SRW-SEED_660氏_ディバインSEED DESTINY_第19話

Last-modified: 2009-10-16 (金) 18:24:50
 

ディバインSEED DESTINY
第十九話 彷徨う流星

 
 

 意図せずして地球を覆い隠していた次元断層の解除に、シン・アスカをはじめとしたDC精鋭部隊が一役買うまでの間、宇宙の一隅でも小さな、しかし重大な意味を持つ動きがあった。
 低軌道上に浮かぶ戦闘要塞化した軌道ステーション“アメノミハシラ”は、改めて言うまでもないが、DCの宇宙における一大生産拠点であると同時に、二つしかない要塞のひとつである。
 DC総帥ビアン・ゾルダークが、プラント最高評議会議長ギルバート・デュランダルの招きに応じてアーモリー・ワンのレセプションに赴き、その帰り道の途上でユニウスセブン落下事件が勃発。
 地球に落下する寸前まで落ちたユニウスセブンを、辛くもシンと飛鳥インパルス、斬艦刀によって、この破砕に成功するも、直後宇宙から地球が見えなくなると言う前代未聞の事態が勃発した。
 幸いと言うべきか、光学的に認識する事は出来ないが、地球が変わらずにそこにあると言う事は、各種の観測機器のデータから判明したため、最悪の事態は免れていたと言うべきだろう。
 しかし、地球との交易によって生活を成り立たせている大多数のコロニー住人やプラント人民、また月に駐留する地球連合宇宙軍の多くの将兵にとっては、大きな問題である事は変わりない。
 彼らの生命を支える食糧・弾薬などは、補給がままならず備蓄が尽きれば、そのまま死につながりかねない状況とあって、事態を楽観視する者は無かった。
 DCも同様の事が言え、アメノミハシラと旧オーブが保有していた一部のコロニーの生産能力では、宇宙に居るDC関係者の腹を満たすのは極めて困難な事だった。
 軍事結社である以上、DCの生産能力の大部分を軍需物資に割いているから、その分を生活物資に割り振れば延命もできようが、それとて先は見えている。
 それに、宇宙は宇宙で緊迫した情勢だ。
 月に駐留する地球連合の戦力は、それだけでもプラントとDCそれぞれを上回る大戦力だったし、プラントはプラントで地球からの補給線が絶えた現状を好機と狙って、ザフトに月への侵攻を命じるかもしれなかった。
 DCも月の地球連合軍を警戒して下手に部隊を動かす事は出来ず、地球連合は連合で、ザフト・DCの連合部隊の侵攻を警戒して戦力を分散させるようなことは控えていた。
 かくて、三竦みの様相が出来上がり、宇宙は戦火の種は燻っていたが、大火に変わる様な事はどの勢力も慎んでいたのである。
 しかし、その影で小規模の部隊の謎の失踪が相次ぎ、互いの動きを怪しんだ各勢力は、積極的に特殊任務部隊や工作員、諜報員を動かして情報収集に当たっていた。その中には、セレーナ・レシタールが属するチーム・ジェノバも含まれている。
 では、この間に各勢力が起こしたアクションのいくつかをここに挙げてみよう。

 

 * * *

 

 地球から最も離れた引力緩和地帯に存在するプラント本国、首都アプリリウス市にある議場の議長執務室に、ギルバート・デュランダル議長は三名の人間を招いていた。
 白皙の顔立ちにいつもの柔和な笑みを浮かべ、プラント最高権力の椅子に腰かけたデュランダルは入室してきた三人を招き、椅子に腰かけるよう勧める。
 入ってきたのは、背の高い二人組とその二人の腹位までしかない小柄な影の三人である。背の高い二人は、鏡に映したように同じ顔立ちの青年である。
 ザフトエリートの証である赤服を纏い岩から掘り上げた様に固く表情を排した様子からは、彼らを髪型以外では区別ができそうにないし、また人間らしさ――生気の様なものにどことなく欠けているように見える。
 だが、それでもこの二人はまだいい。若々しい顔立ちに逞しい体つきはザフト軍人としては申し分ないものといえる。だからこそ、この二人の影に隠れる様にしている小さな影はいやおうにもその小柄さが際立っている。
 利発そうで優しげな少年だ。精々十歳かそこらであろう。プラントの流行には当てはまらない独特のデザインの服を着ている。軍服を纏っていない事から、すくなくともザフトの人間ではないと分かる。
 若年層を兵士に採用しているプラントといえども、さすがにこの年齢の子供を戦争に駆り出す様な事はしていない。
 赤い髪の青年達はそれぞれ、デヴァイン・ノヴァ、ブリング・スタビティ、そして少年がラリアー・デュミナス。
 三人が三人共、正規のプラントの住人ではない。ある事情からデュランダルの下へと協力を申し出て、籍を置いている。
 おもむろにデヴァインが口を開いた。機械が口を開いた様な錯覚を覚える声であった。同じ特徴を持つ者が、他にも何人かいた。たとえば、DCのティエリア・アーデの様に。

