SEED-IF_CROSS POINT_第1話

Last-modified: 2010-01-20 (水) 01:53:35
 

第1話 『戦火の予兆』

 
 

休日の夕方、買い物客で賑わう街。

 

カフェで友人と会話を楽しむ少女たち。その横で皿を危なかしく運ぶウェイトレス。
店内では父親が子供に引っ張られて玩具売り場へ入っていき、
街角では男性が携帯で話しながら頭を下げている。
それはどこの街でも見られる平凡な光景。
だが裏を返せば、それは平和な人々の営みと言えるものだった。

 

不意にそんな街中にぽつぽつと雨が降り始める。
雨に濡れるのを嫌った人々が足を速める中、建物から出てきたのは3人の男女。
食料が入った紙袋を抱えながら歩く青年と、その隣で楽しそうに会話をする紅い髪とポニーテールの女性。
ポニーテールの方はまだ少女と言っていいかもしれない年齢だ。

 

「降ってきたな」

 

雨に気付いた青年が紙袋を抱え直しながら空を見上げる。
その言葉につられて傍にいる2人も話を止めた。

 

「あ、ほんとだ。急いで帰らなきゃ」
「ねえシン、クルマここまで持って来てよ。私とコニールはそこの屋根で雨宿りしてるから」

 

それは俺にこの雨の中走って行けということですかとなぜか敬語で尋ねる青年。
そんな彼に女性陣は無言で頷くことで肯定を示す。Exactry、その通りでございます。
青年の背中が煤けて見えたのは気のせいでは無いのかもしれない。

 

「わかった、わかりましたよ。んじゃ走ってくるから荷物持っててくれ」
「じょ~だん。そんな大荷物をレディに持たせる気? 抱えて行きなさいよ。ほらダッシュ、走れアスカ」
「アスカは激怒した。あきれたルナだ、生かしてはおけぬ」
「それだと最後はシンとあんたが殴りあった後抱き締め合うから却下。
 って止まってないでさっさと行きなさいよシン」
「よし行ってこいシン。男なら、やってやれだ!」
「あ~もう、普段仲悪いくせにこんな時だけ協力してきやがって…」

 

女2人の漫才とも言えない会話に青年は呆れたように溜息を吐き、でも少しだけ笑いながら走り出す。
そんな彼を見て笑い合う女性陣。
それは周囲の平凡な光景に負けず劣らず、どこにでもある青春の一幕。

 

そのはずだった。
彼が街の大画面スクリーンに映る速報に気付く、その時までは。

 
 
 

「あれは……?」
「おーい、どうしたんだ?」

 

急に立ち止まった青年を見て少女が問うが、青年は視線を止めたまま返事をしない。
周りを見れば他の人たちも雨に濡れる事も構わずに足を止めている。

 

「「………?」」

 

2人は顔を見合わせ首を傾げ、彼らが見ている方向を見た。
視線の先には巨大なテレビ画面。映っているのは戦闘の様子のようだ。
とある事件からここ半年程、よく発生している内戦か紛争の一つでも映しているのだろうか。
しかしこれまでとは何か様子が違う。
次の瞬間、画面が切り替わった。その映像に

 

「え……?」

 

観衆が凍りつく。

 

『――――僕は言った筈です。彼女の目指したものに向かって進むと』

 

流れているのはかつての英雄であり、最強と謳われた騎士の声。

 

『故に、誰にも邪魔はさせないと』

 

画面に映っていたのは宇宙空間と2機のMS。 どうやら起動していないらしく機体の色は灰色だ。
しかしその存在は、この世界に生きる者なら誰もが知っていた。

 

『例えそれが、かつての仲間達だったとしても』

 

深紅の剣と黄金の盾。
前大戦の英雄の片割れであり、現在でもオーブの象徴であるその機体たちは今

 

巨大な十字架に、磔にされていた

 

機体の無残な姿に動揺する群衆。その前で2本の十字架に戦艦から放たれた光の雨が降り注ぎ――――
そして雨の後にはもう、何も残ってはいなかった。

 

『もう一度言います。争いをやめてください。』

 

『それとも、そんなに血を流すのが好きだというのなら』

 

『僕が――――』

 

静まり返る街で、感情の篭っていない声だけが淡々と響き続ける。

 
 
 
 

「ちょっと、アレって…」
「嘘…だよね?」

 

