SEED DESTINY × ΖGUNDAM ~コズミック・イラの三人~ ◆1do3.D6Y/Bsc氏_第06話

Last-modified: 2013-10-25 (金) 02:29:12

アウルとJ・Pジョーンズに帰還すると、既にカオスもガイアも戻っていた。
 「おやあ? スティングの奴、やられちまってんじゃねーか!」
 コックピットから身を乗り出したアウルが、開口一番にそんなことを大声で言った。それ
をコンテナに腰掛けて頬杖をついていたスティングが聞きつけて、忌々しげにアウルを睨
み上げた。
 「気にするなよ! やられたのは、お前一人じゃねーんだからさ?」
 アウルはそう言って、昇降ワイヤーで下降しながら、顎でウェイブライダーの方を指した。
 ウェイブライダーは、翼端を損傷していた。だが、カオスに比べればダメージは軽微で、
アウルが言うほどではない。
 しかし、肝心のカミーユは、コックピットを開いたきり、なかなか出てこようとしなかった。
そして、ようやく出てきても、どうにも動きが鈍い。気だるそうにウェイブライダーを降りる
と、それこそ病人のように機体に背中を預けた。
 ステラが、それを心配して駆け寄った。カミーユは疲弊している様子だったが、微笑を
返したようだった。
 ふと、スティングはアウルへと目をやった。アウルは、ちょうど床に足を着ける時で、
眉間に皺を寄せながらそんな二人の様子を凝視していた。
 (へっ……)
 スティングは少しだけ胸がすく思いがして、自分もカミーユとステラのところへと歩み
寄った。
 「どうした、カミーユ?」
 「あ、ああ……スティングか」
 カミーユの顔色が、少し青く見えた。
 「大丈夫だ。ちょっと、疲れたんだと思う」
 「……そうか。無理はするなよ」
 「悪い……」
 カミーユはそう言うと、ゆっくりと歩いて格納庫を後にしていった。そして、その後をス
テラが小走りについて行ったのを見て、スティングはもう一度アウルの様子を盗み見た。
 (ふん……俺は、そこまで面倒を見るつもりはねえぞ、ネオ……)
 アウルは、もう、二人の方には背を向けていて、整備士と話をしていた。だが、アウル
と会話をする整備士の緊張した面持ちを見るに、アウルの機嫌がすこぶる悪そうなのは
容易に想像できた。
 (けど……)
 スティングは、再びカミーユの方へと目線を移した。
 (本当に、このままアイツを使っていく気かよ……?)
 カミーユの様子に不安が付き纏った。スティングはその不安を誤魔化すように、担当の
メカニックに声を掛けた。
 
 
 着替えを済ませて、ミネルバ艦内を歩いているシャアを、ハマーンが待ち構えていた。
意外な光景に出会ったな、とシャアは思ったが、ハマーンが何の目的でシャアを待ち伏せ
ていたのかは、何とはなしに察していた。
 「気付いたか」
 ぶしつけにハマーンが訊ねると、シャアは首肯した。

