SEED-IF_CROSS POINT_第11話

Last-modified: 2010-02-08 (月) 07:43:57

かちゃかちゃと皿とスプーンが鳴らす音が響く静かな食卓。
ダコスタかヒルダでも誘えば良かったかなと思いながらもバルトフェルドはスプーンを口に運んだ。

 

プラントに今も尚深く根付いているクライン派の手引きのおかげで、自分たちが補給に困ることは無い。
それは食料についても同様であり、数多く存在する自分たちのアジトに寄港する度に
新鮮な食料を積むことが出来ている。
自分たちがその気になれば毎食フルコース料理にする事だって可能なほどだ。
この辺りについてはあの盲目の男のネットワークに感謝しなくてはならないのだろう。
正直あの男は気に入らないので、それを実行する気は欠片も無いが。

 

首領でもあるキラは兵士たちが緊張することもあり
彼らと共に食堂で食べるわけにはいかなくなったので、食事を自分の部屋で取るようになった。
その結果、自然とピンクの髪の少女も一緒に食べることになる。
当初彼らは2人だけで食べていたみたいだが、以前覗いた時あまりに静か過ぎる食卓だったので
自分も混ざるようにした。
キラに話しかければ言葉を返してくれるし、きょろきょろと自分たちに視線を動かす少女の顔は可愛いのだが

話す人間が自分1人しかいないのは少し寂しいものがある。会話が続かない時は特に。
結局、ミリアリアも誘って(事情を説明して)4人で取るようになったのだ。
それでも少し足りないようだが。

 

「こら、好き嫌いしちゃダメでしょ? 大きくなれないわよ?」

 

部屋に響くミリアリアの声。思わずそちらに視線を向ける。目にしたのは俯く少女。
今日は金曜日なので昼食はカレーなのだが、彼女の皿の中にはニンジンが何個か転がっていた。
どうやらこっちのラクスはニンジンが食べられないらしい。
食べやすいようにスプーンで小さく押し切ってはいるものの、それを口にする事まではできないようだ。
その光景を見たミリアリアは溜息を吐き、小さな声で言った。

 

「ニンジン食べれなきゃケーキはおあずけだからね、ラクス」
「~~~っ!!」
「もう。ほら、鼻でも摘んでごっくんしちゃえば良いのよ」

 

その言葉を聞いて、いやいやをするように首を横に振る少女。
本気で食べられないのだろう、1箇所に集めたまでは良いもののその手が動く気配は無い。
名残惜しそうにデザートのケーキを見つめている。
目も潤んできているが、意外にスパルタなミリアリアには折れるつもりが無いようだ。
キラも相変わらず無表情なままだし、このままでは 「ミリィ」 ―――あ、しゃべった。

 

「昼休憩が終わったら、用事があるって言ってなかったっけ」
「え? あらほんと、もうこんな時間」

 

ミリアリアの注意が壁の時計に向いた瞬間、少女の皿のニンジンにスプーンが入り、全て皿から消えた。
そしてそのスプーンの持ち主は自然な動作でニンジンを口に運ぶ。

 

「あら、ニンジンちゃんと食べたのね。偉いわよラクス。
 ――――もう、キラも早く食べてよ。片付けられないじゃない」
「ごめん」
「ラクスは頑張って食べたのにねえ。はい、デザートのケーキよ。
 頑張って食べたご褒美に、私の分のイチゴもあげる」

 

皿の上にイチゴを置き、嬉しそうにピンクの髪を撫でるミリアリア。
しかし少女は頭を撫でられながらも、隣の青年をぼんやりと見上げていた。
視線を気にした様子も無く、青年の食事が終わる。

 

「―――ごちそうさま」

 

地球で何か良いことでもあったのだろうか。
周りの人間に聞かせるように、その声はいつもより少しだけ大きかった。

 

バルトフェルドは気付かない。
キラの視線の先にあるのは、メールボックスを開いたままの彼のパソコンだということを。
そしてその一番上に表示されている、 「待ってろ」 とだけ書かれた新着メールの存在を。

 
 

第11話 『今から一緒に殴りに行こうか』

 
 

靴紐を固く結び、シンは自分の部屋を振り返る。
掃除は夕方に済ませた。腐るような食料も冷蔵庫には残していない。
机の上には手紙を置いておく。明日になれば部屋に来るだろうから、その時に読んでくれるだろう。

 

「それじゃ、行くとするか」

 

そう、今のシンは腹を括っ…てはいないけれど、これからどうするかは決めていた。
キラに会いに行く。そして希望を叶えてやる。
希望に沿えることができるかは、微妙なところだけど。

 

彼女たちには黙って行くつもりだ。
反対されるのは目に見えてるし、自分の個人的な戦いに巻き込みたくない。
それに自分が戦場にいるところ、もっとはっきり言えば人を殺すところを見せたくはなかった。
キラに負けて殺される可能性だって十分以上にあるし。
勿論死にに行くつもりはない。全てが終わったらベルリンに帰ってきて、復興や勉強を再開するつもりだ。
自分が生きるべき場所は此処しかないという事は、変わりようがなかったから。