少女たちは不安そうな顔で傍らの青年を見上げるが、青年は何も答えない。
今の彼には少女たちの顔も、魔王と化した英雄の声も届いていなかったから。
彼が思い出すのは、かつての上司の悲痛な声。

 

――俺は、あの時あいつに何もしてやれなかった。だから

 

「そっか」

 

――あいつは、俺が止める

 

「止められなかったのか、アンタは」

 

小さなその声は激しさを増した雨に掻き消されたため、少女たちの耳に届くことはなかった。

 
 
 

――――半月前――――

 

メサイアでの戦いより数年後、世界はようやく平和を手に入れることができていた。
しかし戦争の傷跡はまだ癒えたわけではない。 例えばここ、ベルリンもそうだった。
連合軍による暴挙。破壊の名を持つMS、デストロイによる虐殺。
復興により中心部は元の姿を取り戻したものの、舗装されてない道路も多々あり、
未だに家に帰れず仮設住宅で暮らしている者もいる。
癒えない傷跡。だが人はいつまでも立ち止まってはいられない。
多くの者は悲しみを抱えながらこの地を去って行ったが、残された者は痛みをこらえて瓦礫に手を付けた。
美しかった街を、そして大切な思い出を取り戻すために。

 

街を復興させようとしているのは、住民たちだけではなかった。
デストロイに従い街に攻撃を仕掛けた、元連合軍兵士たちである。
戦争が終わり、身体を包んでいた熱が冷めたとき。
彼らは自分の姿を冷静に思い出すことができるようになってしまう。
光や炎に呑まれて消えていく命。苦しそうに助けを求め、そして力尽きるかつて人だったもの。
そして、逃げまどう市民に銃口を向ける己の姿。
自分の罪に苦悩し救いを求める彼らの次の行動は、贖罪しかなかった。
当然だが、当初彼らは市民から白眼視された。
しかし街が復興し、彼らの人となりを理解するうちに、
市民の中には僅かにだが態度を軟化させる者も現れるようになる。
兵士たちも少しずつだが笑顔を取り戻し、瓦礫の山へと向かって行く。

 

そんな復興作業を行う人たちの中に、シン=アスカの姿もあった。

 

「ふう…」

 

土木作業用の小型MSの中でシンは汗を拭った。
側に置いたペットボトルの水を飲み干し、周りの風景を見渡す。
街の中心部の復興は既に終了し、今では自分たちボランティアが住んでいるような離れた場所も
手を付けれるようになった。
まだ全ての作業が終わったわけではないが、もう数ヶ月もすればこの街も元に戻るだろう。
あの廃墟の街が――彼女が壊してしまったあの街が――目の前から姿を消していく度に、
少しだけ心が落ち着く。
忘れることなど許されないのは、分かっているのだが。

 
 

「おいシン、ぼけっとすんなよ。まだ終わってないんだから」
「ああ、悪い」

 

動きが止まっていたのを仲間に注意され、作業に戻る。昼が近いのできりがいいところで終わらせたい。
空のペットボトルを運転席の脇に置こうとしたその時、彼が操縦するMSの傍に小型トラックが止まる。
窓から顔を出したのは褐色の肌に髪を後ろで結んだ少女。
コニール=アルメタ。
ガルナハン出身でかつてシンが軍人だった頃、共に戦ったこともある少女だ。
シン達ザフト軍のおかげでガルナハンは解放されて大人が戻ったため、
彼女の故郷はかつての姿を取り戻した。
自分の目的に一区切り付けた彼女は昔の自分と同じように辛い目に遭っている人たちのために、
協力隊に参加し始めたのだ。
そしてここベルリンでかつての恩人であるシンと再会、行動を共にしている。

 

「シ~ン!食料と日用品の配給、終わらせてきたぞ~!!」
「おつかれさん。それじゃこっちの資材を運ぶのを手伝ってくれ。
 俺たちが車に積み込むから、お前は車で先に…」

 

カン、カン、カン

 

シンの言葉を遮るかのように、金属をぶつけて鳴らす音が響く。
2人が振り向くと、近くのアパートの2階から赤い髪の女性が身体を乗り出していた。
手にはおたまとフライパン。

 

「お~い、ごはんできたわよ~! 12時過ぎてるんだから休んだほうがいいって~!」
「わかってるよルナ。みんな、昼休憩に入ろう」

 

