SEED-IF_CROSS POINT_第6話

Last-modified: 2010-01-24 (日) 00:43:50
 

「それで、その情報は間違いないんだな? エターナルが地球に降下したと」
「はい、レーダーの記録にも残っています。しかし海中に潜ったのか、その後の所在は掴めていません」
「ふむ。まあ地球にいることが分かっただけでも良しとすべきなんだろうな。
 ―――ザラ少将に報告しておいてくれ。例の作戦にかかれ。それから頼む、と」
「了解致しました」

 

報告に来た者を下がらせ、カガリ=ユラ=アスハは椅子に背を預けた。
どうやら来たるべきときが来たようだ。
もしキラを捕らえることに成功し、彼が生き残ったとしても。結局失われたものは戻ってこない。
そしてそれらが一段落つけば、自分の役目も終わる。
現在も代表の座に残っている理由はただ一つ。
今自分をすぐに拘束してしまうと、オーブの前国家元首も協力していたのではと世界中が見る可能性もある。
オーブのためにもそれは避けなければならない。
つまり今回の件に姉は無関係で、彼女も彼女が治める国も弟の凶行の被害者に過ぎない、
というポーズのためだけである。

 

それは構わない。用が済めば消えるだけの境遇に不満は無い。
弟の苦悩に気付けなかったのは実の家族である自分の注意不足。
弟を止められなかったのはただ単に自分の力不足。
自業自得だ。全て自分のせい。文句などあるわけもない。

 

だが、やりきれなさだけは消せるものではなかった。

 

「殺されたから殺して、殺したから殺されて。それで世界は平和になるのか……か。
 偉そうなこと言っておいて、自分に一番近い者に届いてないんだから」

 

唇から小さく言葉がこぼれる。私は無力だ、と。

 

男が置いていった書類に目を通す。
写っていたのはエターナル。歌姫が乗っていた不敗の艦。
ラクス=クラインの艦としてイメージされるのは、彼女が搭乗しなかったディーヴァよりも
彼女と共に戦場を駆け抜けたこのエターナルの方だろう。

 

その艦が地球に降下したのが確認されたのは、つい先日のことだった。

 
 

第6話 『戦闘開始』

 
 
 

トントントン、とリズムの良い包丁の音が部屋に響く。
音の主の青年は垂れた前髪を掻き上げながら鍋を覗き込む。
青年の名前は言うまでもなくシン=アスカ。今日の昼食の当番は彼だった。

 

火に掛けたフライパンは十分熱したようなので、油を馴染ませる。そのあとに豚肉を入れた。
その隣の鍋に放り込んだパスタはもうすぐ茹で上がりそうだ。
窓からは太陽の光がこぼれている。目を細めて外を見た。
ベルリンの天気予報は雨だったが、どうやら今日の予報は外れの模様。
結構なことだ。雨や雪が降るよりもずっといい。

 

「そろそろかな」

 

もうそろそろ茹で上がるか。鍋を軽くかき混ぜながらリビングを見る。
そこには部屋の主である自分よりもくつろいだ2人の女性が、ソファに寝転がりながらテレビを見ていた。
こちらを気にした様子は一向に無い。
いやまあ確かに今日の食事当番は自分なのだが、手伝うことぐらいしても良いだろうに。
特にコニール。食うだけなんだから。

 

豚肉の色が変わってきた。フライパンに一口大に切った野菜、そしてすりおろしたにんにくを入れる。
そのまましばらく炒めてから、茹で上がったパスタを放り込んだ。
そこでしっかりと味付けしながら麺を絡ませる。頃合を見て大皿へ。
まあ昼食なのでこんなものか。
サラダと飲み物、それにパンは既に机の上に置いてあるし、スープはインスタントなのですぐ準備できる。

 

「おーい、ご飯できたぞ」

 

2人に声を掛けるが返事がない。食い入るようにテレビを見つめる両者。
テレビの番組は今、クライマックスを迎えているようだった。

 

ブラウン管の中には2人の男女。金髪の女性と体格の良い男性。
緊張した面持ちで白いマットに倒れこむ。両手を顎の近くに沿え、視界を前に向けた。
張り詰めた空気。真剣な眼差し。実況の声だけがうるさく響いている。

 

次の瞬間、画面内で炸裂音が響き渡った。

 

