SRW-SEED_ビアンSEED氏_第48話

Last-modified: 2013-12-26 (木) 22:06:33

ビアンSEED第四十八話 罪深き彷徨い人

 
 

「く、くそっ!?」

 

 無数に乱れ飛ぶ緑の刃を携えた十字の刺客達に展開した念動フィールドを削り取られ揺らされる機体の中で、リュウセイは苛立ちをたっぷりと含んだ舌打ちを零した。
『カナフ・スレイブ』、それがヴァイクルに搭載された遠隔操作兵器の名だ。
 一つ一つは大した威力を持たないが、数十を数えるそれが三百六十度全方位から自由自在に襲いかかる波状攻撃は、名のあるパイロットと言えどそう対応できるモノではない。
 ヴァイクルそのものと搭載された装備への適性が認められたリュウセイをしても、使いこなすには相応の時間を必要とした。
 対してテンザンはヴァイクルで実戦を行うのはこれが初めてとなる。
 リュウセイと比べても遜色がないほどにヴァイクルを乗りこなして見せるのは、機動兵器への異常なまでの順応性を持つテンザンならではと言うべきだろう。
 誰もが持つ『念』の力を増幅させるカルケリア・パルス・ティルゲムが、テンザンの思念を増幅させ、破壊の意志が伝播されたスレイブ達は漆黒に塗りつぶされた宇宙で舞い踊る。
 パーソナルカラーの、イエローとオレンジに塗り替えたヴァイクルの中で、テンザンはカナフ・スレイブの操作を行うと同時に、オプティカル・キャノンを立て続けに撃ち込む。

 

「そらそらそらよぉ! はっはあ! この間の借りを返してやるぜえ!? ああ!!」

 

 リュウセイもまたカナフ・スレイブによる反撃を行い、互いのカナフ・スレイブが緑刃を突き立て合って無残に砕け散る。
 ヴァイクルの胸部から放たれる大出力のオプティカル・キャノンは、直撃すれば戦艦も一撃で沈める。 念動フィールドでも受けきれるものではない。
 カナフ・スレイブで攪乱し、避け得ぬタイミングでオプティカル・キャノンを当てれば、70メートル以上の巨体を誇るヴァイクルとて無事では済まない。
 四方に広がる無限の闇を切り取ったモニターの中を高速で乱れ飛ぶカナフ・スレイブを、常人をはるかに凌駕する反応速度と動体視力で捕捉しながら、リュウセイとテンザンの思考と肉体の全ては眼前のヴァイクルを撃墜する事全てに注がれる。
 メンデルでの戦いから、テンザンはこのヴァイクルの危険性を強く意識していた。
 プラントの歌姫やオーブ艦隊に与していたスレードゲルミルも途方もない強敵だが、こいつもヤバイ。
 有線式ガンバレルを装備していたメビウス・ゼロはMAでありながら、その特殊な装備でジンとも互角以上に渡り合う事が出来た。
 三次元的機動を高速で行うガンバレルは、人為的に高い身体能力を与えられたコーディネイターといえども捕捉しがたい。
 ヴァイクルのカナフ・スレイブは有線であったガンバレルと違い、距離的な制限も無くそれ自体が対象に向かい膨大な数で襲い掛かるものだ。
 特殊な空間認識能力の持ち主であっても、これをかわしきるのは至難の業というレベルを超え、神技の領域だろう。
 数多のオーバーテクノロジーで造り上げられたこのヴァイクルの性能を完全に引き出せば、MSを含めた上でも、一個艦隊規模なら容易に撃退できるだろう。
 仮に、クライ・ウルブズの隊員でもこのヴァイクルを相手にすれば、五体満足とは行くまい。
 故に――

 

「てめえに、シン達をやらせるわけにはいかねえんでなぁあ!! ここで死ねやああ!!!」

 

 テンザンのヴァイクルの両側部に翡翠色の輝きを零して、光の刃が形成される。
 太さも長さも異なる光の刃を束ねたようなそれは、ヴァイクルの新たな翼となる。
『カナフ・スラッシャー』。ヴァイクルの近接戦闘用の装備だ。巨大な光の刃は機動兵器どころか駆逐艦程度なら容易く両断する刃だ。

 

「大人しく斬られな!」
「こっちにもおんなじ武器ならあるんだぜ! 食ぅぅらえええ!! 天上天下獅子鷹光翼斬!」

 

 リュウセイのヴァイクルにも、テンザン機同様のカナフ・スラッシャーが両側部に展開され、闇夜を照らしだす翡翠の輝きが、純白の装甲を煌々と照らしだす。
 地球連合で修復時にヴァイクルに与えられたコードネームはグリフォン。グリフォンとは鷲か鷹の上半身に獅子の下半身を持つ伝説上の生物だ。リュウセイの名付けた獅子鳳光翼斬というのも、グリフォンのコードネームからこじつけたものだろう。
 推進機関から翡翠を砕いた様な光の鱗粉を零しながら、白と黄のグリフォン達は天の闇に幾筋もの光の軌跡を描いて交差する。
 その鋼の翼の羽ばたき一つ一つが、いくつもの死を生む事の出来る威力を秘めていた。
 ヴァイクル二機の激突と同時に、カーラのランドグリーズ・レイブンもオルガのカラミティを射程内に捕捉し、このコズミック・イラの世界の技術が生み出した人造の災厄と砲火を交えんとしていた。
 カラミティの長大かつ強力な砲戦能力を最大限に活かし、味方の援護に徹していたオルガは、ロックオンされた事を告げる耳障りなアラームに気付くと同時に、こちらを捉えている緑の人型を視界の中に映した。
 貴族的な端正な造りの顔に、自分の仕事の邪魔をされた苛立ちと獲物が向こうから来たと言う喜びがないまぜになって浮かび上がる。
 外見からしてこちらのバカMSと同じ砲戦型の機体らしく、シャニとやりあっている赤い戦車モドキと同型か、派生機だろう。
 脳内に埋め込まれた小型インプラントが微弱な電気信号で脳内麻薬の分泌を強制し、過度に効果を受けるよう調整されたオルガの神経系は一挙に昂る。
 カラミティの腰部リア・アーマーに増設されたバッテリーと新型バッテリーのお陰で稼働時間は大幅に延長されている。

 

「折角向こうから獲物が来たんだ。盛大に迎えてやらなきゃなあ!」

 

 カイに後でなんだかんだと小言を言われるだろうと、頭の片隅でささやく自分を黙殺し、オルガは操縦桿の引き金に添えた指に力を込めた。
 カラミティのデュエルアイがカーラのランドグリーズ・レイブンに向けられ、ランドグリーズ・レイブンはそれに合わせたように背の後方から伸びるツイン・リニアカノンに火を噴かせた。
 超音速の弾丸を、コーディネイターさえ上回る身体能力と実戦さながらの訓練で培った経験則から反応して見切り、オルガもまた337mmプラズマサボット・バズーカの照準内にランドグリーズ・レイブンを捕捉していた。

