SRW-SEED_660氏_ディバインSEED DESTINY_第04話

Last-modified: 2009-05-30 (土) 22:21:11
 

ディバインSEED DESTINY
第4話 『汝ら、何処より来りし異邦人か』

 
 

 指揮官機の撤退と同時にガロイカも全て撤退するか、鹵獲の危険を恐れて自爆している。敵影の消えたトロヤステーションで生き残ったシビリアンアストレイ隊や地球連合駐留艦隊、またクライ・ウルブズは戦闘態勢から救出作業へと移行していた。
 人類の新たなフロンティアの最前線たるトロヤステーションは無残な破壊痕を晒し、撃墜されたMSの残骸が漂う中を縫う様にして動くDCの機体を眺めながら、タマハガネの艦橋でエペソ・ジュデッカ・ゴッツォ大佐は思案の海に沈んでいた。
 エペソが生まれた新西暦世界で銀河列強に名を連ねたある勢力の使用していた兵器が、件のガロイカやゲイオス=グルードだった。
 αナンバーズとゼ・バルマリィ帝国などの戦争の際に彼らの介入はなかったが、その後に戦い死したものかそれとも別世界での彼らか、あるいはこのコズミック・イラ世界の彼らなのか。
 いずれにせよゼ・バルマリィ帝国と対等に渡り合う戦力と勢力、技術を持った高度の技術水準を持った星間文明だ。宇宙でも随一の闘争本能に恵まれた地球人ほど、技術の軍事応用の発想が豊かではない事がせめてもの救いだが。
 最も厄介なのがこちらの世界の彼らである事だろう。別世界の敗残者であるならさほど戦力や人員に余裕はあるまいが、こちら側の彼らであるなら本星や支配星域からの潤沢な補給もあるだろう。
 いずれにせよ、エペソがビアンらと協議して秘匿していたデータを開示し、対抗策を練っておくほかあるまい。戦闘データを見る限り、エペソが知っているものと大差ないのは不幸中の幸いだろうか。

 

「艦長」
「む、なにか」

 

 いささか思案の海に深く潜り過ぎていたらしい。頬杖を突いていた姿勢から顔を上げ、エペソが声をかけて来たオペレーターに目を向けた。

 

「連合艦隊からですが……」
「救助作業が終了次第、退くと伝えておけ。それと貴官らの奮闘に敬意を、とな。作業の方はどうか」
「救助作業の七割は終了しています。各機を帰投させますか?」
「ふむ、それで構うまい。各機を収容し終えたのち、アメノミハシラに戻る。DSSDの処遇はギナやマイヤーらが決めようしな」

 

 エペソの瞳がステーションに戻るアルテリオンやベガリオンらを一瞬だけ見つめ、すぐに離された。DSSDの平穏も今日でおしまいだろう。
 DSSDは元はプラント資本の中立組織であったが、現在は連合の将官などの天下り先としての一面も併せ持ち、地球連合よりの中立組織ともいえる。
 だが、これまた面倒な事に地球連合からすればコーディネイターを多数抱える危険な要素を孕んだ組織であり、プラントからすれば地球連合よりの危うい中立の組織となり、連合・プラントの双方から信用され得ぬ組織なのである。
 ここに最近になってDCも加わったものだから、DSSDは名目さえあれば各勢力が自分達のモノへしようと、機会を虎視眈々と狙われているありさまだ。今回の未知の勢力による襲撃という事態は、恰好の機会となるだろう。
 もはやDSSDの自立は叶うまい。むろんエペソは、DCがどのようにしてDSSDを吸収するか、その方法を頭の片隅で考えていた。
 もっとも、立場上はあくまで特殊部隊の司令どまりなので、具体的な方策はアメノミハシラに常駐しているギナ副総帥やマイヤー宇宙軍総司令に任せればいい。
 ある意味気楽な立場に、エペソはさてどうしたものかと小さく息を吐きながらシートに背を預けて、目を瞑った。

 

   *   *   *

 

 長い黒髪を収めたヘルメットを外し、少し蒸れた空気から解放されて、セツコ・オハラは深く息を吸った。起立型メンテナンスベッドに収まり佇立しているバルゴラ三号機のコックピットの中だ。
 バルゴラ胸部のハッチから水中を泳ぐようにして躍り出て、ふわりと風に煽られた天女の羽衣に揺らぐ黒髪を手で押さえながら、背後のバルゴラを仰ぎ見る。
 珠の粒になった汗が浮かぶのを見て、セツコは自分の鼓動が少し激しくなっている事を自覚した。どっと溢れだした汗が全身を不快に覆ってゆく。
 初めての実戦の緊張、無人機相手とはいえこちらの命が奪われるかもしれない恐怖の連続。モニターにかすかに映った光が当たればそれが自分の死につながると言う戦慄。
 今さらになって渇きを覚える喉や震えを覚えはじめる膝に、セツコはようやく自分が生き残った事を自覚した。

 

「少尉、どうした?」
「チーフ、中尉」

 

 DC製のパイロットスーツに身を包んだデンゼル・ハマーとトビー・ワトソンだ。デンゼルは元の世界で一年戦争を戦い抜いたベテランだし、トビーもDrヘルの機械獣軍団などを相手に戦った経験があるから、肩に要らぬ力が入っている様子はない。

 

「なんでも……。いえ、すこし緊張して」
「無理もないな。とはいえ、良く動けていたと思うぞ。前評判通り丁寧な操縦技術だ。あれなら安心して傍で見ていられるからな」
「そうそう、セツコ次第でおれやチーフをあっという間に追い抜くかもしれないぜ」
「そんな、チーフや中尉に追いつくなんて、とても……」

