SEED DESTINY × ΖGUNDAM ~コズミック・イラの三人~ ◆1do3.D6Y/Bsc氏_第21話

Last-modified: 2013-10-30 (水) 02:59:19

 ラクスのプライバシーが守られるのは、化粧室や就寝時くらいなものだった。ラクス派
の立ち上げに伴って、ラクスには常に護衛が付くようになった。キュベレイの襲撃もあっ
たとなっては当然の措置であると言えたが、最近では心を許しているはずのキラでさえ
余所余所しい態度になって、密かに不満を感じていた。
 そんな折、ラクス宛てに一通のメールが届いた。最初にそのインフォメーションを見た
時は訝ったものだが、差出人の欄のH・Kというイニシャルを目にした途端、ラクスは迷わ
ずメールを開いていた。
 内容はシンプルだった。指定した日時と場所、そしてそれを記したマップと、最後にその
場所で待つとの一文が添えられているだけのものだった。
 どうして自分のアドレスが分かったのだろうか――だが、そんなことはどうでもいいこと
だった。彼女からの初めてのアプローチである。まるで、片思いの相手からラブレターを
受け取ったかのような、初心な興奮を覚えた。
 ラクスはすぐさまその内容をハロに記憶させ、自身の多機能通信端末からは完全消去
した。そして当日、ホテル一階の化粧室で用を足す振りをして、予め用意しておいたカツ
ラをかぶり、窓から護衛の目を盗んで抜け出したのである。
 古典的だが、上手く行った。初めての経験に、緊張で胸がばくばくと高鳴っていた。
 逃げるように全力で走った。慣れない運動に動悸が激しくなり、身体中がカッと熱くなっ
て汗が流れた。靴擦れの痛みも我慢する。ただ走っているだけなのに、どうしようもなく
心が踊った。
 そして、コロニー内を走る電車の駅までやって来ると、後方を振り返って確認した。誰
も追い掛けてくるような気配は無い。どうやら上手く抜け果せたようで、安堵した。
 息を整え、駐車してある誰かの車のウインドウを覗き込んで乱れたカツラを直す。ガラ
スに映る自分は頬を紅潮させ、稚児のように無防備な顔をしていた。
 (わたくしは、こういう女でもあったんですね……)
 胸の高鳴りが収まらない。自分でも意外な自分の一面を見つけて、思わず笑った。
 電車に乗り、指定された公園までやって来る。小さな公園である。昼時にもかかわらず
人の姿はまばらで、時折散歩している人が通る程度である。賑やかさからは程遠い、閑
散とした雰囲気だった。
 「見つけたら、教えてくださいね」
 ハロにそう告げ、ラクスはその姿を探した。
 しかし、公園を一回りしても見つけられなかった。指定された時間は、もう過ぎていた。
 それでもラクスは諦めきれずに、更に二、三周してみたが、やはりそれらしい人影は見
当たらなかった。そうしている内に、やがて意地の悪い悪戯だったのかも知れないと思い
始め、ラクスは次第に肩を落としていった。その態度を思えば、それも十分にあり得るの
だから。
 ラクスは途方に暮れ、公園の中心に生えている一等大きな木に寄りかかった。
 「わたくしは、そんなに嫌われていたのでしょうかね……?」
 両手の中の、小さな友達に語り掛ける。
 「らくす、ゲンキダセ、らくす、ゲンキダセ」
 「優しいのですね、あなたは」
 電子音に過ぎない慰めに、ラクスは言葉を返した。漏れるため息に、落胆の色が濃く出
ていた。
 「……帰りましょうか。きっと、叱られてしまいますわね」
 苦笑いを浮かべ、ラクスはハロにギブアップ宣言をした。
 しかし、諦め、木の幹から背中を離した瞬間だった。背後から、ふと土を踏む音が聞こ
えた。
 ラクスはハッとして、再び幹に背中を預けた。そのあからさまな音に、クスクス、とつい
笑みが零れた。
 「酷いですわ。いらっしゃっているのなら、もっと早くお出でになって下されば良かった
のに」
 ラクスは微笑して、気の幹を挟んで背中合わせになっている相手に言った。
 「分からんでな。アプリリウスで会った時とは、まるで違う」
 「それは嘘ですわ。あなたなら、どんな格好をしていてもたちどころに見抜いてしまわれ
る……そうでしょう、ハマーン様?」
 ラクスは、ウフフ、と愉快そうに笑った。木の反対側から、チッと舌打ちが聞こえてくる。
 「一人で来たのか。てっきり、キラ・ヤマトも一緒だと思っていたが」
 「キラをご存知でいらして?」
 「定期便で偶然に乗り合わせてな。先日は、新型のフリーダムの性能も見させてもらっ
た」
 ハマーンが言うと、ラクスは「そうだったのですか」と少し嬉しそうに答えた。
