~ライオン少女は星を目指す~
第1話「シンと傷ついた獅子(後編)」
「ぐぅっ……!」
敵機から放たれたビームの矢が機体をかすめ、シンはコックピットを揺らす振動にうめき声を上げた。
相手は武装したゲイツが8機。こちらも同じゲイツRで応戦するが、一機は先制攻撃で落としたとはいえ、
勝利を得るのは難しい状況であった。
降り注ぐビームを防ぐため、乗り捨ててきた使い捨てロケットの船体を盾代わりに使う。
――あとで気づいたことだが、燃料は行きの分しか入ってなかった。
「でぇぇぇやぁぁ!」
物陰から飛び出すと、ビームクローを振り上げ、斬りかかる。
〈正面から来るなど……バカか!!〉
敵が渾身のビームクローを難なくいなす。その隙を狙い、シンが次の手を放とうとするが、また別の機体が背後から襲いかかる。
確かにシンは敵よりも腕は上であった。しかし、いかんせん数が違い過ぎる。
もしそのゲイツRに乗っていたのがシンではなく並のパイロットであれば、すでに数回は死んでいるだろう。
〈貴様も、新たな時代の礎となれ〉
敵機のリーダー格の男が小さくつぶやくと、背後からビームクローを容赦なく滑らせようとした。
「クッ!?」
それをかわすことができたのはシンがアカデミー時代から怠ったことのない厳しい訓練の賜物だった。
だが敵はそれに動じることなくあくまで冷静にシンの持っていたビームライフルを撃ち抜く。
「あ、アグッ……!!」
手に保持していたビームライフルが爆散し、その爆風で世界が揺れ動くのを感じる。
顔を上げると、とどめを刺すつもりなのか、リーダー格の機体がクローを展開し近寄ってくる。
視界の隅では、他の七機が周囲を取り囲もうとしていることに気がついた。
それを見たシンは、コックピットでうなだれながら、強く思う。
(俺は……何をやっているんだ……)
シンの意志に陰りが差したのはこの時である。コックピットの中でシンはうなだれた。
祖国で家族を失い、自らの無力を嘆き、アカデミー時代から訓練を怠ったことなどなかった。
以前には傑出したその力を買われ、ザフトのスーパーエースにまで昇りつめたりまでした。
だが実際はこの様だ。前議長とプラントを守れず、現議長の支配体制に反発することさえできない。
ただ機械のように任務を淡々と遂行するだけの兵士。
何と情けないことか。そして、何と非力なことか。
「俺が欲しかったのはどんな力だったんだ? ……俺は――」
『ハーイ、マユでーす。でもごめんなさ~い。今は――』
『シン……ステラ……守る……』
いつも脳裏に浮かぶのは、かつて失った者。もう二度と戻らないとわかっていながらも、未だに夢でうなされる。
『過去にとらわれて戦うのはやめろ! お前が欲しかったのは、本当にそんな力か!?』
裏切り者の声が頭の中で反響する。
「ちくしょう、ちくしょう……」
息を吸う。体に残っているエネルギーをすべて吐き出すようにシンは叫んだ。
「ちくしょぉぉぉぉ―――!!!」
ぱぁぁぁん。
耳元ではにわかの落雷のような耳鳴りが鳴り響き、視界が急にクリアになっていく。
ばくばくと心臓が脈を打ち、呼吸が乱れる。
もはやかなわないと砕けかけた意志が、再び湧き上がってくる。
「ア……アハハハハ……」
その脳裏に、焼け焦げた衣服の残骸をまとわりつかせ、
ねじくれた形で横たわる肉塊――変わり果てた家族の姿がフラッシュバックする。
「ヒヒヒ………ア――ッハッハッハッハッハァァ――――――!!!」
そして溢れんばかりの声量で狂気をさらけ出した。
澱みきった目がギラギラと鈍く光り、鋭い犬歯があらわになる。
もう過去も未来も、要らない。彼には『今』もないのだから。
『なんだ? こいつ急に動きが!?』
『不気味な奴だ。どけ、俺が脳天ぶち抜いてやる!』
眼前の敵が、独り言をつぶやくシンを気味が悪そうに見ていたが、すぐに気を取り直したように
殺意を持ってシンに飛びかかった。
少し前までのシンならば、その必殺の一撃をかわすことは困難だっただろう。
だが今のシンにはその動作はひどく緩慢なものに見えた。
「遅い……!」
敵の機動を読み、最小限の動きで回避し、光の爪が敵機の腹に埋め込まれる。
腕部のパワーを最大に上げ、おもいきり横に振りぬく。
〈う、うわぁぁぁ―――――!!〉
シンが駆るゲイツRのビームクローに切り裂かれ、上下に分断された敵機が断末魔の悲鳴とともに爆散した。
ただ思う。こんな力があっても、自分は何も守れなかった。
けど、もしかすればここで自分が戦い奴らに少しでも打撃をあたえることで、
どこかのコロニーの誰かが襲撃されることがなくなるかもしれない。
今は、それで充分だった。
シンは機体を構えなおすと、残り七人の敵機へ向き直った。
――コックピットをつぶされ、物言わぬ七機分のMSの残骸が宇宙に散乱するのに、大した時間はかからなかった。
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一時間ほど前のことである。
宇宙空間を飛翔する白いシャトルの中で。
「変わるものだな。人も、世界も」
「代表?」
首をかしげる随伴員を横目に、カガリはアスハ家に用意されたシャトルの窓から、漆黒の宙を見ていた。
シャトルの窓から見た宇宙空間に雲母のかけらを落としたように光るものが一片、きらりと太陽光を反射した。
形状から見てそれが戦闘艦の残骸だと認識すると、カガリは窓から目をそむける。
ユニウス戦役が終結してからこの一年間カガリはがむしゃらに勉強し、数多くのことを学んだ。
もっとも、それは遅すぎたことであったが。
力がない自分が嘆かないように、再び国を焼かないために。
「……力、か……」
「アスハ代表。これからいかがなすおつもりで?」
向かい合わせの形で座る随伴員、スズキが黒いサングラスの端をクイッと上げた。
オールバックにした銀髪と黒いスーツが理知的な雰囲気を醸し出している。
「スズキ。地球に戻ってから、私はラクスに向けて全世界へ向けて会見を行う」
「それは……いいのでしょうか? 今現在の地球の情勢は――」
「かまわない。あのままでは、無理やりにでも採決されるに決まっている」
カガリは黄金の眼で目の前のスズキと呼ばれた随伴員を睨めつけると、黙らせた。
終戦後、ラクス・クラインが行った政策にもカガリは危機感を抱いていた。
終戦直後からプラントを立ち直らせたその手際は目を見張るものがあるが、その後がいけなかった。
新たに開発された新型モビルスーツの発表をしたかと思えば、地球へと新たな基地の建設を行ったり、
ただひたすら軍備の増強に力を入れていたのである。
何度注意を呼び掛けても、柔和な笑みで言いくるめられるばかり。
確かにそうすれば戦争もなくなる。一部の人間は幸せになる。
だが、そのために築かれる屍の山は計り知れないだろう。
――そんな世界は本当に幸せなのだろうか?
