SCA-Seed_SeedD AfterR◆ライオン 氏_第05話

Last-modified: 2009-08-04 (火) 09:49:41

シンはドアをノックされる音で目が覚めた。
天井からあふれる蛍光灯の光の眩しさに思わず目を細める。
時計を見る。さきほどレイと話していた時から30分もたっていない。
それなのにまるで何日も眠っていたかのような感覚だった。
しかし眠気は全くなく、気分も悪くない。
あの夢を見ずに眠れたのは本当に久しぶりの様な気がした。

 

再びドアをノックする音。続いて声。
「入るぞ、シン・アスカ」
レイの声ではなかった。声からして若い女性の様だ。
誰だろうか、と寝ぼけ頭で考えながらシンは「どうぞ」とだけ返事をする。
ドアを開けて入ってきたその人物の背はすらりと高かった。
整った顔立ちに加え、男装に身を包んだ"彼女"はあまりにも貫録がありすぎる。
レイから聞いていた。確かこの人がロンド・ミナ・サハクという、俺の命の恩人だと。
思わずシンは敬礼して感謝の意を述べる。
その言葉に、よい、とだけ言うとミナは、まるですべてを取り仕切る絶対者のような足取りで
シンの前に歩み寄った。
「体の状態はどうだ。シン・アスカ。
 いや、それとも呼び方としては"ザフトのスーパーエース"の方が好みか?」
「……シンでいいですよ。それに俺はもうスーパーエースでも何でもない、ただの無力な男です。
 こんな俺に何かご用ですか?」
ムッとなって、ミナを睨みつける。

 

一方、ミナの方はいたって攻撃的な意志はないようだった。
適当な椅子に腰かけると、その場を動こうともしない。
「いや、なに。元はオーブの民だというのに、いつしかザフト側きってのエースパイロットとなり、
 ついにはあのキラ・ヤマトすらも撃墜せしめたという男に予は興味を持ってな。
 ここで救助された時の貴様はとても話せる状態でなかったが故に、
 一度面と向かって話をしてみたいと思っていたのだ」
「いや、違う。俺がスーパーエースなんて呼ばれていたのは、たまたま状況が良かったからだ。
 それこそ議長が俺を過剰に持ち上げてくれたからで……というより、なぜ俺を助けたんだ?」
「もし今のプラントがミハシラに協力を申し出た際に、交渉のカードになり得ると判断したからだ」
シンの目が丸くなった。誰が見ても、シンの頭の上には疑問符が渦巻いているのがわかるだろう。
ミナは、やれやれと、わざとらしく溜息をつく。
「貴様が自分のことをどう思うかは勝手だが、いささか過小評価のし過ぎではないのか? 
 世界各国の軍事力の面において、貴様ほど厄介な存在は他にあるまい。
 なにしろ世界で初めてあの“ヤキンのフリーダム”を遥かなる高みから引きずり落とした存在なのだからな。
 よって礼を言われる筋合いはない。ただ予は、貴様を利用しようとしていただけなのだからな」
そう言われてもただ、茫然とするシン。
「妙なところで鈍いのだな。それともわざととぼけているのか?
 まぁそれはいい。誇るがいい、シン・アスカ。 
 貴様はこのロンド・ミナ・サハクを認めさせるに値する人物なのだ。
 その貴様がミハシラに何らかの与する形を取るとすれば、喜んで予は自ら足を運ぼう。 
 それだけの価値があるのは確かだ」
ミナは優雅に足を組み替えた。

 

「少々話がそれてしまったな……本題に入ろう。
 シン、予はお前に聞きたい。なぜお前はカガリを殺さなかったのだ?」
ひときわ強く、ミナはシンを凝視した。

 

「…………」
シンは寝返りを打ち、ミナに背を向けた。
「お前のことを調べさせてもらった。おまえはオノゴロで家族を失っているそうだな。
 そして家族を守ってくれなかったオーブを憎んでいると。
 そんな貴様がカガリを殺さなかったのはなぜだ?」
「俺は……」
シンはむくりと起き上がり、自身の視界にミナを捉えた。

 

