SRW-SEED_660氏_ディバインSEED DESTINY_第50話

Last-modified: 2011-09-02 (金) 02:44:52
 

ディバインSEED DESTINY
第五十話 極東戦線

 
 

 現在地球上に存在する人類国家の内、最大の領土を保有する東アジア共和国の統治下にある旧中華人民共和国領内に、東アジア共和国からの独立を謳うウィルキア王国、日本国、さらに両国を支援するDCの連合軍が侵攻を加えていた。
 DCから供与されたリオン、ガーリオン、バレリオンといったAMを空戦戦力として、地上には日本国が独自開発した機動兵器がその巨躯を並べている。
 この独立戦争で日本国が密かに宗主国東アジア共和国に内密に開発量産していた大小二種の機動兵器は、それぞれが戦術歩行戦闘機略して戦術機、ナイトメアフレームと開発者やパイロット達の間では呼ばれていた。
 戦術機は従来のMSやMAと比べてもそうサイズの変わらぬ人型機動兵器で、かねてより東アジア共和国からの独立を水面下で願っていた日本国が独自開発したものである。
 ジンやストライクダガーなどが基本的に人体を模した五体であるのに、これら戦術機はほとんどの機種に置いて肩や大腿部が異様に巨大で、一般的なMSとは異なるシルエットを有している。
 戦術機はプラントがMSを開発し実戦に投入する以前から研究開発が進められており、先の戦役では大西洋連邦が供与としたストライクダガーの存在と、いつか来る反攻の日の為に秘匿されていた兵器だ。
 今回の独立戦争に投入された戦術機は、第一世代から第三世代まで開発されており、ほとんどの世代の機体が戦場に顔を並べている。
 第一世代は防御力、耐久性能を追求した仕様となっているが、戦闘の激化に伴うMSの火力水準の異常なほどの向上や戦術機の装甲基準ではどうした所で防ぎ得ぬ火力の特機の存在から、コンセプトの変更を余儀なくされた経緯がある。
 第二世代ではMSから得られた戦闘データや多勢力のMSやAMのコンセプトに対応し、機動力向上を目指した仕様が基本となっている。
 さらに最新の世代である第三世代では第二世代の設計思想を更に発展させるものとなっており、新素材や複合素材による機体の軽量化や機体のスリム化、柔軟性、即応性を発展させている。
 日本国の投入した戦術機は撃震、瑞鶴、不知火、不知火・弐型となる。また一部の選抜に選抜を重ねたエリート部隊には武御雷と呼ばれる超高コスト高性能機も、その雄々しくも凛々しき威容を陽の下に露わにしている。
 洋上の艦隊や陸上戦艦などの遠距離大火力砲撃支援と各種バレリオンタイプの砲撃が、地上を疾駆する戦術機部隊の頭上を真っ赤に染めるほど濃密な砲弾や破壊エネルギーの流星群となる。
 流星群の降り注ぐ地平線の彼方からも迎え撃つ火線が放たれて、降り注ぐ流星群を撃ち落としてゆく。
 いつ止むとも知れぬままに降り注ぐ流星群が絶えるや、テスラ・ドライヴの翡翠の噴射光を舞い散らせてAMおよびエクスカリバーF型によって構成されるAVF部隊、さらにウィルキアのハウニブー部隊が制空権を得るべく飛翔してゆく
 百単位の航空戦力を見送り、それに続けとばかりに地上の戦術機部隊も長距離移動用に増設したタンクの中の推進剤を贅沢に消費して加速する。
 しかしながら日本国の先陣を切ったのは戦術機ではなく、DCから供与された特機をベースに日本国が研究開発し、さる高貴な血筋を引きながら古き慣習ゆえに身分を隠さねばならなかったあるパイロット用に調整した特機であった。
 およそ全高五十メートル前後の特機としては標準的なサイズで、外見的には数百年前の侍が着こんでいた甲冑の様に見える。
 ましてや一見した時にはっきりと分かる武装がその手に携えた巨大な日本刀一振りである事が、余計に侍の印象を強めるのだろう。
 また世界各国の特機が時に人間の顔を模す事があるが、その場合にはほとんどが男性の顔を模すのに対して、日本国の特機はあきらかにうら若き美しい少女の顔と豊かな肢体を模している。
 また後頭部からはポニーテールを思わせる用途不明のパーツが伸びているが、これは全て放熱装置と衝撃拡散緩和装置を兼ねた特殊繊維を束ねたものである。
