SCA-Seed_MOR◆wN/D/TuNEY 氏_第25話前編

Last-modified: 2010-07-07 (水) 04:01:46

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スラスターを限界まで絞り、宇宙を進む機体が二機。
前後に隊列を組み、目的地へと向かっていた。
一機は赤い胴体に白い四肢のインパルスエクシード、背負ったシルエットはクロスフォース。
インパルスエクシードの前方に位置するのは緑がかった白と灰色の機体、ヘリオスmkII。
背部バックパック左側のビームキャノンの代わりにセンサーユニットを載せ替え、
右側のラッチ部分に潰しレドームを装備、指揮官仕様の犬耳状のアンテナ。

「静かだな……いや、そらはこれ位静かで良いか」
コントロールスティックを握ったまま、シンは呟いた。
今のところ、コックピットの中で聞こえるのは機体表面のセンサーが捉えた擬似音。
宇宙空間では本来は聞こえない筈の音を、パイロットのストレス軽減の為に再現した電子音のみだ。
戦闘の際にはけたたましい警告音が鳴り響くが、今はそれが信じられ無いほど静かだ。
『話相手が欲しいのか? 寂しいなら歌でも歌ってやろうか?』
「音楽ならまだ良いですが、歌は止めてください」
感傷に浸っていたシンに通信を通して尚、薄まらない毒が投げつけられる。
「あんたら……風情って物が分からんかね?」
はぁ、溜め息をついたシンは多少いらつき気味にコンソールをこんこんと叩く。
『AIに風情を語るのは滑稽だな』
「鼻で笑われるなんて……! く、悔しい…! でも……」
「冗談はこの辺りまでにしておいてください」
ヘリオスのパイロット、スリー・ソキウスは感情を感じさせない、抑揚の無い声で
何時までも終わりそうにない漫才じみた会話を打ち切る。
人によっては機械的にも感じるだろうが、ミナの近衛。
フォー、セブン、イレブンソキウスを知るシンにとっては違和感を覚える程、人間的な声だった。
もっとも、彼らミハシラのソキウスは薬物の過剰投与によって人格が壊され、
「私の配下、部下に人形はいらぬ」と言うミナの一声でリハビリを行い、
最近ようやく感情の片鱗を見せるようになった位なので、比べてはいけないのかも知れない。

 

『了解した。 センサー感度を上げる』
「RB、フライヤーの光学迷彩を解除してくれ、暗幕を出す」
インパルスエクシードは両肩を前方に向けると、僅かにスラスターを吹かし、速度を落とす。
それを合図としたかのように、インパルスエクシードの右側に、コックピットのない航空機、
ドラグーンフライヤーが闇から姿を現した。
かつてのシルエットフライヤーをMSの半分ほどのサイズに拡大し、底面に鳥の足のようなアームが3本。
インパルスの上半身を背部に、脚部を2本のアームで固定し、最後のアームに固定されたコンテナから
MSを覆う程の黒い布を取り出す。
スラスター部分を避けるように、シンが暗幕と呼んだ布を頭部からマントの様に纏う。
コンテナを破棄したドラグーンフライヤーは再び光学迷彩を起動し、宇宙の闇へと溶けていく。
「……これ効果あるのか?」
エクシードと同じように暗幕を纏ったヘリオスを疑わしげな目で見ながらシンは呟く。
『光、熱、電波を完全に遮断する特殊素材で構成され、宇宙空間での隠蔽力を重視した黒色、
 アクタイオン社の開発したミラージュコロイドや光学技術に依存しない新型迷彩システム……だそうだぞ』
カタログの紹介文章を読み上げるような棒読みの口調でRBは言う。
「作ったのはあのアクタイオンアジア企画6課です。 “技術力だけ”は信用しても大丈夫かと」
僅かな感情の色、困惑を見せながらスリーソキウスは答える。

 

アクタイオンアジア企画6課。 
ユーラシア連邦軍の主力量産機ヘリオスを設計した部署で、
社外向けの宣伝モデル担当と言う事になっている。
だが、それは表向きの話、
実際には他社に行ってもらうと困るが、性格性癖に難の有る技術者を集めた部署である。
シン達が暗幕と呼んでいる試作装備は、今回のプラント占拠事件に
ユーラシア連邦軍が派遣されるのにあたり、実戦試験と補給名目で派遣艦隊へと押し付けられたのだった。
因みに暗幕は本来ならば社外秘の装備なのだが、シンと企画6課自体はヴォルゴグラードの一件で
面識があったこともあり、貸与されたのだった。

 

「んー、だから逆に不安って言うか、なんと言うか」
眉を額に寄せながら不安を隠さずにシンは言う。
もっともこの暗幕を見た局長曰く
「幾重にも重ねられ編み上げられた複合素材の繊維はレーダー波、赤外線、光を屈折させ
 センサー的にも視覚的にも存在を隠蔽する。しかも重量が嵩まないと来た。
 防御力と耐久性が無いのは難点だが……まぁ、使い捨てだし、ステルス用の装備に防御力は不要か。
 あくまでも技術屋の意見だが、こいつは十二分に使える物の筈だ。
 こいつを作ったのはよほどの天才か狂人に違いあるまい」
と言う事らしいが。
「目標までの距離10000。 今一度、作戦内容を確認しましょう」
通信機から聞こえるスリー・ソキウスの声に、シンは出撃前におこなったミーティングを思い出していた。

