SSA_400氏_第2話

Last-modified: 2008-07-03 (木) 18:54:12

 アズラエルの指示により、νガンダムの『残骸』は地球降下後
 すぐにアズラエルの所有ファクトリーに運ばれた。
 同日、社外秘の特別編成チームが発足。目下全力で解析作業が行われていた。
 そして、中にいた正体不明のパイロット―――
 アムロ・レイはアズラエル財閥が出資している病院に搬送されていた。
 外傷は特に見受けられず脳波にも異常は無かった事から数日中には目覚めるものと診断された。

 

 そして、一週間の時が流れた―――

 

 アムロは夢を見ていた。
 夢の中のアムロは懸命に走っていた。
 少し離れた場所で見知った面々がアムロを待っている。

 

 ―――アムロ早くこっちに来い。
 ―――早くいらしゃいよ。アムロ。

 

 向こうからブライト・ミライ夫妻の声が聞こえる。

 

 ―――おーい。アムローっ。
 ―――アムロ。
 ―――アムロ大尉ーっ。

 

 カイの。セイラの。皆の呼ぶ声かする。
 皆の所に向かって走っているというのに距離はちっとも縮まらなかった。
 それどころかますます距離は離れていきしばらくすると皆の姿は見えなくなっていった。

 
 

「んっ―――」

 

 アムロの意識が夢から現実に戻っていく。
 ―――きっと酷い夢を見たのだろう。だから眠っていたはずなのにこんなに疲れている。
 そう考えている間にも徐々にアムロ・レイという輪郭がはっきりしていく。

 

「…………!!」

 

 勢いよくベットから跳ね起きる。
 アムロの寝惚けていた意識が瞬時にクリアなものとなった。

 

「―――っ!!」

 

 左腕に刺すような痛みを覚えた。
 アムロの腕に刺さっていた点滴が無理に引っ張られていたのだ。
 点滴を乱暴に引き抜くとアムロは周囲を見渡す。
 味もそっけもない室内。ほのかに漂う消毒液のにおい。
 すぐに今、自分が病院の一室にいるのだと気づいた。

 

「・・・僕は、一体・・・・・・?」
「あっ!!目覚められたのですね」

 

 急に部屋の扉が開きナース服を着た女性が入ってくる。
 金髪でスレンダーな中々の美人だった。
 アムロはとっさに声を出そうとしたがしわがれた音しか出てこなかった。

 
 
 

「ここは病院です。あなたはこちらに運ばれてからもう何日も眠り続けていたんですよ」

 

 困惑していたのが顔に出ていた様だ。
 そう言いながら看護婦は水の入った紙コップを差し出してくる。
 受け取るとアムロは一気にそれを飲み干した。乾いていた喉に水が染み入る感じが心地よかった。

 

「それでは、先生を呼んできますね」
「・・・ちょっと待ってくれ」

 

 アムロは今度はハッキリと声を発して、部屋を出ようとした看護婦を引き止めた。

 

「なんでしょうか?」
「あ。いや、すみません。運ばれてから何日も眠っていたって?それじゃあ今日は?」
「今日は確か・・・3月3日のはずです」
「えっ―――?」

 

 3月3日だって。計算がちっとも合わない。アムロはそう思った。
 ここに来るまで自分は病院をたらい回しにでもされたのだろうかとも思ったが
 看護婦の言い方からするとそうも思えなかった。
 アムロが答えを聞いて固まっている間に看護婦は部屋を出て行ってしまっていた。
 この時、アムロの神経は寝起きだった事もあり散漫になっていた。
 そのためあまりにもタイミングよく看護婦が来たこと。
 そして看護婦からは足音が全く聞こえなかった事にも何の疑問も持つ事はなかった。

 

 ―――対象が目を覚ましました。―――はい。様子からすると現状を認識できていない模様です。
 ―――はい。それではターミナルを渡し反応を見ることにします。

 
 

 デトロイト。本社ビル最上階。
 そこでアズラエルは解析チームから『残骸』の報告書を呼び出していた。
 もちろん、これはトップデータでありアズラエルを含めた極少数の人間だけが
 呼び出せるバージョンだった。

 