 

「吹き飛べえ!」
「撃ってきた! こっちとおんなじ位の射程?」

 

 正規の訓練を得た期間は少ないが、くぐり抜けた修羅場と生来の素質から、カーラはオルガの正確な射撃を、操縦桿をわずかに傾げるだけで回避して見せる。
 如何にも重々しい、戦車を無理やり人型にしたようなランドグリーズ・レイブンだが、外見に反して機体の反応速度と運動性、機動性はかなりのものだ。むしろ同じ砲戦型MSであるバスターやカラミティよりも上と言って良いだろう。

 

「あっちは半年前に投入されたばかりの新型機で、TP装甲持ち。こっちもロールアウトは同じ位の、DC印の新型機でPS装甲に対ビームコーティング、それに核融合ジェネレーター装備……。あれ、ひょっとして楽勝?」

 

 DC情報部が入手したカラミティのデータを頭の中で掘り起こし、自機と比較してみて、カーラは少なくともカタログスペックではこちらの方がかなり上である事に思い至った。となると後はパイロットの腕前と言う事になる。
 機動兵器のパイロットなど、なりたくてなったものではないが、DCの旗揚げと時期を同じくして戦場に身を投じ、それなりの戦いをくぐった自負位はカーラにもある。
 多分、今だに対MS戦闘の経験が無い兵の多い連合やザフトの水準的なパイロットには負けないんじゃないかな? 位の自信もある。
 そんな考えが頭の中で鎌首をもたげたが、これはすぐに打ち消した。
 今目の前で戦っている機体がメンデルで交戦したあの部隊の機体であるならばそのパイロットも並どころではない。
 地球連合所属である事からしておそらくナチュラルである筈だが、彼らの見せた戦闘能力は並み以上のコーディネイターを上回るレベルだ。以前話に聞いた強化人間――ブーステッドマンなのだろう。
 人間としての当たり前の権利も尊厳も奪われ、それまでの人生を抹消されて体を好き勝手に弄られて戦場に立たせられている。
 カーラのブーステッドマンに対する認識は概ねそんな所だ。
 かつて妹分のステラ達が身を置いていた施設も強化人間関連に類する研究機関のものであったと聞いてから、カーラの中で強化人間を取り巻く環境や人間に対する嫌悪を根強い。
 強化人間とされてしまった人々には憐れみを覚えるが、今こうして敵対してみると、確かに地球連合が血眼になって造り出そうとするだけの能力はあると言う事だろう。
 ブースターポッドの左翼を掠めた、カラミティの背に負った二本の筒の様な125mm二連装高エネルギー長射程ビーム砲シュラークからの砲撃に肝を冷やされ、お返しにカーラはリニアミサイルランチャーの銃口をカラミティに向ける。
 戦闘中に余計な事を考えた自分に、心の中でビシバシと平手をかましてヘルメット越しに映るロックオンのマークに合わせて操縦桿の引き金を引いた。
 TP装甲を装備している以上カラミティの物理的防御能力は無敵に近く、実弾系の装備が多いランドグリーズ・レイブンではいささか相性が悪い。
 だが、TP装甲やPS装甲は着弾ごとに機体のエネルギーを消耗し、いずれはエネルギー切れを起こしてディアクティブモードになる事はとっくに知っている。
 ありったけのミサイルを撃ち込み、バッテリー切れを狙うか、両腰アーマーに装備したフレキシブルビームカノンをお見舞いすれば撃破は可能。
 引き金を引くまでの間に結論を出し、カーラは『慣れ親しんでしまった』引き金を引いた。
 引き金はひどく軽かった。わずかな反動が機体を揺らす。

 

「おつりは要らないよ! いっけえええ」
「ちい、数だけは多い」

 

 リニアミサイルランチャーに加え、残っていたマトリクスミサイル二発も同時に発射する。
 一発一発はどうと言う事もあるまいが、カラミティのモニター一杯に映るミサイルの雨に、さしものオルガもうんざりとした声を出した。
 左手の盾表面に装備された迎撃武装115mm二連装衝角砲ケーファー・ツヴァイとシュラーク、トーデス・ブロックの一斉射撃で名に移る端から撃ち落として行く。
 爆発の光芒に更に光芒が重なり、あっという間に目の前に広がっていた闇はオレンジ色の光に払拭されていった。

 

―――

 

 ムジカの赤いR-1は、メンデルでの戦闘と違いザフト側の――イザークの駆るR-1と激突していた。
 WRXチーム同士の激突となり、ジョージーがルナマリアと、グレンがレイと、イングラムがシホとヴィレッタを相手に戦っている。
 ザフトのR-1との一番の違いは、ムジカの機体には遠隔誘導操作兵器でるストライクブレードが装備されている事だったが、今度はザフトのR-1のシルエットが若干変わっていた。
 両腰に下げていたビームライフル・ショーティーを抜き放ち、牽制の銃撃を見舞いながら、ムジカの瞳はザフトのR-1の腰の辺りに装備されている横長のボックスに注意を向けていた。

 

「何だろう? ミサイルポッド? それとも無反動砲か何か?」

 

 それなりの重量の装備だろうに、ムジカの射撃を軽やかにかわすR-1に対し、自然と緊張が体に満ちて来た。
 迫りくるザフトのR-1から感じる、目に見えない重圧の様なものが、以前よりもより重く強く押し寄せてくる気がする。

 

 ――これは、強敵だ。

 

「……」

 

