SEED戦記_03話

Last-modified: 2009-06-04 (木) 21:37:00

PM:11:58
「キラさん」
「どうしたの?エリオ」
エリオがキラの元に歩いてきた。
昨日の件から大分経った。すでに夜、寝て起きればフェイトとの模擬戦だ。
「キラさん……こーでぃねいたーって何ですか?」
「ああ、そのことか。僕もよくは知らないけど……」
キラ自身、コーディネイターであることを深く意識したことはあまりない。
あらゆる遺伝子操作されて生まれた人種。肉体や頭脳が強化されている人間。
そういうことが行われていた世界で、自分は生まれた。
元の世界の事はほとんど覚えていないが、それによる差別や迫害が起こっていたらしい。
詳しいことは知らない。と言うか誰も教えてくれなかった。拉致された後は知る機会もなかった。
自分が拉致されたのは六、七歳くらいの事で、そこの頃の知識はあまりない状態だった。
「すごいんですね……キラさんのいた世界って」
「あまり覚えてないから、うまく話せないんだけどね」
「僕も、プロジェクトFによって生まれたクローンで、ある研究所で実験動物扱いでした。
 親には簡単に見放され、劣化クローンって呼ばれていて……」
エリオが自分の事を話した。自分の過去のことを。そこでの凄惨な扱い。
フェイトに拾われた事、それによる感謝の念。
「いつか……フェイトさんに恩返ししないとね……」
キラはフッと笑い、エリオの頭を撫でた。エリオはスゥスゥと寝息を立て始めた。
もう深夜だ。よい子は寝る時間だ。
明日は早い。キラはエリオを抱き上げて部屋に戻った。

 

AM:04:55
キラは目を覚ました。棚に置いている服を掴み、着始めた。
ぼさぼさの髪をくしで解かし、フェイトにもらったリボンで髪を結ぶ。靴を履き、外に出た。
まだ空は暗い。空気は肌寒い。朝露は植物を濡らしている。
キラはウォーミング・アップを始めた。身体を捻り、伸ばす。
「……ん?」
後ろに気配を感じた。振り返るとエリオが寝ぼけ眼を擦りながら歩いてきた。
「おはよう。随分早いねエリオ」
「おはようございます。今日はキラさんとフェイトさんの模擬戦でしたね。僕も見ておこうかなって」
「それで早起きしたんだ。あんまりカッコ悪いところ見せられないなぁ」
キラは苦笑した。
「そんなとこありませんよ。この間の戦いだってとってもすごかったんですから!」
エリオは熱に潤んだ瞳をキラに向けた。
――あんまり褒められてもなぁ。
その熱気にキラは複雑そうな顔つきになった。
キラにとって、強くなることは生きることと同義語だった。
研究所での普通の実戦を遙かに凌駕する過酷極まりない戦闘の数々。普通なら数十回死んでも足りない激戦の数。
失敗すれば極上の苦痛を味わえる拷問、体罰。戦闘における傷や怪我による激痛。
そこに行きたくない、死にたくないという恐怖と、己の尊厳を取り戻す為に必死に強くなるべくあがき続けた結果だ。
自分を卑下することなく生きるのに避けて通れない道だったのだ。今ならその自覚がある。
しかも、自分は最高のコーディネイターとか呼ばれる存在だ。“弱い”ことが決して許されない存在だった。
研究所では、“弱い”自分には何の価値もない、と思われたら生命の終わりと同じだった。
“強さ”、そして“勝利”だけが、自分の存在理由を保たせることができる唯一の価値観だった。

 

