SRW-SEED_ビアンSEED氏_第79話

Last-modified: 2013-12-26 (木) 22:59:56
 

ビアンSEED
第七十九話「闇に堕ちる」

 
 

 アークエンジェル級三番艦ゲヴェル艦橋にて、AI1セカンド殲滅から時を置かずして出現した理解不能な魔怪変化・悪鬼羅刹の類としか思えぬ、一キロメートルを超す巨大な生物を、レフィーナは呆然と見ていた。
 というよりも、生き残った地球連合の将兵全員が同じ思いであったろう。故郷を守らなければならないと言う、問答無用の想いがあればこそ何も考えずに戦えているザフト兵らに比べ、連合の将兵には自分達を突き動かすモノが無い。
 本作戦における地球連合の大敗は決定したも同然であったが、ジェネシスが変容したとはいえ、破壊された事によって地球滅亡のシナリオは回避できたと安堵し、緊張の糸が緩んだ所に、コレだ。
 まっとうな判断能力を維持できる者など、居る方がおかしいだろう。目の前では真ナグツァートを相手にネオ・グランゾンとネオ・ヴァルシオンが、同じ人類には決して向けなかった破滅の牙を振るっている。
 それは、ザフト、地球連合の全戦力を持っても、例え核兵器を用いても勝利は不可能ではないかと悟らざるを得ない圧倒的な、神代の戦の様であった。世界の覇権を賭けて争う天上世界の神と魔界の王との、最終戦争。
 ネオ・ヴァルシオンの右手の一振りでデモンゴーレムの群れがまとめ十数体ほど吹き飛び、形状を再生する魔力も失ったか、デモンゴーレムは一体残らず微細な土に還元する。
 ディバイン・アームの刀身が帯びた莫大なエネルギーの余波だ。そのまま斬撃の軌跡を描いて飛んだディバイン・アームのエネルギーは、背後のゾンビーMSもまとめて寸断してみせた。
 触れた端からゾンビーMSのシルエットがぼろぼろと崩壊してゆく。超高熱による物質の崩壊現象だ。朽ち果てた機体を傀儡と変えて操る魔力も同時に消し飛び、二度と蘇る事はなかった。
 真ナグツァートが、現実や人々の悪夢の中に存在するどんな種類の蛇よりもはるかに汚らわしい下半身をくねらせて、直径数十メートルを超す無数の尾の一つが、ネオ・ヴァルシオンとネオ・グランゾン目掛けて振り下ろされる。
 容易く音速を超えた尾は、莫大な魔力を纏い、闇色の燐光を纏っていた。その巨大な質量のみならずヴォルクルスと融合し、死者の魂を食らって増したルオゾールの魔力を纏った一撃は、はるかに強化されているに違いない。
 受け止めた空間歪曲場にかかる負荷の数値に、ビアンとシュウの眉が揃って動いた。同様の空間干渉機能を有するか、空間をねじ曲げるほどのエネルギーを持ってのみ突破可能な空間歪曲が破られる寸前であった。
 いや、接触から一秒、尾からの負荷は更に強化された。一撃でプラントの枢軸を支えるシャフトもへし折る純粋な破壊力に、ヴォルクルスの魔力に支えられたルオゾールの呪術が加わった時、ほぼ無敵の空間の防御は硝子細工のようにあっけなく破られた。
 ディバイン・アームで受けた機体がはるか彼方へと吹き飛ばされそうになるのを、テスラ・ドライブと重力操作の併用で立て直し、ビアンは真ナグツァートの頭部めがけ、背の超重力衝撃砲の照準を向けて放つ。
 二筋の黒い光は、絡みつく不可視の鎖から解き放たれた獰猛な黒い獣のように、襲い掛かる。
 デビルジェネシスへと変貌したAI1セカンドに痛打を浴びせた二条の黒い筋は、しかし、汚らわしい邪神の肉体に触れる寸前で無数の細かな筋へと変わって散り散りになる。
 ガラス状のドームに雨が降り注ぐように、真ナグツァートの表面で無数の微細な粒子となって、束ねられ志向性を与えられた超重力が霧散するのを見届けて、ビアンがひび割れた大地の様に固い声で言った。

 

「あれがアストラルシフトか?」
「それもありますが、それだけではありません。ヴォルクルスの放つ魔力そのものが空間を歪め、重力干渉を防ぎました。アストラルシフトを排除しても、存在そのものが極めて強固な防御機能を備えているようですね」

 