弾けるように飛び起きた両者。若干金髪の女性の方が早いか。身体2つ離して疾走する。
追いすがる男性。走り出すにつれ、そのストライドが大きくなる。完全にスピードに乗った。
だが女性との差が縮まらない。男性の顔に焦りが浮かぶ。
次の瞬間、2人と赤い旗が同じフレームに入った。

 

旗に向かって同時に飛び込む両者。
男性からすれば最後の賭け。長い手を伸ばして逆転を狙う。
女性は右手でバランスを取りつつ左手を伸ばした。
視聴者の視界から消失する旗。
2人はそのまま突っ込み、発泡スチロールの粒が高く舞い上がった。
立ち上がる両者。どちらが取ったのかは分からない。会場から音が消える。

 
 

そして数秒後、勝者が手の中の旗を高々と掲げた。

 

肩を落とす男性。その隣で、赤い旗を握り締めた金髪の女性が勝利の雄叫びを上げる。

 
 

『代表が吼えたーーーーーーッッッ!!!!!』

 
 

オーブ連合首長国代表、我らがカガリ=ユラ=アスハさんの完全勝利だった。

 
 

「なんというていたらく!! てかこいつら本当にプロスポーツ選手なの!?
 これだからナチュラルの男はぁ……」
「いっえーす!! 賭けは私の勝ちだなルナ!
 なぁシン、今度2人で高級料理食べに行こう!? ルナが払ってくれるってさ!!」
「いや、別に断る理由は無いけどさ……」

 

嬉しそうにシンの隣に座るコニールと、不機嫌な顔で対面に座るルナマリア。
賭けも何もこの番組は再放送で、以前コニールと見たことがあったものだ。
彼女が勝つのは当然のことである。

 

「ああもう、こうなったらヤケ食いしてやるんだから!! シン、パン取って」
「はいはい、ほどほどにな (コニール、お前ズルくないか?) 」
「食べ過ぎで太ったって知らないぞ~ (勝負ってのはやる前から始まってるんだよシン) 」

 

ルナマリアに聞こえないように話すシン。バラさない時点で同罪ではある。
女性に奢って貰うというのは少し引っかかるが、いつも彼女の買い物の支払いは自分なので、
ごくたまにぐらいならば許される筈だ。
だからコニールの不正は黙っていよう。
決して以前ルナマリアに買い物のおまけと称して高価なバッグを買わされた恨みなどではない。
そんな恨みなどではないのだ。
重要な事なので2回言いました。
おまけどころかどっからどう見てもバッグがメインだったけどな。

 

着けっぱなしのテレビを見る。
映っているのは笑顔でインタビューを受けるアスハと、
その後ろで負けた選手にフォローを入れているアスラン。
なんで少将なのにあんな事してるんだろう。大方あの女に頼まれたか。
哀れな男だ。偉くなったうえに他の女と結婚しても、相変わらずアスハに振り回されている。
まあ、本人はそれを苦だと認識してないからいいか。
それにこの放送は再放送なので、今のアスランは普通に軍人として働いているだろう。

 

いや。自分の予想が正しければそろそろか。

 

誰かが平和なら、その裏で誰かが戦っている。それも世界の真実の一つだ。
そして数日前にエターナルが地球に降りたという情報をシンも入手していた。
既に自分には関係のない世界。だけどアスランの悩みを聞いた手前、気になるのも確かで。

 

「アイツ、大丈夫かなぁ」
「ん? なに? アイツって誰?」
「アスランだよ。もうそろそろキラと逢うんじゃないかな」
「アスラン? 大丈夫よ。あの両刀使いのことだから、丸め込まれつつもキラの怒りを抑えてくれるわよ。
 それに言うでしょ。愛は地球を救うって」

 

すごい言い草だ。一応彼女の義理の弟なわけだが。
まあ腐ってもアスランなので彼女の言う通りキラに流されつつもなんとかするだろう。
自分が心配することでもない。
しいて心配するなら自爆しないだろうかということぐらいであるが、
それにしてもメイリン残してそんな事はするとは思えないから問題ない。
とりあえず、自分は自身の頭のハエを追わないと。さしあたっては新しい医学書買うとか。
そう結論を出しつつパスタを口に運んだ。

 