 

「我々を呼んだ用件は?」
「単刀直入だね。だが、話が早くて助かるとしておこう。君達も耳にしたかもしれないが、消失していた地球が再び観測された。カーペンタリアやジブラルタルとも連絡がつき、幸い戦火を交えているような状態ではなかった」
「それで、ぼく達に何を?」

 

 おそるおそる言葉を発するラリアーに、デュランダルは柔らかな笑みを向ける。三十代半ばとは思えぬ若々しい顔立ちだが、その笑みには苦しみも悲しみも積み重ねてきた者のみが浮かべる、透き通ったような輝きがあった。

 

「君達にはミネルバに合流してほしい。いまはカーペンタリア基地に居るが、すこし先行きが怪しくてね。実力のある君達に向かって欲しい」
「戦争になるんですか?」

 

 やや不安げなラリアーである。しかしデュミナスを通じて主であるクリティックが、地球圏に新たな戦乱を起こす事を望んでいるのを知っているから、この問いは無意味なものだ。

 

「そうはならぬよう全力は尽くすさ。しかし、世界は私一人の思い通りに動くほど簡単ではなくてね。私だけでなくプラントの人々が争いを拒み平和を望む声を上げても、それを聞き届けてくれる人々は少ない。それに、我々も一枚岩ではないしね」

 

 デュランダルが含みを持って口にしたのは、地球が消失している間に起きたある事件の事を指している。
 アプリリウス市に軟禁されているラクス・クライン邸襲撃事件の事だ。
 先の大戦において最新鋭戦艦エターナル、核動力機フリーダム、ジャスティスの強奪、一部将兵の扇動を行った重罪人である。
 国家反逆罪をはじめ本来なら極刑に処されてしかるべき罪状の数々を持っていたが、彼女の行った行為がプラントにとって利益的行為であった事、またプラント内の内憂を一手に引き受ける形で将兵を先導した真意が汲まれ、軟禁という形に落ち着いていた。
 もともとラクスが国民的アイドルであった事や、父シーゲル・クラインのプロパガンダとして政治的影響力、カリスマ性を持ち、プラント国民から絶大な支持を得ており、処刑などした時にどのような反発が起きるか、それを議会が恐れたと言うのもある。
 そのラクス・クラインが厳重なガードで軟禁されていた邸宅を、国籍不明の集団に襲撃され、使用人に変装していた兵達は皆殺しにされ、ラクス・クラインは姿を消していたのである。
 これにはクライン派――とりわけラクス派と言われる思想先行・武力本位の傾向がある連中の仕業かと思われた。
 しかし前大戦中に議長の席を追われたシーゲルと、終戦時にラクス自身から過激な行動を慎むようにと通達され、現在、彼らは政治的・軍事的行動を自粛している。
 『群衆に石を投げればクライン派に当たる』と一部の政界人に揶揄されている位に、プラントには潜在的に国内情勢を引っくり返せるだけの脅威が息を潜めているので、安心はできない。
 デュランダルが把握している限りにおいて、シーゲル派・ラクス派両方共に、今回のラクス失踪には混乱し、直接膝を突き合わせてシーゲルに問いただした時にも、シーゲルに嘘を吐いた様子は見られなかった。
 プラントが大きな行動に出られなかったのは、今回の事件を重要視し、慎重に事を進める事を選んだデュランダルの意向が大きく関わっている。

 

「ブリング、デヴァイン、君達には先日完成したセカンドステージのMS、セイバー、プロトセイバーを託したい。なに、プロトと冠してはあるが、実用には何の問題もない。ラリー、君は自分の機体を使いなさい」

 

