SEED DESTINY × ΖGUNDAM ~コズミック・イラの三人~ ◆1do3.D6Y/Bsc氏_第01話

Last-modified: 2013-06-07 (金) 02:12:36
 

 戦いは終局を迎えようとしていた。
漆黒の宇宙に夥しいまでに瞬いていた光芒は、やがて潮が引くように消えていった。

 

 ハマーン・カーンには、最早これまでという思いがあった。
コロニーレーザーは発射され、ティターンズ艦隊の半分は沈んだ。
趨勢は一挙にエゥーゴに傾き、ティターンズの敗北は必至だった。
ハマーンの決断は早かった。即時の地球圏からの撤退を決意したのである。
このコロニー・レーザーを巡る戦いでティターンズが敗れれば、反乱分子とされていた
エゥーゴと立場が逆転し、連邦軍内からその分子は排除されることになるだろう。
それは即ち、連邦軍内の内ゲバが終結することを意味し、連邦軍が正常に戻るということであった。
内乱で弱体化しているとはいえ、地球連邦軍は依然として強大であった。
エゥーゴのジオン分子が合流してきたとして、それでもジオンの残党に過ぎないアクシズが、
それと正面から事を構えて戦い抜けるだけの体力が無いことは、把握していた。
だから、地球圏からの撤退を決めたのである。

 

 しかし、ハマーンには、その前にやらなければならないことがあった。
裏切り者のシャア・アズナブルだけは、是非ともこの手で抹殺しなければならないと思っていた。
金色のモビルスーツは、右腕と左足を損傷して尚、はしっこく無線誘導端末兵器・ファンネルの
ビームを免れる。腐っても赤い彗星の二つ名を持つだけのことはあった。
しかし、エゥーゴではクワトロ・バジーナと名乗るシャアにも、意地はあった。
既にビームライフルのエネルギーは切れ、逃げ回るしか能がなくなってしまった百式に、
果たしてこの窮境を切り抜けるだけの力が残されているのか――
その可能性を探りつつ、シャアは朽ちたサラミスの残骸に百式を飛び込ませた。

 

 ハマーンのキュベレイが、それを追った。ところが、その先に百式の姿は無かった。
剥き出しになった内部を、階層ごとに調べてみたが、金色のモビルスーツの影を
見つけることは出来なかった。
それは、シャアのフェイントだった。サラミスに逃げ込んだと見せかけての、バックアタック。
キュベレイの背後に回り込んだシャアは、丸腰の百式でキュベレイの背中にタックルをかました。
「これでビットは使えまい、ハマーン!」
サラミスの内壁にキュベレイを叩きつけ、してやったりの声でシャアは言う。
こうして組み付いてしまえば、自機を巻き込むことを恐れて、
迂闊にファンネルを使えないだろうと睨んでいた。

 

 しかし、ハマーンはそんなシャアの目論見を看破した上で、余裕を崩してはいなかった。
「甘いな、シャア!」
鋭く抉るようなハマーンの声。その言葉の通りのことが起こった。
ファンネルはシャアの期待を裏切り、百式の左腕と右足だけを撃ち抜いて見せたのである。
「何っ!?」
シャアが驚愕する中、四肢を失った百式は、力なくサラミスの甲板に墜落した。
万事休す。百式には、最早キュベレイから逃れる力は残されていなかった。
キュベレイの蛇のような双眸が、モニター越しにシャアを見下ろしていた。

 

「ここで終わりにするか、続けるか――シャア!」
 回線から、そんなハマーンの勝ち誇った声が聞こえてくる。シャアは激して応じた。
「そんな決定権がお前にあるのか! ――ん!?」
 その時、シャアの目に、あるものが飛び込んできた。
キュベレイの背後の、サラミスの内壁が剥がれて剥き出しになった部分から、
スパークが迸っているのが見えたである。
 躊躇う余地は無かった。それは賭けであり、今のシャアに残された唯一の希望でもあった。