キラの思考があの頃に舞い戻る。
あの頃は、大勢の人間を出し抜いて勝ち続けなければ生きることができなかった。
弱者に生きる資格など与えられない、心まで踏みにじられる過酷な状況に、情けなど在りはしなかった。
遠慮仮借のない多くの苦痛や暴力、殺意の中で恐怖に震えながらものた打ち回り続けた。
他人の事など気にしている暇などなかった。それどころか自分のことすら分からなくなった。
生体CPUや『サーカス』の人間との数多の殺し合い。
最初から勝つことがで不可能な戦いに勝つことを求められ、あらゆる状況から生還することを求められ続けた。
常識を逸脱した難題に、必死でかじりついていった結果が今のキラだ。
そんな過去が、とても自慢できることとは思えない、今のキラにはそう思えた。
だから、そのことをエリオに話すことは敢えてしなかった。この少年にはきつすぎる内容だからだ。
そして、恐らくフェイトはそのことを知っていることだろう。あの研究所で、自分の正体や過去を把握しているはずだ。
時計が五時を指す。するとフェイトが施設から出てきた。
「おはよう、二人とも。体調は?」
「はい、バッチリです。フェイトさん」
フェイトがにこやかにほほ笑む。しかしすぐにかき消え、真剣な表情に変わった。
「じゃあキラ、私を納得させてみて。私にあなたを認めさせてみて」
「分かりました」
一礼してデバイスを構える両者。エリオが安全な所まで離れた。
「ストライク、行くよ」
『分かっています、マスター。我々に敵などいません』
「それはどうも……じゃあまずはソード・モードで行くよ。セットアップ」
白を基調としたトリコロールの甲冑服に変わる。型に青い装備が追加される。
「キラ……バルディッシュ、セットアップ」
インパルスフォーム…フェイトの姿が黒い服に白のマントを羽織った姿となった。
確か初めてあった時、こんな格好だったなあとキラは思う。そして思考を断つ。もはや必要ではない。
醒めていく身体をほぐして、背中から身の丈以上のシュべルトゲベールを抜き放つ。
目を細めたフェイトもバルディッシュを正眼に構える。
フェイトの表情や気構えを見てキラはわずかに目を細めた。
「いいよ、キラ」
「ではフェイトさん、いきますよ―――」
キラの語尾が掠れ、風が唸りを上げた。
キラは地を這うように腰を落とす。フェイトは足もとに初めからいたかのように見上げるキラに仰天した。
浮き上がるかのような剣の軌跡をフェイトは辛うじて受け止めた。そのまま横薙ぎに振るうが、キラは手で撥ねのけた。
キラは剣を振るい、フェイトが急いで避けた。距離が離れた。
フェイトを一瞥し、キラは霞上段の構えをとる。防御を捨て攻撃に特化した構えをとったキラを油断なく見つめた。
フェイトは正眼。安定させた構えをとって相手の動きを逐一見る。出方を探るような構えだ。
何人にも侵し難い空気を先に破ったのはキラだった。
水面を滑るような身ごなしでフェイトに肉迫する。フェイトは驚愕に顔が歪んだ。
振り下ろされる刃をフェイトは真っ向から受け止め鍔迫り合いに持ち込む。
力任せか、剣を滑らせるかしていたフェイトを、キラは足を抜いて離れた。
力の行く場所を突然失ったフェイトはつんのめりかけたが、堪えた。当然キラはその隙を見逃さない。
そこからの信じがたい速度での連撃にフェイトは必死で受け続ける。
とても身の丈以上の剣を扱っているとは思えない驚異的な連撃だ。まるで自分の腕のように振り回している。
思わず飛んだフェイトは、キラが投げたマイダス・メッサーを食らい、ジャケットの肩の部分が斬れる。
一定距離を保ったキラとフェイトは睨み合いに移行した。
見ていたエリオは言葉が出なかった。

 

――す、すごいな。予想以上だ。
フェイトは思わずキラの戦闘力の高さに舌を巻いた。

 

