SIN IN ONEPIECE 82氏_第12話

Last-modified: 2013-12-24 (火) 03:53:14

「おーいたいた」

 幸いというか……シンの探していた仲間達はさしたる苦労もなく実にあっさり見つかった。ブロームに叩き壊された海軍船ほどではないものの、原形をとどめない程度に破壊された船の残骸の前で、ゾロとサンジ、ルフィが思い思いの姿勢で休息を取っている。
 見つかった事自体に安息を感じつつ、見つかった場所に関して疑問を抱いてしまう。シンは、合流のためにまず船の落下地点に向かい、そこを中心にルフィたちを捜そうとしたのだが……彼の仲間達は、船の落下した場所から全く動いてなかったのである。
 ルフィの性格を考えれば、すぐさまナミを探しにいってもよさそうなものだが……その本人が、道の真ん中で爆睡している有様だ。ヨサクとジョニー、ウソップの姿も見えない。

「……何があったんだよ一体」

 陸地で、粉々になった船の前で休む男たち。無関係の人間が見ても奇想天外なその光景は、事情を知るシンにとっても予想外だった。

「おーい、ゾロー」
「ん? シンか……」

 シンが声を上げると、地面に胡坐を書いていたゾロが視線を向けた。サンジも振り返ってその姿を確認する。シンは二人に近づきながら、

「なあ、ルフィの奴一体どうしたんだ? 何で寝てんだよ」
「ああ」

 事情を説明しろとばかりのシンの態度に、ゾロはきわめて簡潔に答えた。そう、簡潔すぎるくらいに簡潔に。

「ウソップがナミに殺されてな」
「……は??」

 目を点にするシンに対し、サンジが情報を補足する。

「ジョニーの話だと、アーロンたちに捕まって煙幕で逃げようとしたところを、ブスリ! 
だったらしいが……」
「……それで何でルフィは寝てるんだ」

 サンジのおかげで不完全ながら状況を作り出した背景を推測する事が出来たが、疑問は残った。最も不可解なのは、道の真ん中で熟睡してるルフィなのだが。

『知るか』

 二人がハモらせた返事は、にべもなく。
 そういわれてようやく、シンは思い出したのだ。ルフィの思考が、時々仲間でも読み違えるほど不可思議なのだという事を。

「ナミ本人がウソップを殺したって聞いた途端、眠り始めやがった」
「ヨサクとジョニーは、呆れてどっかに行っちまったよ。それで、お前は今まで何やってたんだ?」
「ん。まあ……」

 ルフィの不思議行動は今に始まったことでないし、アレはアレで筋が通っているので、一同全員で放っておく事にしたらしい。
 サンジの質問に、シンは髪をガシガシ掻いて、

「お前から出された宿題を、な」
「宿題……ああ、アーロンパークの」
「ああ。海側から攻めたら、魚人達の餌食だよアレは。連中、海流や渦潮を武器に使ってくるんだ……海岸線に防壁なんて要らない筈だよ。
 攻めるなら陸路だな。最も、海軍の船じゃあ上陸する前に沈められるか」
「となると」

 他にも答えはあったのだが、口に出す事すら憚られる外道な策の為、割愛した。
 シンの提出した宿題の答えを、サンジは痛く気に入ったらしく、にやりと獰猛きわまる笑みを浮かべ、

「俺たちがまさにうってつけってわけか」

 そう……シンが並べた条件は、彼らにとってはまさにうってつけで。本来なら届かないはずのアーロンパークの懐深く。海軍が欲してやまない立ち居地に、ルフィ海賊団はいるのである。

「……というか、お前はウソップの心配はしてないのか?」
「全然」

 ゾロの疑問に対して、今度はシンのほうがあっさりと返した。

「理屈云々以前に、ルフィはナミを信じてんだろ?」
「ああ。ジョニーの胸倉つかんでたからな」
「だったら、ウソップは生きてるさ。なんていうか、こいつ野生の感っていうのかな? そういうの、やたら鋭いし」
「わからねえぞ」

 応答するゾロだったが、その口調に仲間を失った悲壮感は無い。彼もまた、ルフィとナミを信じているのだろう。仲間達には話していなかったが、ゾロもナミに助けられたのだから……

「おーい!」
「あ」

「俺ぁ、あいつに小物って言っちまったからな。カッとなってやっちまったかも知れねえ」
「小物だと……」

 ゾロが言い切ったその瞬間だった。
 ピクリと。
 サンジの渦を巻いた眉が跳ね上がって……

「ナミさんの胸の、何処が小物だコラァッ!!!!」

 サンジの右足が唸り、ゾロの喉元を殴打せんと襲い掛かる!