 シュウが、常と変わらぬ冷徹さの中にわずかに称賛する様な響きを交えてビアンに答えた。存在を許さぬほど絶対に滅殺せねばならぬ敵とはいえ、評価するに値する能力を備えていると言外に認めているのだろう。
 時折砂漠に生じる蜃気楼のように真ナグツァートの姿そのものが半透明に透き通っては、揺らいでいる。いまだにネオ・グランゾンとネオ・ヴァルシオンの攻撃は、ただの一度たりとも真ナグツァートに届いてはいなかった。
 幽界と現界の狭間を行き来する大魔術は、二つの世界に同時干渉を可能とする術や兵器を持ってしか打ち破る事叶わず、また、それを可能としても強大という言葉では足りぬ魔力の庇護を持つ真ナグツァートの防御を貫くにも、莫大な力が必要とされる。
 さらにいままだ無傷である為に確認こそできていないが、真ナグツァートがヴォルクルスと同等かそれ以上の再生能力を備えているのは間違いない。ましてや、それをルオゾールが取り込んだC.Eの無数の死者の魂達の苦痛が支えているのだ。
 真ナグツァート=ルオゾールを斃すには、これまでのプラントと地球連合との戦い、ひいてはナチュラルとコーディネイターの争いで死した人々すべてを凌駕するほどの力が、あるいは想いが必要なのであった。
 真ナグツァートの巨体に、一斉に無数の瞳が開いた。粘液に塗れた蛇のようにうねくる体にも、鱗にびっしりと覆われた触手にも、異様に真白い角にも、所構わずまんまるい満月の様な瞳が、肉を割り、鱗の奥から覗いた。
その瞳の中で常に鮮血を溢れさせているような赤い色だ。爬虫類の様に縦に細まった光彩から、直径十メートルを越す球体が次々と吐き出される。
 紫色の炎の中心で明滅する火の玉に、血の涙を流して苦痛を訴える人々の無数の顔を見て、ビアンが低く唸った。ルオゾールが取り込み、まるで子供が飴玉をしゃぶる様に弄んでは苦しみを与えている無数の霊魂だ。
 ファントムビュレットと呼ばれるそれは、総数六万を超す死者の霊魂を、ルオゾールの魔力によって霊魂さえも燃やす異界の炎に包みこみ、死者の訴える苦痛を倍増化させて、敵対する者達の精神と肉体を焼く怨念へと変える。
 一目でも見つめられれば、永劫に昼日中でも悪夢に苛まれるだろう狂気の瞳が、一斉に見開いた。同時に解き放たれるのは、むざむざと苦痛を刻んだ死者の顔が浮かぶ紫炎の球。
 ネオ・グランゾンとネオ・ヴァルシオンに群がる万単位の死者の魂達を、シュウが冷ややかに迎え撃った。生者も死者も、敵する者には等しく制裁の刃を向けるこの青年の精神もまた、決して尋常な人のものではない。
 ネオ・グランゾンの性能を完全に発揮し得る唯一の操者たるシュウの手で、ネオ・グランゾンは思う様、その強大なる力を開放する。
 青色の重厚な鎧に身を包んだ魔神の胸で輝く黄金球が、唸るような音と共に鈍く光を放つ。
鼓膜ではなく、魂そのものを直接震わせる死者達の苦しみの声ばかりが、虚ろな宇宙を満たす中、ネオ・グランゾンとネオ・ヴァルシオンを取り囲む六万超の霊魂達に寄り添うように、深い冥界へと続く洞穴を思わせる黒い穴がぽっかりと開いた。
せせら笑うように、冷たく、どこか妖しくシュウが唇を動かした。

 

「残念ですが、私も手加減する余裕はないのですよ。ワームスマッシャー、発射!」

 

 同時に六万を越す死霊の全てを捉え、放たれたワームスマッシャーの超高圧縮破砕エネルギーは、霊的な力であるアストラルネルギーが織り込まれ、物理法則の楔から解き放たれた筈の霊魂の全てを貫いて霧散させて見せた。
 異世界のグランゾンは同時に最大65535の目標を攻撃可能とする能力を有していたが、こちらのネオ・グランゾンもまた同等以上の能力は有しているらしかった。
 十二万の光の輝きが衝突して生み出した六万の輝きは、金色と紫の二色が互いを貪り合う様に混沌と混ざり合い、一度瞬く間の時間だけ峻烈に輝いて三つの影を照らし出す。
 止むに止まれぬ状況とはいえ、邪な神に囚われた死者をさらに殺してみせるとは。その心、その力、共に人間ならず。ラングラン王国に託された予言の魔神とは、ヴォルクルスでもグランゾンでもなく、正しく汝を指示したものか、シュウ・シラカワよ。
 周囲を闇と光の洪水で埋め尽くされたような光景に、ネオ・グランゾンのコックピットの中のチカが、器用に青い羽根の先をくっつけて、南無南無ともごもご嘴を動かした、

 

「成仏してくださいね」
「さて、余所見はそこまでにしなさい、チカ」

 

