SRW-SEED_ビアンSEED氏_第30話c

Last-modified: 2013-12-26 (木) 21:08:43

 ビアンSEED第31話 真の大地より 後編 

 音は無く、流れた光と切り裂いた鋼の刃だけが勝者と敗者を知っていた。
 流れる水を断つ様に、何の抵抗も無かったかの如く獅子王の太刀は飛鳥の胴から入り、左肘を切り裂いて抜けた。
 機体の差か、操者の技量の差か、わずかに無明の銀刃が飛鳥を切り裂きその分飛鳥の振るう獅子王の刃は浅く無明の顔と胴に縦一文字の斬痕を刻むに終わった。
 奇しくも、ムラタと同じ左目に当たる部分を斬って。
「がっ、く、くそ!?」
「まだ粗雑な所もあるが、良い剣だ。師に恵まれたと見える」
 シシオウブレードをしっかと握っているため、肘から斬り落とされても飛鳥の左腕はまだシシオウブレードの柄を握っていた。
 紫電の火花を散らしながら、背後を振り返り、刀身にこびりついた機油を払う無明を飛鳥のカメラアイとシンの赤い瞳が睨んだ。
 振りきった太刀を右下段に構え直し、無明は静止。寸分の隙も逃さぬ必殺の刃を虎視眈々と構えている。
 自分の力量の上を行く相手と理解したシンには、そう感じ取れた。
「……まっすぐな振りだ。ロウや蘊奥を思い出させる奴だな」
 かつてシシオウブレードを手に入れる為に師と仰いだムラタに、あくまで活人剣を問い聞かせたリシュウ・トウゴウ。
 良くも悪くも純粋で、己れの信念を貫き、眩いまでに曇りなき素直な太刀を振っていたジャンク屋ロウ・ギュール。
 ロウに自らの技を伝授し、彼の中に自分が伝えられた技を残し、死してなお後世の者たちの中で活きる道を見つけた蘊奥。
 ただ殺人刀の道の中にこそ剣の道の光明を求めるムラタと相容れず、故に互いの輝きと暗さが濃くはっきりと理解できたあちらとこちらの剣客達。
 新西暦の世界でははっきりと活人剣に決別を呈していたムラタも、死した後にCEの世界で出会った剣士たちとその生き方、信念に感ずる所があり、前の世界で情動に流されてなおムラタを打ち破ったヒュッケバインMk-Ⅱのパイロットの事も思い出していた。
 技量では自らが圧倒的に上。相手の機体は特機であるグルンガスト弐式。それでもムラタの刃は弐式の右腕を斬り落とし、次の太刀で決着は着く筈だった。だが、実際はどうか? 
 計都瞬獄剣を取り落とし、反撃の術はないかと思われた弐式はあろうことかその歯でシシオウブレードを噛み止めて砕き、零距離からのブーストナックルで無明を撃破して見せた。
 火事場の馬鹿力というならまさしくそうだろう。ではなぜそんなものを発揮したのか?
 ヒュッケバインMk-Ⅱに乗っていた時も弐式に乗っていた時も相手のパイロットが情動に流されていたのは手に取るように分かった。
 感情に流されず揺らがぬ刃の方が敵とするなら手強かっただろう。だが、それでもムラタは敗れた。
 自分の為では無く他人の為に振われた力と、その意志にだ。
 ただ斬る。何の為に、何を成す為にではなく、信義も無く正義も無く剣の道を極めんが為人らしい生活の一切を捨てた筈の自分が、人間らしい感情に流されていた相手に負けたのだ。
 剣の道とは、強さとは、何かを捨ててえるのではなく、迷いもしがらみも未練も、世俗の何もかもを抱えたままでなければ得られぬものなのか?
 彼らの存在はムラタの中に新たな迷いを芽吹かせ、同時に模索すべき道を今一度振り返るべきではないかという考えを与えていた。
 斬らずに剣の道を見出す事叶わず。されとてもただ斬るのみが剣の道に非ず。人を斬り、命を奪い血を啜るが求める道か。斬ってなお人を活かすが求めるべき道か。あるいは、その両方を極めてこそ真に剣の道は極るものなのか……。
 ムラタの中の迷いが、シンの振う太刀を眩しく映していた。
 ムラタの両眼が飛鳥の右肩に書かれた『飛鳥』の二文字を読み取り、機体の名前を覚える。
「……もう少し付き合ってもらうぞ、飛鳥のパイロット!」
「来るのか!?」
 水面の上も歩けそうなほどに軽快な足さばき――というのも宇宙ではおかしな話ではあるが、無明は流れる川の様に淀みなく、飛鳥の懐にまで迫っていた。
 ――速い!? というより上手い! 要するに強い!!