 DCから供与されたのはDGG-XAM-XX試作型ダイナミック・ゼネラル・ガーディアンの基本フレームや最新の人工筋肉ほか専用OS“JINKI”、新型プラズマ・リアクター、実体剣用液体金属などなど。
 それらに日本国独自の技術と設計思想を組みこみ、完成させたのがこの通称“武神装攻ダイメイヤー”である。
 重厚な鎧を纏った武者姫のごとく勇壮でありながら、どこか可憐さと高貴さをともなう美しさを兼ね備えた、兵器というよりもある種の芸術的な美しさを備えている機体だった。
 その巨大な機体に相応しいサイズの日本刀の形状をした72式近接戦闘用斬艦刀を振り上げつつ、ダイメイヤーは放たれるビームになんら怯む様子を見せずに、スラスターを全開にして真正面から斬り込んでゆく。
 ダイメイヤーの周囲を真紅の武御雷を筆頭とする武御雷数機と不知火・弐型からなる戦術機部隊が、援護の為に固めて個々に備えた火器を的確に濃密に、一つの生き物の様に意思の通い合った動きで展開して不用意に近づく敵を尽く鉄屑に変えてゆく。
 戦術機およびダイメイヤー、航空部隊が数と質を揃えた正攻法の戦い方で正面から東アジア共和国部隊と撃ち合い斬り合いの応酬によって戦力を削り合う中で、戦術機以外の日本国独自の兵器群もまた異なる戦場で戦果を上げていた。
 ナイトメアフレーム(KMF)。
 全高おおよそ5、6メートルほどの小型機動兵器で、MSの平均サイズから考えれば三分の一ほどであり、もとはMSの登場以前戦場で活躍していたパワードスーツを源流としている。
 こちらもまたMSの台頭によって陽の下を歩む時を失した機動兵器であったが、日本の富士山地下から発見された新資源サグラダイトを動力として、陸上基地攻略などを主目的とする形で開発が再開されて現在完成に至った。
 戦術機部隊や航空部隊とは別に、海底を潜んで東アジア共和国国内に接近していた潜水艦部隊から次々と出撃したナイトメアフレーム部隊三百機及び、支援戦闘車両、パワードスーツなどを装備した歩兵部隊五個師団が陸上基地に侵攻していたのである。
 ナイトメアフレームの開発には大西洋連邦をはじめ世界各国の亡命科学者や、スカウトしてきた科学者が関与しており、当初日本語で徹底的に埋められていたナイトメアフレームの装備関連の単語は現在の形に落ち着いている。
 主力ナイトメアフレームは月下と呼ばれる機体で、まるで一つ目の鬼のような外見をしており、超振動実体剣や外腕部に装着する三連銃身のオクスタン式機関砲やバズーカなどで武装しており、狙い所を考えればMSも撃墜可能である。
 この時代の機動兵器にしては珍しくナイトメアフレームは、高速での地上走破性能に特化しており、ランドスピナーと呼ばれるホイールを装備してかつて陸戦の王者と呼ばれたバクゥやランドリオンを上回る機動性と速度を誇る。
 戦術機と違ってナイトメアフレームは機種が少なく、主力となっているのは月下単種のみであり、その中に指揮官用にカスタマイズした機体こそあれ、月下以外に大量生産されている機体は無い。
 その代わりに三機ほど毛並みの事なる機体がフォーメーションを組んで、MS相手にも凄まじい戦果を築き上げている。
 一機は猫背のようにやや斜めに曲がりぎみのフレームを有し、鉤爪の様な頭部と異様に巨大で宗教画に描かれる悪魔の様な右腕を備えた真紅の機体“紅蓮弐式”。
 白い装甲を持ち中世の騎士を思わせる優美なラインを描き、機体の各所に内蔵した有線式のスラッシュハーケンと呼ばれる装備や、可変式のライフル、振動式の実体剣を駆使して敵を翻弄する、裏切りの騎士の名を持つ機体“ランスロット”。
 そのランスロットの同型機らしく良く似たシルエットを持ちながら、青い頭部からは大きな角が生え、また左腕は紅蓮の右腕と同じように異形の“ランスロット・クラブ”。
 紅蓮、ランスロット、ランスロット・クラブの三機はその性能が月下を上回ることもあるが、それ以上に天才的というよりも天才としか言いようのない操縦技術を有するパイロットが登場している事と、卓越した連携を見せている事が最大の理由だろう。
 そこかしこで爆発の炎と煙を噴き上げる東アジア共和国の軍事基地の中で、奇襲から立ち直った共和国のMS部隊が、半ば倒壊したMS格納庫から出撃し、旧式のダガーL部隊が、三分の一ほどの大きさのKMFめがけてビームカービンの狙いを向ける。
 歩兵の携行火器ならばともかくMSサイズの武装が相手では、KMFの装甲は薄紙の様なものだ。