 一進一退の攻防、と言いたい所だが、ビアンの負傷や人間の肉体と規格外のバケモノと化したルオゾールとの肉体的耐久力の差なども考慮すれば、長引けば不利なのはこちらであるとシュウも内心で理解していた。
 億単位の霊魂を取り込み、今も戦場で死した者達の魂を貪り食って、その苦痛と負の感情全てを糧にして力に変えているであろうルオゾールは、むしろ秒単位でその魔力や邪悪さを強化している。
 いかにシュウ・シラカワとネオ・グランゾンを持ってしても死力を尽くした果てにあるのが勝利の二文字とは、言いきれぬ強敵であった。
 真ナグツァートの頭部に、ぼこぼこと泡立つ様に浮き出た肉の瘤がルオゾールの顔を形作った。額から顎先まで三十メートルはあるだろう。勝利の栄光は自らのものと信じ切り、余裕の笑みは脂ぎった俗人の低劣さを湛えていた。

 

『見事見事、よくもここまで私と戦えるものです。ところで、クリストフ、いやシュウ殿、どうやらご自分に防御魔術を施しておるようですな。私の精神干渉を防ぐ重厚な壁が分かりますぞ。記憶の復活に伴う契約の復活、流石に予期しておられたようだ』
「それ位は想像がつきましたよ。記憶の喪失と共に失われた契約が、記憶の復活に付随する可能性はね。その為に、貴方と袂を分かってから色々とこの星を巡ったのです。おかげで今の貴方といえども、私の精神に鎖を巻く事はできません」
『ふむ、臆病なほど慎重な方が、神に抗う者にはちょうど良いでしょうな。であれば、貴方の魂を包む肉体という殻を壊してから、その心を私が蹂躙して差し上げる』
「そう、容易く行くとでも? チカ、アストラルエネルギーを」
「了解! カバラ秘数に、ゲマトリア変換、虚無関数-∞、ラプラスの虚海とコネクトします。アストラルシフト破り、いつでもできます、ご主人様!」
「ビアン博士、そちらは?」
「問題ない。ディバイン・アームに仕込んだ異次元干渉システムの起動は終わっている」
『ほう!?』

 

 青黒い肉瘤の集合体であるルオゾールの顔に、紛れもない感嘆の色が浮かんだ。その極彩色に濁る二対の瞳に、青い魔神と真紅の大魔王の総身から溢れる異界のエネルギーを感知したのである。
 ネオ・グランゾンの胸部の装甲が開き、まるで鋼の花弁の様な中央にある金色の球体を中心に、漆黒の魔法陣が展開された。数十万を越す微細な魔法文字が、世界の闇に精随した魔道士たちが解き明かしてきた法則に従って羅列される。
 人類誕生以前に存在していた古代種族の呪術までも組み込み、大天才シュウ・シラカワの頭脳が完成させた対アストラルシフト破りの為の魔法陣であった。
 二つの世界に同時に存在し、この世の物理法則の外にも身を置く事で物理的干渉の一切を防ぐルオゾールの魔術を破る為の切り札だ。
 同じく、ネオ・ヴァルシオンが両手で握りしめたディバイン・アームの柄にある突起物が伸び、スチームを噴き上げる。刀身を形成する液体金属の分子レベルで刻んだ魔術文字が、プログラムに従って光を放ち、霊的存在への干渉作用を励起する。
 ネオ・ヴァルシオンとネオ・グランゾンの桁違いの出力に支えられ、両機が手中に収めた異世界への干渉能力が花開く。

 

「ブラックホールクラスター、発射!」
「ディバイン・アーム、モード選択“慶雲鬼忍剣”!」

 

 闇と闇と闇とが、果てしなく交わり続け果てに生まれた様に、どこまでも深い黒い異界への門と、白銀の刃から放たれたこの世とこの世以外の存在を同時に切裂く光の剣閃が、真ナグツァートの魔力と妖気が織りなす防御圏を突破し、その巨体に直撃する。
 陽炎のように揺らいで見えていた真ナグツァートの姿が、光と闇の二つの攻撃によって徐々に固定化され、透き通っていた体により濃密な色を帯びはじめる。
 向こう側に存在していた真ナグツァートの半身とでも言うべき存在部分が、アストラルシフトの崩壊によってこちら側に固定されようとしているのだ。これで、残るは真ナグツァートそれ自体が備える妖気圏さえ突破すれば、こちらの攻撃も通る。

 

「なに!?」
「アストラルシフトがっ」
『ふははははははは!! これもまた私の思ったとおりでしたな。我が異界への衣を剥ぎ取ろうと貴方が画策していた事など、すでに一度味わった身。ならば貴方が我が呪縛に対する策を練ったのと同じように、私もまた工夫を凝らしてみました。
 わが身に宿る神の魔力で即座に連鎖崩壊したアストラルシフトを再構築したのですよ。しかも、常に増し続けるこの魔力が、より強靭にしてゆくのです。いかに貴方方といえど、たった二人で神の身に触れようなどと、不可能!!』

 

 揺らぎはじめ色を帯びていた筈の真ナグツァートの姿は、今また幽幻の世界の住人と化し、狭霧を挟んだ様に半透明に戻ってゆく。

 

