SRW-SEED_660氏_ディバインSEED DESTINY_第21話

Last-modified: 2009-10-28 (水) 21:55:07
 

ディバインSEED DESTINY
第二十一話 狂気戦争“序”開幕

 
 

 音がした。
 何百年、何千年の月日と叡智の積み重ねによって創り上げられた技術によって、生み出された鋼の産物が、一瞬の光によって融解し、粉砕され、爆発する音だ。
 いや。
 宇宙空間で音が伝播することは内。とすれば、聞えてきたのは鋼の上げる断末魔の声なき悲鳴であったろうか?
 ガロイカの群れを飲み込んだ光は、漆黒の巨躯にある一族の家紋が捺された機体――フューラーザタリオン・トロンベの両肩部分の砲口から放たれたものである。
 本来の機械生命体であるフューラーザタリオンの武装であったなら、現在の地球圏の技術レベルではほとんど再現不可能なレベルである。
 しかしフューラーザタリオン・トロンベは人造の機体であり、その武装は本来のものほどには強力ではない。それでも群れなすガロイカを屠るには十分すぎる力を持っていた。
 さらにどこに発射口があるのか分かりにくいが、光子ミサイルが放たれ、宇宙の暗黒を閉じ込めた様に黒い装甲を、一瞬のきらめきが輝かせる。
 回避を言葉にして意識するよりも早く、フューラーザタリオン・トロンベの挙動に危険なものを感じたセティは、眉間に寄せた皺を深くして、ゲイオス=グルードの機体を本能に任せて傾かせる。
 搭乗者の網膜を保護する為に自動で光量を絞る機体の機能が、強烈な光からセティの目を守ったが、モニターの先で光子ミサイルによって粉砕されたガロイカまでは守ってはくれなかった。
 セティが、いま、ガンバスター相手にネモあたりで挑んでいる様な気分になっていると言えば、彼女の心情の悲惨さをご理解いただけるだろうか。
 これがエリート兵や親衛隊の乗ったガザCやドーベンウルフなら、相手がスーパーロボットだろうが、ぐっと勝率は増すのだが。
 左目に当てている網膜投影型ディスプレイに表示されるガロイカの残機数は、すでに二桁を切り、両手の指よりも少ない数を表示している。
 本格的な戦闘行為を行うには時期尚早と、ガロイカばかりを引き連れて来たのが失敗だったか。それともなんとか話をつけてライグ=ゲイオスを持ってくればよかったか。
 まだセティらは拠点としている場所の機能を把握し切れておらず、兵器生産プラントが十分に活動しておらず、ライグ=ゲイオスの数は今の所五十機もない。

 

「そういうレベルじゃないわね、これは」

 

 苛立っている様な、疲れている様な、呆れている様な、複雑な声音であった。彼女の同僚であるゼブやロフ達なら心から同意してくれるだろう。
 彼女らの最後の愛機となったゼイドラム、オーグバリュー、ビュードリファーは地球製の悪い冗談みたいなスーパーロボットとも、互角以上に戦える性能を持った超高性能機だが、一応、まっとうな技術の産物である。
 しかして地球系の兵器と言うのは、物理法則に真っ向から喧嘩を売っているような代物が多くて、その手強さとはまた別に、常識的な兵器を運用する彼女らにとっては頭の痛くなる思いを覚えるのである。
 目の前に現れた二頭身のおもちゃっぽいが、確かに身の竦むような威圧感を放つ(400メートルを超すサイズとは別に)変形巨大ロボットは、恐るべき強敵だ。
 セティらの所属する組織には首領が二人いるのだが、その内の片割れが特に気にかけているのが、プロジェクトTDやスターゲイザーをはじめとした人類が外宇宙に進出する事を目的とした機体だ。
 かねてからその強奪や破壊を目的として監視を行っていたのだが、地球連合の襲撃を好機として、今回セティが派遣されたのである。
 地球連合の追手との戦闘で疲弊した所を狙おうと遠巻きに見ていた時に、ハザル・ゴッツォの乱入と、イングラム・プリスケンの介入があった時はどうしようかと迷ったが、アルテリオンらが離脱したので、実力行使にうつった。
 それも、今回の作戦目的は達成寸前と言う所でこの意味不明なというか、不可解な偽名を名乗る連中に邪魔をされてしまった。
 かつてロンド・ベルを相手にした時もあと一押しと言う所で、強力な援軍が現れ形勢が逆転する事はあったが、まさかこちらでもそうなるとは。
 セティはすでに、残された戦力でフューラーザタリオン・トロンベとグリーンカラーのヒュッケバインを撃破して、アルテリオンらの捕縛する事を諦めていた。

 

「ゼゼーナン卿にお小言を貰うかしら。というよりはウェンドロ司令に何か言われそうね。あの坊や、笑顔のままで怖い事言うし」

 

 気の重いこと、と口の中で呟き、セティは右手首を失ったゲイオス=グルードの残りの武装をありったけ撃ちながら、ガロイカ全機に後退を命じる。
 アルテリオン、ベガリオン、スターゲイザーの捕縛に動かしていたガロイカは、ヒュッケバインによって七割がたが撃墜されている。
 セティの知っているヒュッケバインと同じものかどうかは確証がないが、高性能を差し引いても乗り手がよほどの手練なのであろう。
 往々にしてセティが相手にするのは、ベテランかエースばかりの部隊であることが多いけれども。

 

「残念だけど、今日はここまでね」
「もう終わりかね? まだまだ戦えると見たが」
「冗談はよして、そんなふざけた機体を相手に戦う気にはならないわ」
「それは残念だ」

