き着いた。
かなり危険な組織だ。どやって接触するかと考えながら遠くから拠点らしき廃工場を観察していたところ、突然慌しくなり20機近いMSが出て行ったのだ。
その混乱にこれ幸いと潜入してみたのだが、まさかこんなデータが残っていたとは・・・・・・。
「どうしたんだ、ジェス?」
部屋の入口附近で人が警戒していたカイトが、そんなジェスの変化に気が付き声をかける。
「カイト……。ニュートロンスタンピーダーを覚えているか?」
「2年前に使われたプラント防衛用のアレだろう。またそれが何で出てくるんだ?」
ジェスの言葉に、カイトは首をかしげる。
なんだってここで防衛用の兵器が出てくるのかわからなかったからだ。
「ここの連中が持っているのは、攻撃用ニュートロンスタンピーダー・・・・・・”ゲイ・ボルク”だ」
「なんだよ、そりゃ」
ニュートロンスタンピーダーは元々は前議長の時代に実戦投入された、核兵器に対するプラント防衛用の兵器であった。
核弾頭を強制的に爆発させるニュートロンスタンピーダーは、ブレイク・ザ・ワールド直後に行われた連合によるプラント侵攻時に投入され、連合軍を艦隊ごと壊滅させるという大戦果を上げる。
その後もニュートロンスタンピーダーの研究は続けられ攻撃用への転用が計られ、敵施設にニュートロンスタンピーダーを設置、核施設を破壊し周辺地域を放射能汚染させる攻撃用ニュートロンスタンピーダー“ゲイ・ボルク”が立案される。
しかし、レアマテリアルの確保や長期的な被害を考慮してデュランダル議長は計画の凍結、破棄を決定した。
しかし、極秘裏に“ゲイ・ボルク”は建造されていた。
詳しい開発過程やデータはここには記されていないが、“ゲイ・ボルク”が使用された場合、ワシントンやニューヨークを含む旧アメリカ東海岸一体は深刻な放射能汚染に見舞われ、壊滅的な被害に陥るだろう。
その説明に、さすがのカイトも背中に冷たいものが流れる。
「まてよ、なんだってそんなもんがあるんだ!?」
いくらなんでも、流出して良いものではない。慌てるカイトにジェスは半ば自棄に言い放つ。
「知るかっ! プラント・・・いや、ザフトやジャンク屋の腐敗は俺たちが思っている以上なのかもしれないな」
世界の混乱にジャンク屋が深く関わっていると知った時、かつて自らにアウトフレームを託した青年はどうするのだろう。ジェスはそう考えると、重い溜息をついた。
デトロイド市街は大混乱に陥っていた。
突如都市上空で起きた戦闘の流れ弾や残骸が、建物や道路を吹き飛ばす。
さらに市街に侵入してきたMSは都市の被害も省みず、建物を盾に上空の赤い機体と砲撃戦を行い、流れ弾や爆発でさらに被害が広がる。
斜陽の工業都市は、一瞬にして鋼の巨人たちの戦場と化していた。
「くそっ! どっちもお構い無しかよっ!!」
シンは遠慮無しに上空でドッグファイトを繰りひろげるアスランやテロリスト達に毒づいた。
「ど、どこまで逃げるんですか、シン!!」
周囲の地獄絵図とも言える状況を横目に、腕を引かれたシッポが苦しそうにシンに話し掛ける。
鍛えられたコーディネーター兵士の体力についていけないのだ。
「どうすると言われも……」
そんなシッポの様子を心配しながらも、シンも明確には答えられない。
正直どこまで逃げていいのか分からなかった。この街に詳しくないと言うのもあるが、避難警報すらない突発的戦闘で、どこまで行けば安全かなど答えようが無い。
まして、今戦闘を行っているのは全長20m近いMS達だ。しかも半数近い数は飛行しており、射撃武器は全機標準装備だ。
人の移動速度をはるかに上回る速度で拡大する戦場に、安全地帯など果たして存在するのか。
