SRW-SEED_660氏_ディバインSEED DESTINY_第41話

Last-modified: 2010-05-06 (木) 14:43:54
 

ディバインSEED DESTINY
第四十一話 潰える野望

 
 

 三輪艦隊とDC・ザフト連合艦隊との決戦は、ヴァルシオン改の投入とそれらと激闘を繰り広げるクライ・ウルブズ、グラディス隊の奮闘によって一時膠着し、いままた戦闘空域に突如乱入した異物によって大きく動かされようとしていた。
 海面下で繰り広げられる静寂の戦い、白波を立てて走る艦隊間で紡がれる砲火の糸、青い空を背景に命を燃やす炎が絨毯のように広がっている。
 それぞれが自国と己自身の命運をかけて戦う戦場は、絶え間なく殺意と闘志と、そして兵器が動きまわりなにがしかの動きがある。
 だが、それが姿を見せたとき、それの名前が遠雷のごとくはるか彼方にまで響き渡ったとき、乱気流のように流動していた戦場の空気がたしかに停滞し、静寂の翼が静かに舞い降りた。
 幾万幾億もの星々をすべて取り払った夜空を思わせる深く果てしない奈落の漆黒。
 神を祭る邪教の祭壇に捧げられた生贄から、えぐり出したばかりの心臓からあふれる新鮮な血液の様な赤。
 他の色がすべて色あせて見えるほど眩い黄金。
 三種の色を纏う頭頂高418メートル、全備重量17800トンの、超ド級可変型戦艦MSフューラーザタリオン。DCが作り上げた常識外規格外想定外の奇天烈兵器である。
 しかしてそのような一見するとふざけているとしか思えない類の兵器が、空恐ろしくなるほどとてつもない戦闘能力を有していることを、DC以外の諸勢力はこれまでの戦闘から骨身にしみてよく理解していた。
 その内包する戦闘能力のすさまじさがまるで計りしれないことと、二頭身の人型(?)機動兵器というインパクトのありすぎる外見は、目撃者たちの視覚から侵入して意識をつかさどる脳部位を盛大に揺らしていた。
 搭乗者の趣味と意向によって本来のカラーリングを変更されたトロンベ仕様の降臨が、場を支配する静寂の根源的な原因であった。
 とはいえなにも二頭身の機動兵器が戦場に搭乗するのはフューラーザタリオン・トロンベが最初の例というわけではない。
 地球連合がプラントに核攻撃を仕掛けた折に、アメノミハシラに差し向けられた艦隊が、マイヤー・V・ブランシュタインの搭乗したフューラーザタリオン・トロンベと同様の二頭身MSに変形する戦艦に、壊滅的な打撃を与えられている。
 ゆえに、フューラーザタリオン・トロンベの登場に受けた衝撃は大きかったが、そういう兵器がDCにはある、という情報が与えられていた三輪艦隊とそこに所属する地球連合兵士の復活は早かった。
 また自国の開発した兵器であることは、ライブラリに照合すれば分かるDCも、エペソが即座に檄を飛ばしたことで自失していた意識を取り戻し、戦闘を再開している。
 この場にある三勢力の中ではザフトに所属しているグラディス隊が、呆気にとられた意識を取り戻すのに時間がかかったが、それも致命的というほどではない。
 また海面下にもザフト籍の潜水艦艦隊とアッシュやゾノといったMS群がいるが、あちらはあちらで海上に意識を振り向けるほどの余裕がない。
 それぞれの陣営の人間たちが、フューラーザタリオン・トロンベの出現に対しある程度割りきるのを待っていたわけではないだろうが、フューラーザタリオン・トロンベが動き出したのは、ちょうど自分以外の全員が正気にかえってからだった。
 波打つ見事なゴールドの髪に、ゴーグルで目元を隠した青年レーツェル・ファインシュメッカーは、この場に同道していたテンザンとミルヒーに通信をつなげ、フューラーザタリオン・トロンベの戦闘に巻き込まれないように釘をさす。
 レーツェルやミルヒー達は友軍への誤射や、射線軸上に入ってしまうような初歩的なミスとは最も縁遠い人種ではあったが、万に一つの可能性を考慮すれば注意を喚起することを怠るわけにもゆかない。

 

「テンザン、ミルヒー、私は水上の艦隊を片づける。トロンベからの警告には常に気を配ってくれたまえ。ある程度武装の使用には制限がかかっているが、それでも有効レンジがかなり広いからな」

 

「分かっているさ、兄さん」

 

「おれらがそんな間抜けに見えるかっての」

 

「余計な心配とは分かってはいる。では各機散開して敵を叩く。行くぞ、トロンベ!」

 