 

 潔く背を向けて離れて行くゲイオス=グルードを、レーツェルは敢えて見逃した。
 深追いする事の危険を避けたというのもあるが、受領したばかりのフューラーザタリオン・トロンベが、急遽行ったトランスフォームによって機体状況にエラーが発生していた。
 レーツェルの手練手管によってなんの問題もなく戦闘を行っていたように見えるが、その実、繊細かつ大胆な操縦技術と豊富な実戦経験を併せ持つレーツェルでなければ、こうもセティを騙しとおす事は出来なかっただろう。
 ヒュッケバインが、フューラーザタリオン・トロンベの傍らへと機体を寄せる。フォトンライフルを腰裏にマウントし、戦闘態勢を解いている。ミルヒーも、セティが完全に撤退したと判断したのだろう。
 フューラーザタリオン・トロンベが再びトランスフォーメーションを行って、デストロイドアグレッサー形態に変形する。
 アガメムノン級戦闘空母を上回る巨体ながら、船速はナスカ級高速艦やアークエンジェル級の追従を許さぬ速度を誇り、MSの搭載機能を犠牲にした代わりに単艦での戦闘能力を追求した代物である。
 かるくブースターを点火し、この場を離れようとするレーツェルとミルヒーの偽名兄弟が、事態の急転に呆然としているアイビス達に最後の通信をつなげた。

 

「とりあえず当面の危機は退けた。君達はこれからオーブへ向かうと良い。彼の地の軍事力は前大戦時を上回るものがあるし、連合やザフト、先程の彼女らも迂闊には手を出せん。
 君達の機体を悪く扱う事もあるまい。断言はできんが君らの懸念しているような事態にはならずに済むだろう」
「あの、貴方達は」

 

 声を張るアイビスに、レーツェルは薄く笑みを浮かべて応える。

 

「ふ、通りすがりの食通だ。レーツェル・ファインシュメッカーとミルヒー・ホルスタインの名前、良ければ覚えておいてくれたまえ。機会があればまた会おう」

 

 憶えていなくていい、とミルヒーが顔を顰めて一心に念じていたが、レーツェルはそれを知ってから知らずか、薄く笑みを浮かべているきりであった。

 

 * * *

 

 地球を覆っていた次元断層が消失し、ルイーナの地下基地を壊滅させた事もあって、当面は大洋州連合に危難が振り掛かる事もないだろう、とロンド・ミナ・サハクは判断し、派遣した部隊の本土帰還を命じていた。
 慌ただしくタマハガネに帰艦して機体をメンテナンスベッドに固定したシン達は、急な帰還命令に愚痴をこぼす暇もない。
 地下基地の調査には後々オーブ諸島――DCの本土に元のオーブの名前を残したままでいいのか、という声はあるが、国民感情に配慮してこう呼んでいる――から、EOT関連の技師が来る予定になっている。
 シンをはじめ、先のルイーナ戦に参加した面々と機動兵器部隊隊長アルベロが、大洋州連合から派遣されたバルクホルツ技術少佐と、マリナ・カーソン、タック・ケプフォードと別れの挨拶を交わしていた。

 

「マリナさん、タックさん、今回は助かりました。お二人とも原隊に戻られてもお元気で」

 

 快活な少年らしい笑みを浮かべたシンが差し出した手を、タックとマリナが順番に握り返す。刹那やスティングらを代表してシンが分かれの握手を交わす大役を任されたのだ。

 

「今度の事で世界が広いってよく分かったよ。シン達も元気でな。また、生きて会おう。今度は美味いフィッシュ&チップスの店を紹介するよ」

 

 悪評の多いフィッシュ&チップスであるが、美味い所のは美味いのである。タックにジャンクフードの組み合わせは、なるほどよく似合う。シンは独身男性の悲哀を見た気がした。

 

「成長期にそういうのばっかり食べたら背が伸びないわよ」

 

 マリナは背の事を気にしているシンをからかった。実際あと十センチは欲しいなあ、と心の底で願っているシンは、乾いた笑みを浮かべる事しかできない。
 パイロット同士がくだけた調子で和やかに会話を交わす一方で、バルクホルツとアルベロ、エペソの方も話をすすめ、今後カーペンタリアのザフトの対応や、対地球連合戦線の構築などについて、現場レベルで話せる事を話していた。
 とりあえず三日後にはビアンをはじめとした官僚の一部がヤラファス島首都オロファトに帰還し、連絡がつかなかった間のごたごたをざっぱりと済ませる予定である。
 もっとも、この間連絡を取った時に、ミナからビアンが秘匿していた冗談半分の兵器の事で愚痴を聞かされていたエペソは、ビアンの最初の仕事はミナに愚痴を聞かされる事だ、とほくそ笑んでいたが。
 エペソもこう言う所は人並みに意地が悪い。
 エペソが内心で自軍の総帥の苦労をせせら笑っているとは知らず、ガンアークの開発者であるバルクホルツは、今回のDCとの共同作戦で得られたデータに、ほくほく顔である。
 バルクホルツの手元にあったデータだけでも十分と言える戦闘・運用データがあったが、やはり生きた新鮮なデータが手に入るのはありがたい。
 今回の戦闘で予想以上というか、ほとんど未知の強敵との遭遇で得られた戦闘データは、大洋州連合の主力機動兵器の座を射止めたガンアークに反映されて、より優れた機体となるだろう。
 タックとマリナが乗っているガンアークが先行量産型か試作型か実験機かまではDCに知らされていないが、それ以上の性能であったなら、DC最新型のエルアインスにも溝を開ける高性能機になるに違いない。
 量産型ガンアークの開発・配備が順調に進むと仮定すれば、将来的に各国の主力機動兵器の優劣は、大雑把にこうなるだろう。