 

 「返事のしようでは、ここでその命もら――」
 ハマーンの台詞を遮って、シャアは躊躇なく頭部バルカン砲のスイッチを押した。
射線上のキュベレイは自分が狙われたと勘違いして、サッと身をかわす。
それでシャアの底を知ったつもりになったハマーンは、完全にシャアを見限った。
ビームサーベルを抜き、止めを刺すべく身動きの取れない百式に襲い掛かったのである。
しかし、既に布石は打たれていた。
シャアの放った最後の一撃は、狙い通りサラミスの動力系のパイプを撃ち抜いていた。
それがきっかけとなり、キュベレイが百式を貫くより先に、サラミスは爆発を起こした。
爆発は連鎖的に広がっていき、遂にはサラミス全体をも飲み込んだ。

 
 

 
 そして、二人は――

 

 
 ――同時刻、もう一つの戦いも決着しようとしていた。

 
 

『SEED DESTINY × ΖGUNDAM ~コズミック・イラの三人~』
 第一話「シャアとハマーン」

 
 

 ザフトの最新式の戦艦ミネルバの進水式は、散々なものだった。
アーモリー・ワンにて予定されていたその日に、ザフトが開発していた最新式のモビルスーツ三体が、
何者かによって強奪されるという事件が起こってしまったのである。
既にミネルバに積載されていたインパルスのパイロット、シン・アスカがスクランブル出撃にて
それの阻止を試みたものの、あえなく失敗。コロニーの外でミラージュコロイドを展開し、
身を隠していた所属不明の艦に三機のGは回収され、まんまと逃げられてしまった。
ミネルバは、"ボギー・ワン"と仮称した謎の艦船を拿捕すべく、追撃の任に就いたのだった。

 

 ミネルバには、オーブ連合首長国の若き元首であるカガリ・ユラ・アスハの姿もあった。
アーモリー・ワンでプラント最高評議会議長であるギルバート・デュランダルと会談を行っていた矢先に
強奪事件に巻き込まれ、避難の名目でミネルバへと乗り込んだのである。
カガリの傍らには、サングラスを掛けた若い男が護衛として常に帯同していた。
アレックス・ディノと名乗るその青年は、顔立ちも整っていて、そのせいもあってか、
ミネルバのクルーの中にはその関係を怪しむ者もいた。
 その後、ミネルバはボギー・ワンの捕捉に成功した。そして、直ちに奪還作戦は遂行されたが、
敵の奇天烈な作戦の前に、手痛い反撃を受けてしまうという憂き目に遭ってしまう。
アレックスの機転によってその難は逃れられたものの、ボギー・ワンにはまたしても逃走を許してしまった。
それでも諦めずに追討作戦は続行されたものの、結局、ボギー・ワンには完全に逃げられてしまった。
 そこでミネルバは一旦、作戦を中断し、地球へと降下することとなった。
今回の事件の裏で暗躍する組織のにおいを嗅ぎ取ったデュランダルは、これから起こるかも知れない
有事を想定して、ミネルバの前線への投入を急いだのである。

 

 ――事が起こったのは、地球へと向かい始めて間もない頃だった。
対空監視が、正体不明のモビルスーツを発見したと報告したのである。

 
 

 
 
