偶然に出会いほんの少しだけ、家族を失った二人は傷の舐めあいのように一緒に暮らした。
少年は、死んだ息子と同じように自分を守りたいとザフトに志願した。
泣いて止めた。すがりついた。
ほんのわずかな暮らしの中で、彼女の中で、
少年の存在は死んだ息子の次くらいに大きくなっていたのだ。
でも、少年の決意は固くて、結局は息子と同様に彼を止めることができなかった。
初めのうちは、彼からよく手紙が来た。
同室の金髪が無愛想だとか、チームを組んだ赤毛が射撃が下手だとか、
少し物騒だけど、ありふれた少年らしい内容が多かった。
赤服になれそうだと、書いてあった。
彼女の心臓は張り裂けそうになった。死んだ息子も、赤服だったから。
身体に気をつけて、そう書いた。それしか書けなかった。
コーディネーターだった彼女も無神論者だったが、その時初めて神に祈った。
もう、これ以上息子を、連れて行かないで。
少年は任官し、新型機のパイロットに選ばれた。
それからだ、少しずつおかしくなっていったのは。
アーモリーワンの襲撃、出航するミネルバ、ブレイク・ザ・ワールド。
そして再び始まる戦争……。
徐々にだが、少年から手紙が来る間隔が長くなった。
戦地だから仕方ない、それは確かにそうだろう。だが、それ以上に少年が心配だった。
新しい上司と上手く行ってないんじゃないか、一人で危険な作戦に従事させられているんじゃないか。
あの優しい子が、誰かを守りたいと願った子供がその願いを叶えられなくて慟哭しているんじゃないか。
そして、やがて手紙が来なくなり。
それからしばらく後だった、デュランダル議長がラクス・クラインに討たれたのは。
その少年が戦地から帰ってきた。
少年はしぶとく戦地で生き延びていた。
すこし頬に切り傷が残っているが、五体満足で無事に帰ってきてくれたのだ。
「おかえりなさい……」
「ただいま帰りました……、って、抱きつかないでくださいよ!」
少年が赤くなって悲鳴を上げるが、それよりも喜びが大きかった。
亡き夫と息子に悪いだろうかと一瞬考えたが、その考えこそ二人に対する侮辱だと思った。
あの二人なら、少年の帰還を祝福してくれるはずだ。
せめて、少年の無事を祝っても、良いはずだ。
でも、その考えは少し甘かった。
異変は夜に起こった。
少年が泊まっている寝室で、獣のような悲鳴が聞こえた。
彼女は何事かと、少年の寝室に向かう。
そこには、闇を恐れ小動物のように震える赤い瞳の少年の姿があった。
確かに身体は無事であった。後に残るような、障害を残すような傷は一つも無い。
でも、心はもうボロボロだった。
常に激戦区を戦い、戦場で出会った心通わせた少女を助けることも出来ず、
上司は裏切り、その男はこの手にかけた、はずだった。
無二の戦友は逝ってしまい、 少しだけ心通わせた同僚は土壇場で裏切り、
最後に生きていた裏切り者の元上司に討たれた。
そして、捨てた母国での負け犬の誓い。
結局は、戦争は少年からまたすべてを奪って行ったのだ。
彼女は、震える少年の手を握り一つずつ、根気強く少年の懺悔を聞いていった。
そして、今度こそ怒りと悲しみを覚えた。
それが兵士の務めだといえばそれまでだ。
だが、なぜこの少年は苦しんでいるのに、裏切りの男や簒奪者が天上人として扱われるのだ。
死んでいった者の思いを叶えられないことの無力さに、少年は苦しんでいる。
それを感じるべき連中は、のうのうと笑みを浮かべ、自らが平和と自由を皆に齎したと喧伝しているのだ。
だが、それが世界の理かもしれない。
結局は力ある者のみが主張できるのだ。
彼女は、震える少年をそっと優しく抱きしめた。そしてその影が一つとなり寝台の上に……
プラントにも人工的ではあるが朝はある。
遮光カーテンの隙間からうっすらと入り込む朝日に、彼女は目覚めた。
まず、気が付いたのは一糸纏わぬ姿でシーツに包まっていた自分の姿だ。
そして次ぎに隣で穏やかな寝息を立てる同じく一糸纏わぬ姿のたくましい少年の姿を視界に納めた。
その瞬間、彼女の脳裏に昨晩の情事が詳細まで思い出される。
あああ、自分はなんて事を! 息子よりも年下の少年とあんな事を!
彼女は顔を真っ赤に染め、その両手を頬に当てた。
本当なら転がりまわって恥ずかしがりたい所だが、そんな事をすれば少年が眼を覚ましてしまう。
まるで乙女のようなしぐさで、ひとしきり恥ずかしがり、でもここで自分が動揺していたら
少年は責任を感じてしまうだろうと思い直した。
自分は大人だ。なんでもないように振舞わなければ。
彼女は深呼吸をして気分を何とか落ち着かせ、少年の目覚めをそのままの姿勢で待った。
そして、少年はそれほど時を待たずして眼を覚ました。
「おはよう」
「あ、おはようございます……、って、ええええええっ!?」
自分の格好と、彼女の姿に、少年は半ばパニックを起し叫ぶ。
そのパニックのおかげで、逆に彼女は冷静になっていった。微笑を浮かべ、少年をからかえるぐらいに。
「くすっ。こんなおばさんとじゃ嫌だったかしら」
「い、いえ、お、おばさんだなんてそんなことはありません!!」
普段よりも丁寧な敬語で話す少年に、彼女は可愛さと愛しさを感じる。
結局、コーディネーターと言っても、所詮は人なのだ。
言葉を交わし、肌を合わせなければわからないことが、癒せないものがあるのだ。
昨日の彼よりも、ほんの少しだけ何かが晴れた様子の少年を、彼女は少年をそっと抱きよせる。
そして、前々から考えたことを思わず口にする。
「ねえ。よかったらこれから一緒に住まない?」
「えっ、そ、それはっ!?」
「え、あ、いや、その、そういう意味じゃなくて」
だが、この状況でそれを言うのは、そーいう意味に聞こえるわけで。でもそういった意図はなく。
二人は、互いに思わず慌てて、そしてどちらからとも無く笑うのだった。