「なんでお前はそう……!」

 常人なら反応すら不可能な高速の蹴りを、ゾロは驚くべき反応速度で防御しようと、一本しかない刀を掲げ、受け止めようとする。
 そう、全ては一瞬の事だった。

「お、おいお前らウソップが……!」

 ……遠くから走りよってくるウソップに気付いたシンが、止める暇も無いくらいに。

 どごんっ!

「ぐげぼっ!?」
「う、ウソップー!?」
「い、生きてたよ……」
「い、いや……死んだぜこりゃあ」

 芸術的なまでのタイミングで。
 仲間に無事を知らせようと走りよってきたウソップは、サンジの蹴りとゾロの刀の間に挟まれて、意識を涅槃の彼方に飛ばす事と相成ったのだった。

 ココヤシ村の外れに、蜜柑畑がある。青々としたその葉に包まれて一軒の家がある。
 この家の存在を知らないものは、近隣住民には一人もいない。同時に、その家に近づくものも、誰独りいはしない。その家に暮らす住民以外は、ろくに近づきもしない場所だ。
 魚人海賊団の魔女、ナミと、その義姉ノジコの暮らす家だった。
 『親を殺されても金に走った女』であるナミを近隣の住民が嫌いぬいている『という事になっている』以上、好き好んで近づくはずは無い。魚人たちも、この家に近づく事は無い……たった一人を除いては。

 ――やれやれまいったねー。

 後頭部で己の存在を自己主張するたんこぶをさすりながら、その唯一の存在。ドニールは深くため息をついた。
 後頭部のそれは、ブロームを制御しそこなったミスによって、クロオビから頂いたものだ。いつもならば反感のひとつも覚えるところだが、今回ばかりはそうはいかなかった。

 なんせクロオビ、件の騒ぎの折にハチと一緒にとんでもない目にあっているのである。
 ……ブロームに踏み潰されて、海底で押し花やる羽目になったのだ。怒りもするし、罪悪感も沸くというものだ。ハチのほうは、まあしょうがないと許してくれたが、クロオビはそうはいかなかった。
 ブロームから特に嫌われていた為に、踏まれた上にぐりぐりと踏みにじられたのだそうな。

「痛つつつ……」

 まあ、百枚瓦正拳ですんだだけでもよしとしよう。
 今のドニールには、それよりもずっと気にかかる事があったのだ。

「モームを苛めた奴、ねえ」

 ブローム専属の飼育員なんぞやっているだけに、ドニールはかの海獣との間で、高度な意思疎通が可能だ。暴れた本人に聞き出したところによれば、ブロームがあっさり暴走したのは、友達であるモームがボロボロにされて帰ってきたからだという。
 んでもって、ブロームがモームから聞き出し、ドニールに伝えた犯人の人相は、

「麦わらの男に、黒い服のコック……紅い服の、槍使い」

 ドニールが気にしているのは、最後の男……自分が、あの浜辺で話をしたシンの事だった。

「戦り辛いなあ……一旦和んじまったからなあ」

 ……こいつにとっては、一方的なおしゃべりですら『和んだ』事になるらしい。
 ともかく、シンの姿をブロームが目にしようものなら、場所が何処だろうと即暴走開始だろう。ブロームが陸上で暴れたらどうなるか……考えれば考えるほど寒気が止まらない。
無意味な崩壊を阻止するために、ドニールが指揮を出して戦う事になるだろう。
 そうなると、ドニールからすれば和んだ相手を殺す事になるわけで。
 相手は、あのモームを倒すような奴だ。ブロームは完璧に見えて意外なほど弱点が多かったりするので、暴走するままに戦わせてたら返り討ちになる可能性も低くない。指揮しないという選択肢は存在しなかった。

「あー、あいつ逃げててくんないかな?」

 その方が楽なのだ。彼にとっては。相手がブロームの視界に入らなければいい事だし、少なくとも、和んだ相手を殺さずにすむのだから。

(と、それより今は蜜柑だな)

 気を取り直して、ドニールは視線を正面の家に戻す。そこの家の主に預けた、ブローム用の蜜柑を引き取るために。
 刹那、

 がしゃーんっ!!!!