最初は、なのはが教練等でやっているように一撃食らわせればいい、という形で認めさせるつもりだった。
勿論、真剣にはやるが全力は出さないつもりだった。その考えは甘い、と認識を改めざるを得ないことに気付かされた。
出鼻を挫かされたとは言え、全く歯が立たなかった。本気を出さねば勝負にもならない。
キラの眼は無表情、しかし僅かに怒りが灯っている。
「どういうつもりですか?フェイトさん。本気を出して下さい」
「……!!」
「それとも、僕は本気を出すまでもない、その程度の覚悟にしか感じていないのですか?」
フェイトは思わず絶句した。
フェイトの見立てでは、キラはオールラウンダーだと思っている。
オールラウンダーとは基本的に相手の苦手な距離で戦うのがセオリーだ。相手の得意な戦いに仕掛けて負けた、ではみっともない。
それなのに、キラはこちらが近接戦闘を得意としているのを把握していた上で合わせたのだ。
キラにはこちらが本気を出していないことをわかっていたから。恐らくキラには舐められていると感じたのだろう。
当たり前だ。覚悟を決めた人間相手に本気を出さないなど侮辱以外の何物でもない。自分だってされたら嫌だ。
「ゴメン……行くよ」
気を新たに持ち直し、飛翔した。両手でバルディッシュを握り直す。
「ストライク、エール・モードだ」
『エール・モード、スタンバイ』
シュべルトゲベールは二本の光刃に姿を変えた。背中から翼が生えた。
片方を逆手に持ちかえ、突き出す。片方は垂れ下げる。自由に動かせるように。
その徒手格闘のような構えは、キラが最も馴染む構えだ。
油断なく構え、相手の出方を探る両者。動いたのはほとんど同じだった。
フェイトが袈裟斬りをしてキラが片方の光刃で抑え、もう片方の光刃ですくい上げるように斬る。
フェイトは柄尻で抑えたがキラに蹴り飛ばされ、離れた。無数のフォトンランサーがキラを襲う。
瞬時に射撃を転じたフェイトにキラは驚くが、無数の光の矢に真っ向から向かって行った。
キラは舞うように避け、当たりそうなものは光刃で斬り裂きながらほとんどすり抜けるように突き進む。
(すごい反応速度だ!あの弾幕をこうも……!)
こういう攻撃は普通速度に物を言わせて射線範囲から離れるか、強固なシールドで防ぐのがセオリーだ。
一つ一つを避けるなんて、考えられない。人間には不可能だからだ。
更に言えば、管理局トップクラスの速度を誇るフェイトにしても逆立ちしてもできない芸当だ。
それにフョトンランサーの弾速は、見切るのも至難の業だ。それを易々と斬り払うなど……!
戦闘技能と反応速度、そして確固たる実戦経験があってこそ成せる絶技だ。正直言って、人間業ではない。
フェイトはふと吊り上がる口端を慌てて引き締めた。
もうフェイトは、キラを認めると言ったことをすでに忘れかけていた。
かつて会ったことのない強敵に身が打ち震えるほどの歓喜を、フェイトは味わっていた。
「アーク・セイバー!」
金色の斬撃がキラを襲うが、キラは腰を落としてやり過ごし、即座に反撃する。
その一切の無駄がなく、しかも凄まじく速い攻撃一つ一つが、フェイトには輝いて見えた。
想像を絶する信じ難い速度だ。フェイトとは違って飛ぶのが速いのではない、剣を振るうのが速い。
いや、違う。身体の緻密な動作が恐ろしく速いのだ。身体の各所を無駄なく効率よく動かしている結果だ。
移動速度事態はフェイトの方が上だが、こういう緻密な動作はキラに遠く及ばない。
フェイトが一回剣を振るう時間にキラは二回も三回も振り回している。
それは、魔法や筋力では決して再現できない、人体の限界を追求し、信じ続けた者のみが体現できる領域だ。
自分にはできない。それどころかやり方すら思いつかない。
(でも……私だって、負けるわけにはいかない!!)
闘争心を胸に燃やしながらフェイトは突っ込む。もはや最初の目的などそっちのけだった。
恐ろしく冴え渡るキラの神速の剣をフェイトはプロテクションで防ぐ。肉迫して力の限りバルディッシュを振り回した。
キラは足で抑え身体が吹き飛ぶ。しかし同時に離れたキラは瞬時に射撃に転じた。
その鮮やかな転じ方と正確無比な射撃に舌を巻きつつ、フェイトは砲撃の構えをとった。
「――!!」
無防備だったことに気付いたのだろう。キラに初めて焦りの表情が浮かぶのをフェイトは見逃さなかった。
「ストライク!ランチャー・モード!!」

 