「俺は、家族の仇に……アスハに命を救われた。俺はアイツを殺そうとしていたのに、憎んでいたのに。
 殴っても殴っても立ちあがって、アイツは俺なんかのために涙を流していた」
自分を殺そうとしている男の前で彼女はただ、ひたすらに懇願していた。生きろ、と。
強い意志の光をためた目に涙すらも浮かべて。
「俺は何もわからなくなった。どうしていいかわからなくなった。
 力がなかったのが悔しかったから力を得て、戦争を起こすような奴らを全員なぎ払ってやれば、
 それで終わりだと思っていた。
 そのためには、どんな敵とだって戦ってやるっていったはずなのに」
それはシンがデュランダルの前で決意し、誓った言葉だった。
自身の掌を見つめながら、シンはぼそりと呟くように、
「アイツを思いっきり殴り飛ばした時、俺は空っぽになった。
 やっと念願の復讐が果たせたって言うのに、うれしくとも何とも思えなくて、
 ただ『こんなものなのか』って感じてた。そしたら、もう何もかもがどうでもよくなってきた。
 アンタにこの気持ちがわかるか? 
 俺は、俺をこんな目に合わせた奴らと同じような人間なんじゃないか……って」

 

シンはふと思う。何故自分は、戦争を嫌っていたのに軍人なんか志そうと思っていたんだろう?
食べることに困っていたわけでもなく、戦争から遠ざかることは容易だったはずだった。
あのとき世界中の人間が不幸になってしまえばいいと思わなかったと言えば嘘になる。
病的なまでに力を欲していた自分は、やはり壊れていたのかもしれない。
その力が第二の自分を生み出すということにさえも、頭が回らなかったのだから。

 

「けどあのバカは死にたくなった俺に、死ぬなと言ってぶん殴ってきた。
 こんな俺に誰かを救ってみせろと怒鳴りつけてきた。
 そしたらもうわけわかんなくなってきて……」
ありったけの恨みを込めて殴りつけた際、なまじカガリが生身の人間であることを認識してしまったが故に
カガリが見せた「らしくない姿」は、シンを困惑させていた。
それはカガリに対しての、人間らしさ、女らしさなど
"そうであってほしくないと望む部分"に対する反発が原因である。
シンの中では、カガリは綺麗ごとを吐きちらし、他人にそれを強制し、
自国を滅ぼすような得体のしれない「悪人」であってほしかった。
前大戦のさなかから、いつのまにかカガリはシンが憎むべき
『家族を守ってくれなかったオーブ』の象徴となってしまっていたのだった。
「それで、俺は知りたくなってきた」
「ほう、何をだ?」

 

「俺がこの世界に存在する理由と、俺が生まれてきた意味を。
 あのバカが言ったように――俺が苦しんでいる誰かを救うことができるのなら、
 誰かを救う方法があるというのなら、それを見つけたいと思った。
 あんなふうに人は変われるのかと知りたくなった」

 

「それがカガリを助けた理由か?」
ミナの問いかけにシンは一呼吸置いて、
「あのバカ女は変わった。アイツも誰かを守りたい、誰かを救いたいと言っていた。
 アイツは俺といっしょだった。
 そう考えたら俺は、どうしてもバカ女がが殺せなくなった」
シンが下を向き、ひとつ深呼吸をした。
再びミナに向けられたその紅瞳は、溢れんばかりの意志の光をたたえていた。
それはまるで、くすぶっていた"何か"が弾けたかのよう。

 

「そうか」
ミナがつぶやいた。
「貴様も、そうなのか」

 

目を細め、賞賛と戸惑いが入り混じったような声でミナはそう言うと、薄い笑みを浮かべる。
何のつもりだ、とあっけにとられるシンの疑問は、すぐに解消された。

 

「…………誰がバカ女だ」

 

がちゃりと戸を開け、ドアの前で聞き耳を立てていたカガリが部屋に入ってきたからだ。

 
 

ライオン少女は星を目指す
第五話「オノゴロの悪魔とオーブの獅子」

 
 

「それでは予はこれで失礼しよう。後は好きにするがいい、カガリ」
「ありがとう、ミナ。コイツを助けてくれて」
「何度も言ったはずだ。礼を言われる筋合いはない」
「わかっている。それでも、ありがとう」
「フッ……」
スッとミナは立ち上がると、シンとカガリの両名をそれぞれ一瞥し、その場を去って行った。