 悪くない腕だ、とR-1のコックピットの中でイザークは連合の赤いR-1のパイロットを評価した。
 レイのR-3と互角に渡り合ったと言う実力が、嘘か真実か、早くも分った。
 ナチュラル用のOSの性能がよほど良いのか、あるいはまれに存在するナチュラルの天才と言う奴だろうか。
 どちらにせよ、自分の仕事は変わらない。新たな力を得た、このR-1で粉砕するだけだ。
 イザークのR-1は、他のRシリーズと違ってプラスパーツを装備してはいないが、代わりに腰部に取り回し用の補助アームも含んだ、ウェポンコンテナ『デス・ホーラー』を装備していた。
 ほとんどR-1の全高と変わらぬサイズの横に長い長方形のコンテナである。取り回しが難しく、腰以外にも両肩の補助アームを用いらねばならない。
 デス・ホーラーの内包する重火器は、マイクロミサイル、重機関銃、ロケットランチャー、重金属粒子砲と多岐に渡り、これ一つで砲戦型のMSに匹敵するか凌駕する火力を得る事が出来る。
 もっとも、その複雑な機構と重量、実弾に偏った装備から疑問視する声も多く、現在はイザークのR-1用のワンセットのみに生産は留まる。
 イザークは腰に下げたGリボルバーとビームカービン銃ではなく、デス・ホーラー上側面部の装甲内部に納められた二丁の自動拳銃をR-1に握らせた。
 R-1の腰のあたりに位置していたデス・ホーラーの、側面部の装甲が真中ほどから上方に向かって開き、その開かれた装甲内側にジョイントされていた巨大な自動拳銃が姿を現す。
 黒光りする銃身に白銀と赤の十字の装飾がそれぞれになされた巨銃だ。MSの二の腕よりもさらに長大で分厚い銃身から吐き出される弾丸は、掠めただけでもMSを破壊しうる魔弾に違いあるまい。
 R-1のメインカメラを保護するバイザーの外側から装備された、左眼だけ黒いレンズを入れたサングラスの様なモジュールが、赤いR-1の姿を捉える。MSサイズの眼鏡か何かの様に見えるそれが、デス・ホーラー専用の補助FCSユニットであった。
 横に細長い十字に見えるセンサー類が、人間で言えば左眼に当たる個所を覆う黒いレンズの部分にあり、パイロットであるイザークに精密なデータを伝えている。
 赤いR-1の銃撃を回避しながら、イザークはR-1に握らせた三双頭の魔銃――『ケルベロスシリーズ』の左右の首ライトヘッドとレフトヘッドに、咆哮を挙げさせた。
 Gリボルバーの巨弾さえ上回る更なる巨弾が、白銀と赤の拘束具をかまされた黒い魔犬の喉から放たれ、浮遊しているスペース・デブリや岩を撃ち抜き、微塵に砕く。
 およそPS装甲やTP装甲でなければ破壊可能と太鼓判を押された巨弾だ。
 Gリボルバーとは比べ物にならない反動が、R-1越しにイザークにも伝わる。
 黒い銃身から勢いよく排出された薬莢が、降り注ぐ陽光と星の光を浴びて金色に煌き、イザークのR-1の周囲を漂う。
 納めていた巨弾を吐き出した薬莢は、更に無数にR-1の周りに踊った。

 

「わわわ!?」

 

 パワーセルを装填した弾倉と機体のジェネレーターから直接ドライブするビームライフル・ショーティー二丁のムジカに対し、まるで弾切れなど知らぬとばかりにイザークのR-1は銃撃の雨を降り注がせる。
 鋼の巨人の指が引き金を引く度に黒い銃身から排出される金色の薬莢は数十を数え、トリコロールカラーのR-1の周囲で金色の輝きを幾重にも重ねていた。
 美しいとさえ見える空薬莢の雨の中のR-1に対し、ムジカは回避するのが精一杯で、ストライクシールドの制御を行う余裕はなく、Gリボルバーでの反撃も、ろくすっぽ狙いをつける事ができず、効果的なダメージを与える事が出来ない。
 こちらもあちらも被弾はまだだが、無尽の如く弾幕を形成するイザークのR-1に、ムジカは舌を巻いていた。
 こんな銃弾の雨の中を被弾せずに突っ込む自信などはないし、なんとか回避する事で精一杯だ。こちらは既にスピードローダーで弾を補充していると言うのに、弾倉を交換する様子を見せないザフトのR-1に対して、ムジカはヤケクソになって叫んだ。

 

「なんで弾切れしないのーー!?」

 

 その叫びが聞こえたわけではあるまいが、唐突に無数の銃弾の雨がぴたりとやみ、ムジカは機体の盾にしていた岩の陰から、R-1の顔を覗かせ、血色の好いあどけない顔立ちから血の気を引かせた。
 見れば、デス・ホーラーを肩に担いだザフトのR-1が映る。その肩に担がれた鋼鉄の棺が中ほどから上下に開き、MSの頭もすっぽりと入るような広い穴を持った砲身が覗く。
 白煙を噴き出し、デス・ホーラーの中から飛び出した巨大なロケット弾がまっすぐに、ムジカの隠れる岩塊に向かって発射された。
 直感に体を突き動かされて、ムジカは素早く自機を岩塊から引き離し距離を開く。
 岩塊から離れる事わずか一秒、先程まで身を隠していた三〇メートルはあろうかと言う岩塊は、途方もない爆発の中に飲み込まれ、発生した衝撃と熱波、吹き飛んだ微細な岩の破片が、R-1の赤い装甲に直撃した。
 嵐の中に放り出された木の葉の船の様に、しっちゃかめっちゃかに揺れるコックピットの中で、ムジカはかろうじてザフトのR-1をつぶらな瞳の中に捉えていた。ここで視界を外せば、機体を立て直す間もなく撃墜される。
 第六感の様なものがそう告げていた。
 ムジカのR-1のビームライフル・ショーティーとイザークのR-1のライトヘッドとレフトヘッド、四つの銃口が互いを撃ち抜くべく向きあう。
 ムジカとイザークのそれぞれの指が引き金に添えられる。奈落の底の様な洞から、銃弾が放たれる。
 二機のR-1の指もまたビームライフル・ショーティーとライトレフトそれぞれの巨銃の引き金に掛かる。
 指が動く。人とMSのそれぞれの指が。
 起こされた撃鉄が雷管を叩き、炸薬を爆発させる。互いの銃口は揺るがず。殺意も破壊の意思もまた揺るがず。

 

「落ちろ!」
「当たってえー!」

 

 大気の無い虚空では響かぬ銃声を挙げて、四つの弾丸が二つの意思の元で交差した。

 

「こいつら、前より腕上げてやがる!」
「グレン様、お下がりください! ハイTEランチャー、シューット!!」
「ルナマリア!」
「分かってる」

 

 ジョージーのR-2パワードがTEエンジンから供給されるエネルギーを、両肩に背負った五つの砲身を持つランチャーから散弾状に発射する。
 グレンのR-3パワードの回避した後を通り過ぎ、放たれる無数の光弾を、レイの声に応えたルナマリアのR-2パワードが同じくハイTEランチャーの散弾モードで撃ち落とした。
 今回の地球連合側のテストには、NJCによって稼働可能となった小型核分裂炉を搭載したRシリーズのデータ収集の項目も含まれていた。また、ジョージーの搭乗するR-2パワードはミタール・ザパト博士の開発した新型ターミナス・エンジンが搭載されている。
 無論ジョージーの十六歳と言う若い肉体を覆い、黒く艶光りする拘束服に似た衣装は、DFCスーツに相違ない。
 両機の間で無数に散華する輝きを縫い、レイの乗る半MS半MAの様な形状に変わったR-3パワードから六つのストライクブレードと、ドラグーンミサイルを積んだマイクロミサイルが一挙に放たれる。
 これに反応したのはグレンだ。レイのそれとは違い、ドラグーンシステムこそ搭載していないが、代わりに要塞じみた火砲の数と艦船並の推進力を得たグレンの紫色のR-3パワードがマイクロミサイルと大口径のレーザーキャノンで無数のミサイルを撃ち落として見せる。

 

「ジョージーやムジカばかりに美味しい所は持っていかれるわけにはいかないからな」

 