 
 

数時間前、アーモリー1ザフト臨時司令部 ミーティングルーム
「ここだ」
シンを先導し、歩いていたイザークは突貫工事で倉庫を改造した仮に作られた会議室の前で立ち止まる。
「入る前に服装を正しておけ」
扉の前でふと思い出したようにシンの顔を見ると、首元のボタンを閉めるように右手でジェスチャーをして
シンに促した。
「……わかってますよ」
シンは不服そうにイザークに従い、首元のボタンを閉め、服装を整える。

 

因みに不服そうなのはイザークに言われたからではなく、赤服に対してだ。
ザフトを抜け、既に独立した傭兵であるシンにとって、未だにザフトの赤服を着ている事は
他のクライアントに好印象を与えはしないだろう。
寧ろザフト出身故にザフト贔屓だと思われてはたまらないと思っていた。
もっとも元軍人の傭兵がかつて所属していた着慣れた軍の軍服、パイロットスーツを
そのまま使う事は珍しくない……と言うより良くある事なのだが。
シンは心のどこかでかつての赤服を纏っていた自分に思うところがあったのかも知れない。

 

「準備はいいな?」
シンが服装を正したのを見たイザークは扉をノックし、室内に足を踏み入れた。
「失礼します」
イザークに続き、シンも入室する。
「遅いぜ、イザーク」
イザークとシンの前に顔を見せたのはディアッカ・エルスマンだった。
「む、何故ここにいる……と言うか仕事はどうした」
右側の眉を吊り上げ、イザークは小声でディアッカへと問い掛けた。
「仕事はシホちゃんに任せた……俺は怪我人の付き添いさ」
ディアッカはイザークの表情に肩を竦めると、会議室の奥に立ち周辺宙域の地図を説明する男の姿。
「あの人は……確かマーチン・ダコスタ?」
シンはその顔に見覚えがあった。
面識こそ無いが砂漠の虎の副官であり新クライン派エージェントとしての彼は
シンも知る程には有名だった。……いい意味でも悪い意味でも。
「キラから何故此方にいるかは聞いている筈だ。 今は、うちの隊で身柄を預かっている」
横目でダコスタの方を見ながら、溜め息を付いたイザークはシンに簡単な説明をする。
「本当に裏切ったのか分からない相手に首輪を付けてるって事ですか」
ダコスタをチラリと見ながらシンは疑念の眼差しを向けた。
「いや、ダコスタは白だ」
シンの言葉をイザークはすぐさま否定する。
「良く言い切れますね」
意外そうに首を傾げ、シンは聞く。
「ダコスタはバルドフェルトの部下ではあったが、あいつが仕えているのは
 あくまでもラクス・クラインだと言う事だ」
「すみません。 全然分かりません。 つまりどういう事なんですか?」
シンは困惑を隠せず、二人へと問い掛ける。
「分かり易く言えば、物事には優先順位って物があって、クライン議長と砂漠の虎じゃあ、
 クライン議長の方が上って事だよ。 
 あいつにしてみれば裏切ったのは虎のおっさんの方なんだろうしな……納得はしたか?」
やれやれと肩を竦めるとディアッカはイザークに代わり答えた。
「はぁ、なんとなくは……」
どこか要領を得ない様子のシンは自分を納得させるように渋々頷く。
「……納得は行かないだろうが、今は胸にしまっておけ。 他人には他人の事情と言う物があるんだ」
イザークはシンの目を見ながら、その肩を叩く。
「分かってますよ。 過去を探ったり、人の心の中に土足で踏み込む趣味はありませんし」
「ならいいさ。 ……さて、そろそろ行くか」
素直に頷いたシンに安心したように微笑むとイザークは会議室の内扉を指差した。
ノックした後イザークが足を踏み入れ、シンも続く。

 

「ザフトアーモリー1駐留MS戦隊隊長イザーク・ジュール。 シン・アスカを連れて来ました」
イザークはザフト式の、シンはユーラシア式の敬礼を行う。
「お待ちしていました」
三人を出迎えたのは青を基調とした連合の軍服に身を包んだ白髪に近い髪色。
(まさか、グゥド・ヴェイア?)
(そんな訳ないだろ、確か戦死したって……)
「あれ? もしかして、ソキウスさん?」
シンとイザーク、ディアッカはそれぞれ別の驚きに目を見開く。
「はい。 確かにソキウス3ですが?」
ソキウスはシンの言葉に僅かに小首を傾げる。
その仕草にシンはミハシラにいる4、7、13ソキウスには感じにくい感情の揺らぎと人間臭さを覚えた。
「えっとつかぬ事をお伺いしますが……ソキウスさんですよね?」
困惑しながらもシンは聞き直す。
「ええ、ソキウス3(スリー)です」
少し不審な顔を見せ、ソキウスは答える。

 

「なにそれこわい」
「えっ」
「えっ」
噛み合っているようで全く噛み合っていない会話に、思わず口走ってしまったシンの一言で、
一瞬にしてその場が静まり返った。
寧ろ凍りついた。