 「では、あの白いモビルスーツはハマーン様でいらしたのですね?」
 ラクスに、特に驚きや恐れといった感情は見られなかった。
 完全に懐かれている――ハマーンにはそう感じられた。
 「ハマーン様とは、一人でお会いしたかったのです。それに、その方がハマーン様もご
安心なさると考えました。でも、そういうことだったのでしたら、キラには悪いことをしたか
もしれません」
 「何故そう思う?」
 「だって、ハマーン様は魅力的な方ですから。きっと、キラも会いたがっているはずで
すわ」
 ハマーンには、ラクスの思考回路が理解できなかった。――否、理解すべきではない
と、本能が忌避しているのかもしれない。ラクスの思考は、ハマーンにとって不気味なほ
どに純粋だった。
 「奴の頭の中では、私はお前を殺すつもりでいるらしい」
 ハマーンがそう切り出すと、「それはキラらしくありませんわね」と少し神妙な声音でラ
クスは言った。
 「どういう経緯か存じませんが、お気を悪くされたのでしたら、代わりにわたくしが謝りま
す」
 風が吹いた。木が揺れ、ざわざわと葉擦れの音が鳴った。
 穏やか過ぎる空気が、ハマーンに唇を噛ませた。すっかり安心しきっているラクスが、
いつも以上に鼻持ちならなかった。
 「……なぜ一人で来たのだ? 私がお前を呼び出した意味を、考えなかったのか?」
 ハマーンはわざと音を立てて銃を抜いた。そして、それを幹の横からラクスに見えるよ
うにかざした。しかし、ラクスはそれを見ようともせず、ただ微笑を浮かべるだけだった。
 「ハマーン様は、そういうことをなさる方ではありませんもの」
 ラクスは、かつて地球で似たようなことを言ったことを思い出していた。あの時ははった
りとして言った言葉が、何故か今は確信を持って言うことができる。
 こうして会う度に、ハマーンが自分に近づいて来てくれているような感じがしていた。何
せ、今回はハマーンの方からコンタクトを求めてきてくれたのだから、その思いは一入だ
った。
 しかし、かと言って自分に靡くような女性ではないことも、重々承知していた。
 「お前は指導者失格だな」
 「そうかもしれません。ですが、もう止めるわけには参りません」
 ――もし、これがハマーンの呼び出しでなかったとしたら、果たして同じような行動に出
ていただろうか。ラクスは、罠である可能性を疑い、誰かに相談している自分を想像した。
 (ハマーン様だから、来たのですよ……)
 言えば、また鬱陶しがられる。だから、心の中で呟いた。
 「……それで、どういったご用向きでしょうか?」
 惜しいと思いつつも切り出した。本当はもっと色々と話をしたかったのだが、それではハ
マーンが嫌がるだろうと思い、気を利かせた。
 カチャッ――ハマーンはわざとらしく音を立てて銃の存在を誇張した。
 「お前を殺しに来た」
 「それはどうでしょう?」
 ハマーンの言葉に、ラクスは即座に切り返した。不安も恐れも無い。弾んだ声音は、寧
ろ状況を楽しんでいるようですらあった。
 毒気を抜かれたのか、ハマーンはそぞろに銃を仕舞った。脅しても無駄だと分かってし
まったのだ。ラクスは呆れるくらい純粋に、ハマーンに殺意が無いと信じている。
 ハマーンは諦め、切り出した。
 「……サングラスの男がいるだろう?」
 「アスランのことでしょうか?」
 「その男が引き連れている連中に気をつけろ。それを伝えに来た」
 「それは、わたくしに彼らを疑えということでしょうか?」
 「そうだ」
 ラクスは徐にかぶりを振った。
 「わたくしには、そのような真似はできません。人を疑っても、軋轢を生むだけですもの」
 「お前は利用されようとしているのだぞ?」
 「構いません。ならば、逆にわたくしが彼らを導きましょう」
 ハマーンは、チッと舌を鳴らした。
 「やはり、お前もキラ・ヤマトと同じか」
 「キラ?」
 「理想ばかりに目を奪われて、現実が見えてなさ過ぎる」
 ハロがラクスの顔を見上げていた。人間の表情から感情を識別するセンサーが働いて、
嬉しそうに耳をパタパタとはためかせていた。
 「……例えそうでも、わたくしはわたくしが正しいと思ったやり方を貫き通します。それが
キラと同じ考えなら、尚更ですわ」
 「どうなっても知らんぞ」
 「愛する人と同じ夢を見る。それは、幸せなことです。ハマーン様だってそういう感覚、お
持ちになっていらっしゃるでしょう?」
 脳裏に一瞬、唾棄すべきシャアの顔が浮かんだ。
 「……」
 思わず感情的になりそうな自分を抑える。自分の前からも、彼自身の責任からさえも逃