 

「シン」
二人きりになった部屋で、静かにカガリは切り出した。
その顔には包帯が巻かれ、こころなしか挙動が少しぎこちない。
「あ……いや、その、さっきのことは――」
「……お前に見せたい物がある」
無視しやがった。
手元の時計を見比べたカガリが、病室に備わった映像モニターの電源を入れる。
何を見せるのか、とあっけにとられるシンにカガリは、
「シン、よく見ておけ。これが今の『世界』だ」
映し出された光景を見て、シンはかっと両眼を見開いた。

 
 

『この放送をご覧になっている世界中の皆さまへ! ご覧ください! 
 プラント、オーブ間で結ばれたアーノルディ・プランに沿って結成された
 『歌姫の騎士団』の第一陣が今、世界平和のためにこのオーブから
 続々と出港していこうとしています!』

 
 

中継がつながるオーブのオノゴロ島。
興奮冷めやらぬまま声を張り上げるアナウンサーの背後では、
オーブの民衆が老若男女総出で拳を突き上げ、オーブの国旗を振り、熱狂をたたえていた。
その視線の先には不沈艦アークエンジェルを先頭に、他の空母や大勢の護衛艦が艦隊をなして
続々と出港していく。

 

「よくここまで数を集めたな。あれだけの空母を遠征させるとは、
 大事なのはオーブの国防よりも世界平和というつもり……か」
茫然とモニターを見続けるカガリ。
かつての仲間たちが行おうとしている暴挙を見て、その小さい背中に
おさまりきれない無念さがにじみ出ていた。
「な、……何だよこれ。……戦いは、戦争はもう終わったんだろ!?
 今更なんでオーブが軍を動かしてるんだよ!?」
シンの口から戸惑いの声が漏れた。もはや絶叫に近い声で目の前の惨状をなじる。
「……私はもう代表じゃないんだ。今はキラが不幸な事故で亡くなった元代表首長の弟として
 オーブを立派にまとめ上げている」
「そんなことはどうでもいい! なんでまたオーブが軍を動かしているんだって聞いてるんだ!」
「もちろん、戦争をするためだ。なんでもキラ達が言うには、世界のためらしい。
 世界の人々がまだ平和を望んでいないから、平和の敵を打ち倒すため
 オーブが世界平和の名の下に軍事行動を起こす。
 そしてこれは世界のために行っているのだから、世界の平和を願うオーブの理念に反してない、とさ。
 馬鹿げてる。ふざけてるよな、こんなこと……」
カガリはそこで今まで世界に起こった出来事を少しずつ説明し始めた。

 
 

シンはそれを聞きながら愕然とした。
おかしい。わけがわからない。
いくらなんでも無茶苦茶だ。
世界はようやく平和の兆しが見え始めたというのに、
そこでどうしてまだ平和を望んでいない人々がいると断言する?
そして何故ようやく平和を得た人々に対して武力を指し向けようとする!? 
今まで自分が戦争を戦い抜いてやってきたことは何だったんだ?
俺が見たかったのは、こんな世界だったのか!?

 

「シン。一年前のあのとき、オーブはデスティニープランに賛同せず、
 プラントと戦闘を行ったのは何故だか知っているか?」
力なくシンは首を振る。あの時の自分は議長の考えに心酔していて、他の事などまるで考えていなかった。
カガリは続ける。
「デスティニー・プランが地球の国家に対してあまりにも不利だったからだ。
 遺伝子がその人の運命を決定づけるとしたら、それはコーディネイタ―が様々な分野で活躍するのに対し
 遺伝子において劣る大半のナチュラルは低い身分につくことになる。
 そのような政策はコーディネイタ―とナチュラルがともに暮らすオーブでは害悪以外の何物でもない。
 それ以前に、あんな大規模な政策を貧困にあえぐ地上国家がそれぞれ費用を出して行えと言うこと自体が
 むちゃくちゃだったんだ」
カガリはいったんそこで言葉を切って、モニターに目を向けた。
「確かに両者が手を取り合えると言えば聞こえがいいかもしれない。
 しかし、それはあくまで一時的なものだ。
 あのようなプランによって年代を重ねていけば……いつしか両者の確執は、
 まるで中世貴族と農奴階級が対立した歴史の二の舞になるだろう。
 それでは何も変わらない。現在と同じ、いや両者の身体的違いによって歯止めがかからない分、
 今よりももっとひどい結末になるのは明らかだ」

