SCA-Seed_MOR◆wN/D/TuNEY 氏_第20.5話

Last-modified: 2009-09-22 (火) 00:37:22

request20.5『政治家達の戦い』

 
 

「つまりシーゲル・クラインの落としたNJはプラントが全責任を持ち処理すると?」
若々しい活力に満ちた男の声がアーモーリー1軍司令部内に作られたプラント臨時行政府執務室内に響く。
臨時評議会議長エザリアは執務室に据えられた机、
その上にのる画面つきの大型の通信機と相対していた。

 

「アイリーン・カナーバより概要は聞いていると思いますが、おおよそ、その通りです。 
 全てのNJをプラントの責任において処分する事、賠償金の支払いに同意します」
「すばらしい。 議会と軍部の反対を押し切り、無理をして部隊を派遣した甲斐も合ったと言う物です」 
男は大西洋連邦大統領だった。
元情報部出身だというその男は比較的プラント、と言うよりもコーディネイターに対しても
友好的な方針を採っており、今回の地球側の部隊派遣もこの男とロンド・ミナ・サハクの策謀によるものだ。
とは言え、その分の代償を払わせる用意をしており、今回の会談はその為のものだった。
「……合意も得た所で後は外交筋に任せるとしましょう。
 所用がありまして、アラスカに行かねばなりませんので」
「ええ、ではまた」
満足そうな笑顔と共に通信が切断される。

 

「見事な立ち回りでしたな、ジュール女史」
エザリアが休む間も無く次の通信が入る。
相手は分かっている。 ユーラシア連合と東アジア共和国の代表者だろう。
「盗み聞きとは、些か趣味が悪いのでは?」
強い腹部の痛みを顔に出すことなく耐えると、左手で胃の位置を抑える。
「これは失礼……しかし大西洋に出した条件だけではブリュッセルと我が政府は納得出来ませんな」
眼鏡をかけた東アジアの代表者が眼鏡のつるを押し上げ、ニヤリと肥え太った頬の肉皮を歪める。
「軍民問わない技術提供とこの騒ぎが終わった後の貴国勢力圏にあるザフト地上基地の即時撤退引き渡し、
 プラント領域周辺で作戦行動する際の無償補給を約束していただきたい」
「……まあ、それならば」
東アジア代表の出した条件を、僅かに表情を歪め、エザリアは呑む。
今までプラントがやらかしたことを考えれば呑めない条件でもない。
「待って頂きたい。 我が国はそれに加え、我が国と大西洋連合の有事が起きた際、
 大西洋連邦に対する圧力を掛けることを追加して貰いましょう」
「……特定の条件下に置いてのみ。 もしくは貴国寄りになると言う事ならばお約束出来ます」
高圧的とも言えるユーラシア代表の言葉に、僅かな思案の後エザリアは口を開く。
「ふむ、その辺りで手を打ちましょうか」
「では細かい折衝は外交官レベルでと言うことで」
話は終わりだと言うかのように一方的に通信が打ち切られる。

 
 

「ふう……っ!」
息詰まる、実戦じみたやり取りが終わり、エザリアは息を吐き、
座り心地の良い大きな執務用椅子に改めて座り込んだ。
その瞬間、急激に生じた腹部の痛みに、膝から崩れ落ち、倒れるエザリア。
寸での所で机にしがみ付き、倒れ伏せる事を防ぐ。
意識を失うまでには至らなかったが……それは逆に苦痛を長引かせる事でもあった。
乱雑に置かれた書類をなぎ払うと、錠剤の入った小さなガラス瓶を手にする。
乱暴にビンの蓋を開け、投げ捨てると錠剤を近くにおいてあったコップに入っていた水で一気に流し込む。
「うっ……」
嗚咽を漏らし、机にもたれながら、エザリアは床に座り込んだ。
黒いタイトなスーツが汗で湿るのに不快感を感じながら、上気した頬の熱が引いていくのが分かった。
引いてきた痛みと熱に安堵を覚え、ゆっくりと深呼吸をする。
「これでアイリーン・カナーバがいなかったら……ショック死してるわね」
皮肉げな笑みを浮かべ、エザリアは机に手を掛け立ち上がる。
かつては対立し、失脚させられ、今現在も仲が良いとは言えず、思うところが無い訳ではない間柄だったが、
今はその存在に感謝の念を捧げずにはいられなかった。

 