 まだ指揮系統の混乱の見えるダガーL部隊であったが、小隊単位で迎撃行動を取る事は出来ており、共和国も前大戦からの一年半近い時間を安穏と過ごしていなかった事を証明している。
 しかし機動性では並みのMSをはるかに上回るKMFである。特に前述した紅蓮弐式、ランスロット、クラブの三機は、赤、白、青の三色の地を這う鋼の風となってダガーL部隊の隙間を縫うように疾駆し、目で追う事さえ出来ない。
 懐まで飛び込まれればその圧倒的機動性と小型である事から、MSではKMFに対して効果的に対処することはきわめて難しい。
 空戦能力を持つ現行の主力MSならばともかく、ジェットストライカーを装備していないダガーLでは、接近を許した時点でKMFの餌食となる運命は決まったも同然であった。
 ましてや並みのKMFとパイロットではない。
 規格外のKMFと尋常ではない技量のパイロットと入り込む隙のない連携の組み合わせなのだ。
 単独で迎え撃つには、現状地球圏最強の機動兵器パイロットであるシン・アスカと最高峰のMSであるDCインパルスクラスでも持って来なければ、一分とて保つまい。
 ランスロットが二振りのメーザーバイブレーションソード(MVS)をすれ違いざまに振るえば、両ひざの関節部位を狙われたダガーLは回避する動作さえ見せることなく膝から落ち、そこに猫科の猛獣のごとく紅蓮弐式が跳躍。
 異形の右手を崩れ落ちるダガーLの胸部へ押し当てるや否や、紅蓮弐式の異形の右腕に内蔵されたマイクロ波誘導加熱ハイブリッドシステム『幅射波動機構』が起動し、極短サイクルで高周波が直接照射されて、ダガーLに膨大な熱量を与える。
 ぼこり、と音を立ててダガーLの装甲が内部から膨れ上がり瞬きする間こそあれ、ダガーLは機体の内側という想定外の箇所から破壊されて、腰から上を爆発させる。
 幅射波動を照射直後、爆発に巻き込まれない様に即座にその場を離脱する紅蓮弐式を狙って、残るダガーLがビームカービンの銃口を動かすのを阻止したのは、残るランスロット・クラブである。
 腰だめに構えていた可変アサルトライフルの対MS装甲貫通徹甲弾を、ビームカービンの銃口とトリガーに添えられている指へと集弾させて双方を破壊する。
 紅蓮弐式を狙ったダガーLへの着弾を確認するのと同時に、ランスロット・クラブは、可変アサルトライフルを腰裏に懸架し直して、ランドスピナーを激しく回転させて一気にダガーLの懐へと飛び込む。
 ランスロット・クラブは右手に握った柄尻を接続させたツインランスモードのMVSで、ビームサーベルをバックパックから抜こうとしていたダガーLの左肘から先を斬り飛ばし、紅蓮弐式の右腕と酷似した形状の左腕をダガーLの頭部へと押しつける。
 ランスロットと同型機であるランスロット・クラブであるが、優美な人型のラインが左腕だけが異様な形状をしていた。
 紅蓮弐式の幅射波動機構内蔵式の右腕の先行試作型を、ランスロット・クラブは左腕として備えていたのである。
 先ほど紅蓮弐式がダガーLを屠った光景を巻き戻して再生したかのように、ダガーLの上半身が内部から泡立つように膨れ上がって、爆発を起こす。
 ランスロット・クラブがダガーLを撃破する間も、紅蓮弐式とランスロットは後続の月下、戦闘車両、パワードスーツ部隊との連携を計りながら敵戦力を次々と沈黙化させている。
 紅蓮弐式、ランスロット、ランスロット・クラブの戦果は凄まじいが、後続の指揮官用月下とそれに続く四機の月下も、先行した三機のKMFに負けず劣らずの錬度と技量を見せて、ダガーLをはじめとした旧世代MS部隊を瞬く間に撃墜せしめてゆく。
 戦術機を本命とした日本機動兵器部隊と別行動を取ったKMF部隊の指揮を任されたパイロットの乗る指揮官用月下を中核に据えて、KMF部隊は東アジア共和国が疎かにした足元を、誰に阻まれるも事もなく蹂躙して行った。
 そしてランスロット・クラブのパイロットは、かつてこの世界で眠りから目覚めたライという名の少年であった。
 こいつがあればDCの連中なんざ屠殺場の豚さ、と軍事基地から出撃する際に整備士の一人に笑顔で告げて出撃した東アジア共和国のある兵は、自身が乗るMAゲルズゲーが陽電子リフレクターごと縦一文字に二つにされた事実を、死と引き換えに認めた。
