SRW-SEED_ビアンSEED氏_第30話b

Last-modified: 2013-12-26 (木) 21:06:36

宇宙と地上を問わず、ナチュラル・コーディネイターの難民は深刻な問題となっている。
 特にNJでエネルギー不足となり、ザフトのオペレーション・ウロボロスによってほぼ地球全土が戦場になった現在、国を焼かれ家を追われた人々が戦火に襲われていない残り僅かな場所を目指して放浪している。
 特に中立を謳って戦火を免れていたスカンジナビア王国や、国力に優れる大西洋連邦、また地熱発電によってエネルギー不足の問題を免れていたオーブなどに難民は集中し、治安の悪化や、難民への支援政策などの負担を強いている。
 オーブを軍事クーデターで掌握したDCにもこの問題は残されており、北アフリカ共同体や太平洋連邦との外交ルートこそ確立したものの、もともと食糧や資源のほとんどを輸入に頼る国家であるため、国民を食べさせるだけでも精一杯に近い。
 それでさえ、昨今は食糧事情の悪化などあり、難民に対する国民の感情の悪化もあって、連合との戦争以外にもDC上層部の頭を悩ませている。
 地上に比べ宇宙はマシと言える状況だが、このコロニーの様に廃棄されたコロニーや宇宙ステーションなどに住み着いて海賊行為やテロルに走る者達もいる。
 連合は、このコロニーに辿り着いた人々がそうなる事を嫌って戦力を派遣したのか? にしては生産が軌道に乗ったとはいえ貴重なMSや艦船を用いるとは到底思えない。
 脱走兵でも匿っているのか……?
 そんな疑問がアルベロの頭の中で渦巻く。
「我々の目的はこの宙域で行われている戦闘行為の調査だ。君らと連合の戦闘のようだったがな。結果としてはその機動兵器の存在を確認するにいたったが……」
 デュラクシールとヴァイクル。この二つの未知の兵器に対する警戒を、徐々に露にするアルベロ。警戒の意志を見せるアルベロにフェイルも顔に浮かべる緊張の色を濃いものに変える。
 クライ・ウルブズの戦力ならば、手負いのデュラクシールとヴァイクル、PTジンを撃破するのは少し難しいという程度かもしれない。
とはいえ無理に機体を回収するといった指令は来ていないし(司令部が機体の存在を知らなかったからだが)、アルベロやエペソら現場にもそういった判断をするつもりはないが……。
「フェイル」
「ん? ……分かった。アルベロ殿、コロニーの代表が話をしたいそうだ。そちらの代表に来て頂きたい」
 デュラクシールにヴァイクルから三十代頃らしい女性の声が響き、コロニーからの連絡の内容を告げた。
 アルベロは了解の旨を告げ、シン達にそのまま待機し周辺の警戒を命じてからタマハガネのエペソに通信を繋げた。
 アルベロとフェイルの会話は聞いていたはずだ。
「エペソ艦長、こちらからは誰を出す」
「ふむ。……余と貴公、それに一応護衛をつけておけばよかろう」
「艦長もか?」
「気になる事があってな」
 デュラクシール達に先導される形でコロニーの港湾施設にエペソを乗せたシャトルとアルベロのガームリオン・カスタムが入港し、コロニーに降り立ったエペソとアルベロは兵を連れ、フェイルに案内される形でコロニーの中へと足を進めた。
 外から見る限り大して破損はしていないようだったが、中の方は手入れが行き届き廃棄された状態からよくここまで直せたものだと感心する。
 内部は街並みやビルなどよりも緑溢れる光景が広がり、エペソ達の眼に映った。仰ぎみれば同じ大地が上にくるという円筒形のコロニーならではの光景と人工の光量に前を細めながら、エペソは周囲の梢やテントからこちらを伺う視線を感じ取っていた。
「招かれざる客、か」
「分かっていた事だ」
 作業用のプチ・モビやミストラルといった作業用のポッドも見え、あちこちに積み上げられた資材やコンテナの数の多さが、二人の注意をわずかに引いた。やはりこのコロニーには何かあると。
 やがて、二階建ての、元は病院か何かだったらしい清潔な白い建物に案内され、そこで院長室か何かだったらしい一室でこのコロニーの代表だという女性が待っていた。