 ラリアーは固く頷き、三人はセイバー・プロトセイバーの受領後すぐさま、地球軌道上に展開している艦隊と合流し、カーペンタリアを目指す事になる。
 ラリアーの扱いはデュランダルの御稚児さん、小姓扱いしている者達が多いが、彼自身は公的にはPMCからの出向人員と言う事になっている。
 年齢の幼さは、民間で特別に調整された戦闘用コーディネイターであると説明されている。もっとも半信半疑であるが。
 ちなみに、この場合の御稚児さん、小姓という言葉には性愛的な意味合いを含む。
 これは日本の戦国時代の武将にはやった衆道(見目麗しい少年に対する同性愛のようなもの)を知る、一部の日本マニアが広めたとされる。
 当時、女は子供を作るだけの相手――道具とみなす者もいた――に過ぎず、真の愛とは同性の相手の間にあるもの、というのが概要である。

 
 

 特筆すべきプラントの行動は、このような所だ。では、DCはどうだろうか。

 

 ヤキン・ドゥーエやエンデュミオン・クレーター並か、それ以上の重武装戦闘要塞と化したアメノミハシラ内部で、DC総帥ビアン・ゾルダークは黒檀のデスクに肘を突き、両手の指を組み合わせた上に顎を乗せて目を閉じていた。
 何か、目には見えぬ苦行に耐える修行者の様な、近寄りがたい荘厳な雰囲気である。
 そのビアンの傍らに立っていた長身の人影が、その雰囲気を打ち破って面白げな調子で、ビアンに声をかけた。
 DC副総帥ロンド・ギナ・サハクである。
 以前から愛用している長丈の黒コート姿で、190センチに届く長身に良く映えている。
 不敵、あるいは傲慢なまでの自信に満ちた雰囲気は変わらぬが、ビアンに対しては気心の知れた友人に対する気安さの様なものがある。

 

「こってりと絞られたな、“総帥殿”」
「……皮肉はよせ」

 

 ビアンの声には心なしか元気が無い。
 というのも、つい先程まで交信の回復したオーブ諸島から連絡のついたロンド・ミナ・サハクに、色々とお小言を頂いていたのである。
 その様を見ていたギナいわく、借りてきた猫が粗相をやらかし、飼い主に叱られている様だった、との事である。
 艶めいた笑みを浮かべたまま、淡々と変わらぬ調子で問い詰めてくるミナは、実に恐ろしかった。特にアカツキが保管されていた保管庫に秘匿していたアレが見つかったのが不味かった。
 念の為言っておくが、十八歳未満禁止系のナニソレではない。
 ビアンがこっそりとちびちび余剰予算を回し、こつこつと作っていた遊び心満載の品であっただけに、そんな暇があるならもっと実用的なものを作れと、暗に言われてしまったのである。
 ロマンチストとリアリストを兼ねるビアンだが、ミナはよりシビアに現実を見る人なので、ビアンの遊び心に対して厳しい。
 ビアンは気を取り直して、ミナが苦言と共に送ってきたデータに目を通す。同じものがそろそろマイヤー・V・ブランシュタインDC宇宙軍総司令や、ロレンツォ・ディ・モンテニャッコ大佐などの重鎮にも行き渡る頃だろうか。
 特に目を引くのは、やはりオーストラリア大陸などで接触したルイーナなる謎の軍勢である。
 宇宙側でも、アーモリー・ワンに出現した所属不明のランドグリーズの出所名を調査していたが、こちらは雲をつかむ様に遅々として調査が進まず、早くも迷宮送りになる可能性が頭をもたげている。
 DCは地球消失以来、手を拱いていた、というのが厳しいが実情であった。手元にホログラフを呼び出し、データを表示しながら、ギナがビアンに問うた。

 

「大洋州連合と協力して南極に調査部隊を送るのか? ザフトはどうする?」
「……うむ」
「地球連合とザフトならまだ動きが予想できるが、ルイーナとやらが相手ではそうも行かぬか。南極に手は出せぬと、グラキエースという女は告げたと言うが、まずは確かめねばなるまい」
「ルイーナ共が潜伏して待ち受けているかもしれんと考えれば、半端な戦力を割いていらぬ被害を負うのは避けたい。こうなるとユニウスセブンの一件で地球連合が、戦端を開くか開かぬか、さっさと決めてもらいたい所だな」
「まず戦端を開くだろうさ。大洋州との動きでザフトが我々を警戒するかもしれんが、今はルイーナの件を秘して、動くとするか。クライ・ウルブズをそのまま南極に差し向けるか? カタロンもそろそろ行動を再開する頃合いだろう」
「難しい所だな。むっ」