げ出した男に、今さら感情を揺り動かされることなどあってはならない。ハマーンは、そう
自分に言い聞かせ、心を落ち着けた。
 一方で、ここまでラクスに親切にする自分をおかしく思った。ラクスの人を惹き付ける瘴
気に、自分も当てられてしまったのではないかと疑った。
 しかし、ラクスもハマーンの言葉の全てを否定するわけではなかった。サトーが別の思
惑を腹に抱えていることには、薄々勘付いていた。だから、それを思い止まらせるのが自
分の役割であると心に決めていた。
 「……好きにしろ」
 苛立ったようなハマーンの声が聞こえた。ラクスは咄嗟に振り返った。しかし、その時
にはもう既にその姿は無かった。
 風が葉を落とす。木の下には、ラクスだけが取り残されていた。
 ハマーンの瞳を見損ねた。ラクスはまぶたを下ろして、そぞろにかぶりを振った。
 「残念ですわ、本当に……」
 苦笑すると、公園を後にした。
 
 潜伏先のホテルに戻り、それとなく別人の振りをしたまま部屋に向かう。エレベーター
に乗って扉が開くと、ラクスの部屋の前でキラが待ち受けていた。
 ラクスが帰って来たことに気付くと、キラは一寸、安堵の表情を見せたが、直ぐに神妙
な顔つきに戻った。理由は、言わずもがな。
 「……みんな探してるよ。誰に会いに行ってたの?」
 ラクスはその聞き方で、キラがある程度のことを察しているのだと勘付いた。
 ラクスは、キラに少し意味深長な笑みを見せると、徐に手を取った。キラは一瞬はにか
んだが、ラクスが醸す神妙な雰囲気を察したようで、直ぐに表情を引き締めた。
 「キラ、お願いしたいことがあるのです……」
 ラクスはそう告げて、キラを自分の部屋に招き入れた。
 
 
 推進剤が切れ、オーブを目前にして太平洋を漂っていたのは、オペレーション・ラグナ
ロクの二日後のことだった。ただでさえヘブンズベースの戦闘で消耗していた状態なの
に、補給も無しにアイスランドから南太平洋まで移動するのは、やはり無理があった。
 やがてカオスのバッテリーが尽き、アビスのバッテリーが尽き、水も尽きて本格的に命
の危険を感じるようになった頃、それは突然現れた。
 海面が大きく盛り上がったかと思うと、次の瞬間、アークエンジェルの巨体が浮上して
きたのである。
 当然、カミーユたちは驚いた。だが、とりわけネオの驚き方は異常だった。アークエン
ジェルを見るその目は、何故か少し怯えていたようだった。
 アークエンジェルからは、救助の申し出があった。偶然、通りかかったらしい。アークエ
ンジェルが相手とあって一同は懸念を示したが、ネオの提案により取りあえず厄介にな
ることにした。
 ネオの顔を目にしたアークエンジェルのクルーは、一様に幽霊でも見ているかのような
表情をしていた。それがどういう意味なのかとネオを見やると、ネオも些かばつが悪そう
に顔を顰めていた。
 怪訝に思いながらも、温泉があると言うので、ネオが交渉を行っている間に湯を使わせ
てもらった。その後も控え室で食事を振舞ってもらったが、ネオの交渉が思いの外難航
しているらしく、なかなか戻ってこなかった。
 「人質にされちまったんじゃねーの?」
 流石にスティングたちは疑い始めたが、カミーユはそうは思わなかった。勘でしかなか
ったが、アークエンジェルのクルーはそんなことをするような人たちには見えなかったの
である。幾度となく戦闘に介入して邪魔をしてくれた船だが、彼らは悪い人たちではない。
世話をしてくれたミリアリア・ハウの笑顔を見ていたら、そう思えてきたのだ。
 やがて、ようやくネオが交渉から戻ってきた。
 「これまでのあらましを説明をするのに時間が掛かっちまってな。けど、もう大丈夫だ」
 サムズアップは、交渉が無事成功したことを示していた。しかし、その割りにネオの頬
に綺麗な紅葉の跡が残されていたのが、不思議でしょうがなかった。
 「何だ、フラガ少佐の部下と聞いていたが、みんな子どもじゃないか」
 ぶしつけな言葉と共に、部屋に入ってくる少女がいた。肩の辺りまで伸ばしたブロンドの
髪で、少年っぽく見えるが間違いなく女性だ。その顔は、どことなく見覚えがあった。
 「お前だってガキじゃねえか」
 スティングが言うと、アウルとステラが同意して頷いた。少女の目が、ジロリとネオを見
やる。
 「部下の躾がなってないようだな、フラガ少佐?」
 「言うなって。――コラ、お前たち控えろ。こちらにおわす御方をどなたと心得る!」
 「しらねーよ」とアウルが茶々を入れた。
 「うるさい、黙って聞け! こちらは、オーブ連合首長国を束ねる麗しき姫君、カガリ・ユ
ラ・アスハ様なるぞ!」
 「姫って言うな! 私は元首だぞ!」