 ≪発見された『残骸』に関する報告―――
 まず、対象はモビルスーツのものである事は間違い無いと判断。
 しかし、全体を未知の素材で構成しており、
 その素材は現存するあらゆる金属よりも硬く軽いものであると確認される。
 コクピットはブロック化され全周囲をカバーできるモニターを内蔵。
 用途不明の機器も多数確認。
 動力に至っては信じがたい事ながら『核融合炉』と推察。
 ただし融解寸前の状態で停止した形跡があり完全に機能を停止。
 核融合反応を閉じ込めるのに未知の技術が使われていたものと思われるため現状修復は不可能と判断。
 ソフトウェアはほぼ完全に散逸。現在サルベージを―――≫

 

 報告書を端的にまとめてしまうとこのような感じだ。
 すでにアズラエルは、この『正体不明のモビルスーツ』がザフト製であるという可能性を己の思考から完全に消していた。
 あまりにオーバーテクノロジーに過ぎる。
 もし、コーディネイターがこれを開発・生産をしているのだとすれば
 この戦争はとっくに決着をみていることは疑いなかった。

 
 
 

「まさか未来から来た。なんていうんじゃないでしょうねぇ・・・・・・」

 

 アズラエルはそうつぶやいた。
 人工物である事は間違いないのに素材すら全く未知のものなのだ。そう思いたくもなる。
 それも無理のない事だった。
 ≪ガンダリウム合金≫、≪リニアシート≫、≪サイコミュ≫
 本来、この世界に存在し得ないものばかりであったのだから―――

 

「やはり『彼ら』に黙っていて正解でしたね。これは・・・・・・」

 

 アズラエルはこの件について全てを極秘裏に行なっていた。
 軍上層部にはもちろんのこと、彼が所属している『軍産複合体』に対しても徹底して情報を隠匿していたのである。
 それは初めに連絡を受けたときから彼自身そうしなけれはいけないと考えたからだ。

 

 ―――彼、ムルタ・アズラエルは『アズラエル財閥の御曹司』という肩書きだけで
 今の地位まで駆け上ってきた訳ではない。
 若干29歳にして、『国防産業連合理事』の任にあるのは
 アズラエルの経営者としての才幹によるところが大なのだ。
 そしてそのアズラエルの直感は今回のこの件に他者を関わらせてはいけないと告げていた。
 結果的にその判断は正しかったといえる。
 連合に知られれば彼らの情報統制能力の甘さからしても何れザフトに洩れていたのは明白だったろうし、
 他の『ロゴス』の幹部。特にロード・ジブリールなど何をするか解かったものではなかっただろう。

 
 

「会ってみたいものですね。このモビルスーツのパイロット君に」

 

 アズラエルのなかでその欲求は日に日に高まっていった。

 
 
 

 アズラエルが報告を見て感嘆としていたちょうどその頃
 アムロは貸し出されたコンピュータ・ターミナルから
 いくつかのインデックスを開き愕然としていた。
 コズミック・イラ暦。ジョージ・グレンの告白。コーディネイター。
 自分の知らない単語が羅列されているのだ。
 一年戦争やグリプスの事など一行も載っていやしない。

 

「ははは・・・・・・」

 

 アムロの口から乾いた笑いがこぼれ始めた。
 奇妙な事にモビルスーツという単語はすぐに見つかった。
 この世界にも存在しているようだ。兵器としての名称まで同じだった。
 姿を見ると頭部のモノアイがジオンのモビルスーツを連想させた。
 まるで悪い冗談のようだ。
 アムロはそう思った。

 

 ―――『この世界』でのあなたの役目はもう終っているの。

 

 ララァの言った台詞が思い出される。

 

 ―――つまりもう僕は用済みになったって事かい?ララァ。

 

 ララァの言葉をアムロはこの時、自虐的にそう捉えた。
 帰った時用に取っておいた冷凍ストロベリーも無駄になってしまったな。
 何故かそんな事を考えている自分が可笑しくてたまらない。

 

「ははは・・・・・・。ははははは・・・・・・。」

 

 乾いた笑い声は空しく病室を流れていった。
 アムロ・レイはこの日『帰れる場所』を喪ったのだ。