SCA-Seed_19◆rz6mtVgNCI 氏_第3話

Last-modified: 2008-06-18 (水) 19:24:06

第3話『英雄との再会』
 
 
「まったく、何なんだよ……」
 
 二人の軍人がいなくなった病室は、静寂を取り戻していた。
 そんな静寂の中、シンは一人病室の入口をぼんやりと眺め呟いた。
 
「まったく、何なんだよ……あの二人は」
 
 再び同じ台詞を呟く。
 
 妙な二人であった。
 趣味の悪いサングラスと大きな胸──とりあえず感触は脳内HDに保管する──の軍人を思い出す。
 ある意味軍人らしい陽気な性格であり、ある意味では軍人らしくない陽気な性格であった。
 ただコメディアンのような馬鹿騒ぎを見ていると、かつてザフトで叩き込まれた連合に対する評価を根底からぶち壊される気がしてならない。
 
「野蛮で愚かなナチュラル、プラントから搾取を続ける連合か……」
 
 もっとも、それが軍人教育に関する一環であり、悪意に歪められた偏見だと今のシンにはわかっている。
 だからと言って、何かをする気が無いのも今のシンだが。
 それに、そんな事よりも意識を失ってから2日たっているという事の方が気になる。元々人と会う約束があって町に出ていたのだ。
 図らずも約束をすっぽかす事になり、相手はどう思っているのか。
 心配しているのか、それとも怒っているのか……。
 
「どうしたものかな……」
 
 一人でいる事が多いためだろうか、どうしても独り言が多くなる。誰に聞かせるとも無く、応える者を期待した訳でもないその言葉は病室の白い壁に溶けて消えるはずであった。
 そうなるはずであった。
 
「何が、どうしたって言うんだ。シン」
 
 その突然の訪問者さえいなければだ。
 


 
 その訪問者は、不機嫌そうな顔をして病室の入口に立っていた。
 連合とは違う白を基調とした軍服を身に纏い、その胸元にはオーブとザフト、二カ国の勲章が燦然と輝く。
 彼の名前はアスラン・ザラ。オーブ軍一佐、プラント駐在武官、中立地帯における特殊平和維持軍の副指令、元ザフトレッドにして特務隊フェイス。そして、二度の大戦を平和に導いた英雄の一人。
 様々な肩書きを持つ若き英雄がそこにいた。
 
「何が、どうしたって言うんだ。シン」
 
 英雄が再び問い掛けてくる。
 その言葉にシンは反応できずにいた。突然の出現に脳の処理が追いつかないのだ。
 アスランは今は宇宙にいる筈の人であり、地上にいるならば平和の国で軍務に当たっていなければならない立場にあるはずだ。間違っても大西洋連邦にはいない筈の人だ。
 いや、あるいは……。
 
「あれ? 俺、何時の間にかオーブかプラントに来ましたっけ?」
 
 以前何かの拍子に聞いた話しだと、キラ・ヤマトは気がつくとプラントにワープしていた事があるらしい。自分の身にも同じ事が起きたのか?
 
「何をおかしな事を言っているんだ、お前は。ここは大西洋連邦だ」
 
 呆然と呟くシンに、アスランは溜息混じりに呆れる。
 やはり此処は大西洋連邦らしい。ますます状況がわからなくなったシンは悲鳴じみた声を上げる。
 
「って、おかしいのはあんたでしょうがっ! 何だってこんな所にいるんだよっ!」
「いちゃ悪いか? まったく、相変わらず言葉使いがなってない奴だな」
「いちゃ悪いですよ! ここは大西洋連邦ですよっ!! 密入国でもしたのかよっ!!」
「別にもう戦争は終わったんだ。密入国なんてしなくても、正規のルートがいくらでもある」
「正規のルートがあるからって、偉い人がホイホイ外国に現れるなよっ!!」
 
 名前が売れているといっても知っている人は知っていると言う珍獣のような扱いの自分はともかく、アスランは今現在世界でもっとも注目を浴びている人物の一人で、そう簡単に出歩ける立場ではないはずだ。
 そんなシンにアスランは少し疲れたように応じる。
 