 

「スリー、悪ふざけはそのくらいにしておけ」
溜め息混じりに声を上げたのは少佐の階級章を付けた中年の男。
「悪ふざけ? 何の事ですか?」
人形のようにぴくりとも表情を変えないソキウス、スリー・ソキウスに男は再び溜め息を付いた。
「俺が悪かった……下がって良い」
「はい」
ソキウスが席に戻り、座ったのを確認した少佐はシン達に向き直った。
「さて、役者は揃ったようだな。 そろそろリハーサルを始めようか」
ぱんっ! と手を叩き、冗談めかしたような口調で場の仕切り直したのは少佐の階級章をつけた中年の男、
月下の狂犬モーガン・シュバリエ。
「先ずははじめましてだな。 ユーラシア軍少佐、モーガン・シュバリエだ。 でこっちが副官の……」
「ユーラシア軍中尉スリー・ソキウスです。 以後お見知り置きを」
敬礼の後、後ろにいるスリーを指差したモーガンはスリーは片手を差し出した。
「あ、傭兵赤鬼……シン・アスカです。 どうもよろしくお願いします」
シンはおずおずと右手を拭い握手をする。
「……それにしても、まさかあの赤鬼の正体がシン・アスカだったとはな」
シンの顔をまじまじと見ながら、モーガンは感慨深そうに呟いた。
「少佐はアスカをご存知で?」
「もしかして、どこかでお会いしたことがありましたか?」
モーガンの言葉に眉を額に寄せ、困ったような表情をシンは見せた。
「誤解させてすまない。 私は西ヨーロッパ方面配属だから、君と面識は無い……
 ただ、君がアグレッサーをしていた時期の事を聞いていたものでな」
「そうでしたか」
モーガンの話を聞いたシンはほっと肩を撫で下ろし微笑む。
「……少佐、雑談はその辺りで」
「おお、いかんいかん。 歳をとると話が長くなってしまうな……席に着いてくれ、早速はじめよう」
モーガン達の様子を伺いながら腕時計を見ていたソキウスは予定していた時間になったのか、
キリが良い所で声を上げ、会話を終らせた。

 

「さて、ザフトの人達が来た所で今回の作戦について纏めよう。 アスカ氏は詳細は聞いているのかね?」
仮設会議室に用意されていた円卓に、召集された全員が席に着いたのを確認すると、モーガンは口を開いた。
「いえ、アプリリウスへの偵察としか」
投げ掛けられた質問に、手元の資料を流し見ていたシンは首を振り答える。
「なら説明しよう。 スリー」
「はっ。 今回の作戦目標は敵本拠地、つまりアプリリウス1周辺に存在する艦隊総数の把握。 
 ではありますが、本命は他にもあります。 その要諦は戦場のイニシアティブを取り戻す事です」
モーガンの合図に立ち上がったスリーは、手元の資料を見もせずに抑揚のない口調で告げる。
「うち(ザフト)からして、初っ端の奇襲で先手打たれまくってますからね」
「情けない話だがな」
はぁ、と溜め息をつくディアッカに、苦虫を噛み潰したような表情のイザークが続く。
「その通りだ。 我々は緒戦から先手を取られ続けて来た。
 昨日の攻撃も、大西洋、ザフト、オーブ、ミハシラの迎撃部隊の勇戦によりこれを迎撃し、
 相手に打撃を与える事は出来た。
 だが、それはあくまで一部、連合系のドロップアウトした部隊にのみだ。 
 この辺りで主導権を握らなければ、前線の兵数に劣る我々はすり潰される」
二人の会話に頷いたモーガンは声量を上げ、机を叩いた。
その顔には僅かながら焦りの色が見えた。

 

モーガンの焦りの裏には、各国軍の増援が期待できない理由と早期に片付けたい訳があったのだ。
大西洋連邦ではメサイア戦役後、軍制改革により放逐され、旧勢力と化したブルーコスモス派と
呼応する軍の一部がクーデターを起こし、前々大戦時軍司令部のあったアラスカに立て篭もっていた。
現在、旧アラスカ基地は大陸間弾道ミサイルをはじめとする兵器の集積所となっており、
長期戦が可能かつ早期の鎮圧が求められていた。
大西洋連邦副大統領を首魁とする叛乱軍は、徐々に勢力を増しつつあり、鎮圧の為に
元特殊部隊に所属していた大西洋連邦大統領自ら軍を率いる事態に陥っていた。

 

一方、ユーラシア連邦では前大戦後に鎮圧した各所の勢力が勢いを盛り返しつつあり
広大な国土全体に兵力を振分けねばならず、余裕はない。
また、大西洋、ユーラシアは共に長期間の派兵で東アジア共和国の勢いが増す事も恐れていた。
そのアジア共和国では、軍に表立ったによる騒ぎこそ無かったものの、
多民族で構成されているために元々政情不安な上、各所で盗賊や反政府ゲリラによる騒動が多発し、
余所までどうこうする余力がなかったのだが。
ちなみに、ザフト、オーブは主戦力の大半が敵側に流れ、
PMCミハシラもオーブでのクーデター騒ぎが収まるまで増援は見込めない。
後は傭兵やPMCを雇う位しか増援は見込めなかった。

