「……よりMSを強奪。追撃部隊により撃墜ですか……」
その暗い部屋で、男は部下からの報告を聞いていた。
先日抹殺命令を出した二人だが、どうやってか特殊部隊の包囲網を突破。
その後基地に侵入、ミネルバ級強襲揚陸型MS運用母艦アグライアよりゲイツRを奪取し逃亡するものの、
同艦より追撃に出たルナマリア・ホークのインパルスに撃墜される。
「気に入りませんね……」
ボソリと男は呟く。
男自身、プラントの特殊部隊のお粗末さは身をもって知っていたので、
逃げられる可能性はある程度は考慮していた。
とはいえ、逃げた後が気に食わない。
確かに報告書は完璧だし、戦闘の様子はプラントより確認できている。
ゲイツRの残骸も回収されており、ほとんど燃え尽きていたコックピット部分に残されていた
わずかな血痕は目標だった二人のものであった。
たしかに、遺体が残っていなくても仕方が無い状況ではある。
しかし、出来すぎのような気がするのは気のせいか?
「デュランダルの懐刀であったミネルバの副長ですか……。
アーサー・トライン、評判と違い意外と切れ者なのかもしれませんね……」
男はそう呟くと、自らの考えをまとめた。
確実に抹殺できなかったのは痛手だが、今回はこれで満足しましょう。
彼等をプラントから引き離せた以上、大きな動きはできまい。
所詮はMSの操縦以外能が無い。婦人とてプラントから離れれば死亡扱いで財産を凍結できる。
山賊でもMSを持っているご時世ではあるが、反面でMSを購入できるルートは限られている。
ジャンク屋経由なら、自分の情報網にかかるだろう。
その時、完璧に仕留めればいい。
とりあえずはアーサー・トラインの監視の強化を命じると、男は彼の死を悲しんでいるだろう、
SEEDを持つ者を慰めるべく席を立った。
もっとも、この男は知らなかった。
陰謀の末に彼の築いたと思い込んできたものは、砂上の楼閣に過ぎなかった事を。
月面都市コペルニクス。
二度の大戦の直接的な戦禍から逃れてきたこの都市に、
少年と婦人が新たに住み着いた事を気にとめる者など、どこにもいなかった。
「おーい、いるかー?」
スクラップが積み上げられた敷地の片隅にある事務所兼住居に
ジャンク屋ギルドにその人ありと言われたロウ・ギュールが、知り合いから紹介されたある男を連れて
ノックもせずに事務所に踏み込んでいった。
現在、コペルニクス周辺は一攫千金を狙うジャンク屋たちのホットスポットの一つとなっていた。
二度の大戦で幾つかの基地が崩壊、放棄され、無数の艦船やMSの残骸の宝庫なのだ。
そんなコペルニクス市の片隅にある自称スクラップ屋──
──その実、現在進行形でスクラップを作る傭兵紛いを生業とする男──がいるはずだった。
はて、と、ロウは首をかしげる。
ここに来るのは随分と久しぶりだが、スクラップ屋とは思えない上品なピアノの調べか、
あるいは騒がしい喧噪のどちらかがするはずだが?
「留守じゃないのか?」
「いや、どっちかがいると思うぜ。買い物に出てなきゃ」
そう言いながら、ロウは無遠慮に奥に続くドアを開き……、そこで連れの男と共に硬直した。
たしかに、そこに目当ての男はいた。
いるにはいた。
その男は床に寝そべっていた。
まぁ、上品とはいえないがそれはそれでいいだろう。
そもそも上品下品を語るような人間ではない、自分たちは。
問題はその下だ。
彼の下は絨毯でもカーペットといった敷物ではなく、かと言って剥き出しのフローリングでもなかった。
何故か若い、緑に見える髪の女性が、やや上気した表情で敷かれていた。
いや、人に対して敷かれていたってなに?
その二人は、突然の乱入者二人の出現に硬直をしていた。
朴念仁と機械バカの二人ではあるが、木石ではない。
つまり、これはそう言う状況でつまりは自分たちは……。
「あ、えーと、部屋間違いました?」
「す、すいません。またかけなおします」
その光景に、ロウと連れの男はややずれた台詞を口にしながら扉を閉めた。
「ちょ、ちょっとまってください!」
「あ、あんたたちなにか勘違いしてないかっ!!」
ようやく硬直を解いた二人が慌ててロウ達を追う。
「す、すまん! 俺たちは何も見ていないよな、親友」
「そ、そうだ。すまん、シン。俺は何も見ていないぞ、見ていないぞ、俺はっ!!」
「ち、ちがいます! 違うんです!!」
「あんたら人の話を聞けぇぇぇぇぇっ!!!」
死んだと思われていたシン・アスカと
反ザフト組織、ネオザフト総帥アスラン・ザラの
2年ぶりの再会はこんなもんだった。
英雄同士の出会いなどたいていろくなもんではないのだ。
第三次プラント戦争勃発より半年、シン・アスカの反乱の2ヶ月前の出来事であった。