SEED-IF_4-5氏_45

Last-modified: 2009-01-21 (水) 18:42:32

「な……これは……」
ジブリールは、ロゴスの皆は、モニターに映し出されたこの惨劇に息を呑んでいた。
「ジブリール! 助けてくれ!」
ユーラシアの、ロゴスメンバーの一人――フランス、LVMHグループの会長、サノレコヅが悲鳴を上げた。
「どうしたんです!?」
「軍が! クーデター政府軍が屋敷を取り囲んで……! 群衆も大勢!」
「なんだって!? 手際が良過ぎる。デュランダルめ! 用意していたか! 西ユーラシアは危険だ。脱出できる者は早く脱出を! まずブリュッセルへ移動してください! すぐにファントムペインの一隊を差し向けます!」
「ジブリール、私の所には親地球連合側の政権軍が保護に来てくれた。閣僚らも一緒だと言う。私は彼らと行動を共にするよ」
ユーラシアのロゴスの一人が言った。
「そうですか。お気をつけて!」
会合は否応なく散会になった。

 
 

「ミ、ミーア……」
アスランは放心していた。
ミーアが……腕を組んできたミーア、朝起きたらベッドに寝ていたミーア、キスをせがんだミーア、明るく笑うミーア、だけど、心の底では寂しそうだったミーア。
それが……。誰が? 何のために? ミーアが死んで誰が得をする? アスランの思考は怒りをエネルギーにして駆け巡った。
――ラクスか!
アスランは確信した。
それは、密林をでたらめに進んだら偶然出口に出たのと同じ事だったのかも知れない。
だが、アスランは遮る枝を切り開き、底なし沼を泳ぎ切り、真っ直ぐに正解にたどり着いていた。
天然の振りをして、心の底ではとんでもない事を考えていた女。使える人材に目をつけ、使えない人材は切り捨てていた女。あの劇場で、職務を果たそうとしただけの、ラクスを逮捕に来た警官達を皆殺しにして平然としていた女。2年も同じ国――オーブに住んでいたのに、いざと言う時の連絡先をミリアリアには教えておきながら自分には教えなかった女。結局自分を信頼などしていなかった女。それが、自分に好意を寄せてくれていたミーアを殺した!
アスランの顔が歪んだ。
「許さんぞ、ラクス……」
低い怨嗟の言葉がうつむいたアスランの喉から漏れた。
その言葉を聞いたのは、近くにいたレイだけだった。が、レイは何も言わずにただアスランを見つめていた。

 
 

「カガリ様。あれは……」
「タツキ。とうとう出てきたな。ラクス・クラインが」
「ええ。しかし、何と言う事件が起こってしまったのか!」
「……ラクスの差し金かも知れんな」
「ラクス・クラインの?」
「ああ、あれは冷酷な所のある女だ」
「しかし、デュランダル議長の演説、リッターグループやグロート家の名まで出すとは、何を考えているのでしょう?」
「ああ、提示された者の中にはオーブと深い関わりのある者もいる。いや、オーブだけじゃない。彼等のグローバルカンパニーと関わりのない国などあるものか! それをどうしようと言うんだデュランダル議長は! タツキ、会見の用意をしてくれ。デュランダル議長に反論するぞ」
「はっ」

 
 

「マンネルヘイム大将、前へ」
その声に従い、マンネルヘイムは前へと進んだ。目の前の玉座には、スカンジナビア国王、カールが座る。彼はマンネルヘイムに元帥杖を手渡した。
「汝をスカンジナビア王国、国家元帥に任じる。祖国のために、力を尽くせ」
「ははっ」

 