 驚愕がシンの思考を半分埋め尽くし、迎撃の意思が残りの半分を埋めた。
 シンの闘志が不屈である事を表すかの様に、いまだにシシオウブレードの柄を握る飛鳥の左手ごと、シンが直感を頼りに新たな一刀を振りかぶった。
 途端、機体越しにもコックピットに伝わる衝撃。
 下手に目に頼らず、実戦と訓練、カルケリア・パルス・ティルゲムで増幅されイザヨイに鍛えられた“念”の力が、シンの命を救った。
 片手で振った刃は飛鳥の首へ吸い込まれるように伸びた無明のシシオウブレードを弾き、一瞬だけ火花を散らして、機体ごと後方に弾かれた。

 細かく短いスラスター制御で機体のバランスを保ち、迫る無明の左胴へ横一文字の斬撃を放つ。
 それを、無明の左手が逆手に抜き放ったアーマーシュナイダーを鍛え直したらしい小太刀が受けていた。
「悪くはないがな!」
「くっ、並のコーディネイター所じゃないぞ!」
 飛鳥の一撃を受けたことで一瞬だけ動きを止めた無明だが、即座に右腕を引き絞り、刺突の構えに変え、シシオウブレードの切っ先は飛鳥の首へ向けられる。
 受けるか――こちらの刃は既に抜き放った後。間に合わない。
 ならば避けるか?――否。それを許すほど生ぬるい相手ならば初太刀で斬り捨てている。
 イザヨイと生身で対峙した時の感覚に似ている。自分の勝利の可能性が限りなく小さいと分る諦めに似た感覚。
「だからって、負けられるもんか!」
「ぬっ!?」
 シンの思考の中で何かが弾けたような感覚が巻き起こる。風に乗って大地に舞い落ちた種子が、ようやく芽吹いたようなそんな感覚。
 思考の全てがクリアになる。自分に迫る切っ先にどう対処すべきか。
 五感の全てが鋭敏になり、直感が研ぎ澄まされた刃にも似て全方位の情報を脳に送りこむ。宇宙という無限にも等しい空間の只中で、シンの感覚は純度を高めていた。
 スロットルレバーを押しこみ、飛鳥の全スラスター出力を最大値に引き上げ、ペダルを踏み込むのとほぼ同時に機体全面にマニュアルで展開面を調整したブレイクフィールドを形成する。
 いわば零距離ソニックブレイカーと言った所か。
 コンマ何秒ところではない、無明の刃が放たれる何十、何百分の一秒の世界ですべてやってのけた。飛鳥と無明のわずか数メートルの空隙に展開されたブレイクフィールドが、片手突きの構えにあった無明をほとんど零距離から弾き、飛鳥と無明の距離が一気に開く。
「ちい、零距離とは相性が悪いのかも知れんな」
 死因が零距離からの一撃だった事への皮肉を自分で言い、ムラタは揺れるコックピットの中で飛鳥を見据えた。
 機械では感じ取れない生身の迫力が、飛鳥の機体から陽炎の様に立ち昇って見える。
 なにかスイッチでも入ったのか、先程までとはまた違った雰囲気を滲ませる飛鳥に、ムラタの口元が楽しげに吊り上がった。
 子供が見たら引き付けを起こしそうな、熊の様な獣じみた笑みだった。
 その癖、不思議な純粋さが覗いている。剣士としての性か、強いものを前に沸き立つ歓喜と興奮を抑えられようか。
「面白い。殺人刀、活人剣と悩み迷う以前に、やはり強者との“死合い”は心躍るわ!」
 思えば、それが剣を手に取った始まりだったろうか。幼い日に振った竹刀の重さ。少しずつ、しかし確かに自分が強くなる実感は、喜びと同義だった。
 それが人を斬り、機体の油に塗れて道を模索するようになったのは何時からか。
 ムラタは、かつての純粋な剣を振るう喜びに似たものを抱いていた。人を斬る事による自らの力の証明では無く、技量を競い合い高め合える事への喜びを。

 無明が改めてシシオウブレードを大上段に構え直した。振り下ろされれば仮にPS装甲でさえも切り裂けるのではないかと戦慄が走るほどの剛にして鋭く速き一刀。
 シンは鮮明に周囲の状況を把握できる今の自分に、多少驚いてはいたが、全神経はやはり眼前の無明への集中を要求し、意識は自然とそちらに向けられる。
 かつて、オノゴロ島での防衛戦でも同じ感覚になった。ステラが撃墜されたと誤認してしまった時だ。あれは、紛れもなく純粋な怒りの果てにこの感覚になった。
 なら、今は何だろう? 負けられないという気持ち。相手の技量への賞賛。劣る自分の不甲斐無さへの怒り。生への渇望。死への恐怖。
 ありとあらゆる感情が混然となっている気がする。今は、怒りだけではない様々な感情がある。
 考えるよりも早く体が何をすべきか知っている――思考と肉体の動作はタイム・ラグ無く動いていた。
 シシオウブレードを右手のみで握り直し、切っ先を前方下段に下げた。無明との間にシシオウブレードを挟む構えだ。
 喉がひりつくように乾いている気がする。心臓の動悸が耳に痛い。呼吸は静かだ。まるで何も動いていないような錯覚にとらわれる程にシンの精神が研ぎ澄まされる。
 そのシンの状態を確認し、飛鳥に搭載されたシステムがわずかに動いた。
『シン・アスカノ念動力レベル3カラ4ヘ移行。カルケリア・パルス・ティルゲム第一リミッター“カイーナ”解除』
