SRW-SEED_660氏_ディバインSEED DESTINY_第33話

Last-modified: 2010-01-31 (日) 15:35:11
 

ディバインSEED DESTINY
第三十三話 戦前の少年達

 
 

 ディバイン・クルセイダーズ(DC)およびザフト、大洋州連合艦隊が合流した大規模艦隊の中でも、一際異彩を放つ巨大ドック船セプタンの甲板で潮風を浴びながら、手すりにもたれかかった姿勢で瞳を閉じている人影がある。
 一時の事とは言え地球の空全てが太陽の慈光を失ったとは信じられぬ青空の下、船体が波を掻きわける音と遠く空を飛ぶ鳥の声ばかりが流れて行く世界の中で、その人影は一体の彫像のように長く姿勢を変えずにいた。
 毛先を切り揃えた藍色の髪が潮風に揺れ、はらはらと白磁の肌に触れる様子と、かすかに上下する胸の動きを見れば、その人影が決して彫像などではなく血の通う生きた人間なのだとわかる。
 薄桃色のカーディガンを羽織り、孤独な影を鋼の甲板に落としながら思索に耽る書生のような人影は、ティエリア・アーデその人である。
 ズフィルード・クリスタルによって船体の大部分が構成されるセプタンの紫色の光を映し、船首に裂かれて白く変わる波しぶきのいくらかは妖しい紫の色を帯びている。
 その夢現の中に見た幻かと錯覚に陥る幻想的な波の色の変化に目をやるでもなく、ティエリアは先程からDCの人間との接触を断ち、脳量子波を用いてザフト艦ミネルバや冥王星に居る同胞達と意見交換を行っていた。
 ミネルバに配属されたデヴァインとブリングは、共に民間軍事企業ネルガルの社員という立場にあるから、私的な通信を行ってもさほど咎めだてられる可能性は低い。
 だが盗聴の可能性を考慮し、また地球からはるか遠方の冥王星に居る同胞とも意見を交わすには、脳量子波によるタイムラグのない通信が最も望ましい。
 ティエリアやデヴァインらの懸念事項は、彼らネルガル――と名乗っている異世界勢力ザ・データベース――の独占技術であった筈の擬似太陽炉とは異なる“オリジナル”太陽炉の処遇である。
 オリジナルの太陽炉はDC側の技術であるからネルガルの立場としては、圧力をかけるなどできはしないが、戦場の事故を装うなり整備の最中に不慮の事故を装って破壊する事は不可能ではない。
 オリジナル太陽炉搭載機のパイロットである刹那やロックオンに聞いた限りでは、GN粒子の制御能力などに大差はないが、擬似太陽炉とは異なり永久機関であることなどの違いはある。
 現在、永久機関という代物はサイバスターなどに搭載されている魔術的要素を含んだフルカネルリ式永久機関を除けば、純粋な科学力で作られたものはオリジナル太陽炉のみだ。
 そもそも永久機関と言う存在の開発に成功した事は、人類の技術史において途方もない偉業と称賛するに値するのではないだろうか。
 もし永久機関の生み出すエネルギーを人間の生命維持に応用する事が出来たなら、それは尽きる事のない永遠の生命を現実のものにし、無限の時を生きることを可能とする存在を誕生させることになるだろう。
 人類のあらゆる王朝・国家の権力者たちが海の果てに、いずこにあるとも知れぬ理想郷に、幻想の中に求めた永遠の生命を現実のものとする可能性を秘めた夢の機関ではないだろうか。
 異世界のペンタゴナ・ワールドと呼ばれる星系を支配したポセイダルなる人物は、物理エネルギーと生命エネルギーを変換するシステムを開発し、不老を体現したがこれと同じ事がいつかは可能となるだろう。
 あくまで太陽炉やフルカネルリ式の生み出すエネルギーを人間の生命維持に転換する事が出来たなら、という仮定の話ではあるが。
 ともかくオリジナル太陽炉の生成する色合いの異なるGN粒子や組み込まれているグラビコン・システム、またどのような経緯でDCがその技術を有したのかを知る為に、オリジナル太陽炉は重要な鍵となるだろう。
 デュミナス、クリティック、リボンズとザ・データベースの三巨頭も加えての脳量子波での通信は、ティエリアが目を瞑り外界からの刺激を遮断して集中を始めてから、およそ三十分ばかり続いた。
 クリティック、リボンズ共に純正の太陽炉に少なくない興味を示し、機会を見て二つの太陽炉を手にする事を考えた様であった。
 デュミナスは彼らの組織の根幹に位置する重要な存在ではあるが、自らの意思を表現する事は滅多にない。あくまでクリティックの生み出した生体コンピューターという役割だからだ。
 ティエリアらには告げなかっただけで、この時、クリティックはオリジナル太陽炉をDCにもたらした人間を推察し、擬似太陽炉にはない独自の機能が隠匿されている可能性を高く見積もっていた。
 ザ・データベースが運用している擬似太陽炉は、転移してきたアルケーガンダムやアルヴァトーレのものを始祖としているが、機体に残されていたデータから、純正太陽炉特有の機能の情報もあった。
 トランザムとツインドライヴ、この二つのシステムを果たしてDCが実用に至るまで完成させているかは不明だが(実際にはツインドライヴどころかナインドライヴの開発が行われていたりした)、クリティックの知識欲を刺激するには十分だ。
 ティエリアからの報告を受け、クリティックはメモリーの中からかつて記録したイオリアについてのデータを再生していた。
 木星探査に訪れていたジョージ・グレンの船に転移したイオリア・シュヘンベルグ。彼もまたこのコズミック・イラとは異なる次元宇宙から死後こちらに来た人間である。ただし彼の転移時期はビアンやエペソよりも数十年も前のこと。