 その名を耳にして、カミーユは思わず「あっ!」と声を上げていた。道理で見覚えがある
はずだったのだ。その少女は、ネオの説明にあったとおり、現在絶賛アークエンジェルに
拉致監禁中のオーブ国家元首、カガリ・ユラ・アスハその人だったのである。
 「それに、フラガって……」
 別の名前と階級で呼ばれ、それに普通に応じるネオに、カミーユたちは戸惑いを覚えた。
ネオは取り繕うような苦笑をすると、その戸惑いに答えるように全てをカミーユたちに打ち
明けた。
 つまり、ムウ・ラ・フラガというのがネオの本名であり、今まではカミーユたち同様、記憶
操作によって洗脳されていたのだという。その洗脳がヘブンズベースでの戦いで解け、今
は全ての記憶を取り戻したのだという。
 「いやあ、説明に手間取ってたらマリューがパニックになっちまってさ、何だか知らない
内に引っ叩かれたりして大変だったぜ」
 「だから、最初にアークエンジェルを見た時、怖がってたんですか?」
 カミーユが言うと、「ほお」とカガリが唸った。
 「そ、そういうことを言うんじゃない、カミーユ! また引っ叩かれちまうだろうが!」
 「ふーん……じゃあ、ネオはこれからそのムウ何とかってことなのかよ?」
 アウルが問うと、その横のステラが表情を曇らせた。
 「……それ、何だか寂しい」
 不安げな目がネオを見上げた。
 少し、空気が重くなった。どうするつもりだろうかと注目していると、ネオはやおら宥め賺
すような微笑を浮かべ、ステラの肩に手を置いた。
 「心配するな、お前ら。ネオ・ロアノークは確かに作られた人間だったが、お前たちと過
ごした時間や記憶は本物だ。俺は、これからもお前たちの前ではネオ・ロアノーク大佐だ」
 「ほんと?」
 ステラの顔が一転、華やいだ。ネオは、「勿論だ」と頷く。
 「だから今までどおり、ちゃんと俺の言うことは聞くんだぞ?」
 「うん!」
 ステラは声を弾ませて破顔した。カミーユが「良かったな」と言うと、ウフフ、と機嫌が良
さそうに喉を鳴らした。
 その一方で、スティングとアウルは顔を見合わせ、意地悪げな三白眼をネオに向けて
いた。
 「――っつーかさ、僕らってネオの言うことなんか聞いたことあったっけ?」
 「さあな」
 「お前ら!」
 一同は笑い合った。こんなことは、初めてかもしれなかった。
 その後の更なる説明で、カガリの誘拐事件が狂言であったことが判明した。全てはオ
ーブ軍を他国の争いに巻き込ませないための策略からだったが、その必要がなくなった
今、ロゴス動乱による混乱を利用してオーブへ帰還している途中だったのである。何とも
虫がいい話ではあるが、カミーユたちにとっては渡りに船であることには違いなかった。
 それから小一時間ほどでオーブに到着した。便宜上、オーブ軍が誘拐犯を確保したと
いう手前があるため、軍艦に率いられる形での物々しい帰国と相成ったのだが、地元メ
ディア以外の注目度は恐ろしく低く、計算の上ではあるのだが、それが小国オーブの現
実でもあった。
 到着後、キラという少年とバルトフェルドという男が、マスドライバーのあるカグヤ島か
ら直ちに宇宙へと上がった。この時、キラが後にハマーンと偶然に接触することになろう
とは、今のカミーユには知る由もなかった。
 「何だ、結局君も来たのか」
 洞窟の艦船ドックでカガリを出迎えたユウナは、ネオを見るなりぶしつけな態度で言っ
た。
 ユウナは、カミーユたちの亡命の受け入れを承認してくれた人物である。勿論、Ζガン
ダムの核融合炉を手に入れたいという打算の上でのことではあるが。
 ファントムペインとしてユウナと共同戦線を張っていた当時は、フリーダムを使った捨て
身の謀略で煮え湯を飲まさたりもした。そのせいか、どうにもユウナに対する印象が良く
ない。が、残念なことにカミーユ一行の身柄は、ユウナが預かることになりそうだった。
 ――事件が起きたのは、その時だった。出迎えの中の一人の男が、急に猛然とした歩
みで人垣を掻き分け、前に出てきたのである。
 咄嗟の出来事に、誰もが呆気に取られた。何か緊急の報告でもあるのかと思った。
 しかし、そうではない。その一種異様な雰囲気に、カミーユはいち早く勘付いた。
 「危ない!」
 カミーユが叫んだ瞬間、それが引き金となって男に銃を抜かせていた。
 「くそっ!」
 男は銃を構え、カガリに照準を合わせた。突然のことに誰しもが立ち尽くす中、瞬間的
に状況を把握したカミーユは形振り構わずカガリに飛びついた。
 パァン、パァン――発砲の乾いた音が洞窟内に響く。それと同時に、カミーユがタックル