 「ああ、接触した。しかし、あれはまるで――」
 「強化人間の反応そのものだった……か?」
 「分かるのか?」
 シャアが驚いてみせると、ハマーンは軽く含み笑いをした。
 「カミーユの頭の中に、私たちの記憶は無い」
 「やはり、記憶操作を受けているか……」
 厄介なことになったと思った。それは即ち、カミーユはこれから先、敵として立ちはだ
かることを意味していたからだ。そして、戦いの中で正気を取り戻させなければならない。
それは、非常に困難なことだと感じた。
 「それで、どうするのだ?」
 不意に、ハマーンが訊ねる。短い言葉の中にも、覚悟を迫るような威圧感を感じた。
 シャアは、だからハマーンは性質が悪いと内心で愚痴りながらも、少し間を置いてから
答えた。
 「敵として出てくるのなら、戦うしかあるまい」
 それがシャアの正直な気持ちであるし、別段、間違った答えでもないと思っていた。
 しかし、ハマーンはシャアの答えを聞くと、堪え切れなくなったような笑い声を上げた。
その嘲笑が不可解で、シャアはサングラスの奥で眉を顰めた。
 「そうだろうな。それでこそ、シャア・アズナブルだものな」
 皮肉めいた声が、煩わしかった。シャアは、キッとハマーンを睨み付けた。
 「勘違いするな。私は諦めたわけではない」
 「そういうことに、しておこうか」
 ハマーンは、シャアの言うことを真に受けようとはしなかった。
 それはシャアの本心のつもりなのだが、ハマーンを見ていると、自分でも気付いていな
い本音が見えているのではないかという気にさせられて、どうにも気持ち悪い。
 シャアは、そんな纏わりつくようなハマーンの瘴気を感じて、それを振り払おうと、「とこ
ろで――」と話題を切り替えた。
 「ルナマリア君のザクに乗って、戦ったそうだな?」
 それは、更衣室で一緒になったレイから聞いた話である。シャアはその話を耳にした時、
一瞬、我が耳を疑ったものだが、すぐにそれがカミーユに関係していることだと気付いて、
得心した。
 「カミーユが来ていたのでな。戦ったというほどではない」
 ハマーンは、素っ気無く返した。
 だが、シャアはそれだけではないと思いたかった。ハマーンも、冷静に考えてみればま
だ二十歳のうら若き女性である。変われる余地は残されているはずだと、信じたかった。
 だから、要らぬことを口にしてしまう。シャアは、自分本位でしか他人を計れない男で
あった。
 「君も一緒に戦えばいい。少なくとも、守られているよりは性に合うはずだ」
 刹那、ハマーンは表情を一変させた。
 「その手には乗らんよ……」
 最近は鳴りを潜めていた目だ。不信と、侮蔑である。
 ハマーンはシャアとすれ違い、「だが」と続けた。背中から聞こえるその声は、あまり
にも冷えている。
 「どうしても私を戦わせたいのなら、コロニーの一つでも用意するのだな。そうしたら、
考えてやらんでもない」

 「そんなこと、できるはずが無かろう」
 シャアは首を回して、ハマーンの背中を見た。感情の無い背中が、シャアを嘲笑ってい
るように見えた。
 「分かっている。――そういうことだ」
 ハマーンはそう言い捨てると、すたすたと去っていった。シャアもそれを最後まで見送
ることなく、深いため息をつくと、ハマーンに背を向けた。
 
 
 アフリカ大陸は、二年前の大戦では当初、ザフトの勢力下にあった。前回の停戦が結ば
れて以来、アフリカは南北に分かたれることになったのだが、反プラント的な南側に比べ
て、北側は比較的親プラント的な風潮があった。
 その北アフリカに存在するマハムール基地に、ミネルバは入った。カーペンタリア基地を
出撃したのは、このマハムール基地からの支援要請を受けてのことだった。
 現在、マハムール基地の部隊はスエズのガルナハン地区に存在する連合軍基地を攻略
中だった。連合軍の補給ルートの要衝であるスエズ基地は、戦略上、重要な拠点である。
マハムール基地司令のヨアヒム・ラドルは、その補給ルートを分断し、この地域における連
合軍の弱体化を目論んでいた。
 しかし、ラドルは既に何度かの攻略作戦を展開していたのだが、その悉くは失敗に終わっ
ていた。ラドルが恥を忍んでカーペンタリア基地に支援を要請したのは、そういった理由が
あったからだった。
 問題は、連合軍基地に備えられたローエングリンの存在だった。連合軍基地は狭い峡谷
の先にあり、侵攻ルートは限られていた。そのためにローエングリンの恰好の餌食にされ
て、それで今まで攻略が儘ならなかったのである。
 「しかし、問題はそれだけではないのだ」
 ラドルが頭を悩ませている要因は、もう一つあった。それは、ローエングリンを守護するモ
ビルアーマーの存在であった。そのモビルアーマー・ゲルズゲーは、多脚型のクモのよう
な下半身にダガーの上半身をくっつけた、キメラのようなグロテスクな姿をしていて、それに
はザムザザーのようなリフレクターが装備されていた。それがローエングリン砲台を守って
いて、攻略をより困難なものにしていた。
 ラドルは、マハムール基地の体力的に次の攻撃がラストチャンスだと告げた。ミネルバ
は、たった一度のチャンスでローエングリンゲートの攻略を遂げなければならなかった。
 