 

 遠慮がちというか自分に対して自信を持てない様子のセツコの肩を軽く叩いて労い、デンゼルは先に行くぞ、と床を蹴った。

 

「とりあえず今日はお疲れさん。甘いものでも食って休みな。アメノミハシラに戻ったらまたすぐプラントまで船旅だからな」
「はい」

 

 去ってゆくトビーとデンゼルを見送って、セツコはもう一度バルゴラを見上げた。これから長いこと戦いの時を共にする相棒は、何も語らず沈黙のままそこに在るだけ。

 

「セツコさん?」
「きゃっ」
「きゃって、すいません。驚かせちゃいました?」
「シン君。あ、お疲れ様。さっきはカバーしてくれてありがとう」
「いいですよ。それにおれがいなくてもデンゼル大尉やトビー中尉が助けてくれましたよ」

 

 飛鳥インパルスから降りたシン・アスカだ。こちらもまた前大戦を戦い抜いた経験からこれっぽっちも緊張した様子はなかった。むしろ赤い瞳にはセツコを気遣う色が浮かんでいる。
 セツコが礼を言ったのはトロヤステーションに到着するまでの間の戦闘で、一度シンがセツコのカバーに入ったからだ。
 現在のクライ・ウルブズの面子になってから初の戦闘であり、同時に倍近い数の敵との戦いでもあったために、いささか各員の連携に難がありそのツケがセツコに回ってしまったのだ。
 セツコとシンは二人肩を並べて歩き出した。セツコとしては年下の(背も低い)シンに励まされるのが、すこし恥ずかしかったが実際一年程とはいえ修羅場をくぐったシンの胆力は、今のセツコには持ち得ないものだ。

 

「セツコさんやっぱり緊張しました? 初めての戦いの時はおれもそうでしたよ。頭に血が昇ってわけわかんなくて、周りの皆に助けてもらわなかったら今こうしていられなかったでしょうね」
「シン君は、オノゴロでの戦いが初めて?」
「はい。もう二年前になりますかね。本当、よく生き残ったと思います。たぶん、今日は神経が高ぶって眠れないですよ。おれ、そうでしたから」
「そっか。シン君の方が本当に先輩だね。助けてもらったし、アドバイスももらっているし」
「ああ、いや、そんな気にしないでもらった方がおれもやりやすいですよ。それに仲間なんですから助けるのは当たり前ですよ」
「ふふ、ありがとう」
「あはは」

 

 微笑むセツコに、シンは頬をうっすらと赤くして照れを隠す為に頬を掻いた。セツコみたいなタイプと接するのは実に希少な経験で、シンには対処する為の経験値が圧倒的に足りなかった。
 ステラ・ルーシェの様なこちらが保護者として接するような経験ならあるのだが、相手が年上の美人のお姉さん、しかし軍属としての経歴ではこちらの方が先輩であったりと、開き直ればともかく妙な遠慮が残っているシンには、いまいちセツコとの接し方が掴めずにいた。
 それぞれ着替えの為に分かれ、着替え終えてなんとなくセツコが出てくるのを待っていると、セツコの左右にちいちゃいのとわんこみたいなのがセットになって出てきた。

 

「ステラにデスピニス?」

 

 ステラはシンの姿を見つけてにぱっとひまわりみたいに笑い、デスピニスはおずおずと頭を下げて会釈した。着替えている時にぱったり出くわしたらしい。
 にこにこと笑うステラと、ちょっとくすぐったいような困ったような顔のセツコを見比べて、シンはステラがセツコと手を繋いでいるのに気づいた。

 

「懐かれました?」
「そうみたい」

 

 ステラはロンド・ミナやカーラ(リルカーラ・ボーグナイン)、レオナ・ガーシュタインによく懐いていたし、セツコの様に優しくて包容力のあるタイプの女性に懐くのは、深く考えなくても当たり前のことかもしれない。
 セツコは、突然出来た大きな妹というか可愛い犬みたいなステラにちょっと戸惑っているようだ。というか傍らのデスピニスといいとても軍艦の中とは思えぬ光景だ。シンもこんな空気には慣れたが、時折ここって軍隊だよなあ、と疑問には思うのである。
 シンからしてこれなのだから、正規の教育を受け、ここの空気に初めて触れるセツコが戸惑うのも無理はない。
 このまま立っていても仕方が無いので、四人そろって歩き始めた。前大戦終了後に大幅な改修が加えられたタマハガネの艦内には、頭がおかしいんじゃないのかと一部の者達から囁かれる施設が増設されていた。
 所謂コンビニエンスストアである。一般の店舗と変わらぬ品揃えで長期任務に就くことの多い乗員たちの精神衛生を、考慮したものらしい。オーブ諸島で最大手のコンビニエンスチェーン店『ボン・マルチェ』の店舗スペースはおよそ100㎡ほど。
 結構なスペースだが、もともと恒星間脱出船としての機能も持っていたスペースノア級は、多少のスペースの増設はさして難しい事ではなかった。
 店員は二人でDCの兵士が担当している。まだ若い二人で、シンと同い年か少し下くらいの少年少女兵だ。軍服の上に名札を付けたエプロン姿の少年――レントン・サーストンに、シンが挨拶をした。
 茶色の髪をおでこが覗くようにした髪型で、ちょっと間抜けっぽいと言うか、まあ愛きょうのある顔立ちの男の子だ。シンにとっては初対面の時から初めて会った気がしない相手で、今では仲のいい友人だ。
確認してはいないが、この年で兵役についているのだから二人ともコーディネイターなのだろう。

 