 宇宙空間を漂っていた。全天スクリーンは、半数近くが砂嵐に変わってしまっていた。
気を失っていたらしい。覚醒したシャアは、試しに指を動かしてみた。
身体の感覚がある。自らの命脈が未だ尽きていなかったことに安堵し、うっすらと目蓋を上げた。
大分、損傷しているようだが、コンピューターはまだ生きていた。
シャアは、ノーマルスーツの空気漏れが無いことを確認してからハッチを開いた。
 外に出ると、様子はすっかり変わっていた。
静か過ぎるのだ。戦闘の光は確認できないし、コロニーレーザーも艦隊の姿も見えない。
ただ、地球だけが静かに青い光を湛えているだけだった。
「戦いはどうなったのだ?」
シャアは首を回して辺りの様子を探った。
(コロニーレーザーが発射されたところまでは確認できたのだ。
 あれでエゥーゴの勝利は確定的になったとは思うが……)
 気になるのは、パプテマス・シロッコの存在だった。
あれは、放置しておいてはいけない存在だと思っていた。
(カミーユに任せるしかなかったが……)
 その時、その懸念を吹き飛ばすように何かの接近を告げるアラームが鳴った。
シャアは一旦、コックピットに戻り、パネルを操作して確認した。
レーダーには、正体不明の何かが接近していることだけが表示されていた。

 

 「……この大きさは船か?」
エゥーゴの勝利は確定的だった。だから、味方の艦艇であるとは思ったが、
「UNKNOWN」と表示されていることが腑に落ちなかった。
戦闘の衝撃でコンピューターのメモリに不具合が生じているのかもしれない。
「まだ、遠いな――」
だが、そう呟いた瞬間、シャアはふと気付いた。
「ミノフスキー粒子の干渉を受けてない……?」
 正常に機能しているレーダーに、シャアはかぶりつくように見入った。
レーダーは、その機能を妨害する作用をもたらすミノフスキー粒子の干渉を受けているとは思えないほど
精細に広範囲をカバーしていた。
「そんなに流されてしまったのか……」
 戦域からかなり離れたとなれば、ミノフスキー粒子の干渉は受けにくくなるのは道理。
それならば、戦闘の痕跡がまるで見えないのも頷けると思った。
サラミスの爆発は、それだけ衝撃が大きかったということだろう。
シャアは、ふぅっと息を吐くと、徐にリニアシートの背もたれに身体を預けた。
 どうやら、ハマーン・カーンからは何とか逃げ切れたようだった。
そう考えると、ドッと疲れが押し寄せてきた。もう、何日も不眠不休で戦い続けていたような気分だった。
 思えば、メイルシュトローム作戦が発動して以来、碌に休息も取っていなかった。
戦っている間は気が紛れるとはいえ、そればかりでは体が持たないというものだ。
迎えの艦艇が到着したら、少し休ませてもらおう――シャアはそう考えて、艦艇の到着を待った。
 

 

 そして、やがてそれはやって来た。
しかし、シャアの前に現れたそれは、まるで見たことがないシルエットを持つ戦艦だった。
「何だ、この艦艇は……!」
シャアは驚きを隠せなかった。
一見した時、それはスニーカーが宇宙を泳いでいるようにも見えた。
何の冗談かと思ったが、接近してその威容がハッキリしてくると、
それが正真正銘の戦艦であることが分かった。
耳に不快なノイズが流れる。謎の艦艇からの、交信を求める電波だ。
しかし、シャアは暫し通信回線の周波数を合わせることも忘れて、呆然と立ち尽くしていた。

 
 

 シャアは謎の艦艇に回収され、百式はハンガーへと搬送された。
コックピットから出たシャアを待っていたのは、上下左右から向けられた銃口だった。
シャアはハンズアップして抵抗の意思が無いことを示した。
取り囲んでいるクルーの姿を見て、やはり違う、と内心で呟く。
どうやら宇宙人ではないらしいが、シャアが見たことのない制服を着ていた。
(どこの組織の連中なのだ……?)
キグナンからの情報を今一度、精査してみる。しかし、思い当たる節は無い。
その時、一人の男が無重力の中を流れてきた。
「そいつを外してもらおうか」
シャアの目の前に降り立つと、男は低い声でそう告げた。
がっしりした体格の、中年の男だ。短髪のブロンドで繋ぎを着用している、
いかにもメカニック然とした感じの人物だった。
 言われたシャアは、ヘルメットを脱いだ。
癖のあるブロンドの髪が露になった瞬間、場内が少しざわついた。
「見慣れないパイロットスーツだな……そいつはお前のモビルスーツか?」
顎で指す先には、百式があった。ボロボロにくたびれていて、よくも持ってくれたな、とシャアは思った。
「そうだ」
シャアが声を発した瞬間、場内が一層、ざわついた。