「どうだ、シュウ?」
「計測しましたが、ネオ・グランゾンとネオ・ヴァルシオンと同等クラスの存在がもう一機、いえ、二機加わればシフトを破る事は可能です。
その上で、アストラフルシフトを再構築する暇を与えずに大ダメージを負わす必要があるでしょう。精霊憑依をしたサイバスターを加えたとしても、まだ足りません」
「……」

 

 苦いモノが広がるビアンの顔が見えたわけではないだろうが、真ナグツァートと同体となったルオゾールは、自身の勝利を確信し、高らかに宣言した。

 

『人間よ、哀れな子羊よ、無力な虫けらよ。神が、このサーヴァ=ヴォルクルスが、このルオゾールが、お前達に救いを与えよう。死こそが世界のあるべき姿! 我がもたらす破壊こそは真実の祝福。馥郁たる死の福音に酔いしれながら我と一体となるべし。
 死して後、汝らの霊魂は我が血肉となり、我が魂と共に不滅となる。恐れよ、震えよ、しかる後、汝らは至福に包まれるであろう。永遠不滅の存在の礎となれた幸福に』

 

 ザフト・DCと激しく争うヴォルクルス分身体達が、真ナグツァートに応じて耳にした端から体が腐ってしまいそうな咆哮を挙げた。魔力を帯びた音の波は心の弱い者達を即座に発狂させ、死の淵へと叩きこむ魔性の歌声であった。

 

   ▽   ▽   ▽

 

 宇宙空間であると言うのに、込められた魔力によって群がるMSを粉砕して、ヴォルクルス分身体の咆哮が無色の津波となって四方に走る。瞬く間に微塵に砕けるMS達の中で、不可視の攻撃を、回避した一団が反撃の砲火を浴びせた。クライ・ウルブズ所属のMS部隊である。
 フルドドを失い、残っていたダブル・シールド・ブースターを装備したガームリオン・カスタムに、ジガンスクード、ランドグリーズ・レイブン、ラーズアングリフ・レイブン、M1カスタム、ヒュッケバインMk-Ⅱだ。
 先行して、AI1セカンドと戦っていたシン達を回収する為に船を速めて向かっていたのだが、その半ばほどでヴォルクルスの出現に遭遇し、大急ぎで機体を出撃させて、このアズライガーを上回る巨躯の化け物と戦っているのだ。
 残存していたザフトの部隊はもう哀れなほどに倒され、相当数が残っていたDCの部隊も、見る間に数を減らしている。それに反比例して、ルオゾールの死霊魔術によって使役されるゾンビーMSは数を増し、分身体の繰り出す攻撃の苛烈さは増すばかり。

 

「仕掛けるぞ、おれに続け、カーラ!」
「分かってるってば。こんなわけの分かんない奴に負けてなんかいられない!」

 

 ラーズアングリフ・レイブンの荷電粒子砲が直径五メートルを超す穴をヴォルクルスに穿ち、ランドグリーズ・レイブンが全身から放ったミサイルの雨が、全身に非の花を咲かせて肉を弾き飛ばし焼き尽くす。
 アルベロが置いていった半壊状態のビルトシュバインからはぎ取ったグラビトンランチャーを構えた、ジャン・キャリーのヒュッケバインMk-Ⅱが、のけぞって苦痛を露わにするヴォルクルスの額に超重力の槍を突き刺した。
 異形のモノを前にして、これまで以上の連携を見せて邪神の巨体を破壊し続ける。しかし、息つく間もおかずに叩きこんだ連続攻撃の大きな痕は、見る間に新たに生まれてくる肉によって徐々に埋もれ、吐き気を催す皮膜が覆い始める。
 なんて無節操な、そんな感想を抱いたレオナの機体めがけて四方から触手の群れが襲いかかった。ヴォルクルスが肉体の一部を変化させて造り出した生ける肉の槍であり鞭であった。
 鮮やかなバレルロールと三次元機動で回避し、オクスタンライフルのセレクターをEモードの連射に合わせ、毎分五百発を越すビームの連射でぼろ屑の肉に変える。
 ビームを浴びた先端からグズグズになってゆく触手に気を取られた背後から、デモンゴーレムが、均整の取れていない腕を振り下ろさんと身構えていた。背筋を貫く氷の針の様な破壊衝動を察知し、レオナが機体に回避行動を取らせようと操縦桿を傾ける。
 生と死の凝縮した一瞬の後、デモンゴーレムは胴体を横断した銀色の筋に従って斜めにずれてすぐに元の土くれに戻った。
 ビルトシュバインのシシオウブレードを手に握ったM1カスタムである。

 

「ゼノサキス一尉!?」
「無事の様ですね。ですが、まだ来ていますよ」
「っ!」

 

 さしものゼオルートも、故郷に伝わる忌わしき神の出現を前にして常の様な冷静さは保てぬか、わずかに声に苛立ちの様なものが混じっていた。その声の変調に気づくよりもレオナはゼオルートの指摘した背後を振り返った。
 その視界を紅の壁が塞ぐ。何度も見たその姿は、まごう事無きジガンスクードの背だ。
 新たに迫っていた触手の槍を、光の壁で遮り、雷光を纏った振りかぶった巨大なシールドで殴り飛ばす。