 

「ど、どういうことだ? アンタさっきから何を言っているんだ? 
 一年前の議長就任演説で、ラクス・クラインはシーゲル・クラインの意志を継いで
 ナチュラルとコーディネイタ―の共存を目指すって……!」
「確かにラクスはあのときそう言った。けどな、それは絶対にあり得ないんだ」
そして場面は、オーブの国旗が高らかに掲げられた壇上に切り替わる。
その中心で、声高らかに演説する二人の男女がいた。
すべてのカメラが彼らだけに注目しているからこそ、シンにははっきりと見えた。"彼ら"の様子が。

 

この世のすべてに飽きてしまったかのような、輝きを失ったキラ・ヤマトの瞳。

 

群がる群衆に向けるラクス・クラインの、まるで万物を達観しているように澄んだ目を。

 

「なぁ、シン。ラクスの周りには、いったい何人のナチュラルがいると思う?」
「……知るかよ、そんなこと」
「いないんだ」
「……は?」
そのとき、シンの顔に動揺が浮かぶ。

 

「ゼロなんだよ。皆無なんだ。確かに知り合い程度のナチュラルが数人くらいいるはずだが、
 キラやアスランみたいに、本当に近くに置いている人間は皆コーディネイタ―なんだ。
 だからアイツらは真の意味でナチュラルの苦境を理解できない。倫理観念の根本から違うからな。
 でないと、プラント側がエイプリルフール・クライシスの被害を棚に上げて、
 地球側は戦後補償を譲歩しろなんて言えるわけがない。
 そんな奴がどうやってナチュラルとコーディネイタ―との共存を行うと思う?」
カガリの言葉に、怒気が混じり始めた。

 

「わかるか? アイツらは世界を平和にするには、デスティニープランで運命を定められるより、
 誰よりも平和を愛する優れた自分たちが世界を治めていかなくてはならないと言ってるんだ。
 今度は慈愛などではなく、武力を行使した圧政によって世界中の力をそぎ落としにかかるだろう。
 アイツらはそれを何とも思わない。
 何故ならアイツらが言う平和とは、私の様な邪魔者をすべて殺しつくした世界のことだからな……!」

 
 

『オーブ国民のみなさん。私は、カガリ・ユラ・アスハの弟のキラ・ヤマト・アスハです。
 私は今は亡き姉の意志を継ぎ、世界の平和のために――』

 

自然に咲いていた野花が根こそぎ除去され、遺伝子組み換えを何度も行われた綺麗な花だけが並べられた
壇上で、キラ・ヤマトが切実に呼びかける。

 

シンは直感的に悟った。
彼らにとって群衆というものは、自分たちが守れなければ生きていけない、
勝手に争いを起こして滅んでしまう脆弱な生き物だ。
そんな自分たちが世界を守ってやるのは当然のことであって、
力及ばずに守れなかった者は"しかたない"という。
だから彼らは花を"守る"のではなくて"吹き飛ばされても何度でも植える"と言える。
吹き飛ばされた者はもう戻りはしないということを知らない。

 

『今、この会場となっているオノゴロ島では様々な命が失われました。
 このようなことは、もう二度と繰り返してはいけません』

 

その言葉を聞いた時、シンの体中の血液が、怒りで沸騰したような気がした。
抑えきれない怒りと悔しさのせいでシンの体が震える。
どの口が言っているんだ。そこで好き勝手暴れた挙句、
罪もない民間人の命を奪い去ったのはいったい誰なんだ。

 

「……また戦争がしたいのか、アンタ達は!」

 

シンは吼えた。歯ががちがちと震える。その目には涙さえ滲んでいた。

 

「おまえ……そこのおまえだ! いつもそうやって、俺たちを高い所から見下して!」

 

