ガンダムSEED DESTENIY AFTER ~ライオン少女は星を目指す~
第六話 TIPS『炎の獅子剣と黒いハロ』
【新製品は勇者の剣】
「――で、シモンズ主任。もう一度そのザフトに近々納入するという新しい製品のことを説明してくれ」
オゾン臭のするモニターの向こうで、モルゲンレーテの常務が組んだ脚を入れ替えていた。
「はい、ファイヤーライオンソードですね。これはMS用の近接戦闘用兵器です」
「ファ、ファイ……? それはいったい何なんだね? というより、資料に載っているのがそうなら
私には大きな剣にしか見えんのだが……」
「はい、大剣です。敵機を一刀両断します。……ちなみに開発コンセプトは『選ばれし勇者の剣』です」
「選ばれし勇者……。で、では剣の柄についている獅子のようなレリーフについて、何か意図はあるのかね?」
「え? なんでライオンが柄についてるかですって? それは……カッコいいからです!!」
「いやカッコいいとかそういう問題ではなくてな……」
「でもヒュド○ン星人も真っ二つなんですよ」
「ふざけないでくれ。それにヒュド○ン星人って何なのだ。だいたい……」
「はい。ヒュド○ン星人とは剣のモチーフとなったヒーローロボットアニメに出てくる異星人でして――」
「聞いていない。通信を切るぞ。いいんだな!」
「あれれ~!? 僕を怒らせていいんですか? 使いますよ? ソード」
「ああ、いいとも。満足するまで振り回しておけ。それまでに貴様の処分を決めるさ」
「――フフ……運が良かったですね常務。実はこの剣は、重すぎてどんな機体でも持ち上げられないという
まさに『選ばれし勇者の剣』のような最大の欠点……いえ仕様が――」
「帰れ」
額に青筋を立てた常務がディスプレイから消え去ったのはその直後である。
「はぁ……なんでどの上司もロマンがわかってくれないんだろう……」
シモンズ主任はモニターの前でがっくりと肩を落とし、今日何度目になるかわからないぼやきを漏らす。
目の前の机に突っ伏すと、その風圧で置いてあった『ハイパワームゲン砲(仮)』と大きく書かれた企画書が宙に舞った。
『変形合体の天才』ともいわれ、世の中のMS運用戦術に影響を与えたとまでいわれる若き天才リュウタ・シモンズ。
表向きはモルゲンレーテ社の名機『アラグサ』や『グロリアス』の製作にも開発主任として多大な貢献をしている彼だが、
その裏では、突拍子もない奇怪奇天烈なMSや武装を提案している一面も少々……いやかなり、見られる。
しかも名機はさらりと造りあげてしまうくせに、トンでも兵器にはじっくり時間をかけるから本社的には扱いに困るとか。
――数刻の後。
「!! そうだ、剣がダメなら……今度はMSの胸につけてみよう!」
突っ伏した姿勢から思いついたように彼はガバっと体を起こし、紙に図面を引き始める。
「ライオンの口の中に火炎放射機を仕込んで、それから……敵の動きを止めるビームも要るな――。
いやその前にロボットに変形するトレーラーも……」
……めげずに今日も、彼は我が道を行くようだ。
【准将からの刺客】
――レイの船 ハンガー。
紅い悪魔がたたずむ前で、一人の少女がキーボード相手に格闘をしていた。
「戦術情報パルス・コード検索。乱数変換システムセット。デコーダーセット。電圧上昇。保護回線もOFFに……。
――検出不能? あらあら……では入出力ゲートをおよび汎用チャンネルを全開放し、情報を再検索ですわ。
ピンクちゃん、もう少し頑張ってくださいまし!」
〈ハ、ロ……〉
ハンガーの中央、コンピュータの端末をたたきながら声を上げる桃色の髪の少女に比べ、
端末にコードを接続された球体の合成されたそのかん高い電子音声は、どこか弱弱しい。
数秒後、桃色の球体がまるで悲鳴のようなエラー音を発したところで少女はため息をついた。
「へぇ……やっぱりミーアでもこのアブソリュートって機体の解析は無理だったか」