 

 ガンアーク(大洋州連合) > エルアインス・アヘッド(DC) > フラッグ(大西洋連邦)・イナクト(ユーラシア連邦)・ティエレン(東アジア共和国)・ゲシュペンストMk-ⅡM(正統オーブ)≧ガーリオン(DC)。
 これらにやや差をつけられてザクウォーリア(ザフト)・ウィンダム(地球連合) > リオン(DC) > 核融合炉・TC-OS・テスラ・ドライヴ搭載の壁 > DC以外の旧世代MS。

 

 まあ、こんな所だろう。ランドグリーズや飛行ユニットを装備したランドグリーズ・レイブンも優れた砲戦型機だが、運用の場面が限られる事を考えると上記に加えるべきではなかろう。
 DCの場合さらにヴァルシオン改、グルンガスト弐式の二大量産型特機が加わり、地球連合には量産型ガルムレイドが加わる。
 特機の配備・開発状況においては、ザフトとその他の勢力が全く進んでいない事が注目に値しよう。
 もちろん開発は水面下で行われてはいるが、地球連合では特機に新型MAで対抗しようという考えが強く、ザフトではアクア・ケントルムがパイロットを務めるインパルスの開発経緯から考えて、開発は絶望的だろう。
 大洋州連合が親プラントから親DCに鞍替え(と言ってもプラントとDCは友好勢力同士であるが)するつもりなのは、DCにとっては暗黙の了解の内で、彼らが独自の戦力を持つ事を嫌ってはいない。
 自国の兵器以上の性能を持つ機体の開発を厭わないというのも、これはこれでかなりおかしな話ではあるが、DCにはAM、PT、MSを問題としない特機の存在もあるし、ビアン総帥手製の奇妙奇天烈機体の存在が軍部に余裕を抱かせている。
 統一が成ったアフリカ大陸や南アメリカ合衆国、赤道連合を傘下に置いて爆発的に国力・人員が増大して、前大戦で資源・資金・軍事力で最弱だったのが、約二年で東アジア共和国並みの国力を得ているのも大きい。
 最も、必ずしも軍事・政治・経済の足並みがそろっているわけではないのが問題だ。ま、東アメリカとアフリカのトップが元DCの人間と言う事もあって、上層部に置いてはさほど危惧する状況ではない。
 ――のだが、だが、である。地球の歴史上類を見ない巨大な軍事政権(なにしろ南半球ほぼ全域が版図だ)の樹立というわけで、各国の識者はしきりにDCの存在を危険なものと声を上げている。
 その煽りと軍事優先の政策や、反コーディネイター感情で溢れる世論に反し、官民問わずコーディネイターにも平等な政策などから、DC勢力内の民心が必ずしも好意的とは限らないのが悩みどころである。
 旧オーブの場合、オーブがそもそもコーディネイターを受け入れる数少ない国家であり、総帥となったビアンも異邦人である為にナチュラル・コーディネイターの差別感情が無かった事もあって、それほどには問題ではない。
 いまも重要なポストに居る五大氏族も、サハク家のミナとギナが養子縁組で迎え入れられたコーディネイターである事から、実力重視の気風でナチュラル・コーディネイターの出自に拘らないものが多い(全くいないわけではない)。
 それでも隠れコーディネイターというコーディネイターである事を隠している人々もいるし、まったく差別が無いのか、というとこれは真っ赤なウソになる。
 とはいえ地球上の国家ではコーディネイターに対する寛容さでは一、二を争う国家である事は確かで、難民の受け入れなども行っていることからコーディネイター難民も多い。
 積極的に有能な人員を登用し、チャンスを掴んだ、陽のあたらない所にいたオーブ下級氏族も、鼻息を荒くして活躍の場を求めていて、DCの工業力や技術力をはじめ、マンパワーも右肩上がりだ。
 前大戦時、ヴォルクルス分身体とデモンゴーレム、ゾンビーMSという非常識極まる存在に蹂躙されて万人単位で死傷者が発生したものの、量産型ボスボロット、軍用パワードスーツの大量投入によって、街並みは復興している。
 DC政権に対する不信の声も、本土襲撃の際に大火となるも、軍事独裁政権と言われて否定できないDC側が、意外にも柔軟な対応を取り戦災者への積極的な補償や陳謝を行っており、現在は声高に現政権を批判する者は少ない。
 本土攻防戦やヤキン・ドゥーエ決戦における多大な被害などによって、財政はかなり逼迫し軍需物資も心許なくなったが、赤道連合・大洋州連合からの援助によって持ち直している。
 赤道連合は地球連合からDC寄りへ立場を移す事の見返りにリオンをはじめとしたDC製兵器のライセンス生産や、防衛戦力の要求、戦後の優遇措置をはじめとした見返りを求めて。
 大洋州連合はDCがアフリカ大陸と南アメリカを傘下に収めた後、親プラントからDCの広げた傘の下に入り、今世紀勃発した混沌とした戦乱を生き残る為に。
 景気良く特機・MSの新型機を開発し実戦配備しているように見えるDCだが、その実財政的には危うく火の車になりそうな所を、なんとか回避したという苦しいものだった。
 南アメリカは、武力併合・独立戦で鬼神の活躍を見せた“地獄の戦士”ローレンス・シュミット大佐(昇進した)と、”切り裂きエド”ことエドワード・ハレルソンが上手く軍民の心を掴んでいて、DCには友好的だ。
 貴重なマスドライバーが健在で、戦中・戦後もたびたび大西洋連邦と小競り合いが続いており、DCからの援助が無いと単勢力で大西洋連邦の圧力を跳ね返すのは厳しいという事情もある。
 今年に入って、アマゾンに存在する地下大空洞を利用した42万㎡にも及ぶ総敷地面積を有し、宇宙艦艇の建造ドック、MS工廠が存在する軍事都市ジャブローの建設が終了し、ようやく安定を見せている。
 南北アフリカは、元の新西暦世界でビアンの傘下にあったバン・バ・チュンが軍部を掌握こそしているものの、南と北で対立していた頃の悪感情や、あくまで現地勢力による自治を望む弱小の武装勢力が混在しており、統治が中々うまくいってはいない。
 バン・バ・チュン、元の世界でもこちらでも苦労の人である。
 安定せざるアフリカ大陸は、対地球連合戦後の優遇政策を約束して、なんとか足並みを揃えようと躍起になっているのが現状で、旧世紀から続く部族間抗争の火種も転がっており治安も良いとは言い難い。
 ちなみに、南アメリカとアフリカの主戦力はリオンとストライクダガーである。
 これで汎ムスリム会議がDC側に付いてくれれば、アフリカ近辺の世情も余計な警戒に戦力と神経を割かずに済んで、幾分マシになるのだが、これも今のところ良い結果を得られずにいる。
 中立である汎ムスリム会議に色よい返事を求めて何度も交渉を持ってはいるのだが、主要国家であるアザディスタン王国をはじめとする、各構成国が渋い顔をしているのが現状だ。
 地中海沿岸を制圧し、聖地エルサレムを含んだ領土分割を餌にでもしなければ汎ムスリム会議の助力を得るのは難しいと見る意見も多い。
 いっそのこと武力併合を、という意見もないではないが旧暦の頃からなにかと紛争の絶えぬ地域とあって、無理な武力行使は嫌う声と制圧後の統治難を訴える声が大きく、DCが汎ムスリム会議と戦火を交える事はないだろう。
 単に、そんな余裕がどこにある? というウナト氏の意見が一番現実を物語っているだろうけれども。
 まあ、現場レベルのシン達にはどうこう出来る問題でもないし、彼らの間で話題に上る事も滅多にはない事情だ。
 ガンアークの有用なデータを得られ、タック達にも経験を積ませる事が出来て、笑みを浮かべるバルクホルツらと別れて、シン達は一路オーブへ帰還の途についた。