 

 緊急の報告がある事を告げる回線からの連絡に、ビアンがギナとの会話を中断して回線を開いた。デスクの上の通信機に相手のバストアップ画像が投影される。

 

「私だ。……うむ、うむ。本当か? 分かった。付近に展開している部隊を急行させろ」

 

 話が進むごとにビアンの声色と顔が険しくなっていった。ビアンの隣にいたギナも、聞こえてきた内容に、思案する様子を見せている。
 それは、地球連合のとある動きを告げる報告であった。地球消失から解放までの期間中、最大の事件は、今、起きたのである。

 

 それは――地球連合艦隊によるDSSDの制圧。

 

 DSSDのステーションは内部に潜入していた地球連合工作員による工作もあり、治安部隊を順次無力化されていった。
 派遣されたのは旗艦を務めるガーティ・ルー級一隻、アークエンジェル級一隻、ネルソン級一隻、ドレイク級三隻の六隻からなる艦隊で、DSSDから出撃してきたMS部隊も、瞬く間に撃墜されていった。
 DSSD側の主力MSはシビリアンアストレイなどのバッテリータイプで、連合側もダガーLを中心とした旧型機であったが、ウィンダムが数機、さらにアークエンジェル級艦載機は最新のプラズマタイプの機体が含まれていたのである。
 地球連合が狙ったのは、DSSDの保有する各種の特殊技術と、DCからの技術提供によって加速度的に開発が進んでいた人工知能の奪取である。
 電撃的な攻略によってDSSDのステーションと局長やフィリオ・プレスティ博士らを含む主要陣は身柄を確保されていたが、幸いにして、地球連合の本命であった人工知能及びプロジェクトTDの機体は、戦闘の混乱の隙を突いて脱出していた。
 ここまでが、ビアンをはじめ地球連合以外の勢力が手に入れた最新の情報である。
 現場では、取り逃がしたプロジェクトTDの機体――アルテリオン、ベガリオン、そしてスターゲイザーを確保するため、高速艦であるアークエンジェル級が先行し、遅れてネルソン級が追跡行に加わることが決定した。
 目的としていたプロジェクトTDの機体が現行の機体を上回る高速型である事を憂慮していた艦隊司令によって、諸艦には地球上から大気圏外へと艦艇を打ち上げる大推力ブースターが装着されていた。
 この為に、さしものアルテリオン、ベガリオンでも、追撃の手から逃れる事は出来ず、DSSDステーション戦闘宙域から離脱してから三時間後、ついに追撃手アークエンジェル級三番艦ゲヴェルに捕捉されるに至った。
 ゲヴェル艦長は前大戦時と同じユーラシア連邦軍レフィーナ・エンフィールド中佐、副長はテツヤ・オノデラ大尉である。
 戦略的見地から言うとさほど重要視はされていない今回の作戦に、レフィーナほどの実績と能力を併せ持った有能な人物が任じられたのは、その能力を見込まれたからではなかった。
 レフィーナの実力に対して、あまりに役不足な作戦と言えよう。レフィーナの軍務経験からすれば艦隊戦や、機動兵器を相手にした戦闘の方が適任だ。
 前大戦時にムルタ・アズラエル率いる子飼いの部隊の護衛を行った縁があった事が、新たなブルーコスモス盟主ロード・ジブリールの癇に障ったようで、このような仕打ちを受けたのである。
 新たな盟主殿は先代盟主の匂いが殊の外嫌いなようで、レフィーナのみならずカイ・キタムラやアーウィン・ドースティン、グレース・ウリジンなどにもおよび、それぞれ母国や僻地に飛ばされている。
 有能な人材をあたら無駄にするような人事に、軍内部でも反発は大きいのだが、かといって癇癪持ちのジブリールに意見して睨まれてまで庇おうという人物も少なく、かような人事がまかり通る次第となっていた。
 レフィーナにとって気乗りしない今回の任務であったが、軍人としての責務から命令に反する事は出来ず、また自分が指揮する事によって被害を最小限にとどめようと言う意図もあったのかもしれない。
 赤毛で巻き毛のあどけなささえ残す美貌に、内心の憂慮は出さず、レフィーナはレーダーレンジに捉えた三機の機動兵器を捕獲すべく、機動兵器部隊に出撃を命じた。