 ブウゥンと低く唸るような駆動音が飛鳥の内部で響き、緑色のカメラアイの光が、一瞬だけシンの瞳と同じ赤い色に変わる。
「行くぞ!!」
 シンの咆哮が届いたわけもないのに、ムラタは確かにその声に応えた。
「来い!!」

 ほんの数分前に交えた太刀を上回る気迫、苛烈さ、鋭さを纏い二振りの獅子王の太刀は今一度宇宙に交差する剣の軌跡を描いて閃いた。
 飛鳥のシシオウブレードは、互いにフルブーストによって迫る無明の機体の胴下部へと向かい掬いあげるように跳ね上がった。
 そのまま行けば下腹から喉までを斬り裂く弧を描く。
 これを受けるかかわすか。下方から神速で跳ね上がったシシオウブレードをモニターで捉え、ムラタは思考よりも早く肉体が動くのを感じ、すべてをそれに委ねた。
 ここまで自分のわがままに付いて来た肉体だ。ただ信ずるのみ。
「ぬおおおお!!」
 飛鳥のシシオウブレードが無明の赤銅色の装甲へ薄紙を斬り裂く名刀の切れ味で入り込んだ。
 そのまま停滞する事無く機体内部構造を二つに斬り、鮮やかなまでの断面を残して刃が遂に抜ける。
 蒼と紫と緋色の火花と電気の燐粉を零して切り裂かれた無明のパーツが暗黒に舞った。シンの飛鳥同様に斬り落とされたその左腕が。
「かわされ……!?」
「甘いわ! チェストオオ!!」
 無明は片手一刀。されどその気迫の凄まじさは斬り飛ばされたはずの左腕がそこにあるかと錯覚するほどに凄まじく、シンの視界を埋めた。
 胸に湧いたのは、ここで終わるのかという死への恐怖と、不思議な事にムラタの技量への感嘆の思いだった。
 飛鳥の装甲表面を銀の軌跡が横断した。
「!!」
「……ふっ」
 今度こそは、と覚悟を決めたシンの予想に反し、無明のシシオウブレードは飛鳥の右腕を付け根から斬り飛ばすにとどまっていた。
「何を!? 情けをかけるつもりか!」
「戯けた事をぬかすな小僧が。情けを侮辱と感じるなど、いっぱしの剣士を気取り追って。思いの他強かった貴様の気迫と一刀に打ち込みを流されたのよ」
 情けを掛けられたのかと瞬時にそれまでの凪の様だった精神が、湯沸かし機に変わったシンが激昂してオープンチャンネルでムラタに怒鳴りこんだ。
 ムラタは飛鳥のパイロットの幼い顔立ちと負けん気の強そうな声に、いささか驚きながらも、こんな戦乱の時代なら珍しくはないかと気を取り直す。
 元々ムラタのいた新西暦の世界とて14,5の少年少女を戦場に駆り立てる部隊はいたし、機動兵器のパイロットとして養成する機関もあったのだ。戦争をする様な世界はどこもやる事はそう変わらぬという事の表れだろう。
「それに、貴様より楽しめそうな相手が来たのでな」
「え?」
 唇に着いた血でも舐め取るような仕草で唇を舌で濡らし、無明は右手に握ったシシオウブレードを、いつのまにか接近し二人の戦いを見守っていたPTジンに向けた。
 コロニーKCG所属のあの腕の立つPTジンだ。
 PTジンは手に握っていた重斬刀を自然体で構え、だらりと下げている。
 戦場の空気を肌で感じる戦士としての本能が、シンにこのジンのパイロットが並ではない事を告げていた。
 機体越しにも感じ取れる雰囲気はむしろ穏やかで、他者を傷つける事など知らぬように思える。
 だが、その奥深い所に鋭い刃を隠し持っているのだと、頭の中で自分と同じ声が警鐘を鳴らしていた。
「ふふん。この小僧もなかなかの使い手だったが、貴様は更にその上を行くだろうな?」
「いやいや、貴方が剣を引いてくださるなら、私も剣を引きますよ?」
 ムラタの声にこたえたのは、丁寧な物言いの穏やかそうな男の声だった。若くはないが、そう年を取っているようでもなさそうだ。
 温厚な性格が聞き取れる声だったが、ムラタの感じ取った気配はそれだけではない。
 ゼンガー・ゾンボルトやリシュウ・トウゴウに負けず劣らぬ凄腕の剣士。
「おれが引けば貴様も引くと言うのなら、尚更引くわけには行かぬわ。藪蛇だったな」
「その様でしたね。しかし、貴方の機体は片腕です。それでは本来の力を発揮できないのではないですか?」
「要らぬ世話よ。貴様のそのジンとこの無明の性能の差を考えればまだ足りぬわ。どうあっても死合ってもらうぞ。だが、その前に尚を聞いておくか、おれはムラタ。人機斬をもって剣の道の光明を求る外道よ」
「言葉ほどには道を外れておられぬように見受けましたが……。とはいえ、名乗っていただいた以上、こちらも返さねば礼儀に外れてしまいますからね。ゼオルート=ザン=ゼノサキス。以後お見知り置きを」
「ゼオルート=ザン=ゼノサキス。その名前、冥府の底まで覚え置くぞ。……では、いざ!」
 ムラタの無明が片手に握り直したシシオウブレードを右後方に置く。左半身を前面に出し、右手に握った刀身を機体で隠している。
 ゼオルートと名乗った男の駆るPTジンは、重斬刀の柄に左手を添えていた。柄尻を鋼の五指が包む。

 シンは呼吸も怒りも忘れて、目の前の剣豪達の対峙に見入っていた。この少年も既に剣士としての性と戦士としての血を持ちつつあった。