をするようにカガリを押し倒す。二発の弾丸は岩壁にめり込み、亀裂を走らせた。カガリ
は間一髪、カミーユの機転によって難を逃れた。
 直後、スティングとアウルが動いた。アウルが転がっていたスパナを投げて男の持つ銃
を叩き落とすと、スティングが素早く背後から近づき、腕を捻って地面に組み伏せたので
ある。
 「その女もだ!」
 身体を起こし、咄嗟に指差した。その先には、カガリの安否を気遣う素振りで近づいて
きている女がいた。
 女は指を差されると、ビクッと身体を震わせた。図星の証左だ。
 女は気を取り直すと、素早く隠し持っていたナイフを取り出し、一気に距離を詰めてき
た。
 カミーユは立ち上がり、応戦しようとした。しかし、構えるより先に女の白刃が煌いた。
 凶刃がカミーユの左腕を切りつけた。「うっ!」と呻きつつ、鋭い痛みによろめく。
 女はカミーユを押し退け、赤い模様のついた刃をカガリに向けた。だが、その瞬間、「う
げっ!」という悲鳴と同時に、女は激しく地面に叩き伏せられた。
 ステラだ。ステラが後ろから飛び掛かり、背中から女に圧し掛かって前のめりに押し倒
したのである。
 顔面を強打した女は、苦悶の声を上げた。前歯が折れ、鼻から大量の血を流している。
それでもステラは容赦なく女の腕を捻って、ボキッという嫌な音を響かせた。脱臼したか、
或いは折れたか。
 ステラはナイフを取り上げると、それを女の背中に突き立てようとした。
 「もういい、ステラ!」
 ネオが声を張ると、ステラはピタッと動きを止めた。ナイフの刃は、女の背中に突き立て
られる寸前で止まっていた。
 二人の暗殺者たちは、たちまち取り押さえられた。ユウナは、他にも暗殺者が紛れ込ん
でいないか、急ぎ他の人員の身体調査を行うよう、側近に命じた。
 出迎えの場が不穏な空気に包まれ、騒然となった。そんな中、カミーユは切りつけられ
た左腕を押さえながら立ち上がった。
 「おい、お前。大丈夫か?」
 そこに話し掛けてきたのは、カガリだった。
 「助けられたな」
 「すみません、いきなり」
 無礼を詫びるカミーユに、カガリは「気にするな」と返した。
 「それより怪我、大丈夫か?」
 「掠り傷ですから」
 「無理するな。血が滲んでいる」
 言うなり、カガリは歯で服の袖を噛むと、そのままグイッと引き千切った。そしてカミーユ
に袖を捲くらせると、その布を傷口に巻いて応急処置を施し始めた。
 慣れた手際が、少し意外だった。やんごとない身分の彼女が、どうしてこんなに手馴れ
ているのだろうかと訝った。
 不思議がるカミーユの視線に気付いたのだろう。カガリはチラとカミーユの顔を一瞥す
ると、布を巻きながら語り始めた。
 「前に、ゲリラをやっていたことがあってな。昔とった杵柄って奴だ」
 「国家元首がゲリラですか」
 少し皮肉っぽく返すと、カガリは露骨に不機嫌そうな顔をした。
 「……なる前の話だ。少し、思うことがあってな」
 「良し」と言って布を結び終える。
 「止血しただけだからな。放っておかずに、後でちゃんと消毒するんだぞ。お前、一番
弱っちいんだから」
 「空手は、やってたんですけどね」
 カミーユは軽く腕を動かして、傷の痛みを確認した。カガリはそれを疑わしげな眼差し
で見つめながら、「本当かあ?」と首を傾げた。
 「やってたんですよ。サボりもしましたけど」
 カミーユが言うも、三白眼のカガリは俄かには信じてくれそうになかった。
 しかし、直後に何かを閃いたらしく、「いや、しかし、待てよ……」とカガリは顎に手を添
えて考え込む仕草を見せた。何を考えているのだろうか、と注視していると、やがて心を
決めたらしく、神妙な面持ちでカミーユを見据えてきた。
 「そうか。じゃあ一応、腕に覚えはあるんだな? それに、モビルスーツにも乗れる」
 「な、何です?」
 ずいっと顔を寄せ、ジッとカミーユを見詰めてくる。ブロンドの髪に合わせたような、綺麗
な金色の瞳をしていた。こうして近くで見ると、結構美人だ。
 「お前、綺麗な目をしているな」
 同じことを考えていて、思わずドキッとさせられた。
 「丁度いい。こんなことがあったんだし、新しい護衛が必要だと思っていたところなんだ」
 カガリはユウナに振り返ると、「おい」と呼び掛けた。
 「全員を寄越せとは言わないから、こいつだけでも私の護衛に回してくれないか?」
 それを聞いて、事態収拾の指揮を一時中断したユウナは、怪訝そうに振り返った。
 「彼をかい?」
 ユウナの視線がカミーユに向けられる。猫の子じゃあるまいし、とは思うものの、ユウナ
の頼り無い男を見るような目は癪だった。