 グレンは、R-3パワードの化け物じみた加速性能を姿勢制御用のアポジモーターを吹かして制御し、体を押し潰すGに耐えてプラスパーツのサブアームに全長100メートルにも呼ぶ巨大なビームサーベルを握らせる。
 R-3パワードを両断すべく突撃をしかけたグレンのR-3パワードのビームサーベルを防いだのは、六つのストライクブレードであった。
 ストライクブレードとビームサーベルが切り結ぶわずかな瞬間、動きを止めたグレンに、ルナマリアのR-2パワードが装備したマグナビームライフルが浴びせかけられた。
 何重にも付与された対ビームコーティングが、R-2パワードの高出力ビームを相殺し、機体へのダメージを軽微にとどめる。

 

「こんの! ジョージー」
「お任せを」

 

 グレンの呼吸をどこまでも理解するジョージーが、ルナマリアとレイに対し再びハイTEランチャーでの牽制を仕掛ける。
 散弾状で射出されたエネルギーの弾一つ一つが、アグニやスキュラと同等かそれ以上のエネルギー量を誇る攻撃だ。
 あまり優れているとは言えないR-2パワードの機動性ではあるが、ルナマリアの回避能力がそれをカバーし、かすめた光弾が両肩の対ビームシールドを兼ねる装甲の表面を蒸発させる。
 同型機、またそれぞれを駆るパイロットも一線級の実力者とあり、生半可な腕のパイロットでは介入する事さえできぬ様相を呈し、マグナビームライフルやレーザーキャノンの光条が無数に乱舞し続ける。
 イングラムとヴィレッタはお互いに自分達の部下が互角に渡り合う姿を視界の片隅で認め、順調にその実力を高め合っている事を確認していた。
 シホのR-GUNパワードがツイン・マグナライフルを連射し、その間を縫うようにしてヴィレッタのメディウス・ロクスがイングラム目掛けて迫る。
 メディウス・ロクスのディバイデッド・ライフルも加わり、さしものイングラムも回避に手一杯になり、冷たさが強調される顔から余裕が失われる。

 

「ヴィレッタめ、加減と言うものを知らんな。おれを墜す気か?」

 

 彼には珍しい愚痴が零れてしまったのも仕方あるまい。

 

「ツイン・マグナライフル、ダブルファイア!」

 

 センターサークルの中に捉えたヴィレッタ目掛け、加減なしの一撃を見舞い、ヴィレッタはかろうじてディバイデッド・ライフルを盾代わりにして防御する。動きの止まるメディウス・ロクスに対し、ハイ・ツインランチャーに装備されたビームカタールソードを抜き放って一気呵成に斬りかかる。
 ヴィレッタもそれに反応してメディウス・ロクスの腕部に収納されているコーディングソードを抜き放ってビームカタールソードを受ける。俗に『お肌の触れ合い回線』と呼ばれる接触回線で、イングラムがヴィレッタに語りかける。

 

「メンデルの時と概ね同じ展開になったな」
「偶然は怖いわね」
「全くだ」

 

 お互いの言葉には苦笑の響きが混じっている。本来、この宙域で戦闘を行う予定はなかったのだ。想定の範囲外、まるっきり偶然なのだ。

 

「ところで……」
「なんだ?」
「ギリアム少佐は何か掴めた?」
「いや、まだ大きな情報は入っていない。小さな情報もな。だが、おれ達には分かる。おれ達だからこそな。やつがこの世界にいる事が」
「まだ動かないのか、動けないのか。後者の方がこちらの用意も整えられるけれど、いい気はしないわね。WRXもいまだ未完成の状態だし、むしろDCを利用する事も本格的に視野に入れるべきかもしれない」
「ビアン・ゾルダークか。あちらにはバルマーの死人も関わっているそうだ」
「そう、となると彼らこそが、この世界が用意した抑止力なのかも知れないわね。そして、私と貴方が感じた、例の存在」
「因果律の番人、か。おれ達の使命を継いだ別の存在か、それとも全く別の存在か……。その彼か彼女もこの世界に介入する気ではあるらしいな。だが、あの感じではこちらに介入できるのは遠い日の事だろうが」
「いずれにせよ、戦力と情報の不足が問題ね。連合とプラントの戦いが長引いて悪戯に戦力が減るのは歓迎できない事態だし、最悪のケースもありうるから厄介だわ」
「核兵器か。……そろそろ切り上げるぞ」
「ええ、手加減しないわよ」
「ふっ、おれもだ」

 

 メディウス・ロクスとR-GUNパワードが互いの機体を弾きあい、そこに間髪入れずシホがツイン・マグナライフルを撃ち込み、二種の弾丸がイングラムの機体の装甲を掠める。

 

「ヴィレッタ隊長、ご無事ですか」
「ええ、助かったわシホ」

 

 穏やかな声音でシホに応え、ヴィレッタはメディウス・ロクスの機体ステータスに目を通し、戦闘に支障が無い事を確かめる。
 やはり、イングラムのR-GUNパワード相手ではメディウス・ロクスでは荷が重い相手だ。高性能機である事は認めるのだが。
 シホはDFCスーツの感覚制御にも慣れたようで、通常の機体の操縦と変わらない様子でR-GUNパワードを操っている。
 若い彼らの順応性と言うものはやはり頼りになる。こちら側で見つけた逸材達の成長に、ヴィレッタは形の良い唇を笑みの形に変えた。

 

―――

 

 タスクのジガンスクードが盾になる形で、ゲヴェルからの砲撃を防ぎ、ドルギランとアガメムノン級の砲撃が返礼として盛大に放たれる。
 アンチビーム攪乱幕がビームを衰退させ、ラミネート装甲を持つゲヴェル相手では一度や二度主砲が直撃しても撃沈には至るまい。
 ジガンスクードに搭載されたEフィールドは極めて堅牢で、ゴッドフリートの直撃にもよく耐えている。とはいえ、Eフィールド展開中はこちら側からは反撃を行えず、ドルギランらの砲撃に合わせてEフィールドを解いている。
 このタイミングの切り替えに、タスクの神経は削られていた。

 

「ええい、まだ沈まないのかよ。母艦さえ落としちまえばこっちのもんなんだけどなあ~。っと、Eフィールド解除っと、喰らえ、ギガ・ワイドブラスター!!」

 

 両艦の砲撃に合わせ、ジガンスクード胸部の逆三角形のパーツが展開し、70メートル以上の巨体に見合う莫大なエネルギーのビームの奔流が放たれる。
 一方、ゲヴェルを預かるレフィーナはすかさず回避の指示を出し、指揮する艦の傍らを通り過ぎたギガ・ワイドブラスターと二隻の戦艦の砲撃に心の中だけで安堵の息を吐く。
 CICに移ったテツヤも、ゲヴェルを沈めまいと指示を出して行く。
 数の上では二対二と等しいのだが、実際にはこちらのシルバラードは戦闘能力を持たない輸送艦である以上、ゲヴェルのみでザフト・DCの二隻を相手にしなければならない。
 せめてもの救いは、メンデルで交戦したクライ・ウルブズと呼ばれるDCの精鋭部隊の母艦スペースノア級がこの場に居ない事だろう。 単艦での能力ならばアークエンジェル級さえも凌駕する現在地球圏最強の戦艦が相手では、戦えぬ同胞を抱えていては、勝機は限りなく小さい。