 それはジョージ・グレンが世界中にコーディネイターを生み出す為の遺伝子操作技術などを公表し、木星への船路に着いた時期に前後する。
 クリティックが冥王星に構えたプラントごとC.E.の世界に転移し、事態の把握とプラントの再稼働を行っていた時期と、ジョージ・グレンの木星への旅立ちは時期を同じくするものだ。
 当時、クリティックは地球圏を離れたジョージ・グレンの船の動向を監視すると共に、星系図や星の位置から、現在自分がいる場所が忘れられた太陽系の星、冥王星である事を悟る。
 同時に、マスターシステムごと破壊された筈の自分が、どうして無事に存在しているのかなどの疑問はあったが、あるいは時空転移を行うボゾンジャンプに似た現象によって過去か未来の地球圏に来た、と目算を付けた。
 無論、広大な宇宙の事、まったく同じ環境の星に空間転移した可能性もないではなかったが、クリティックは木星行きの船の他にも地球圏へ偵察の部隊を派遣し、その歴史や技術水準を調査していた。
 結果としてクリティックが一度目の身の破滅を迎える事になった地球世界と酷似しながら、決定的に異なる世界である事が判明する。ラダムの侵略や地下勢力こそ存在しないがなぜか、プラントやコーディネイターは存在していたのである。
 ゲッターやマジンガー、ガオガイガーなどといったスーパーロボットのほか、アームスレイブやガンダムなども存在していない世界。しかしジョージ・グレンなどをはじめまったく同じ歴史の流れも存在していた。  
 ひどくアンバランスな、ちぐはぐに繋ぎあわされた世界――それがクリティックの下した評価である。ただしこれは生前居た世界と比較した場合の事である。
 むしろミケーネ帝国、イバリューダー、ラダム、ゾンダー、ソール11遊星主、木連、ウィスパード……と数多の要素を内包していた元の世界の地球の方が異常な環境にあったというべきだ。
 ジョージ・グレンの木星探査にまで遡ればほとんど差異のない世界であったが、クリティックは仔細に調査する中で、木星探査船の内部に妙な動きがある事に気づく。
 一切の痕跡を残さないハッキングと、完璧な偽装技術をほどこした偵察機によって、木星探査船に出発前には存在していなかったクルーが一名増えた事をクリティックは突きとめる事に成功する。
 そのクルーこそがコールドスリープの最中、アレハンドロ・コーナーによって射殺されたイオリア・シュヘンベルグその人であった。
 元居た世界と転移してきたこの世界との違いを監視し記録することを決めていたクリティックは、徐々に木星探査船の行動が予定のものと異なる事に気づき監視を強化する事に至った。
 イオリアとジョージ・グレンとの間でどのような取引や議論がなされたのかまでは預かり知らぬ事であったが、この時期に既にGNドライヴの開発が木星探査船の工廠にて始められていた可能性があった。
 木星探査船の異変に気付いたクリティックは、当時その変化を重要視し少しずつ、慎重に、目に見えぬ病の様に木星探査船の介入と干渉を計画して実行に移していった。
 知の記録者として数千年以上の時を活動し、知識の独占欲に目覚めたクリティックにとって、未知の事象や記録、技術は価値あるものと認めたならば何を置いても収集せずにはいられない。
 かくて自身同様にこの世界にとってイレギュラーであるイオリアの動向とその影響力は、冥王星プラントの再建と並行してクリティックの監視対象となったのである。
 そしてついに木星に到達して羽クジラの化石の発掘や探査を始めたジョージ・グレンらに対し、クリティックはイオリアの拉致という直接的な行動に出た。
 自分以外の転移者というサンプルの確保を目的としたこの行動は、地球への帰路に就こうとしていた探査船に対し実行される。
 探査船の破壊とクルーの未帰還によって今後異なる歴史を歩むであろうコズミック・イラの世界と、異世界からの転移者の確保という目的は、しかし果たされる事は無かった。
 船を襲う何者かの狙いが自分であると悟ったイオリアが、自分自身を犠牲にする事によって、クリティックは目的を果たす機会を失ったのである。
 無事ジョージ・グレンと本来の調査船団のクルー達は地球の帰路へ突く事に成功したが、イオリアの身柄を確保する事に失敗したクリティックは、以後の行動にさらに慎重さを期する事になる。
 木星探査においてクリティックが直接的な行動を取った事で、地球圏外の知的生命体の存在にジョージ・グレンを始め地球人も気付いた筈だ。その影響によって今後地球圏の歴史も異なるモノになるだろう。
 自分の行動によって異なる歴史が築かれ技術が生み出され知識が増えて行くと確信し、クリティックは暗い愉悦を覚えた。
 しかしクリティックの予想に反してジョージ・グレンが地球に帰還した後も、記録と異なる様な歴史的事変は起きず、ついにはプラントプラント理事国家との戦争というほぼ記録の戦争と変わらぬ歴史の流れが続いた。
 これは少なからずクリティックを落胆させたが、その間にもクリティック以外の転移者達を複数確認した事で、クリティックの関心は自分を含めた転移者達の存在によって変化してゆく地球圏の記録に惹かれる。
 ノイ・ヴェルター達によって阻まれた、記録収集の終わった地球文明の破壊――その最終段階まで含めた記録活動を、今度こそこの世界で完遂させて見せるとクリティックは自身の未来行動を決めていた。
 その為にも地球圏各勢力に潜り込ませた発展型ディセイバーであるティエリアらの行動には、慎重を期さねばならない。
 冥王星プラントの深部の、マザーコンピューター代わりであるデュナミスが収められた部屋の室内で、クリティックはひどく無機質な表情を変える事もなくティエリア達に新たな指令を送った。