 

 (何だ……?)
 シャアには理解できない、異常な反応だった。その騒ぎは、やがて沈静化していったが、
何やら自分を指差してひそひそと話しているのが、シャアには不可解だった。
目の前の男も驚愕していた。だが、やがて気を取り直すと、「所属は?」と問うてきた。
「私はエゥーゴ所属のクワトロ・バジーナ大尉だ」
そう言うと、男は露骨に眉を顰めた。
「ジオンのアクシズとかってのじゃないのか」
男は殊更に驚く素振りをして、何やら他の面子を集めて相談を始めた。
何がそんなに一大事なのか、シャアには計りかねるが、付いて来いと言うので、
逆らってもこの状況では損をするだけだろうと思い、従うことにした。
途中で両手首に枷を嵌められて、脛のハンドガンも没収された。
そして、新人らしき真新しい赤い制服を着た少年兵二人に連行された先は、艦長室だった。

 

 中に入ると、ブロンドのショートヘアの女性がデスクに腰掛けている後ろ姿が目に入った。
この女性が、この仰々しい艦の艦長だろうかと意外に思って、表情には出さないものの、内心で訝った。
(しかし、いきなり艦長自らが尋問とは恐れ入る……)
シャアが内心で苦笑していると、徐に女性が振り返った。
「ようこそミネルバへ。艦長のタリア・グラディスです」
それなりに年齢を重ねてはいるようだが、随分と若作りに見えた。童顔なのだろう。
「……とても歓迎されているようには見えないが?」
シャアは目で状況を指し、皮肉を述べた。
だが、その瞬間、このタリアという女性も驚いた顔を見せた。
発言内容に驚いているのではないことは分かったが、この大袈裟な驚きようは
シャアにとってはあまり面白くない
反応だった。
(私の声に驚いているのか……?)
そう推測してみるも、今のシャアにはそれがなぜ驚かれているのかは分からなかった。

 

 「報告どおり、本当に似てるわね。そのものと言ってもいいわ」
タリアはそう言って微笑むと、「いつイメージチェンジをされたのです?」と訊ねてきた。
「……何をおっしゃっているのか、分からないのだが?」
要領は得られないし、からかわれていると感じたシャアは、流石に不機嫌な心持になった。
そのシャアの心情を察したタリアは、冗談が過ぎたと反省したようで、「ごめんなさい」 と謝った。
「あなたの声が、知っている人にそっくりだったものだから」
そう釈明して、タリアがその理由を説明してくれた。
 タリアの説明によれば、シャアの声がデュランダル議長なる人物と瓜二つなのだという。
それでシャアが口を開く度に、この艦のスタッフは驚いていたらしい。
シャアは、それで納得はしたが、そのデュランダルという人物について、
思い当たる節が無いかどうかを考えることを怠らなかった。
議長と呼ばれているからには、それなりの身分であるはず――そう考えて記憶を探ってはみたものの、
しかし、やはり該当するような組織や人物は思い当たらなかった。
 (何者なのだ、この連中は……?)
 組織であることは疑いようがない。それも、かなり本格的な組織である。
それなのに、それなりに事情に通じている自分に思い当たるような節が無いことが、
シャアには不思議でならなかった。

 