 

「おれのレオナちゃんに、指一本触れさせるかってえの! シーズサンダーとギガ・ワイドブラスターだ、まとめて持ってけえ!!」

 

 シーズサンダーに焼かれて黒炭に変わり痙攣する触手と、その大本であるヴォルクルスめがけて胸部から金色の三角形の大出力ビーム砲を叩きこんで、触手を根元から吹き飛ばす。ただし、ヴォルクルス本体はいまだ健在だ。

 

「くそ、あのわけのわからないモンスター映画の産物みたいなやつ、どうすりゃいいんだよ」

 

 通信機越しに聞こえてきたタスクの珍しい言葉に、レオナは同意する様に秀麗な眉を寄せた。確かにタスクの言うとおり、こちらの攻撃を上回る速度で傷を癒すヴォルクルスを前に、彼らは手詰まりを感じていた。
 タマハガネの艦首の四連装のGインパクトキャノンを警戒してか、ヴォルクルスの周囲を取り巻くデモンゴーレムや死霊の操るMS達はタマハガネへと群がり、レオナ達もヴォルクルスへの攻撃に集中し切れていない。
 大本の元凶であろう相手は、ビアン総帥と見知らぬ機体が相手をしてはいるが、傍目にも苦戦の様子は明らかだった。
 ネオ・ヴァルシオンやネオ・グランゾンの助力があればヴォルクルスの分身体やデモンゴーレムの類などは数が鬱陶しい程度の敵でしかなかったが、現状の戦力では打破の道のりは果てしなく遠いもののようだった。
 そんな、鉛の様に思い不安が心の中に渦巻き始めた時だった。レーダーに新たな反応が映り、それは、地球連合の残存艦隊である事を示していた。このタイミングでの彼らの動きに、誰もが注意を向けるのは仕方のない事だろう。
 さきほど脳に直接聞こえてきたルオゾールと名乗る男の言葉を聞いたならば、彼らもヴォルクルスとの戦闘に力を貸してくれるものと、誰もが大なり小なり期待してしまう。だが、だが、と同時に確かな不安も抱いていた。
 この状況を好機と見て、ザフトとDC、ひいてはプラントを殲滅せんと攻撃を仕掛けてくる可能性がないと、言いきれぬモノが、彼らの間にはあった。
 これまでの戦いと、つい先程まで行われていた核ミサイルとジェネシスという兵器の存在が、容易くは埋められぬ疑暗という名の溝を掘っていたのだ。
 そして、地球連合艦隊をまとめる、白い船体に紫のラインが走ったアークエンジェル級の艦長からの通信を、彼らは固唾を飲んで聞いた。

 

   ▽   ▽   ▽

 

「本当によろしかったのですか、艦長」
「ええ。こうするしか、私達が生き延びる道はないように思えましたから。記録に残しておいていただいても構いませんよ?」
「いえ、自分は貴女を信じていますから」

 

 ザフト・DCに向けて援護する旨の通信を終えたアークエンジェル級ゲヴェル艦長、レフィーナ・エンフィールドの横顔を見ながら、副長であるテツヤ・オノデラが確認した。
 どこか作業的なのは、この選択を選んだことを、レフィーナが後悔していないと分かっているからだろう。
 AI1セカンド戦では傍観に徹した地球連合の残存艦隊であったが、さきほどこの宙域にいるすべての生ある人間の脳裏に届いたルオゾールの破滅の宣言と、おぞましいヴォルクルス達の姿を見る間に、ようやく決心を固める事が出来た。
 残されていた艦隊を再編成し、指揮系統を再構築して、DCとザフトの部隊に襲いかかってきたヴォルクルスの軍勢の背後から一気に責め立てている。
 機体の応急処置と補給を終えたω特務艦隊の精鋭達も、一時、ザフトとDCとの禍根を胸にしまい、悪夢という現象の粋を集めてこしらえたような化け物の群れへ剣と銃口を向けている。
 レフィーナの直感この上なく正常に機能したと言える。現在の地球の戦力では、今、ルオゾールを斃す事が出来なかったら、破壊神の蹂躙を妨げる存在はありはしなかっただろう。
 ドミニオンからもMS部隊が光の尾を引いて飛び立つのを横目に、レフィーナはこの戦いを生き残れるだろうかと自問しながら、メインモニターに映る複数のヴォルクルスと真ナグツァートの姿を睨みつけた。
 その華奢な肩がわずかに震えているのに、傍らのテツヤだけが気付いていた。

 

「総員に通達。死力を尽くせ、地球人類の命運、この戦いに掛かっているぞ!」

 

   ▽   ▽   ▽

 