だからといって、立ち止まっている訳にもいかない。
戦闘の流れ弾だけでなく暴徒に襲われる危険性だってある。無論素人相手に遅れをとる気は無いが、足止めをくらって戦闘に巻き込まれては目も当てられない。
「とりあえず、もう少し先まで逃げるぞ! 町の中心まで行けば避難誘導だってあるだろう!」
それと口では言わなかったがこれほどの大都市だ。上手くいけば緊急用シェルターの一つや二つは見つかるかもしれないし、逃げている最中にジェスのアウトフレームと合流できるかもしれない。
特に後者はかなり高い確立だ。あの野次馬は嫌でも目立つ。
もっとも、この時ジェスはテロリストの拠点に潜入しており、街が戦場となっているなど知らなかったのだが。
シンは苦しそうなシッポを見て言葉をかける。
「苦しいんだったら、おぶってやるから無理をするなよ」
そのシンの一言に、シッポは一瞬だけきょとんとする。
だが次の瞬間、怒りの為か真っ赤になって食ってかかる。少なくともシンはそう判断した。
「な、な、なに言っているんすか、このセクハラ小僧! 腐ってもフォト・ジャーナリストなんですよっ! この程度でへばってなんては……」
そう、自分はフォト・ジャーナリストなのだ。
「誰がセクハラ小僧だ!」
シンが何か叫んでいたが、急速に冷静になるシッポにはそれが気にならない。
あの日、ジェスに無理やり弟子入りしたあの日から自分はもう深窓の令嬢などではなく、真実を知らせるジャーナリストになったのだ。
それが、逃げ出してどうする。
シッポは立ち止まると、シンとつながれた腕と逆の腕で自らの腰に手を当てる。そこには、家を飛び出したときからずっと身につけていたカメラが確かに存在した。
──自分はフォト・ジャーナリストなのだ。
そう、此処には伝えなければならない真実があるのだ。
自分がやらなければならない事は、確かに此処にあるのだ。
「おい、シッポ?」
真っ赤になったと思ったら急に大人しくなったシッポをシンは慌てて覗き込む。
訓練された兵士だって戦場でおかしくなる奴はいくらでもいるのだ。素人のシッポが恐怖でおかしなっても不思議は無い。
「シン、私は逃げないっす」
「おい、お前! 何を考えているんだ!!」
ついにおかしくなったか?
だが、次の瞬間その予想が的外れだったとシンは知る。シッポの目はおかしくなった者のソレではなく、確かな意思の光がそこにあった。
「私はジャーナリストです。ここには伝えなければならない真実があるんです!」
そう言うとシッポはシンの腕を振り払い、腰に合ったカメラを取り出す。慣れた手つきでそのカメラを準備すると、戦場となっているだろう市街地に向き直る。
「お、おい!」
「さっきシンが言ったですよ。認めたくないのなら、調べて知らせるのが私の仕事だって。あんな小さな子が死んじゃって良い理由なんてないはずです!」
シッポは自分に言い聞かせるように叫ぶと、市街地に向かって走り出そうとする。
「ま、まてよっ! そっちは危ないんだぞ!」
そのシッポをシンは慌てて止めようとする。だが、そんなシンにシッポは向き直ると、シンですら見ほれるような微笑を浮かべて言った。
「あんな理不尽がまかり通るなんてあたしは許せないです。私は世界中の人に理不尽の真実を知らせなきゃならないんです」
そして、少女はかつてシンの上司が言った言葉と同じ言葉を口にする。
「それが私の戦いっす」
「お、おい……」
その少女の笑みと覚悟に、シンは呆然と何も言い返せなくなる。
「じゃあ、行くっすよ、シン。私を守ってくれるんでしょう」
「ま、まてよ……」
そう言って駆け出そうとした少女にシンは慌てて追いすがる。
しかし、止める事は出来なかった。