 

 * * *

 

 シンやビアンらがオーブ諸島に帰還した頃、遥かに離れたプラント首都アプリリウス市で開かれた議会では、紛糾していた。
 地球の姿が再び無窮の暗黒で満たされた宇宙に復活してから数日、地球連合から通達された通告が、あまりにも問題のある内容だったためである。
 ユニウスセブン落下事件を引き起こしたテログループの引き渡し要求である。それ自体はまだいい。すでに全員死亡という通達を伝え、連合側も一度はそれを了承したにも関わらず、それを無かった事にしたような通達である。
 さらにその内容は、賠償金要求、現政権の即時解体、武装解除、連合理事国の最高評議会監視員の派遣となっている。
 これらを受諾する事は、前大戦後、アイリーン・カナーバの奇跡的な外交活躍によって獲得したプラントの自治を投げ捨てて、再び地球のプラント理事国の膝下に屈する事を意味する。
 再び理不尽なノルマを課せられ、自由を束縛され、ナチュラルの為に働く労苦を背負う事は、プラント市民の誰も望まぬところ。
 自分達の力と多くの犠牲の下に自治を獲得したという誇りと、自分たちよりも能力・判断力で劣る旧人類に支配されるわけにはゆかないという優越感混じりの感情が、評議員の誰の胸にも渦巻いていた。
 彼らだけではなくプラント市民二千万の全てがこの要求を知れば等しく憤慨して、厚顔無恥なる地球連合に非難の声を上げるのは間違いない。
 また、彼らは知らなかったが、DCにも似たような内容の通達が送られていた。
 ユニウスセブン落下事件の際に、阻止の為に使用されたDCの兵器(シンが使った星薙ぎの太刀の事)が発生させた莫大なエネルギーによって、地球が次元断層に覆われたと断言し、プラントと同じような要求がされていた。
 そしてプラント・DCに贈られた通達の肝心な所は、こうだ。
 『――以下の要求が受け入れられない場合は“プラント/DC”を地球人類に対する極めて悪質な敵性国家とし、これを武力を持って排除するも辞さない』である。
 事実上の宣戦布告と何も変わらない通達である。
 いずれ近いうちに再戦となると踏んでいたDCはともかく――なにしろ世界征服を標榜している――二度目の大戦の勃発を避けようという意識の強いプラント評議員達を、激昂させるには十分な内容であった。
 テログループの情報配信、次元断層の責任をDCに求めるに至った分析結果、メディアを通じてのバッシング、世論操作に至るまで、戦端開幕に向けて一連の流れとなっており、一つの意思によって描かれた脚本に則っている印象が強い。
 ユニウスセブン落下阻止によって地球上の被害はなく、月の戦力も無傷。地球連合構成国はいずれも意気揚々としている。いますぐ戦端を開いても、ザフトを圧倒する物量をあっという間に整えられるのは確かだろう。
 次元断層が消える寸前、月の連合基地では司令部が独断で艦隊の編成を行い、政府の許可なしにプラント攻撃へ向けて動かす寸前までいっていた。その時の編成そのままの戦力でも、十分すぎるほどの脅威だ。
 DCの宇宙戦力は、抑えるだけなら地上から打ち上げた戦力でも可能だろう、というのがザフト情報機関の見解で、DCから援軍の来る見込みは小さい。
 ザフト単独で、はたして地球連合の大艦隊をよく迎え撃つ事が出来るか否か? 連合からの通達の非常識さに、劣等種であるナチュラルへの怒りを露わにするのは、その不安の反動であったのかもしれない。
 数では劣ろうとも質でははるかに自分達が勝るものと自負する評議員達の中には、いまにも武力には武力を持って答えようと言いかねない様子だ。
 武力を行使しようとしているのは地球連合のナチュラル共であって、今回も我らは被害者であると認識が、彼らに共通している。
 それでも、デュランダル議長があくまで理性的に、自分達は対話による解決を試みるべきと訴えかけるのに、声を荒げかけた評議員達も平静を取り戻す。
 この場の誰も戦争を求めてはいなかったのである。また、短絡的で野蛮なナチュラルと違い、新人類たる自分達コーディネイターは、けして理性を捨ててはならないのだと強く自負が、彼らの胸の内には強く存在していた。
 結論として、プラントはあくまで平和的な対話による解決を求めるものとし、あくまでプラント本国防衛のため、地球連合艦隊迎撃のため、部隊を展開するに留まった。
 動きを見せつつある地球連合艦隊への先制攻撃は控えられたのである。
 これに伴って、同じように連合から宣戦布告をされたDCと共闘も打診されたが、根拠地との連絡断絶による混乱から、DC宇宙軍は動けず、という返事で芳しいものではなかった。
 実際にはマイヤーとロレンツォをはじめとした将校・佐官が辣腕を振るい、迅速な部隊展開を可能としていたのだが、連合の手並みを拝見する為にザフトと一合わせするのを見る腹積もりであった。
 見え透いた魂胆に連絡を取ったプラントの人間は、コーディネイターらしく整った顔に、苦いものを浮かべるのを隠さなかったが、マイヤー自身が戦端が開かれれば必ずや助力すると確約しただけでも由としたようだった。