そう少女と同様に嘆息したのはそばでたたずむ赤毛の少年、ケンジだ。
「はい、ですが基礎的なことでしたら簡単にハッキングして調べられます。
それでわかったのですがこの子、イオンポンプの分子構造やシナプス融合の代謝速度が既存の機体に比べ
飛躍的に向上させていまして、ニューラルリンゲージネットワークも全く新しい方法で再構成されていて驚きましたわ。
背中のウイングユニットの慣性干渉の問題もメタ運動野パラメータやコリオリ修正においてすべて完璧で
それに……あら? ケンジ様どうしました? どうしてそんなカバさんのように口を大きく開けてらっしゃるのですか?」
「いや……ただすごいなぁって」
ぽかんとしていたケンジは、水色の瞳で見つめられてようやく唖然として開いた口を引き結ぶ。
目の前のキョトンとした表情の可憐な少女が、まさか大人でも理解が難しい分子イオンポンプの制御などについて
熱弁をふるっているのを見ては、ただ唖然とするしかない。
もしこのことを誰かに話しても、出来の悪いジョークだと一笑されるだろうなとケンジは思った。
「けどさ、ミーア。いったいどこでそんなこと習ったんだ?」
「それはお父様に教えてもらったのですわ。お父様が忙しい時は本を読んだり、教授にお聞きしたり……。
私はこういうことが好きなので、これくらい朝食前です。ケンジ様も一度本でもご覧になりますか?」
無論、朝食前? という野暮な突っ込みはしない。
「いや、俺は遠慮しとくゼ。俺はこのスパナ一本で親父を超える宇宙一の悪運を持つジャンク屋を目指しているんだ。
それに、親父がいつも言ってた『お前には足りないものがある』っていうのを見つけるために家出してきたんだからよ!」
「夢があることは素晴らしいことだとお母様が言ってましたわ。ですからケンジ様は素晴らしい人なのですわね。ふふ……」
にぱ~と笑う少女の屈託のない笑顔にケンジは思わずノックアウトされそうになる。
……あれは父親の船を一隻借り、いきおいよく家出したもののメンテナンスを怠ったことによる故障で
宇宙を漂流してしまった時のことだ。
このままでは死ぬ……そうケンジが薄くなっていく船の空気を吸っていた時に廃墟を探索していた小型艇に救助してもらって
出会ったのがこの少女、ミーアである。
ケンジにとって、空気がなくなりかけた船という地獄で意識を失いかけ、次に目にしたのがその少女だったせいでもあるだろう
……一目ぼれだった。
そう思いをはせ、ふとチャンスだなとケンジは頬を染めながら思い切ったように話を切り出す。
「そうだ! な、なぁ。もしよかったらさ、じいさんがヘリオポリス2に行くらしいからさ。
工具を買い足すついでに俺たちも一緒に――」
一緒に街に行かないか。そう言いかけた時である。
〈ブルァァァァァ!〉
――ゾクリ、と背筋に悪寒。
「(……!! マズイ! 奴が来る!)」
猛牛のような唸り声が聞こえたような気がして、ケンジは身をひるがえし、体を後ろに倒した。
すると、その先ほどまでケンジの首があったところを黒い球体がまるで喉笛を噛み切る狂犬のような勢いで、通過。
そのまま勢い余り、壁にめり込んでしまう。
ズゴォォン……。
手すりに来る、軽い振動。
もし、後一瞬避けるのが遅ければ首がどうなっていたか……と、ケンジはぞっとした。
対照的にミーアは、まるで散歩中の犬が他人に襲いかかったのを見た飼い主のような声で、
「あらあら、サイコちゃん? おイタはダメですわよ? ケンジ様も驚いてるではありませんか」
〈ブルァァァ……ヨケテンジャネェ……〉
壁にめり込んだ球体――サイコ・ハロは壁から自分を引っこ抜くと、反動を利用してキャットウォークへ躍り出た。
その赤いダイオード製の目は他のハロ達とは違い、逆立っている。
まるで〈むやみにご主人に近づいてんじゃねぇ〉と憎々しげに語っているようだ。
「あ、あのさぁミーア。話しかけるたびに毎回毎回アイツにぶつかられるから慣れたけどさ、コレはいったい……」