 

ただ、流石にその時はルナもコニールも此処に残っていないだろう。

 

音が響かないように鍵を閉めて、隣の部屋へと歩く。
最初はルナマリアの部屋、その次はコニールの部屋。
女性の部屋に無断で侵入するのは最低の行為だが、下手をすれば2度と会えないかもしれないのだ。
顰蹙は覚悟で中に入らせてもらった。
ちなみに合鍵は以前に貰ってあった。その際に自分の部屋のも取られてしまったけれど。
お前ら2人はお互いの部屋の合鍵を持たないのか、と聞いたシンへの答えが
ダブルライダーキックだったのは忘れたい思い出だ。
おまけになぜか両方から、最中に乱入されたらどうするとかなんとか説教されたっけ。
手を出すつもりは無かったし、仮にするならするでそんなヘマをしたりはしないのだが。

 

布団を蹴っていたコニールにはちゃんと布団をかけてやり、
ソファで寝ていたルナマリアはベッドに運んでやった。
鍵を閉めないわけにもいかないので、閉めた後に合鍵はそれぞれのドアの郵便受けから部屋の中に放り込む。
階段を降りて外に出ると、綺麗な月が目の前に浮かんでいた。
ザフトには――あのサングラスの軍人には――昼のうちに連絡を入れてある。
待ち合わせ場所は慰霊碑のある公園。日にちが変わった後の午前2時に迎えが来ることになっていた。

 

「………」

 

もう一度だけ振り返ってアパートを見上げる。どの部屋も灯りは消えたまま。
追いかけてくる影なんてありはしない。

 

「―――なんだ。気付いて欲しかったのかよ、シン=アスカ」

 

ここまできて覚悟の決まりきらない自分を嘲笑う。だが決定が覆ることは無い。
無論、今から進む道が正解だとは限らない。だけど踏み出さなければ自分の瞳には何も映ってはくれない。
別に間違ってたって構いはしないのだ。答えなんて後からついてくれば良かった。
瞳を閉じる。
泣きそうな顔でキャッチボールするコニールと、雪の降る夜に悔しそうに俯くルナマリアの顔が浮かぶ。
また泣かせちまうのか。今まで甘えさせてくれたお返しがそれっていうのは、やっぱ最低な男だな俺は。

 

ごめん。瞳を閉じたまま、誰ということなく呟く。
微かに吹いた風がその声を掻き消し―――

 
 

そして、青年は歩き出した。

 
 
 

また置いて行かれた。

 

朝、身支度を整えてルナマリアがシンの部屋に行くと、先客のコニールが呆然と床に座り込んでいた。
部屋の主の姿が見えないので彼女に話しかけてみるも向こうからの反応は無し。
彼女に聞くのを諦めて、仕方なく周りを見渡す。
机の上には一枚の紙。
シンからだった。自分とコニール宛て。嫌な予感と共に紙を手に取る。

 

―――うすうす気付いていたと思うけど、ヤツに会いに行くことにした。

 

予想通り。彼は戦場に戻ってしまったのだ。
その紙の下に書かれている一文に目を通す。それは別れの言葉。

 

―――今までありがとう。それと、ごめん。

 

遺言かよ。思わずつっこみを入れたくなった。

 

部屋の中を見渡す。出て行く前に掃除でもしたのか、部屋は綺麗に片付けられていた。
使い込まれた数冊の医学書が机の上に置き去りにされている。
それが彼が此処から去ったことをルナマリアに実感させた。

 

「……あいつ、また私の前からいなくなりやがった」

 

そう、彼は再び自分の前から去ったのだ。正直ダメージが無いと言えば嘘になる。
だがこれくらいでへこたれる女はルナマリア=ホークではない。
たかが1度や2度逃げられたくらいで……1度や2度……2度も………逃げられちゃった。
すいませんさっきの私嘘つきました。ぶっちゃけ泣きたい。
自分は魅力的な女だと思っていたが、自信なくなってきた。
もしかしてシンは、自分が思うほど好きでいてくれてないのだろうか。
いやいや弱気になるな。
悲しみをどうにか押さえ込む。押さえ込んで押さえ込んで、今度は代わりに怒りが浮かんできた。

 

あんにゃろ、こんな良い女から一度ならず二度までも逃げやがって。
こちとら見栄も外聞も無くはるばるプラントからベルリンまで来たってのに、
そんな美女への答えがコレか。許すまじ。
やはりここは追いかけるべきだ。
グー入れてぶん投げてフットスタンプでアバラ折りキメてジャイアントスイングでブン投げて室伏ばりの雄叫びを挙げて。
そして私から少しでも離れたら死んでしまうというくらい、私に依存させてやるのだ。
現在2度失敗しているが、世の中には3度目の正直という言葉もある。あきらめたらそこで試合終了ですよ。
2度あることは3度あるという言葉はこの際却下ということでどうかひとつ。

 

「行くわよコニール。あの馬鹿、結局何にも分かっちゃいないんだから」

 