 「そりゃ、暗殺者の潜入を許した僕たちの怠慢は責められて然るべきだけど、それだと
Ζが――」
 「ロゴスがΖを戦線に投入していた意味を考えろ。どうせ量産化なんてできっこない」
 ユウナは、珍しくカガリの指摘に窮した。デュランダル同様、ユウナも核融合炉でビジネ
スを考えていた口なのだが、想像を膨らませていくうちに舞い上がって、カガリが言うよう
な可能性をすっかり失念していたのだ。
 ユウナは慌ててネオを見やった。ネオは素知らぬ顔で事態の後始末を手伝っていたが、
それがユウナの視線から逃れるための口実なのだということは明らかだった。絶対に最
初から分かっていたはずだ――出し抜かれていたことに気付き、内心で激しく臍を噛んだ。
 だが、今となっては後の祭りである。新規格の核融合炉が手に入ると知って、気が早い
約束を結んでしまったのが運の尽きだった。落ち度が自分にある以上、今さら約束を反故
にするような卑怯な真似はできない。
 しかし、それで腹の虫が収まるはずが無かった。それならば仕返しにこき使ってやると
心に決めて、ユウナは取りあえず気を取り直し、カガリに目線を戻した。
 「……カガリにしては現実的な意見だけどね。それでも他の三人より彼を選ぶ意味が、
僕には分からないな」
 「いいんだ」
 カガリはきっぱりと言い切って見せた。そして、カミーユに向き直った。
 「――やってくれるよな?」
 真っ直ぐな目で問われた。が、カミーユの心は既に決まっていた。ユウナに馬鹿にされ
たままでは、男が廃る。それはカミーユのプライドが許さない。それに、カガリの人当たり
は嫌いではなかった。
 「やらせてもらいますよ」
 頷き応じると、カガリは柔らかく口角を上げた。
 「お給金、弾むからな。何たって、この私の護衛をするんだから」
 「そりゃ、助かりますけど――」
 カガリは冗談めかして言うものだったが、見据える眼差しには真摯で穏やかなものを感
じた。カガリは、十分信用するに値する人物ではないか――出会って間もないカガリに対
して、カミーユはそんな直感を抱いていた。
 「お前は、一番最初に私の危機に気付いてくれた。その勘の良さが、私を守ってくれるよ
うな気がするんだ」
 差し伸べられた手を握り返し、カミーユはカガリと握手を交わした。
 ユウナへの対抗心は、既に切欠に過ぎなかった。カミーユは、カガリは守るべき人だと
感じていた。その手は、確かに繊細で脆い女性の手だったのだから。
 
 その後、精細な身体検査で暗殺者がコーディネイターであったことが判明した。そして、
それに合わせたように、直後、ザフトがオーブに向けて進軍を開始したとの凶報が舞い
込んだ。ヘブンズベースを脱したジブリールが、オーブに潜伏しているとの情報がデュラ
ンダルのもとへともたらされたからであった。
 オーブではコーディネイターが一般的に生活しているとは言え、そのタイミングの一致
は偶然とは思えなかった。
 こうして、殆ど世の関心を集めていなかったはずのオーブは、一夜にして全世界の注目
の的となった。
 しかし、カミーユだけはそこに奇妙な違和感を覚えていた。
 
 
 オーブの領海と公海の境界付近に、ザフトは艦隊を展開していた。その中には、ミネル
バの姿もあった。
 シャアは今回のザフトの動きに懸念を抱いていた。些か、強硬に過ぎるように感じられ
たのだ。表向き、世界は対ロゴスのムーブメントを展開している。しかし、水面下では経
済危機を引き起こす切欠を作ったデュランダルに対する不満も燻っていた。それが、今
回のザフトの動きで刺激されるのではないかと危惧したのだ。
 しかし、追い詰められたジブリールが何を仕出かすか分からないのも事実だった。ジブ
リールが徹底的なコーディネイター排斥論者であることは知られているし、そんなジブリ
ールがコーディネイターの最高権力者であるデュランダルに追い詰められたとあっては、
どんな報復手段に出るか分からないという不安はあった。
 だから、そういった意味では確かに悠長に構えていられる余裕は無いのだ。結果、ロゴ
ス動乱後に集中的に槍玉に挙げられるようになるとしても、プラントの指導者として今回
の強硬な措置に踏み切ったのは、分からない話でもなかった。
 
 シンは自室で一人、ピンクの通信端末を握っていた。それは、唯一残された家族の形
見である。それを操作すれば、今でも妹の声が聞けた。
 「マユでーす。でも、ごめんなさい。マユは今、電話に出ることができません……」
 もう、何度このフレーズを聞いただろう。シンが聞けるのは、留守電用に録音された、
この短いフレーズのみだった。