 ガラスを突き破って、椅子が飛んできた。

「うおっ!?」

 間一髪で飛んできた椅子を交わしたものの、無様にしりもちをつくドニール。つくづく情けない魚人の鼓膜には、家の中から響く破砕音が未だに鳴り響いている。
 割れた窓から見えるのは……鬼気迫る形相のナミが、あたりの家具に八つ当たりしているその姿だった。

 たっぷり十秒ほど固まったドニールは、やおら立ち上がって、

「よ、よおく考えたら、ブロームにもたまにはお仕置きしたほうがいいよなあ。おやつ抜きとか適当だよなあ。それじゃあ、あの蜜柑はノジコに預けっぱなしでいいかなあ。あっはっはっはっはっはっ」

 わざとらしさ炸裂の台詞をしゃあしゃあと吐いて、後ろに向かって全速前進を開始した。
女のヒスが怖くて逃げてるんじゃないぞー、と自分自身に言い訳しながら。
 つくづく情けない奴である。

「と、言うわけなんだ」

 ウソップは、自分の身に起きた事……ナミが、ウソップを刺すフリをして自分の左手を刺し、殺したように見せかけてくれた事……に関する報告を、そう締めくくった。
 あの後。シン達は急いで二人……ウソップとルフィを起こして、説明を求めたのである。
 話を聞いたルフィは、にっかりと笑って、

「な!? 俺が言ったとおりだったろ!」
「自分の腕を、ねえ」

 確かに……ナミが、ヨサクやジョニーたちが去り際に言い捨てていったという『魔女』という表現に当てはまる人物だったとしても。
 とてもじゃあないが、自分がだました相手を、自分の手を刺してまで救いたいと思わないだろう。その点においては完全に、ルフィの主張が正しかったわけだ。

「俺は、あいつが魚人海賊団にいるのには、深い事情があると踏んでる!」
「ナミが魚人の仲間らしい話は、俺も聞いたよ」

 ドニールの、『帰ってきた』発言の事だった。あの言葉も、ウソップの説明や前後の情報を総合すれば、おのずと納得できようというものだ。

「けど、事情までは分からなかったな」
「なんなら教えてあげようか――?」

 ……背後から声がかかったのは、その時だった。

「?」

 声の発生源……シンのちょうど真後ろに一同の目線が集中する。そこには、シンにとってもウソップにとっても見覚えのある女性が一人、興味深そうな目でルフィ達をながめていた。
 シンとウソップ。戦闘能力と速度に大きく開きのある二人だったが、その女性が何者か連想するのはウソップのほうが早かった。

「ノジコ」
「あんた、海岸にいた……」
「誰だ?」

 いきなり現れた第三者の存在に、ルフィが警戒心まるで無しの態度で彼女を指差した。

「ナミの姉ちゃんだ」
「ナミさんのお姉さま!? 成る程お綺麗だ~!」
「俺は、アーロンパークを調べてる最中に一寸な……名前知んないけど。そうか、あんたナミの姉さんだったのか」
「あんたも、こいつらの知り合いだったんだね」

 瞳をはぁとにして興奮するラブコックを華麗にスルーして、シンは改めてノジコと向かい合った。

「言っとくけど、たとえ事情を知ったところでムダだよ?」
「無駄? どういう事だ?」
「簡単だよ。あんたらにアーロンの支配は崩せない、ナミの事情を話したげるから、早く帰って頂戴」

 警戒するゾロに向かって、ノジコは断言した。そんな彼女に対する、ルフィの反応は、

「俺は、別にいい」
『え!?』

 ウソップとシンの上げた声が唱和したのと同時に、ルフィはノジコの横をすり抜けて歩き始めていた。

「ちょ!? おい、ルフィ!」
「何処行くんだよお前!」
「 散 歩 」

 言い切った。
 コレにはノジコも拍子抜けしたのか、目をぱちくりさせて、

「何、あいつ?」
「気にすんな、ああいう奴だ。で? 崩せない理由ってのはなんだ?」
「……アーロンの実力もあるけど、分かりやすいたとえを出そうか」

 そして、その思いの理由を、一同を見渡して話し出した。

「あんたら、『鮮血のニードル』って殺し屋を知ってるかい?」
「『鮮血のニードル』? 知ってるか?」

 聞き覚えの無い名前だった。シンは思わず、仲間達の方を見た。こういう実力者の話なら、ルフィ以外の仲間達が詳しいと思ったのである。
 シンの説明を求めるような視線に、ウソップは目を丸くして、