キラが急いで砲撃の構えをとる。耐える自信がないと判断したのだろう。だがやはりフェイトの方が早かった。
勝敗を決めたのは、ただそれだけの理由だった。
「プラズマ・スマッシャー!!」
「アグニ・バースト!!」
同時に発射したが、キラの方がチャージ時間が少なく、勢いがフェイトに劣っていた。
たちまちキラの砲撃がフェイトの砲撃に飲み込まれ、キラは武装をパージし射線から退避する。
煙から出たキラが見たものは、勝利を確信したフェイトの姿だった。
アーマーシュナイダーを目にも止まらぬ速さで抜いたが、フェイトの蹴りがキラのみぞ打ちに一撃食らわせた。
砲撃仕様のランチャー・モードなので当然機動力が大きく落ち、しかも空中だ、回避運動が間に合わなかった。
しかもフェイトのスピードを生かしたキックだ、相当の威力がついてくる。
キラの身体が“く”の字に折れ曲がり、地面に激突し、転がった。アーマーシュナイダーが地に落ちる。
フェイトは自分のしたことをようやく思い出し、慌ててキラの元に駆け寄った。
「キラ!!」
転がっているフェイトは、地面にうずくまるキラの元に寄った。
外傷はない。バリアジャケットが身を守ったのだ。それでも痛みはあるだろう。
しかししばらくしてキラは起き上った。酸素を急いで取り入れているようだった。
「てて……やっぱりフェイトさんは強いなぁ」
あっけらかんと答えるキラにフェイトはホッと息を吐いた。
「大丈夫?」
「はい。元々丈夫に作られていますから。この程度では……」
立ち上がったキラがよろけたのでフェイトが支えた。
「キラ」
「はい」
「最後のナイフ、どうして使わなかったの?」
フェイトはキラの最後の行動に疑問を持った。もしかしたら何かしてくるかと思ったのだが。
「使えなかったんです」
「え?」
あっさりとキラは言った。
「どうにかしてカウンターを入れようと思ったんですが、フェイトさんの攻撃が蹴りだったのでタイミングが……」
「ということは、バルディッシュだったら反撃できたかもしれないってこと?」
「自信は、あります」
――なんて子だ。
改めてキラの戦闘能力の高さに度肝を抜かされた。
もしもバルディッシュによる攻撃なら反撃できたというのだろうか。
確かに蹴りなら身体の一部を使うのでモーションが少なく済む。武器を使うよりも早い。威力は落ちるが。
しかも空中戦だ、足が地面についていないので自由に出せる。
キラにとってフェイトの斬撃は遅く感じられるのだろう。だから砲撃のダメージにも耐え、待ち構えていた。
身体を使ってくるとは思わなかったようだ。
しかし、あの状態だと普通チェックメイトだが、まだ動ける余地があったというのか!?
「僕の慢心が、敗因でした」
悔しそうに呻くキラを見て、フェイトは戦慄した。
――もう一度戦ったら、勝てるだろうか。
自信がない。今のでもかなりギリギリだった。自分は手加減などしていない。彼の実力は予想を遙かに超える。
今の勝ちも、もしかしたら偶然の産物かもしれないのだ。
何せ、この少年は戦闘において魔力に頼り切っていない。己の肉体を縦横無尽に使いこなしている。
でなければ、あんなマニューバは不可能だ。相対してみてそれが否応なしに伝わってきた。
もはや魔導師ランク云々の問題ではない。
「それで……僕はどうなるんでしょうか……?」
キラが潜めるように不安な声をだしたので、フェイトは思考を断ち切った。
正直に言うなら、文句など何もない。自惚れるつもりはないが、自分と互角以上に戦ったのだ。
どこに出しても問題はない。そう思える。そして、本人にも意思がはっきりしている。
そもそも勝負に勝てばいい、というわけではない。フェイトを認めさせればいいのだ。
そして、勝ったわけではないが、フェイトはその実力を認めている。
でも、本音はやはり不安が消えない。仕方ないことだ。しかし―――いや。
「充分だよ、キラ。ちゃんと認めてあげる、すごいよキラは」
賞賛の言葉をキラに掛けた。キラは顔を赤く染めた。
「あ、ありがとうございます!」
「書類の事とかは数日で揃えるから安心して。できるだけ早くあげるから、後―――」
クゥ~
「「………………」」
キラのお腹から間抜けな音が鳴った。フェイトは思わず吹き出し、キラは顔を赤くして腹を押さえた。
「――朝ご飯がまだだったね。それじゃあ行こうか」
「……はい」
キラは顔を恥ずかしそうに俯かせてトボトボと歩いた。エリオが走ってくるのにも気づかなかった。
「キラさん、すごかったです!!」
「そう?」
「はい!見ていたこっちまで痺れました!!」
嬉しそうにはしゃぐエリオを見て、キラがふわりと笑った。

 

フェイトは、一抹の不安があるが、それをこの場で言うのはやはり躊躇った。
――ホントは、キラには、いやこの子たちには安全なところにいてほしい、と。
東の空が明るくなり始めた頃の話だった。

 