 アークエンジェル級独特の前方に突き出た鉄蹄型カタパルトデッキから、三つの人影が射出されて、前方を行くアルテリオンらに戦闘を仕掛けたのは、およそ十分前の事であった。
 ややデブリの多い宙域に、白銀の流星が細かく蛇行して、無数のビームを躱している。同じようにして緋色の彗星も、ミサイルの弾幕や電磁加速された実体弾を回避し、装備されている各種のミサイルで反撃を試みていた。
 白銀の流星アルテリオンを駆るのは、赤毛にこめかみの横を流れる毛だけ黒い少女と言っていい年齢の女性だ。大きめの赤い瞳に瞬く強い意志の光が印象的な、アイビス・ダグラス。
 サブシートでオペレートを担当しているのは、ウェーブしている茶髪の女性である。アイビスよりはいくらか実年齢は上だが、眼鼻の造りはどこか子供っぽくて幼く見える。
 プロジェクトTDの主要開発陣の一人、ツグミ・タカクラ女史である。二人とも高機動タイプであるアルテリオンに搭乗する為、耐G性に優れたアストロノートスーツを着込んでいる。
 体にフィットしてボディラインを露わにする軍のパイロットスーツよりも、何重にも特殊繊維を織り重ねた生地を重ねているから、まるで着ぐるみの様に見える。
 彼女らの夢を兼ねる為の船である筈のアルテリオンに乗る彼女らは、しかしとても夢に瞳を輝かせてはいなかった。
 後方から迫るミサイル群に対するツグミの声に、アイビスは良く応えて咄嗟に操縦桿を倒し、外れたミサイルは漂っていた隕石群へと衝突して爆発する。
 アルテリオンの傍らを、真紅の姉妹機ベガリオンが飛翔していった。アルテリオンよりも一回り大きいが、まるで鈍重さなど感じられぬ見事なまでの機動を見せる。
 ベガリオンを駆る長い青髪の美女スレイ・プレスティは、やや吊り上がった目に、ことさら厳しい光を浮かべて、110mmGGキャノンの照準に、アルテリオンの背後を追っていた機体を捉える。
 110mm大口径の弾丸のオレンジ色の射線は、刃の翼を広げていた漆黒の機体に触れる事無く虚空を流れていった。ベガリオンの射線を見切った敵機の機動をこそ褒めるべきだろう。
 回避機動を取り様、漆黒の機体ストライクノワールは、両手に持ったビームライフル・ショーティーの銃口をベガリオンに向け、停滞も迷いもない動作でトリガーを引き絞る。
 連射速度の代わりに威力を犠牲にしたショーティーの一弾、一弾はさしたる攻撃力ではなかったが、ベガリオンの左翼付近の装甲に着弾し、大きくベガリオンを揺らす。
 回避機動の最中、高速で移動するベガリオンを捉え、ほんの数発といえども着弾させたストライクノワールのパイロットの技量に、スレイは大きな舌打ちを一つ打つ。
 巡航速度でさえ連合側のMS三機の最大速度を上回るベガリオンとアルテリオンを、逃さずに包囲網の内に捕えている連合側のパイロットの技量は、スレイやアイビスからすれば呪いたいものであった。
 スレイがフォローを入れたアルテリオンにも、ヴェルデバスター、ブルデュエルからのビームと拡散砲弾が撃ち込まれ、アルテリオンの機動を正確に読み切った砲撃に、あわや直撃かと思われた所を、彼方から放たれた数枚の光輪がビームを相殺した。
 連合に追われる三機目の機動兵器――スターゲイザーだ。白雪のように繊細な純白の装甲に黄金のラインが流れる美しい外見は、兵器ではなく人類を新たなステージに導く開拓者、観測者として造られたからであろうか。
 外宇宙での運用に際し搭載される筈のAIスターゲイザーは、今はアルテリオンのコンテナに収納され、搭乗しているのはセレーネとソルの二名である。
 ヴォワチュール・リュミエールの起動に伴う副作用として発生する、極めて高い切断力を持つビームリングを放って、アルテリオンをフォローしたのだ。
 咄嗟に打った手が成功した事に、色白い細面のソルが安堵の息を吐いた。その後ろ、やや高い位置にあるシートにはセレーネが腰かけて、ソルの操縦のバックアップを行っている。
 こちらはコーディネイターらしい美貌に、油断ない警戒の色を浮かべて、めまぐるしく自分達を包囲し続けている敵を射抜くように睨んでいる。元が美人だけに、冷たい表情になると一段と迫力が増す。