 

「それにしても、良くこんな作戦が通りましたね」
作戦計画書を流し見ながら、シンが呆れたように呟く。
「発案したのは、私だ」
マーチン・ダコスタは立ち上がると、シンへと向き直る。
「君と我々……新クライン派の間に、言葉では言い切れない因縁がある事は分かっている。
 何を言われても仕方ないとも思っている。 
 俺達、いや俺はそれだけのことをしてきた。 忘れてくれとは言わない。
 ただ、いまはいま少しの間だけ君の力を貸してほしい。」
「キラさんにも言いましたがね、思う所は色々ありますけど俺は少なくともここへ仕事をしに来たんです。
 それと、ロウさんからもあんまりきつくしないように頼まれてますから」
深く頭を下げたダコスタに、シンは溜め息をつくと、静かに告げる。
「……すまない。 いや、ありがとう それでは作戦を説明する」
顔を上げるとボードに張られた周辺宙域図を指さすと説明を始めた。

 

「作戦自体は単純かつシンプルな陽動作戦だ。
 まず本隊……実質陽動部隊だがな、本隊をジュール隊とユーラシア隊の二つに分ける」
「わざわざ兵力を分散させるんですか?
 どうせなら一纏めにして一個の戦闘団として運用するほうが相手も脅威に思うと思いますが」
「戦術にはそれが正しいし、普通ならそうするがね。 今回の作戦の肝は連携とタイミングだ。
 なにしろ状況が複雑過ぎる。
 シミュレイターや机上演習を何回か行ったが、そりゃ口に出せないほど散々な結果でね。
 禄に打ち合わせもしていない部隊……元々敵対していた奴らを組ませるなら、
 それぞれ別個に運用した方がマシ。
 それがザフト、ユーラシア軍上層部、現場のジュール隊、
 シュバリエ少佐率いるシュバリエ支隊の出した結論ってわけさ」
口を挟んだシンに、ダコスタは丁寧に説明する。
「……成る程」
「では続けよう。 本隊は別方向からアプリリウス1外周を攻撃するような動きを見せる」
 無論、砲撃は厳禁。 あくまで敵を惹き付けるのが目的だからな。
 本隊が迎撃機や艦を引き付けている隙を突き、本隊から分岐した挺身部隊が敵艦隊の全貌を把握。 
 可能なら一撃を浴びせ、敵に痛打を与え、此方にイニシアティブを取り戻す……それが今回の作戦目的だ」
頷いたシンを確認したダコスタは更に話を続ける。
「挺身部隊は二人の分隊に分かれる。 君はスリーソキウスと分隊を組んで貰う。
 これは所属の違う人間同士連携が取れるかのテストケースだ。 
 ……まぁ、君は傭兵だから慣れっこだと思うが、よろしく頼む」
ダコスタの言葉を継ぎ、シュバリエが続ける。
「ちょっといいですか? 挺身部隊の撤退経路はどうするんです?」
「本隊はある程度攻撃した後、ミラージュコロイドを使用退避し、指定ポイントで待機。
 ポイントに到達した後、艦載MS隊が挺身隊の退路を確保します。
 挺身部隊は偵察、または攻撃成功後、本隊の指定待機ポイントまで後退。 
 予定では本隊は攻撃開始よりきっちり2時間待ち、挺身隊の帰還後アーモリー1へと帰還します」
挙手をして質問したシンに、スリーが答える。

 

「一応聞いておきたいんですが。 もし、2時間後に間に合わなかったら?」
それまで黙っていたディアッカが僅かに顔を引き攣らせおずおずと手を上げた。
「…………」
「…………」
「その際は、自力でアーモリーシティまで撤退して貰うことになる。
一瞬、その場に漂った沈黙を打ち消すようにモーガンは立ち上がり、真剣な表情で告げた。
「まぁ、こんな所か……出撃予定時刻は2時間後だ。 それでは各員の健闘を願う」
モーガンは表情を緩め、敬礼をするとその場を締めた。

 
 

アーモリー1工廠格納庫
ジュール隊の出撃を控え、ジュール隊専属の整備士や助っ人に駆り出された工廠技術員が
慌ただしく機体の間を飛び回っている。
白とペイルブルーで塗装されたガルバルディα、
その右側に黒をベースに朱色のアクセントが入ったブラストβ。
左側には全身をミッドナイトブルーに染め、左肩に鳳仙花のパーソナルマークのブラストβ。
半分は標準色のβだが、残りの半分はドワッジが占めていた
ガルバルディβはコンベで主力量産機の座を勝ち取り、性能、整備性がミネルバ隊での運用で
実証されているとは言え、やはり生産開始から半年では数が足りず、
機種転換訓練も充分ではなかったのだ。
そのために、未だザフトでの主力量産機はドワッジであり、
優秀な部隊に優先してガルバルディβを配備しているような状況だった
それでもジュール隊は予備機も含め、定数通りにガルバルディとドワッジが揃っている分、
優遇されている方である。
アプリリウス1周辺での叛乱を受け、歌姫の騎士団の生き残りや
周辺宙域で実地研修中だったパイロット候補生、予備役を召集して急遽編成された部隊では数合わせの為、
旧式化し後方支援用に改修されたグフやザクまでかき集められ使われていた。
それでも改修機でもあるだけマシで、あるいはMSの定数割れを起こしている部隊も珍しくはなかった
ただ、幸運であったのはアーモリー1シティのプラント屈指の大規模な工廠が、
連日フル稼働でMSを生産していた為、全ての部隊がなんとか定数を満たす事が出来そうな事だった。