噛み切った唇から、一条の紅い線が落ちていく。
画面の向こうの彼らにはシンの声は届かない。そしてその言葉を彼らが聞き入れるかもわからない。
だが、そんなことはどうでもよかった。

 

「逆襲だ」
ぽつりと、つぶやく。
もし人の心が具現化したものが見れたとしたら、
今のシンは燃え立つような怒りを放つ、一個の炎塊に見えたに違いない。

 

「やれよ。やってみろよ! 元々アンタ達に売られたケンカだ! 言い値で買ってやるさ!
 なんでもかんでも、アンタ達の思い通りになると思うなァァァッ!!」

 

すべての抑制を吹き飛ばし、ケガの痛みを忘れ、シンはベッドから跳ねあがった。
裂帛の気合とともに、シンの咆哮が病室に吹き抜けた。
その焼けた鉄のように輝く真紅の瞳は、見る者の戦慄を誘う。
シンは点滴の針を引き抜き、凄まじい眼つきで画面の向こうの敵を睨みつけた。
眼光で人が殺せるなら、彼らはとうに四散しているだろう。

 

それとは対照的に、カガリはとてもかすかな、静かな声で。

 

「私はいったい何をしていたんだろう……。
 お父様の意志を継ぐんだって勝手に意気込んで、勝手に突っ走って、散々利用されて、
 そしてその挙句に役立たずだと言われ、代表の座から引きずり降ろされ、この様だ。
 私はダメだ。私が足りないものをあいつらはすべて持っている。
 だからどんな難しいことも平気でやり遂げてしまう。
 だから……だから、だから……ッ!!

 
 

『僕たちの意志は、カガリの意志でもあります。カガリがこんな世界のを認めるわけがない。
 何故ならカガリは今、泣いているのですから!』

 

シンの視界の隅で、カガリがふわりと跳躍した。
繰り出された足が見事に伸びて空を切り、シンの頬をかすめ、

 

「くそっっったれがぁぁぁ――――――!!」

 

シンの小脇にあった、卓上の小さなモニターへ強烈なとび蹴りを一閃。
哀れな映像ディスプレイは吹き飛び、壁に叩きつけられ、ついには何も言わなくなった。
突然の感情の爆発にシンは目を瞬かせる。

 

「ちくしょう、ちくしょう、ちくしょうぁぁぁぁ――――――!! 
 何がカガリは今泣いているだ! んなわけないだろうが! 
 勝手なことほざくなぁぁ……! キラのばっかやろォォォ!! アスランの裏切り者ぉぉぉ!!」

 

カガリは怒りのままに、スクラップ寸前のモニターを何度も何度も踏みつける。
うわ、と若干引きながらシンはそれを見守るしかなかった。

 

「お前らはすごいよ! キラ、ラクス、アスラン! コーディネイタ―で何でもできて!
 誰からも好かれて! どんな敵とだって戦える!
 けど私には無理だった! 頭は悪いし、物覚えも悪い!
 嘘もつけないから……政治の駆け引きもできない! 
 お前らから見れば、私なんかちっぽけな存在なんだろうな!
 だから……勝手に結婚式場から誘拐したり、武力介入のダシに使ったんだろうが!
 それとも……人質としての価値があったから、使ってやろうとでも……思っていたのかよお前らは!
 あぁ!?」

 

渾身の力を込めて叩き割れた画面をげしげしと踏みつけながら、カガリは声を詰まらせていた。
感情の昂るままに、いままでため込んでいた許さざる物を吐き出していく。

 

「なんで誰も私の話を聞いてくれないんだよ! ラクスの言葉は鵜呑みにするくせに!
 みんな、誰も、誰もわかってくれない! お父様もそうだ!
 だいたいなんでオーブの理念が形になったものというのがモビルスーツなんだ!
 結局のところ、力さえあればすべて解決してもいいのか!?
 力が正義なら、無力は悪なのか!? 
 だったらその力で未来を得るために戦って、戦って戦い抜いて、
 たくさんの人を泣かせて殺して、それで最後に世界は平和になるのかよ! ええ!?」

 