 茶色の髪をアップにまとめた三十代頃の女性だ。切れ者の市長と言われればしっくりくる風貌をしており、口元のほくろと切れ長の紫の瞳が印象的だ。
 フェイルも同席しており女性の傍らに立った。兵達を室外に下がらせ、女性の勧めに従って革張りのソファに腰を下ろした。

「初めまして、私はマイオンヌ・レクマンティー。このコロニー『KCG』の代表のようなものをさせてもらっています。貴方方DCのお話はずいぶんと耳に入っております」
「ミス・レクマンティー、我々はこのコロニーで行われている行為そのものに干渉するつもりはない。それが我々や同盟国であるザフトにとって害を成さぬものであるならばな。単刀直入に聞こう。……連合がこのコロニーに執着する理由は何だ?」
 多分に高圧的なエペソの物言いだったが、レクマンティーは気分を害した様子はなく小さく息を吸ってから凛然と胸を張った。フェイルは口を閉ざし成り行きを見守るつもりのようだ。
「怖い方。地球圏の軍事政権による統一を目指す方は皆そのような目をなさるのかしら?」
「交渉をする為に来たのではないのでな。ザフトと連合の戦争も戦いの場を移しこの宇宙も鬨の声で騒がしくなるのも遠い日の事ではない。その時の為にもあまり余計な事をする余裕はないのだ」
「……私どもはただ戦火を逃れてこのコロニーに辿り着いただけ。静かに暮らす事をお許しくださらないのですか?」
「さて、それにしては貴公らの持つ戦力はいささか過剰であり、不可解。それが連合にいらぬ疑惑を抱かせたのであろう。……さて、このような話を御存じかな? かつて連合が廃棄した核兵器が行方をくらます事件が起きた。
 その核兵器は、とあるコロニーに集った者達が密かに回収し、ある目的の為に利用した。その目的が何か、貴公らなら分るのではないかな?」
「さあ? 私達にはなんとも」
「コロニーを惑星間航行の宇宙船に改造し、その動力として用いたのだ。当然核兵器の行方を追っていた連合の艦隊と一戦交えたが、協力していたジャンク屋や傭兵によって事なきを得て、今は地球圏を脱出したそうだ。
争いのやまぬ地球圏を見捨て、かつてジョージ・グレンが持ち帰った宇宙クジラの化石が見つかった木星を目指しているのだという。
連合がこのコロニーに拘るのは、あの機動兵器もあろうが、その事があったからではないかな? おそらくこのコロニーにある核兵器。その回収が彼らの真の狙いと、余は見ているが?」
 レクマンティーは曖昧な笑みを浮かべて、さあ? と小さく首を横に振る。演技であるなら大した役者と言うべき所作のさりげなさだ。どこにも演技臭さがない。
「では、少し話を変えるとしよう。我々DCは民間の者たちに危害を加える事、また無闇に罪なき民に害を加える者達を見逃す事を良しとせぬ。ひとえに、我らが私利私欲を持って地球圏の統一を目指しているわけではない事を分かりやすく示す為だ」
「ですが、末端の兵士に至るまでその思想が行き渡るわけでもないでしょう? 古今、国家の掲げる理想を我欲の為に振りかざす兵士や軍人が絶えた事はないのですから」
「であろうな。だが、少なくとも余らはビアン・ゾルダークの思想に異を唱える気も無く、意味を履き違えるつもりもない。
 故に、我らはこのコロニーの人々がこの星を捨てると言うのなら、それを阻む理由はない。だが、連合が貴公らが持っているかも知れぬ核兵器を手にするのも看過は出来ぬ」
「連合の手に入る前に貴方方に引き渡せと? 有りもしないモノをですか?」
「そうであるなら、事は簡単だがな。エペソ・ジュデッカ・ゴッツォの権限において、貴公らがこの星より離れるその時まで我らが守護の任に着く、と言ったなら?」
 エペソの隣のアルベロとフェイル、レクマンティーも同時に不可解な表情を浮かべた。アルベロはエペソの独断とも言える言葉に、後者はそれを口実にこのコロニーを制圧する気なのではないかと疑った為に。
「それも、私どもが地球からの離脱を考えているならという前提のお話です。それに、私共は軍というものを信じる事は……」
「それも良い。いずれにせよ、余の判断である程度の行動は許されている。それに巧妙に隠蔽してあったがロケットノズルの一部をこちらの艦で確認した。この星を捨てるのも、もう間もなくなのであろう?