 破壊の神と異邦人とこの世界の人間たちの戦いの舞台となった宇宙で、今、二種の風が吹き荒れていた。ひとつは血の中に夜の色を混ぜた色をした、不吉を運ぶ魔の風。対するは世界の穢れを取り払う正常な白銀の風。
 サイバスターとイズラフェール。二機の魔装機神を中心に、宇宙空間に風が吹き荒れ、他者の足が踏み入る余地の無い風の決戦場を構築している。
 過程は異なるが、精霊の力をこの世に顕現させる精霊憑依によって、無限とも言われる力を我がものとしたサイバスターとイズラフェールは、真ナグツァートとネオ・グランゾンらが繰り広げる魔戦に劣らぬ戦いを繰り広げていた。
 魔装機を超えた超魔装機の操者たるフェイルロードやテューディでさえ、介入する余地の無い超絶の戦闘であった。
 サイバスターの機体そのものを源に四方に吹き荒れる翡翠と白銀の混ざった風は、マサキの意思に従って自在に吹き荒れ、同じくイズラフェールの機体から吹き出す地獄の瘴気の様な風と食らい合って霧散する。
 マサキは、今やサイバスターとサイフィスと風と一体となっていた。サイバスターはマサキであり、サイフィスもまたマサキであり、風そのものがマサキだった。どこにでも行ける、どこまでも広がってゆける。
 故に風は自由だ。故に風は無限だ。どこへでも行けると言う事はどこでも行けないと言う事ではない。風は、どこへでも行けるが故に、どこへ行こうかと胸を高鳴らせているのだ。
 そしていま、風そのものと化したマサキは、乱れ交わる清と濁の風の中で、斃し、そして救うべき敵の姿を捉えていた。視覚・聴覚・嗅覚・触覚・味覚・第六感のすべてとそれ以外の何か神がかった感覚が、同じ風の精霊の力を行使する者がいる事を伝えていた。

 

“そこか!!”

 

 人間の声帯では決してあり得ぬ響きは、マサキの言葉ではなく思考であった。心に聞こえるサイフィスの導きに従って、マサキはサイバスター=自分の瞳をある一点に向ける。
 そこに見えた。発狂しながらなんの法則もなく吹き荒れる風の只中に、より暗く、より禍々しい影が見えた。イズラフェール、敗れた身をルオゾールに捕えられて傀儡と成り果てた魔装機神の姿が。

 

“おおおお!!”

 

 かすかに残るマサキの人間の感覚が、右手にサイブレードを握っていると告げている。本来ならサイバスターが右手に握っている筈のサイブレードを、自分自身が握り締めている感覚。いまや身も心も同一化しつつあるようだ。
 二色の風の唸りの中で、二機の機影がわずかに影絵の様に浮かび上がり、それらは共に振り上げた刃を打ち合わせ、エーテルを震わす振動を放って別れた。
 すべてを吹き飛ばす猛風をイメージした。左手を振るう感覚に従って、機動戦艦だろうがこの葉の様に吹き散らすであろう、きわめて純度の高い霊風が吹き荒れる。物質の概念を越え、高次元の現象へと昇華した風は、同様の風に相殺される。
 マサキは疾風であった。イズラフェールは烈風であった。マサキは聖風であった。イズラフェールは魔風であった。共に風という現象でありながら、帯びる聖性はまるで正反対の二人の戦いは、しかし、決着を迎えようとしていた。

 

“今度こそ解放してやる! コール・フェニックス!!”

 

 サイバスターから吹き荒れた風が、まるで龍と隼を掛け合わせたような、幻想の中の生物へと変わる。かつて、一人の勇者と共にサーヴァ=ヴォルクルスを封じた神鳥ディシュナスの姿へ!
 翼長五百メートルを超す風の鳥となったサイバードの形をした影が、巨大な悪魔の如く形を変えた黒い影と挑む。
 風のディシュナスの中心部で、サイブレードが描いた魔法陣から炎の不死鳥が召喚される。紅の不死鳥は、その中にサイバードを抱きながら、ディシュナスとも融合し、この世のものも、この世ならざるものも打ち砕く破邪の意思となる。
 悪魔の影もまた、両腕を交差させ、腹部を中心に血の色の粒子が収束し、魔の風もまた形を変えて行く。今のサイバスターにテューディが実装させること叶わずにいたコスモノヴァの、イズラフェールの武装だ。

 

“いくぜえ、アカシック・バスタァアアアー!!!!!”

 