 

「上げ舵三五、取り舵一〇。同時にゴッドフリート一番、二番、撃て!」
「キタムラ少佐とイングラム少佐は?」

 

 レフィーナの問いかけに、オペレーターのユンが答えた。

 

「敵MS部隊と交戦中です。本艦の直衛についていたサブナック少尉も敵機と交戦に入っています」
「……シルバラードは?」
「本艦より後方七〇〇に後退しています」

 

 せめてネルソン級の一隻も同行してくれていたら、そう思わないでは無かったが、艦長である自分が弱音を吐いてはクルーの士気に関わる。
 レフィーナは淡い桜色の唇を引き締めて、メインディスプレイの向こうのナスカ級とアガメムノン級を見据えた。
 単艦での能力ならこちらの方が上である。ならばまず一隻を沈める事に集中するしかない。

 

「ガルムレイド、メディオ少尉は?」
「ザフトのTEアブソーバーと交戦中です!」
「くっ、ザフトのTEアブソーバー、WRXチームと良い、なにか因縁でもあるのというの?」

 

 そして、レフィーナが名を挙げたガルムレイドとそのパイロット、ヒューゴ・メディオは、アクア・ケントルムの駆るサーベラスに進む道を阻まれていた。
 今回のゲヴェル・シルバラード両艦のヴァイクルと並ぶ切り札の一つであり、ドルギランとアガメムノン級撃沈を命じられたヒューゴであったが、ガルムレイドが味方艦に迫るのを予知していたかの様にドルギランから出撃してきたサーベラスと再び邂逅する事となったのだ。

 

「こっちの動きを読まれていたか? とにかく、落とさせてもらおうぞ!」
「なんとか時間を稼がないと」

 

 伏兵に備えてドルギランの船内で待機していたアクアと、ザフト・DCの戦艦目掛けて赤い番犬を走らせていたヒューゴの二人だ。
 特機であるガルムレイドとMSの延長上に位置するサーベラスでは、性能面においてガルムレイドに軍配が上がる。
 それはアクアも前回の戦闘で身を持って理解していた。ガルムレイドを落とせるなどとは思っていない――あわよくば、程度には思っているが――。
 連合かこちらが撤退するなり、今回の戦闘の落とし所が決まるまで時間を稼ぐ事、それが自分の役目だ。
 機体から射出された四基のマシンガン・ポッドがサーベラスの周囲に浮かび、手に持ったラディカル・レールガンを同時に浴びせかける。
 五つの射線に対し怯む所か、ヒューゴは機体を加速させて立ちはだかるサーベラスに襲いかかる。
 ガルムレイドの頑健さを頼みに、ダメージの大きいラディカル・レールガンのみに注意を払い、マシンガン・ポッドの弾丸は無視する。

 

「懐に飛び込めばこちらのものだろう!」
「くっ、近づかせるわけには」

 

 ガルムレイドの額からブラッディ・レイを放ち、それを回避したサーベラス目掛けて右のファングナックルを放つ。
 凶暴な野の獣の牙同様にがちがちと鋭い牙を打ち鳴らすナックルを、機体を右に大きく動かしてかわす。
 かわした先には唸りを立てて回転するガルムレイドの右膝の鋸があった。動きを読まれた!?
 メンデルでの戦いが初の実戦となるアクアと、たたき上げの兵士として修羅場をくぐったヒューゴ。
 戦闘に対する経験値でヒューゴに上を行かれたのだ。

 

「こっのお!?」
「喰らえ、サンダースピンエッジだ!」

 

 咄嗟に抜き放ったコーティングソードでサンダースピンエッジを受けるが、見る間に削り取られ、一秒と持たずに受けた所から真っ二つに削り折られてしまう。
 ヒューゴは左膝のサンダースピンエッジを回転させ、思い切り腰の捻りを利かせてサーベラスに叩き込む。

 

「甘く見ないで、それ位、私だって!」
「ぬぐ?!」

 

 アクアの操作でガルムレイドの機体に絡みついたマシンガン・ポッドが、一挙にガルムレイドの巨体を引き?がし、即座にラディカル・レールガンが二発、三発とガルムレイドの胸部に叩き込まれる。
 いくらかその分厚い装甲を抉りはしたが、いまだガルムレイドは健在で、戦闘能力も失われてはいない様子だ。

 

「くっ、油断したか!?」
「流石に、あれ位じゃ落ちてくれないのね。普通だったら二、三機は落とせているんだけど」

 

 スーパーロボットタイプの耐久性に、苦々しくアクアはその顔を歪める。
 美しさと可愛らしさが同居した稀な顔立ちは、たとえ負の感情に歪んでも可憐だ。こればかりは天与の賜物だろう。
 白雪を敷き詰めたような肌理の細かく滑らかな肌を撫でられている――DFCによるTEエンジンの制御に四苦八苦しながら、アクアは残る三基のマシンガン・ポッドを操作して、束縛したガルムレイドの機体に更にラディカル・レールガンの銃口を向ける。

 

「ガルムレイドの力がこの程度だと思うなよ。ファンググリル解放!」
「このエネルギーは!?」

 

 ガルムレイドの両肩、両腰のファングが開かれ、燃え盛る烈火があふれ出る。
 虚空の闇さえも燃やすと見える獄炎は、ガルムレイド――『冥界の魔犬』と『突撃』を名に持つ巨神の、全力を意味している。
 紅と黄金の総身から燃え盛る炎の様に立ち昇るターミナス・エナジーの凄まじさに、同じTEアブソーバーのパイロットとして、アクアは少なからず驚愕を覚える。出力が不安定なのは同じ様だが、瞬間の最大出力ならばあちらが上だ。
 サーベラス目掛け突貫してくるガルムレイドに対し、アクアも腹を括った。機体出力が一気に跳ね上がったガルムレイドは凄まじい加速を発揮し、サーベラスでも振りきれないと瞬時に判断したのだ。
 ならば、こちらもサーベラスの切り札を出すまで!
 サーベラスの背に負ったターミナス・キャノンの砲身が前方へと展開される。
 数秒のチャージと発射態勢への移行を経てようやく発射が可能となる分、発生するタイム・ラグをなんとか凌ぎきらなければならない。
 ガルムレイドの額に位置していた青い装甲が上にスライドし、隠されていたガルムレイドの第三、第四の瞳が露になる。
 その輝きに秘められたモノは、冥府の底で死者達を狂奔させる魔犬の瞳と等しい。即ち、圧倒的な力による抗う術無き蹂躙だ。
 光輝くエネルギーの塊そのものと化したガルムレイドが振り上げた右拳に、膨大なエネルギーが集束する。
 小さな太陽がそこに生まれたかのようにより一層眩い光を生み、サーベラスのコックピットで、アクアは遮光されているはずの輝きに、わずかに瞳を細めた。
 牽制の為に放たれるマシンガン・ポッドの弾雨をものともせずに猛進するガルムレイド。
 ターミナス・エナジーの輝きに包まれた機体の表面で、銃弾は着弾する度に蒸発し、消滅して行く。
 多少なりともガルムレイドの猛進の速度を鈍らせる事は出来たが、その勢いを、熱を抑えきる事など到底出来はしなかった。