 

 * * *

 

 クリティックとリボンズからの新たな指令を受け終えたティエリアは、醒めぬ呪いの眠りから目覚めた姫君の様に細く長い睫毛を震わせながら、ゆっくりと閉ざしていた瞼を開き、眉間を揉みほぐす。
 クライ・ウルブズに所属してからの日々で、人間に対する優越感や見下す意識はティエリアの中で小さなものへと変わっていたが、それでもクリティックは地球人類に対して慎重すぎる位に行動が消極的に思える。
 そこまで地球人類を評価する必要性を、ティエリアはいまひとつ理解できずにいるのだ。たしかに先日戦った地球連合の精鋭部隊は強敵だったが、冥王星の戦力を投入すれば地球軍を壊滅させるのは難しい事ではない。
 逆にリボンズや他のイノベイターは積極的に地球圏の軍事行動に介入し、勢力争いを自分達の掌の上で好きなように踊らせようと画策している。
 ザ・データベースの指導者層の二人の思想の違いが。クリティックとイノベイターの間に確執を生むのではないだろうか。そのことがかすかにティエリアには危険な予兆のように感じられていた。
 何を馬鹿な事を――ティエリアは首を横に振って、自身の考えを否定する。そもそもリボンズとてクリティックに生み出された被造物ではないか。
 ティエリアには珍しく、やや疲れた様な溜息を吐いたところで、少しだけためらいを含んだ可憐な声が掛けられた。