 タリアが咳払いをして気を取り直し、「兎に角」と切り出した。
「素性は明かしてもらえるわね? 正体不明のままじゃ、それは外してやれないわよ」
シャアの手枷を指し、タリアは言う。
「正体不明?」
それはこちらの台詞だ、と内心で反発しつつも、シャアはタリアの言い回しに違和感を覚えた。
(エゥーゴを知らないのか? ティターンズでも、その様な言い方はしないというのに……?)
メカニック風の男は、アクシズを知っていた。艦長であるタリアも、当然、知っているはずである。
それなのに、アクシズを知っていながらエゥーゴのことを知らないと言い張る彼らが、
シャアには信じられなかった。

 

 それから尋問形式で、シャアはタリアと会話を重ねた。
その中には、シャアがまるで知らない単語や組織、事件のこと等が出てきて、
ますますタリアの正気を疑った。
(悪い冗談だ……)
シャアにとっては苦痛以外の何物でもない、悪夢のような時間だった。
先ほどのように自分をからかっているのだろうか、と考えたが、
どうも冗談を言っているようには聞こえない。
まるで、違う世界に迷い込んでしまったかのような気持ち悪さを覚えた。

 

 だが、本当の悪夢はこれからだった。
「あなたも同じなのね」
まるで手応えが無いと言わんばかりに、タリアはため息混じりに言った。
重ねて思うことだが、ため息をつきたいのはこちらの方なのだ、とシャアも内心でため息をつく。
「彼女に会わせてみれば、何か分かるかもしれません」
その時、長い前髪で片目が隠れたブロンドの少年が、そう提案した。
タリアは、「そうね……」と呟くように言うと、ブロンドの少年の提案を了承した。
「こっちだ」
 促されて艦長室を退室すると、もう一人の黒髪の少年に背中を銃で突っつかれつつ、
言われたとおりに歩を進めた。
そして、やがて居住ブロックに入り、ある船室の前で止まるように命じられた。
ブロンドの少年がキーを操作して扉のロックを解除する。
次の瞬間、プシュッと空気が抜ける音を立てて、自動ドアが横にスライドした。
刹那、その部屋の中にいた人物の姿に、シャアは凍りついた。
 相手方も、大きな反応はしなかったものの、随分と驚いている様子だった。
 互いの反応は、当然であった。

 

 「シャア……!」
 「ハマーン……!」

 

 絶句する中、互いは互いを呼び合った。それしか言葉が出てこなかったというのもある。
後ろで二人の少年が、やっぱり、といった感じで顔を見合わせた。
背中を小突かれ、促されたシャアは、気は進まなかったがハマーンの待つ船室に足を踏み入れた。
するとドアが閉まり、再びロックが掛けられ、少年たちの銃による監視の中、その部屋は密室と化した。
ハマーンの手首にも、同様に枷が嵌められていた。静かにベッドに腰掛けている彼女の姿は、
独房に押し込められている罪人そのもののように見えた。
 (これはこれは……)
 いつもより小さく、華奢に見えたハマーンの体躯に、シャアは少しだけ胸がすく思いがした。

 

 「……まさか、こんなところでお目に掛かれるとはな」
 ハマーンは、つい数時間前までの苛烈さからは想像できないような静かな口調で語り始めた。
しかし、それは意図して感情を抑えているだけなのだろうとシャアは思う。
ハマーンの眼差しは、内に秘めた侮蔑の感情を隠しきれていなかったからだ。
払いきれない己の業を、どう払えば良いのか、シャアは分からなかった。
「……状況が分からんな。説明してもらおうか、彼らが何者なのかを」
「さあな」
ハマーンは嘲るように笑った。
「気を失っていてな、気付けばご覧の有様だ」
ハマーンは手枷を見せて言った。
「いつからここに居るのだ?」
「……二日くらい前か」
それは、二度ほど睡眠をとったという意味であり、正確な数字ではない。
「むう……」
シャアは小さく呻いた。

 