 レーツェルが搭乗する機体は、それがAMであれ戦艦であれDGGであれトロンベと愛称を与えられる運命には変わりなく、フューラーザタリオンもまたトロンベと呼ばれてパイロットの指示に従ってその猛威をふるい始める。
 とはいえレーツェルが明言したように、フューラーザタリオン・トロンベは保有する兵装のうちいくつかに使用制限がかかっている。
 簡単に例をあげると、有人惑星の大気圏内では、光子ミサイルの弾頭を通常のものに換装している。
 光子ミサイルというのは、エクセリオン級やガンバスターのバスターミサイルと同種のもので、これは着弾地点にマイクロブラックホールを発生させて、超重力で対象と空間を圧縮・崩壊させて破壊する代物だ。
 ようするにヒュッケバインのブラックホールキャノンと同じ兵器といってよい。これを機関銃さながらに連発すれば、惑星地表上に重力異常を引き起こし甚大な環境破壊につながる恐れがある。
 いまだ宇宙開発が進まずテラ・フォーミング技術も未成熟な現在の地球圏で、そのような事態になれば、目も当てられない惨状が出来上がるのは目に見えている。
 そのためにフューラーザタリオン・トロンベに搭載されている光子ミサイルは、現在通常仕様の火薬式に変更されているのだ。
 これが大気圏外の場合だと――たとえば有人惑星が至近にあっても、宇宙空間であったならミサイルに積む弾頭は熱核兵器や反応弾までなら許容範囲となる。
 実際に光子ミサイルや空間に作用する類の弾頭を使用できるのは、周囲に惑星の存在しない宇宙空間での戦闘に限定される。
 多少話がずれるが、EOTを用いて作られたブラックホールキャノンと同等以上の兵器を、MSのバルカン並みに景気よくばらまくガンバスターは、純粋に地球人類の技術で製造されている。
 宇宙人の遺産やら、超古代の謎の技術やらで作られたスーパーロボットが多い昨今、純地球産の特機で、それらをおしのけてトップクラスの性能を誇るガンバスターは、地球人類の底力と努力と根性の結晶といえるだろう。
 しかしまあ、自分たちが汗水流して作ったブラックホールキャノンと同等の兵器が、対空砲火くらいの扱いで盛大に使われていると知ったら、OG世界のテスラ・ライヒ研究所の面々は乾いた笑いを洩らすか、それとも悔し涙を流すだろうか。
 さて、横道にずれた話はここまでに戻し、多少武装に使用制限がかかっているとはいえ、フューラーザタリオン・トロンベはやはりその見た目に相応しい超規格外のバケモノであることは事実だ。
 フューラーザタリオン・トロンベは、そのサイズと比較すれば約18000トンという重量は軽量といえるかもしれないが、縦横奥行と、二頭身であるためにたっぷりと幅をとった外見の重量感と威圧感はとほうもないものがある。
 山が丸ごと崩落して自分に襲いかかってきているようなものだ。そんな巨体がテスラ・ドライヴがグラビコン・システムによってか、時速数百キロの単位で自在に三次元的な機動をとれば、これはもう恐怖以外の何物でもない。
 MS形態に変形したフューラーザタリオン・トロンベは、巨体はいい的だと考えた地球連合兵士を嘲笑うかのように、急角度の旋回、上昇、降下、加速、停止といった殺人的機動で飛び交うビームを次々と回避して見せる。
ジェネラルガンダムが連合艦隊を壊滅に追い込んだギャラクシー・ギガクロスの直撃を受けてもものともしないフューラーザタリオン・トロンベの装甲ならば、たかだかMSの火器など一千発撃ち込まれてもどうということはない。
にもかかわらず態々回避行動をとっているのは、かわせるものをかわさないのは非効率的だ、というレーツェルの考えと400メートル超の機体が見せる非常識な機動によって三輪艦隊の面々が受ける心理的な衝撃を考慮してのものだろう。
ある意味で、ジェネラルガンダムやフューラーザタリオン・トロンベも、特機構想の一つである、知的生命体への心理的効果を十分に果たしていた。

 

「いただく!」

 

 短いレーツェルの言葉に遅れて一瞬、フューラーザタリオン・トロンベの背中から伸びる二連の砲門から、凶悪な赤光のビームが放たれ、砲身側面斜上の部分にずらりと並ぶレンズ状の砲門からも連続して破壊の光が放たれる。
 高出力のレーザーがプラズマか、粒子ビームか。その光の正体はその場では判別しかねるが、地球連合のMSパイロットたちや艦艇で指揮を執る人間たちにとっては、いずれにしても美しく輝く恐ろしい死神であることには変わりなかった。
 一瞬の光芒が世界を照らすのと同時に、フューラーザタリオン・トロンベの多方向への射撃の的にされたジェットウィンダムとイージス艦や駆逐艦などが次々と爆発を起こしてゆく。
 特に直撃をもらったMSは悲惨としか言いようがなかった。偶然にも対ビームコーティングを施したシールドを掲げることに成功した機体もあったが、そんなものは燃え盛る炎に薄紙をかざすようなもので何ら意味がなかった。
 ABCシールドを、瞬きをするよりも早く蒸発させたビームは、そのまま機体を貫き、機体を構成する装甲材や電子機器、パイロットを含めて融解・蒸発させてこの世から消し飛ばす。
 直撃をもらった艦艇も、MSとさしたる違いはなかった、ざっと150~200メートルほどのサイズを誇る各水上艦艇は、ビームの着弾地点を中心にその船首から船尾にいたるまで、溶けたガラス細工のように溶け崩れて内側から爆砕する。
 圧倒的な熱量に周囲の膨大な量の海水が瞬時に蒸発して局所的な濃霧があちらこちらにできあがり、ひと時、数千名が戦死した海を白い靄が覆う。
 それはまるで自分が死んだ瞬間を理解できなかった亡者たちが、この世に残した未練のために海を彷徨っているかのような、背筋を震わせる光景であった。
 機体出力通常時1500000kw、最大時3750000kw(通常時でもファーストガンダムの1000倍強)を誇るフューラーザタリオン・トロンベの火器は、アサルトバスターインパルスの猛威さえ霞む破壊を生みだしていた。
 その惨状を前にして、レーツェルはゴーグルの奥の眉間にかすか皺を刻み、コンソールを叩いていくつかの作業を行っていた。

 

「出力に制限をかけたほうがよさそうだな。あまり火器を使うと嫌がおうにも味方を巻き込みかねん」

 

 以前に宇宙でアイビス・ダグラスらを助けたときは、味方がミルヒーのヒュッケバインだけだったこともあり、機体が不完全な状態だったとはいえ周囲を気にせずに戦えたが、今回はそうも言えない状況にある。
 レーツェルは使用する武装をフューラーザタリオン・トロンベの三本爪の形状をした電磁クローと、両腕の外側に装備されているグラビティブレーカーとマーダーブレーカーを主軸にすることに決める。
 だからといって火器の封印を行ったことが三輪艦隊にとって幸運の方向に作用したかというと、そうでもなかった。確かに撃墜される味方のペースは遅延したものの、その撃墜のされ方がより一層陰惨なものにすり替わってしまったからだ。
 フューラーザタリオン・トロンベの左右の電磁クローが左舷と右舷の側面装甲を絶やすく貫き、一隻のイージス艦がそのままおもちゃの船を持ち上げるような調子で、フューラーザタリオン・トロンベに抱えあげられる。
 フューラーザタリオン・トロンベはそのイージス艦を放り投げて別の艦艇にぶち当てて、二隻の艦艇を呆気なく破壊してしまう。
 水上を行く船ではどうあがいてもフューラーザタリオン・トロンベの魔手から逃れられるはずもなく、単装砲や迎撃のミサイルを撃つもそれらは虚しくも空を切るか、トロンベの腕の一振りで払い落されてしまう。
 装甲性能の次元が違いすぎること、そして開発者の頭のねじのはずれ具合もまた比べ物にならないために、既存の兵器とフューラーザタリオン・トロンベとでは彼我の戦力差には途方もない溝が空いていた。
 ある艦はフューラーザタリオン・トロンベの左腕にある万力状のパーツに船体を挟まれて、ミシミシとたっぷり船体の軋む音を立ててから真っ二つに分断され、またある艦は艦橋から船底まで一撃叩きつぶされて海の藻屑に変わる。
 メカゴジラたちさながらの大怪獣の大暴れぶりを前に、地球連合所属のMSや艦隊はほとんどなすすべがなかった。
 旧来の火器ではまるで歯が立たないフューラーザタリオン・トロンベの装甲に対し、有効性が望まれたクラップ級のメガ粒子砲も、そうそう命中することはなく、また命中したとしてもさしたるダメージを与えられたようには見えなかったのである。
 テンザンのガンキラーやミルヒーのヒュッケバインも獅子奮迅の活躍を見せてはいるのだが、いかんせんフューラーザタリオン・トロンベの巨体が生み出す一方的で無慈悲かつ容赦のない破壊の光景がすさまじすぎた。
 三輪艦隊の人員のみならずセプタ級やストーク級の乗員たち、またミネルバのブリッジで指揮を執るタリア・グラディスやその副官であるアーサー・トラインらも、DCが味方であることに大きな安堵と同時に敵に回した時の恐怖を、嫌というほど噛み締めていた。
 DCは前大戦時に比べて国力・人員が大幅に増大し、戦線に投入する機動兵器の質・バリエーションも格段に向上している。
 むろんDC内部にも表出していないだけで問題はあるのだが、圧倒的な破壊をまき散らす数々の兵器を目のあたりにすれば、うすら寒い感覚に襲われるのも無理のないことであったろう。
 自分たちは、彼らに勝てるのだろうか? と。