 こちらから貴公らに手出しはせぬ用厳命されているし、もし貴公らの仲間の中でこの星に残ることを希望する者がいるのなら、余の権限でDCに引き取っても構わぬ。それ位の度量はある組織なのでな。貴公らの賢明な判断を望むぞ」
 エペソの発言は最初からこのコロニーが改造されている事を看破したうえで話を進めていたという事か。
 レクマンティーとフェイルが一瞬視線を交わしあった。その間にいくつもの意思が交差し、エペソの言葉に対する評価を交わしあったのだろう。微笑を取り払い、レクマンティーがおもむろに口を開いた。
「少しお時間をいただけますか?」
「……そうだな。色よい返事を期待しておく」
 

 レクマンティーと別れ、港湾施設のシャトルに戻る道筋で、エペソは鎮座する無人のヴァイクルを見上げた。
「やはり、ゼ=バルマリイの兵器ヴァイクルに相違ない。本星の物かそれとも派遣艦隊のものか? 余の他に帝国の者が来ているかもしれぬという事か」
 ヴァイクルは無人での使用も多いが、戦闘指揮官クラスの使用の例もある。
 帝国内において高位の士帥の地位にあったエペソほどではないにせよ、それなりの地位のものがこのコロニーに居るのかもしれない。
「シンの飛鳥に積んだカルケリア・パルス・ティルゲム(念動力増幅装置)と反応するかも知れぬ。我らのいる間にもう一度戦闘でも起きれば確認できるかも知れぬが……」
 シンの飛鳥にはカルケリア・パルス・ティルゲムほか、MFゴッドガンダムのデータからデッドコピーした、搭乗者の生命エネルギーの一種である“気”を機体の武装として運用する為の増幅・転換装置エネルギーマルチプライヤーなどの新機軸の装備が試験的に搭載されている。
 パイロットであるシンは知らぬ事ではあるが、こういった謎めいた代物はパイロットには内緒にしておくのが決まりであるという、ビアンの意向の為だ。
 ヴァイクルから目を離し、我ながら物騒な事を口にするものだと、苦笑してシャトルに乗り込んだエペソだが、まさか本当にその通りになるとは思いもしなかっただろう。

「艦長、レーダーに反応あり! 大型の熱源が接近してきます。反応から戦艦クラス、数は六」
「先ほど撤退した部隊か? にしては早過ぎる。近くの友軍を搔き集めたのか。まあ良い。コロニー側に警告を出せ。総員第一種戦闘配置、MS隊は火急迎撃に移れ、タマハガネ全火器管制を解除。コロニーに被害を出すような真似は避けるように」
 報告を受けたシン達も、周囲に浮かぶデブリを避けつつ連合の戦艦から発進するMSの迎撃に向かっていた。
「暗礁宙域ってだけにデブリが多いな。こう障害物が多いとシシオウブレードが振りにくいったらありゃしない」
 愚痴をこぼしつつ、はるか遠方に望む連合製MS達――いい加減見慣れてきたストライクダガーの中に、二機だけ見慣れない機体があった。
「Gタイプと、あれはガーリオン!? かなり改造されているみたいだけど、ユーリア二佐のガーリオン以外にあったのか?」
 シンが発見したのはユーラシア連邦が開発したオリジナルMSハイペリオンと、かなりのカスタマイズが加えられたガーリオン・カスタム無明であった。
 ハイペリオンは機体背部に背負ったオルファントリーという強力なビームキャノンや、エネルギーの消耗を抑える為にパワーセルを採用したビームマシンガンなどの武装を持つ。
 他にも機体各所に搭載された機動兵器サイズの光波防御帯アルミューレ・リュミエールを特徴とする高性能機だ。
 現在は試作機が三機造られたに留まるが、戦果次第では今後ユーラシア連邦の主力機として名を馳せる可能性を持っている。
 そして無明は、新西暦世界においてDC側、後には地球連邦でも使用された高性能機ガーリオンを、接近戦それも剣撃戦闘に特化する形で装甲やブースターを増設したもので、左脇に下げたシシオウブレードを主に用いた戦闘を行う。
 機体サイズこそパーソナルトルーパーやアーマードモジュールと大差ないが、パイロットの腕前次第では特機――スーパーロボットと真っ向から切り結ぶ事の出来る凄まじい機体でもあった。