 

「あの、ティエリアさん」

 

 デュミナスに生み出された先行型イノベイター(という事になっている)の三人の内の一人、デスピニスである。愛らしい容姿の青髪の少女で、クライ・ウルブズでもすっかりマスコット的なポジションに居る。
 気弱でいつも誰かに責められているように不安げな顔をしている少女だが、同胞でありともに長い時間を過ごしているティエリアに対しては、信頼が強く表に出る。
 ティエリアは、脳量子波によって思考を交わす事が出来ずいちいち言葉にしなければ相互に意思疎通を行えない事に、煩わしさを覚えたがそれ以上にデスピニスに対する仲間意識の方が強く、きちんと答えた。

 

「デュミナスに確認はした。ティスとラリアーの事だな?」
「は、はい。二人とも元気ですか? ラリアーはミネルバに居るから戦場でお話は出来るかもしれないですけど、ティスはいまどこにいるか聞いていなかったから」
「ラリアーはデヴァインらと行動を共にしているし、彼自身の戦闘能力も高いから危険な目に遭う様な事はないだろう。ここに居る君と同じだ」
「ありがとうございます。それで、ティスは?」
「…………ティスは、どうやら連合の後続の艦隊にいるようだな」
「え?」
「ヒリングとリヴァイヴと行動を共にしている。リボンズの命令だ。もともとエクシアとデュナメスはヒリング達が搭乗するはずの機体だ。それをDCから取り戻すための措置だろう」
「……」
「そうすることでエクシアとデュナメスが持つあの太陽炉を手に入れる事が出来るし、DCの戦力を削ぐ事にも繋がる。デュミナスとリボンズが承認した事だ。ティスはそのサポートという事だろう」
「では、ティスとは敵同士になるのでしょうか?」
「表面的な立場に限ればの話だ。本当に私達が敵対するわけではない」
「はい」

 

 とデスピニスは答えるが、やや沈んだ様子である事は一目で分かる、ティエリアがここでもう少し何か、デスピニスの心情を慮った言葉をかければこのような事にはならなかったろうが、そこまでの心の機微を求めるのは酷かもしれない。
 それでもデスピニスとティエリアの関係は、少しではあるが柔らかなものになってきているのは事実であった。今日のティエリアの応答は、もう少し頑張りましょう、と言った所か。

 

 * * *

 