 ずるり、とゲルズゲーの蜘蛛の下半身とストライクダガーの上半身をもった異様な巨体が二つに分かたれて、オイルや推進剤が血潮のごとく噴出してからしばし、ゲルズゲーは青い空を汚す爆炎花となって有終を飾った。
 対陽電子砲防御に特化しているとはいえ、対MS戦にも有用な陽電子リフレクターと装甲を真っ二つにしたのは、高出力のビームサーベルなどではなく金属細胞マシンセルによって形成された全長二十メートルの実体刃“斬艦刀”である。
 剣速の圧倒的な速度から粘着性の高い推進剤やオイルは刃に一滴も付着しておらず、本来ならあるであろう血振りの動作を省いて、シンは愛機である飛鳥インパルスのレーダーレンジの中に移っている次の敵に意識を動かしていた。
 最強にして最高の好敵手であったウォーダン・ユミルより託された斬艦刀は、DCの技術によって改良が加えられて、MSに扱いやすいように二十メートルほどにサイズを縮小して現在は固定されている。
 東アジア共和国戦線に投入され、戦況がある程度DC・ウィルキア・日本側に優勢となった事もあって、ユーラシア大陸を突っ切って欧州方面へと向かうクライ・ウルブズは、目下進路上に存在する敵性勢力と交戦に交戦を重ねている。
 一隻の戦闘母艦と二十機前後のMSやAM、特機だけで通常編成の二個師団と同等かそれ以上の戦闘能力を誇るクライ・ウルブズの動向は、誇張ではなく真実戦局を大きく左右する要素だ。
 東アジア共和国はDC側が睨んだ通りにクライ・ウルブズの動向に否応なく警戒せざるを得ず、少なくない戦力を割り振る事となり、しかも投入した戦力が尽く壊滅させられるとあって、ますます戦況を悪化させる事態に陥っている。
 ことにシンとインパルスは、一機当千とまでは行かずとも一機当百の戦闘能力を開花させて、ティエレンを主軸に据えた東アジア共和国の機動兵器部隊を次々と斬り散らしている。
 斬艦刀の切断力とシンの技術があればもはやPS装甲さえ薄紙も同然となった今、例え重装甲を誇るティエレンといえども振るわれた刃に抗う術は無い。
 ティエレンの頭上に掲げられたカーボンブレイドと機体に真っ向唐竹割りの一撃が迸るや、股間部までをやすやすと両断した斬艦刀は振り下ろしきった状態から飛燕のごとく軽やかに舞い踊り、空中に白銀の軌跡を描く。
 目に鮮やかな残像を刻みつける斬艦刀の軌跡は、背後を取っていた別のティエレンの腰を横薙ぎにし、鏡の様に研ぎ澄まされた断面を晒しながら、ティエレンが左右にずれてから爆発を起こす。
 一連の剣戦は敵味方共にテスラ・ドライヴ搭載機である為、慣性さえもある程度制御したうえでの空中戦である。
 これまで地球連合軍に対してたった一機の機動兵器というにはあまりにも多すぎる被害を与えて来た飛鳥インパルスは、当然その戦闘パターンは研究に研究を重ねられて、対処マニュアルもそれなりの完成を見せている。
 当然クライ・ウルブズの進路上に配置された東アジアの部隊も、対クライ・ウルブズ用の戦闘マニュアルに沿って戦いを進めているのだが、それがまるで意味を成さないのは、机上のデータと実物との差が大き過ぎた為だ。
 相手の呼吸、気配、視線さえも機体の装甲越しに感知し、全方向に知覚網を広げるシンからすれば、過去の自分の戦闘パターンに合わせてくる敵部隊は、赤子の手を捻る様にあしらえる鴨に過ぎない。
 滑空砲の実体弾、赤外線誘導式の多弾頭ミサイルの混合雨の中に、飛鳥インパルスは躊躇う素振りさえも見せずに正面から飛び込む。
 専用パイロットスーツに身を包んだシンは、呼吸による血流操作で全身の細胞を最大限に活性化させて、丹田に溜め込んだ気が溶岩のごとく熱い塊となって五指を満たす感覚に、かすかに目を細める。
 密度の濃い砲弾の嵐の中のどこに進むべき場所があると見えたのか、飛鳥インパルスは風に靡く柳のごとくしなやかに前へ前へと飛翔する。
 砲弾も、ミサイルも、銃弾も、どれだけトリガーを引き絞り、ロックオンサイトに捉えても、装甲に掠ることさえしない現実を目にして、恐怖に顔を強張らせて自分達が幻か幽霊でも相手にしているのかと狂乱していた。
 目の前の複数のパイロット達の恐怖の思惟を感じながら、シンは飛鳥シルエットと機体の二基のプラズマ・リアクターのエネルギーを斬艦刀へとバイパスを連結させて、一気に大量のエネルギーを流し込む。

