SSA_400氏_第9話

Last-modified: 2008-03-03 (月) 23:45:48

『何と戦わねばならないのか、戦争は難しいですわね・・・』

 

 ラクス・クラインが別れの際に残していった台詞を思い返しながら
 アスラン・ザラは彼女の搭乗するシャトルがヴェサリウスから離れゆくのを見つめていた。
 アスランがザフトの兵士となった動機は血のバレンタインで母を殺したナチュラルに対する怒りだ。
 それが間違っている事なのか正しい事なのかは彼自身よくは分かってはいない。

 

 ――『敵』と戦う。それが戦争だ・・・だが・・・

 

 ラクスの言葉は揺れ動くアスランの認識の揺れ幅をさらに広げていた。

 

「何と戦わねば・・・か」

 

 アスランの背後で発せられたクルーゼの声に彼は思考を中断させる。

 

「イザークの事は聞いたか?」
「あ、はい・・・」

 

 クルーゼの言はアスランと同じく彼の部下でありGAT-X-102 デュエルを駆るパイロットでもあるイザーク・ジュールが先の戦闘で負傷を負った事を指していた。
 この事実はアスランの迷いをさらに混沌としたものにさせている。
 何故ならばイザークに傷を負わせたのは彼らが唯一奪取出来なかった機体
 GAT-X-105 ストライクのパイロット、キラ・ヤマトはアスランの幼年学校時代の友だったのだ。

 

「ストライク、討たねば次に撃たれるのは君かも知れんぞ」

 

 クルーゼはそう言い残すとアスランに背を向け去っていった。
 アスランは一人、窓に映りこむ自分を睨みつける。

 

『次に戦う時は俺がお前を討つ!!』

 

 ラクスの引渡しの際に自分がキラに放った言葉だ。
 だが、その言とは裏腹に彼は未だに迷い続けている。

 

 ――ミゲルを殺して、仲間を傷つけた。お前は俺達の・・・俺の敵だ、敵なんだ・・・

 

 突きつけられる非情な現実はアスランに重く圧しかかっていた。

 
 

 ――やはり、今回はストライクにアスランをあてるのは危険か。

 

 クルーゼは薬を服用しつつターミナルを操作しアスランの戦闘記録を引き出す。
 もっとも、データなどを見なくてもアスランの酷さは目に見えて明らかではあったのだが。
 ヘリオポリスの一件以来、ともすれば仲間を危険に追い込みかねない程に今のアスランは精彩を欠いている。
 ストライクのパイロットに対する情がアスランの能力と判断を縛っているのだ。
 このままの状態でストライクと交戦させてもロクな結果に繋がらないであろう事は自明の理といえた。

 

「幼い頃の友人であった者が敵となって現れたのだ。
 気持ちは解からんでもないがな・・・確かキラ・ヤマトだったか・・・キラ?」

 

 "キラ"という単語にクルーゼは一瞬だが引っかかるモノを感じた。
 それは彼の出生にも深く関わるモノの名だ。
 遺伝子を玩具とした人の欲望の結晶、数多の犠牲の果てに生み出された痴人の夢に与えられた名称だ。
 そして、その"夢のたったひとり"を造る過程において資金調達のためだけに造られたのは――

 

 ――いや、まさか、な・・・

 

 クルーゼ隊のエースだったミゲル・アイマンがやられたのはストライクとジンの機体性能の差によるところも大きかったのだが
 同じ連合製モビルスーツのデュエルを駆るイザークに傷を負わせた経緯を確認するにつれクルーゼはストライクのパイロット、キラ・ヤマトの急激な成長と爆発力を感じた。
 そして、その事実と"キラ"という名は一つの疑念となりクルーゼの思考に割り込んでくる。
 もし、キラ・ヤマトが"そうなのだとしたら"あまりにも数奇な運命だといえるがクルーゼは己の考えを愚かなものだと断じ思考の隅に追いやる事にした。
 運命だ、遺伝子だ、などというのは彼の友人だった男の領分であり今は眼前に迫る戦いに集中せねばならない時なのだ。
 彼自身の目的のためにも。

 
 