 

「ここまで来たのは良かったけど、そろそろ追い詰められたかな」
「弱気にならないの。ここまで来て連中にこの子たちを渡すわけには行かないでしょう?」

 

 突然の地球連合軍の襲撃から、決して軽くない疲労に襲われているソルの言葉も無理のない事ではあったが、セレーネは優しい言葉をかけず叱咤する。だが、確かにセレーネの言う通りであった。
 プロジェクトTD、そしてスターゲイザーをむざむざ地球連合の手に渡らせ、戦争の道具にするわけには行かない。

 

「そうじゃないと、ステーションに残ったエドになんて言うの?」
「そう、だね」

 

 ソルの叔父エドモンド・デュクロは、内部工作員が手招きした連合兵との銃撃戦を繰り広げ、ソルとセレーネがスターゲイザーに搭乗するまでの時間を稼いだのである。エドの生死は、不明だ。

 

「それにしても、まさかスウェン達と戦う事になるなんて、悪い夢みたいだよ」
「……言ってもなにも始まらないわよ。今は敵なんだから」

 

 さしものセレーネの口調にも、どこかやるせないものが混じっている。あの謎の組織の襲撃以来、親交のあったスウェン達、DSSD駐留地球連合艦隊との戦闘は、民間人である彼らには少なからぬ心理的動揺を与えている。
 純白と白銀と緋、三色の追われ人達は、かろうじて被弾こそしていないが、精神的肉体的疲労が蓄積している事は、機体越しにもよく分かる。
 クルーズ・フィギュアからドールズ・フィギュア(ようするに人型)へ変形したアルテリオンの駆るアイビスが、悲痛な声でストライクノワールに呼びかけた。全周波通信ゆえに、受信域に居るもの全てに聞こえるが構わない。

 

「やめてよ、スウェン! 私達一緒に戦って、星の海に行こうって話した仲間じゃない!?」
「……」

 

 アイビスの声にも、ストライクノワールを駆るスウェン・カル・バヤン中尉は、感情の色が薄い瞳に、感傷と呼べる類の色は一切浮かべる事はない。
 返答は冷たく非情で、凶悪であった。ストライクノワールのノワールストライカーに接続されている実体剣兼用のレールガンを、アルテリオンめがけて精密な狙いで撃ち掛けて来たのである。
 ブルデュエルを駆るミューディー、ヴェルデバスターのシャムスも、スウェン同様にアイビス達に容赦のない攻撃を加える。撃墜・撃破判定が下されない程度になら破壊してもいいと、艦隊司令のホアキン中佐から命令を下されている。
 また、今回のDSSD襲撃に際し、一時ホアキン中佐に預けられた第119独立特務艦隊に召集されたスウェン達には、ヤキン・ドゥーエ戦役で使用していたアクタイオン・プロジェクトのGATシリーズが与えられている。
 前大戦時核分裂炉とNJCを搭載して、圧倒的な性能を見せたこれらの機体を、最新の技術によって改修が施されている。動力はプラズマジェネレーター、推進機関にはテスラ・ドライブ、OSにはTC-OSが使用されている。
 新型のウィンダムかフラッグもあったが、スウェンらが前述した二機に比べ、アクタイオン・プロジェクト機に対して高い適性を持っていたため、前大戦で彼らから取り上げられた機体を使用する事になった。
 これには、本作戦の為に、哨戒任務のためにアステロイドベルトを航行していた所を呼び出されたゲヴェル艦長、レフィーナ中佐からの意見具申があったためともされる。
 もっとも、ゲヴェル艦内に、前大戦からストライクノワールなどがそのまま安置されたいと言うのもあるが。パイロットがいなくなった機体を、基地に預け様にも、どこかの誰かの嫌がらせなのか、一切引き取る先が居なかったためである。
 本作戦参加前まで、ゲヴェルの艦載機はアズラエルの息が掛かっていたと言う事で、特別睨まれていたWRXの三機だけで、ブルデュエルなどは乗り手不在でホコリを被っていた状態だったのである。
 なおWRXチーム指揮官イングラム・プリスケン少佐は、一年前から行方不明となっている。アズラエルに近かった人物として、ジブリールの意を受けた何者かに謀殺された、と口にする者もいる。