 DCが戦力を再結集し陣容を整えている頃、地球連合艦隊でもキャリフォルニアベースやハワイから出発した後続の艦隊と合流し、メカゴジラ三体とバルキリーによって壊滅させられた指揮系統の再編成に追われている。
 とくにロアノーク艦隊の被害は目も当てられないほどで、艦隊を構成していた三大国の精鋭部隊のすべてが部隊として機能できない大打撃を受けてしまっている。
 東アジア共和国の精鋭部隊“頂武”や大西洋連邦のフラッグファイター達で構成されるオーバーフラッグス、そしてユーラシア連邦のイナクト部隊と量産型ガルムレイドからなる特機部隊。
 いずれもが作戦参加当初と比べて半数以下にまで数を減らし、ネオ・ロアノーク大佐直属のカオス・ガイア・アビスの三機こそ無事だが、第八十一独立機動群ファントムペインから抽出された戦力も同様の被害を受けている。
 参加した戦力のほとんどが後方の基地に戻されて、修理を受けねばならない状態にある。艦隊の指揮を任されていたネオは、ファントムペインのスポンサーであるロード・ジブリール卿直々のお叱りを受けたばかりであった。
 音声通信を切断し、《SOUND ONLY》の表記がデスク上のモニターから消えるのを確認し、ネオは肺に溜めた空気をゆっくりと絞り出す。
 ジブリールの叱責はかつてないほどしつこく粘着質なもので、艦隊の損失を補う為にどれほどの労力を払わねばならないのか、ネオがどれだけ自分を失望させ落胆させたかを延々と言い続けてきた。
 ヨーロッパのどこぞの貴族の系譜に連なるジブリール卿は、ユーモアのみが欠如した語彙の豊かな一大英雄譚のごとく喋り続けたのである。
 体の中に張り巡らされている神経の中にかなり図太いものがあるネオといえども、流石に三時間に及ぶジブリールの叱責は答えたようで、どっと疲れた様子を見せている。
 何か口にする気力も枯れ果てたか、ネオは安いインスタンコーヒーのカップを口に運び、ちびりと一口すする。どこか焦げくさい苦みが口の中に広がり、胸中の苦々しい感情と混ざり合って、ネオの眉間を歪めさせる。
 プライベートな空間に戻れば外して机の上に置いている仮面が、どこか自分に同情しているように見えたのはネオの気の所為だったろうか。
 とりあえず自分に対する処置は指揮権の剥奪は確実だろう。かといってこのまま安全な後方に戻されるとも考えにくい。死んでも構わない程度の扱いで前線に放り出される目が大きい。
 次の作戦は一MSパイロットとしての参加になる、とネオは踏んでいた。とはいえ一応大佐という階級は残ったから、数個小隊か中隊規模の部隊長位の事はやらされるだろう。
 正直に言えばもうDCとの戦闘に駆り出されるのは勘弁してほしい、というのがこの時のネオの偽らざる本音であった。
 常識的に考えれば圧倒的な勝利を迎えられる筈の戦力を用意しても、結果を見れば惨敗に等しい。特に部隊の運用を間違ったわけでもないし、戦術的にも間違っていないのに、負けてしまうのである。
 そんな理不尽な相手と誰が好んで戦いたがるものか。それでも戦わざるを得ない以上、指揮官よりパイロットの方がまだ気は楽だ。命令に逆らえないのは、まったく職業軍人の悲しい所である。
 カップの中身が空になった事に気づき、四杯目を淹れようと立ち上がった。そこでピピ、と電子音が鳴り響き、入室を求められる。コーヒーのおかわりは諦め、ネオは疲れた様子で仮面を被る。
 ぱちりとストッパーを止める音がし、ゆるやかなウェーブのブロンドがいつも通り仮面の下に収まる。埋め込み式のTVフォンを見れば“頂武”の指揮官であるセルゲイ・スミルノフ中佐が映し出されている。
 おそらく喪失した戦力と現状の部隊の状態からして、次の戦闘には参加できない旨を伝えに来たのだろう。現場の指揮官としても、また軍上層部からしても当たり前の判断だろう。
 今回の第二次オーブ解放作戦を主導し、戦力の中核をなしているのは大西洋連邦だ。同じ地球連合軍とはいえ、別国家の立案実行した作戦で必要以上に自国の戦力を失う事を嫌ったに違いない。
 大西洋連邦軍だって、かりに本土決戦だとしても到底許容できない範囲の戦力の喪失を受けて、軍上層部や大統領だって二の足を踏んでいるのだから、いわんや東アジアやユーラシアがどう判断するかは言うまでもない。

 

「せめて連合内部が一枚岩だったら、もう少し楽な戦争が出来たろうに」

 

 心底疲れ果てた溜息を吐きだして、ネオはセルゲイを部屋の中へと招き入れた。本国に帰還できるセルゲイの事を、心底羨みながら。

 

 * * *

 