 無明の両肩のスラスターが火を噴いた。PTジンはほんの一瞬だけバックパックのスラスターを動かした。
ムラタは、片腕になったことで変わった機体の重量バランスをOSが立て直すのを待たず、生身の感覚に任せて無明を奔らせる。
 火花が散る。散る。散る。散る。
 両機の中間の暗黒に鮮やかな火花が咲き誇り、一瞬の輝きだけを残して無数に生まれて消えてゆく。
PTジンの胴、首、四肢の付け根に向かい流星の様に放たれる斬撃を重さで斬る重斬刀はあらかじめ太刀筋を予測していたかの如く受け、返す刃も等しく無明の五体にたった一つの刃とは思えぬほどに多種多様の斬撃へと変わり襲いかかっていた。
 実体の無い風を捉える事が出来ないように、シシオウブレードはPTジンの機体を掠める事はなく、返礼として煌く重斬刀は全てを薙ぎ払う暴風の様に容赦なく、あるいは疾風の如く無明へと向かい振われた。
 機体の性能差は覆す事が不可能な程に無明に分がある。
 飛鳥との戦闘によって機体関節部などへの負荷、左腕の損失と悪条件は重なっているが、それでもやはりPTジンとでは埋めえぬ差があった。
 それをカバーしているのはゼオルートの技量であったが、それでもムラタの技量もまた達人・名人の域にある。
 互いに卓越した技量の持ち主故に機体性能をカタログスペック以上に引き出し、持てる技量のすべてで剣を振るう。
「ぬええいいいりゃあああ!」
「っ!」
 対峙する者全てを斬り捨てるとばかりに猛るムラタ。対してゼオルートは戦いを始める前と変わらぬ静謐な威圧感とでも言うべきものを纏ったままムラタの連撃と渡り合い続けていた。
「……」
 シンは、その戦いをただ見守るだけだった。自分の立ち入る余地の無い高次元の戦いだと、理解させられたのだ。
 ただ、悔しいと、心から思った。
 いつか、あの戦いの世界へと辿り着いてみせる。悔しさに歯を固く食い縛り、操縦桿を握りしめながら、シンは両腕を失った飛鳥の中で二人の戦いを見続けるしかなかった。
 
「ぬん!」
 シシオウブレードが遂にPTジンを捕らえ。左肩から胴体上部を裂いて内部構造が露出する。
「機体の性能の差が悔やまれるな。そのようなジンでなければ、貴様との死合いもより有意義なものであったろうに」
 本心らしいムラタの言葉に、ゼオルートはPTジンのコックピットで薄く笑みを浮かべた。
「貴方にとってはそうかもしれませんね。ですが私は私の仕事を終えたので、それほど気にしていませんよ」
「何?」
 ゼオルートの言葉が意味する所をムラタよりも早くシンが悟った。コロニーの片端で核爆発と思しき反応が起き、クライ・ウルブズとユーラシア連邦の部隊の目の前で、全長三十キロメートルを越す巨大質量が徐々に加速し始めたのだ。
 タマハガネの付近で、近づいてくるストライクダガーにミサイル・砲弾の雨を浴びせかけていたラーズアングリフ改とランドグリーズ改のコックピットの中で、ユウとカーラもその様子を見ていた。
 Fソリッドカノンのトリガーを引き絞る指を止め、思わずユウはそのある種壮大な発想のもとに行われた行動に目を見張っていた。
「コロニーそのものを宇宙船に改造したのか……。非常識な。いや、だが自給の出来る宇宙船を手っ取り早く作るためにはむしろ合理的か? いや、だが」
「うわ、すごいすごい! コロニーが動いたよ、ユウ。どんどん加速している。どこまで行くんだろうね? あそこに居る人達が安心して暮らせる世界が、この宇宙のどこかにあるといいけど」
「……そんな世界があっても、他の人間からは自分達の星から逃げた、と言われるかも知れんぞ?」
「そうかもね。でも地球を出て行ったていうのは確かだけどさ、いつかは親の所から子供は巣立つよ。多分、人間もその内地球っていうお母さんの所から巣立つんじゃないかな? あの人達はそれが他の人たちより早かっただけかも」
「……お前にしてはまともな意見だな」
「ひっどいユウ~。私の事どう思ってるの。あ、でもでも、それだけ私の事注目しているのかな~?」
(耐えろ、ユウキ・ジェグナン。ここでこいつを調子に乗せればペースを乱される。あの時もあの時もあの時も……ついうっかりと口を滑らせたためにこいつに言いくるめられてしまったではないか)
「! カーラ、二時方向に熱源! 撃ち落とせ!!」
「え!? あ、うん……って、あれ戦艦の残骸だよ! 聞いてるユウ、ユウってば!」
「狙いは外さん」
「あーー、無視してる! なに、嘘ついたの? ふーん、ユウはそういう趣味があるんだ。パートナーを放っておいて焦らすのが趣味なんだあ。へーふーんほー? みんなに言い振らそー」
「耐えろ耐えろ耐えろ。何も聞こえてない。聞こえていないのだ」
 とっくにペースを崩されてはいたが、それでもユウはFソリッドカノンや腰部に追加で装備した160mmビームキャノンの狙いは決して外さなかった。
 カーラもそんなパートナーの様子をはやしたてつつも、きっかりリニアミサイルランチャーでストライクダガーを牽制し