 

「少しだけど、アンタ達の事気に入っていたわ。けど、命令が来た以上、仕方ないじゃない?」
「なるべくコクピットは外すから、動くなよっ」

 

 それはミューディーやシャムスらなりに、アイビス達に対して出来る最大限の譲歩であったろう。
 ブルデュエルのリトラクタブルビームガン二丁と、スコルピオン機動レールガンの三つの銃口を向け、ヴェルデバスターは複合バヨネット装備型ビームライフルを手に握っている。

 

「そんな、どうしてこんな事に」
「悩んでいる暇はないぞ、アイビス。こうなったら戦って血路を開くしかないぞ」
「で、でも」

 

 果断な性格のスレイはスウェン達との交戦を覚悟し、アイビスに強く言い放つが、それでもアイビスは迷って答えを濁らせる。アイビスの性格を考慮すれば無理からん事ではある。
 スウェンのフォローによって、以前の戦闘では何度か命を救われたのだから。

 

「聞きなさい、アイビス。私達がここで捕まったら、アルテリオンもベガリオンも、スターゲイザーも、すべて戦争の道具になり下がるわ。貴女はそれでもいいの? 私はごめんよ。私は星の海に行く為に、人間がまだ知らない宇宙を見る為に、この子たちを作ったのよ」

 

 火を吐くようなセレーネの言葉であった。彼女が半ばまで実現させた夢の象徴であるスターゲイザー。それを他人の手に――しかも最悪の用途に用いられる事がはっきりと分かっている――委ねる事は出来ないという思いは、アイビスにも分かった。
 スレイや自分が、血を吐くような猛訓練に耐えて、このシートに座ったのは断じて戦争に加担する為ではない。また、フィリオやツグミがプロジェクトTDを立ち上げたのも、そんな事の為である筈がない。

 

「分かったよ。あたし、戦うよ。ツグミ」
「サポートは任せなさい。慎重にね」
「うん。行くよ、スウェン」

 

 DFからCFへと形態を変えたアルテリオンが、90mmGGキャノンで牽制しつつ、ストライクノワールらへと機首を向ける。
 散開した三機から、機体すれすれを掠めて行く精密射撃が雨あられと降り注ぐ中を、アルテリオン、ベガリオン、スターゲイザーは、持前の高機動性をいかしてヒットアンドウェイ戦法などとって対抗する。
 スターゲイザーの、軍用のモノよりは低出力のビームガンを回避したブルデュエルに、ベガリオンのCTMの一種スピキュールが放たれ、それぞれランダムな軌道で襲い来るミサイルを、ミューディーは慌てず迎撃する。
 機体がヴァリアブルフェイズシフト装甲であることも考えれば被弾をさほど恐れず、正確に着弾する可能性の高いミサイルだけを撃ち落とし、さらにソニックカッターを展開して高速で迫るアルテリオンにビームサーベルを抜き放つ。
 MSには望めぬ高速で襲い来るソニックカッターを、見事ビームサーベルで受け流して見せたのは、まさにミューディーの腕の冴といえる。
 ブルデュエルの機体が大きくバランスを崩し、そこにベガリオンがGドライバーの照準を向けるのを、シャムスのヴェルデバスターが妨げる。
 両肩から延びる350mmガンランチャー、ビームキャノンを交互に撃ち、オレンジとグリーンの光条が、緋色の軌跡の後をわずかに遅れて通過してゆく。
 加速したベガリオンの姿を逃さず追従するシャムスの動体視力と、高性能な新型FCSの両方があってこそといったところか。
 シャムスにゲヴェルからの艦砲射撃も加わり、110cmの大口径リニアガンや各種弾頭のミサイルが、星への道を塞ぐべく襲い掛かる。
 ストライクノワールが手首から射出したワイヤーにビームガンを絡め取られたスターゲイザーは、ソルのとっさの判断でビームリングを発生させ、機体を四重に取り囲み、球形を描くように回転して即席のバリヤーとブレードとなる。
 ビームリングでワイヤーこそ切断したものの、ワイヤーの圧搾によってビームガンが破壊され、スターゲイザーに残された武器は、VLの生むビームリングのみとなる。

 

「ソル、プラズマジェネレーターとはいえ、あまり何度も使える武装ではないわ。百発百中のつもりで撃って」
「言われなくても分かってはいるけど!」

 