 どうにかして状況を知りたい。だが、その為には後ろの少年たちの存在が邪魔だと思えた。
ハマーンの言葉数が少ないのも、彼らを警戒してのことだろうとシャアは察する。
シャアは背後の少年たちをチラチラと見やった。
ハマーンがその仕草に気付いて、目でシャアに合図を送る。
シャアは少年たちに気付かれないよう、ハマーンにだけわかるように小さく頷いた。
ハマーンは小さくため息をつくと、「それにしても――」と徐に口を開いた。
「あの状況で生きていたとはな。相変わらず悪運の強い男だよ、お前は。
 どうやら、もう一度私の手で始末する必要があるようだな?」
 突然物騒なことを言い出した、と黒髪の少年が顔を顰める。
シャアはその様子を盗み見つつ、ハマーンに向き直った。
「そいつはお互い様だな、ハマーン。お前は幼いミネバを担ぎ、地球圏を混乱に陥れた。
 その罪は購ってもらう」
シャアが言うと、「くくくっ!」とハマーンが喉を鳴らして笑った。
「良く言う。偵察と称していながらエゥーゴに参加し、
  ティターンズを相手に地球圏を混乱させたのは、他でもない、お前自身ではないか?」
「私はただ、地球の重力に魂を縛られた人間のエゴによって地球が沈んでしまうのを
 阻止したかっただけだ」
「それはどうかな? 私から見れば、シロッコの言い分は正しいように思えるぞ? 
 シャア、お前は人類全てをニュータイプにすれば、自分が思い描いている世界が手に入ると
 思っているのだろう? ――愚劣な。それが傲慢だというのだ、貴様は」

 

 シャアは背中で少年たちの様子を覗っていた。言葉に詰まった振りをして耳を澄ますと、
微かにひそひそ声で相談を交わすやり取りが聞こえる。内容までは聞き取れなかったが、
ただ事ではない雰囲気に、少年たちは少しそわそわしているようだった。
「いずれにしろ――」
 シャアが目線を戻すと同時に、ハマーンが再び口を開く。――個人的な好き嫌いを抜きにすれば、
彼女のこういう観察力の鋭さや察しの良さに、シャアは本当に感心させられるのである。

 

「地球圏はエゥーゴとティターンズの対立によって勝手に混迷を深めたのだ。
 ならば、我々がその隙を突くのは道理というもの。我々を裏切ったお前に、それを云々言う資格は無い」
「言った筈だ。私は元々、世界を誤った方向に持って行きたくないだけだと」
「それでエゥーゴか? ――馬鹿馬鹿しい。
 世直しをしたいのであれば、我らと共にすれば良かったのだ。
 さすれば、上手く行ったものを。エゥーゴは情勢を複雑化させただけに過ぎん」
「私が地球圏に流れたのは、お前たちアクシズの連中では世直しは出来ないと判断したからだ」
「何を根拠にだ?」
「ザビ家の血に囚われたやり方では、一年戦争の過ちを繰り返すだけだと言っている」
「何を言う。火星の向こうでも、地球圏の騒々しさは伝わってきたのだぞ?
 それだからこそ、お前は地球圏に戻ったのではないのか?
 ザビ家が無くとも地球連邦はティターンズを生み出し、反発したスペースノイドがエゥーゴを組織して、
 勝手に争いを始めた。
 それはつまり、愚民には統制する絶対者が必要だということの証明ではないか」
「それは違う。人類には、いま少し時間が必要なのだ。
 だが、それを待っていたのでは、地球は人類全てのエゴによって押し潰されてしまう。
 人類が覚醒した時に地球が無かったのでは意味が無い。
 だから、私は地球が押し潰されてしまう前に手を打とうと、地球圏に戻ったのだ」
「フフフ……素晴らしいな。お前は自分の全てが正しいと思っているようだ。
 ――笑わせるなよ、シャア。誰よりも強いエゴを持つお前が、本気で世界を導けると思ってか」
「私がエゴの塊だと?」
「そうだろうが」
 そこまで口論を続けた時、

 