「よお、レントン。売れ行きはどうだ?」
「戦闘の後はやっぱりみんな買ってゆくよ。シンも何か買っていってよ」
「レントン、お客さんなんだよ。知り合いだからってきちんとしないとだめだよ。シン少尉も」
「いいって、エウレカ。おれ達の他には誰もいないしさ。変に畏まられるとおれも肩が凝るし。なあ、レントン」

 

 レントンの隣のレジの少女が、レントンとシンを窘めた。レントン同様エプロン姿の、皮膚の下の血管が透き通って見えそうな位に白い肌に、鉱物の様なきらめきを持ったエメラルド色の髪をシンプルな髪留めで止めた女の子だ。
 ちなみに、シンが少尉であるのに対しレントンが三等兵、エウレカが二等兵となる。ボン・マルチェの場合、補給と事務の部署の兼務という形式だ。戦時体制の特別措置で急きょ士官学校の卒業を繰り上げられた学徒兵の二人だ。
 シンがレジに肘をついてレントンとくだらない話に耽っている間に、右手をステラ、左手をデスピニスと繋いだセツコが商品の棚を見て回っていた。
 セツコは甘いものをうっとりしたような瞳で見て回り、ステラとデスピニスは色鮮やかなパッケージや見た事のない商品を見ているだけで楽しい様子だ。
 そのうちに籠いっぱいに菓子を山盛りしたセツコがエウレカのレジに着いた。レントンと喋っていたシンが、セツコの買い物量にぎょっと目を見張った。

 

(ああ、三人分だからか)
「セツコ少尉、相変わらずたくさん買いますね。全部、一人で食べるんですよね?」
「ステラのこれ」
「あ、私も、一応これを……」

 

 と二人が指さしたのは、山盛りのお菓子の中の小さなチョコ一つずつだ。後は全部セツコの買物らしい。

 

「セツコさん、ずいぶん食べるんですね? 何日分ですか?」

 

 まあ女の人は甘いものは別腹って言うからなあ、と自分を納得させたシンにセツコが委縮した様子でか細い声で答えた。

 

「あの……一日分」
「………………ちゃんと、栄養のバランス考えないと体壊しますよ」
「うん。気を、付けます」
「セツコの部屋ね、お菓子でいっぱいなの」
「ステラちゃん!?」
「セツコさんは、甘いものをとても美味しそうに食べられます。見ているこっちも幸せな気分になる位」
「デスピニスちゃんも!」

 

 ほの白い肌を見る間に赤くして慌てふためくセツコの姿に、背も低ければ年も下とどこか遠慮していたところのあるシンは、新鮮な印象を受けていた。

 

(セツコさん、結構可愛い人なんだなぁ、美人だし)

 

 人間関係が良好なのは良いことだ。でも、と思いシンはセツコの傍らのデスピニスに目を向けた。
 やはりデスピニスの様な子供が戦場に立つ事は、シンの精神に黒い影の様な物をこびり付かせていた。それはシンばかりではなくこの部隊に所属している者は皆そうだろう。
 デスピニスの使用している特機らしい機体も、彼女らと同じように派遣されたスタッフだけが整備し、DCのスタッフは手を触れる事くらいしかできていない。これは、ティエリア・アーデの使用しているヴァーチェも同じ話だ。
 今回の戦闘でティエリアやデスピニスも一線級以上の腕前を持っている事は確認できた。むしろあの年齢であそこまで戦えたのだから、なにがしかの特殊訓練か強化措置が施されている事は間違いあるまい。
 彼女が戦えると言う事実は、それを可能とする要因をシンに想起させて陰鬱とした気持ちにさせる。
 シンの暗い影を背負った表情が気になったのか、デスピニスが気遣わしげにシンの顔を上目使いに見た。
 愛らしいデスピニスの瞳が不安に揺れながら見つめてくる仕草は、抱きしめたいほどに可愛らしかったが、シンはなんでもないよとデスピニスの頭を撫でた。
 愛妹マユにするように優しい仕草は、少し戸惑ったデスピニスにも受け入れられたようで、シンの手が動くのに任せていた。羨ましそうにデスピニスを見つめるステラの様子に、レントンとエウレカが顔を見合せて苦笑した。

 

「仲がいいな」
「アルベロ?」
「隊長」

 

 上から、アルベロ・エスト、アルベロを振り返ったステラと、シンの順になる。
 パイロットスーツ姿から軍服姿に着替えたアルベロが、シン達の後ろに立っていた。相変わらずいかにも軍人然とした体躯の持ち主だ。
 鍛え抜いてはいるが、一向に肉がつかないシンとしては半分くらいはあの逞しさが欲しいと密かに思っている。
 シンの場合は、筋肉が高密度で圧縮しているわけで、筋肉が肥大化するよりもより細くより強靭により柔軟になっている。ぎちぎちに詰め込まれたワイヤーの様な筋肉で構成されており、細身だが脱いだら凄いのである。
 ビアンと並んでDC幹部連の強面組の一人であるアルベロは、いかんせんデスピニスらからすれば見るだけで怖い。顔が怖いのである。実に単純な事なので慣れない限りどうしても一歩引いてしまう。
 というわけで、デスピニスは怯える様にしてセツコの宇宙空間でそれはどうなのか、というミニスカートの裾を掴み、その後ろに隠れている。アルベロは特に傷ついた風もなく、エウレカのレジで止まっている買い物かごを見た。
 敬礼しようとするレントンとエウレカを手で制する。いちいちレジで上官相手に敬礼していては時間がかかるので、敬礼をしなくても不問に処されている。
 セツコの胃袋に収まるであろうお菓子の量に驚いたのか、片眉がぴくんと動いた。それからおもむろに腰のポケットから財布を出し、カードをエウレカに差し出した。

