ソレスタルビーイングの長い一日 【その5】
とりあえず、『プトレマイオス』の店内は平穏を取り戻したようであった。
ティエリアが淡々と状況説明するのを頬赤らめながら黙って聞くミレイナ、二日酔いのせいか爆睡こいてるスメラギ、そのスメラギの髪を黙々とカットするロックオン、シンとしんのすけとアニューは、やることがないので店の奥からケーキもってきて勝手にお茶してた。
「そういや……さっきから気になってたんだがなティエリア。そのお嬢ちゃん……誰だ?」
「ああ、ロックオンは知らないのだな。イアンの娘のミレイナ、ミレイナ・ヴァスティだ」
「なにィ!イアン……て、あのおやっさんの娘なのか!?」
「ああ。現在16歳、ちなみに奥さんは34だそうだ」
「59と34と16……て、嬢ちゃん身ごもったときとき相手はまだ未成年じゃねえか!おやっさんめ犯罪の臭いがぷんぷんするぜ……」
「奇遇だな。アレルヤも同じことを言ってたぞ」
などと、たわいもないようなそうでもないような雑談をしながら、静かに時は刻んでいく……
ふとシンが時計を見ながら言った。
「リヒティさん……クリスさんを掴まえられたかな?なんか帰るのが遅いような…」
「まあ大丈夫でしょ~なにせふたりはバカップルだし♪」
「居場所知らなくても動物的勘ですぐ見つけ出しそうですね……ふう、私も掴まえてほしいのに……はあ~ライル……いつになったら」
「まあまあそう落ち込まないでー」
「う~アニューさんの心の傷に触れてしまったらしいな俺たち」
一方その頃。話題のリヒりんはというと。
「はははっクリスっちー僕を掴まえてごら~ん♪」
「もう~待ってってばリヒり~ん♪」
「はあ、はあ、はあ……なによ、なによこれ…も、もう許して……」
なぜか2人して浜辺のバカップルごっこやりながらトレミーへと向かっていた。
クリスに強引に手をひっぱられて付いて来たはいいが、スキップで惚気丸出しの2人にフェルトは完全に力尽きようとしている…………体力的にも精神的にも。
いやどちらかというと、精神の消耗の方が著しいかもしれない。
そして偶然と言っていいものかどうかはしゃぐ2人と死にかけ1人、計3人は『プトレマイオス2(仮)』の前を通り過ぎていった。
なんか妙に懐かしいような気に障るような声が聞こえたので、工場で出前のラーメン喰ってたラッセとイアンが何事かと通りを見てみると……
「あれ?なあ、おやっさん……あれ……フェルトじゃねえか?」
「うむ。あと俺の気のせいかもしれんが……リヒティとクリスの奴も一諸のように見えたんだが……ま、まさかな……」
「いや……実は俺にも見えたぜ、死んだはずの2人が!おいまさかゆ、幽霊……」
「ただ事じゃなさそうだ……追いかけるぞラッセ!」
「ら、らじゃッ!」
ラッセとイアンも駆け出した。
舞台は戻ってプトレマイオス。
なんか妙に打ち解けたWしんとアニュー、ミレイナとティエリアは揃ってお茶してた。
珍しく真面目に働いているのはロックオンだけだ。
「ごめんなさいですリターナーさん……そんな経緯があっただなんて私知らなかったですぅ」
「いいのよミレイナ。私もあなたに昔酷いことしちゃったのは事実だし……」
「いや~それにしてもこのケーキは美味しいですな~」
「まあうち(ミネルバ)で売られてる、賞味期限切れ直前の特売品だけどな」
「特売品でこれだけの味が保てているというのは、それだけ商品の品質がよいということだ。自分の職場を誇りに思っていいぞ、シン・アスカ」
「え?は、はあ……うーん、ティエリアさんに誉められるなんて初めてだな」
「アーデさんが誉めるなんてめったにないんですぅ!」
「そうなのか~オラもはじめて知ったゾ」
「……まあ俺個人が誉められたわけじゃないんだけど」
「おいおい、お前らなあ~俺が働いてるというのに思う存分くつろいでるんじゃねえよ!」
「………ねえ」
「ん?」
いつの間にか……スメラギは目を覚ましていた。
たった今目覚めたばかりだろうか、それともだいぶ前からだろうか、それとも最初から寝てなどいなかったのか……
現在イスに座っているスメラギの真後ろにいるロックオンの位置からはスメラギの顔は見えない。
だが、いま彼女の顔は見てはいけない気がする……ロックオンは直感的にそう思い、あえて位置の移動はしなかった。
正面のガラスからも目をそらして目を伏せる。目の前のスメラギの後頭部に集中するつもりだ。
そんなロックオンに……スメラギは淡々と話し掛けてきた。