 

その忙しい格納庫の端っこで見慣れた機影がこっそりと整備を進めていた。
胴体を深紅に染め、頭部四肢を白く彩ったGタイプ、インパルスエクシード。
そのコックピットの中でシンは細かな調整を行っていた。
「OS、FCS、機体動静……クリア。 システムオールグリーンと」
キーボードを操作し、システム周りの調整を終えたシンは一息ついた。
「シン、そっちはどうだ?」
「今、終わった所です」
局長からの通信にサイドボードへとキーボードを戻しながらシンは答える。
「そうか、そう言えば新型スーツの調子はどうだ?」
頷いた局長はふと思い出したようにシンへと問い掛けた。
「重量下じゃちょっと重いですけど、それ以外は最高です。
 やっぱり新品は良いですね。  オーダーメイド品だとフィット感が絶妙です」
シンの今着ているパイロットスーツは赤服専用のスーツから改良された物だ。
赤をベースに胸部や腹部を中心とした重要な部位に黒い装甲が装着されていた。
両手の甲から肘周辺にかけては様々な機器が付けられ、手甲のようにも見える。
「重いのは我慢しろ。 宇宙空間での長期生存、瀕死の状態からの復帰、
 各種検査機器に人工呼吸器、心臓マッサージ機能。
 オマケに耐熱耐衝撃防弾機能まで付けたらそうなって予算の関係でお蔵入りしていた……らしいぞ」
手元の資料を見んでいるのか、棒読みの局長。
「またどっかから引っ張り出してきた試作品ですか? 性能は良いの確かですから別にいいですけど」
「それは結構。 しかし、お前も忙しい男だな」
多少不満げなシンの感想に満足げな笑みを浮かべた局長は意地悪く笑った。
「好きでやってる訳じゃ無いですけどね」
投げやり気味にシンは答える。
『好きでやってるなら、そちらの方が問題だろう』
「まぁ確かに、でも仕事柄半分は好きでやってるってのは難しい所だな」
RBの言葉に頷きながらシンは溜め息をついた。
「やれやれ、ご苦労な事だ。しかし……「フライヤーは2番じゃない!3番と4番を先に出してくれ!」」
シンとRBのやり取りに肩をすくめた局長の言葉は後方にいるであろうコートニーの怒鳴り声に遮られた。

 

「忙しそうですね。 そっち手伝いましょうか?」
「いや、大丈夫だ。 工廠の人手を借りられる様になったから大分楽になった」
「これまでは極秘に進めてたから2人でやってましたからね」
状況が落ち着いたのか、シンと局長のやり取りを聞いていたコートニーが会話に加わる。
「ああ、全くだ。 エイプス班長には礼を言わねばならんな」
「全くですね。 二人で整備するのはもう沢山ですよ」
エザリア・ジュールからの資金資材の提供こそあったものの、
基本的にインパルスエクシードの開発はアーモリー1地下で極秘裏に進められていた。
その計画を知るものはそれこそ両手の指の数で足りるほどしかいなかった為、
整備も局長とコートニーの二人で行うしかなかった。
「なら、酒でも持っていってあげてください。 バーボンが好きだったはずですよ」
「そうか、覚えておこう。 ああ、言い忘れていた。 ドラグーンフライヤーが使えるようになった」
「へぇ……」
局長の言葉と共にインパルスエクシードのモニターに、ドラグーンフライヤーの詳細なデータが表示される。
かつてのシルエットフライヤーを大型化し、底面に鳥の足のようなアームが3本。
各部にハードポイントがあり、シルエットの他にもインパルスの各部位が搭載できるようだ。
「取り敢えず今回の出撃には二機付けておく。 インパルスの予備パーツも二機分組み入れて置いた」
「じゃあ、後はシルエットですか、じゃあソー「ソードシルエットは使えないぞ」」
局長の説明を聞き、答えようとしたシンの言葉はコートニーに遮られる。
「なんでです?」
「ジャン・キャリー博士から高性能砥ぎ機の技術提供があったんでチョイと小改良を加えようと思ってな。 
 そのついでにラミネート加工かABCでも施そうと考えてる。
 細かい改良が出来るのは実体剣ならではだな」
「そういう訳で、今回使えるのはフォースとブラストって事だ」
首を傾げるシンに局長とコートニーは説明する。
「……それともう一つ。 ドラグーンフライヤーには太陽電池とコンデンサー、
 デュートリオン発信機が装備してある。 電源が落ちかけた時に使え」
「了解です」
「貴様の事だ、心配はしていないが、一応言っておく。 生きて帰って来い」

 
 