座り込んだ少女に声をかけながら考えを巡らせる。
おそらく行き先はザフトの宇宙軍。自分たちがまっすぐ追いかけても彼の元には届くまい。
ラクスやキラがいない現在、自分にはザフト内につてが無いのだ。
こんな事ならジュール議長やシホ=ハーネンフースともっと親交を深めておくべきだった。
だが今はそんな事を言ってる場合じゃない。多少遠回りにはなるが、残された手はもう一つある。
とりあえず身支度を整えて金を卸して飛行機のチケットを買って―――

 

「っていつまで座り込んでんのよコニール!? 置いていくわよ!!」
「………」
「コニールったら!!」

 

さっきから少しも動かない少女に声を掛ける。相変わらず反応は無い。
心が折れて追いかける気が無いと言うのなら、ここは置いていくべきか。

 

「………もういいわ。そこまでの義理もないし、私1人で」
「あいつ」
「え?」
「あいつ、何しに行ったのかな」

 

何を言っているのかこの娘は。そんな事自分でも分かってるだろうに。

 

「そんなの、戦いに行ったに決まってるでしょ。なんだかんだで血の気は多いし」
「でも相手は前大戦で勝てなかった、あのキラ=ヤマトだ。アスランもやられちゃったし。
 それでも戦うのかよ。ここの生活を捨ててまで」
「私が聞きたいわよそんなの。大方、戦いに行く理由でもできたんでしょ」

 

どんな理由かは自分にはわからない。
平和を守る為なんて理由ではないだろう。それならもっと早く行っている筈だ。
なんとなくわかるのは、誰かの為に行ったということだけ。
でも、誰の為だ?

 

「なあ、なんでシンってさ……全部自分で抱え込むのかな。辛い事から逃げないのかな。
 だってもうあいつ十分頑張ったのに。誰かに任せちまってもいい筈なのに」
「……」

 

それはかつて自分も考えた問題。
別れた雪の日に、1人きりのベッドに寂しくなった夜に、黒い髪の男とすれ違い思わず振り返るたびに。
引き摺りすぎだとは思いながらも必死に考え続けた。
確かあの時、自分が出した結論は。

 

「あの馬鹿、自分自身に対する執着が薄いのよ」

 

でなけりゃ、こう何度も馬鹿なことをしたりしないだろう。

 

「だよな。……だけど私、それがくやしいんだ。自分の想いが届いてないみたいで。
 自惚れじゃなく、私の事を大事にはしてくれてるんだと思う。
 でも私が大事に思ってるシン自身を、アイツは大事にしてくれない」
「そうね……」

 

気持ちは良く分かる。それは自分も通ってきた道だ。
人の心配も気にせずに我が道を行く。何度やきもきさせられたかわからない。

 

だけどそれがシン=アスカなのだ。ここにいる、2人の馬鹿な女が惚れた。

 

「自分がいなくなっても、他の人は幸せになれるって思ってるんだよ、あいつ。
 だから、そんなことないよって言ってやりたいんだ。私の幸せの中にはあんたも入ってるんだって」

 

優しい娘だなぁ。皮肉抜きでルナマリアはそう思う。
ガルナハンでいろいろあったせいもあり、彼女は勝気な見た目とは裏腹に優しさに溢れている少女だった。
話しているうちに落ち着いてきたのか、それとも自分がどうするか考えがまとまってきたせいか。
体に少し力が戻ってきたようだ。

 

「もしかしたらアイツにとって私は、切り捨てても平気な存在かもしれないけど。
 それを知るのが怖くないって言ったら嘘になるけど。
 それでもさ。それでも私、あのバカにまた会いたいんだ」
「コニール……」

 

ったく、そういうのは本人に伝えるべき言葉だろう。いや言われちゃ困るけどさ。
恋敵のはずなのに一瞬応援したくなってしまったのは、その想いが自分と同じだからだろう。
譲る気は毛頭無いが。

 

「だったらなおのことね。行くわよ? あの馬鹿をぶん殴りに」
「………ああ!!」

 

左手を差し出す。コニールは服の袖で目をごしごしと拭い、ルナマリアの手を握り返した。
引っ張りあげて立たせる。その瞳にはそれまでの弱々しさはない。強い視線で彼女の目を見返してくる。

 

上等だ。左手の握手は戦いの合図とも言うし、対等の相手だと認めても良いかもしれない。
いや、それは言い過ぎか。まだまだ私たちが過ごした日々には遠く及ぶまい。
初恋とはほのかに終わるものであり、決して実る事はないということを教えてあげよう。
もちろん、正々堂々と。

 

「それはそうとさ。行くって、当てはあるのか?」
「まーね。ま、普通にプラントに行ってもシンには会えないだろうから、少し回り道になるけど」
「?……じゃあ、どこに?」

 

疑問の声を上げるコニール。だが本当に分からないのだろうか。
自分にコネがあって、キラと相対する意思があって、なおかつザフトの次に一手打ちそうな国と言えば。

 
 

「―――オーブ連合首長国。行くとしたら、そこしかないわね」

 
 

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