SEED-IF_1-743氏_01

Last-modified: 2008-01-22 (火) 08:38:03

 妹の携帯電話を拾いに行ったシンが、突然の炎と衝撃によって吹き飛ばされ仰向けに
転んだ時、それは見えた。青と白の翼を持ったMS。肩の砲口に光を残しつつ、自分達に
背中を向ける。
「ぁあ……?」
 空を忙しなく飛びまわりながら、敵の機体と交戦するそのMSを見上げていたシンは
我に返り、携帯電話を握り締めて家族の元に駆け戻る。行く手には炎が上がっていた。
超高熱のビームが地を抉り、森を一舐めしただけで辺りは地獄絵図となっている。
「父さん! 母さん! マユ!……ヒッ」
 家族を呼びながら闇雲に走っていたその時、シンの喉の奥が鳴った。燃える木に、黒く
焼け焦げた人型の物体がもたれかかっている。MSのビーム兵器だった。直撃しなくとも、
傍を通り抜けるだけで人は死ぬ。黒く焦げたオブジェが散らばっており、シンの歯が鳴る。
「父さあぁん! 母さぁん! マユーッ! 置いてかないでよおぉ!」
 恐怖で、煤と泥にまみれた頬に涙が伝う。視線を巡らせても、水分を失い乾いた地面と、
焼ける木々と、炭化した死体しかない。だがシンの身体は動いていた。怯えて竦むだけで
なく、生き延びようと足掻いていた。何かに躓き、シンは顔から地面に倒れ込む。
「い、つっ……」
 身体を起こし、擦れて血を滲ませる頬に手を当てるシン。何に転んだか確かめようと、
足を引っ掛けた物体に視線をやる。紅の眼が見開かれた。
 折り重なる、男女。ビームの圏内から後一歩逃げられなかったのか、顔や指先など、
細部のパーツを残して燃え残っていた。勿論生きてはいない。服装によって、女性の上に
庇うようにして折り重なる男性の姿だと解る。そしてその服は、一緒に避難する自分の
両親が身に着けていたものだ。何かが切れる音が、シンの鼻から眉間へと抜ける。
「良かった。父さんじゃない。母さんでもない」
 抑揚の無い声と共に、震える脚を叱咤して立ち上がった。
「父さんじゃない、母さんじゃない、父さんじゃない! 母さんじゃない! アハハハッ!
なんだよ酷いなあ! こんな大変な時なのに! 待っててくれたって良いだろ!?」
 涙を流し、狂ったように笑いながら炭と炎の世界を走る。手足の震えが止まった。全身
に力が漲ってくる。視界もはっきりしてきた。だから、ビームの直撃を受け、融解して
崩れ落ちた崖から突き出す白い手も見えた。傍に、見知った小さな靴が転がっている。
「……マユ! マユ!?」
 しっかりした足取りで駆け寄るシン。融けた岩に触れかけ、掌にかいた汗が音を立てて
蒸発する。誰が見ても手遅れだったが、シンは白い手を握り締めた。
「待ってろ! 今そこから出してやる! 大丈夫だから、大丈夫だから……」
 枯枝が折れるような音と共に、白い手が持ち上がった。言葉を止め、シンがそれを凝視
する。腕だけが抜けた。断面は炭化している。
「あれっ」
 人が焼ける独特の臭気に包まれる中、シンが首を捻る。
「おかしいな、マユだと思ったんだけど……ま良いや、疲れた」
 地面にへたり込む。真っ白な腕を胸に抱いて、額の汗を拭った。周囲を見渡し、倒れて
きそうな物が無いか確かめる。
「何でこんな事になったんだろうなあ。父さん母さんもマユも、何処行ったんだろうなあ。
誰が、こんな酷い事をやったんだろうなあ……オーブは平和の国なのに」
 再び高い空を見上げる。遠くで爆音や、ゴムが擦れるような音を何十倍にも増幅させた
ビーム兵器の発射音が聞こえる。風に乗って、悲鳴も流れてきた。
「何で、こんな……ああ、あれか?」
 シンの瞳が、空に浮かんでいたMSの幻影を描き出す。青と、白。
「アレが……これを、全部……」
 目を閉じる。疲れ過ぎていた。少し休んだ後で家族を探さねばならない。考えるのは
後回しだった。焦げ付いた死臭の中で、シンは身体を横たえる。瞼の裏に、1機のMSが
焼きついて離れなかった。

 

 戦場から避難する民間人の一団を襲ったのは、MSから放たれた1発のビームだった。
現場空域では当時、キラ=ヤマトの駆るフリーダムが連合軍と戦闘中であったが、勿論
彼は罪に問われなかったし、罪の意識など欠片も無かった。完全な流れ弾であり、空から
撃たれた事以外は解らなかったし、キラは平和の歌姫ラクス=クラインと共に戦った英雄
だった。加えて、オーブに戻り実権を握り直したカガリ=ユラ=アスハの弟、言うなれば
王弟殿下だった事も理由に入る。
 現場調査の結果、担当者だったトダカ一尉は生存者を発見できなかった。戦闘終了直前、
連合軍の地上部隊が当該エリアを偵察していたという情報を報告書に添えて、彼の任務は完了した。その後2年間、本件についての記憶は頭の隅で眠り続ける事になる。

 

 宇宙。4機のジン・ハイマニューバが、デブリ海に身を潜めている。比較的密度の薄い
エリアを確保するよう、周囲に突撃銃を向けて警戒を怠らない。大きく横に走った傷を
持つ、ザフトのパイロットスーツを着たサトーの正面モニターに光が灯った。
『協力に感謝するよ、テロリスト諸君。君達のお陰で仕事がぐっと楽になった』
「今回に限り目的が一致しただけだ。本来ならばお前達も、敵」
 仮面の男の言葉に対し、サトーはぶっきらぼうに答え通信を切った。漂うデブリが、
巨大な不可視の物体に押し退けられるかのように周辺へと拡がり、散らばっていく。
「各員、手筈は了解しているな? アーモリーワン周辺は警備が厚い。気を引き締めろ」
 フットペダルを踏み込み、僅かにスラスターを吹かして加速するMS隊。
「……綺麗だな」
 最後尾のジンHMに乗る黒髪赤眼の少年が、彼方に浮かぶ砂時計を見上げて呟いた。