 

 * * *

 

 たった三機、しかし恐るべき三機の参戦によって一挙に戦況が崩れたことは、もはや改めて語るまでもないかもしれない。
 各艦に群がっていた三輪艦隊のMS部隊は母艦が次々と沈められる光景を前にして、指揮に混乱が見られ、それを見逃さなかったエペソの号令一下、残るDC機動兵器部隊が苛烈な猛反撃を始めている。
 脅威をふるっていたヴァルシオン改はアクセルがソウルゲインを中破させながらも着実に数を減らし、シンがさらに数機を片づけ、海面すれすれに降下した何機かを海中から襲いかかったメカゴジラが食らいつき食い散らすように破壊している。
 追い込まれていた分、形勢が逆転の様相を見せ始めたことに奮起したDC・ザフト部隊の士気は高く、体の奥にまで浸透した疲労を一時忘れ、ふんだんに分泌される脳内麻薬の勢いを駆って砲火の激しさは増すばかり。
 グローリー・スターとジニンが抑え込んでいたヴァルシオン改二機も、駆けつけたシンがABインパルスの性能を120パーセント以上引き出し、四人との連携もあってわずか数分で鉄屑に変えて見せた。
 それらの味方が息を吹き返す光景を目の当たりにして、ある二機の機動兵器もまた味方の戦意が伝播したか、新たな動きを見せようとしていた。
 イノベイターであるヒリング・ケアとリヴァイヴ・リバイバルの駆るフラッグカスタムと、緊迫した戦いを繰り広げていたガンダムエクシアとガンデムデュナメスのパイロット達である。
 互角に近い戦いを延々と繰り広げていた双方であるが、味方の窮地に気付き焦燥するロックオンと刹那の方が心理的な消耗は大きく、徐々に戦闘の形成を不利なものにしていた。
 しかし戦闘中の二人とイノベイター達も唖然とさせたフューラーザタリオン・トロンベの登場が、戦況のみならず刹那とロックオンの精神に失いかけていた余裕を取り戻させる。
 GNビームピストルを抜き放ち、二丁拳銃の弾幕をもってリヴァイヴと戦っていたロックオン、そしてGNソードとGNショートブレイドの二刀流でヒリングと切り結んでいた刹那が、同時に動く。
 オリジナルGNドライヴを二人のガンダムに組み込む際、ビアンから伝えられたイオリア・シュヘンベルグのメッセージと、オリジナルGNドライヴに秘匿されていた機能が二人の脳裏に蘇る。
 ジョージ・グレンの船が襲撃された際、他の皆を逃がすために船に残ったイオリアが最後に収録し、ジョージ・グレンにGNドライヴの設計図と共に託したという最後のメッセージ。
 それは、かつてロックオン・ストラトスが二十四世紀の世界で目にし、耳にしたものと変わらぬ、紛争根絶を願い、ガンダムと共にある者たちへ託した最後の希望の言葉だった。
 そしてオリジナルGNドライヴに秘匿されていた機能もまた。

 

「使わせてもらうぜ、イオリア・シュヘンベルグ。あっちの世界でもこっちの世界でも、あんたが残した希望をな」

 

 二十四世紀の世界ではロックオン自身が使う機会こそなかったが、与えられた機能。貯蓄されているGN粒子を一挙に解放し、機体性能を三倍化させる特殊システム。

 

「こんなところで敗れるわけにはゆかない。おれは、まだ、ガンダムになってはいない!!」

 

 片腕となったフラッグカスタムが搭乗者の嗜虐性をあらわに仕掛けてくる連撃をさばきながら、刹那は自分自身が生き残った意味を、存在する理由をまたこの手に掴んではいないと、崇拝する存在になってはいないと血を吐くように口にする。

 

「ああそうさ、一度死んだってのに、おれは変わっちゃいなかった。結局復讐に囚われたまんまの大馬鹿野郎さ。けどな、そんなおれでも前に進もうっていう意思はあるんだ。そのためには、お前ら何ぞに負けちゃいられねえんだよ!」

 

「行くぞ、エクシア。おれとおまえにGNドライヴと共に託されたイオリア・シュヘンベルグの遺志に、おれたちが紛争を根絶する存在となるために、本当のガンダムになるために!」

 

 ロックオンと刹那の二人が奇しくも、全く同時に、それを唱和した。

 

「TRANS-AM!」

 