 

「バーニングブレイカーァァーー!!」
「チャージ完了、間に合った!? 結果を出して見せる、ターミナス・キャノン!!」

 

 振り上げられた右腕に宿る眩い太陽に、夜空を横断する星の河の様な光の帯が真っ向から衝突した。

 

「多少の無茶は、承知の上だ!!」

 

 ヒューゴは吠え、ガルムレイドは猛る。

 

「こんの! 同じTEアブソーバーなら、TEをよりコントロールした方が勝つ!! 負けないわよ!」

 

 アクアは叫び、サーベラスは退かない。
 二人の意志を乗せたニ体の巨人達は、世界に宿る万象の力を破壊に変えて、いつ終わるともなく激突していた。

 

―――

 

 アルベロとレオナのガームリオン・カスタムタイプ二機や、ユウのラーズアングリフ・レイブンも、カイとシャニ、クロトの三人とおおよそ互角の様相を呈していた。
 個々に一対一の図式を三つ描いていたが、カイの指示で地球連合側が連携を取り出したのに合わせ、アルベロらも同じくチームで対抗していた。
 機動力に優れるレオナのガームリオン・トライブースターが先陣を切り、アルベロのフルアーマー・ガームリンは、レオナが引っ掻き回したカイらに続いて襲い掛かり、圧倒的な火力を有するユウのラーズアングリフ・レイブンが一挙に砲弾の雨を撃ち込むのだ。
 これに対し、カイは細かな指示は最初から行わず、クロトやシャニにおおまかなフォーメーションの変更や、頭に簡単に血を登らせて突撃しがちな二人を怒鳴りつけて制するにとどめていた。
 沈着冷静なカイが、アルベロらの連携に対し終始目を離さず、とかくスタンドプレーに走るシャニとクロトを抑える事で均衡が保たれていると言えよう。
 高機動戦闘用に、ザフトのジン・ハイマニューバーを研究して開発されたフォルテストラを装備した、カイのデュエルカスタムは、既に使い物にならなくなったシールドを放り捨てて、左拳のフィスト・カバーを展開する。
 MS同士での近接戦闘を前提としたPS装甲素材製のナックルだ。とはいえ、一番鈍重そうなラーズアングリフのカスタム機でもかなりの機動性を持っている。そうやすやすと懐には入れまい。
 シャニのフォビドゥンは、オクスタンライフルのBモードとラーズアングリフ・レイブンのヘビィリニアライフルなどをしこたま受け、物理シールドも兼ねるゲシュマイディッヒ・パンツァーはほとんど原形を保っていない。
 クロトのレイダーはいまだ被弾こそ受けていないが、実力の拮抗した相手との長期戦闘によるストレスからか、徐々に戦闘能力の低下が見られていた。あるいは、薬物の禁断症状が想定よりも早く発症するかもしれない。その場合は、もっとも症状の重いシャニからだろうが。

 

「あまり良い状況ではないか」

 

 ヘルメットの奥で、わずかに眉を寄せながらカイは現在の戦況を分析した結果を言葉にした。
 WRXチームや自分達はメンデルでの戦い同様に抑えられ、敵艦を狙ったガルムレイドは伏兵に道を阻まれている。
 更にリュウセイとヴァイクルに至っては、DC・ザフト側から同じヴァイクルが出撃して来た為にそちらにかかりっきりだ。
 どちらの陣営がどのような経緯であの不可解な機体を手にしたのか、カイは疑問に思わないではなかったが、今は目の前の敵から注意を逸らす余裕はほとんどなかった。
 これまでに確認されていたDCのMSガームリオンのカスタムタイプらしい二機と、陸戦機としてオーブ解放作戦の折に数機確認されていたラーズアングリフのカスタム機達は、なかなかの連携と個々の技量の高さ、優れた機体性能を発揮している。
 技量では負けない自信はあったが、なにしろこちらは数か月前まで連携のれの字も頭にはなく、味方にさえ兵器で発砲したようなのがいる。しかも二人。
 それでも出会った当初よりは大分マシになったし、素人をMSに乗せるよりはマシ程度にこちらの動きを見て動いてくれているのだ。
 とはいえ、そんな事敵はお構いなしだ。カイは、わずかずつではあるが戦況を表す天秤が、あちらに傾きつつあるのを感じていた。

 

「このままでは時間の問題かっ」

 

 最も近くにいる友軍が駆け付けるまでまだ数時間はかかるだろう。それまで果たして持ちこたえられるだろうか。
 その前にザフトかDCの部隊がこの戦場に辿り着けば、一挙に状況はこちらにとって不利な物へと変わる。
 せめて、一機でも敵の数が減ればまだ選択肢は増えるのだが……。
 そんなカイの思考を切り裂くように、アルベロの増加装甲を纏ったガームリオンが、ビームサーベルを抜き放ちデュエルカスタムに斬りかかる。動きに無駄の無い玄人の操縦だと一目でカイには分かった。
 生半可な経験と実力では到底身に着けられぬ技術である。
 MSが戦争の主役となってからまだわずかな時間しかたっていないと言うのにどこでこれほどの技量を身に着けたのか。
 新たな疑問は、デュエルカスタムの左胸部装甲を浅く切り裂いたビームサーベルの一撃に、瞬く間に駆逐された。
 どうも、今日は貧乏くじを引いてしまったようだった。
 だが、カイの自らの不運を嘆く思いは、二人の助っ人によってまもなく覆される事になった。
 最初に気付いたのはドルギランのオペレーターであった。
 艦の下方から迫りくる二つの熱源に気付き、急ぎ艦長に指示を仰ぐと同時に隊長であるヴィレッタにも通信をつなげて帰還を促す。
 ドルギランとアルベロらが乗船していたアガメムノン級に迫る鋼の機影が二つあった。
 ぬばたまの闇に瞬く星の光を満身に浴びて、それらは二隻の船と襲い掛かる。
 CIWSによる対空防御の砲火を縫うように飛翔し、エールストライカーを装備した105ダガーがビームライフルを立て続けにドルギランとアガメムノン級に撃ち込む。
 アンチビーム爆雷による減衰効果こそあったものの、二隻の船体にはあっと言う間に穴が穿たれてしまう。
 続けて、もう一機の105ダガーがドルギランに襲いかかった。
 背部のストライカーはこれまで開発されたI.W.S.Pやソード、エール、ランチャーのいずれとも異なるものだった。
 コンテナ状のパーツが二つ、真ん中のブースターを挟んで左右に装備されている。ミサイルボックスか何かだろうか?
 105ダガー・TLストライカーのパイロットは、わずかに緊張で美貌を険しく変えながらも、背のストライカーを起動させた。
 ターゲットは眼前のナスカ級――ドルギランである。