シンは目の前で吠える獣を見て思う。
その姿を見ていると、コイツの抱えていた物は俺のよりも大きく、そして重そうだった。
コイツも力が欲しかったんだ。『理不尽』という名の、目で見えない巨大な敵を倒す力を。
シンの中で、何故こんな奴に自分はイラついていたのかという疑問が解けた気がした。
何故なら、コイツの姿は俺によく似ている。不思議なことに、どこか重なり合うところがある。
だからこそ、似ているからこそ心の奥底でほっぽり出せずに何度もつっかかっていたのかもしれない。

 

「許せない。ワガママで身勝手なあいつ等が! 無力だった自分が!
 許せない……いや、許すもんかァァァァ!!」

 

その振り上げられた渾身の右足が、スクラップ同然の電子機器を踏み抜いた。
バラバラに砕け散り、原型をとどめないほどに破壊される。
カガリは苦しそうに息をはねさせ、そのあと大きなため息を吐いた。

 
 

「……あはははっ! こんなにも自分をさらけ出したのは、初めてだ。
 そういえばあいつらとは結局一回もケンカしなかったな。
 いつもこう……グイッとひねりあげられて、それで終わりで……。
 あぁ、こんなことになるんだったらもう五、六発くらい殴っておけばよかった」
思う存分破壊活動をし終えた彼女は、ニタリと笑って見せた。
どこか吹っ切れたような表情のそれが、シンが初めて見た彼女の笑顔だった。
すると獅子の咆哮に呼ばれたように、病室に光が差し込み始めた。
夜明けを迎えた太陽の光が、カーテンにさえぎられつつも、二人の間に割って入る。
そこで何かを思い出したようたように、カガリ。
「……ああ、そうだ。受け取れ、シン」
シンに細長い棒の様なものを放り投げる。それは、鞘におさめられた一本の短刀だった。
ほんの少しだけ引き出してみるが、その刃には一点の曇りもない。

 

「率直に言う。これから世界は変わり始める。
 それこそ持てる者が圧政を敷き、持たざる者が喘ぎ苦しむような世界にだ。
 だからラクスが作ろうとしているこのクソったれで横暴で理不尽な世界を変えるために、
 どうかお前の力を私に貸してくれないだろうか? 
 そして私のそばで私のやることなすことを見ていてほしい。
 そしてもしお前が私が生きるに値しない存在だと思ったとき、その刃で裁いてくれ」
カガリはシンの手元にある刃を指差した。
「寝ている時だろうと背を向けた時だろうといつでも構わない。お前には、その権利がある」

 

「……アンタ、本当に変わったな」
シンは立ち上がり。
「レイから聞いた。俺を看病してくれたのは、アンタだって。そのことには感謝している」
「ああ」
「じゃあ知っているよな。俺が家族を失ってからどんな目にあってたか」
「……ああ」
「だったら約束しろ」
そして、剣を鞘から抜いた。

 

「生きろ。
 生きてその目でアンタらが世界中に振り撒いた地獄を、その目に焼き付けろ!
 俺は見ているぞ、カガリ・ユラ・アスハ!」
声のかぎりに叫び、その切っ先を突きつけた。それでも彼女は、以前のように驚きも怯えもしない。
「だから、死なすわけにはいかない! 俺がアンタを守ってやる!
 けどそれはアンタを苦しめるためにだ! 勘違いするな!」

 

声といっしょに、すっと刃を下げる。

 

「そうか……それで充分だ。ありがとう」

 

ようやく、カガリが立ち上がる。
このときカガリは天を見上げた。シンも釣られるようにしてその先を見る。
そしてカガリは天井を見ているのではなく、その先に広がる広大な宇宙を見上げていることに気付く。
遠くを見据えるような瞳のまま、カガリは言う。
「なぁ、本当にナチュラルはコーディネイタ―にかなうわけがないと思うか?」
「…………」
シンは思わず言葉に詰まった。シンの中では、ナチュラルという人種は群れなければ何もできない
無能の集まり、とさえ思った時期もある。
「私はそうは思わない。誰がどう遺伝子が優れているとか、どれだけ遺伝子をいじくったかで
 運命が決まる世界なんてありえない。いや、あってはならない」
シンはそこで、カガリと目があった。琥珀色の瞳。