「行っけえ、ステルスブーメラン!」
 光学迷彩によって視覚による近くが困難になるステルスブーメランを投擲し、ストライクダガーを胴から両断した。パイロット歴はまだシンと並んで浅いながらも、天性のセンスとそれ以外の要因でもあるのか、カーラもすでにエースクラスの腕前を持っていた。
 前述した飛鳥に搭載されているカルケリア・パルス・ティルゲムに段階的にリミッターを設けたモノがDCのパイロットの内数名の機体に搭載されている。
 ユウとカーラのラーズアングリフ改とランドグリーズ改。それにタスクとレオナにも念動力と呼ばれる特異な素養が認められ、その増幅装置でもあるカルケリア・パルス・ティルゲムが装備され、各自の覚醒レベルに合わせてシステムが起動する仕組みになっている。
 これらの装備と機体の高性能、搭乗者の力量も相まりクライ・ウルブズの戦闘能力は目を見張るレベルで纏まっていた。
 コロニーが動き出す様子をタマハガネの艦橋で見ていたエペソが、レクマンティーの顔を思い浮かべてしてやられたといったように微苦笑していた。
「なるほどな。体のいい時間稼ぎに使われた形か。完成間近とは思っていたが、既に完成していた、か。……連合艦隊の動きはどうか?」
「あ、はい。MS隊、各艦艇撤退しつつあります。コロニーを追う様子はありません」
「こちらが与えた被害もあるにせよ、追う利は無しと見て取ったか。MS各機に、修理の必要な機体以外はそのまま第二種警戒態勢を取るよう通達。周囲の警戒を怠るな」

「というわけで、KCGは無事出発出来たので、私の役目はここまで、という事です」
「ふん。あくまでおれの足止めが狙いと言う事か」
「ええ。貴方と、あの光の盾を持った機体が一番手強い相手の様でしたので、余計な犠牲を防ぐために私が相手をさせていただきました」
 これではたしてムラタが剣を引くか、ゼオルートにも確信はなかったが、今は目的を果たせた事の達成感をわずかばかり噛み締めたい気分だった。
 こちらに来てから初めての強敵との戦いに、久しぶりに神経が緊張を強いられていた。
 ムラタがどう出るか、シンもまた固唾をのみ込んで待った。   
「どうにも興が醒めたわ。違約金を払う気にもなれぬしな。ゼオルート=ザン=ゼノサキス。この勝負預けるぞ」
「ええ。そうして頂けると助かりますよ」
「剣鬼の如き腕前の癖に腰の低い奴め。まあいい。決着を着ける日を楽しみにさせてもらう」
 鞘に刃を納め、母艦へ帰役しようとする無明の背を見つめ、シンは今一度敗北の悔しさを胸に焼き付けた。
 ――おれは名前を覚える価値も無いというのか!?
「……おい、小僧」
 そんなシンは、ふと思い出したようにムラタは呼んだ。好感情など持てるはずもないシンはぶっきらぼうに答えた。
 ここら辺は生来の負けず嫌いの性格と幼さがさせた反応だ。
「なんだよ」
「貴様、名は何と言う?」
「! ……シン、シン・アスカだ!」
「シンか。貴様筋は良い。鍛錬を怠るなよ、腕を上げたらまた斬ってくれるわ」
「馬鹿にするな! 今度戦う時は絶対に負けるもんか!」
「くくっ、青い小僧よな。その分伸びるかもしれぬがな」
 愉快そうに含み笑い、無明は一筋の彗星になってゼオルートとシンを置き去りにして去っていった。
 ステラとスティングと死闘を繰り広げていたカナードのハイペリオンも、アルミューレ・リュミエールの稼働限界が来た事で形勢の不利を判断して後退している。
 そろそろと溜めこんでいた息を吐き出し、シンは飛鳥の傍らに来たPTジンに連絡を繋いだ。
「あの、助けてくれてありがとうございました」
「いえ、私が勝手にした事ですから気にしなくていいですよ」
 答える声と一緒にゼオルートの顔が、飛鳥のモニターに映った。金髪の、柔和な表情の似合う三十代の男性だ。
 鼻の上にちょこんと乗ったメガネが妙な愛嬌を醸し出していた。イザヨイに似た雰囲気に、思わずシンの強張っていた神経もほぐれた。
 浮かべている穏やかな笑みとあいまって先程までの高次元の剣戟戦闘を繰り広げた人物とは信じ難い。
「でも、いいんですか? コロニー行っちゃいましたよ」
「ええ、それは構いませんよ。元々私と殿下……ではなくてフェイルロード達はたまたま寄った客人でしたからね。置いて行かれると言うよりも彼らの旅立ちを見送ると言った方が正しいのです」
 言われてみて確認してみると、確かにあの巨大な二機の兵器はその場に留まっている。他にも一機の小型シャトルがあり、コロニー側に地球圏に残ることを希望した者もいたらしい。
「すいませんが、着艦させてもらっても構いませんか? お礼と言っては何ですが、貴方の機体は私が曳航しましょう」
「あ、えっと、分かりました。隊長と艦長にはおれから連絡します」
「よろしくお願いします」
 丁寧にPTジンでお辞儀するという真似をやってのけたゼオルートのPTジンに続き、シンの飛鳥の惨状に気付いたスティングやステラ達も近づいて来た。