この世の誰よりもカガリが憂えるのは、今も昔も現在の世界の行く末であった。
「アスハ代表。世界の国々のいくつかも親プラントの国々も存在します。
どうかオーブの理念のため、お考えを――」
「ラクスの側近を各国の首脳に組み込む? そしてそれに従わなければ武力で押し通す?
まったく、馬鹿げている。こんなものがまかり通れば、オーブの理念も何もないではないか。
私はこのプラント側の政策――いや、ラクスには異議を申し立てる所存だ」
「そうですか」
唐突にスズキが口を開いた。
話しかけられたのはいったい誰かと探さなければならないような、無関心な声。
「直情的なのが玉に傷とは思っておりましたが……」
「何を言って――」
次の瞬間起きたことを、たとえそれがカガリではなくとも正確に理解できなかっただろう。
カガリは目の前の空間を凝視していた。数秒前までは存在していなかった銃口を覗きこんで。
目の前に構えられた自動拳銃にはわずかなブレもない。
ようやく我に返り、カガリがかすれた声を絞り出す。
「な……」
「代表も、甘いようで……。おっと動かないでください。動いたら撃ちますから」
事実、撃ちそうだった。スズキの指先がトリガーが落ちるギリギリの位置まで後退していることを、カガリは知らない。
額に銃口を押しつけられている今の状況では、わずかな振動で撃発する。
「あなたではラクス様にはかないません。確かに終戦直後からの成長には目を見張るものがありましたが、
オーブ内に我らクライン派が大量に入り込んでいることも察知できないようでは、
ウズミ様の足元にも及ばないでしょうな」
「隊長」
カガリに護衛として付いていたはずの屈強の男の一人が、軍隊式の敬礼をした。
それはオーブ軍のものだった。
「機内の航行システム、ならびランチ以外の推進系の凍結は完了しました」
「ご苦労様です」
カガリの視界の隅では、周りの護衛たちがぞろぞろと脱出用のランチに乗りこんでいるのを捉えていた。
「あぁ、言い忘れてましたが彼らも私と同じくクライン派の同志です。説得しても無駄ですよ」
「クライン派だと……お前! 何でこんなことを!」
銃声。
目の前の男に掴みかかろうとしたところで、カガリは激痛を覚えた。撃たれた膝から血が噴き出す。
「ぐぅぅ……!!」
強烈な痛みに襲われ、膝をかばうように抱えた。幸いなことは、銃弾が貫通していることだけだ。
「賛同者に囲まれ、暖かいゆりかごの中で何もしなかったあなたにはわからないでしょうな。
理想に従って撃たれた者の痛みも知らず、のうのうと生き続けるあなたには」
銃口を離すと、スズキは踵を返し機体後部の脱出艇へ向かう。
まるであらかじめ決められたセリフを言い終えた役者のように、悠々と。
「ここで始末してやろうと思いましたが……楽には殺させません。
宇宙漂流刑です。洒落てるでしょう?」
「な……何が……」
あまりの痛みに耐えかね顔を苦痛にゆがめる彼女は、それが追えない。
「さようならアスハ代表……いや、異端者カガリ・ユラ・アスハ」
彼女にはゆっくりと降りてくるセーフティシャッターが、今まで見ていた幻想に降ろされた幕のように見えた。
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シンが敵機をすべて撃墜し終えたそのとき、この宙域に接近中の機体をレーダーが捉えた。
モニターに映るそれは白い機体――民間用のシャトルだ。
「そうだ、撃墜しなきゃ……任務だから……撃墜しなきゃ……」
その時になってようやくシンは任務の内容を思い出し、うわごとのように内容を反芻する。
しかしビームライフルを失った今、何もすることができなかった。機内で乾いた笑いしか出ない。
「(マユ……ステラ……レイ……父さん母さん……僕は、もう疲れたよ。今そっちへ行くから……)」
右腕以外の四肢を失い、生命維持装置の電源も落ちた機体の中でシンの意識は闇に堕ちて行った。
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残骸が散らばり、凄惨な光景を出している宙域で。
『やれやれ、廃棄された〈一族〉の施設の調査に来てみたら……すごいもの見ちまったな』
廃棄コロニーのスペースデブリの中の一つからガンカメラを持った一機のMSが、ひょこっと顔を出した。