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「アスカさん、聞いていますか?」
「ええ、大丈夫です。 予定通り本隊が動いて迎撃機が出払った隙を付くんですね」
抑揚のないスリーソキウスの声に、意識をはっきりとさせたシンは改めて状況を確認する。
『手頃なデブリ……戦艦の残骸を発見した。 一先ずそこに身を隠す事を提案する』
「位置、大きさ共に好条件ですね」
戦艦の残骸、おそらくは緒戦で撃沈されたナスカ級に着艦すると、破口から内部へと潜り込む。
「念の為に、フライヤーは外で警戒モードにしといてくれ」
『了解』
身を隠した二機は破断口から、アプリリウス1外周を囲む艦隊へとカメラを向けた。
「……これは」
「戦艦、随伴艦多数、護衛のMSは……数えるのも面倒ですね」
スリーが僅かに驚嘆の声を上げ、シンもそれに続き、溜め息をつく。
アプリリウス駐留艦隊、オーブ艦隊の6割に加え、各シティに駐留していた内通艦隊、
どこからか現れたザラ派の旧式艦、地球連合軍……ブルーコスモス派。
今の状況を端的に伝えるなら艦が三分に、MSが五分、
残りの二分が宇宙とアプリリウスと言った所だろうか。
『E級一番艦エターナル、同三番艦メギドアーク、四番艦ホーリーセイバー、ゴンドワナ戦略空母。
 アークエンジェルまでいるな』
「AA……だと? いつの間に宇宙に上げたんだ」
その名を聞いた途端、シンは苦虫を噛み潰したような表情を見せた。
『シン、思う所があるのは分かるがそう苦い顔をするな』
「分かってるよ。 大丈夫だ、お前が思っているほどガキじゃない。 気にするな」
RBの心配そうな声、相変わらずの表情のまま、吐き捨てる様に言った。
『だといいのだがな』
シンの答えに、RBは一先ず納得の色を見せる。 人間であったなら深い溜め息でもついていただろう。

 

「予定時刻まで残り1分。 準備は宜しいですね?」
「いつでもどうぞ」
スリーの問いかけに、シンは左の手首を握り、スーツの与圧を調整しなおすと、操縦桿を握り直した。
『ドライバー、スリー中尉。 護衛機が動いた。 本隊の攻撃が開始されたようだ』
RBの言葉にモニターを拡大すると、各艦から艦載機が飛び出していくのが確認できた。
ジュール隊、ユーラシア軍の進行方向へ二手へと分かれていく。
「護衛機が出払い次第行きます。 アスカさん突入準備を」
「了解。 RB、タイミングは任せた」
シンとスリーは唾を飲み込み、その時に備える。
『任された。 カウント5、4、3、2……1、エントリー!』
RBの合図と共にインパルスエクシードがナスカ級戦艦の外殻を切り裂くと、外殻を蹴り飛ばした。

 

「俺が囮になって撹乱します。 スリー中尉は敵勢力の把握を!」
「すみません。 キツイでしょうが、お願いします」
積もり積もった鬱憤を晴らすかの如く、暗幕を投げ捨てそれまで絞っていたスラスターを全開に吹かし
アプリリウス外周を囲う艦隊へと突入する。
『ゴングを鳴らせ、ショータイムだ!  Let's Party!!』
RBの叫びと共に、光学迷彩で隠れた二基のドラグーンフライヤーが
接続されたヘッジホッグブラストの全火器、クロスフォースの予備のロングライフルで援護射撃を加える。
「テンション高けーな、オイ」
RBの雄叫びともいえる声に思わずシンは呆れたような口調で呟いていた。

 
 

「て、敵機視認っ! 一体どこから現れた!?」
「詮索は後だ! 迎撃機を出せ……出払っているだと? 直掩機があるだろう!増援要請で出撃させた!?」
「後詰のアグレッサー、教導隊に出撃要請だ! 急げ!」
シン達と相対する艦隊は混乱の渦中にあった。 タイミングが悪いと言えば悪い。
指揮官バルドフェルトがラクス尋問の為に上陸し、他の上級指揮官達も不在と言う
絶妙なタイミングでの奇襲だった。
もっとも作戦を立案したユーラシア軍にしてみれば、そこまで考えた訳ではなかったのだが。
「迎撃が疎らだな……」
艦隊中枢へと突入したシンは疎らな対空砲火に拍子抜けしたような声を上げた。
「時間稼ぎついでだ。 派手に挨拶してみるか?」
『ここまで反撃がないなら、それも悪くはないな』
RBの意見を聞きながらシンはライフルと胸部機関砲で手近な艦の対空火器を潰す。
「全貌の把握にもう少し掛かりますから、やって頂けると助かります」
インパルスエクシードの後方に位置してセンサーと光学機器を展開し、
敵情の把握をしていたスリーソキウスが答える。
「了解。 決まりだな、RB。 ついでに換装テストもやっておこうか」
ソキウスの答えを聞いたシンは口元に笑みを浮かべた。
『分かった。 ヘッジホッグブラストを出すぞ』
RBの返答と同時にインパルスエクシードのクロスフォースシルエット、肩の追加スラスター、
腰サイドアーマーのレールガンが外れ、闇へと消えていく。
代わりに現れたのは巨大な二門の砲のシルエット、左右で違うミサイルポッド、肩アーマー。
まるで引き寄せられるように、それぞれのハードポイントに接続されて行く。
『換装完了だ』
「全て終わるまでに3秒ってとこか……なんとか使えそうだな」
全てのパーツが装備された事をRBの声で確認すると、
モニター端に表示させたタイマーを見ながらシンは呟く。
『“何とか”とは随分な言い方だな。 シルエットのみの交換に絞ればもっと早く終わる筈だ』
“何とか使える”と言うシンの言い方が気に入らなかったのか、不満そうにRBは意見した。
「言い方が悪かったのは謝るよ。 さぁ、派手に暴れようぜ!」
『フン、了解だ。 ドライバー』
あまりにも人間臭いRBの物言いに苦笑しながら、シンはフットバーを踏み込んだ。