 

 * * *

 

 そして、久しぶりにオノゴロ島地下の艦船用ドックに帰還したタマハガネの艦内で、シン達はそれを目にし、耳にした。
 グローリスターの面子と、ステラ、レントン、刹那、エウレカ、デスピニスで食堂の一角に陣取っていた時、立体TVに大西洋連邦大統領コープランドの緊急声明が映し出され、その場にいた全員の耳目を集めた。
 恰幅の良い男性が、デスクの上で指を組み、沈痛な面持ちで静かに語りかける。静かな声音には、わずかに聞きとれる程度に悲哀の響きが混じっていた。弁舌家としては当たり前の話術だろう。

 

『――この事態を打開せんと、我らは幾度となく協議を重ねてきました。が。いまだ納得できる回答すら得られず、この未曽有のテロ行為を行った犯人グループを匿い続ける現プラント政権は、我らにとって明らかな脅威であります。
 また、地球上の全市民を混乱に陥れ、無用な恐怖を与え、地球と宇宙の断絶を招いたユニウスセブン事変の犯人引き渡しを拒絶し、軍事拡大を続け世界の脅威となっているDCもまた同様です』

 

 事前にエペソを通じてミナから、地球連合の通達を聞かされていたとはいえ、シンはコープランド大統領の言葉に、思い切り歯を食い縛るのを堪えられなかった。
 地球連合の連中が何もできずにいたとき、最後まで地球落下を阻止すべく尽力したのは、シンやセツコをはじめとしたDCの人間と、ザフトのミネルバ隊、それに遅ればせながら駆けつけた正統オーブの兵士たち。
 いずれも宇宙に住む者達だ。とくにプラントの人間にとってはほとんど対岸の火事だと言うのに、ぎりぎりまで命がけでユニウス落下阻止のために動いたのだ。
 それを知っていようものなのに、地球連合の連中は、あたかも戦いを望むのはDC(これは事実だが)とプラントであり、自分達は仕方なく戦うのだと、自国民を守る為に仕方なく、という風に振舞っている。
 これでは茶番だ。真相を知っていれば、子供でさえ理解できる三文芝居、とうてい観客から金など取れぬ素人にさえ劣る構図と脚本だ。
 シンやDC、ザフトの皆が地球とそこに生きる命を守る為に命がけでユニウスセブン落下阻止のために働いた事実を抹殺され、ナチュラルに恨み持つコーディネイターの暴走という片一方の事実だけを強調し、加工し、真実として語る。
 シン達からすれば戦争を望んでいるのは地球連合の方としか思えない。そして、DCと地球連合の間で再び戦端を開く口実に、自分が利用されている事が、シンには我慢ならない。
 自分の所為で戦端が開き、大切な人達が危機に晒されるのかもしれないとあれば、到底軍人とはいえない精神的な甘さと未熟さを持つシンには、耐えがたい事であった。
 当然、シンの心境など露知らず、さらにコープランド大統領の声明は続く。

 

『――よって、さきの警告通り、地球連合各国は本日グリニッジ標準時午前零時をもって、武力によるこれらの排除を行使する事を、DC、プラント現両政権に対し、通告いたしました』
「要するに、開戦するってことだろ……?」