 シシオウブレードを握ったまま斬り飛ばされた右腕は、ジャン・キャリーが回収してくれた様だ。
 シャトルとデュラクシール、ヴァイクルもタマハガネに着艦を希望し、エペソが簡単にそれを了承した為、これといっていざこざが起きる事も無く機体の回収は無事終えられた。
 もともとフェイル達はKCGが出立したなら、別行動を取る予定であったらしいが、今回はたまたまクライ・ウルブズが来た事もあり、便乗する形で同行を求める事を話し合って決めていたそうだ。
 斬り飛ばされた両腕とシシオウブレードも無事回収し、タマハガネの格納庫に戻ったシンは、ゼオルートに改めて礼を告げ、格納庫の片隅でメンテナンスベッドに固定されているデュラクシールとヴァイクルに目を向けた。
 スペースノア級はもともと対異星人戦闘を考慮した超高性能戦闘母艦であると同時に、他星系への脱出用の移民船という反対の目的を有する戦艦だ。
 搭載できる機動兵器の数、人員は可能な限り多く取られている。
 現在CEで建造したタマハガネとアカハガネ共にスーパーロボットの搭載も考慮して建造されている為に、艦首モジュール他船体部分の格納庫もかなり巨大なものになっているから、五十メートル、七十メートル級のデュラクシールとヴァイクルも無事に搭載する事が出来た。

 ワイヤーに足を掛けてデュラクシールとヴァイクルから降り立つ人影に気づき、シンはその人物をまじまじと見た。
 典雅な顔立ちにゆるくウェーブしたエメラルドの様に輝く髪のフェイルロードと、三十代半ばくらいの女性だ。
 東洋系の血が入っている顔立ちをしており、美女と呼んで差支えはないだろう。
「男性がフェイルロード=グラン=ビルセイア、女性がジェニファー・フォンダと言います。まあ、傭兵みたいなものと思ってください」
 シンの後ろから、フェイル達の所に向かうついでにゼオルートが彼らの名前を教えてくれた。にしても傭兵が持つにしては明らかに怪しい、強力すぎる兵器だ。
 最もその強力な兵器がなぜあれほど破損しているのか、という疑問もあるが、これまでの交戦によるものと言われればそれまでだ。
 そこらへんは艦長や隊長が聞きだすだろうと、シンはあまり深く考えない事にした。
 それよりも、完膚なきまでに敗北したムラタに対する雪辱を晴らす思いが強かった。
 幸い、シン自身が怪我を負う事はなかったが、引き換えに飛鳥は両腕を落とされた無残な姿を晒している。
 ムラタの気分しだいで命を失うような状況にまで追い込まれてしまったのだ。
 ステラがいの一番に、次いでステラ達もシンが怪我をしないか心配して声をかけてくるが、心ここにないシンはああ、とか大丈夫と虚ろに答えるきりだった。
 声ばかりは虚ろだが、その胸で燃えるのは良くも悪くも純粋な負けず嫌いの性格ゆえの悔しさだ。
 要するに、シン・アスカという少年はどうあがいても変わらない根っこの所で、負けず嫌いなのだ。
 おもむろにシンは思い切り両手で頬を張り、気合いを入れた。
「うおおっし!! 次は絶対に勝あああつ!!!」
「???」
 周りのステラや整備員達が、わけが分からないという顔でそんなシンを見ていた。一人、熱血スポ根をやっているシンは、そんな空気に気付いてはいなかった。
 ま、そこが彼のいい所だろう。

 KCGから離れた人々は一時DCの保護下に置かれ、その後各人で進む道を選ぶまで見を寄せる事になり、傭兵と言う体裁のフェイルとゼオルート、ジェニファーはエペソ直々に呼び出されて艦長室に集められていた。
 フェイルやゼオルートには気負った様子がないが、一人ジェニファーだけがエペソの顔を見た瞬間から顔を青褪めさせていた。
 その様子にはフェイル達も訝しげな顔をしていたが、機先を制したのはエペソであった。
「ジェニファー・フォンダ。イングラム・プリスケンがバルマーに連れ去った地球人だったな? 確か、アタッド・シャムランという名に変えられたと記憶している」
「……! やはり、バルマー星の」
「ジェニファー? エペソ一佐、貴方とジェニファーは?」
 涼やかな目元を吊り上げ、厳しい目線で睨むフェイルにエペソは大した事ではないと言うように口を開いた。
「余も貴公らと同じ境遇と言う事だ。貴公らも元の世界で死を迎え、目を覚ました時にはこのコズミック・イラの世界に居たのであろう?」
「貴方も死人ですか」
 合点が行ったとゼオルートも頷きながらエペソの言葉を聞いていた。確かに、ゼオルートとフェイルロードは共に死人だ。
 地球内部の空洞の異空間に存在するラ・ギアス――真の世界、真の大地という意味の世界にあるラングラン王国。
 そこで二人は生まれ、そして死んだ。
 ゼオルートは剣皇の通り名で知られるラ・ギアス屈指の剣士であり、ラングランの王都が反逆の徒に襲撃された際に、一矢報いる代わりに命を落とした。
 幼い娘と養子とした少年を残したまま逝く事に、心残りがないか、聞かれればないとは言い切れなかったが、それでも息子の成長を信じる事は出来た。