 

「斬艦刀・電光石火!!」

 

 斬艦刀が有する数少ない遠距離攻撃手段である電光石火は、想定された以上のエネルギー供給を受けて、一筋の雷光という枠を超えて黒雲を裂いて暴れ狂う雷龍のごとく青い空を焦がしながらティエレン部隊に光の牙を突き立てる。
 青い光の中に飲み込まれたティエレン部隊が分子の結合を崩壊させて壊滅するのを、感覚で理解したシンは、続けて地上から火線を無数に引くドッペルホルンを装備したダガーLやバスターダガーといった旧式部隊へと目を向ける。
 触れれば我が身に訪れるのは斬殺の運命のみ。触らぬ神に祟りなし――なら、向こうから触れてくる死神には、どうすることで災いから免れる事が出来るのか。
 二個小隊六機の砲戦装備のMSのど真ん中に降り立って飛鳥インパルスが、片膝を着いた姿勢から一度左脇下に固定した鞘に納刀した斬艦刀をを抜き放った瞬間、地上に眩い銀の満月が描かれる。
 恐るべきは刃圏の外にあった機体さえもが、刃に乗せられたシンの剣気と超音速の斬撃が放つ真空の刃によって、機体を真っ二つにされた事だ。
 機体のみならず周囲の木々を巻きこんで両断し、再び静かな鞘鳴りの音を立てて斬艦刀を鞘に納めた時、東アジアに属するすべてのMSが二つに分かたれて極東の空に鋼の骸を晒す。
 林崎夢想流居合“天車引留”。かつて一太刀で周囲を取り囲む凶漢複数名の首を刎ねたと言う秘剣である。
 インパルスに搭載されたカルケリア・パルス・ティルゲムが増幅する思念の知覚網に感じられる敵残存部隊が撤退を始めた事に気付き、シンは鞘に納めた斬艦刀の柄に添えていた飛鳥インパルスの右手を離す。
 そろり、と蝋燭の灯を消す事も出来ないような小さな吐息を零して、シンは飛鳥インパルスに飛翔を命じ、鋼の骸が点々と転がる鬱蒼とした森林地帯を抜けて、赤道連合から提供されている軍事基地へと機首を巡らす。
 これまでの極東戦線におけるシンの戦果は、ゲルズゲー三機、ダガーL九機、ウィンダム十二機、バスターダガー五機、ストライクダガー十七機、ティエレン四機、新型七機、スカイグラスパー二十一機、戦闘車両三十三輌。
 単独で軍事基地数か所分を壊滅させた戦果としては、まあ上出来と言えるだろうか。
 通常五機撃破の戦果でエースと言われるが、五十機撃墜でエースと呼ばれるクライ・ウルブズのトップエースならば、これ位は当然と評価されるのだから、シンとシンの所属している部隊の異常さがわかろうものである。
 未来予知じみた直感とセンサー類に警戒の意識を裂きながら、シンは腹が減ったなあ、などと考えてコックピットシートの下に設置されている収納スペースに手を伸ばした。
 長時間の戦闘を考慮してコックピットスペースが広く取られ、私物を置けるように設計されているのが、DC系統の機体の特徴の一つだが飛鳥インパルスもこの例に漏れず、標準で置かれている医療キット、非常用キットの他にシンの私物がある。
 今時珍しい紙媒体の読みかけの雑誌や小説、肌着や下着の予備や木刀“阿修羅”、そして腹が空いた時にちょっと摘む為に購入しておいた賞味期限の長い食料品などである。
 ほどよく醤油の染みたおかかのおにぎりをむしゃむしゃしながら、シンは他の皆は無事だろうか、と社交辞令的な心配をしていた。
 ごくり、と咽喉が音を立てて良く咀嚼した米粒を胃に運び込む。
 シンはやや飛び抜けすぎた戦闘能力の持ち主だが、シン以外のクライ・ウルブズの隊員達もほぼ全員が一流の水準を超える才能と経験と胆力を併せ持った傑物揃いである。
 まだ機体の性能に任せる傾向のある刹那や、新兵であるセツコにレントン、技量はあるがやや経験の不足しているエウレカを除けば、誰もがどこの部隊でも頼りにされるベテランかエース揃いなのだ。
 機体の性能と常軌を逸した戦闘能力からシンは単独での行動を許されていたが、他の面々は最低でも三機編成の小隊単位で作戦に従事しているから、四倍か五倍の戦力に囲まれなければどうとでもなるだろう。
 鬱蒼と生い茂る森林地帯を越えて、海岸線沿いに建設された赤道連合の軍事基地からの誘導に従ってシンは軽やかに指定された滑走路に愛機を着地させる。
 赤道連合がライセンス生産しているリオンやランドリオンが待機状態でずらりと並ぶ中、シンはクライ・ウルブズ用に確保されている大型格納庫へと機体を落ち着かせる。
 他国向けにも量産しているグルンガスト弐式が少数だが配備されている為、特機も格納できる大型の格納庫が三つほど建設されている。
 アサルトバスターやクロスボーンシルエットもいいけど、一番しっくりくるのは飛鳥シルエットだなあ、とシンが一人ごちながらインパルスのコックピットから、ラダーを使って降りると不意を着いて抱きついてきた人影があった。
 一キロメートル先からの狙撃くらいなら直感の働きで余裕を持って回避できるシンであるから、気づいてはいたのだがもうとっくに慣れた恒例行事だったので、気に留めずに抱きとめる。