 

 煮えたつ溶岩の様な怒りと憎しみが吐き出させたシンの言葉に、隣に座っていたステラとセツコのみならず、テーブルを囲んでいた皆が一様にシンを振り返った。
 まただ。前大戦時、オーブ解放作戦と名付けられた戦闘同様に、子供にも通じぬ理屈をあたかも正義と大義の証の如く振りかざして、他者を力で屈服させるやり方。
 椅子を蹴倒して立ち上がり、瞳の中で血が溢れている様な瞳を見開き、鋭い犬歯を剥き出しにしたシンの姿は、付き合いが長く深く理解しあっているステラならともかく、セツコやデスピニスには恐ろしく映ってさえいた。
 迂闊に触れてしまえば、こちらの手を炭に変えてしまう烈火の怒りが、シンの体の中に渦を巻いていそうで。
 立ち上がったシンは、誰に何を言うでもなく、その場を後にする。食堂の出口へと向かうシンの背に、デスピニスや刹那、セツコだけでなくステラでさえ、声をかける事は出来なかった。

 

「シン君、すごい怒ってる?」

 

 セツコは、思わず口にした。短い付き合いだが戦端を開くだしに自分を利用されれば、その事を悲嘆するよりも怒る性格だとは、分かっているつもりだ。それにしても、あの怒り様は、想像以上だった。

 

「シン、本当は戦争、すごく嫌いなの。でも、マユとお父さんとお母さんと、友達を守りたいから戦っている」
「ステラちゃん……」
「だから、戦う理由に自分がなっちゃったことに、すごく悲しんでいて、同じくらいに怒っているの」
「……」
「前よりもシンの守りたいものはずっと増えてる。たくさんの人を守りたいってシンは思ってる。セツコの事も」
「……私、シン君の事、追いかけます」
「ステラも!」

 

 セツコとステラの二人が経ちあがって、お互いの顔を一瞬見つめ合って頷くと、すぐにシンの後を追って駆けだした。肩を並べてシンの後を追う二人の様子を見ていたトビーとデンゼルが、

 

「うちのアイドル、射止められましたかね?」
「まだ浅いから微妙じゃないか? それにしてもシンは幸せ者だな。しかし、二股はなぁ……」
「まあ、泣かせたら一発殴るって事で」
「おれと中尉とで二発だな」
「やっぱり一人二発にしておきます?」
「悪くない案だな」

 

 と言った。

 

 * * *

 

 大西洋連邦大統領という傀儡を介しての宣戦布告から遡ること数刻。
 ずらりと等間隔に並ぶプラント本国の前面に築かれた、ドーナツの様なザフト軍事ステーションから続々と、戦艦とMSが出撃し、迫りくる地球連合艦隊を迎え撃つべく布陣を始めている。
 前大戦終戦時より工業生産力の大部分を用いて、MS・戦艦を生産し続けてきたザフトである。あまりの戦闘の激しさにボアズとヤキン・ドゥーエが使い物にならなくなってしまったが、それをカバーする為にプラント宙域に無数の軍事ステーションを建設していた。
 戦力はステーションの内本国近辺の者から急きょ掻き集め、本国防衛に残されていたものを動員した。
 先にアーモリーワン襲撃という事態から、かくプラントに割り当てた防衛戦力を水増ししていた事が、功を奏して戦力の集中は迅速に行われた。
 内訳はローラシア級三十隻、ナスカ級二十二籍、エターナル級十隻、MSはゲイツRが三百、ザクウォーリアが四百五十、ザクファントムが百、ジャスティス五十、フリーダム五十、ミーティアは各十機、プロヴィデンスも二機。
 後方には旧式化したとはいえ数だけはあるジン、シグー、ゲイツが控えている。近辺宙域には宇宙機雷、自動攻撃砲台が無数に配されて、ザフトが尽くせる人事は全て尽くしたと言った所か。
 兵器の質を考慮すれば、おおよそ同数前後だったヤキン・ドゥーエ決戦を上回るザフトの戦力だ。
 ただそれを操る人員はと言うと、約二年の間にアカデミーを卒業した新兵の割合が多く、苛烈極まる前大戦を生き抜いた歴戦の猛者の多くは、アズライガー、デビルジェネシス、ヴォルクルスとの戦闘で落命している。
 さらに敵対する地球連合の戦力はそれを上回る。月基地に駐留していた戦力だけで、だ。ザフトもDCも羨む大戦力といえた。
 幸い、地球に居るエースクラスが顔を揃えていないのは、ザフトにとっては幸運だったろう。
 パプティマス・シロッコやパトリック・コーラサワー、グラハム・エーカー、セルゲイ・スミルノフ率いる頂武は、作戦参加が間に合わず所属国の基地で今回の初戦を見守っている。
 今のザフトに、上記のウルトラエースに対抗できる人材は極めて少ない。
 そんなザフトの中で、全勢力を通じてトップクラスのエースに位置するメンバーが、ザフト艦隊の中でもひときわ目立つ三隻のゴンドワナ級大型空母の内の、一隻に顔を揃えていた。
 ずんぐりとした薄めのグリーン色の船体が、全長千二百メートルにも及ぶゴンドワナ級は、十六本ものMS発進用多段カタパルトを有し、その内部には艦艇の収納さえ行える。
 マクロス級にも匹敵する巨大な空母は、艦というよりも動く要塞のようだ。プラントの国力でよくもまあ、三隻も揃えたと呆れる様な巨大艦だ。
 その三隻を惜しげもなく投入した光景は、DCの面子でも初めて見た時は呆気に囚われるだろう。
 ゴンドワナ級の士官室のひとつに集まっていたザフトのトップエースとは、ザフトWRXチームの事である。ザフトの軍服としては異色の制服に身を包んだ彼らは、ひとしく難しい顔をしていた。
 ザフト兵の中には地球連合の理不尽な要求に怒りを燃やし、闘志を燃やしている者も多いが、前大戦の苦境を味わったベテランの彼らは到底そうは思えない。
 あの戦いで地球連合・ザフト双方がどれだけの被害を出し、数え切れぬ人命が犠牲にして得られた平和が、わずかに二年にも満たぬ時間で破られるとは、到底納得がいかない。
 彼ら自身命の価値が恐ろしく軽く、信じられないほど呆気なく失われる戦場の最前線に立ち、多くの戦友を失っている。その時の喪失感、虚しさ、それがまた繰り返される。
 その事が全員の胸に大きな洞を穿っている。
 特に副隊長職について数年を経てようやく落ち着きを得始めたイザーク・ジュールも、今回の事態に苛立ちを隠せず、士官室内は肌に痛みを覚える緊張感に満ちていた。
 居心地悪そうに、例のボンテージ水着ことDFCスーツに身を包んだルナマリア・ホークとシホ・ハーネンフースは、居心地の悪さにもじもじ身もだえしつつ、何と言えばよいか口籠っている。
 二人とも約二年という時間を経て、ゆっくりと少女から大人の女性へと熟成しつつあり、きわどい露出の服装に豊かな肢体を押し込んだ姿は、まともな肉欲を持った男なら生唾を飲まずにはおれまい。
 そんな二人の姿もすっかり見慣れたイザークとレイ・ザ・バレルは、思春期の青少年の癖にまるで気にも留めない。
 イザークの不機嫌の理由は、ルナマリアとシホの二人にも大いに共感できるものであったから、大きく文句は言わなかった。
 レイは目を閉じて沈黙している。白皙の美貌故にまるで雪花石膏から彫琢した石造の様なレイは、イザークの放つ緊張感にもなにも感じる様子はなく、それがまたルナマリアにはちょっと癪だ。
 とにかく、はやくヴィレッタ隊長に来て欲しい、と切にルナマリアは祈るばかり。そして、決して戦端が開く事が無いように。ただそんな願いはけたたましくゴンドワナの船内に鳴り響いた警報によって破られる。
 舌打ちを打ってイザークが立ち上がるのと同時に、ヴィレッタ・バディムが室内の入り口から顔を見せる。二年前からほとんど変化の無い怜悧な美貌の女隊長は短く告げた。