 副長のアーサー・トラインが演台に立ち、ブリーフィングは執り行われた。その時、誰もが
気になったのは、隣に立つ少女の存在だった。
 日に焼けた肌をした、亜麻色の髪を旋毛の辺りで束ねたコニールという少女は、ガルナハ
ンのレジスタンスの一員だと紹介された。連合軍に接収された火力プラントを取り戻すため、
ザフトに協力をしにきたのだという。
 「これを届けに来たんだ」
 そう言って提示したのは、連合軍基地が建設される際に掘られた試掘坑のマップだった。
 「この坑道が、ローエングリンの近くに通じていることが分かったのだ」
 アーサーは教鞭でルートをなぞり、「これを利用して、ローエングリン砲台に奇襲を掛ける」
と作戦内容を説明した。

 「その役目は、シン・アスカのインパルスに担ってもらう」
 「自分が……!?」
 指名されたシンは、思わず声を上擦らせていた。直前の説明で、坑道内は真っ暗闇で、
視界はほぼゼロであると聞かされていたからだ。
 「マップデータ頼りのオートパイロットなんですよね?」
 シンが立ち上がり、質問をした。アーサーが、「そうだ」と言って答える。
 「坑道は狭く、通常のモビルスーツのサイズでは通れない。分離した状態のインパルス
でなければ攻略は不可能だ」
 「それは了解しましたけど、もし、そのマップが間違ってたら――」
 シンがアーサーの説明に疑義を唱えた時、それを遮るように「そんなことは無い!」と
コニールが声を張り上げた。
 「これは、仲間の犠牲と引き換えに、ようやく手に入れたものなんだ! これが間違っ
ているなんてあり得ない!」
 コニールはいきり立つ勢いだった。しかし、シンも「そんなの、当てになるかよ」と言っ
て引き下がらない。
 「やるのは俺たちなんだぜ?」
 「お前!」
 「やめないか!」
 詰め寄ろうとするコニールを、アーサーが抑えた。他方で、シンの隣に座っていたルナ
マリアも「言い過ぎよ」とシンを咎めていた。シャアはそれを遠目から眺めて、見苦しい
光景だなと思った。
 「こんな奴にあたしたちの運命は預けられない!」
 コニールはシンを指差すと、アーサーに振り向いた。
 「誰か他の人を候補に立ててくれよ!」
 「しかし、現状インパルスのパイロットは彼であって……」
 「じゃあ、あの人は!」
 そう言ってコニールが指差したのは、シャアだった。
 「あの人もパイロットだろ? あの人に頼んでくれよ! あんな奴よりも、ずっとか頼り
になりそうじゃないか!」
 そのコニールの言葉に、「何だと!」と言ってシンが立ち上がろうとした。そんなシンを、
「止めなさいよ!」とルナマリアが手を引いて抑える。
 「なあ、頼むよ!」
 コニールはシャアに歩み寄り、頭を下げた。
 「あたしたちも、もう後が無いんだ。連合軍のせいで、あたしたちの街は酷いことになって
いて、今度の作戦が失敗したら、あたしたちはもう……!」
 シャアは無言のまま、声を絞り出すように懇願するコニールの肩を叩いた。コニールは、
その優しいタッチに、心なしか慰められたような気がした。
 シャアは、ふとシンを見やった。シンは中腰の状態で、こちらを睨むように見ていた。
シャアは、そんなシンに向けてフッと笑った。
 「確かに、彼の言うことにも一理あります。命懸けで手に入れたからといって、そのマッ
プが正確であるかどうかは分からない」
 「そんな!」
 「しかし――」
 「えっ……?」
 「そういう時は自分の腕で何とかすればいい。パイロットとは、そのために居るのです
から」
 シャアは徐に立ち上がると、シンの所へと歩を進めた。