 エクシアとデュナメスのディスプレイが一瞬反転し、ロックオンにとっては見慣れた、刹那にとっては見慣れぬソレスタルビーイングを象徴する紋章と共に、TRANS-AMの文字が浮かび上がる。
 貯蓄したGN粒子が尽きる百八十秒間の間だけ、機体性能が三倍化されるオリジナルGNドライヴの秘匿された切り札。
 かつてイオリア・シュヘンベルグが自身のたてた計画を歪めるものが出現した場合に備えて残した、最後の希望。
 エクシアとデュナメスが神々しい赤い光に包まれる瞬間を目撃したヒリングとリヴァイヴは、その現象に、一瞬意識を奪われていた。
 二人の瞳には馬鹿な、という驚愕。有り得ない、という否定。そして、現実だと認めざるを得ない苦渋に満ちていた。
 なぜならその機能は、彼らイノベイター、ひいてはザ・データベースのみが有しているはずのトランザムシステムと呼ばれる機体性能を向上させる特殊機能だったからだ。
 DCに潜り込んだティエリアを通じて、DCで運用されている疑似GNドライヴにトランザムシステムが搭載されていないことは事前に知ってはいた。
 エクシアとデュナメスに未知のGNドライヴが搭載されたことも知ってはいたが、それは基本的な性能を向上させた程度の違いだろうと、二人は無意識のうちに思い込んでいたのだ。
 よもや自分たちの切り札でもあるトランザムシステムを人間ごときが実用化に持ち込んでいるなどと、優越種であるという認識に驕っていた彼らには認められぬことであった。
 そしてその感情を抱いたのはヒリングとリヴァイヴだけではない。セイバーとプロトセイバーを駆るブリング・スタビティとデバイン・ノヴァ、そしてガンダムヴァーチェのティエリア・アーデもまた同胞たちと同じ驚愕に胸をかき乱されていたのである。
 ただ、イノベイター達の中で唯一、DCに長く身を置いたティエリアだけは、どこか不思議と納得している自分に気づいていた。
 これまでの戦いの中で人間の底力とでも言うべきものを折々に見せてきたクライ・ウルブズの面々と、DCという組織の計り知れなさが、トランザムシステムの実用化という現実を前にしても、彼らならば、と受け入れることができたのである。
 ティエリアやヒリング達が自分たちの思考を乱すノイズを除去するよりも早く、ロックオンと刹那は赤い光の衣をまとった愛機を操る。
 この世界では史上初めてとなるトランザムシステムの発動だ。敵機体の一瞬の戸惑いは、未知の現象を見せる自分たちの機体に驚いたため、とこのとき刹那とロックオンは判断していた。

 

「狙い撃つ必要はねえ。圧倒させてもらう!」

 

「しまっ!?」

 

 それまでのデュナメスの機動からは信じられない速さで動いたデュナメスにリヴァイヴが気付いた時、フラッグカスタムの周囲を赤い光が幾重にも取り巻き、放たれるGNビームピストルの連射に次ぐ連射が機体を前後左右から打ちのめす。
 一瞬の気の緩みが招いた事態を立て直そうとリヴァイヴがあがくが、優秀な頭脳と技量をもつからこそ、逆にこの事態を打破することができないという結論を、早々に導きだしてしまう。

 

「私としたことが……」

 

 人間を相手に一敗地にまみれる恥辱に、リヴァイヴが唇を歪めた瞬間、遂にフラッグカスタムは四肢をビーム弾によって撃ち抜かれ、機体の各所から黒煙を噴きながら海面へと落下していった。
 コックピットに致命的な一撃をもらわぬよう最小限の回避機動を取らせていたのは、さすがにイノベイターというべきではあった。ロックオンは、戦闘能力を完全に失ったフラッグカスタムに追い打ちをかけるようなことはしなかった。
 このまま海面に叩きつけられれば穴だらけになった機体は耐え切れずに粉砕されるだろうし、パイロットも無事では済まないと判断したためである。
 それよりもトランザムによって機体性能が向上している間に、少しで多くの敵を減らすことが優先だ、と結論を下していた。
 機体性能の三倍化、という一見すれば反則だと嘆きたくなるトランザムではあったが、GN粒子の多量消費によって、トランザム終了後は極端に機体性能が劣化するという欠点を抱えている。
 トランザムシステムは、機体性能をGN粒子に大きく依存しているGNドライヴ搭載機ならではの長所であり、同時に欠点を抱えた特殊機能なのだ。
 リヴァイヴがまったく何もできずにトランザムデュナメスによって撃墜された一方で、相方であるヒリングもまた、彼と同じようにほとんど案山子のように突っ立ていることしかできなかった。
 エクシアがトランザム化する前の戦闘でフラッグカスタムの左手を機能不全に追いやられてはいたが、その程度は闘志の萎えることのないヒリングは、ややヒステリックにエクシアに挑んでいた。

 

「ガンダムだけじゃなくてトランザムまでわたしらから奪うつもり!? 盗人猛々しいって言葉、知ってんの!!」

 

 フラッグカスタムの右手が握る大口径ビームキャノンを、槍のように扱い砲口をエクシアの胸部めがけて突き出したその瞬間に、砲身が真中から斬り飛ばされていた。
 直前までの動きとは全く別次元の速さに、ヒリングの目をもってしても、それがエクシアの振るったGNショートブレイドによって為されたことだと認識できなかった。
 嘘でも幻でも見間違いでも何でもない、こいつらは本当にトランザムシステムを実用化したのだ、とヒリングが苦虫を一万匹も口の中で噛み潰す思いで認めたとき、独楽のようにくるりと機体を旋回させたエクシアが、横を駆け抜けていた。
 ざぎん、と切断された衝撃がエクシアの赤い残像にわずかに遅れてヒリングの体を揺さぶった。両足の脛、ドラムフレームの真下と、首の三か所が横なぎに両断され、特別にカスタマイズされたフラッグが、大まかに分けて五つに切断される――いや、されていた。

 

「私が、何もできずにっ」

 

 唇を噛み破り、色ばかりは人間と変わらぬ赤い血液を滴らせて、海面へと落下するコックピットの中でヒリングは、最後にモニターが映し出したエクシアの後姿へ濃密な憎悪の視線を送り続けた。
 新たな衝撃がコックピットを揺らしたのは、それからほんの数秒後のことであった。

 

 * * *

 