「おいアンタら、一体、何を話してんだ?」と黒髪の少年が流石に口を挟んできた。
 その瞬間シャアは、掛かった、と思った。
「……このままでは埒が明かんな」
シャアはため息混じりに言って、不意に少年たちに振り返った。
銃を構え直すブロンドの少年の一方で、黒い髪の少年が少したじろぐ仕草を見せた。
――ターゲットは容易に決まった。
 「君――」

 

 シャアが呼び掛けると、黒髪の少年は一度ブロンドの少年の方を見やり、
「俺?」と自らを指差して確認した。
シャアは頷き、「そうだ、君だ」と告げた。

 

「察しの通り、彼女はアクシズの実質的指導者、ハマーン・カーンだ。
 そして、私はブレックス准将よりエゥーゴの指揮を託されたクワトロ・バジーナ大尉だ。
 つまり、私たちの言葉はエゥーゴとアクシズの総意であると思ってもらって構わない」
「はあ……?」
 ちんぷんかんぷんといった様子で生返事をする黒髪の少年は、
明らかに事態が飲み込めてないといった様子だった。それは、シャアの見込んだとおりの反応だった。
すかさず、「そこで聞きたいのだが――」と畳み掛けるように続けた。

 

「どうやら、私たちの意見は平行線を辿るばかりのようなのだ。
 だから、これからを担う若い世代の君に意見を求めたい。
 私とハマーン――どちらの主張に、君が同調してくれるのかを」
「お、俺が?」
 黒髪の少年は、突然意見を求められてしどろもどろになっていた。シャアの狙い通りの反応である。
 だが、その時、動揺している黒髪の少年を見かねて、
「相手にするな、シン」とブロンドの少年が口を開いた。
「意味不明なことを言って、俺たちを混乱させようとしているのかもしれん」
 シャアはそれを聞いて、わざとらしく肩を竦めて見せた。
しかし、ブロンドの少年の目は、厳しくシャアを睨みつけている。
「男の方がこんな声をしているんだ。デュランダル議長を騙って、悪さをしてないとも限らん」
「確かに……」
「二人が顔見知りだということの確認は取れたんだ。これ以上、コイツらの茶番に付き合う必要は無い」
ブロンドの少年はそう言い捨てると、ドアを開いて退室して行った。
「待てよ、レイ」 と黒髪の少年が後を追う。
「大人しくしてろよ」
 黒髪の少年はそう釘を刺してドアを閉めると、再びロックのランプが赤に灯った。

 

 シャアはそれを確認すると、ふぅっと息を吐き出した。
「道化を演じるのは疲れるか?」
ハマーンの調子は、打って変わって穏やかだった。
シャアは苦笑混じりに、「そうだな……」と呟いた。
「芝居とはいえ、手厳しく詰られれば疲れる」
「私は本当のことを指摘しただけだが?」
皮肉をそのように返され、シャアは小さく舌打ちをした。
その様子を嘲るハマーンは、至極愉快そうに目を細めていた。
「全く……」
呆れるものの、しかし、邪魔者を排除することには成功した。
監視カメラはあるだろうが、グッと会話はし易くなった。
そこでシャアは改めて、「それで――」と切り出した。

「これは一体、どういうことなのだ?」
「知るか。私の方が教えてもらいたいよ」
 ハマーンは、やや諦め気味に言った。本当に分からないのだろう。
投げやりなハマーンは珍しいな、とシャアは思った。

 