 「自信が無いと言うなら、変わるぞ?」
 シャアは腰に手を当てて、中腰のシンを見下ろして言った。シンには、そのシャアの物
腰が癪に障った。
 「アンタには、できるって言うのかよ?」
 シンはルナマリアの手を振り払い、背筋を伸ばしてシャアを睨み付けた。シャアは、そ
んなシンの敵愾心をいなすように、少し斜めに構えた。
 「できるな。私はパイロットだからな」
 「くっ……!」
 シンは拳を握り締めた。が、それ以上は反論の言葉が出てこなかった。
 シンはアーサーに向き直り、「自分がやります!」と宣言した。
 「いいのか?」
 「自分は、インパルスのパイロットでありますから!」
 念を押すアーサーに、シンはそう答えた。ここでシャアに役目を譲れば、自身がパイロ
ットとして無能であると認めることになってしまう。それは、シンの矜持が許さなかった。
 「本当に、アイツで大丈夫なんですか……?」
 シャアの横にやって来たコニールが、ポツリと呟くように言った。
 「不安でしょうが、大丈夫でしょう」
 シャアはそう言ってコニールの不安を払拭した。
 「精神的に未熟ではありますが、腕は確かです」
 「そ、そうなんですか……?」
 「はい。信じてあげてください」
 シャアは、もう一度コニールの肩を軽く叩いた。
 宥め透かすように語り掛けてくれるシャアが、コニールには優しく感じられた。
 
 作戦の決行を翌日に控え、シャアはセイバーの最終チェックのために格納庫に降りて、
マッドと打ち合わせをしていた。その中で、突然とシンの話題が出てきたことが、シャア
には少し意外だった。マッドは、もっとストイックな技術屋だと思っていたからだ。
 「若いのが、ナーバスになってるって気にしてたからよ」
 「プレッシャーを掛けてしまったからな。若者を苛めているようで、あまり気分は良く
ない」
 「へへっ!」
 マッドが、自省するシャアを“らしく”ないと笑う。
 「そう思ってるなら、何か声を掛けてやってくれ。ベテランらしくな」
 「うん……口幅ったいが、そうだな……年配が苦言を呈するだけというのもな」
 「そういうこった」
 「分かった。やってみよう」
 シャアはマッドに後のことを任せると、展望デッキへと向かった。
 何故か、そこにいると思っていた。いつぞやの時も、ここにいたからだろう。真っ赤な太
陽が空を茜色に染め上げる展望デッキで、シンは風に吹かれていた。
 シンは一寸、顔だけ振り向けて一瞥すると、また景色の方へと目をやった。アフリカの
茶色い岩の大地が、夕陽を受けて燃えているようだった。
 シャアは柵のところまで進み出て、そのアフリカの大地を眺めた。風に乗って運ばれて
くる砂のにおいが、自然を感じさせた。