 故に心残りはないと思い目を開けてみれば、コズミック・イラの世界だったというわけである。
 フェイルはゼオルートが仕えていたラングラン王国の第一王子であり、隣国との戦争に陥り、一時壊滅状態にまで追い込められた王国を建て直し、その後ラングラン王国が誇る魔装機神と地上から召喚された有志達により見事侵略を退けた後、デュラクシールという強大な力を手にした。
 フェイルの妹セニアが地上の機動兵器を参考に造り上げたデュラクシールの力は凄まじく、その力はフェイルを惑わし彼に野心を芽吹かせる事になってしまった。
 ラングラン王国の再建に留まらず、フェイルはラ・ギアスの武力による統一を目指したのだ。
 結局はそれを良しとせぬ風の魔装機神サイバスターの操者マサキ・アンドーとその仲間である、地上から召喚された人々によってフェイルは討たれた。
 己れを止めてくれたマサキ達への感謝とマサキならば、あらゆる権力・しがらみに縛られずに、ラ・ギアスだけではなく世界の平穏を守る魔装機神の操者としての使命を果たしてくれると確信し、死んだのだ。

 自分が死んだ後の世界を託せる者達との戦いの果てに辿り着いたのが、また戦乱のある世界であったのはいささか皮肉ではあった。
 元々フェイルの体は、ラングラン王国の王位継承の儀式をクリアするために無理な修行と投薬などによって酷使され、限界が近い。
 マサキ達と闘った時でさえ既に長く持って半年程度しか時間は残されていなかった。今も、こうしてエペソの前に居る間にも尋常ではない痛みに苛まれている。
 それを表に出さないのは、ひとえに人並ならぬフェイルの精神力の賜物だ。
 CE世界の医療技術でもフェイルの体を完治させる事は出来なかったが、多少なりとも身体への負担を減らし、通常生活を送る程度には問題ない程度に体は動く。
 それでも、フェイルの命は一年も保たないだろう。
 死亡した時期は異なるが、生を受けた世界を同じくする者達は惹かれ合うのか、ゼオルートとフェイルはほとんど同じ時期にこちらの世界に現れ、たまたまKCGの人々の世話になっていたのだ。
 なおゼオルートがPTジンを操縦できたのは彼自身の常人の域を超えた身体能力とKCGにいたコーディネイターのコンピュータープログラマーに頼んで調整してもらったOSのお陰だ。
 ジェニファーはエペソの言通り地球の人間であり、ビアン達と同じ新西暦世界の人間だ。
 ただし、エペソとビアンの世界が違うように、厳密にいえばエペソが情報として知っているジェニファーと今目の前に居るジェニファーは別の人間だ。実にややこしい。
 ジェニファーは新西暦世界で地球を統治する地球連邦の特脳研と呼ばれる研究機関の被検体であった。
 ユウやレオナ達がその片鱗を指し示す念動力の持ち主であり、その能力に目を着けたバルマー側のスパイが事故に見せかけて拉致し、記憶を操作し洗脳した。
 その洗脳されたジェニファーが、エペソが名を挙げたアダット・シャムランであり、ビアン側の新西暦世界において死亡した女性だった。
 その死の寸前に自らが地球人であった事を思い出したジェニファーは、ぼろぼろのヴァイクルと共に宇宙の闇を漂い、そこをとあるジャンク屋に助けられた。
 アタッドを名乗っていた頃の記憶に苦しむジェニファーは、戦いから離れる事を望み、戦乱の続く地球からの脱出を計画していたKCGに辿り着き、KCGを狙って襲い来る連合の部隊と、戦うのはこれが最後と覚悟をきめて闘っていたのだ。
 そのKCGも既に地球圏を離れる為の旅に出てしまった。本来ならジェニファーのその度に同行するはずだったが、すぐ傍に迫っていた戦火に意を決し、KCGを守る為にヴァイクルで出撃した。
 しかし、まさか、その決意の果てに自らをさらったバルマーの人間がいるとは。ジェニファーにとっては逃れた筈の悪夢が再び目の前に現れた様なものだった。
 ジェニファーの様子からバルマーで行われたであろう処置を考え、無理もないとエペソは嘆息した。
 レビ・トーラーと名付けられた少女もそうだったが、念動力者の調整を行ったエツィーラ・トーラーは、かつては敬虔な神官であったが、今では廃頽的な快楽主義者に変わっている。そんなエツィーラが拉致された地球人をどう扱ったか……。
 それがどのようなものかはあまり想像しても楽しいものではない。エペソ自身もバルマーの臣民を第一とする強固な選民思想の主ではあるが、武人的な性格として調整されている為、度を外れて人倫を踏み躙る真似には賛同しかねるのだ。
「安心するがよい。この宇宙にバルマーの人間は今の所余しかおらぬ。そして余は貴公に危害を加える気はない。そう簡単に信じる事は出来ぬであろうが。故にフェイルロード、ゼオルート、貴公らもそのように顔を厳しいものにするでない」
「失礼。どうにもジェニファーの様子が気にかかったものですから」
「大丈夫か? ジェニファー」
「……ええ。大丈夫よ、フェイル、ゼオルート」