「ティエリアの話……聞こえたわ。あなた達の事情も全部……わかった」
「……そうですか」
「ねえ二ール。私のこと……憎んでる?」
「……どうして?」
「かつて私の采配ミスであなた達を死なせたわ」
「よしてくださいよ。俺たちのことはスメラギさんのせいじゃない」
「そう言ってもらえるのは嬉しいけどね……でも私は自分を責めたわ。苦しんだわ5年間……その後もずっと」
「そうですか……」
「……今のロックオンたちは楽しそうね」
「そりゃあ別の意味で第二の人生なんてめったに体験できるもんじゃありませんしね。いや、好き勝手やらせてもらってますよ」
「お気楽ね……私たちはあの後もずっと苦労のしっぱなしだったというのに」
「恨み言ですか?そりゃすいませんねえ。俺たちだけさっさと楽隠居してしまって」
「そうよ二ール・ディランディ……恨み言よ、これは。生きてる人間はいくら時間がたっても結局は死んだ人間をいつまでも引きずるの。
死んだらその時だけ悲しんでさっさと忘れてはいお終い、で済ませられるわけないじゃない」
「……」
とりあえず言いたい事を言ったら少しは落ち着いたらしく。
しばらくはお互い無言になりロックオンが黙々とスメラギの髪をカットしていた。
ソレスタルビーイングの前線指揮者として長年いろいろな感情を抑え続けてきたスメラギと。
ガンダムマイスターたちのまとめ役でマイスターで最初の戦死者だったロックオンと。
まあお互い思うところは山ほどある苦労人同士なわけで。
それだけに……似たもの同士、考えることは似たりよったりでもあった。
「…………スメラギさんは何も失っていないですよ」
「どういうこと……?」
「この春日部ってのはですね。失ったものを取り戻せる変な街なんです」
「言ってることが……わからないわ」
「現に死んだはずの俺やリヒティ、アニューがいるでしょう?」
「……幽霊よ。でなきゃこれは私の二日酔いが見せた悪夢だわ」
「死は永遠の別れじゃないって俺もここに来た時さんざん思い知らされましたよ。またやり直せばいいじゃないですかトレミーの仲間達と」
「やり直す?……でもそれは」
「お……そうこう言ってる内に。ほら、連中が帰ってきましたよスメラギさん」
「……え?」
ロックオンが入り口に目をやるのでスメラギが振り向くと……突如勢いよくドアが開いて。
「リヒテンダール・ツエーリ、ただいま帰還したっす!」
「クリスティナ・シエラも現時刻をもって職務に復帰致します♪」
「ぜえ、ぜえ、フェ……フェルト……フェルト・グレ……」
「お~リヒにいちゃんただいま~」
「なんだよしんちゃーん、それを言うならおかえりだろー?」
「そうとも言う~」
「なんでシンがそれのセリフを言う?」
「アニューただいま。ほらお土産ー♪」
「ひ、久しぶりア、アニュー……はあ、はあ」
「フェルト!?あ、挨拶はいいからほら座って!私、お水もってくるから!」
「あ……りがと……」
さらにトレミーに突入してきた野郎2人。
「フェルト!無事か?」
「ラ、ラッセさん?……ど、どうにか…」
「あ、ラッセさんだ」
「あらイアンさんも」
「お父さん?」
「リヒティ!クリスも……!いや驚いた。やはり見間違いなんかじゃなかったか。しかしこりゃあ……」
「どういうことなんだよ!?」
「まあまあアニューおねいさんが戻ってきたらまとめて説明してあげるから~」
「「アニューっ!?」」
いきなりのトレミークルーの集合とその混乱と騒動を他人事のように見ながら二ールはスメラギに言う。
「まずは……対話が必要だな。いわゆる来るべき対話の時という奴か」
「……」
「んー?ラッセとおやっさんはいるのに、刹那たちマイスターどもはいないのか?」
「……ねえ」
「まったくあいつらも………なんです?スメラギさん」
「やり直して……いいの私たちは……?」
「いいんですよ……みんないます。ソレスタルビーイングの仲間はただのひとりだって欠けちゃいない」
「そうね。人生やり直してみるのも……いいかもね」
「それでこそスメラギさんだ。はい終わりっ!」
まあこんなわけだ。俺たちはまたソレスタルビーイングと。プトレマイオスの名のもとに集まったってわけさ。
これからどうなるかは知らないが……まあ俺としては早く刹那にバトンタッチしたいものだな。本当に。
よう、お前ら……満足か?こんな世界で……
俺は…………俺か?俺は気に入ってるさ。すごく、な。