 レントン・サーストンがサブパイロットを務め、エウレカがメインパイロットを務めるLFOニルヴァーシュは、その機体サイズや保有する火力の問題から、極力ヴァルシオン改との戦闘を避け、自軍艦隊の守りについていた。
 当初は海中からの奇襲に合わせて浮足立つ三輪艦隊機動兵器部隊を相手に乱戦に持ち込み、リフが可能とする新たな基軸の三次元高速機動で敵編隊を散々に乱して、十分にその役目を果たしていた。
 乱戦には慣れっこどころかむしろそのほうがやりやすい連中がほとんどを占めるクライ・ウルブズにとっては願ったりかなったりの状況で、味方の活躍に多少はニルヴァーシュの動きにも慣れて、余裕のできたレントンは心中で喝采をあげたものである。
 しかし、それも二十機に及ぶヴァルシオン改の投入によって戦闘の状況が怪しくなれば、レントンの顔色はたちまち不安に染まり、ニルヴァーシュの操縦桿を握るエウレカの顔にも、わずかに険しさが混じり始める。
 状況の変化に、レントンらに下がるようエペソに命じられ、艦の守りについた二人であったが、直にクライ・ウルブズやグラディス隊の三機のインパルス、メガ・ゴジラの構築する防衛線を突破したヴァルシオン改と銃火を交えなければならなくなった。
 ヴァルシオン改の武装は一つの例外なく、装甲の薄いニルヴァーシュにとっては一撃で大破ないしは撃破に追い込まれる代物で、メインパイロットを務めるエウレカが強いられる緊張は生半端なものではない。
 フューラーザタリオン・トロンベを筆頭とした三機が戦闘空域に乱入し、形勢が逆転し始めたとき、ニルヴァーシュは一機のヴァルシオン改に背後を取られ、なんとか振り切ろうと目にも止まらぬ速さのドッグファイトを繰り広げていた。
 フットペダルを踏み込む足、操縦桿を手繰る腕、情報を認識する瞳、状況を判断し肉体に指示を下す脳。
 エウレカは自分自身を構成する肉体のすべてを駆使して、背後を取られたヴァルシオン改を振り切ろうと技を凝らすが、変わらず深青の魔王は影のようにニルヴァーシュの背から離れない。
 これが有人操作のヴァルシオン改であったなら中のパイロットが耐えられないような機動を幾度も取り、逆にこちらが背後をとっていたことだろう。
 しかし無人機であるヴァルシオン改が考慮するのは、機体自体の耐久性であって、脆弱なたんぱく質の塊である人間のことなど気にも留めない動きが可能だ。
 エウレカの技量と、この世界初のLFOであるニルヴァーシュの空中を駆け抜けるサーファーの機動は、軍関係者が目を見開くほど新しい可能性に満ちた動きであったが、それでもなお背後のヴァルシオン改は執拗に白い機影を追っていた。

 

「レントン、こらえて!」

 

 背後を映すモニターの向こうで、ヴァルシオン改の背部ユニットに暴虐の光がともるのを認めたエウレカは、叱咤に近い強い語彙でレントンに指示を飛ばした。
 これは嘔吐をこらえて、ではなく、回避のために激しい動きをする、という警告のためである。耐G装備である特注のパイロットスーツに身を包んでいても、かなりの負荷が二人の小さな体には襲いかかっている。
 エウレカの言葉に、レントンがせめてうなずき返そうと首を動かすのと、ニルヴァーシュがほとんど真っ逆さまに機体を降下させるのは同時だった。
 ニルヴァーシュがいた空間を貫いたクロスマッシャーの光が、コックピットの中のエウレカとレントンの顔を煌々と照らし、放射されたままのクロスマッシャーがギロチン台の刃よろしく、ニルヴァーシュめがけて振り下ろされる。

 

「このぉ!」

 

 額に脂汗を一粒浮かび上がらせながら、エウレカはさらに精密かつ俊敏に新たな動作入力を追加する。秒間二桁を超すコマンド入力の速さと正確さは、平均的なパイロットのはるか上を行くレベルだ。
 より膝を折り曲げてリフボードにしゃがみこむ姿勢を取ったニルヴァーシュが、ボードを軸にくるりと機体を回転させ、上方から振り下ろされるクロスマッシャーを回避する。
 さらに回避した先へと撃ちこまれるクロスマッシャーのエネルギーを、ニルヴァーシュのセンサーが感知しエウレカに伝え、エウレカがそれに答えてニルヴァーシュを操る。
 斜め正面上から撃ちおろすように放たれたクロスマッシャーが、ニルヴァーシュの右をぎりぎり一メートルの至近距離で外れ、ニルヴァーシュの純白の装甲が一瞬、赤と青に明滅するかのように輝いた。
 一撃、二撃と終わらずクロスマッシャーが次々と放たれて、ニルヴァーシュの機体をわずかずつかすめてゆく。
 回避するごとに精度を上げてゆくヴァルシオン改のクロスマッシャーに、ニルヴァーシュが貫かれて跡形もなく爆散するのも時間の問題かと思われた。
 空中に黄緑や緑に煌めくテスラ・ドライヴの軌跡を示す光の粒子が、オーロラのように広がる一方で、力を込めれば簡単に折れてしまえそうなほど華奢なエウレカの体を襲う疲労の澱はその厚みを増していた。
 逃げるばかりでは、と焦りを募らせたエウレカが、背後のヴァルシオン改に向けてニルヴァーシュに180度急旋回をさせ、腰だめに構えたオクスタンサブマシンガンの猛打を叩き込んだ。
 実弾とビームが織り混ざるマズルフラッシュの向こうに、ヴァルシオン改の姿はない。ニルヴァーシュが反転する動きを見せるのと同時、機体を大きく右方向に迂回させ、射線軸上から回避していたのだろう。
 トリガーを二秒ほど引き絞り続けたところで、エウレカが目的としたヴァルシオン改の姿がないことに気付き、周囲を映すモニターに特異な色合いの瞳を巡らした。
 居た。射撃のために動きが硬直化した単調になったニルヴァーシュの左手側、200メートルの位置で、ニルヴァーシュを破壊すべくクロスマッシャーの発射用意を整えたヴァルシオン改が。
 花弁を重ねて形作ったように薄いエウレカの唇が、しまった、と動くよりも早く、事態に気付いたレントンが、死の恐怖に包まれるよりも、クロスマッシャーが発射される方が早い。
 そして、ヴァルシオン改の左腹部から右頸部を貫くGN粒子の方がさらに速かった。
 一筋の閃光がヴァルシオン改を貫いた瞬間を目撃し、目の前でヴァルシオン改が爆発を起こしてからようやく、レントンは自分が助かったのだ、ということを理解した。
 トランザムによって強化されたGNスナイパーライフルの一射で、ニルヴァーシュを救ったデュナメスの姿が、正面モニターに映し出された。

 