「閣下、おめでとうございます」
「おめでとうございます!」
マンネルヘイムの部下達が、次々に祝いの言葉を掛ける。
彼は鷹揚に手を振る。
「で、これからの行動はどう致しますか?」
「我が軍単独で、ドイツからスペインまで進軍し、親ザフトのクーデター軍を叩き潰す!」
なんとも素早い事である。
理由があった。混乱の中、ユーラシアに台頭してきたプーチンと言う男が、スカンジナビア軍のちょっとした助力を得る事でユーラシア中部をまとめると言う手腕を見せたためである。
彼はスカンジナビアからの影響を受ける事を嫌い、スカンジナビア軍の撤退を要請。中部ユーラシアに派遣されたスカンジナビア軍の兵力は速やかにデンマークへと移動した。
なおプーチンはその卓越した能力をもって中部ユーラシアを治めると、東部ユーラシアの混乱を鎮めに軍を派遣した。
「現地の、親地球連合軍と協力した方が損害は少ないのでは?」
「今回は、時間をかける事が出来ないと言う政治的判断が優先されているのだ。いったん動き出せば、ジブラルタルまで止まらんつもりだ」
「補給は?」
「それはさすがに現地の親地球連合軍が協力してくれる。でなければ一気に南進など出来ない」
マンネルヘイムと彼の幕僚は、一見今更な事を話しているように見える。だが、こうして漏れが無いかチェックしているのだ。
この問答は彼の司令部に到着するまで続いた。
「では、少し時間をもらうよ」
マンネルヘイムは言った。
「はっ」
マンネルヘイムは整然と整列した兵士達に向き直る。
「兵士諸君、今回の任務は自分の下の世話もまともに出来ん地球連合の阿呆共の尻拭い。要は連中がオムツを穿き忘れてしまったらしいと言う事だ」
兵士達が笑い声を上げる。
「連中の締りの悪いケツから漏れた糞の滓を始末するなど私もしたくは無い。だが! この戦には冬戦争で奪われた領土の奪還がかかっている!」
「「おお!」」
「諸君、私は戦争を、地獄の様な戦争を望んでいる。諸君、私に付き従う戦友諸君。君達は一体何を望んでいる? 更なる戦争を望むか? 情け容赦のない糞の様な戦争を望むか? 鉄風雷火の限りを尽くし三千世界の鴉を殺す嵐の様な戦争を望むか?」
「 「戦争!!  戦争!!  戦争!! 」」
兵士達は歓声を上げる。
「よろしい。ならば戦争だ! 我々は満身の力をこめて 今まさに振り下ろさんとする握り拳だ。だがこの北の果てでニ世紀もの間堪え続けてきた我々にただの戦争では もはや足りない!!  大戦争を!! 一心不乱の大戦争を!! 我々を忘却の彼方へと追いやり眠りこけている連中を叩き起こそう。髪の毛をつかんで引きずり降ろし眼を開けさせ思い出させよう。連中に恐怖の味を思い出させてやる。連中に我々の軍靴の音を思い出させてやる。天と地のはざまには奴らの哲学では思いもよらない事があることを思い出させてやる」
スカンジナビア軍の兵士達は戦意を湛えて傾聴している。
「我等スカンジナビア軍で、親ザフトの糞蛆虫共を地獄へと叩き込んでやるぞ!!」
「「おおーーー!!!」」
「スカンジナビア軍総司令官より全部隊へ。 目標、ジブラルタル! 西ユーラシア奪回作戦、状況を開始せよ! 征くぞ、諸君!」

 

――この日、200万のスカンジナビア王国軍がデンマークからドイツに向かって南下を開始した。

 
 

「なんと言う事でしょう」
ラクスは顔を覆った。
「わたくしが顔を出さなければ、わたくしの偽者さんは無事でいたかも……」
「ラクス、ラクスが悪いんじゃない」
キラが、慰める。
「そうですよ、ラクスさんが顔を出さなくてもああなっていたかもしれない。犯人は、良心に咎められていたって」
ダコスタも慰める。
バルトフェルドは、我関せずとコーヒーを啜っていた。
それに、ノイマンが小声で文句をつける。
「あなたも何か言わないと。他の者に不審を持たれます」
バルトフェルドは、ふん、と鼻で笑い、ラクスの方を向くとただ一言言った。
「ラクス、気にするな」
どうせ気にしちゃいないだろうがな……と言うバルトフェルドの呟きは誰にも聞かれる事なく彼の口の中へ消えた。

 
 