「それにしてもイザーク・・・功を焦ったのか?全く救えんな・・・」

 

 負傷したイザークに対してクルーゼはそう吐き捨てた。
 クルーゼ等が足付きと呼ぶ戦艦――アークエンジェルと月艦隊(第8艦隊)の合流を見越したクルーゼはヘリオポリス崩壊の件で開かれた査問会のためにプラントに帰還した際に 他の精鋭部隊を指揮下に加えまもなくイザーク達のローラシア級戦艦ガモフとも合流する予定だった。
 これはアークエンジェル自体よりも月から引き寄せられるであろう艦隊の覆滅に重点を置いたためである。
 ラクス・クラインの捜索などアスランと艦の一つも残してやればいいとクルーゼは考えていたのだ。
 結局はラクス・クライン救助の一件でアークエンジェルを墜とす好機を逸するというミスはあったもののアークエンジェルに合流しようとしていたと思われる敵部隊の存在を考えても状況が自身の計算通りに動いているとクルーゼは確信を持っていた。

 

 ――読めなかったのは敵ではなく味方の動きだったとは・・・そうそううまくは行かぬものだな。

 

 イザーク達が独断で仕掛けた戦闘は奇襲と言えば聞こえは良いがクルーゼにしてみれば彼我の戦力・状況を見誤った暴走に等しいものだった。
 成功など望むべくも無い。

 

 士官学校の成績優秀者トップ10位以内のものに与えられる"赤"を纏うだけありアスラン・ザラ、イザーク・ジュール、ディアッカ・エルスマン、ニコル・アマルフィ
 この四名はいずれも戦闘能力、才能において見るべきものがあるのだがそれゆえの驕り、そして若さゆえの精神の揺らぎなど多くの不安要素も内包していた。
 アスランにしろイザークにしろ士官学校の促成栽培、経験不足等が起因し個人の勇はともかく兵としては未熟だった。

 

「だが、ここはザラ国防委員長殿のためにも勝っておかなくてはな」

 

 軍事上の勝利は麻薬に似ている。 
 今大戦が始まって以来、プラントは圧倒的物量差を覆し多くの勝利を重ねてきた。
 その甘やかな麻薬は確実にプラントの市民の心を蝕みさらなる勝利を人々は貪欲に求めるようになっていった。
 結果、プラントでは強硬路線を取るパトリック・ザラの支持は日に日に増している。
 いっぽう、慎重論を唱えるシーゲル・クラインの言葉に耳を貸す者はもはや多くはない。
 エイプリルフール・クライシスの真相を隠し正式な軍事行動として発表してしまった時点で彼の言葉は説得力を失っているのだ。
 今さら強硬派を抑えきれなかったためなどと言っても言い訳にはならない。
 この情勢においては次の勝利を求め唱える者は勇者として讃えられ慎重論を唱える者は臆病者として断ぜられる。
 ここで勝利を得ればその勢いはさらに加速を増す事になるだろう。
 一見、事態はパトリック・ザラの思惑通りに進んでいるかの様に見えるがそうではない。
 全てはクルーゼの意思に従っているのである。

 
 

「ん・・・」

 

 アムロは唸り、瞬きをすると無重力用のシュラーフのシールを開くと首をグルグル回しそのままシャワールームへと流れていく。

 

 ――随分、眠ってしまった様だな。まあ、仕方ないか・・・

 

 Mk-Ⅱを突貫工事で完成させた後、先に出立した第8艦隊との合流のための準備とこのところロクに睡眠の取れない日々が続いていたのだ。
 アムロが意識を覚醒させるために熱めのシャワーを噴出させると床からはそのシャワーを吸引するためのバキュームが耳障りな唸りをあげた。
 そうしている内にブリッジからコールが鳴る。

 

「なんだ?」
「第8艦隊とまもなく合流します。ブリッジまであがってください」
「分かった。すぐに行く」

 

 アムロは濡れた髪をタオルで叩きながらシャワールームを飛び出すと白の軍服に袖を通し部屋を後にする。

 

「おはようございますアムロ大尉。よく眠れましたか?」
「ああ、おかげさまでね」

 