「あれ愛じゃないじゃん、偽善と金じゃん。
 おまけに女芸能人が途中の区間で世界記録並みのタイム出してんだぞ? ありえないって」
「ちょ、コニールやめて」

 

また危険な発言をしやがって。

 
 
 
 
 

インフィニットジャスティスのコックピットの座席に座り、アスランは画面の脇に写真を貼る。
写っているのは5人の男女の姿。そのほとんどが楽しそうな笑顔を浮かべている。
アスラン=ザラがベルリンから帰国して、数日が経過していた。

 

「ベルリンに行った時の写真か。……待て、何で野郎だけ顔が傷だらけなんだ?」
「色々ありまして」

 

中を覗き込んだムウに目ざとく見つけられた。相変わらずこういうことに関しては嗅覚が利く人だ。
だがまあ隠す必要は無い。なんだかんだでこの人は自分の事を良く分かっていてくれている。
写真が見えやすいように身体を少し脇へ寄せた。

 

「へえ、坊主も元気そうだな。随分楽しそうに見えるが」
「この無愛想な顔がですか? ……まあ、実際楽しかったですからね。
 全部終わったらまた行くって約束しましたし。
 ああそうだ、ムウさんも連れて来いって言ってましたよ、あいつ」
「俺も?」
「ええ。彼女が眠った場所に連れて行くつもりみたいです」

 

かつてのシンでは考えられない発言である。
昔の刃物の如く尖ったシンなら、ムウさんを徹底的に拒絶しただろうに。
あいつも随分大人になったものだ――いかんいかん、
こういう無意識に下に見る癖をいい加減やめようと決めたばかりではないか。
自重しろ俺。クールになれ俺。いい加減大人になれ俺。

 
 

「―――正直、嫌われてると思ってたんだが。謝りに行った時も、怒る事すらしてくれなかったしな」

 

苦しいのか悲しいのか何とも言えない表情をするムウ。彼のこんな表情を見るのは珍しい。
この人は酸いも甘いも噛み分けた大人だが、どんな大人でも癒えない古傷を抱えたまま生きていけるほど
強くはないということだろう。
でも、それはシンも同じことだ。

 

「多分、今でも引っかかるところはあるんだと思います。俺もそう思ってましたから。
 でもあいつ、言ってたんです。『逢いに来るのが俺だけなんて、彼女は寂しがるんじゃないか』って。
 『もう彼女のことを覚えてるのは、自分とあの人だけだから』って。
 だから行ってやって下さい。あいつのためにも」
「………そうだな、これが終わったら逢いに行くか。シンにも礼を言いたいしな。
 あの子の傍に居てくれている。それは本当なら、俺のするべき事なんだから」
「ですね。でも…いや、だからこそ今は―――」

 

アークエンジェルの動きが止まった。どうやら目的地に着いたらしい。
アスランはコックピットの画面をアークエンジェルのカメラに繋げる。
映ったのはオーブの領海からしばらく離れた、小島が点在する地帯。2人とも見覚えのある光景。
つい先日、キラに伝わるよう世界中に暗号を送ったのだ。上記の日時に指定のポイントで待つ、と。
ここはかつてアークエンジェルがザフトの追撃部隊を追い払った場所であり、
キラ=ヤマトがアスラン=ザラに敗れた場所。

 

その小島の1つに、ストライクフリーダムは1機だけで佇んでいる。

 

「止めなきゃな。あいつを」
「はい」

 

ようやく、あいつにたどり着いた。

 
 

フリーダムの前に降り立つジャスティスとアカツキ。
ムラサメはアークエンジェルの甲板上で待機させている。
彼らは参加させない。はっきり言って足手纏いなだけだからだ。
それでなくても余裕は無いのに、これ以上余計な負担は背負いたくなかった。
今はキラだけに集中したい。
深呼吸をしてフリーダムに通信を繋げた。数ヶ月ぶりの親友の顔が映る。
言葉を選びながら、ゆっくりと話しかけた。

 

「ひさしぶりだな、キラ。会うのはラクスの葬儀以来になるのか?」
『そうだね。大して時間は経ってないのに、もう何年も会ってないような気がするよ。
 でも、わざわざそんな事を言いに来たんじゃないんだろ?』
「……」

 