 

「ここの支払いはおれが持とう」
「え、でも少佐」
「初陣を無事に生きて戻った祝いだ。それにしては少し安すぎるがな」

 

 レジのスリットに差し込み清算を終えたカードをアルベロに返し、商品をレジ袋に入れる作業をしているエウレカとレントンが顔を見合せて、アルベロと話し始めたセツコやシン達の様子を見ながら小声で話し始めた。

 

「ねえ、エウレカ」
「なに、レントン?」
「アルベロ少佐達ってさ、こうして見ると……」
「見ると?」
「親子に見えない?」

 

 レントンが言う通りに改めて話をしているアルベロ達を見まがら、う~ん、とエウレカは考えてみる。

 

「アルベロ少佐がお父さんで、セツコ少尉が母親代わりの長女、ステラ少尉が甘えん坊の次女で、デスピニスが内気の三女、それでシン少尉が長男か……」
「見えない?」
「ちょっと見えるかも」
「だろう?」

 

 エウレカとレントンにそんな風に見られているとは知らず、シン達五人は戦いの緊張を忘れたように談笑していた。どこかアットホームな雰囲気や自由さが、彼らの強さの源の一つなのだろう。

 

   *   *   *

 

 慌ただしく救助者の手当てとステーションの補修作業に勤しむトロヤステーションは、エアの流出や火災などが鎮静し、ステーション内に満ちた血の匂いもようやく拭いとれていた。
 DCが軍事拠点であるアメノミハシラへ戻り、すでにその艦影は見る影もない。アルテリオンやベガリオン、スターゲイザーから降りたアイビス・ダグラス達はようやく迎えられた休息に浸っていた。
 カフェテリアのテーブルにくたっと倒れ込んでいるアイビスの隣にスレイ・プレスティが座っていたが、流石に疲れたものか固く目を瞑って眉間を揉んでいた。表情もいささか険しいままだった。
 そこにお皿にチーズケーキを持ったツグミ・タカクラがやってきた。厨房を借りて焼いたツグミ手作りのチーズケーキだ。味は、それまで死んだようにへたれこんでいたアイビスが勢いをよく顔を挙げた事からも分かる。
 今にも皿ごとチーズケーキを食べそうな勢いのアイビスに、ツグミとスレイがそれぞれ呆れた様な感心した様な顔をした。こと甘いものに関して、アイビスの執着というか狩猟本能は凄まじい。

 

「アイビス、好きなだけ食べていいわよ。あんなに頑張ったんだからね。スレイにはこっちね」

 

 アイビスの目の前に置いたワンホールのチーズケーキとは別に、自分とスレイの分用にととっておいたフルーツケーキを置いた。パックに入れた紅茶も三人分だ。

 

「すまない、チーフ」
「いいのよ。スレイもお疲れ様」

 

 早速フォークを自分の口とチーズケーキの間で盛んに往復させはじめるアイビスの食べっぷりに、ある意味大物だなとスレイは嘆息した。自分はと言えば胃の方がいささかギブアップ気味だ。とてもじゃないがアイビスほど食べる気にはなれない。
 至福の笑みを浮かべてにこにこ食べ続けるアイビスの様子に、なんだか疲れているのが馬鹿らしくなって、スレイは小さく笑って自分の分のケーキに手を伸ばした。
 アイビスがチーズケーキを半分ほど食べ終えた頃、ふとスレイが口を開いた。DSSDの職員なら誰もが気にしている事柄についてだ。

 

「チーフ、何かフィリオ博士から話は聞いていないか。これから、私達がどうなるのか……」
「いいえ、なにも。局長や部長、博士達がずっと話し合いを続けてはいるけれど、答えは出ないままね。私だけじゃ対処しきれない相手が出て来て、結局ステーションも警備部隊のMSも相当数を減らされたわ。どこかの勢力の庇護をうけないと、DSSD自体が危うい状況よ」
「地球連合、ザフト、DC、どの連中にも都合の良い口実を与えてしまったか」
「ええ……。残念だけれど、今の私達に中立を維持する力はないわ」
「地球連合の駐留艦隊の様子は?」
「あっちはあっちで、相当の被害が出ているからまだこちらにちょっかいを出す余裕はないみたいね」
「そうか。そういえばあの連合のパイロットは?」

 

 カリオンを降りて、ひとしきり文句と、一応の礼を言ったスウェン・カル・バヤンの事を思い出して、なにげなくスレイがツグミに聞いてみた。少なくとも自分達より立場が上の人間だ。そういった情報が入るのもツグミの方が先だろう。
 あっという間にワンホールの四分の三を食べたアイビスが顔を上げた。戦闘中色々と手助けしてもらった事もあり、スウェンの事は話題にのぼれば多少は気になるらしい。

 

「すごく助けてもらったけど、怪我とかはしていなかったよね?」
「ええ、彼はとくに負傷した様子はなかったわよ。カリオンを無断で彼に使わせた事に対して色々とお小言は貰ったけど、それだけよ。ただ、連合の方でどんな処分が加えられるかは分からないわね。
もともとここに回されている人達は、左遷されたりとか、退役寸前とか、そう言う人達ばかりだったらしいけれど、また僻地に飛ばされたりするのかしらね?」
「でもスウェン中尉は凄腕だと思うけど。初めてカリオンの実機に乗ったのに、何年も乗っていたみたいに乗りこなしていたよ? あれだけのパイロットを遊ばせておくなんてちょっと信じられない」
「う~ん、たぶん軍の主流に外れたんじゃないかしら? あるいは派閥争いに巻き込まれたとか?」
「ふん、確かに世渡りの出来る性格ではあるまい、あの無愛想な面構えではな。まあ、あれだけの腕を腐らせるのはもったいないがな」
「へえ、スレイが褒めるなんて珍しいね」