 『主任』と挨拶を交わすとアムロの目線は前面のモニターに移る。

 

「ガンダムの次はペガサス級戦艦か・・・」

 

 アークエンジェルの艦影を確認するとアムロは思わずそう呟いた。

 

「乗船の許可はもう取れているんだろう?」
「ええ、ザフトの艦隊も近付いています。急ぎましょう」

 
 

 今回、アムロ達が時間を圧して第8艦隊と合流したのには事情がある。
 ヘリオポリス崩壊後にアークエンジェル、そして唯一残されたモビルスーツGAT-X-105 ストライクはザフトのモビルスーツ、そして他のG兵器と幾度も交戦しここまで辿り着いた。
 その際に得られたストライクの実働データ及びデュエル、バスター、イージス、ブリッツとの 戦闘記録は現在の連合にとっては万金の値があるものであり万に一つも失われるような事があってはならない。
 そこで、アムロ達が第8艦隊支援を口実にデータ回収のために来たという訳だ。

 

「ハルバートン提督からはきっと歓迎はされませんよ」
「俺達はさしずめ招かれざる客ってところか」
「まあ、有体に言えばそういうことなんでしょうね」

 

 アムロの歯に衣着せぬ言い回しに苦笑しながら『主任』は答えた。
 今回のG奪取というハルバートンの失態は反ブルーコスモス派閥の発言力を低下させておりすでに内部に亀裂が入り始めているという情報も流れている。
 事態がハルバートンに好ましからざる方向へ推移しているなかでハルバートンに残った唯一の功績を掠め取らんと現れたアムロ達だ。
 歓迎されるわけが無い。

 

「ランチの準備はもう出来ているんだろう?」
「はい、Mk-Ⅱは?」
「念のためそちらも頼む、セブン達にも準備させておいてくれ」

 

 了解したと敬礼し目の前を流れた『主任』の紺色の髪はアムロに前の世界で恋人関係にあったチェーン・アギを連想させた。

 

 ――大丈夫だ、ラー・カイラムは健在だった。きっと無事なはずだ・・・

 

 二度とは会えないだろうし自分はおそらく戦死扱いだとアムロは考えていた。
 自分の事などに引き摺られず幸せになってくれればそれに勝るものはないとアムロはそれだけを強く願った。

 
 

「そう、センサー系はフジヤマ社と共同で。あそこの技術力は僕も一目置いていますから。日程は・・・」

 

 アムロが第8艦隊と合流していた頃、アズラエルは多くの案件を処理していた。
 モビルスーツ開発計画で得られた技術は多くの権益をもたらしていたが、だからといってその成果に浸るゆとりなどアズラエルにはありはしない。
 今回の一件で協力を仰いだ者達には目に見える形で報いる必要があり、さらにパナマで進められている量産機開発、そして新型機製造・技術研究の手配などやらねばならぬ事は山積していた。

 

「やれやれ・・・」

 

 ようやくひと段落つくと備えつきの冷蔵庫から栄養ドリンクを取り出し一気に飲み干した。
 アズラエルはその珍妙な味にややゲンナリしながら連合宇宙軍の最新データを引き出す。

 

「軌道上での戦闘ねぇ」

 

 月より出立した第8艦隊であったが今日に到るまでに多くの将兵を失い今では訓練もまともに行っていない様な新兵ぞろいである。
 ハルバートンも数だけは揃えた様だがザフトがGをも投入するという事実はアズラエルに敗北を予感させるには充分だった。
 戦艦主砲クラスの貫通力を有すビーム兵器をモビルスーツが得たという事実がなにを意味するのか想像出来る人間はそう多くは無い。
 このような状況にあって司令部が援軍をまともに送れないのは月の守りも無論ではあるが彼我戦力の見積もりの楽観視、そして地球の窮状が関係していた。
 連合軍は宇宙だけではなく地球でもザフトに敗北を重ねておりすでにビクトリア基地が陥落寸前であるとの報もある。
 このような状況にあって優秀な人材が地球に集められ宇宙軍はその煽りを受けているのだ。
 連合司令部のこの行動は計算によるものではなく自己保身と恐怖心によるものなのだから
 実に救いようが無いと言える。