キラの声に揺らぎはない。自分が何をしに来たのか分かっている筈なのに。
いや、カガリの説得が失敗しオーブ軍が返り討ちにあった時点でそれは想定の内だ。
だが諦めたくない。俺たちは親友の筈だ。

 

「わかった、単刀直入に言おう。
 ……もうやめよう、キラ。今ならまだ帰れる。世界もお前を許してくれるだろう。
 だからこれから犯した罪を償って、そして彼女が愛したこの世界をまた守っていけばいいじゃないか」

 

これが最大限の譲歩だった。
どれだけの罪に問われるか分からないが、投降すれば彼が殺されることは無いだろう。
世論もキラに同情的だし、何より彼の力を恐れている。
今は紛争地帯に現れて双方を壊滅させる・もしくは海賊やゲリラを潰すだけなど
世界的に見れば役に立つ行動で済んでいるが、死罪でも申し付けて追い詰めたら最後、
連合・ザフトそれぞれの本拠地をフリーダム単機で壊滅させるとも限らない。
だから懲役などはそんなに長く行われず、そのうち再び軍に所属させて
望み通り紛争地域に送られる部隊に組み込まれたりするだろう。
少なくとも死ぬことは無い。

 
 

そんな考えを頭の隅に置きながらキラを説得するアスラン。
しかし

 

『アスラン、君は何か勘違いしてるみたいだね。別に僕は許しを請うつもりはないよ』

 

彼がその言葉に頷くことは無かった。どこか冷めた目でアスランをみつめる。
その目が語るのは拒絶の意思。

 

『むしろ逆なんじゃないかな?
 世界が彼女に許して貰うために、争うことを止めるべきだと思うんだけど。
 それが理解できない限り、僕が銃を納めることは無いね』
「いい加減にしろキラ!! お前1人の力だけで、本当に世界が変えられるとでも思っているのか!?
 恐怖では世界を変えることなどできやしない。そんなこと、お前も解っているだろう!!」
『変わらないと言うのなら、全人類の心が折れるまで続けるだけだよ。
 世界中の人が争いをやめるその時まで。
 それまで僕は戦い続けてやるさ。―――――その覚悟が、僕にはある』

 

どんな覚悟だそれは。そうまでして戦って、お前に何が残る。
怒りや憎しみという負の感情を恐怖で縛り付けたその世界に、一体どんな未来が待っていると言うのだ。

 

「キラ……それがお前の出した結論か」
『そうだよ』
「考えを改めてくれ、頼む。俺は……俺はお前と戦いたくない」
『く ど い』

 

即答、却下。全然駄目だ。言葉が届かない。本当に伝わらない。
人と会話してる気すらしない。無理だよもうというあの日のシンの声が聞こえる。

 

確かに無理だ。
先ほどは死罪は無いと考えたが、それはあくまでキラが(形だけでも)反省や後悔をした場合だ。
しかし彼は確信犯で反省する気もなく止めるつもりもない。
これでは刑は免れない。いや、受ける気も無いだろう。
ならば今の自分には力を以って応える以外の選択肢が無い。

 

そう考えると泣きたくなった。神というものが本当にいるのなら、助走つけて殴りたくなった。
いくらなんでもそれはないだろう。
俺は生涯で2度も、この手で親友を殺さなければならないというのか。

 

いや、もうこいつは俺の知っているキラじゃない。

 
 

「本当に変わってしまったな、キラ。
 確かにお前はラクスと共に戦争を終わらせた。でも今の状況はなんだ?
 沢山の人が。同胞が。仲間が泣いているんだ。
 今も、この地球で…オーブで……プラントで!!

 

 お前の……たかがお前1人の八つ当たりのために!!」

 

サーベルの切っ先を向ける。傍に立つアカツキも手にしたライフルの安全装置を解除した。
それを目にしてもフリーダムは微動だにしない。本当に迷いが無いのか。

 

『だから僕を討つ、か。―――――それが君の答えかい?アスラン』
「ああ。お前は、ここで―――」

 

この馬鹿野郎。お前、もういない人間のためにこれまで何人の人間を泣かせてきた。
そしてこれから更に数多の人を泣かせるつもりなのか。
そんなことをしてあの戦いを嫌っていた彼女がお前に笑ってくれるとでも思っているのか。
抱き締めてくれるとでも思っているのか。

 
 

「俺が、止める!!」

 
 

この、馬鹿野郎が。

 
 

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