疲れ切った表情でケンジが指差したのは、足元の低いうなり声をあげる球体。
それを見るとミーアは困ったように、
「サイコちゃんのことですか? このサイコちゃんは、他のピンクちゃんたちと一緒に子供のころお父様が
誕生日プレゼントにくださったのです。なんでもお父様がおっしゃるには『悪い虫がつかないように』と
最新技術を駆使したそうなのですが、いったい虫さんとはどういう意味なのでしょうか?」
「虫、ねぇ……」
ケンジはハエの羽が生えた自分がミーアの周りを飛び回っているのを想像した後、嘆息した。
ちなみに先日、ケンジが船長でもある老人レイ・ザ・バレルにこのハロのことを相談した時には
『キラ・ヤマト、お前もか……』と言っていたが、ケンジには意味がさっぱりわからなかった。
【わがままは男の罪】
船の移動用小型艇の圧力ドアに手をかけながら、レイが言った。
「シン。本当にステラに会わなくていいのだな?」
「ああ。会えるかよ……こんな肉体(からだ)で……」
そう顔をうつむけながらシンは呟く。目の前の手すりに体を預ける青年にさっと陰がさしたのをレイは見逃さなかった。
レイがヘリオポリス2へ向かうと言ったが、シンはそれを拒んだのだ。血に汚れた自分には会う資格がない、と。
それを聞いた時、レイは少し残念そうな顔をしてそれを見たシンは申し訳ないとばかり言っていた。
だが、それはレイがルナマリアの驚く顔が見たかったがために、シンのことは連絡時にわざわざ伏せておいていたからだ、
ということをシンは知らない。
ふと思いついたように、レイ。
「せめて遠くから眺めるだけでもいいのではないか? フッ、意外とボーイフレンドの一人や二人いたりしてな――」
「ボ、ボーイフレンドッ!! そんなのが……い、いるのか!?」
急におろおろし始めたシンに肩をガシリと掴まれたところで、老人は冗談のつもりで言った先ほどの一言を後悔した。
「なぁ、なぁレイ! ステラにか、彼氏がいるのか、いないのか? どっちなんだよ!?」
焦る表情でレイに肉薄するシンの行動は、まさしく父親のソレである。掴まれた肩からの痛みによりシワの寄ったレイの顔が歪む。
「い、いや俺はプライベートにはあまりかかわらない主義でよく知らん! それに……もし彼氏がいたとして、
お前はどうしたいんだ!? そのステラのボーイフレンドを追い払いでもするのか?」
「え? いや~、追い払うっていうか……」
シンはレイの肩から手を離すと、すぐさま足もとに落ちていたバールを拾いそして――
「――ころす♪(はぁと)」
ぐにぁり。
あられもない方向に折り曲げられたバールがシンの両手から投げ出され、がらぁんという金属音を上げながら床に転がる。
そのときの悪鬼妖魔の類かと見間違えられそうなほど口元に弧を描いたシンの表情は、
レイは死ぬ直前まで忘れることができないだろう。恐るべし、父親パワー。
「ま、待つんだシン! それでは殺人罪で起訴されるぞ!? あと目と鼻から出てる滝のような血を止めろ!」
「いいんだ。プラントの刑法には『ステラに近づいた男は死刑』っていう法律がないから、しょうがなく
この俺、シン・アスカが粛清しようっていうんだ♪」
そう笑いながら鼻と目からは、どばどばととどめなく血涙と鼻血が出ている目の前の男。
「エゴだぞ、それは! というよりそんな法律があるわけないだろう!」
「うるせぇ! もし『ステラは俺の嫁』とかいう奴がいたら、アブソリュートでケシズミにしてやるZE♪」
もしこの場に他人がいれば、シンの身に漂い出した尋常でない殺気に寒気を覚えていた事だろう。
「ええい、情けない奴……ケンジ! 早く出せ! シンが暴れる前に早く!」
『あいよっ!』
備えつけのスピーカーから元気な掛け声が響いた。
――『は~な~せ~、彼氏は俺が討つんだ! 今日! あそこで!』と喚きながら船体にへばりついたシンを、
ミーアが自前のハロ軍団の猛攻で引きはがすという珍事が起きたのは、その後のことである。