「あ、アスランさんだ」
休憩室にアスランの姿を見つけ、マユが声を掛けようとするより一瞬早く、別の声がした。
「アスラン! インパルスの操縦なんですけど」
「うん?」
アスランとレイは熱心に話し出した。
「……マユ」
「へ? ああ、ルナ」
「どうしたのよ、ぼーっとして」
「ん、最近、アスランさんに声がかけづらいなぁって……いつもレイがくっついててさ」
「それだけレイはインパルスの習熟に一生懸命なんでしょ? あんたもセイバーの習熟頑張りなさいよ。私が教えてあげるから」
「へーい」

 

「なぁ、レイ」
ひとしきりインパルスの操縦について話した後、アスランはレイに聞いた。
「フリーダムを倒す、いい方法は無いか?」
「……私が見た所、フリーダムは相手の武装、カメラ等を優先的に狙い、急所は狙って来ません。そこを狙えば……」
「あいつは、自分の命が掛かってるとなれば平気で急所を狙ってくるさ。クレタでの戦いは見たろう?」
吐き捨てる様にアスランは言った。
「しかし、あなたはインパルスでフリーダムを破った」
「インパルスの、分離できると言う特徴で、裏をかけただけだ。また同じ手が通じるとは思えん。それに、今はデスティニーだ」
アスランはそれなりにキラを評価していた。
「……そうですね。フリーダムのデータをしっかり検証してみましょうか。一緒に考えましょう、アスラン!」

 
 

「よう、帰ったぜ」
ジェスは救援キャンプにいるセトナに声をかけた。
「あ、ジェスさん」
「それから……」
ジェスは後ろに居たミリアリアを前に押し出す。
「ミリアリアってんだ。俺と同じジャーナリストさ。セトナを取材したいってさ。いいかい?」
「ええ……構いません」
返事はした物の、セトナはどこか心がここにあらずといった感じである。
「ジェスさん、この間のプラントのデュランダル議長の放送は見ましたか?」
「ああ」
「あの放送の後、ロゴスの方達が襲われていると言うのは本当なのでしょうか?」
「ああ、西ユーラシアじゃクーデターで親ザフト政権になっちまってるからなぁ。そいつらが、襲っているようだ」
「……ジェスさん。頼みがあります!」
決意を込めた声でセトナは言った。

 

「地球の皆さん。私はセトナ・ウィンタースです」
セトナはカメラに向かって静かに話し始めた。
「皆さんはもう、過日のプラント評議会議長、デュランダル氏のテレビ演説をご覧になられた事と思います。私は、皆さんに伝えたい事があり、こうしてカメラの前に立ちました」
セトナは震えを押し殺しながら、しゃべった。
「(落ち着いて!)」
ミリアリアが、声を出さないようにしてセトナを励ます。セトナはそちらをチラッと見ると小さく頷き、言葉を続ける。
「ご存知でしょうか? デュランダル氏に批判された現代の財閥にとって軍需がどれ位の比率であるか?」
画面が切り替わる。デュランダルによって晒されたロゴスを主とした財閥毎の収入における軍需の比率図が示される。
「ご覧の通り、軍需の比率はとてもとても小さな物です。それはなぜか? 確かに、軍需産業は発注者が国家そのものという事で、契約履行がほぼ安定しており、受注が得られれば民間企業としては経営が安定できます。現在の世界の多くの財閥や巨大企業がその繁栄期には戦争特需で急成長した時期があったように、戦争によって繁栄する部分もあります」
画面は再びセトナを映し出す。
「しかし! 現代戦は国家財政を大きく消耗させてしまうため長期的な需要とはなりづらいのです。逆に戦争終結で投資が無駄になることも多いのです。そんな物に、果たして誰が財閥の繁栄を賭けられる物でしょうか? 更に。再構築戦争終結後は軍縮が進み兵器市場が縮小していました。先の戦役が起こらなければ、更に軍縮は進んでいたでしょう。皆さん。現代の企業家は全世界を巻き込んだ大戦争などと言う物を決して望みません。なぜなら現代の戦争は彼らの資産を徹底的に破壊し、良質な労働者と言う資源を戦争に取られてしまうのですから。資本主義の発達した現代、最も大きな消費は民需です。これを減退させる戦争は企業にとって悪夢に他なりません。実際に、皆さんの国の経済白書を見てください」
再び、画面に図表が映し出される。世界各国の歳出の図表だ。
「そこに、答えがあります。エイプリルフール・クライシスの被害、そしてヤキン・ドゥーエ戦役による被害の復旧のために、却って各国の歳出に占める軍事費は削られているのです!」
画面はまたセトナの姿を映し出す。ここで、セトナは言葉を切り、きっとカメラを見据えた。
「私は、今、皆さんに告発いたします! ギルバート・デュランダルこそが真実を捻じ曲げ、大衆を扇動しようとするアジテーターであると!」
セトナは、胸の前で両手を組んで、静かな口調に戻って言った。
「皆さん。私の言った事をすぐに皆、信じてくれとは言いません。しかし、一時の感情に流される事無く、冷静な心できちんとしたソースを見て判断して欲しいのです。真実は何かを……」
「カット!」
声が響いた。
セトナは緊張の糸が切れた様に、ふらつく。ミリアリアはバスタオルを持ってセトナに駆け寄り、震えるセトナの体を包んだ。
「セトナさん、頑張った! よくやった!」
ジェスも駆け寄る。
「よかったぜ! セトナ! お前さんの言いたい事は、きっとみんなに伝わる!」
セトナはようやく安心したようにふっと二人に微笑んだ。