「さて早速だが、そこなジェニファーはともかく貴公らの素姓について聞かせてもらおうか。この世界を訪れた死人達はすべからく元の世界を同じくしているわけではない。
数多の可能性の世界から、何を要因としてかは分からぬが死人が集っている。要らぬ闘いやいざこざを回避するためにも情報はあるに越した事はないのだ」

 エペソがまずは言い出したものとしての誠意の見せ方としてか、彼のいた新西暦世界について語った。DC、ゼ・バルマリイ帝国、メルトランディ、ゼントラーディ、STMC、ミケーネ帝国や恐竜帝国を始めとする地下勢力。
 更にはガンエデンと呼ばれる太古の惑星防衛システム、別の銀河を納めるバッフクラン、異世界バイストン=ウェル、異次元からの侵略者ムゲ・ゾルバトス帝国、バロータ星系から復活したプロトデビルン――。
 その中でフェイルとゼオルートが反応したのは、風の魔装機神サイバスターと、グランゾンの開発者にしてパイロットでもあるシュウ・シラカワだった。
「そうか……。世界は違ってもマサキは魔装機神の操者としての使命を果たしたのか。しかしクリストフ、いやシュウ・シラカワと呼ぶべきか――彼もこの世界に居るのか」
 エペソの世界においても世界の為に戦ったマサキとサイバスターの話は、フェイルとゼオルートにとって例え、彼らの知るマサキではないにせよ誇らしい事だった。
 フェイルにとってマサキは気心の知れた戦友であり、仲間であり、そして誰よりも信ずる男だ。ゼオルートにとっても、マサキはラ・ギアスに召喚されたばかりの頃からの付き合いであり、また自慢できる養子でもあった。
 だが、マサキの次に出てきた名前にフェイルとゼオルートは揃って険しい表情を顔に乗せた。
 かつてラングランの王都でゼオルートが対峙し命と引き換えにして撃退したのがシュウであり、フェイルにとっては従兄弟に当たる人物なのだ。
 シュウ・シラカワというのはプライベート・ネームであり、本来の名はクリストフという。
 もっともシュウ自身地上人である母と同じ地上の名であるシュウ・シラカワを気に入っている。
 かつてラ・ギアスを滅ぼすと予言された魔神。その復活に関わるのがシュウであると、彼らは知っていた。
 そのシュウがこの世界に。二人の胸に不安の暗雲が立ち込めても無理はない。
「ビアンの話を聞く限りは、決して危険なだけの人物ではないという事だがな。記憶を失っているというのも気に掛かる。余の世界においては既に死亡している人物だが、貴公らの世界では生きているというし……」
「クリストフは自らを邪神の使徒だと語った。この世界のクリストフが私の知る彼と同じ人物かどうかは分からないが、警戒すべき相手である事には変わらないだろう。少なくともクリストフの真意が分かるまでは」
「であろうな。さて、貴公らはこれよりどうするつもりなのだ? このまま船を去ると言うなら弾薬の補給位はしても構わぬし、KCGを降りた者達と行動を共にすると言うならアメノミハシラまで同道するがよい」
 エペソの言葉に三人は互いに目線を交わし合い、事前に話し合っていた通りに話を進める事にした。
「いや、私達はこのまま貴方方に協力する」
「ほう? 何故に」
「ディバイン・クルセイダーズの掲げる、地球圏の武力統一による軍事国家の樹立。しかし、その真の目的はそれではない。地球圏に対しコーディネイター、ナチュラルを問わぬ脅威となる事。そしてそれが意味する所は……」
「ふっ、もっともこの世界の外宇宙に脅威があればそれに立ち向かう為の軍事国家としての役割こそが重要となろうがな」
「……だが、今の真意は世界に対し痛みを強いる試練となる事。それがDC総帥ビアン・ゾルダークの理念であると言うなら、私もその痛みとなろう。かつて私もまた力に溺れて道を誤った。DCがそうならぬよう内から見守らせもらおう」
 ぎしっと背もたれに体重を預けてエペソはフェイルとゼオルートを見た。二人の眼には強い意志の光がある。本来の自分達の世界とは異なる世界に対し、彼らが追うべき責務など無いだろうに。
「我らDCを監視する存在となるつもりか……分かった。貴公らの心構えは余からビアンに伝えるとしよう。余もまたこの地球の人間達に問いを投げかけている者。貴公らの考えには興味がある」
「ところでエペソ艦長。ジェニファーの事だが……」
「分かっている。彼女を戦わせるなというのであろう? それはビアンも望むまいよ。ジェニファー・フォンダ。汝はアメノミハシラでこの艦を降りるがよい。
他国に行くもよし。DCの庇護を受けるもよし。どちらにせよ、もはや戦いの場に出る必要はない」
 エペソに面と向かれて言われたジェニファーは、その言葉を一から十まで信じる事は出来ないようだったが、それでも安堵の色を浮かべる位はした。もともと民間の被検体であり、戦争を好むような女性ではないのだろう。
 こうして、フェイルロードとゼオルートは獅子身中の虫にも似た形でDCに協力する事になり、ジェニファーはこの世界でようやく戦いの枷から離れる事が許されたのだった。