 ネオが色々と頭を悩ませている頃、合流した後続の艦隊旗艦の艦橋で、周囲に広がる壮観な眺めを愉快気に見回す二つの瞳があった。
 豊かな見識と優れた発想力を併せ持ちつつも、人間的な道徳観や倫理からはかけ放たれた精神構造の持ち主だけが宿す光を、瞳の奥に蠢かせている瞳である。
 関われば人生を蝕まれ、人間としての尊厳を踏みにじられる事は間違いない。ただ一度でも目を合わせればその事が、心の底まで理解できる瞳であった。
 額と鼻梁にかけて銀色のプレートをビスで乱暴に止めた異様な風体の老人が、その瞳の持ち主だ。骨に申し訳程度に筋肉をつけてから、皺まみれの皮でなんとか覆った醜い姿をしている。
 外見以上に内面から滲み出る精神の腐った臭いが、この老人に近づく事を拒絶させるだろう。前大戦時に、デビルジェネシスによって戦死したと思われていたアードラー・コッホである。
 かつて前ブルーコスモス盟主ムルタ・アズラエルに精神調整と洗脳処理を施し、地球連合軍を影で操った奸物だ。どのようにしてかデビルジェネシスのγ線の放射から逃れて、いまも地球連合軍で言い様に采配を振るっている様だ。
 DC総帥ビアン・ゾルダークと同じ世界からこちらの世界に来た死者であり、またDC副総帥の地位にあったこの老人は、自身の才能と頭脳のみをひたすらに妄信し世界の覇権を手にするという野望に取りつかれている。
 元の世界でも、ビアンの死後、その野心を暴走させてDC残存勢力を掌握して異星人が襲来している最中であるというのに、地球の覇権を得る事に固執して死亡している。
 しかし、一度の死だけではこの老人の精神を包み込む曇りをぬぐい去ることはできなかったようで、ビアン・ゾルダークに対する劣等感と憎悪を糧に、アードラーは再びこの世界のDCを壊滅させるべく行動していた。
 地球連合の後続艦隊にはアードラーが完成させたゲイム・システムを搭載した無人のヴァルシオン改が部隊を成し、アードラーの思い描いた無敵の機動兵器部隊が現実のものとなっている。
 既存のいかなるパイロットをも凌駕するゲイム・システムを搭載したヴァルシオン改の戦闘能力は、DCのヴァルシオン改やグルンガスト弐式を上回るものだろう。
 大量の通常戦力に加えてアードラーのゲイム・システム搭載機の混成部隊は、ザフト・大洋州連合と合流したDCでさえ脅威の二文字を遣う他ない。
 ただそれだけの戦力を用意する事は如何に地球連合といえども容易な事ではないのも確かな事。この戦いにDCが勝利すれば、地球連合――とくに大西洋連邦は、数カ月は立ち直れない軍事的敗北となる。
 今後の地球圏の情勢を占う極めて重要な戦いとなる事は間違いなかった。自分の中で確定事項となっている勝利の光景に酔っているアードラーの瞳が、不意に別の艦の甲板に降り立つ三つの機体に焦点を合わせた。
 漆黒のアンチビームコーティング塗料に機体を染めたオーバーフラッグ二機と、頭部の比率が妙に大きい奇妙な意匠の特機らしい機体の組み合わせである。アードラーはひどく詰まらなさそうに、フン、と吐き捨てる。
 その三機は近頃急速に軍との癒着を深めて、発言力を高めているネルガル工業から派遣されたパイロット達が乗っているものだ。アードラーの手からなる完璧な(実際は杜撰)侵攻作戦において、彼らは余計な異物だ。
 DCを壊滅させた作戦の功績に、自分達もわずかなりと関わりたいとでも考えているのだろう。あさましい事だ、とアードラーは自分自身の俗物根性を棚に上げて侮蔑する。
 己の才能とその産物である作品にしか信じないこの哀れで愚かで醜い老人に相応しい感情であった。
 アードラーの侮蔑の視線には気付かず、空母の甲板に着地した三機の機動兵器のパイロット達は、デスピニスが気にしていたティスと新たな二人のイノベイター、ヒリング・ケアとリヴァイヴ・リバイバルの両名だ。

 

「あ~、やっと着いたあ。もう暇で死ぬかと思った」
「ふ、君には忍耐が足りないな」

 

 いかにも子供らしい愚痴を零したのはティスだ。十歳かそこらの外見年齢とそう変わらない精神年齢なのだろう。
 ネルガル製のパイロットスーツに身を包んだリヴァイヴは、そんなティスの発言に苦笑交じりの感想を零す。リヴァイヴは薄菫色の髪を持った端正な顔立ちの少年だ。
 屈強な精兵達の多い一般のMSパイロットとはまるで違う細身の体つきだが、イノベイターという出自ゆえにその身体能力は極めて高い。
 同様に大口径ビームキャノンを構えた特注のオーバーフラッグに乗っているヒリングも、一般的な人間を凌駕する身体能力と操縦技術を有している。
 生み出される時に中性として男でも女でもない生命として創造されたイノベイターである彼らは、基となった塩基配列によって個体差が出るがそれを元に対外的に性別を使い分けている。
 リヴァイヴは少女と言うよりは少年と言った風貌から男性として身分を設定しているし、ヒリングはその透き通るように高い声色と細い体のラインから女性という事にしてある。
 この事に関してはヒリング自身も乗り気で、自ら胸に詰め物をすることを提案した位だ。