 

突貫するインパルスエクシードに気付いたのか、冷静さを取り戻した何隻の艦が艦隊運動を開始する。
外周に展開していたナスカ級やローラシア級が中心部に位置するAAやE級の盾となるべく、
インパルスエクシードへと立ちふさがる。
「……一方的に蹂躙するってのは好きじゃないんだが、仕事なんでな。 潰させて貰う!」
シンの咆哮にも似た叫びと共にHBインパルスエクシードはその全火器をもって攻撃を開始する。
ガルムの拡散ビームがローラシア級の砲塔を潰し、
ケルベロスIIから放たれた三条の閃光がナスカ級の装甲を穿つ。
両肩の対空砲が反撃の為撃たれたミサイルを撃ち落し、左右腰のミサイルが推進部を狙い打つ。
「これで4隻っ!」
『警告。 MS接近、生体反応なし。 ……機種照合ドラッツェ。 数6』
シンが累計4隻目の艦を撃沈した時、アラートとRBの警告がコックピットに響く。
「ドラッツェ……? ああ、あの無人機か」
聞きなれない機種名に一瞬怪訝そうな顔をしたシンだが、モニターに映っていた画像を拡大すると
すぐに頷きなおした。
暗青色に塗装されたMSの上半身とMAの下半身の中間機体が6機インパルスに向かい突進してきている。
『無人機だからといって舐めていると怪我をするぞ』
「分かってるさ……ん? 他も派手にやってるみたいだな」
RBの言葉に一瞬モニターから目を離したシンが次に見たのは、火球へとその姿を変えたドラッツェ。
その上方を見ると3機編隊のヘリオスmkIIが展開していたフォルファントリーを格納し、
次の目標へと向かうところだった。
そこから少し離れた場所では同じく3機編成のブレイズ装備のガルバルディβが
退路を断とうとするローラシア級へ向け、ファイヤビーの一斉射撃を放っている。

 

『これで作戦目的はほぼ果たしたといえるな。 しかしスリー中尉と離れすぎたか』
安全な後方で情報収集を行っているとは言え、敵の真っ只中、単機でいるのは危険だった。
「そうだな、そろそろ合流を……(何だ? 違和感、いや妙な感じが?)」
RBに同意し、頷いたシンは、目前の虚空に言いようのない不安を感じた。
「RB、前方に何かないか?」
『センサーに反応はないが、どうかしたか?』
確かにインパルスエクシードのセンサーに反応はない。
ただ、周辺のミラージュコロイド粒子が通常に比べ増加している。
「……ケルベロスIIを最大出力でチャージだ」
RBの返答から数秒の思案の後、シンは喉につかえた小骨のような違和感と不快感の
正体を確かめる事とした。
FCSを射撃モードへと切り替え、操縦桿を握り締める。
『良いのか?』
「宇宙じゃな、センサーよりも勘の方が役に立つ時があるんだよっと!」
レイの思考をベースとしているが、ユニットRBはあくまで論理やデータを重視する。
勘と言う人間独特の感覚を信じたシンは、迷わずにトリガーを引いた。
最大出力で放たれたケルベロスIIの三種の閃光は暫く直進すると、
何かに直撃し地面へと落ちた雫の様に散り、その光が掻き消えた。
「なんだ、ビームが弾かれた!?」
『この反応……PS装甲製の巨大な構造物か?
 しかし、ケルベロスIIの複合砲撃を弾く程のPS装甲だと!? まるで……』
ケルベロスIIの直撃でコロイド粒子が剥がれ半透明となった、筒状の何かの全景が露わになる。
シンは驚嘆の声を上げ、流石のRBも動揺は隠せずにいた。

 