「偉い人には偉い人なりの仕事があるんだ」
 
 実際、大西洋連邦にやってきたのはある一件に関する折衝の為である。もっとも、そんな事はおくびにも出さず、アスランはシンに言い放つ。
 
「そんな事よりもだ、シン。お前はこんなところで何をやってるんだ、さっさと帰るぞ」
「へ?」
 
 突然現れた事もなんだが、帰るって何処にだ?
 ザフトはキッチリと残務処理もした上で退役しており、プラントの住居も引き払ったはずだ。もはやオーブに帰る家は無く、少なくとも今の自分には帰る場所など無い。
 相変わらず言いたい事だけを言って要点の得ないにアスラン言葉に、シンはさらに呆然とした表情をする。
 
「あの、帰るって何処にですか?」
 
 だから、この男に対してとは思えないほど素直に聞いてしまう。
 
「まったく、何時まで惚けているんだ。プラントに……ザフトに決まっているだろう」
「なんでザフトに……」

 だからザフトは辞めたと……、そういえば辞表を提出した時、アスランはオーブにいたと思い出す。
 ルナや直属の上官だったアーサー、他数名には挨拶をしておいたが、立場が違いすぎるアスランの知り合い連中には挨拶などしなかった。
 恐らくは、自分がザフトを辞めたという事を知らないのだろう。
 何故此処にコイツがいるとのかとか、何故自分の居場所がわかったのかという疑問はとりあえずおっぽり投げて、とりあえずその事をアスランに伝えるべきだとシンは考えた。
 
「俺、ザフトを辞めたんですが」
「知っている」
「へ?」
 
 さらに呆然とするシンに、アスランは苦笑いとも不機嫌とも取れる表情を向ける。
 アスランはシンがザフトの派閥狩りに巻き込まれたのだろうと考えていた。ラクス自身は寛大なる処置を考えているのだが、ある程度の不穏分子狩りは仕方の無い事だと容認もしていた。
 特にシンは前議長の懐刀でエースだ。戦後は特務隊こそ外れたが赤を着続け、アスランを通じキラやラクスと面識のあった彼は周囲の嫉妬と猜疑に潰されたのだろう。
 
「俺たちに相談せずに辞めるなんて、何を考えているんだお前は。ザラ派やデュランダル派は監視がきついって言うのはわかるが、そんなもの俺たちに相談すればなんとでもなったんだ。 メイリンが気がついて俺に報告してなければ大変な事になってたぞ」
 
 たいへんてなに?
 正直、シンにはアスランの言っている事がわからなかった。いや、恐らくは自分の知らないところで何か大変な事になっているような気だけはする。
 
「まったく、お前を辞めさせるなんて……、シンはもう敵じゃないんだ。人事の連中にはきつく言っておいたが……。デュランダル議長の下にいたからなんだって言うんだ。 シンは何かを企んでなんかいないなんて調べればすぐ判るじゃないか。あいつらはいつまで派閥や過去なんかに囚われているんだ」
 
 いや、親子ほど歳の離れていた人事の人は俺に同情してくれましたよ……。『辛かっただろうな、辞めるよりも別の部署に移動しないか』とまで言ってくれたし……。
 
「お前の辞表は完全には受理されていない。人事や監査は処分済みだ。無理に辞める必要は無いんだぞ、シン」
 
 いや、無理になんて辞めさせられてないし。それこそ記録を見れば一目瞭然だろう。
 
「シン、お前はザフトにすぐ戻れるように手配しておいた」
 
 その言葉に、シンの中の何かが音を立ててぶち切れる。
 
「あ、あ、あ、あ、あ……」
「どうした、シン!?」
 
 俯き、肩を振るわせるシンをアスランが心配そうに見つめる。
 一方、シンはもはや我慢の限界だった。
 この世界の理不尽さなど骨身に沁みてわかっているし、自らの意思を無視された事など数えるのも馬鹿馬鹿しいぐらいだ。そんなモノだというある種の諦めすらあるくらいだ。
 だからと言って、慣れている訳でも、素直に受け入れられるわけでもない。
 