 「仕方ないな……」
 シャアはぼやきつつも、備え付けの情報端末のデスクの前に座り、コンピューターを起動して
情報の洗い出しに掛かった。シャアが作業を始めると、ハマーンもベッドを立ち上がり、
椅子に座るシャアの後ろから画面を覗いた。
流石に引き出せる情報には制限が掛かっていたが、一般的なニュースやネット辞典を
閲覧する程度のことは出来た。
今のシャアたちにとって、それだけでも十分な情報であったが、しかし、調べれば調べるほどに、
俄かには信じられない事実が次々と判明してしまった。
「性質の悪い悪戯じゃないのか?」
年号、歴史、国の名前、コロニーの名称など、まるで知らない単語ばかりが
津波のように押し寄せてくる。シャアがついぼやきたくなるのは、当然だった。
「愚問だな」
ハマーンは微かに苛立ちながらも、反論する。
「事実、この船に私たちは乗っている。それを否定することはできんよ」
ハマーンはシャアの後ろからコンソールパネルを弄って、画面に別窓を表示させた。
すると、そこには見たこともないような砂時計型のコロニーが、
サイドのようなものを形成している様子が映し出された。
「プラントと言うらしいな。その名のとおり、元々は地球へ物資や食物を供給するための
 集合体だったらしいが、それに反発した住民によって独立運動が展開され、
 大きな戦争が起こって休戦協定が結ばれたのが二年ほど前……フフッ、まるでジオンじゃないか」
「……CGじゃないのか?」
シャアはハマーンの指摘を無視して続けた。しかし、いくら検索しても証拠を見つけることはできず、
寧ろ、プラントが実在することの証明ばかりがなされてしまった。

 

(認めるしかないのか……?)
 未知の規格の戦艦。見慣れない軍服を纏ったクルーたち。話の通じない相手。
一方で通じる公用語と、モビルスーツの存在。そして、コロニーの落下跡の無いオーストラリア。
パラレルワールドなどというSF用語に縋ることでしか、シャアはこの状況に納得することができなかった。
「白昼夢にしても笑えない」
シャアはそう嘆き、かぶりを振った。

 
 

 その後、シャアはハマーンとは別の部屋に移された。
共謀して脱走を図られても面倒だ、と判断してのことらしい。
どの道、行く当ても無いのだから脱走しても意味が無いと分かっていたシャアだったが、
部屋に閉じ込められている間は手枷を外してもらえたので、それはありがたいと受け入れた。
何よりも、ハマーンと同室でないということが僥倖だった。
彼女と四六時中、顔を突き合わせていては、息が詰まってしまう。

 

 シャアとハマーンの会話は、想定通り、筒抜けだった。しかし、タリアを始めとするミネルバ主脳は、
どう始末をつけていいか決めあぐねていた。
そして、更にそこへメカニック班からの百式とキュベレイの解析結果の報せを受けて、
ますます混迷を深めてしまった。
 そこで、最早一隻の戦艦の艦長の裁量権を越えていると判断したタリアは、
プラントの最高評議会に裁決を仰いだ。しかし、その話に興味を示したのはデュランダルだけで、
評議会そのものは気狂いの絵空事だと事態を軽く扱い、
結局、暫くはミネルバにその身を預けるという通達がなされただけだった。
地球側の動きに神経を尖らせなければならないから、面倒事は引き受けたくないというのが
評議会の本音だろうというのは、すぐに分かった。
確かに気狂いと決め付けて処理してしまう方が楽には楽だ。
しかし、タリアはシャアとハマーンの二人に看過できないものがあると感じていた。
結局、二人は現状維持のまま、通達どおりにミネルバにてその身を拘束することとなった。

 

 シャアとハマーンが、ミネルバが地球へ降りると知ったのは、直前になって安全のための
ノーマルスーツを渡された時だった。
(地球か……)
シャアはノーマルスーツを着込みながら、少し感傷的になっていた。
やがて大気圏へと突入すると、揺れと重力を感じた。何度も経験した感覚である。
もう、通算で何度目だろうか。こうして幾度となく地球に降りている自分を意識すると、
人は決して地球から離れられないのではないかと思い知らされているような心持になった。
(地球には、人類を引きずり込む力がある……)
それが、シャアの率直な実感だった。

 

 ミネルバはカーペンタリア基地の近く、太平洋の南側に着水した。
そして一路、水面を滑るようにしてオーブ連合首長国へと向かう。