 

セトナの放送の効果は果たしてどれくらいの影響を世界に与えただろうか。確かな事は、同日、ドイツのベルリンに親地球連合の政権が復活し、親ザフトの軍はベルリンを追われた事である。

 
 

デンマークから一気にドイツに攻め込んだスカンジナビア軍は、即日の内にハンブルグに進駐した。
「まずは、幸先よしか」
ドイツの人口第二位の都市に軽く進駐できた事に幕僚は気をよくする。
「相手を甘く見るなよ。ベルリンの政権から追われただけだ」
スカンジナビア軍のドイツ侵入と呼応してか、ベルリンには親地球連合の政権が復活していた。
ハンブルグの市民はそれを歓迎して、またスカンジナビア軍を歓迎して迎え入れた物だった。
「で、敵は今どこか?」
「ザールラント州、ザールブリュッケンに本拠を移したようです」
「そりゃまた……ずいぶんと逃げたな。フランスとの国境近いじゃないか」
「ブリュッセル――ベルギー方面からの攻撃も恐れての事と思われます」
「フランスへの脱出も考えに入れているかと。良い街道がパリまで通っていますから」
「うん」
マンネルヘイムはうなづいた。
「後の処理は、ベルリンの政府にやらせよう。準備が出来次第、親ザフト軍をドイツから追い出す!」

 
 

「あ、アスラン!」
ルナマリアは部屋から出てきたアスランにちょうど出会った。
「ああ、ルナ」
「その、最近、すごく頑張ってるようだけど大丈夫?」
「ああ、気力は充実している」
アスランは笑った。
「色々、アスランと話したいなって思って。その、ラクス様の事とか」
「ラクス……」
アスランは目を閉じると上を向いた。
「やっぱり、偽者だったんでしょうか? ディオキアに来てたりした、あの……」
「知ってたさ」
アスランは言った。
「え?」
「知ってたさ。あのラクスが本物じゃない事くらい。当たり前だろう」
「あ、そうですよね。アスランですもんね」
「だが、君は本物だから正しく、偽者だから間違っているとか言うつもりか?」
「え、いえ……」
「ミーアと言ったんだ。あの娘は……。プラントのために必死で頑張っていた。今のプラントにとってミーアがラクスだったんだ。贋者なんかじゃない。誰が否定しようと、俺だけはそれを認めてやる。俺は……ラクス・クラインを許さない」
低い声でアスランは言った。
「え?」
「俺は……それでいい」
そう言うとアスランは歩き去って行った。
ルナマリアは心配そうな瞳でその後姿を見送った。
その少し横、少し開いた扉を隔てた部屋の中で、レイは、椅子に座り俯いていた。膝に置かれた手にぽたぽたと涙が零れ落ちた。

 
 
 

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