 時々、虚しくなる。いつまでも家族の思い出を引き摺って、そういう自分が酷く情けない
のではないかと思える瞬間があった。
 だが、捨てられなかった。シンにとって、家族の死はあまりにも突然すぎた。二年を経
た今でも、その思いは燻り続けるオーブへの郷愁と共にあった。
 気持ちは複雑だった。
 ジブリールがオーブに逃げ込んだということは、関係があったからに他ならない。それ
は許せない。きっと国家元首のカガリも繋がっていて、奇麗事の裏で美味い汁を吸って
いたに違いないとシンは思っていた。そんな腐った政治家には、自らの手で鉄槌を下し
てやりたい気分だった。
 しかし、オーブはかつて家族と過ごした、大切な思い出の地でもある。そして、二年前の
オーブ解放作戦の時の記憶は、シンの中で未だ生々しい。あの悲劇を経験したからこそ、
それを繰り返させないためにザフトになったシンとしては、可能ならば戦闘は回避して欲
しいという願いもあった。
 しかし、現実は非情である。
 ジブリールの引き渡しを迫ったザフトに対して、オーブ側は事実確認の最中であるとの
回答を示した。しかし、既に諜報部からの決定的な証拠が挙がっていたザフトは、このオ
ーブの回答を茶番であると断定。ジブリールが脱出するまでの時間稼ぎであると見なし、
旗艦セントへレンズより全軍に進軍命令が発令される結果となった。
 シンの願いは、儚くも打ち砕かれたのである。
 ミネルバにもコンディションイエローの警報が鳴り響いた。シンは端末を仕舞い、ゆっく
りと頭をもたげ、背中を反るほどに深く息を吸い込んだ。そして、二、三拍ほど間を置くと、
またゆっくりと息を吐き出した。
 手を、襟元に持ってくる。フェイスのエンブレムのひんやりとした感触が、指先を刺激し
た。
 暖かさを持ったままでは、戦えない。心を凍てつかせなければ、トリガーは引けない。
――その冷たさが、シンの心をオーブとの対決へと向かわせる。
 だが、脳裏に一瞬だけ妹のイメージがチラついてしまった。心が動揺した。途端に怖く
なった。
 二年前の悲劇が繰り返されようとしている。しかも、今度は自分が加害者側に回るかも
しれない。自分は、フリーダムと同じ事を仕出かそうとしているのか――そう考えると、自
然と手が震えた。
 「俺は……」
 警報鳴り響く薄暗い部屋で、シンは頭を抱えた。
 「俺はザフトなんだ。オーブが邪魔するってんなら、俺は……俺は……!」
 シンは力一杯にかぶりを振った。そうやって私情を振り落としたつもりになって、自らを
鼓舞する。自分はザフトなのだから、作戦に従事するのは当然なのだと。
 自室を出て出撃準備に向かう。しかし、思うように足が進まない。それは無意識の部分
で出撃を躊躇っている証拠だった。シンはそんな自分に失望し、情けないと自らを叱咤し
た。
 身体を引き摺るような感覚で無理矢理に足を進め、何とかエレベーターの前までやって
来る。昇降ボタンを押して待っていると、やがてエレベーターが降りてきてドアが開いた。
 「あっ……!」
 思わず一歩後ずさった。そこには偶然、シャアが乗り合わせていたからだ。
 「どうした、乗らないのか?」
 シャアはドアを押さえて、シンが乗るのを待っている。戸惑いつつも、意を決してエレベ
ーターに乗り込んだ。
 一回り近く年が違うシャアとの相乗りは、緊張した。これから向かう作戦に億劫になって
いる心理状態もあるだろう。
 沈黙が支配するエレベーター内部は、重い空気に包まれていた。それが、シンの緊張
によってもたらされていることに、シャアはふと気付いた。
 「気負い過ぎているな」
 何の前置きも無く告げると、シンは身構えた。その様子が、怯えているようにも見えた。
 「顔が強張っている」
 「別に、俺は……」
 「ルナマリア君が心配していた」
 まだ捕虜に近い扱いを受けていた頃、オーブでほろ酔いになったシャアは、シンのオー
ブに対する複雑な心境を聞いていた。あれは確か、夕焼けに染まる波止場の慰霊碑の
前だった。
 シンは、その夕焼けと同じ色の炎でオーブを染めてしまうかもしれないことを恐れてい
た。だから、普段なら反発するであろうシャアのからかうような言い方にも、神妙な面持
ちを崩すことはできなかった。
 力を身に着けて自信に変えてきたシンが、今はその力に不安を抱いている。ザフトであ
るということが、迷いを加速させていた。しかしシャアは、それが人の情けであると知りつ
つも、戦士であるシンはそれを乗り越えなければならないと思った。
 沈黙の空間に、エレベーターのモーター音が低い唸り声のように響く。重く圧し掛かっ