 

「シン! おかえりなさい!!」

 

 ふんわりと柔らかな金髪が自分の鼻先をくすぐり、シンはこそばゆさにくしゃみを堪えながら、抱きついてきたステラの背中に腕を回してそのぬくもりを全身で感じた。
 ぎゅうぎゅうとパイロットスーツを来ていてもはっきりと分かる二つの乳房を押しつけながら、ステラがシンの首に腕を回して頬ずりをしてくる。
 ほのかに香る女の子の匂いとステラの体の柔らかさに、シンはいい加減慣れてもよさそうなのに、と自分でも思いながらどぎまぎとする心臓を抑えつけて、表面上は笑顔を浮かべるだけにとどめた。
 いい匂いだな、パイロットスーツ越しなんだけどなんでかステラの身体って温かいんだよなあ、とシンは戦闘の余韻に昂っていた精神が落ち着くのを実感する。

 

「んん、あははは。ただいま、ステラ」

 

 ステラは修復の終わった弐式でグローリー・スターと同行し、ティエリア・刹那・ロックオン・デスピニス、アルベロ・レオナ・タスク、ジニン・スティング・アウル、テンザン・エウレカ・レントン、といった部隊分けが行われていた。
 格納庫の中にはすでに三機のバルゴラと弐式が鎮座しており、シン同様に敵部隊の索敵と撃破の任務を終えて来たようだ。
 流石に出会ってから今日に至るまでの約二年間でステラとのスキンシップに慣れたから、シンはステラと抱き合った姿勢のままで、頬ずりを止めたステラと鼻と鼻がくっつく位の距離で向き合う。

 

「シン、怪我してない?」

 

「んー、いつも通りだよ。ステラも……怪我とかはしていないな、よし」

 

 少しだけステラと距離を離し、ステラの頭のてっぺんからつま先までちらりと視線を巡らせて、ステラに一切負傷した様子が見られない事を確認する。
 もっとも怪我などしていたら、シンの帰還に合わせて格納庫で待っているようなことはできないだろう。

 

「ん」

 

 と言うやステラは自分の頭をシンの方に向ける。以心伝心という言葉通りにステラの意図を読み取ったシンは、差し出されたステラの頭の上に手を置いて動物の子供を可愛がるように、ゆっくりと優しく撫で始める。

 

「今日もお疲れ、ステラ」

 

「ん~♪」

 