 「何の用ですか」
 淡白なシンの声が、シャアの耳を打った。シャアは、あえてシンを見ずに、「明日は君の
出来に掛かっている」と徐に告げた。
 「プレッシャーを掛けに来たんですか」
 シンは横目でシャアを睨み上げた。目元がサングラスで隠されたシャアの顔立ちは、整
っているだけに能面のよう見える。シンには、それが馬鹿にされてるように感じられて好き
になれなかった。
 「そうではない」
 シャアはシンの視線に気付いていながらも、まだ目を合わせなかった。
 「皆、君に期待している。君のモビルスーツパイロットとしての技量は、誰もが認めるとこ
ろだ。私も、君には将来性を感じている」
 「……」
 シンは答えなかった。反発したい気持ちがありながらも、反面、シャアの言葉に悪い気
はしなかったからだ。
 「しかし――」
 言葉を継いだシャアに、シンは顔を振り向けた。
 「君はまだ、自分を律するということを知らない。だから、先日のようなことをしてしまう」
 「あれは!」
 「軍人は、戦争がただの暴力ではないことを常に意識していなければならない。そうで
なければ、戦場の狂気に絡め取られて、やがて殺戮者になってしまう」
 シンの脳裏に、燃え盛る基地の様子がフラッシュバックした。それは先日、シンが犯し
た過ちである。
 今なら、シンはそれが過ちであると認めることができた。タリアに叱責され、謹慎してい
る間に冷静になって、シンは炎が上がり、死体が転がっている中にインパルスが立って
いる光景を想像できるようになった。
 それが、二年前のオノゴロ島のことと何が違うのかと自問した時に、シンは自らが仕出
かしたことに恐怖した。相手も軍人だった。非道も働いていた。しかし、自分がやったこと
は虐殺だった。
 「俺は……殺人鬼なんかじゃない!」
 自覚があるから、シンは叫んだ。歯を食いしばって、必死にシャアの言葉を否定しよう
とした。
 「そうだ。君は、人殺しではない」
 「えっ……?」
 シャアの調子は、単調でありながらも柔らかだった。
 「軍人とは、戦うものだ。その中で、人を殺めることもある。しかし、人々を助けるのも、
また軍人なのだ」
 シャアはサングラスを外して、シンを見据えた。
 美しい碧眼が、そこにはあった。シンは、サングラスを外したシャアの顔を、初めて見た
ような気がした。
 「君は明日、出撃する。だが、それは敵を倒すためではない。ガルナハンの苦しんでい
る人々を救うために、君は戦うのだ」
 沈みかけの太陽が、姿を消した。辺りは、じわじわと闇を濃くしていく。

 「砂漠の夜は冷えると聞く」
 シャアはサングラスを掛け直すと、展望デッキの出口へと向かった。
 「明日は早い。作戦の要である君には、疲れを残して欲しくはないな」
 シャアはそう言い残すと、ドアの奥に消えていった。
 シンはそれを見送ると、柵に背中を預けて、一つ小さく深呼吸をした。
 「人を救うために……か……」
 空気から熱が失われていくのが分かる。少し冷たくなった風に髪を泳がせると、すぅーっ
と頭の中がすっきりしてくような感じがした。
 
 
 ミネルバは、ラドル麾下のマハムール基地部隊と共に、連合軍スエズ基地攻略のために
出撃した。空中をミネルバとバビの編隊が行き、地上はラドルが指揮するレセップス級地上
戦艦とバクゥの群れが疾駆する。これまで単独で行動してきたミネルバにとっては、初めて
の艦隊行動である。
 シャアは、空戦部隊の一員として戦列に加わっていた。
 「敵の第一次防衛ラインとの接触まで、あと五分!」
 オペレーターからのコールが聞こえると、コアスプレンダーがチェストフライヤーとレッグフ
ライヤーを従えた状態でミネルバを発進して、編隊から離脱していった。
 交戦は、間もなく始まった。ミネルバを加えたザフト・マハムール部隊は、優勢に事を進め
ていった。しかし、それは連合軍側の手の内だった。
 「ローエングリン、捕捉!」
 「進軍、止めー!」
 敵部隊を押し込みつつ峡谷を進んでいたザフトは、ラドルのその号令でピタと足を止めた。
そして、その次の瞬間、高台に据えられたローエングリン砲台から巨大なビームが発射され
た。
 ローエングリンの光はザフト艦隊を穿ちはしたが、損害は軽微であった。射程、射角ともに、
既にデータは揃っているからだ。ローエングリンに散々苦しめられてきたラドルの対策は万
端だった。
 ローエングリンのチャージの隙を突いて、ミネルバが前に出た。艦首からは、タンホイザー
の砲身が既に浮かんでいた。
 「てぇーっ!」
 タリアの号令が飛び、タンホイザーが発射された。目標は、ローエングリン砲台である。
 しかし、その射線上に素早く身を飛び込ませたシルエットが、それを弾いた。タンホイザーの
複相ビームが拡散した後から姿を現したのは、例のゲルズゲーというモビルアーマーだった。
 それもまた、いつものことであった。
 「なるほどな。これは確かに手強い」
 シャアはその一連の流れを目の当たりにして、ラドルが無能なのではないと確信した。
 地の利を上手く活用し、最強の矛と盾を中心に布陣を敷くスエズ基地の鉄壁は、この拠点
が連合軍にとっていかに重要であるかを示している。そして、だからこそザフトはここを落とさ
なければならなかった。