そもそも、エザリアがこの場にいて臨時政府の頭に担ぎられたのは偶然以外の何者でもなかった。
表向きはアーモリーにて運用されているアーテナー級戦艦の視察。
実際には出資者としてアスラーダ。 インパルスエクシードの状況確認、
ついでに息子イザーク・ジュールの顔を見に行った。
だが、アプリリウス1からアーモリー1への移動中にアプリリウス襲撃の報を聞き、
ついた途端そのまま臨時評議会議長にされてしまったのだ。
これは月にて極秘の折衝を行っていたアイリーンが手を回した為だったのであるが、
アイリーン自身もそのまま月で各国との交渉をやらされる羽目になった。
情報を纏め上げ、ターミナル、名も無き者達と名乗る勢力によりプラントの8割が占領された事を知った
臨時行政府はオーブをはじめとする地球各国に救援要請を行った。
その頃にはPMCアメノミハシラ情報部も事件の詳細を掴み、発言力の拡大、各国に貸しを作るため暗躍。
多大な条件と引き換えにプラントは各国の支援を受けられることになった。
何とかプラントへの負担を抑えようとした臨時行政府だが、
ユニウス条約を纏め上げた敏腕で知られるアイリーンとその外交員達でも、
今回は凄まじく厳しく大幅な譲歩をせざるを得なかった。
二人……政府関係者は文字通り胃がグフクラッシャーくの万力で締め付けられるほどの
痛みを感じていたのだ。

 

(もし……過去に戻れるならNJ作ったオーソン・ホワイトや落としたシーゲルやパトリック、
 それに賛成した過去の自分をハイヒールの踵でぶん殴ってやりたいわ……)
虚ろな目で半ば放心状態になりながら天井を見つめるエザリア。
「苦労していますな、臨時議長閣下」
本日三度目の通信が入り、エザリアはハッと我を取り戻す。
世界はエザリアを休ませる気はないらしい。
「ロンド・ミナ・サハク……契約内容と実際が違うのだけれど、どうなっているのかしら?」
通信機に映った長い黒髪の麗人、ミナの心底楽しそうな意地の悪い笑顔を見た瞬間、
エザリアは目を目を細め、嫌味を口にした。
「本日はその謝罪に。 まぁ、当初の契約では現在の通りでしたが。
 それは兎も角不測の事態が勃発しまして、代わりの人間を送ったはずですが?」
ミナは軽く頭を下げると、嫌味など意に介さず告げる。
事件勃発時の契約ではアメノミハシラは現在の二中隊24機のみ派遣する予定だったが、
その後、倍の48機に変更された。
本隊を派遣しなかったのはプラントが友好国オーブからの増援を期待してのことだった。
だが、オーブでのクーデターによってオーブの増援はなくなり、
ミナも立場上、万が一の為に秘匿していた本隊をクーデター鎮圧のために使わざるを得なくなってしまった。

 

「赤鬼……貴女のお気に入りの傭兵ですか。
 先の迎撃で確かに想定以上の戦果を上げたと聞いていますが、たった一人で……」
「実力に疑問をお持ちですか。
 ミネルバの鬼神、デストロイキラー、フリーダム墜とし、中隊潰し。 
 それら二つ名は伊達ではないとだけしか言えませんが」
失笑するようなエザリアの態度に、ミナは途中でそれを断ち切るように声を上げる。
「ミネルバの……鬼神……? まさか! シン・アスカだと言うの!?
 それが何故アメノミハシラの配下に?」 
「うちの所属ではなく、あくまで独立傭兵ですが」
エザリアの狼狽に、してやったりと言わんばかりのとてもとても楽しそうな笑みを浮かべるミナ。 
「生きていたというの……。 そうなれば、シン・アスカがRBユニット搭載のアスラーダに……
 確かにミハシラ本隊に匹敵する戦力です」
「理解いただければ結構。 さて、部下への連絡もありますのでこれにて失礼」
ミナの自信に納得し、頷くエザリアに、笑みを浮かべたまま再び頭を下げるミナ。

 

「ああ、言い忘れていた。
 私が掴んだ情報では今回の事件、月の人間が裏で動いた形跡があるとか。
 では改めて失礼」

 
 

「……コペルニクスの日和見主義者共、この騒動が終わったらただでは済まさない!」

 

聞き流すことの出来ないミナの言葉に、エザリアは机に拳を叩きつけた。