 

「ティス、あんたはここであたし達がDCを壊滅させるのを待ってなよ。ようやく戦闘用イノベイターであるあたし達の出番なんだからさ、余計な邪魔なしで楽しみたいのよね」
「ヒリングの言い分もわかるけどね。あたいもそろそろ暴れたいんだ。趣味の悪い口紅塗ったおっさんに言いようにこき使われるし、言う事聞かない子分どもは押し付けられたし。そろそろ体動かさないとね!」
「はいはい。でもエクシアとデュナメスはあたし達のものだよ? せっかくリボンズが用意してくれたあたし達の機体だってのにさ。それを横から掻っ攫ってくれたDCの連中には思い知らせてあげないとね」
「人のものをとったらどうなるか?」
「そう言う事」

 

 満点の答案を見せた生徒に対する教師のように、ヒリングはティスに返事を返した。ヒリングの返事の中に、好戦的な響きが含まれていることを察し、リヴァイヴはひっそりと忍び笑いを零す。
 ヒリングが内心で戦闘を欲していることを察し、呆れた様な反応を見せてはいるが、戦いを楽しみにしているのはリヴァイヴも同様であった。
 これまでは退屈という名前の椅子に腰かけ、優越感の自負という名の望遠鏡で地球圏の騒乱を眺めているだけだった自分達が、ようやく表だって地球圏の愚かな人類達に干渉できるのだから。
 いつまでたっても争う事を止めず過去から学習する事をしない地球人類に、優越種たる自分達が正しい道を示し導く第一歩を踏み出し始めるのだ。ただ、それは、破滅と言う名の結末を迎える道であった。
 クリティックが語りイノベイター達に実践させようとしている『地球人類の正しい道』とは、最終的には滅びる事なのだから。

 

 * * *

 

 巨大ドック船セプタンからドック船セプタへと移乗して、セプタの設備と船内に慣れるべくあちこちを歩き回っていたクライ・ウルブズの各員たちは、メディカルチェックを受けていた。
 せんだってのロアノーク艦隊との激戦によって、各員に多大な心的ストレスが掛かった事は確かで、不調を訴える者がクルーの中にわずかだがいた事もある。
 セプタの船医は、恰幅の良い体格に温和な人格のにじむ人好きのする人だ。年の頃は五十代なかばほどの男性だった。
 シンや刹那、アクセル達はそれぞれの身体データと簡単なコメントが添えられた診断表を手に、PXの飲食コーナーに集まってそれぞれのデータを見回している。今は女性陣が診断中だ。
 ハイスクールの健康診断の延長上のような簡易なものだったが、各自健康診断の結果を手に、なにやら言いあっている様子は本当にハイスクールの学生そのままだ。
 シンと刹那は揃って身長の項目を見つめて沈黙を維持している。二人とももう十センチ位は欲しい所なのだろう。成長期の栄養不足でやせ過ぎの刹那はともかく、シンはあまり身長が伸びていないのが悩みのようだ。
 日系の血を引いているシンは、同年代の少年達の平均値よりやや低めなのだが、刹那は経歴が経歴だから、今後はきちんと成長して体つきも逞しいものになって行く事だろう。
 ただアウルやスティングらは成長期の栄養不足といった問題以前に外科手術や投薬、暗示を施されているために、今後どのように成長するか全く予想がつかない。
 その為にアウルとスティングらはあまりこの事を話題にしようとはしていないようで、シンもその事情を分かっているからあえて触れようとはしていない。
 またロックオンは右目と視神経を機械化している事もあり、専門の医師に診てもらっており、またティエリアとデスピニスはネルガルの人間と言う事でDCの人間による診察を拒否している。
 アルベロやジニン達がいまさらこんな事で話をする訳もなく、必然的に健康診断の結果を口の端に乗せているのは、刹那とシン、タスクやアクセル位の面子になる。
 しげしげと診断表の数字とにらめっこをしているシンと刹那の背後から、タスクが二人の肩を抱きしめて、身長や体重、その他握力や背筋力といった項目にざっとを目を通して残酷な一言を放つ。

 

「シン、お前は去年と比べて一センチしか背が伸びてないなぁ」
「……」

 