 

 何気ないアイビスのセリフに、ぴくっとスレイの愁眉が動いた。ぎぎぎと油を差し忘れたブリキ人形のように何処かぎこちない動きで、ぽややんとフォークを咥えているアイビスを振り返って睨む。
 怒りの気配が陽炎のようにスレイの周囲で揺らいでいた。本人の烈火の様な気性がよく現われていた。ここまで来て地雷を踏んでしまった事に気づいたアイビスが怯んだ様子で、のけぞった。

 

「ああ、初めてカリオンに乗った奴が、私達がカリオンに乗った時と同じかそれ以上に動かして見せた事が悔しいほどにな。お前はそうは思わないのか、うん?」
「ええ、とそれはまあ、アストロノーツとして専門の訓練を受けてきたわけだから、いくら前大戦を戦い抜いたベテランとはいえあそこまでカリオンを動かすのを見たら、悔しいと言うか、そう言う気持ちはあるよ」
「だったら、お前はどうしてもっと悔しそうにはしない? 確かに奴の技量は大したものだ。だがな、私達はアルテリオンにベガリオンに乗る為に、長い時間厳しい訓練を受け、相応しいだけの努力をしてきたはずだぞ。それがっ」
「でもさ、あの人、スウェン中尉も星の海を目指しているんだよ。前に星空を見上げているあの人の目を見たけど、憧れる様に、夢を見るみたいに星を見ていた。
だからフィリオもカリオンをあの人に預けたり、色々とアストロノーツ用の訓練メニューを渡したり、機材を使わせてあげていたんだよ。ツグミもそれは知っていたんじゃないかな?」
「ええ、フィリオが彼にいろいろと都合してあげているのを知った時は猛反対したんだけど、私の言う事は聞いてくれなかったわ。スウェン中尉は、私達に一番必要なものを持っているってね」
「……アイビスと同じか」

 

 スレイが、どこか拗ねたように口を尖らせてそっぽを向いた。実力ナンバー1であったスレイが、シリーズ77の集大成のキャプテンシートを持つアルテリオンのパイロットに選ばれなかった理由もまた、それだった。
 フィリオ・プレスティが星の海を行くアストロノーツにとって、最も必要と考えるもの“夢”。決してあきらめず空に上がる事を願い続け実現させようと邁進する事が出来る。
 それが、アイビス・ダグラスであり、スウェン・カル・バヤンもまた同じであるとフィリオは考えたのだ。
 はあ~っと深く溜息をつき、スレイは黙ってケーキにフォークを突き刺して、一息に口に放り込んだ。
 普段なら決してしない下品な食べ方だが、構わずもぐもぐと口を動かし、アイビスが残していたチーズケーキにもぶすりとフォークを突き刺して、一気に口に放り込む。

 

「あ、ああああああ~~~~~~~~~!!!??? すすすす、スレイ、わた、私私のチーズケーキ、ツグミの、手作りの」
「ふん、うだんしてふるおまえがはふい。ふぁいふぁい、ふでにほとんどらべていたふぁろうが」
「う、うううううぅぅ、ツグミぃ~~~~」
「はいはい、また焼いてあげるから涙を拭きなさい」

 

   *   *   *

 

 冥王星に在る《始原文明エス》のプラントを本拠地に置く《ザ・データベース》らの指示によって、新たなる戦争の扉を開く為の下準備を任されたアリー・アル・サーシェスは、ユーラシア連邦の最新鋭機イナクトの披露式の襲撃以来あちこちを飛び回っていた。
 西暦二十四世紀の世界に生きていた頃よりもはるかに強化されたアルケーガンダムは、目下敵無しと言っても過言ではなく、地球連合の保有する特機量産型ガルムレイドや主力量産機ウィンダムの部隊との交戦でも、傷一つなく勝利をおさめている。
 今も旧フランス領にある軍事基地の一つに、適度に損害を与えた帰りだ。そろそろユーラシア連邦を叩くのは止めて、大西洋連邦か東アジア共和国に仕掛ける頃合いだろう。
 ザフトの地上基地もターゲットに挙げられてはいるのだが地上の戦力は乏しく、あえてそれを削る必要もないとクライアントである《イノベイター》のリーダー、リボンズ・アルマークは考えているらしい。
 彼らが行動の指針を委ねる《デュミナス》、ひいては《クリティック》の判断によるものだろうが、それはさしてアリーにとって興味を引く対象ではなかった。戦う場所が用意され、戦うための力が与えられ、そして自分はそれを最大限に利用して最高の快楽を得ている。
 戦場の中にのみ漂うあの空気を吸い、吐きだしている瞬間にこそ、自分は本当に生きていると言えるのだ。だから、例えここが死後の世界だろうがそうでなかろうが、戦場があり、そこにこの自分がいる限り、自分は生きているのだ。

 

「さて、とユーラシアの下準備は次で終わりにするか……あぁ? ユーラシアの部隊か、捜索部隊の連中って所か。わざわざやられに来るとは、殊勝なこって」

 