『ほう…これがメンデルで作られた実験体ですか』
『しかしどうやって生き延びたのか』
『破棄される筈だったのですか、助手の一人が情けを掛けて逃がしたそうです』
『ふん、面白い事をする者もいるのもだ。まぁ、そのおかげで我々もスーパーコーディネーターの研究が出来る』
『確かに、その助手には感謝しなくては』
明らかにモルモットでも見るかのような目。
『ダメだこんな失敗作ではヒントにもならない!』
『本物のサンプルさえあれば…この…出来そこないがぁ!!』
『ん?なんだその目は…生きているだけでもありがたく思え!』
『まったく、痛い目に遭わせないと理解できないとは…正に動物だな』
『このモルモットが!!』
それは昔の追憶の日々。苦痛しかない日々が、いつの間にか屈辱の日々に変わったあの日――
『本物のサンプルが手に入ったぞ!!』
『何!?ホントか!?』
『間違いない。しかしこの失敗作はどうする?』
『まあ……一応残しておけ。“完全体”と“不完全体”のサンプルとして必要だ』
突然現れた亜麻色の髪の少年。奴らの言う、“完全体”。そして俺はそいつの――。
何をやっても奴には遠く及ばなかった。何をしても俺は奴に敵わなかった。
『素晴らしいィ……!』
『まさか、これほどまでとは……!』
『まさに予想以上、いや予想を遙かに超えるものですよ!これは!!』
『さすがはヒビキ博士……素晴らしいものを生み出したものだ!!』
『全くです。あの失敗作とはまさに雲泥の差ですよ!やはり完全体は違う……!!』
そいつ等は常に完全だったアイツと不完全な俺を比べていた。
幾度となく奴に挑み、常に完敗した。一度も勝つことがなかった。
脳味噌にこびり付いた激しい怒りと嫉妬が癌細胞のように身体に侵攻してくる。
常に怒り続けた。頭の血管が常に焼き切れるほどだった。終いには何で怒っているのかすら分からなくなっていった。
そして―――
『失敗作はどうします?』
『捨てろ。もう用済みだ』
『よろしいのですか』
『サンプルはとった。本物に及ばぬ失敗作など、もはや食費の無駄だ』
『分かりました。ではそのように』
『その辺に捨てるなよ。死体がそこらに転がっていたら面倒だ。デバイスもくれてやれ。もう用はない』
まるで捨て犬のように俺は捨てられた。デバイス一個を除けば、自分にはもう何もなかった。
あったのは、あの厳重に拘束されて虚ろな瞳を浮かべる奴、あいつを超えることだけしか頭になかった。
だから、まだ俺には――

 

「目覚めたかね?」

 

――ここは……?こいつは誰だ……?
全く知らない場所で、少年は目覚めた。意識が覚醒し始めて、少年――カナードはそっけなく質問した。
「ここはどこだ」
「私の研究ラボだよ。覚えてないかね?」
よく見ると、培養液の入った医療培養ポッドの中に沈められていた。
身体が気持ちいい。それに傷が塞がり、痛みも消えている。疲労も全くない。
「ほう……もう完治するとは……凄まじい回復力だな……」
その男――スカリエッティは顎に手を置いてニヤニヤ笑っていた。興味深そうに少年を眺める。
培養液を抜き、ポッドが開く。裸の少年は前に出た。スカリエッティはデスクの上の黒い服を指差す。
「君の服だ。何かと裸だと色々不味いからな。特にうちの娘たちには教育上的に」
「フン」
うるさそうに鼻を鳴らしながら服を乱暴に掴み、着始めた。
「そうそう、まだ君の名前を聞いてなかったな」
「カナード。カナード・パルスだ」
その少年――カナードはそっけなく答えた。スカリエッティはおもむろに何かを差し出した。
「ではカナード、君のデバイス、少し調整させてもらったよ」
「何?」
「君のデバイス、ハイペリオンを少し強化したのさ。後で試してみるといい」
「いや、今試してくる」
カナードはハイペリオンをひったくるように取った。
その顔が邪悪に歪んでいたのをスカリエッティは見逃さなかった。。
スカリエッティはやはり興味深そうに顔を歪める。そしてふと思い出したかのように声をかけた。
「そういえば、“あいつ”とは一体誰なのかね?」
カナードがピタッと硬直した。そして振り返らずにこう言った。苦々しい口調で。
「俺が……越えなければならない奴のことだ……!」
それだけ吐き捨てて通路に消えて行ったカナードを見ていたスカリエッティに、ウーノが呼びかけた。
『よろしいのですか?』
「構うことはない。むしろ彼にますます興味が湧いたよ」
スカリエッティは無邪気な表情を顔に張り付かせながら、カナードが消えた通路を見続けていた。