 日を追うごとにステラがペットみたいになっていくな、とシンは思ったがまあ今更なので、深くは考えずにステラの頭を撫でる作業を続けていると、困った顔をしてこちらを見ている長い黒髪の美女の姿が視界に飛び込んでくる。
 パイロットスーツから黒色を主とした、膝上二十センチはあるんじゃなかろうかというミニスカートに着替えたセツコだ。
 少なくともステラはパイロットスーツから着替えられる程度の時間は、シンのことを待っていた様だ。
 セツコが目の前の一体何度目になるのか、軍とは思えない光景とステラの幸福の塊と化した姿から、何と声をかければいいのか分からない様子。
 シンはステラとこうして抱き合うなり頭を撫でるなりするのが当たり前になってはいたが、他人が自分達を見たらどう思うか、を考える能力がほんの少しは残っていたから、自分からセツコに声を掛ける。

 

「セツコさん、お疲れ様です。ステラが迷惑かけませんでしたか?」

 

 手の掛る妹を持った兄の台詞である。シンに声を掛けられたセツコは、いくらか迷う素振りを見せたが、うん、と自分を納得させるように一度頷いてから、ステラと抱き合い頭を撫で続けているシンの方へと歩を進める。

 

「そんな事は無いよ。ステラちゃんは私なんかよりもずっと長く戦っていたし、準特機乗りだからむしろ頼りにしているくらい」

 

 なおグルンガスト弐式の準特機というカテゴリーだが、これは一応パーソナルトルーパーに含まれる。
 ヴァルシオン改との戦闘で、両腕部損失という惨憺たる姿に変わったステラの弐式だが、廃棄寸前の機体を修復する事にはすっかりと慣れてしまったクライ・ウルブズ整備班の努力の甲斐もあり、すでに傷一つない新品同然の姿に戻っている。

 

「はは、それは良かった。ステラはちょっと熱くなりやすいですからね。おれやスティング、アルベロ少佐は付き合いが長いから、それでも合わせられるんですけど、セツコさん達は三人で一チームだからちょっと気になっていたんですよ」

 

 グローリー・スターという単位で出来上がっているセツコ達であるから、独走しやすいステラと弐式では色々と苦労したでしょう、と語るシンの瞳にセツコは苦笑を浮かべて答える。
 確かにいささかステラが突出したのだが、ベテランのデンゼルが上手くフォローした為、なんとか拙いなりに連携らしい事も出来たので、まあ及第点を出せる結果と言えるだろう。
 バルゴラ三機とも被弾は無かったし、弐式も数発の被弾こそあれ準特機の厚装甲とEフィールドが、大きな損傷を防いでいる。

 

「そう言えばシン君、気付いた? 東アジア共和国の部隊の中に見た事のない新型が混じっていたんだけど」

 

「ああ、いましたね。なんか白くて細っこい奴。あれ、気配が感じられませんでしたし、生体反応もなかったから無人機ですね」

 

 センサーを用いた生体反応の有無はともかくとして、気配で感じるというのはクライ・ウルブズの中でも、シンくらいのものだがセツコもシンのそう言った感覚的な物言いには慣れたので気にする様子はない。
 如何せん車両や施設に仕掛けられている爆発物でさえも、残留している悪意から看破するシンである。シンが警戒の意識を尖らせている戦時ならば、一ヶ月も一緒に居ればシンのオカルト的なセンスに慣れようものである。

 

「うん。新型なんだろうけどそんなに性能が突出しているわけでもないし、ティエレンとかウィンダムの方がずっと手強かったかな」

 

 セツコの感想にはシンもほぼ同意である。高性能のテスラ・ドライヴを搭載している様ではあったが、性能を十分活かしきれていると言えるほどの動きはなく、さして警戒するほどの相手ではなかった。
 並みのパイロットではそれでも新型の運動性に手古摺ったかもしれない。しかしながらまだ新兵であるセツコでさえも、激戦のみの戦闘経験と周囲の一級パイロット陣のコーチを受けて、劇的に技量を上げているから十分に対応できた。
 現在のセツコの技量はDC最精鋭部隊に所属している為に埋もれてしまっているが、既に実戦に出て半年未満という期間を考慮すれば驚くほど高い。
 自身が軍人に向いていないのでは、という迷いを抱えている為に精神的な脆弱性があるものの、訓練は真面目に取り掛っているし、丁寧な操縦技術という長所も伸びている。
 シミュレーターでシンと同機体でやり合えば、開始十秒以内で撃墜されているので、セツコに自身の操縦技術に自信を抱けと言うのも無理な話ではあるが。
 ちなみにバルゴラ三号機と飛鳥インパルスでやり合うと、気付いたら目の前に飛鳥インパルスがいて、あ、と思った瞬間にはバルゴラが真っ二つにされているのでおおよそ一秒ほどで撃墜される。
 実際シン一人を突っ込ませるだけでザフトのカーペンタリアや、地球連合が再建したアラスカが陥落するのではないか、という噂さえDC軍内部では囁かれている位だが、これはいささか過剰にシンを評価しすぎだろう。
 たっぷり休養を取ったシンを飛鳥インパルスに乗せて突撃させても、精々カーペンタリア、アラスカ級の大規模軍事基地が対象では、八割か九割の戦力を壊滅させるのが限度であろう。