 

何と意志の強い目だろうか。
どんな障害、どんな誘惑があったとしても、あの目を曇らせることはできないだろう。
その目には、そう信じさせるだけの力が確かにあった。

 

「アイツらは全員生まれたときから恵まれ過ぎていたから知らないんだ。
 世界中の人々が世界を少しずつでもよくしていくために苦悩していることを。
 だから、今こそナチュラルは見せつけなければならない。
 アイツらの言う雑草風情の力を、生まれや遺伝子がすべてを決定するわけではないんだということを。
 私は、その手伝いができればいいと思っている」
「そうか」

 

シンの断片的だった思考が、一つにまとまっていく。
戦う理由。その根源的な想い。
シンは一度だけ天に向かって――この憎たらしい世界に向けて、強く突いた。
もう誰も悲しませたくないという決意の込められた剣先は、鋭く空を切り裂いた。

 
 

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「つくづく楽しませてくれるものだ」
病室を辞したミナは、廊下で歩きながら一人つぶやいた。

 

『私はここで誓うぞ、ミナ。
 ブルーコスモスが力を失った今、世界がコーディネイター至上主義に傾くのは時間の問題だ。
 だからこそ今、ナチュラルに何もかもが劣る私が、世界に向けてお前たちコーディネイタ―には
 一生理解できないナチュラルの底力を見せてやる。
 勘違いするな、けっして私はコーディネイタ―を憎んでいるとかそういうものじゃない。
 ただ私は、ナチュラルが無能だ、なんて言われないですむような世界を創りたい。
 コーディネイトなどしなくたって、人は生きていけることを証明してみせるんだ』

 

懸命にあがき、苦しみ、そのうえで自らの力でなおも立ちあがり獅子となった少女の姿が
ミナの脳裏に再生される。

 

――SEED。

 

それ以上に、彼女の変化を表現するのにふさわしい言葉はなかった。
そして、あの少年も。
いったいどれだけ自分の楽しみを増やせば気が済むのだ、あの二人は。
「それにしても……」
ミナは閉じた扉の向こうへと何か言い返そうとして、唐突に破顔した。
肩を震わせ、低く小さい声で呟いたあと、格納庫が横揺れせんばかりの大爆笑。
妙にツボにはまったらしい。

 

「そうだ、それでいい。
 カガリに一番必要であったのは自身を誉めたたえる賛同者でも、ただ慰めてくれるだけの理解者でもなく、
 意見同士をぶつけあえる者が必要だったのだ。
 それも、あやつと同じような『守りたい』などという戯言をぬかすような愚か極まりない者を、だ」

 

ひとしきり笑ったあと、ミナは目じりの涙をぬぐいながら
「不覚だ……」
とだけ、悔しそうにつぶやいた。

 

「……何を呆けている。それぞれ持ち場に戻れ」
廊下ですれ違った衛兵のうちの数人が敬礼の格好のまま、
血の失せたような顔で唖然としているのを見てミナは、鋭く指示を下した。
そして慌ただしく動き始める人々を視界に捉えながら、ミナは誰にも聞こえぬような声で小さくつぶやく。

 

「もしかすると今の世には常識を変えるような天才ではなく、
 常識を超越した愚者(バカ)こそが必要なのかもしれぬな」

 
 

それが、すべての始まりだった。

 

CE85年 アーノルディ・プラン、全世界で施行。
同年 強行査察軍「歌姫の騎士団」発足。各地の反対デモを武力で鎮圧

 

後にオノゴロの悪魔と呼ばれる青年と、オーブの獅子と謳われる女性。

 

コーディネイター至上主義の社会に変革をもたらしたと言われる伝説は、
今まさにこの時より始まったのだった。

 

CE86年 死亡したはずのカガリ・ユラ・アスハ氏を名乗る偽物が現われる
その偽物は行方不明となっていたシン・アスカ他数名の傭兵を従え、
 プラントの政策を厳しく非難し、宣戦布告

 

同年、アスハ氏の偽物を擁立するテロリスト集団「ウィード」出現。各地でテロ活動激化
『アスハの反乱』勃発