 航空形態に変形したイナクトの編隊に、スカイグラスパーが合わせて十五機ほど。遠方の地上にもバスターダガーや、ランチャーストライカーを装備したダガーLの姿が映る。
 アルケー一機に対し、三十近い部隊を出撃させていたようだ。擬似GNドライブが放出するGN粒子の影響でレーダーや通信は正常に機能してはいまいから、単なる遭遇戦だろう。
 生前の世界では、双方向通信装置を無数に用意して電波障害が発生した箇所に、GNドライブ搭載機が存在するという、GN粒子の特性を逆手に取った作戦を取られたが、こちらではまだGN粒子にそれほど着目されていないだろう。
 それに、ニュートロンジャマーの影響でGN粒子を散布せずともかなりの電波障害が地球規模で発生している。今回の遭遇は偶発的なものだろう。

 

「それっぽっちの戦力でおれの相手をしなけりゃならんとはな。同情してやるよ!」

 

 先手必勝! 向こうがこちらの機影を捉えたであろう頃合いを見計らい、左手首のGNハンドガンを連射する。先頭の指揮官仕様のイナクトはかわしたが、一機のイナクトが右半分を撃ち抜かれ、二機のスカイグラスパーが撃墜する。

 

「心からなぁっ!」

 

 右肩部にジョイントしていたGNバスターソードをアルケーの右手に握り、遠方から放たれるアグニの砲火を軽々とかわし、こちらにビームライフルを連射してくるイナクトに機体を加速させる。
 GN粒子とテスラ・ドライブの質量・慣性制御の相乗効果により、既存の機体をはるかに上回る運動性を見せるアルケーが、いとも容易くイナクトの上を取った。

 

「真っ二つだ!」

 

 GNバスターソードが振り下ろされるその瞬間、イナクトはMS形態へと瞬時に変形し、左手でビームサーベルを抜き放ったGNバスターソードを受けて見せた。
 アリーの居た世界で、イナクトやフラッグと言った機体は空中での可変は極めて高い技量が必要とされる機動であったが、こちらではイージスの様な複雑怪奇な可変機構搭載機が既に実用されている。
 そのノウハウが活かされ、イナクトやフラッグの戦闘中での可変も容易に行える行為だった。ただし開発初期はその限りではなく、大西洋連邦のとあるエースパイロットのみが自在に変形を可能とし賞賛された。

 

「少しは骨のある奴が混じっていたか、楽しませろよ!?」
『てめえ、おれが誰だか言ってみろ!』
「なにっ?」

 

 オープンチャンネルで聞こえてきたイナクトのパイロットのセリフに、アリーが眉根を寄せた。様々な相手と殺し合いをしてきたが、こんな台詞を言って来た相手は珍しい。
 イナクトは鍔競り合ったGNバスターソードとビームサーベルをつっぱずして、至近距離からビームライフルを連射してきた。
 装甲表面や内部に複合的にGN粒子を通して強度を増したアルケーの装甲といえど、プラズマジェネレーターを動力源とするイナクトのライフルは、無視できない火力を持っている。

 

「おれは、模擬戦不敗、二千回のスクランブルをこなしたユーラシア連邦のエース! パトリック・コーラサワー様だあ!!」

 

 一旦距離を置いたアルケーめがけて機体を果敢にも突撃させ、ビームライフルとビームサーベルを巧妙に使い分けながら、連続攻撃を繰り出す。GNバスターソードと青白いイナクトのビームサーベルが打ち合う度にオレンジの火花が散り、互いの機体を彩っていた。
 #br
「やるなあ、ユーラシアのパイロット。だがよ、あんまりくっつきすぎて味方が援護出来てねえぞ?」
『こちとらお前には借りがある。スペシャルな感じでそいつを返すのが先だあ!』
「猪突猛進、いや自分勝手な奴かよ。いいぜ、勢いのある奴ほど殺し甲斐がある」

 

 この時コーラサワーの心は怒りに震え、それをはるかに上回る喜びに震えていた。あの披露式で恥をかかせてくれやがった相手を、あの時と同じイナクトで倒し、屈辱を晴らして自分の実力がスペシャルだと示す機会が向こうからやって来たのだ。
 コーラサワーの中で、すでにアルケーを斃す事は確定事項となっていた。イナクトのビームライフルの連射の間隙を縫って放たれたGNハンドガンの紅の光の矢を、左手のディフェンスロッドで防ぐ。
 アンチビームコーティング処理済みのラミネート装甲製の防御ロッドだ。一瞬で敵機の銃口の角度から射線を予測し、着弾予測地点にロッドを回転させて防ぐ。さらに、コーラサワーがイナクトの左腕を絶妙に動かして角度を調整しGNハンドガンを悉く無効化する。
 GNハンドガンでコーラサワーのイナクトの動きを止めながら、アリーは周囲の鉄製の蠅を叩き落とすために動いていた。
コーラサワーとの戦闘に集中していると見せかけ、不用意に近づいていたイナクトを振り向きざまのGNバスターソードの一振りで真っ二つにする。

 

「隙を見せれば、こう来るよなぁ」
『隙ありいいーーー!』

 

 ビームサーベルを振り上げてアルケーの背後から襲い来るイナクトの動きは、アリーの予想通りのものだ。振り上げたそのイナクトの腕目掛け、アルケーの左足が閃いた。

 

「ところがぎっちょん!!」
『なにぃ!?』

 

 アルケーの左足に閃いた真紅色のビームサーベルが一閃し、イナクトの左腕を斬りおとしてくるくるとビームサーベルを握った左腕が空中を舞う。

 

『まだだあ!』
「敢闘賞をくれてやるよ。いけや、ファング!」

 