 

「T-Linkリッパーセット!」

 

 六枚ずつ計十二枚が収納されていたコンテナからそれぞれ一枚ずつ、四枚の刃を持った円盤が回転しながら射出される。
 ガンバレルの様に推進機を搭載しているわけではないのにもかかわらず、T-Linkリッパーと呼ばれたその刃は、細長い弧を描いてドルギランの装甲をいとも容易く切り裂き、大きなXの字を刻んで見せた。
 TL、すなわちT-Link。TLストライカーとは、イングラムが研究開発したT-Linkシステムに適性のある一部の人物の機体のみに装備されたストライカーパックだ。
 T-Linkシステムで増幅した『念』によってリッパーの操作を行い、敵機に対し攻撃を行う。少数しか配備されていない点や、乗り手を極端に制限する仕様は、特殊な空間認識能力者の為に用意されたガンバレル・ストライカーと似ている。
 かつてはリュウセイも使っていた事のあるTLストライカーだが、現在これを戦闘に用いている者のは、片手の指ほどもいない。

 

「こなくそ!」

 

 咄嗟に、タスクのジガンスクードが盾になろうとするが、すかさずゲヴェルの砲撃が艦のわずかに左方を掠め、Eフィールドの維持の為に動く事を封じられる。
 如何にジガンスクードと言えどもエネルギーの盾の展開範囲は一隻が限度だ。離れた距離にあるドルギランまではカバーできない。
 エール105ダガーがゲヴェルと連携してジガンスクードをアガメムノン級に貼り付け、その間にTL105ダガーがドルギランへとT-Linkリッパーとビームライフルの火線を集中させる。

 

「まずいな。サーベラスもガルムレイドの相手で動けん以上、ドルギランが沈むのも時間の問題か。全機撤退だ」
「こちらも退くわ。イザーク、ルナマリア、レイ、シホ、急いでドルギランに戻りなさい」

 

 後方の母艦への奇襲の報を聞いたヴィレッタとアルベロは、素早く全ての機体に撤退の指示を出した。
 もともとこの遭遇戦自体が偶然の賜物であり、これ以上の戦闘は下手な損害を出しかねないものだった事もあり、撤退という選択肢に対して躊躇が無い。
 もっとも足の速いレオナのガームリオンTBが、ドルギランの周囲を飛ぶTL105ダガーに向かい、オクスタンライフルEモードでの連射で仕掛けた。威力を押さえた分、一射ごとの間隔を短くした掃射だ。
 レオナ機の接近に気付いたTL105ダガーは素早く機体を翻し、ビームライフルで応戦しながら、背のTLストライカーからT-Linkリッパーを新たに四枚発射し、四方からガームリオンTBへと襲い掛からせた。
 宇宙では聞こえぬ唸りを立てて飛来する四枚の首切り刃に素早く視線を巡らせ、レオナの瞳には闘志が宿る。
 タスクやカーラ達との間に感じる不可解な感覚が、眼前のTL105ダガーからも感じ取れる事に、レオナは不可解な感覚を覚えていたが、操縦桿を動かす腕の動きには、わずかな遅滞もない。
 機体に搭載されたカルケリア・パルス・ティルゲムについては、今だに彼女らには伏せられたままだった。
 左斜め前方から襲いかかってきたリッパーを上方に機体を動かしてかわし、アラートが接近を告げた背後からの二刃は、振り向きざまに抜き放ったビームサーベルで切り払う。最後の四枚目が、ビームサーベルを握る左手の装甲を浅く切り裂き、虚空で反転して更に襲いかかってきた。

 

「ただのモーション・パターンで動いているわけではないようね」

 

 細かな軌道修正を行い、臨機応変な動きを見せるリッパーを、レオナは無数のパターンを搭載したAIなどで制御しているものではないと判断した。
 動きにムラと背筋にいやなモノを感じさせる『怖さ』が同居している。機械にはこんな真似は出来ない。
 自機の後方へと飛び退ったリッパーを胸部のマシンキャノンで撃墜し、TL105ダガーとエール105ダガーへ振り返る。
 ヴィレッタのメディウス・ロクスを始めとしたWRXチームや、ユウ、カーラのレイブン達も間に合ったようで、徐々に姿を見せ始めていた。
 状況の不利を悟ったのだろう、エール105ダガーとTL105ダガーは、ガームリオンTB以外の機体が姿を見せ始めると素早く機体を翻し、チャフと黒色ガスを撒き散らして姿を晦ましてしまった。
 呆気無くも感じる撤退ぶりに、ヴィレッタは誰に言うとでもなくコックピットで呟いた。

 

「あっさりと退いたわね。ゲヴェルとあの輸送艦を逃がす時間は稼いだと言う事かしら」

 

 ヴィレッタ達が退いたのと同時に、地球連合側も機体を収容して宙域を離脱していた。
 あちらもこちらもこれ以上の戦闘による消耗を望まなかった結果だろう。テンザンだけは連合側のヴァイクルとの決着に拘泥していたが、それもアルベロが黙らせた。
 他の機体が艦に戻る中、最後まで虚空に佇んでいたメディウス・ロクスは、一度だけ105ダガー二機が消え去ったであろう方角を振り返った。

 

「貴方も表舞台に立つ事にしたのね、少佐」

 

 一方、全機を収容したゲヴェルとシルバラードは、援護に駆け付けた105ダガーとその母艦である輸送シャトルと合流して一路月のプトレマイオス・クレーターを目指していた。
 危険な遭遇戦ではあったがその分、良質のデータが多く取れたのがせめてもの救いだろう。
 ゲヴェルの艦長室で、艦長であるレフィーナと副長テツヤ、それにWRXチーム隊長のイングラム、MS隊隊長のカイが顔を揃えていた。
 援護に駆け付けた105ダガーのパイロットの一人が面会を求めて来た為である。
 ほどなく、そのパイロットが姿を見せた。地球連合の共通規格の軍服に身を包み、一部の隙もない身のこなしで自分に集まる視線と共に部屋のレフィーナの前まで歩み、音もなく足を止める。
 緩やかに波打った紫の髪を持った男だ。
 顔の右半分を覆う髪に隠された顔立ちは、知性と穏やかさ、そしてその奥に滾る情熱が見て取れた。
 落ち着きはらった外見に反して情は深く激しいからかもしれない。
 指先まで鋼の芯を通したように手を伸ばし、右肘を曲げて右のこめかみのあたりに突きつける。
 士官学校で見本とされても良い位、ぴしりと決まった敬礼だ。

 

「情報部のギリアム・イェーガー少佐ですか」

 

 これはレフィーナだ。手元のディスプレイに表示されたギリアムのプロフィールに目を通しながらの一言である。
 エール105ダガーのパイロットが目の前の青年であったのだ。

 