 世界の隅々までも響き渡る清澄な嘶きと共に風を纏ったサイバードは、放たれたイズラフェールの最強の武装カオスノヴァと真っ向から激突した。
 共に精霊憑依を行い、かたやヴォルクルスの力を与えられ、サイバスター本来の最強武装を持つイズラフェールに、はたしてどこまで通じるのか。
 暗黒、いや、純粋な邪悪な魔力の塊である紅の魔弾を凝縮させた光は、超エネルギーによって空間を歪め、異次元からの風さえを招来し、一つの異界を構成していた。
 世界を歪めるほどのエネルギーによって異空間へと対象を落とし、無数の星を叩きこむコスモノヴァにも匹敵しよう破滅そのものと、アカシック・バスターは互いを消滅すべくぶつかり合う。
 マサキは体の中から聞こえる軋みに、もうあるかどうかさえ分からない眉をしかめた。
 半ば融合したサイバスターの肉体を構成するズフィルードクリスタルが、徐々に再生機能と纏ったアカシック・バスターの炎の衣を凌駕するカオスノヴァの超エネルギーに悲鳴を上げつつあるのだ。
 イズラフェールの瞳がぬらりとどこかねばついた輝きを放っていた。鏡に映した様な存在であるサイバスターの破滅を、イズラフェールの中のヴォルクルスが喜んでいるに違いあるまい。
 より一層大きくなるイズラフェールの右腕から伝わる苦しみの波動が、マサキと融け合いつつあるサイフィスと同調してマサキの心の中に同様の苦しみを与える。サイフィスとサイバスターとマサキの境界は、今や曖昧なものへと変わっていた。

 

“一つで足りないっていうんなら、もう一つくれてやる! ダブル・アカシック・バスターだ!!”

 

 カオスノヴァとアカシック・バスターの激突点に、直径一キロメートルを超す巨大な炎の魔法陣が瞬時に描かれ、そこをくぐるサイバスターに更なる炎の衣が纏われる。
 二枚一対の翼は付け根から新たな二枚の翼を生やし、炎の羽毛を散らしながら再びカオスノヴァを貫く新たな嘶きの声を挙げる。
 押し込まれ始めていたディシュナスの形をした風と炎の鳥は、勢いを盛り返すも一瞬、瞬く間にカオスノヴァの光の中へと嘴を突きたて、貫く。
 ヴォルクルスの細胞に侵され、オリハルコニウムの装甲に有機的な再生能力と魔術による強化が施されたイズラフェールの機体は、見る間に神鳥の炎と風に浄化され、本来の姿を――それでも宗教絵画に描かれる悪魔の様であったが――取り戻し、消滅してゆく。
 貫いたイズラフェールの後方で、纏っていた風を散らし淡く機体を縁取る輝きと共に、サイバスターは背後を振り返った。翡翠色の光の中で輪郭を失い消滅してゆくイズラフェールの姿を最後まで見届けるためだ。
 光の粒子へと変わってゆくイズラフェールの姿の中で、オリジナルサイバスターの右腕だけが清浄な輝きを放っていた。装甲の分子まで浸透していたヴォルクルスの細胞が全て焼き尽くされ、ようやく呪わしく呪縛から解放されようとしている。
 マサキは、これまで何度か耳にしてきた少女の声と、初めて耳にする男の声を聞いた。まだ青年と呼べる年ごろだろうに、声にはひどく疲れた老人の様な響きが強かった。

 

“ありがとう、マサキ”
「サイフィス……。おれだけの力じゃねえよ。それに、まだ終わってねえ」
“サイバスターの操者よ、礼を言う。おかげで、あの破壊の神の呪縛から逃れる事が出来た”
「あんたは?」
“ゾット、イズラフェールの操者だった人よ”
“マサキ・アンドーよ、頼む、あの破壊神を倒し、世界に安寧を齎すのだ。精霊と共にある魔装機神の操者ならば”
「言われるまでもないさ。いくぜ、サイバスター、おれのプラーナを全部燃やしてでも、あいつを倒す!!」

 

 精霊憑依によって多量のプラーナを失い、顔色を青く透き通ったようなものに変えつつも、マサキは変わらぬ闘志のまま、残るヴォルクルス分身体達へと、サイバスターを飛翔させた。

 

   ▽   ▽   ▽

 

 右手に握った斬艦刀こそ手放さずにいるものの、何の反応も見せず、通信にも応答の無いグルンガスト飛鳥とそのパイロットであるシン・アスカを守るために、ステラ、スティング、アウルが周囲で襲い来る死霊達とが戦っていた。
 アルベロやアクア、リカルドらはこちらへ向かっているタマハガネの進路を確保すべく、途上の敵機の掃討に動き、ギナが率いたラストバタリオンも同じようにして周囲で三機の小隊を組んで戦っている。
 ステラのヒュッケバインが飛鳥の機体を押しやって、一刻も早くタマハガネに合流しようと急ぐが、その道行きを悉くデモンゴーレムや半壊したMSの群れが立ちはだかり、一刻を競うステラ達の精神に多大なジレンマを与えていた。
 不可視のおたけびを挙げるデモンゴーレム達を、撃たれる前に撃って倒して、腕だけになっても襲い来るゾンビーMS達は半ば無視する。
 地上での戦闘では、例え腕だけ足だけになっても這いずりまわって襲ってきたが、この宇宙ではアポジモーターやバーニアの無い手足だけでは到底同じ真似は出来ないからだ。
 浮かんでいる手足に不意を突かれて抱きつかれたりする事はあるかもしれないが、そこまで気を回しては戦えない。

 

「シン、シン!」

 