「ろ、ロックオンさ~~ん~~~」

 

 助かったという安堵がどっと押し寄せてきて、思わずレントンは顔面の筋肉を大崩壊させながら情けない声を上げる。
 すると、それが聞こえたらしく、デュナメスからロックオンが返事をしてきた。手のかかる弟分の、ぐしゃぐしゃになった顔を見て苦笑を一つこぼす。

 

「できるだけサポートはしてやるっていったろ? ずいぶん危ないタイミングになっちまったけどな。それより、レントン、まだ戦闘は終わっちゃいねえんだ。気を抜くなよ。エウレカにいいところ見せたいんだろ?」

 

 いたずらっぽくウィンクをして、エウレカ云々からは小声で言ってくるロックオンに、レントンはエウレカに聞かれていやしないかと慌てて隣のエウレカに視線を映す。
 ちょうどエウレカもレントンとロックオンが何を話しているのか気になったようで、レントンの方を振り向いたところだった。
 思わず視線が交差したことに、レントンはわけのわからない羞恥を覚えて頬を赤く染めてそっぽを向いた。

 

「どうしたの、レントン。ロックオンに何か言われた?」

 

「な、なんでもないよ、エウレカ。ほら、前を向かないと危ないから! ロックオンさん、ありがとうございました!」

 

 レントンは照れを誤魔化すために声を張り上げて、モニターの向こうのロックオンに思い切り頭を下げる。
 そんなレントンを、エウレカは変なレントン、と呆れるばかり。もっとも出会ってから、エウレカのレントンに対する感想で最も多いのが、変なレントン、であるあたり、レントンも報われない青少年だ。
 隣り合って座る二人の様子に、ロックオンは肩から力の抜ける思いで、やれやれとばかりに肩をすくめて通信を切った。これ以上二人のやり取りを見ていたら、せっかく高ぶった戦意が萎えてしまう。

 

「さて、と。刹那、トランザムが切れたらおれたちは足手まといだ。なるべく艦の近くで戦うぞ。エクシアじゃやり辛いだろうが、あまり前に出すぎるなよ」

 

「分かっているつもりだ」

 

 トランザムの限界時間までに戦闘の決着がつくのが理想的ではあるが、そうそううまくゆくものかどうか。まあ、メカゴジラやらケロンタイプやらアサルトバスターやらフューラーザタリオン・トロンベやらを見ていると、速攻でケリが着きそうだけれども。
 刹那も刹那なりにロックオンの忠告を受け入れて、味方の艦からそうはなれていない距離で、トランザムによって向上した加速性を生かし、敵機に接近して切り刻む、という戦い方に切り替えていた。
 トランザムの限界時間か、終了後の機体性能の低下がなければそのまま艦から離れて敵陣に斬り込んでいるところだろう。

 

「トランザムの欠陥も、そのうちビアン総帥辺りが解消してくれないもんかね」

 

 銃型ガンカメラの向こうにジェットウィンダムをとらえながらぼやいたロックオンであったが、まさかそう遠くないうちに言葉の通りになるとは思いもしなかっただろう。

 
* * *
 

 エレオスの振り上げた錫杖を受け止めたすきに、宙を舞う仮面に乱打され、姿勢を崩したところをサークルザンバーによって斬られるヴァルシオン改。
 カオスインパルス、ガイアインパルスの連携によって誘導され、ミネルバのトリスタン、イゾルデといった主砲副砲のコンビネーションの的にされるヴァルシオン改。
 ここが正念場と判断したエペソによって、これまでの鬱憤を晴らすために盛大に撃ちだされるクリスタル・マスメルを避けた先に雨あられと降りかかるエクスカリバーのマイクロミサイル。
 さらに爆発の炎からダメージを負いながらも脱出したヴァルシオン改に、連続して叩き込まれるピンポイントバリアパンチ! ピンポイントバリアパンチ!! ピンポイントバリアパンチ!!! の嵐に遂に爆散するヴァルシオン改。
 装甲そのものからの射撃によってゲイム・システムの不意を突いてダブルソードを一閃させたスペリオルドラゴンに続く、レッドファイター91のアンカークローにウィングカッター、イーグルバルカンによって崩折れるヴァルシオン改。
 両方の腕を失いながら、リオンやガーリオンの援護を受けて、口に計都瞬獄剣を咥えたグルンガスト弐式によって破壊されるヴァルシオン改。
 機体各所に負ったダメージを自己修復機能で緩やかに回復させつつ、リミットを解除し、ソウルゲインの全機能を解放したアクセルの手腕によって、縦一文字に両断されるヴァルシオン改。
 三機のバルゴラとアヘッドのサポートを受けつつ、無数のズフィルード・クリスタル・フェザーを展開し、さながらファンネルを搭載したV2アサルトバスターガンダムになったようなABインパルスに次々と落とされるヴァルシオン改。
 三機のメカゴジラに四肢に噛みつかれて装甲に穴が空き、牙がひらめき爪が唸るたびに破片をまき散らし、あたかも鳥葬の刑に処されているかのようなヴァルシオン改。
 たびたび叩きのめされた果てに、遂には搭載されていたリミッター解除形態『あのころの軍曹』に戻ったケロロの怒涛の攻撃によって、タワーブリッジからパロ・スペシャルの連続技で五体を砕かれるヴァルシオン改。
 三輪艦隊旗艦クラップ級巡洋艦ヒノモトに映し出されるのは、救世主であったはずのヴァルシオン改達が、次々と敗北の泥濘に塗れて破壊されてゆく姿の連続であった。
 ヴァルシオン改部隊は三輪艦隊にとってこの戦いに勝利を呼び込むためには、何が何でも必要となる、代替の利かぬ存在。
 それらが年月に朽ちる石像のように、敗北の運命に追い落とされてゆく姿は、悪夢以外の何物でもなかった。
 掴みかけた勝利の可能性が掌から次々と零れてゆく現実を前にして、茫然自失とする艦隊各員の中で、唯一三輪だけは思考を停滞させてはいなかった。
 αナンバーズ不在のおりに、ジェガン部隊だけで地下勢力や異星人の大勢力を相手にした経験は伊達ではない。圧倒的戦力を相手に戦うのは、新西暦世界の地球連邦軍人ならば少なからず経験していることなのだから。

 

「ええい、残ったヴァルシオン改部隊に殿を務めさせろ。ハワイ基地に撤退する! 足の鈍った艦は捨てていけ、無事な艦を生き残らせるのが最優先だ。ロアノーク大佐にも撤退を伝えろ!!!」