 

「出撃よ」

 

 WRXチーム戦用に設けられたパイロットロッカーに向かって素早く着替え、今度はそれぞれの愛機へと向かう。
 誰もが再度の戦争を望んではいなかった。評議会の方も事態を何とか対話で解決しようと様々な外交手段に訴えていたが、すべては水泡に帰してしまった事になる。
 警報はいっかな止む様子はなく、しばらくは睨みあうままになるかとも思われた可能性はなくなり、早くも交戦する事態となってしまった。
 残骸と成り果てたヤキン・ドゥーエ近海で、両軍は砲火を交わす事となった。
 彼方に見える無数の光点のすべてが地球連合のMSかと思うと、歴戦の猛者に恥じぬ戦果を挙げたイザークやルナマリアでも、多少の畏怖は感じる。
 地球連合の総合的な工業力は、日刊駆逐艦・週刊戦艦・月刊空母と例えられるほどである。
 宇宙に拠点をほとんど持たぬ地球連合の、大部分の戦力が集中しているとはいえ、それでもこれだけの物量を備えられる相手を、侮る気にはなれない。
 イザークは、管制からの報告に耳を傾けた。

 

「第一戦闘群、まもなく戦闘圏に突入します。全機オール・ウェポンズ・フリー」

 

 ノイズ混じりのその声に遅れて、周囲の味方と彼方の敵が備えた火器を一斉に発射し始める。
 両軍の間にはまだかなりの距離が空いてはいるが、光の速さのビームにとっては、ほんのささやかな距離だ。数が十分にそろった状態での緒戦の撃ちあいで撃墜されるか否かは、技量云々よりも運の要素が大きい。
 時折新兵が、地球連合は数だけだ、一人一人では自分達の方が優秀なのだと豪語して、周囲のイエスマン共が同調して調子こいているのを、思いだしたイザークはいまごろその新兵が肝を潰しているだろうと、鼻を鳴らした。

 

――肝は潰しても死ぬなよ、ヒヨッ子共!