 ステラの何度目になるか分からない呼び声に、シンの答えはない。グルンガスト飛鳥の中のシンは、暗闇に包まれたぬるい感覚の中で、自分の名前が何度か呼ばれているのを聞いてはいた。
 しかしかろうじて聞きとれるのが自分の名前であるとかろうじて分かるのみであった。もう何もない。唇を動かす力も、指先を震わせる力さえも。本当に、もう、シン・アスカは空っぽになってしまっていた。
 これまでで最も強大な念の力を発現させ、怒りのスーパーモードと共に残っていた全力全身全霊の一撃だったのだ。閉じた瞼を開く力さえも残っていない。自発的に呼吸する体力が残っているだけでも幸いと言うべきだろう。
 それはグルンガスト飛鳥もまた同様であった。AI1セカンドによって左腕はなく、星薙ぎの太刀によって限界を超えた稼働を行ったプラズマ・リアクターは生命維持に必要な最低限のエネルギーを供給しているのが奇跡とさえ言えた。
 機体の全体に罅が走り、爆ぜ割れた装甲の中から断たれたコードや、フレームが覗いている場所もあった。人間であったなら五回は死んでいる惨状であった。機体も主も、共に黄泉路の案内人と挨拶を交わしていてもおかしくはあるまい。
 飛鳥を必死で守るスティング達が、センサーの捉えた膨大なエネルギーと、急速にこちらに近づいてくる物体と、その識別に目を向いた。
 ジェネシスさえ可愛らしく思える超強大なエネルギーを生み出したのは、ルオゾールこと真ナグツァートであった。
 真ナグツァートから放たれた七色のエネルギー波に空間歪曲フィールドを突破され、原子レベルで強化された装甲に大きな罅を入れて、ネオ・ヴァルシオンがここまで吹き飛ばされてきたのだ。

 

「総帥!?」
「ぬぐぅ……スティング? アウルに、ステラもか。シンは、気を失っているようだな」

 

 自分自身、今すぐ病院のベッドに磔にされてしかるべき重症だと言うのに、ビアンはシンの状態に痛ましげに眉を寄せた。コックピットの内部に、先程の一撃で被ったダメージが表示されて、ネオ・ヴァルシオンに無視できない損傷があるのを確認した。

 

「むっ!? ステラ、スティング、アウル、皆、散れい!」

 

 ネオ・ヴァルシオンのセンサーが、三万近いファントムビュレットを補足していた。シュウのネオ・グランゾンにも五万を越す霊魂が放たれている。ビアンのネオ・ヴァルシオンを破壊する為に放ったものであろう。
 真ナグツァートとネオ・ヴァルシオンの過程にある全ての存在を、打ち砕きながら破壊の怨念のみを宿す紫炎の球体が、天の川の様に流れた。
 ビアンの声に、脊髄反射的にスティングとアウルは機体を霊魂の川の流れから外したが、飛鳥を庇おうとしたステラのヒュッケバインは回避が遅れた。
 展開していた空間歪曲と、ワームクロスマッシャーで、直撃コースの霊魂を全て迎撃していたビアンが、ファントムビュレットの一撃にヒュッケバインの左わき腹が抉られるのに気づく。

 

「きゃあああっ!?」
「いかんっ」

 

 一撃を食らい、機体の制御に支障をきたしたヒュッケバインに、次々と群がるファントムビュレットの流れを、即座にワームスマッシャーのワームホールを経由してヒュッケバインの前に現れたネオ・ヴァルシオンの空間歪曲場で庇う。
 弾かれても尚誘蛾灯に群がる蛾の様に方向を転じて襲い来るファントムビュレットに対する為に、ヒュッケバインとネオ・ヴァルシオン、飛鳥をすっぽり囲う様にして球形の空間歪曲場を構築する。
 たちまちのうちに、数千単位のファントムビュレットが三機を破壊し尽くさんと三百六十度を覆い尽くす。ジェネレーターにかかる負荷に眉間に寄せた皺を深くしながら、ビアンはステラに声をかけた。
 シンに声をかけても答えが無いと分かっている。

 

「ステラ、機体は無事か?」
「う、うん。……あ!? ブラックホールエンジンが」
「!」

 

 ステラの言葉と同様が意味する所を即座に理解したビアンが、ヒュッケバインの機体の中から溢れだす重力波に気づき、背後カメラの映像を映し出した。
 まるで、母の胎を食い破ってこの世に生まれ落ちた子のように、ヒュッケバインの中から、光さえも飲み込む黒い球体が溢れだし、ヒュッケバインと飛鳥を呑みこんでしまったではないか。
 ヒュッケバインに直撃したファントムビュレットがどのように作用したものか、厳重に施されたブラックホールエンジンの安全機構を無効化し、ダメージによって暴走したエンジンが、擬似的なブラックホールをその場で造り出してしまったのだ。
 ネオ・ヴァルシオンの重力制御系の機能を持って干渉するよりも早く、ビアンはネオ・ヴァルシオンごと、暗黒の牢獄の中へと飲み込まれた。