 いうなれば新西暦世界における飛鳥であり、飛鳥はCE世界における無明と言い換える事も出来るだろう。同じコンセプトと思しい機体に、同じシシオウブレードらしい装備。シンの闘争心に火を着けるには十分だった。
「ステラ、スティング、あのガーリオンはおれが抑える。二人はあのGタイプを!」
「シン、一人で突っ走るな! 数じゃこっちのが少ないのは……」
「毎度の事だろう? それにあのコロニーのロボットも出てくれば、スティングたちならどうって事無いさ!」
「こら、待てシン!」
 スティングのガームリオン・カスタムを置き去りにして、シシオウブレードの柄に手を掛けた飛鳥は無明めがけてまっすぐに飛んだ。
「……ほう? ビアン総帥がいるから、ひょっとしたらとは思ったが、おれの無明と似たような機体がいるとはな。カナード、奴はおれがもらう。他の連中はお前の好きにしろ」
「傭兵がおれに指図するな! ふん、無能共の尻拭いをさせられるのは腹立たしいが、歯応えのありそうな連中がいたものだな」
 無明のコックピットで、黒髪と鬚、左眼に縦に走る傷が特徴の東洋系であろう壮年の男ムラタが、ハイペリオンのパイロットであり、ユーラシア連邦特務部隊Xに所属する若き兵士カナード・パルスに釘を刺した。
 

 ちょうど無明のモニターでもこちらに向かって突撃してくる飛鳥の機影を捉えた所だった。
 ガーリオン・カスタムに乗っている事から分かるように、やはりこの男もまた新西暦において死亡した筈の死人である。
 新西暦世界でロレンツォ・ディ・モンテニャッコと共にシャトル打ち上げ基地を制圧し、ブルックリン・ラックフィールドの乗るグルンガスト弐式と死闘を演じた果てに、零距離からのブーストナックルを受けて死亡している。
 元々新西暦世界でも傭兵として生き、戦闘狂というよりも殺人剣の道を行く剣鬼と化していたムラタにとっては、この憎悪に満ちた戦争の続くCE世界はその剣の道を模索するに都合の良い世界でもあった。
 なぜ己が生きているのかを訝しむよりも、今一度剣を磨く事が出来る事実がムラタにとってはなにより重大であり、生きる目的そのものだ。
「近頃剣が錆つくような相手ばかりだったのでな。少しは楽しませてもらおう」
 大気のある地球であったなら、無明が手にしたシシオウブレードの冷たい鞘鳴りの音が静かに零れ落ちただろう。抜けば触れる風さえも切り裂く悪鬼羅刹の殺人剣。人血機油にまみれて禍々しく輝く刃。
 同じ獅子王の名を冠しながら、シンとムラタの持つ刃はまったくの別物だった。
 意気揚々と飛鳥に向かい柄に手を掛けるムラタを一瞥してから、カナードもまた自分の戦うべきを見定めるべく前方に展開するDCのMSを見渡した。
 カナード自身もクライ・ウルブズのパイロット達同様まだ16,7の少年だ。特に手入れはしていないが、光沢のある黒髪を長く伸ばし、MSなどに搭乗するときは布で纏めてからヘルメットを被っている。
 一見すると線の細い端正な顔立ちの少年だが、その実訓練されたコーディネイターを上回る身体能力に苛烈かつ敵に対して容赦の無い好戦的な性格をしている。元はコロニー・メンデルで行われていたとある研究の生み出した存在である。
 戦闘用コーディネイターではないが、コーディネイターとして高いレベルで能力を与えられ(彼を生んだ者たちは満足しなかったが)、後天的努力により極めて高い戦闘能力を有している。
 その能力に目をつけたユーラシア連邦に捕縛され、今はプラントとの戦争の後に来るであろう大西洋連邦との戦いに備える為に創設された特務部隊Xに所属している。
 最もXの現在の任務は“スーパーコーディネイター”キラ・ヤマトの身柄の確保と、司令であるガルシアの独断で、ザフトの開発した核動力MSの持つNJCの確保だ。
 なおスーパーコーディネイターの定義は、人工子宮を用いる事で母体という不安定な要素を排除して、遺伝子操作が完全に行われたコーディネイターとする者と、コーディネイターとして最高の能力を与えられた者という異なる説がある。
 キラ本人を見る限り、素の身体能力ではカガリにも負ける腕力やモヤシな体力を考慮すれば、前者がスーパーコーディネイターなのだろう、多分。