「お、お前! 『鮮血のニードル』知らねえのか!?」
「有名な奴なのか?」
「知ってるも何も……」
「一匹狼の殺し屋だ」

 説明しようとしたウソップの言葉を阻害して、事実はゾロの口からもたらされた。

「暗殺成功率100%を誇る、東の海最強の殺し屋。高い成功率と能力故に姿を見たものすらなく、男なのか女なのかもわからねえ……その余りの厄介さと賞金すらかけられ、その額は個人としては破格の1500万ベリー」
「1500万……!?」

 余りの高額賞金に、シンも言葉を失ってしまう。
 今の時代、賞金首というのは大概が何らかの集団に属しており、賞金はその頭目や幹部にかけられるのが常だ。そもそも、世界政府がかける賞金とは政府に対する危険性を表した額であり、かけられる賞金の額は、所属する集団の危険性を加味されたものとなる。個人単位の犯罪者など危険性は低いと判断され、高くても1000万を超えることはないのだ。
 それを考えれば、1500万という額は破格中の破格と言って間違いは無いだろう。

「海に出てる奴は当然知ってる名だぞ……お前、一体何処の軍に入ってたんだよ」
「え? いや、まあ、あ、あはははははははは」

 まさか、『異世界の軍隊です』と返すわけにも行かず、シン空笑い。ノジコはそんなシンに呆れ交じりの視線を向けると、気を取り直してゾロに向き直った。視線の構成物は呆れから、関心へと切り替わっている。

「随分と詳しいね」
「まあ、昔少しな」
「……けど、そんなあんたらでも、『鮮血のニードル』が海軍に雇われる事があったなんて、知らないだろ?」
「は?」

 コレには、ゾロの動きも一瞬止まった。

「又聞きの又聞き、ドニールから聞いた話しだけどね。
 『鮮血のニードル』の余りの強さに、東の海の海軍は、利用価値を見出したんだってさ。
で、表じゃあ賞金かけてるくせに、裏じゃあその賞金と同額かそれ以上の金を払って、海賊殺しを依頼してたんだ」
「ドニール? あいつから!?」

 意外な単語に反応したのは、ウソップだった。シンは驚いて、

「ウソップ、あいつを知ってるのか?」
「ああ。ノジコの家に行った時に、たまたま居合わせたんだ……なんであの人畜無害のニシンがそれ知ってるんだ?」

 最強の暗殺者とうだつの上がらない最弱ニシン。この二人のつながりが見えず、ウソップは眉をひそめる。その疑問に対してノジコが提示したのは、単純きわまる驚愕の事実。

「ああ……そりゃあね、『鮮血のニードル』殺したのが、ドニールだからだよ」
「はあ!?」
「本人じゃなくて、ブロームがやったんだけどね。誰よりも近くで目撃してたそうだから……非公式だけどね。
 まあ、ドニールはうそつけるような奴じゃないし。名前が似てるから、なんとなく気になって調べたんだってさ」

 ノジコの説明をよそに、ゾロは近くにあった林の、木の幹に向かって歩き出す。そして、シンとすれ違いザマに、言葉を置いていった。

「それが事実なら、スピードでかく乱するって手段はとれねえな」

 ゾロの言うとおりだった。最強の暗殺者などといわれるくらいだから、技量はずば抜けていたのだろう。それを殺したあの大海獣を倒すのならば、別の手段をとるか、あるいは……ニードルを上回る技量で圧倒するかだ。
 ルフィ一味で、最も的確な男といえば……

「 上 等 だ よ 」

 にやり、と笑みを浮かべてシンは背の槍に触れる。
 自分しか『あれ』の相手が出来ないのなら、立派に勤めて見せようという気概が、その双眸に満ちていた。
 それを聞いたゾロは、シンに負けないくらい獰猛な笑みを浮かべて、木の幹に座り込み、

「Zzzzz」
「って、寝るのかよ!?」

 寝た。
 そりゃあもう、シンの突込みが鮮やかに決まるほどに。

「……こりゃ、あの子がてこずるわけだ」

 そんな二人のやり取りに、ノジコは呆れ交じりの笑みを浮かべた。

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