 

「東アジアの強みは地球圏随一の国民の数とそれに支えられた工業力ですけど、あんまりそれを感じないんですよね。やっぱり日本との戦闘に注意を惹かれているんですかね」

 

 局所的な物の見方しかしてこなかったシンであるから、東アジア共和国全体の動向について語る時はどうしても自信の無い調子になる。
 たとえば実際に戦場に出てそこに戦略級兵器が隠匿されているなどと言う場合――前大戦のジェネシスや核ミサイルなど――であれば、現在の成長したシンの第六感なら十中八九気づけるのだが、戦場を離れるととんとだめだ。

 

「大西洋連邦はヴァルシオン改を切り札にしていたし、ユーラシア連邦もなにか新しいタイプの機動兵器を開発しているって言うから、東アジアもなにか用意していてもおかしくはないんだけど……」

 

 セツコの言うとおり元より一枚岩ではなかった地球連合は、主要構成三大国家が戦後を見据えて他国のアドバンテージを握るべく、独自の兵器開発に力を注いでいる。
 既にDCも戦場で何度か遭遇している大西洋連邦のフラッグ、東アジア共和国のティエレン、ユーラシア連邦のイナクトなどがそれにあたる。
 う~ん、とセツコとシンが鏡合わせの様に揃って首を傾げて頭を捻っている間も、ステラは変わらずシンに頭を撫でて貰って終始ご機嫌な様子であったが、外が騒がしくなった事に気付いてそちらに目をやる。
 ステラが意識をシンの手から外に移した事を察してシンも、つられてそちらに視線を動かし、それからセツコもシンにならって格納庫の外に星色の瞳を向ければ、そこには三機の機動兵器の姿があった。
 一機は前大戦時オーブの主力MSとして開発され、ビアン・ゾルダークの横入りでその座を追われたM1の五機存在する原型機の一つ、アストレイ・グリーンフレーム。
 世にも珍しい機体であるがDC戦争後のプラズマ・ジェネレーターやTC-OS、テスラ・ドライヴの普及で、第一線を張れるほどの性能ではない。
 シンの意識はグリーンフレームからすぐさま他の二機の機体に奪われた。一機はMSの倍近い大きさで、シンがデータ上で目にした事のある火の魔装機神グランヴェール。
 欧州に出向いているテューディ・ラスム・アンドーが出向先で完成させた残る二機の魔装機神の片割れだ。
 機体が搭乗者を選ぶという性質上、正規パイロットに誰が決まったのかシンは知らなかったが、よもやこの極東の地で目にする事になるとは。
 まさに天を焦がすかのような勢いで燃える火が人型に変わった様なグランヴェールの威容であったが、その背後に佇む百メートルはあろうかと言う機体もまた随分と特異な外見をしている。
 なにか獅子や羊、蛇といった動物の特徴を兼ね備えた異形の体を成しており、両腕などはドリルだ。ドリルである。ぎゅいんぎゅいんと唸りながら回転し、あらゆるものを掘削する為の武装だ。
 しかしながらその太くて鋭くてご立派なドリルも含めて、機体のあちらこちらに損傷を負っており、ジャンクと見間違えてもおかしくはない姿だ。

 

「たしか、現地のゲリラの代表者の人達だよ。あの機体」

 

「ゲリラ、ですか」

 

 セツコの言うゲリラという言葉に、シンはかすかに顔をしかめた。
 現在東アジア共和国との戦闘区域になっているこの地域には、連合にもザフトにもDCにも阿らない現地の人々が組織した戦力があり、少数ながら旧式のMSを所有して反攻の動きを見せている。
 DC側はこの勢力との交戦を避ける為に連合の勢力を排除した後は、該当地域の統治を現地の人間に任せると言う甘い蜜を差し出して交渉を行っている。
 基地を訪れたのは現地ゲリラの少年、グランヴェールのパイロットを務める“拳神”バリー・ホー、そして異形の特機レムレースを駆るのは……。
 今日この日、シン達にまた新たな異世界からの来訪者との出会いが待っていた事を、神ならぬシンには分かる筈もなかった

 
 

――つづく

 
 

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