 カナードはそのスーパーコーディネイターの失敗作として烙印を押された存在なのだ。
 それが今こうして辺鄙な所にあるコロニーを襲撃しているのは、ガルシアがコロニー側の持つ未知の機動兵器に興味を示し、より高い地位に着く為の材料とならないかと欲を出したためだ。
 ガルシア司令はもともと艦長職にあり、要塞の指令を務めている現状に満足しておらず、現場への復帰を強く望んでいる。その為には手段を選ばない冷徹な人物だ。多少人格と能力に穴があるけれども。
 そして先程敗走したばかりの艦隊に加えガルシアの権限で動かしたアルテミス要塞の艦隊と、Xの母艦オルテギュア、そしてハイペリオンとカナードの出番となったのである。
「まあいい。おれとハイペリオンに敵などいない。貴様らすべておれとハイペリオンの前に敗れるがいい!」
 カナードの繊細そうで端正な顔つきに合わぬ剥き出しの闘争本能に突き動かされるように、ハイペリオンもまた、ステラとスティングに向かい襲いかかった。
「ステラ、来るぞ!」
「ん!」
 ハイペリオンの構えたサブマシンガンが、パワーセルを排莢しながら点ではなく面で制するエネルギーの弾丸をばら撒く。粗雑な狙いに見えてその実正確な狙いの付けられた射撃だ。
 機体を捻りデブリとの衝突を避けながらスティングのガームリオン・カスタムのオクスタンライフルの銃口から反撃の光の槍が次々と放たれる。
 両機の間を結ぶ光が乱舞し、アーマリオンの高い推力を活かして、ステラはスティングに援護されて一気にハイペリオンの懐まで飛び込んだ。
 させじとカナードはビームサブマシンガンの狙いをアーマリオンにつけるが、展開されたEフィールドに弾丸の尽くが弾かれ、小さく舌打ちを零す。
 

 加えてアーマリオンの腕部から放たれるスプリットビームとオクスタンライフルのEモードの連射に、常に危機感を刺激させられる。
「ふん、雑魚ではないようだな!」
「うええい!」
 スプリットビームの出力を調整しロシュセイバーに変えて、アーマリオンがハイペリオンに斬りかかる。並大抵のパイロットでは反応できずに両断される踏み込みの速さと、思い切りの良さだ。
 だがカナードとて超一級のパイロット。ハイペリオンの上半身をスウェーさせるようにのけぞらせて回避し、銃身に仕込んであるビームナイフで切り返し、ステラはこれをビームコーティングを施した機体の装甲に任せてそのまま受け、両肩のスクウェア・クラスターを射出する。
「!」
 既存のMSにはない独自に武装に、一瞬カナードの反応が遅れ、目の前に広がる無数のチタン刃の雨がハイペリオンに襲い掛かった。PS装甲でもTP装甲でもない、通常にMSで使われている装甲だ。スクウェア・クラスターの直撃を受ければボロ屑に変わる。
「なに? これ!」
 ステラの目の前で無数のチタン刃が薄緑に輝く光の三角形に防がれていた。それは何も持っていなかった筈のハイペリオンの左手の四角垂のようなパーツから展開されていた。
「Eフィールドのシールドか?」
 スティングも初めて見るハイペリオンの装備に多少驚きながらも、左手の身に展開しているならば通常のシールドとカバーできる範囲は変わりはしないと判断した。
「ステラ挟みこむぞ!」
「うん」
 近距離まで迫っていた状態から後方に反転し、ステラもスティングの意図を理解してハイペリオンの前方に位置したまま注意を引くべくスプリットビームを撃ち続け、ハイペリオンの持つモノフェイズ光波シールドがどれほどの効果を持つのかを試す。
「挟み撃ちか! 小賢しい手でこのハイペリオンのアルミューレ・リュミエールを破れると思うな!」
「なに!? 全方位に展開できるのか」
 アーマリオンのスプリットビームとガームリオン・カスタムのオクスタンライフルWモードの同時攻撃を受けたハイペリオンの周囲を、機体各所からワイヤーの先に取り付けられた三角形のパーツから発生した多角形のアルミューレ・リュミエールが覆っている。
 その光の壁がスティングとステラの連系攻撃を防ぎきっていた。
「はははは! 貴様らなどにこの光の盾を破れるか!」