 

 モニターの向こうで徐々に大きくなりつつあるのは、地球連合三国で共用されているGAT-04ウィンダム。ストライカーシステムを採用したこの機体の多くは、宙間戦闘に際して、エールストライカーの改良型を装備している。
 後方にはランチャーストライカーを装備した機体も存在していた。せっかくのストライカーシステム搭載機に、何も装備させずに戦線に出す様な真似はしないらしい。
 コスモグラスパーやメビウスの姿が無いが、足の速さを利用して主戦場を迂回させて後方のプラント本国を叩くつもりなのかもしれない。
 前大戦時に本隊を囮にして陽動の部隊を用意した地球連合によって、プラントが核の脅威に晒されてしまった。
 あの時はラクス・クライン率いる離反部隊と、瀕死の淵から蘇ったシン・アスカの助力が無ければ、いまこうしてはいられなかっただろう。
 一度はめられた戦術に、二度も引っ掛かるとは思いたくなかった。イザークは、一抹の不安を胸中で押しつぶし、重火器を満載したデス・ホーラーを装備したR-1を駆る。
 両腕のライトヘッド・レフトヘッドの銃口から、大口径実体弾弾頭を機関銃さながらにばら撒かれ、恐ろしく正確な狙いによって次々とウィンダムの繊細な電子機器の詰まった頭部やコクピットを貫く。
 銃撃の反動と機体各所の姿勢制御機器と連動させ、イザークはR-1を独楽のように回転させ、脇をすり抜けようとしたウィンダム、前方で射撃体勢を取っていたウィンダムを瞬く間に花火に変える。
 百数十億年の歴史が詰まった宇宙の闇は、音も熱も伝える事はないが、推進剤に引火したウィンダム達はオレンジ色の真珠のように輝く。
 黄金の薬莢が漂う中を、腕を交差させて縦向きの拳銃を額に当て、両足を曲げたポーズは実にスタイリッシュであった。
 ロウ・ギュールの作成したOSは、時折無為なタイミングで拳法の構えを取ってしまう事があったが、イザークの場合はマニュアルで行っている。
 激情家でまっすぐな性格の彼らしくない不可解な行為だが、WRXチームはすっかり慣れ切ってしまったので、戦闘の渦中にかようなカッコイイポーズを決める奇癖を無視している。
 デス・ホーラー装備のR-1に乗っている時、イザークが妙に無口になるのも、一部の同僚には知られていて、司令部にも黙認されている。
 イザークは腰に両方の銃をマウントし、デス・ホーラー側面部を前方ウィンダム群に向ける。開かれた側面部装甲の奥から、マイクロミサイルが一斉に射出されて円形上の軌道を描いて、ウィンダムの白い装甲に襲い掛かる。
 ウィンダム側もトーデスシュレッケン12.5ミリ自動防御火器や、ビームライフルを使ってミサイルの多くを撃ち落とす。
 しかし撃ち落としている間は無防備で、その隙をルナマリアのR-2パワード、レイのR-3パワード、シホのR-GUNパワード、ヴィレッタのR-SWORDパワードからの射撃が加わる。
 連合側と銃火を交わしてからわずか数分、WRXチームの撃墜数は十機を数えていた。

 

「イザーク副隊長、気合入っているわね!!」

 

 今では増産される事のなくなったターミナス・エナジー・エンジン搭載機であるR-2パワードの大火力を生かし、一個中隊級の弾幕を展開するルナマリアに、シホが応じた。

 

「誰だってそうでしょう、こんな状況じゃっ」

 

 ビームカタールソードで胴を薙ぎ真っ二つにしたウィンダムが爆発する前に、その機体を蹴り飛ばし、ツイン・マグナライフルで迫りくる敵機を牽制しながら、良くも返事ができたものだ。
 戦闘中に片手間の調子で会話ができるのも、胆力と実力兼ね備わっていないとそうそう出来たものではない。アドレナリンの過剰分泌によってハイになっているわけではなさそうだ。

 

「隊長、司令部よりWRXチームは現宙域にて戦闘を続行との指示です」
「分かったわ。レイ、常に周囲の状況把握を」
「了解です」

 

 イザークよりもよっぽど隊長の補佐らしいレイが、ブリーフィングの時と同じ冷静な声で応じる。
 ヴィレッタはそれに対して信頼を抱いているようで、それきり何を言うでもなく、両肩にマウントしているシールド兼用のブレードを機体に握らせて、手近なウィンダムに斬り掛かる。
 いきなり本国壊滅の危機に晒されたザフトの部隊で、大物量の連合相手に怯まず猛攻を仕掛けるのはWRXチームに限らない。
 ユニウスセブン落下時に、怒涛の気迫でテロリストと戦ったサトー隊は、スラッシュウィザードで統一され、各隊員は気焔を吐きながらスラッシュザクファントムを駆る隊長に続く。
 各隊員はスラッシュウィザードのハイドラガトリングビーム砲で、前方に翡翠色の驟雨を降らせて多くのウィンダムが、たちまちの内に穴だらけになってゆく。
 咄嗟にABCシールドを掲げて銃火を免れても、長柄のビームアックスを振り上げたサトーのスラッシュザクファントムによって、シールドをかちあげられて、あいた左胴を割かれる。
 WRXチーム、サトー隊、ホーキンス隊、ヴェステンフルス隊といった古参部隊に、ドラグーンを搭載したプロヴィデンスを駆るラルフ・クオルド、コートニー・ヒエロニムスらは、素晴らしいの一言に尽きる活躍ぶりである。
 それでもかつてのヤキン・ドゥーエ決戦のようなアズライガーの如き超規格外の機体は無いが、こちらにもDCの戦力はないしジェネシスもない。もっとも、ジェネシスは使うわけには行かぬ禁断の兵器だが。
 OSの補助に頼るナチュラルのパイロットは、名を馳せたエースでもなければ、イザークやサトークラスのパイロットには敵ではない。
 次々と撃墜スコアを伸ばして行くザフト側のエース達だったが、いくら敵の大群に穴を穿っても、後から後から新たな機体が現れてその穴を埋めて行く。
 はたして、ザフトは地球連合の猛攻を跳ね返し、無事にプラント本国を守り切れるのだろうか。

 
 

――つづく。

 
 

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