「先ほどの戦闘での援護、感謝します。ギリアム少佐」
「いえ」
「それで、私達に話とは?」
「はい。本日付で私と私の部下が貴艦の所属となった事をお伝えする為です」
「少佐がですか? それは、初耳ですが」
「本来、私は別の任務についていたのですが、連合の参謀本部の決定で宇宙での対ザフト戦の早期決着が決定され、WRXとガルムレイドを有する貴艦への戦力の増強の一環として私が選ばれたのです。
プトレマイオス・クレーターで我々の他にも複数の艦艇と機動部隊を統合し、地球連合特務艦隊として再編成し、ザフトとの決戦に当たる事が決定しています。追って通達が来るでしょう」
「ギリアム少佐の腕前は自分が保証します。艦長」
「キタムラ少佐? お知り合いですか」

 

 後ろで腕を組んで石像の様に微動だにしていなかったカイの発言に、レフィーナの傍らのテツヤが聞き返した。
 カイの声にはわずかに親しみの情が込められていた。

 

「少佐はおれと同じ教導団のメンバーだ。腕は団の誰よりも立った」
「教導団の!?」

 

 教導団とは、新兵達に教育を施す教官に対し、教育を行う最高級の腕前を持った面々の事だ。
 その性質上各基地単位でパイロット達の技量向上に向けて特殊訓練を施すなり、戦術モーションを組み上げるなど、軍全体の戦力向上を役目としている。
 その為、カイやギリアムの様に前線に出る事はまずない筈であった。ましてやギリアムの所属は情報部だ。

 

「上層部で色々とあったようです。ザフトとの戦闘を終え一刻も早くプラントを抑えたい者達がいる……。世界の安定、あるいは自分達の欲望の為に。その為には戦えるものは這ってでも戦場に立たせよう、そう考えた者がいる。自分に言えるのはここまでです」

 

 咄嗟にレフィーナ達の脳裏に思い描かれたのは、ブルーコスモスの盟主ムルタ・アズラエルである。
 プラントとの開戦から今日まで、その財力と政治的影響力でありとあらゆる方面から、プラント駆逐、ザフト壊滅、コーディネイター殲滅の為に働きかけてきた男だけに、何でもしそうなイメージが植え付けられていたせいだろう。
 カイの場合は本人の希望もあって前線に立っているが。

 

「しかし……」

 

 これまで口を閉じていたイングラムだ。どこか含む口調に、室内の誰もが目を向ける。

 

「話が早過ぎる。確かにNJCの効果で連合全体の生産力も回復し、MSの数も既にザフトと同等かそれ以上が揃ってはいるが、守る側は攻める側よりも戦いやすい。まだそれほどには戦力は上回ってはいない筈。なのに、このタイミングでこちらから動くのには何か理由が?」
「一つは、地上で勃発した南米とアフリカ大陸における大規模戦闘の為だ。連合上層部はこれの鎮圧よりも宇宙での戦闘に重きを置き、ザフトを壊滅させプラントを制圧した後に地上での戦闘を終息させるつもりらしい。
そしてもう一つの理由は、ザフトが極秘に開発したと言う戦略級兵器の完成が間近らしいという情報が入ったためだ」
「戦略級兵器? 具体的にはどのような?」
「詳細は不明だ。情報部もすでに動いてはいるが未だに所在も掴めていない。だが、戦局を変えうる規模の兵器である事は確かだ。場合によっては第二のニュートロン・ジャマーとなりうる」
「上層部はそれを恐れているのですね」

 

 レフィーナが重々しく呟く。ニュートロン・ジャマーの齎した悲劇は人類史上最大規模の死を生んだ。
 それに続く悲劇を生みかねぬ兵器が開発されたと言うなら、地球に住む誰もが暗澹たる思いに駆られる事だろう。
 そして、怒りを胸に宿す。あれだけ殺しておいて、まだ殺したりないのか。お前達は自分達ナチュラルを人間とさえ思っていないのか。 やはりお前達は自分達とは別の生き物なのか。ならば……ならば、何を躊躇う事がある!? 
 人間を人間と思わぬ連中に、何を遠慮する事がある。何を躊躇う。引き金を引く指に迷いはなく、平和を求める声は憎悪の叫びに飲み込まれて潰えて行くだろう。

 

「無論、この事は他言無用に願います。まだ一部の将校にしか知らされていない極秘事項ですので」
「なぜ、私達にそのような重大な情報が知らされたのですか?」
「アズラエル氏は、どうやら貴方方に何かを期待しているようですよ」
「アズラエル理事が? 何を考えているのかしら……。いえ、今考えても仕方がありませんね。ギリアム少佐、我々は貴方方を歓迎します」

 

 一方、ゲヴェル格納庫に、リュウセイとオルガがいた。
 シャニは自室に戻ってデスメタル系の音楽に聞き入り、クロトはレクルームで携帯ゲームに興じている。
 WRXチームはシルバラードに戻っている為同席していない。
 見た事の無いストライカーを装着しているとはいえ、それなりに量産されている105ダガーであるため、オルガはあまり興味のある様子とは言えない。
 とはいえ、リュウセイに付き合っている辺り律儀な所もあるらしい。

 

「お前の知り合いが乗ってんのか?」
「ああ。まだおれがヴァイクルに乗る前に知り合ったんだ。最初におれが世話になった人だよ」
「お前みたいな素人をか。はっ、そいつは御苦労なこったな」
「言うなよ。お前らだってカイ少佐にいつも小突かれているだろ」
「てめえみてえにゲーム感覚でやっちゃいねえよ。……今はな」
「あのなあ、おれだってゲームのつもりで戦争なんかしてねえよ。そりゃ、最初の頃はそういう気持ちもあったけどさ」

 

 と、お互いに軽く罵り合っていた時にふわりと、軽くコックピットから降り立つ人影があった。
 リュウセイの姿を認めると、床を蹴って弾むように近づき、その途中でヘルメットを外して小脇に抱えた。
 きつく体を締め上げるパイロットスーツ越しにもはっきりと分かる豊満な肉体。
 胸で揺れる双乳に柔らかなラインを描く肢体と言い、少女から女性への過程を終えつつある女の艶を帯びつつある。
 背の中ほどまで伸びた濃緑の髪が、水中花の様にゆらゆらと揺れて広がった。
 まとまりなく広がるその髪を左手で抑えつけて、女性は優しい笑みを浮かべた。
 東洋系の血を引いている事が伺える顔立ちは、まだ若く、二十歳を迎えたかどうかと言う程度だろう。
 化粧など必要ないだろう程に整った眼鼻顔立ちで、今は笑みの形を作った唇には鮮やかなルージュが引かれていた。

 

「久しぶりね、リュウ」
「ああ、アヤも元気そうで安心したぜ。こんな所で会うとは思わなかったけどな」

 

 リュウセイにアヤと呼ばれた女性は、浮かべていた笑みに、手間のかかる弟に向ける姉の慈しみを重ねた。
 アヤ・コバヤシ。東アジア共和国の領地となった日本で、軍にスカウトされたリュウセイの教官役を最初に務めた女性であり、因果を越えた数多の世界で共に戦った仲間の一人でもあった。