 アルケーのスカート状の腰部の装甲から、鮮血色のGN粒子をまき散らしながら十の槍頭が乱れ飛ぶ。
 コーラサワーは咄嗟に周囲で乱れるGN粒子や視界をよぎる影からファングの軌道を読みとり、上下左右から襲い来るファングを、一つ二つ、三つ四つとかわしてみせた。口ばかりではなく、相応の実力を持った非凡なパイロットなのだ。
 だがコーラサラーと共に出撃した他のパイロット達はコーラサワーほどの技量は持たず、残るファングとアルケーからの攻撃に一分と保たずに撃墜されて行く。

 

「こなくそぉ、おれは、パトリック・コーラサワーだ!」
『しつこいぜ。ユーラシアの兄ちゃん』

 

 味方がことごとく倒れて行く光景に歯噛みしつつ、コーラサワーは高速で飛ぶファング一つずつを確実にとらえ、ライフルの連射で三基撃墜する。動きを見る限り、アルケーのパイロットがマニュアルで操作していると判断できた。
 起動パターンは読み取りづらいが、その分パイロットへの負担は大きいはずだ。このまま粘って相手の疲労を待つか?

 

「守って勝つなんざ、おれらしくねえ!」

 

 アルケーとファング合わせて八つのビーム攻撃を、急所を避けて最大限かわすが、イナクトの外装が次々と抉られてゆく。それでもなお反撃のビームライフルを放つコーラサワーの指は止まらない。

 

「粘るな。……なら、冥土の土産もくれてやる!」

 

 イナクトの正面に躍り出たファングが、突如十倍近いサイズに巨大化した。突如モニターを埋めたファングの白銀の槍穂に、さしものコーラサワーも

 

「なんじゃそりゃあ!?」

 

 驚きの声を上げ、回避行動の間にあわなかったイナクトの頭部が巨大化したファングに貫かれて粉砕し、だらんと四肢を力無く下げたイナクトが落下してゆく。
 ファングの巨大化は、始原文明エスの持つ次元制御技術の一つ、並行宇宙間での一時的な質量保存の法則の回避によるものだ。あくまで一時的な措置だが、初見のものではまず対応できないだろう。

 

「さて、動いている連中はもういないか。あぁ? なんだこの速度は、ユーラシアの新型、まだありやがったか」

 

 急速にアルケーめがけて接近してくる機影目掛けて、アリーはGNハンドガンを連射する。必要最低限の動きで迫るビームをかわした敵影から、反撃のビームが放たれた。彼方から迫る光条の出力に、アリーの目が動いた。

 

「なんだ、普通のビームじゃねえな? おもしれえが、あれはMAか?」

 

 メビウスともグラスパータイプとも違うシルエットの敵に、アリーは興味深そうな色を瞳に浮かべた。リボンズの保有する情報ネットワークに端末を繋げ、該当する機体を検索する。

 

「メッサーラ? イナクトとおなじ可変機か。ってこたあMSにも変形しやがるな」

 

 メッサーラの撃ってきたビームはメガ粒子砲という、一種の重金属粒子を加速させて射出するもののようだ。試作段階の機体というが、たまたまテスト中にこの戦闘と出くわしたと言った所か。
 驚くべき推力で見る見るうちに接近し、アルケーとメッサーラが交差する。メッサーラの後部に、ほとんどその場で旋回したアルケーのGNハンドガンが、さらに前方からはファングの群れが襲い来る。
 余知でもしないかぎりは回避不可の連続攻撃を、メッサーラはMA形態からMSへの変形で回避してメガ粒子砲とミサイルでファングを一掃し、さらに抜き放ったビームサーベルで、アルケーが突き込んだGNバスターソードの巨大な切っ先を捌く。
 驚くべきパイロットの技量であった。アリーの目から見て驚嘆に値するが、だからこそ面白い。

 

「はっはあ、いいぜ。遊んでやる」
「部隊は全滅か、運が悪かったな」

 

 そう呟くメッサーラのパイロットの口調は、自分が間に合わなかった事で全滅した部隊に対してと言うよりも、その先頭に居合わせる事の出来ず、アルケーの戦闘能力を見る事の出来なかった自分に対しての事の様だ。
 テスラ・ドライブによってMS形態でも高い空戦能力と飛行能力を得たメッサーラが、背の大推力バーニアに備えたメガ粒子砲を撃ち、対するアルケーはGNハンドガンで反撃する。
 一撃の破壊力はメガ粒子砲が圧倒するが、連射性能や取り回しの良さはGNハンドガンの方が上だ。すでにファングは搭載してあった分がすべて撃墜されているし、プラズマエクスキューションは、モーションに隙が大きく、その隙を見逃す相手ではあるまい。
 アルケーに搭載されたバイオセンサーとサイコフレームを通じて発せられるアリーの思惟を受け、メッサーラのパイロットは不快気に整った微量に皺を刻み、苛立ちをかすかに交えた呟きを零した。

 

「奔流のような原始の闘争の感情、ヤザン・ゲーブルと似て異なる心根の持ち主と言うわけか。手強いな」

 

 DCから流出した技術やC.Eの技術を取り込み改修されたメッサーラだが、プロトンドライブをはじめメッサーラ以上に強化されたアルケーが、性能差を見せはじめ徐々に勝りはじめる。
 パイロットとしての技量はおそらくはメッサーラのパイロットの方が上か、僅差といった所だろう。
 メッサーラの振るうビームサーベルも、コズミック・イラで普及しているものとは違うようでかなりの出力を誇り、GNバスターソードをコーティングしているGN粒子が一合毎に大きく削がれて行く。

 

「野郎、妙な気配を纏っていやがる。それに機体もパイロットもいいもんじゃねえかっ!?」
「私の骨まで届く熱の様な重圧、貴様の存在は不快だな」

 

 かわし切れぬメガ粒子砲の二射をGNバスターソードの腹で受けたアルケーが、一気に機体を押しこまれる。

 