 「頼みの綱は、シン・アスカただ一人か……」
 現在、交戦中のザフト艦隊は、全て陽動である。全ては、坑道を行くインパルスが敵の
背後を突くまでの時間稼ぎである。
 「しかし、あまり時間は掛けられん……」
 陽動であるとはいえ、ローエングリンに気を配りつつ攻めなければならないザフトの消
耗は、連合軍の比ではなかった。ミネルバを編成に加えたことで大きく体力を増強させた
マハムール部隊ではあるが、それも無限ではない。いつもよりは長持ちするとはいえ、タ
イムリミットは確実に存在するのだから。
 そして、その時間は迫りつつあった。レジスタンスの支援もあったが、それも雀の涙ほ
どでしかない。ラドルは、次第に時計を気にし出して、焦りを感じるようになっていた。
 だが、最早これまでとラドルが覚悟を決めた時、俄かに連合軍に動揺が走った。動揺は
連合軍の後方から伝播して、前線のモビルスーツ部隊へと伝わってきた。それは、インパ
ルスが坑道を抜け出たことを意味していた。
 インパルスは坑道を抜けると、即座にドッキングしてモビルスーツ形態となった。そして、
連合軍に態勢を立て直す暇を与えることなくゲルズゲーを撃破し、そのままローエングリ
ンをも破壊して見せたのである。
 その瞬間、戦況は一挙に好転した。ラドルは全軍に突撃の号令を掛け、ザフトは一気呵
成にスエズ基地を陥落させたのだった。
 
 「おーいっ!」
 ガルナハンの街では、人々が歓声を上げて待っていた。その中には、コニールの姿も
あった。
 人々が待っていたのは、インパルスだった。インパルスがゆっくりとガルナハンの街の
広場に降り立つと、ワッと一斉に住民たちがその周りを囲んだ。シンがコックピットから
姿を見せると、一層歓声が大きくなった。
 「よくやってくれたじゃないか!」
 昇降ワイヤーでシンが降りると、喜びを爆発させてコニールが飛びついてきた。シンが
それを受け止めると、それがきっかけとなったように他の住民たちも雪崩のように押し寄
せてきた。
 作戦前のブリーフィングの時とは打って変わって手の裏を返したようなコニールを、シ
ンは現金な奴だと思ったが、他の住民から口々に賞賛を浴びると、こういうのも悪くない
な、と思った。
 そんなシンの様子を、シャアは上空を旋回しながら眺めていた。
 「シンを中心に、人間の輪ができている……」
 カメラに望遠を掛けて、シンの表情を捉えた。面映ゆそうにしながらも、笑みを弾ませ
ている少年のあどけない表情が読み取れた。
 「彼には、ああしている方が似合っている」
 シャアはそう言って微笑むと、セイバーを帰投コースに乗せた。