 

「は、はい」

 

「海の藻屑になりたくなければ一秒も無駄にするな! コッホ博士、ヴァルシオン改にさっさと指示を……博士?」

 

 おうおうと言葉にならない声をあげて自分の傑作が次々と破壊される光景を見ていたはずのアードラーの姿がないことに、ようやく三輪は気づいた。
 思わずシートから体を起してアードラーの姿を探せば、窓の外にヒノモトから飛び立ってゆくヴァルシオン改の姿が映る。
 さらには、残っていたヴァルシオン改が、そのヴァルシオン改を守るようにして集合し始めたではないか。この光景を前にして、三輪がようやく悟った。
 アードラーが、自分の保身のためにヴァルシオン改に搭乗し、他のヴァルシオン改に自分を守らせながら、逃げ出したことを。

 

「あ、あの……くそじじいいいいいがあああああああ!!!!」

 

 アードラーの逃亡と、撤退するにしても必要となるヴァルシオン改を独占された事実を突き付けられた三輪艦隊全員の心境を、三輪の絶叫が代弁していた。

 

「ひ、ひひはひひひ。これは、何かの間違いじゃ。そうに決まっている。間違いでないのなら、わしのヴァルシオン改が負けるはずがない。わしの、わしのゲイム・システムが、ひひ、ビ、ビアンの手駒、なんぞに」

 

 非道の限りを尽くしてきた外道の老人の精神は、すでに正気を失い始め崩壊の一途をたどっていた。前大戦でも手塩にかけたアズライガーとアズラエルが撃ち果たされ、命からがらジェネシスの照射から逃げたときも、屈辱に身を焼いて精神の平静を欠いている。
 一年半近い歳月は、傾き出したアードラーの精神を立て直すことはなく、逆に自尊心の肥大と復讐心の増大へと働いていた。
 そして際限なく肥大化し歪みを増していたアードラーの精神は、目の前に突き付けられた揺るがざる現実を前に、生命の保存と精神を守るために逃避へとその方向を限定し、この場からの離脱へと動いていた。
 アードラーの乗るヴァルシオン改の背後を守っているのは、残りわずか三機にまで減らされたゲイム・システムが制御しているヴァルシオン改である。
 ヴァルシオン改の離脱に気を取られながらも、三輪艦隊の残るMS部隊はアードラーの独断による脱走を割り切った三輪の指示が飛び、残る艦艇の守りに就いていた。
 アードラーにしてみれば残っていたわずかな理性をもって、三輪艦隊を囮にする為に行動したが、実はこの行為は逆に作用していた。
 ヴァルシオン改にさんざんに痛い目を見せられたエペソをはじめタリアといったDC・ザフト艦隊の艦長や司令クラスは、なにがなんでもこの場でヴァルシオン改を全滅させることに執念を燃やしていたのである。
 あれを一機たりとも帰してはならない、と。
 とはいえ通常戦力であるリオンタイプ、エルアインス、バビやザクといった機体は無傷な機体の方がはるかに少なく、これ以上戦わせれば着艦事故などでさらにその数を減らし、貴重なパイロットを失う可能性が大きかった。
 である以上、追撃に差し向けられるのは戦力の大半を維持し、個々の戦闘能力が図抜けているクライ・ウルブズ以外に他ならない。
 そしてまた、クライ・ウルブズの機体でも追撃に赴ける余裕のある機体は少なく、機体が無事でも肉体的な余裕のあるものはさらに少ない。
 である以上、追撃を任せられるものは必然的に絞られ――真っ先にシンが動いた。エネルギー消費型の武装が多く、これまでの戦いで無数に発射していたから、エネルギーの残量に心許無いところはあったが、パイロットの気力はかけらも減じていなかった。

 

「おれが潰します。修理と補給の必要な機体はすぐに艦に戻ってください!」

 

 そう告げるや、先ほどまで一緒に戦っていたグローリー・スターを置き去りにして、ABインパルスがウィングバーニアに推進の光を宿らせる。
 一人で行こうとするシンに対して、思わずセツコがその背中に声をかけた。三機のバルゴラは外傷こそなかったが、特機を相手に無理な戦いを繰り広げた影響で、柔軟な関節や内装の機器に損傷を負っている。
 ABインパルスについてゆくのはまず無理で、ヴァルシオン改との戦いに耐えられるような状態でもない。

 

「駄目だよ、シン君。いくらなんでも一人じゃ!」

 

「大丈夫です、おれ、無茶とか無理をするのは慣れてますから」

 

「シン君が強いのは分かったけど、だからって」

 

「心配してもらえるだけで十分です。それに、テンザン大尉とかも動いてくれていますから、大丈夫ですよ。ありがとうございます」

 

 確かにセツコの目の前で見せられたシンの戦闘能力は、機体性能を考慮しても言語を絶するものがあった。グローリー・スターが総がかりで戦っても、十分保つかどうかといったところだろう。
 シンは、本当に心配してくれるセツコの言葉と態度に、胸の内から暖かい気持ちに口元を笑みの形にして礼を述べて、通信を切る。それだけで、新しい力が体の中に湧いてくる気分だった。
 推進の余剰エネルギーを粉雪のように舞い散らせて、ABインパルスはバルゴラ三機を背後において、ヴァルシオン改の追撃へと光の翼を羽ばたかせた。
 見る間に小さくなるABインパルスの姿に、セツコは小さく、あ、というつぶやきと共に思わず手を伸ばしていたが、その指先は、モニターの彼方のABインパルスに触れることもなかった。

 

「ひ、ひひひひひひ、ひひひ……ひひいぃ?」

 

 有人操作に切り替えたヴァルシオン改が警告をモニター上に表示し、先ほどから笑いの声を絶やさずにいたアードラーが後方を映すモニターを食い入るように見つめる。

 

「ひゃ、あはははははは、ひゃひゃ、ははは、つつつ、潰せえ、壊せえ、ゲイム・システムゥウ!! お、お前ならどんな敵だろうとたお、倒せるはずじゃあ!!!」

 