皆に休憩の指示を出し、解散させる。
元軍人で皆身体は鍛えてあるとはいえ、長時間肉体労働を行っていたのだ。腹も減ったのだろう。
やれやれといった感じで散開していく。

 

「腹減ったな。コニール、行くぞ」
「うん」

 

シンとコニールもルナマリアが顔を出しているアパートに向かって歩き出した。
3人とも同じアパートに住んでいるため、食事はシンの部屋で揃って食べることが多い。
ちなみに2人の部屋はシンの部屋の両隣である。

 

「こらコニール、たまにはお前も料理しないと、2号さんに取られちまうぞ~」
「そうそう、外見じゃ負けてんだから」
「誰が2号だってのよ!! どっちかって言うとコニールでしょそれは!!」
「余計なお世話だッ!! ってルナ、そっちだって『元』彼女なんだろ!!」

 

2階のベランダと地面とで激しく言い合う2人を他所に、シンはそそくさとアパートに入って行く。
女の喧嘩に茶々入れて無事に帰ってきた奴を自分は見たことが無い。

 

「いや、男冥利に尽きるってやつだな、シン」
「そうだな。でも2人ともそういう関係じゃないんだ」
「よく言うぜ」

 

いや謙遜とかじゃないんだが。

 
 

部屋に戻って3人で食事を摂る。
さっきまで口喧嘩していたはずなのに、今は仲良く喋っている2人。
横目で見ていると思わず溜息がこぼれた。
穏やかな時間。 優しい空気。
いつも思う。楽しいのだが、正直辛さも感じている。
いっそ、懺悔も贖罪も忘れてこのまま生きていけたら――――
そんな許されないことを、思ってしまうから。

 

「どうしたの?」
「え、ああ、いや…なんでもない」

 

食事が始まってから黙ったままの自分を気遣うコニールの声に意識を戻す。
ごまかしながらパンを取ろうとしたとき、チャイムが鳴った。タイミングが良いのか悪いのか。

 

「ん?誰だろ」
「俺が出る」

 

立ち上がろうとする2人を制してドアへと向かう。
一応用心のため覗き窓から外を見ると、そこにあるのは見知った男の顔。
ドアを開けて迎え入れる。

 

「よ、おひさし。お前ら元気してるか?」
「何しに来たんだアンタは」

 

部屋に入ってきたのは後ろに流れる金髪と褐色の肌が印象的な男。
かつてのザフトレッドで今はフリーのジャーナリスト。
男の名はディアッカ=エルスマンと言った。
この人とはそこまで付き合いは無かったんだがなぁ。
馴れ馴れしい態度は軍にいた時と何も変わってはいない。

 

「そんなつれなくすんなって。ま、今回俺は案内してやっただけだ。
 お前に用があんのは俺じゃなくてこっち」

 

そう言いながらディアッカは脇に寄る。彼の後ろには2人の男の姿があった。
小太りの男と、その男よりも年上に見えるサングラスをかけた男。
小太りの方は見たことがある。
自分が軍人だったころクライン派で、ラクスやキラによく擦り寄っていた奴だ。
サングラスの方は知らないが。
何にしてもあまり良い用事ではなさそうだった。
2ヶ月前に起こった事件と、その後の出来事。そしてこのタイミングでの訪問だ。
言われなくても答えは出てくる。
追い払っても良いのだが、ディアッカの立場もあるだろう。
何があったのかと部屋の中から覗いているルナマリアとコニールに目で合図して、彼らを部屋の中に入れた。

 
 

机を挟んでシンと3人は向かい合った。
ディアッカはルナマリアの入れたお茶をのんきにすすっている。2人の話はどうでもいいらしい。
ちなみに、午後からの作業は休ませて貰うよう既に仲間に連絡してある。
コニールとルナマリアには構わず行ってくるよう言ったのだが当然の如く無視された。
俺をエサにサボる気なんですねわかります。

 

「貴方がシン=アスカさんですか。はじめまして、今日は貴方にお願いがあって参りました。
 ――――貴方にしかできない事です」
「自分にしか、ですか。それはどんな用件で……」

 

サングラスを外して男が口を開いた。思わず吐き出しそうになった溜息をこらえるシン。
シン=アスカに残された価値なんて一つしかない。その後に続く言葉なんてわかりきっている。

 
 

「フリーダムと………キラ=ヤマトと戦っていただきたい」

 
 

やっぱり、な。

 
 

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