 ハイペリオンのコックピットでアルミューレ・リュミエールの展開可能時間のカウントが始まる。エネルギー消費の問題からアルミューレ・リュミエールの全面展開は最大五分間のみ。
 それを常に意識にとどめながら、カナードはその光の盾に囲まれたままオルファントリーとBSMを連続して放つ。共にパワーセル式ゆえに本体の電力は消耗しない。
「こいつ、中からは自由に撃てるのか!」
「消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろぉぉおお!!」
 狂気さえ垣間見える凶相を浮かべ、消えろと連呼し続けるカナード。厄介なのは激昂したかの様な精神状態でさえその照準にいささかの支障をきたさず、むしろその精度が増している事だろう。
「ちい、こいつ!?」
「!」
 飛来する無数の光の雨の如き弾幕を交わしながら、スティングとステラも果敢に反撃に映るが、アルミューレ・リュミエールは一つの例外も許さずに全ての攻撃を遮断してしまう。
「だが、あんな強力な装備を長時間展開できる筈がない。ステラ、持久戦で行くぞ。無茶な事はするなよ!」
「分かった。突撃したりしない」
「本当かよ?」
 やや不安なスティングだった。
 一方でカナードも、ステラとスティングの猛攻を防ぎながら、ある一つの事に気付いていた。アルミューレ・リュミエールで防ぐ事は出来てはいるが、今相手にしている機体の装備の出力が桁違いに高いのだ。
 対ビームコーティングを施したシールドでも真っ向から受ければ融解してもおかしくはないほどだ。そんな強力な装備をMSに搭載されたバッテリーでああもエネルギー系の兵装を連射し、出力を維持できるだろうか。
「まさか、貴様らの機体……核動力機か? DCの機体の高性能を支える理由とかいう噂はあったが、もし本当だとするなら面白い。核の無限エネルギーを手にすれば、ハイペリオンは無敵だ! はははははは!!」
 無限稼働など出来るわけもないが、実際アーマリオンとガームリオン・カスタムの核融合ジェネレーターを転用出来ればアルミューレ・リュミエールの展開可能時間は大幅に増すだろう。
「貴様らの機体が核動力で動いているというのなら、おれとハイペリオンの力にしてやる! キラ・ヤマトを倒し、おれが失敗作などではない事を証明するためになあ!」

 カナードの凶悪な叫びがハイペリオンのコックピットの木霊する一方で、対峙したシンの飛鳥とムラタの無明は静寂の只中にあった。
 無論元々宇宙は静寂の世界であるが、この二人の場合、言いしれぬ緊張――いや言葉にできぬ何かが張り詰めていた。
 よもや人型の機動兵器がモノをいう時代で、旧時代的な“死合い”の様相を呈するとは。
 シンは無言。ムラタもまた固く結んだ口元は不動。
 この二人と二機の周囲では時の流れも緩慢になっていたかもしれない。両者から滾る戦闘の気に当てられ、恐怖するが為に。
 無明は腰を落とし、左親指でわずかに獅子王の太刀の鯉口を切る。
 飛鳥は冷たく輝く獅子王の刃を抜き放ち、構えは右蜻蛉。
 無音の世界で、暗黒の背景にスラスターの光が瞬いた。無明と飛鳥の両肩の増設ブースターが展開し、推力を最大限にする。
 踏み込みではない。だが、それは至高の一刀、最高の一振りの為の“一歩”。
「きえええええい!!」
「おおおお!!」
 シンとムラタの喉の奥から、そのまま肺が裂けそうなほどの気迫が炸裂する。びりびりとヘルメットの強化ガラスが震える。
 虚空に閃いたは銀に輝く二筋の弧月。弧月が切り裂いたは鋼の人体。互いの脇を駆け抜け、無明と飛鳥が動きを止める。
 鞘から獅子王の刃を抜き放ち、右斜め上に切っ先を掲げた無明。
 右蜻蛉から獅子王の太刀を縦一文字に振り抜き、切っ先を下げた飛鳥。
 何事も無かったとでも言うように両機は動きを止める。見る者がいたならば呼吸さえも忘れる刹那の死闘。
 戦いであるならば、勝者と敗者が生まれる。勝者とは飛鳥か無明か?
 やがて、よく似た姿形の両機の片方のシルエットが徐々に崩れ、鏡の如く研ぎすさまれた様な断面を晒し……。