「ち、こうなりゃトランザムを……」

 

 GN粒子の残存量も考慮して一気に片付けるかと考えたその時、下方から放たれたビームライフルが、アルケーの装甲をかすめた。メッサーラのパイロットも、アリーも揃ってそちらに意識を向けた。

 

「ほう?」
「あのイナクトは」

 

 MS形態から飛行形態へと変形したイナクトが、機首に装備したビームライフルを連射して迫ってきていた。そう、スペシャルなあの男。

 

「逆襲の、パトリック・コーラサワー様だあぁ!!」
「ち、余計な邪魔が入ったか。しかし頑丈な奴だ……」

 

 興が殺がれた思いで、アリーはイナクトのライフルをかわし、メッサーラの動く気配をサイコミュで強化・増幅された危機察知能力が感じ取り、アルケーが神掛かりともいえる回避行動を見せる。
 絶妙なタイミングで割って入ったコーラサワーの奇襲は、一撃も装甲を舐める事無くかわされ、続こうとしたメッサーラは遠方から迸ったビームに牽制された。
 アリーがわざわざ交戦し続けていたのは、リボンズが手配した補給との合流ポイントの付近であったためだ。コーラサワーとメッサーラのパイロットの目に映ったのは、戦闘機と思しいシルエットだ。
 細長い銃身のライフルが特徴的だ。スラスターから吹きこぼれるオレンジ色の粒子から擬似GNドライブ搭載機である事が分かる。

 

「MISAE、遅せえぞ」
『ショウガナイデショ、ショウガナイデショ。予定ポイントニコナカッタノハアナタデショ!』

 

 ザ・データベースが開発したGNドライブ搭載機支援用のサポートメカGNディフェンサーだ。制御を担当するのは皮肉にもロックオン・ストラトスが相棒とした支援AIハロの同タイプだ。REDの形が斜めに吊り上がっているのが外見の違いだ。

 

「ち、口答えしやがる。ドッキングするぞ!」
『シカタナイワネ。GNディフェンサー、ドッキングモード、ドッキングモード』

 

 GNディフェンサーから切り離されたロングプロトンライフルをアルケーの左手が握り、機体下部にあった青色の細長いGMミサイル内臓のスラスターがアルケーの両肩に装着され、GNディフェンサー本体はアルケーの背にドッキングする。
 GNディフェンサーとのドッキングによってアルケーガンダムはスーパーアルケーガンダムとなる。航続距離や、耐久性、ジェネレーター、擬似GNドライブの粒子生産量なども増加する。

 

「Mk-Ⅱとその支援機……同じ運用思想か?」
『なんだそのスペシャルな感じの装備はぁ!? ずりー、おれにも寄こせぇ!!』
「は、まとめて消し飛びな!」

 

 最大出力のロングプロトンキャノンが、メッサーラとイナクトめがけ放たれる。青空さえも白く染め上げるほどの膨大な光の奔流が放たれ、直撃を受けた山肌をスプーンでプティングを削り取る様に抉り飛ばす。
 最大出力で放てば、GNディフェンサーに内蔵した大容量GNコンデンサーの粒子を三分の一も消費する大食いだ。もっともプロトンドライブとの組み合わせによってプラズマエクスキューションなどの使用には支障なく、機体の性能が落ちる事もない。
 リボンズから提案されたアルケーの強化案も、このスーパーアルケーだけでは終わらずまだまだある。これなら、元の世界に戻っても00ライザーやケルディムガンダムを相手にしても引けは取るまい。

 

「は、かわしやがった。イナクトは運がいい。メッサーラはパイロットがいい。くくっ、これから始まる大戦争で生き残れるか、楽しみだぜ。アーハッハッハッハッハ!!!」
『ウルサワイネ、シズカニシテヨ、シズカニシテヨ』
「お前、本当口悪いな。疑似人格プログラムが故障しているんじゃねえのか?」
『シツレイシチャウワ、シツレイシチャウワ』
「そろそろユーラシアともおさらばするか。GNドライブを使っているのはDCだけだ。どう言い繕おうが、“DCのGNドライブ搭載機”が各国の基地を襲撃したとあれば、否が応にもしたくなるよなあ、戦争? さっさと戦争になれってもんだぜ!」

 

 放出するGN粒子によって空を血の赤に染めて去りゆくスーパーアルケーを見送る影が二つあった。メッサーラとイナクトだ。かろうじて回避しきり、機体に損傷を負わなかったメッサーラと違い、イナクトは下半身を破壊され無事なのは胴体の上部と右腕位だ。
 MS形態に変形したメッサーラを地上へと降下させ、コックピットハッチを開いて姿を見せたのは青年士官だった。驚くべき事に多大なGの負荷がかかるメッサーラを、軍服姿で乗りこなしていたようだ。
 ユーラシア連邦の軍服に身を包む男の名前はパプティマス・シロッコ大尉。前大戦のヤキン・ドゥーエ戦役で壊滅したある部隊の生き残りとしてユーラシア連邦に潜り込んだ《ある勢力》のスパイである。
 開いたハッチに片足を掛けて、顎に手を添えて遠のくGN粒子を見ていたが、不意に落下したイナクトの方を見た。ドラム状のフレームを内側から蹴り開いて、パイロットが顔を出した所だった。
 あれほど派手に被弾したと言うのに、いっさい負傷した様子はなく右手にヘルメットを持ってなんやかんやと去ったアルケーに文句を言っているようだ。

 

「ユニークなパイロットだ」

 

 腕は確かだがな、とシロッコは少しばかり愉快な気分になっていた。

 
 

――つづく。