 アードラーの護衛に着いていた三機のヴァルシオン改が、マスターコードを有するアードラーの音声指示に従い、くるりと踵を返して背後から猛追してくるABインパルスへとディバイン・アームの切っ先を向けて飛翔する。
 せめて一機は護衛に残しておくべきだろうが、小指の先ほども理性を残していないアードラーには、そのような判断を下すことはできなかった。ただ、自分の邪魔をするものを叩きつぶし、意識から排除することしか考え付かないのであろう。
 間もなく接触した三機のヴァルシオン改とABインパルスが、一瞬で数十の光の花の帯を空に描く中、アードラーのヴァルシオン改は、搭乗者が耐えられる最大速度で戦闘空域から離脱を続ける。
 目指すはヴァルシオン改を格納していたバンシー級空中空母だ。そこまで逃げ込めばこの性質の悪い悪夢から逃れられると、アードラーは根拠なく信じ、その希望を目のまで粉砕される。
 アードラーのヴァルシオン改の向かう方向とは反対方向から放たれた強大なビームが、バンシー級の船体を斜めに貫き、全幅一キロを超す空中空母を一瞬で破壊してしまい、巨大な爆炎華へと変えてしまったのである。
 水上艦艇をあらかた破壊しつくしたフューラーザタリオン・トロンベが放った一撃である。

 

「あ、あああああ、あああああああああ!!!????」

 

 度重なる悪夢、到底受け入れがたい敗北の連続、目の前で砕かれた希望に、アードラーあ老いてしわがれた声を枯らさんばかりに叫び声をあげる。その声音の中に正気の音色を聴くことはほとんど不可能であった。
 絶望に荒れ狂うアードラーに対し、運命はなお苛酷であった。戦闘空域からいの一番に離脱しようとするヴァルシオン改の動きに気付いていたテンザンのガンキラーが、その脱出口を阻んだのである。

 

「おれの子分どもをさんざんに苦しめてくれた見てぇだな、ああ? てめえだけ逃げ出そうなんざ、ちゃんちゃら甘い考えだっての。ここでおっ死になあ!」

 

「その、声、声は……テンザンか!? 貴様、わしに見いだされた分際、で、わ、わ、わしのじゃじゃじゃ、邪魔をするの、かぁああああ!!!」

 

「ああ? なにトチ狂ってやがる? おれはてめえなんざ知らねえっつんだよ! おおらあ!!」

 

 正気と狂気のはざまを超えて狂気の領域に精神を踏み込ませたアードラーは、記憶が混濁し、すでになにが現実でなにが都合のよい虚構であるかの判別さえつかず、ゲイム・システムに目の前の障害物の排除を命じるのみ。

 

「こわ、壊せ、壊せ、壊せ、ゲイム・システム。わしのわしの世界を創るのじゃ! わしが世界のすべてを掌握せねば、ここ、この世界を守れぬと、なぜ、それ、それが分からぬ!!」

 

「寝言は寝てから言いやがれや! てかそもそも何がいいてえのか分からねえんだっての!!」

 

 ゲイム・システムがその性能を最大限に発揮できたなら、ガンキラーといえども苦戦を免れぬが、アードラーという枷が生じた以上、ゲイム・システムがその能力の限界を発揮することはできない。
 皮肉にも創造主であるアードラーが搭乗したとこで、ゲイム・システムはアードラーの身の安全を守りながら、という条件により発揮できる可能性に限りを設けられてしまったのである。
 ガンキラーの両掌から伸びた針をかろうじてディバイン・アームが打ち払うも、鎌首をもたげるように針がまがって、ディバイン・アームを握るヴァルシオン改の右腕に絡みついて動きを止める。
 掌の針と同時に伸ばしていた右足がヴァルシオン改の左側頭部に叩きこまれ、大きく右方向にのけぞるヴァルシオン改に、ガンキラーの目から破壊光線が浴びせかけられて、機体表面に小爆発を巻き起こす。

 

「ぎ、ぐぐぐがががが、なぜじゃあ、なぜわしの思う通りにならん!?」

 

「図体だけか? こいつだけやけに弱っちいな。潰すぜ!」

 

 体勢を崩すヴァルシオン改から針を巻き戻し、ガンキラーが一挙にその懐にまで潜り込み、伸縮する手足の特性を生かして不規則なラッシュを叩き込み、ヴァルシオン改はピンボールのように吹き飛ばされてゆく。
 さらに破壊光線が連続して照射されて、後方に吹き飛ばされながら、ぱらぱらと機体各所から耐久限界を超えた装甲が剥離し、瞬く間にヴァルシオン改は無残な姿へと変わってゆく。
 味方を手古摺らせていた無人仕様のヴァルシオン改に比べてあまりにあっけないヴァルシオン改に訝しさを覚えつつ、テンザンはとある並行世界では深い因縁のあった狂気科学者とは知らずに引導を渡した。

 

「あばよ、少しだけ覚えておいてやるぜ。いきな、ギロチン・バグ!!」

 

 ガンキラーの両肩の先端でギロチン・バグが回転を始め、風を切り裂く凶暴な唸り声をあげて、纏った鎧を崩壊させたヴァルシオン改を容赦なく切り裂き続ける。
 銀色の軌跡が幾重にもヴァルシオン改に折り重なり、そのたびにヴァルシオン改に斬痕が刻まれて、ついに止めと言わんばかりにギロチン・バグがヴァルシオン改の首元に深々と突き刺さった。
 オリジナルのヴァルシオンのコックピットが存在する位置を、テンザンが狙ったのであろう。
 パイロットの確実な殺害を狙った一撃は、狙いを過たずコックピットシートに身を預けていたアードラーの下腹部から頭頂にかけてまでを、ギロチン・バグの刃が貫き、血に濡れていた。
 開ける限度まで目を見開き、口を開いた姿勢で真っ二つにされたアードラーが即死できたのは、せめてもの救いではあったろう。
 アードラーの乗るヴァルシオン改と、シンを足止めすべく動いていた三機のヴァルシオン改が、ABインパルスと生き残ったエクスカリバーから抽出された部隊によって全機撃墜されたのは同時であった。
 アードラー自身が図らずも囮の役目を果たしたすきに、三輪艦隊は多くの落伍艦、落伍機を出しつつも戦闘空域の脱出に成功していた。
 これをおう余力はDC・ザフト艦隊にはまったく残されておらず、ヴァルシオン改の介入によってもたらされた被害が甚大極まりなかったこともあり、ひとまず戦闘の終結が、エペソの口から各員へと通達される。
 あまりにも長く、そして濃密であった戦いが、ようやく閉幕を迎えることとなった。

 
 

――つづく

 
 

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