 口数は少ないが、星を見つめる瞳に宿る光に、少なからず共感を覚えていたセレーネは、スターゲイザーのモニター中央に映るストライクノワールに、複雑な瞳を向けていた。
 戦闘のプロフェッショナルではないなりに、ソルは懸命にスターゲイザーを操作していたと褒めるべきだろう。
 非ブーステッドマン系のナチュラルとしてはトップクラスの腕前を誇るスウェンを相手に、十分以上持ちこたえているのだから。
 光輪を纏ったスターゲイザーから、ストライクノワールめがけて万物斬断の光の輪がいくつも放たれ、周囲のデブリを鮮やかに切り裂いてゆく。
 推力を持たぬノワールストライカーで、スウェンは最小限の動きと最小限の推進剤消費で回避して見せ、ビームライフル・ショーティーからは反撃の光の短矢が何度も放たれる。
 その半数を回避し、残る半数を光輪で防ぎ、スターゲイザーはなんとか喰い下がろうとストライクノワールと何度も交錯しながら、宇宙の闇に光の軌跡を描いてゆく。
 絶妙なゲヴェルからの援護射撃、各種軌道パターンを組みこまれたミサイル、数年にわたる経験から生まれたスウェンらのコンビネーション。
 機体性能ではGATカスタム三機と同等か、それ以上と言っていい77シリーズとスターゲイザーであったが、戦闘のプロフェッショナル相手に徐々に追い込まれてゆくのは当然の話であった。
 バヨネット装備型ライフルを連結させたバスターモードの砲撃を、スターゲイザーがビームリングで防ぐも、圧倒的な出力に押し込まれて動きを止めた隙に、ブルデュエルのスティレット三枚が機体を直撃し、大きく吹き飛ばした。
 純白の装甲を汚し、死に体になるスターゲイザーに、ビームライフル・ショーティーの着弾が続いて、装甲に少しずつ罅が入ってゆく。着弾の衝撃は繊細な内部危機にも負荷を与える。

 

「く、流石に、スウェン達はプロだな!」
「デブリ帯に逃げ込みましょう」
「セレーネ!? スターゲイザーはともかくアイビス達は」
「大丈夫だよ、ソル。それ位なら訓練メニューでこなしてきたから」
「アイビスの言う通りだ。あの程度のデブリ、目をつむっていてもくぐり抜けられる」

 

 流石に目をつむってというスレイのセリフは言いすぎにしても、プロジェクトTDのメンバーに課せられた猛訓練をこなしたスレイとアイビスなら、セレーネの提案通り大小無数の岩石漂うデブリ帯も突破できる。
 サブシートでデブリ帯突破のルート探索を行っていたツグミが、スターゲイザー、ベガリオンに算出した移動ルートのデータを転送する。
 先だって実戦を経験した事から、DSSD襲撃にあっても大きな動揺や恐慌に陥る事はないようだ。実年齢よりいくつも下に見られるツグミの童顔は、凛々しく引き締められていた。

 

「このルートでいけば、ベガリオン、アルテリオン、スターゲイザーなら追いつかれずに逃げられるはずよ」

 

 ただ、逃げたその先に何があると言うのか、どこを目指せば良いのか、逃げた所でどうすればよいのか、それは彼女たちの誰にも分からぬ事であった。
 アイビスがアルテリオンの機首をデブリ帯へと巡らした時、それはあらわれた。ゲヴェルから出撃したのは、ストライクノワール、ブルデュエル、ヴェルデバスターの三機。
 ではスウェンらの合流前にゲヴェルに搭載されていた機体は? 
 その答えは、デブリ帯の奥から出現した巨大な機影であった。五十メートルを超える特機級の巨躯に、特徴的な横長の頭部。青、赤、白を主な装甲色とし、三機の機動兵器の合体によって完成する地球連合最強の機動兵器WRX。

 

「デブリ帯に逃げるのを読まれていたの!?」

 

 それだけではあるまい。おそらくはDSSDステーションを脱出後も、追跡に現れたゲヴェルによって巧妙に、この宙域に進路を向ける様に誘導されていたに違いない。
 アイビス達はレフィーナの仕掛けた網と罠に自分達から入り込んでしまったのだ。
 前方には地球連合現最強特機WRX、後方には最新技術によって強化されたGATカスタム機。星の海を行く筈の船と、星を見る者達は、ついにその道を閉ざされようとしていた。

 
 

――つづく

 
 

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