てくる空気に耐えかねて、シンの頭が自然と垂れた。
 「……いつか、君が話してくれたことがあっただろう」
 重い首をもたげてシャアを見やる。サングラスで目元が隠れた、いつもの能面のような
顔が白々しく口を動かしている。
 「あれは、ちょうどオーブだった」
 「何が言いたいんです」
 「君の故郷に対する複雑な気持ちは、分かるつもりだ」
 シンは、「そんなの……」と辟易したように視線をずらした。
 「オーブはもう、故郷なんかじゃありませんよ。俺はザフトになったんですから」
 「だから、例え故郷であろうとも容赦なく討つ?」
 「そうです。あなたには、このフェイスのエンブレムが見えませんか? これはね、ハイ
ネから俺に受け継がれた、ザフトの誇りなんです……! だから、オーブが抵抗すると
いうんなら、俺は何の躊躇いも無く討って見せる覚悟がありますよ」
 シャアはシンの襟元のエンブレムを認めた。
 「ふむ……」
 当然、それがハイネのものであることを、その場に居合わせていたシャアは知っている。
そして、今のシンにとってそれが重荷になってしまっていることも。
 シャアは数拍の間を置くと、徐に口を開いた。
 「……君は、少しハイネの死に引き摺られ過ぎているようだ。兵士であることに拘りすぎ
て、大事なものを見失っている」
 唐突に言われて、シンはハッとした。そして、カッと頭に血が昇るのを感じた。
 「俺はっ!」
 思わず叫んでいた。途端にモーターの音が掻き消えた。
 「俺はアンタの言うとおり、ハイネの遺志を継いで!」
 シャアに向き直り、今にも飛び掛かりそうな勢いで怒鳴った。だが、シャアは微動だに
しない。シンにはそれが余計に腹立たしく思えて、ダンッと拳を壁に打ち付けた。
 シャアは顔を振り向け、正面から真っ直ぐにシンを見据えた。
 「しかし、兵士はマシーンではない。血の通った人間なのだ。それなのに、君はマシー
ンになろうとしている」
 「俺がマシーン……?」
 そんなことは考えたことも無かった。自分はハイネの遺志を継いで、立派なザフトにな
ったつもりだった。だからフリーダムにも勝てたし、デスティニーを与えられてフェイスに
も任命された。それなのに、シャアはその自分を否定しようとしている。それは我慢なら
なかった。
 「じゃあ、俺は間違ってハイネの遺志を継いでいるって言うのか!」
 「そうだ」
 「なっ……!」
 きっぱりと言い切ったシャアに意表を突かれて、シンは思わず言葉を失った。
 シャアのサングラスが、動揺するシンの表情を映し出した。そこには、たじろぐ自分の
姿があった。それは自分で思い描いていた立派な姿とはかけ離れた、酷く無様で、あま
りにも情けない姿だった。
 「何だと……!」
 呟くように言い返すのが精一杯だった。自分は、あんなにみすぼらしかったのか――
ショックのあまり、それまで積み重ねてきた自信が足元から崩れ落ちていく感覚に囚わ
れた。 
 しかし、シンはハイネが文字通り命を懸けて見込んだ男なのだ。直情的過ぎるが故に
色々と迷うこともあるが、その資質の高さはシャアも認めるところだった。
 迷っているなら正しい方向に導いてやればいい。シンはまだ、他人の言葉に素直に耳
を傾けられる若さを持った少年なのだから。
 シャアは徐に、柔らかく語り掛けた。
 「生まれ育った故郷は、そうそう忘れられるものではないさ。それは私とて同じだ。しか
し、君はハイネの死に引き摺られる余り、無理に私情を押し殺そうとしている。それでは
マシーンと変わらない。――君は一体、何のために戦っているのかね?」
 問うシャア。シンは負けじと、挫けそうな自分を奮い立たせて叫んだ。
 「俺は力が欲しかったんだ! 力が無いのが嫌で、もう誰も目の前で死なせたくないっ
て思ったから、みんなを守るために……だから俺はっ!」
 刹那、自分の言葉にハッとなった。それは、失せ物を見つけた時の感覚に似ていた。
 シャアはその様子を見て、フッと柔らかく笑みを浮かべた。
 その時、エレベーターが最下層の格納庫に到達し、ドアが開いた。
 「ならば、その信念に従って行動する君であることが、本当の意味でハイネの遺志を継
ぐことになる。――違うかな?」
 シンに先んじてエレベーターを降りるシャア。その背中を、シンは暫し見送っていた。
 「俺の、信念……」
 シンは呟いた。その瞬間、初めてハイネが言っていた“誇りのために戦え”という言葉の
意味が理解できたような気がした。
 「早くしろ!」というヨウランの声が聞こえた。シンは両手で顔を叩いて気合を入れると、
飛び出す勢いでデスティニーのもとへと向かった。