 
「あんたは一体なんなんだぁっ!!!」
 
 
 シンは気がつくと、力の限り叫んでいた。
 


 
 突然のシンの叫びに、アスランは一瞬固まる。
 
「俺は自分の意志でザフトを辞めたんだ! あんたは何て事をしてくれるんだ!」
「お前がそう思い込んでいるだけだろう」
 
 いきなり人の事を断言するアスランにシンはますます激昂する。
 
「あんたに俺の何が判るって言うんだ! 俺はもうザフトにいたくないから辞めたんだっ!!」
 
 嫉妬や猜疑の目など、慰霊碑の前でキラの手を握った時に覚悟を済ませてあった。辞めさせようとしていた連中がいるのは気がついていたが、そんなものは歯牙にもかけていなかった。
 
「そう周囲に思い込まされているだけだっ! そう思い込まされているのが何故わからないんだ、シン!」
「誰がどう思い込ませるって言うんだよっ!!」
 
 むしろ、そう思い込んでいるアスランの思考回路がわからない。
 
「もう一度言うが、俺はもうザフトにいる理由がなくなったから辞めたんだよっ!!」
 
 復讐する事も、守る事も、友から託された願いを叶える事もできなかった。
 安穏とした日々に、幸福な時間に失ったものを忘れかけた時、シンが戦う理由はザフトの何処にも無かった。
 だが、それはあくまでもシン自身の事情であり、自身で決めた事である。他の誰かに強制されたわけでもなければ、示唆されたわけでもない。
 
「理由が無いだと!? お前は戦わなければならない物がまだ判らないのかっ!」
「ああ、判らなかったね。判ったつもりになってただけだったよ」
 
 そしてもう一度思い出す。思い出そうとした。
 守れなかった口惜しさを、力を欲した理由を。
 だが、思い出せない。事象は認識しても、あの時の身を焦がすような思いは湧いてこなかった。
 そしてその事に気がついた時、シンはザフトにはいられなかった。どうしてかわからなかったが、プラントから出なければと思った。
 プラントに対する義理はデュランダル議長時代のもので、それを火力で強奪したクライン政権には無い。恩赦ともいえる寛大な処置に対する義理も、1年以上の軍務と危険な戦後処理で返したはずだ。
 だが、アスランにはそんなシンの思いはわからない。
 
「なんだと、どれだけお前の事をキラや俺が気にしていたと…… お前の我侭でどれだけキラ達が心配したと思っているんだ、シンっっっっ!!」
「それこそ俺の知った事かっ! ステラやレイを討ったあんた等に言われる筋合いは無い!」
「そうやってまた過去に拘って未来を殺す気か、シン!」
 
 二人の視線が火花を散らす。かつて、二年前の戦場と同じく、剥き出しの敵意と正義がぶつかる。
 ただ二人は失念していた、此処は戦場ではなく病院だという事を。
 


 
「お前等、何をやっているんだ?」
 
 半ば呆れ、半ば怒った表情で初老の医者が病室を覗き込む。
 その後ろには二人の連合軍人がくっついてきており、女性士官は妙味心神に部屋を覗き込み、男性士官は部屋を一瞥すると壁に手をついて頭を抱えている。
 
「ここは病院だぞ。他に患者がいないとはいえ、大声で喚きあうなど非常識も甚だしい」
 
 じろりと妙な迫力で睨む医者に、さすがのアスランとシンも押し黙る。何故か後ろの女性士官も小さくなっている。
 
「す、すいません」
「すまない、我を忘れてしまっていた」
 
 素直に謝った二人に、医者はそれ以上は何も言わなかった。
 一方アスランは医者に謝りながらも新たにやって来た3人を注意深く観察していた。
 初老の医者はまぁ、良い。此処は病院なのだから居るのはあたり前だ。問題は後の二人、連合の士官がなぜこんな場所に居るのか? ここは軍関係施設ではなかったはずだが……。
 もっとも、連合の二人は口を挟む気が無いようで、男性士官は体調が悪いのか壁に手を当て頭を抱えているだけだし、女性士官はこちらよりも男性士官に意識を向けているようだ。
 単なる患者と付き添いか?
 もっとも油断は出来ないだろう。ブルーコスモスが力を失った今とて、この病院が連合軍とつながりが深いならシンをこのまま置いて行くわけにもいかない。
 