 ぐさ、とシンの胸に見えない言葉の矢が深々と突き刺さる。体を構成する筋肉を柔軟性と硬度を兼ね備えたものに変化させてきたせいなのか、微妙に成長が遅いのは密かにシンの悩みとなっていた。
 意識を集中させれば拳銃弾位の直撃ならなんとか弾頭部が食い込む程度に抑えられるが、それよりも身長の方が欲しいなあ、とシンは思っているし、流石にちょっと自分が人間じゃなくなってきていると感じているのだ。
 シンがそう言った普通じゃない悩みを抱えている事をタスクも分かっていたが、からかう為に口にしたのだろう。むぐぐぐ、とシンは唸るきりで何も言い返せない。一センチしか背が伸びていないのは確かな事実で変えようがない。
 刹那の方は刹那の方で相変わらずの無表情のままであるが、なんとなくシンは自分と同じような心中であろうと察していた。こう言う事を考えていると、自分達がまだ普通の人間と変わらない感覚があると安堵できる。
 タスクにつられて横合いから顔を突き出したアクセルが、シンの診断表の身長体重以外の項目に目を通して、ヒュウ、と口笛を一つ。人間の肉体の限界値かそれ以上の数値ばかりがずらりと並んでいる。

 

「いやいや、こりゃどえらい数字が並んでんな。オリンピックにでたら、ほとんどの競技の記録を塗り替えられるだろう、これ?」
「アクセルさんも握力二百キロいっているんでしょ、人の事言えないですよ。リンゴどころかメロンも握り潰せるんじゃないですか?」
「ゴリラと握手しても勝つ自信ならあるがね。でも総合的にはお前さんの方がよっぽどおっそろしい数字だろ。それもなんだ、お前さんのやってる武術の成果かい?」
「まあそうなるかな。でもパワードスーツとかメックウェアを着られたらあっという間に覆される数字に過ぎませんよ。メカニックの方が生物よりも発達の余地がありますからね」
「なんかお前さんの場合生命の神秘とかで理不尽な力を発揮しそうだけどな」
「アクセルさんはなんか面白いコメントとか書いてもらえました?」
「なんでそうなるんだよ。ああ、でもなんか電気体質らしいな。ソウルゲインはパイロットの生体電流を利用しているらしいから、おれがパイロットを務めている理由の一つなんじゃないかね」
「電気体質って……電気ウナギとみたいに?」

 

 頭の中では垂れ目に赤毛のアクセル電気ウナギを思い描いているタスクである。ひと口に電気体質と言ってもいまいち理解しづらいが、静電気が人より多いとかそんな所だろうか?
 アクセルと空気の乾燥した冬場に握手するのは避けた方がよさそうだ。

 

「ん~~、ピ~カ~~! と叫んでも十万ボルトは出ねえな。ソウルゲインの方にもなんかパイロットの生体電流を引き出すなり増幅させる機能があるんじゃないか、とおれも考えちゃいるが、ま、詳しくは後のお楽しみだ」

 

 へえ、とアクセルの話を聞いていたシンがいい事思いついた、と顔に大きく書いて口を開いた。

 

「それ、ソウルゲインの必殺技にできるんじゃないですか?」
「どんなふうに?」
「たとえば、音速で拳を振るった後の真空に、増幅した生体電流を流しこんで、パンチと雷の同時攻撃をするとか」
「ライトニング・ボルト! てか。燃え上がれ、おれの小宇宙(コスモ)ってのは一回は言っていた見たい男の子のセリフだがね」
「あとはライトニング・プラズマとかもやればできるんじゃないですか?」
「なにはともあれ音速をこえたパンチを打つ事から始めにゃどうしようもないさ。ま、頑張ってフォトン・バースト打てるようになるかね?」
「はは、本当にできるようになったら見せて下さい。本当にできたら、おれはそうだなあ、エクスカリバーあたりを覚えて見せますよ」
「お前さんにはそれが似合いか。あとはグレートホーンとかもいけるんじゃないか?」

 

 二人の馬鹿話はもうしばらく続いたが、タスクは話に混ざりながら、この二人なら本当に習得しそうだな、と心の片隅で冷や汗をかいたそうな。本当に二人が冗談を現実にするかどうかは、まだまだ分からない話である。

 
 

――つづく

 
 

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