「まるで、ジェネシスだな。 念の為だ、データ収集を頼む。 出来るだけで良い」
確認された構造物の詳細を確認しようと、インパルスエクシードは周辺を飛び回る。
『でかいな、数kmはあるか。 ドライバー念の為に聞くが、こんな巨大な構造物の事を聞いた覚えは?』
「プラントのメインコンピューターにアクセスできるお前が知らないのに、俺が知ってる訳ねぇだろ」
バイオコンピュータとは思えない感想を漏らしたRBに、シンが毒づく。
『やはり聞くだけ無駄だったか』
「お前、本当にコンピュータか? 実はレイの記憶もあるんじゃないのか?」
『HAHAHA! たまには面白い冗談……む、暗号通信が入ってきているな』
不毛な会話を繰り返していたシンとRBだったが、
インパルスエクシードがキャッチした暗号にその声色が変わる。
「ん? 暗号通信だと、発信元は? 内容は解読できないのか?」
『残念ながら無理だ。 高度に暗号化され、粒子通信で送られてきている。
 軍司令部並みの施設でないと解読は不可能だ』
「ウィルスの可能性はないのか?」
『一応スキャンはした。 既存の粒子ウィルスとその派生系なら対処可能だ。
 私もウィルスかと思ったのだが、暗号をミラージュコロイド粒子の中に紛れ込ませていたようだ』
矢継ぎ早に質問するシンにRBは冷静に答える。
「それだけ重要度の高い情報の訳か。 RB、スリー中尉に通信を繋いでくれ、すぐに撤退しよう」
シンが撤退を決断し、フットバーに足を掛けた瞬間、
コックピットに敵機の接近を告げるアラームが鳴り響く。
『上方3時方向から有人迎撃機接近……規模は中隊規模、数12』
「まだ目視は出来ないな。 機種は分かるか?」
RBの警句にシンはインパルスのメインカメラを3時、つまり右舷へ向けるとRBへと問い掛けた。
『いや、まだ判別は出来ないな。 拡大しても此が限度だ』
最大望遠にした画像をモニターの端に映す。
その姿は最大望遠でも爪楊枝の半分ほどの大きさで人型つまりMSである事と
同一機種が6機づついる事が分かるくらいだった

 

「周囲の友軍に警告を……俺達は、前に出るぞ」
敵機視認から僅かな時間もかける事無く、迷う事無くRBへと告げると、
シンはインパルスエクシードの機首を敵編隊へと向けた。
『殿を買ってでるのか?』
「殿と撤退戦は傭兵の華だからな」
RBの問いに、その背中に空間越しの殺気に感じ身を震わせながらも、笑みすら浮かべシンは答える。
『敵機レンジ3に接近。 機種照合……デルタフリーダム、ナイトジャスティス。
 確かに脅威と考えているようだな」
「この構成、騎士団か?」
RBの警告に対し、誰に言うわけでもなくシンは呟く。
『この距離ではそこまでは分からんな』
律儀にもRBは答えを返す。
「いずれにしても拙いな。 その二機ならヘリオスやガルバルディよりも速い。
 戦闘領域離脱前に追い付ける」
頭の中に叩き込んだスペックを引き出しながら、シンは表情を歪めた。
デルタもナイトジャスティスもクリティカルフリーダム、メビウスジャスティスにその座を譲り
旧式化したとは言え、かつて最強と呼ばれたストライクフリーダム、インフィニットジャスティスの
スペックをほぼそのままに量産化した高性能機だ。
その性能は最新鋭量産機であるヘリオス、ガルバルディに匹敵し、航行速度においては凌駕さえしていた。

 

『警戒レンジ2に進入。 スリー中尉のヘリオスだ』
「アスカさん、もう十分作戦目的は果たしました。 迎撃機が来ます、撤退しましょう」
後方から接近したヘリオスはインパルスエクシードの背後に付くと右肩を掴み接触回線を開く。
『中尉、追っ手はジャスティスにフリーダムだ。 このままだと追いつかれる可能性が高い』
RBはデータを送ると状況を説明する。
「それは厄介ですね。 では私が足止めを……」
スリーソキウスは珍しくその仏頂面を歪めると、その言葉に一切感情を乗せずに口を開いた。
「いえ、それは傭兵である俺の仕事です。 中尉は他の部隊を纏めて撤退を。
 それと正体不明の構造物から出自不明の暗号通信を回収しました。 持って行って下さい」
スリーソキウスの言葉を遮ると、口元を引き締めたシンは淡々と告げた。
「しかし……」
「挺身部隊のデータをアーモリーまで持ち帰らないと全てが無駄になります」
未だ躊躇うスリーに、シンは語気を強め言い放つ。
シンはソキウスが躊躇う理由が分かっていた。
傭兵であるシンと同じく、いや、傭兵以上にソキウスは大西洋連邦内での捨て駒や殿の役目が多かった。
東アジアやユーラシア連合に籍を移してからはその役割は減ったものの、
その困難さについては身に染みて分かっていた。
だからこそ、シン一人に任せるのは憚られたのだろう。
或いは、遺伝子を同じくする兄弟であるセブン、イレブンがその身に刻まれた
ナチュラルを守るという服従遺伝子に対する答え、
ナチュラルに有益なコーディネイターもまた守る対象である。という結論に無意識の内に辿り着き、
シンを半ば見棄てる事にためらいを感じたのかもしれない。

 

「お願いします。 御武運と、幸運を」
暫くの思案の後、スリーは通信を切るとヘリオスを反転させた。
ヘリオスは高速で離脱しながら、信号弾を打ち上げる。
信号弾を見た挺身隊の各機が光の軌跡を描きながら合流地点へと後退していく。
「……さて、と。 RB、行けるな?」
挺身部隊の全てが後退したのを確認すると、シンはコンソールを指で叩く。
『インパルスエクシード、ドラグーンフライヤー。 システム、戦闘モードに移行完了。
 いつでもいけるぞ』
「仕事が早いな。 じゃ、行こうか」
RBの返答にシンは満足そうに頷くと、インパルスエクシードを前進させた。