「申し訳ない、シンは何時退院できるんですか?」
「何であんたが……」
 
 アスランの言葉に、医者はシンを見る。
 
「身内か?」
「違います。単なる知り合いです」
「なら、すまんが言えんな。職業倫理に反するのでね」
「シン、お前なっ! いえ、直属ではありませんが上官に当たります」
「もう除隊済みだっ!! そもそも、俺がザフトだったとしてもオーブのあんたとは別組織だろうがっ!」
 
 グダグダな言い争いに、男性士官──サイは益々頭痛が酷くなるのを感じていた。良く言えば自分の考えを曲げない。悪く言えば周囲にまったく配慮しない。アスランの性格はまったく変わっていなかった。
 
「サイ君、大丈夫?」
「ええ、大丈夫です」

 心配そうに覗き込む司令に大丈夫だと応える。
 そして、こういった席での司令は面白がって火に油を注ぐだけだと判っている。医者も怒っているふりはしているが、実はどっちかというと面白がる口だ。
 結局は自分が仲裁しなければならないだろう。
 サイは溜息を一つつくと、意を決して二人の間に割り込む。
 
「おい、二人とも落ち着け」
 
 今まさに掴みかからん勢いでにらみ合っていた二人は、突如割り込んできた連合士官に思わず毒気を抜かれる。
 
「あんた、たしか……サイさん」
「アスカ君が言いたい事があるのは十二分に判るが、此処は病院で君は入院患者なんだ。こんな所で喧嘩をするのはどうかと思うぞ」
「あ、ああ……」
 
 さすがに今日会ったばかりの他人に見せる醜態ではない事ぐらいはシンにも判っている。シンもさすがに騒ぎすぎたと再度反省の意思を示した。
 そんなシンを確認すると、サイは後ろで呆然としているアスランに向き直る。まぁ、彼の場合知人が突然連合の制服着て現れたので驚いているのだろう。
 
「アスランも、とりあえず落ち着け。アスカ君との関係はわからないが、彼は先ほどまで倒れていたんだからさ」
「あ、ああ……」
 
 たしかに、倒れていた人間を起きた途端に叱咤するのはやりすぎだろう。昔と変わらず考え無しのシンを導かなければと気負いすぎていた。
 
「す、すまない」
 
 アスランは溜息を一つ付き肩の力を抜くと、諌めてくれた連合士官に謝罪と感謝の言葉を述べ、ついでどばかり士官の名前を尋ねる。
 
「ところで、君は? 俺は名前を名乗っていないし聞いていないのだが……」
 
 最近はメディアの前面に出ることが多いから、軍人である相手が自分の名前を知っている事は驚かないし不快とも思わない。だからアスランは軽い気持ちでその士官に名前を尋ねた。
 その連合士官は、何故か顔を引きつらせながら答える。
 
「さ、サイ・アーガイル少尉です。アスラン・ザラ准将」
 
 アスランはその連合士官──サイに再度の謝罪の言葉を述べた。
 
「すまない、アーガイル少尉。どうやら俺やシンが迷惑をかけたようだな」
「は、はぁ。慣れていますので……」
 
 一方のサイはさらに顔を引きつらせ、半ば呆然と応える。
 
(お、覚えてないのかよっ!!)
 と叫ばなかったのは、単純にサイの驚きがあまりにも大きかったからだ。
 そりゃ、共通の知人が居るというだけの関係だし、ミリアリアとディアッカのように別の印象的な関係があった訳でもない。
 4年前は共に戦ったとはいえ、サイはアークエンジェルのブリッジクルーでアスランはエターナルのMSパイロットのため接点が少なかった。
 とはいえ戦後のオーブで何度か接触はあったし、そもそもサイがキラ達アークエンジェル時代のクルーと距離をおく事になった直接の原因は……。
 いや、考えても仕方ない。
 考えるだけ無駄なのだろう。
 
――なんだかもう疲れたよ、フレイ。

 黄昏るサイに、アスランは不思議そうな顔をし、その後ろの司令と医者は今にも噴きだしそうな表情をしている。
 
「お、おい。どうしたんだ、あんた?」
 
 そんな中、初対面のシンだけが心配そうに声をかける。
 少なくとも、今のサイにはその心使いが妙に嬉しかった。