 

「これは負けるかな・・・ハルバートンはむしろ退場してくれた方が好都合だけど」

 

 軍内部では今回の失態で反ブルーコスモス派閥にすら白眼視されG計画からも外す予定だ。
 たとえ生き長らえたとしてもアズラエルにとっては最早、価値の無い人間である。
 問題はデータ回収のためにローレンツ・クレーター基地を出立したアムロ達だ。
 理想としては出撃許可の下りないまま安全な位置で静観しつつ後退というのが良いのだがアムロの人となりを考えるにやる時は勝手にやってしまいかねない。

 

 ――無茶はしないでくださいよ。死ぬには馬鹿馬鹿し過ぎる戦いだ。

 
 

「アークエンジェル艦長マリュー・ラミアスです」
「副艦長ナタル・バジルール少尉であります」
「第3特務師団所属アムロ・レイ大尉だ、早速で悪いが――」

 

 アムロはマリュー達と簡潔に挨拶を済ませるとストライクのデータ回収のためスタッフを伴いモビルスーツ・デッキに移動する。
 マリューの硬化した態度からしてもやはり歓迎はされていない様だった。 

 

「あのアムロ・レイが来たんだって?」
「アムロ・レイって柏葉付のあのアムロ・レイか?」
「そうそう、我らが連合の『白き流星』殿だ」

 

 アークエンジェルのクルーらは突然の来訪者であるアムロ達について彼らの知りえる情報を出し合っていた。
 『白き流星』『新星の英雄』『オークスター勲章(柏葉付勲章)授与者』
 軍の喧伝もあり並べ立てれば実に豪勢なものだった。

 

「でも、主義者なんだろ?確か・・・」
「本人はブルーコスモスじゃあ無いって聞いたぜ?」
「じゃあ、なんでムルタ・アズラエルの手駒なんかやってんだよ?」
「んなこと、知るかよ」
「それより聞いたか?あの人モビルスーツ扱えるらしいぜ?」

 

 彼らの内の一人が発した言葉に他のクルー、そして偶然通りかかった影が足を止め聞き耳を立てる。

 

「まてよ、アムロ・レイってナチュラルだよな?」
「月じゃあ、俺達のよりもOSとか進んでいるって話だぜ」
「それじゃあ、もしかしたらウチに来てくれるかOS譲ってくれるかしてくれるかもな」
「そりゃ良いや、あの坊主も降りる事だし――」

 

 そこまで聞くと影――フレイ・アルスターは通路を流れていった。

 
 

「すみません、アムロ・レイ大尉・・・ですよね」

 

 急に引き止められ声の方向に顔を向けるとそこにはピンク色の軍服を着た赤髪の少女が立っていた。

 

「そうだが、君は?」
「わ、私、フレイ・アルスターと言います」

 

 フレイはアムロの顔を何度かTVのドキュメント番組で見ていたが想像していたよりもずっと柔らかな雰囲気を感じた。
 その感触は決して不快なものではない。

 

「あの、大尉がその、アークエンジェルに来てくれるかもって話を聞いて・・・その・・・」

 

 彼らは厳しい道程を越えて此処まで来たのだ。
 きっと、補充の要員を欲しいところなのだろうとアムロは解釈した。

 

「俺はこの艦に搭乗する命令は受けていないんだ、すまない」

 

 フレイの期待を裏切る事しか自分には言えないと思いアムロは謝罪と共にそう答えた。

 

「そう・・・ですか」

 

 ――彼女は安堵しているのか?

 

 フレイの一瞬の表情の変化をアムロは見逃さなかった。
 直後、自分を呼ぶスタッフ達に顔を向け再び見やった時にはフレイの姿は消えていた。

 

 ――新しいモビルスーツのパイロットは来ない・・・これなら・・・

 

 シナリオに変更は無い事を確認したフレイは一人暗い笑みを浮かべると次の段取りのための準備を始めた。

 
 

「報告には聞いていたが凄いな・・・」

 

 アムロはストライクのOSを確認していた。
 ストライクのOSはコーディネイターの少年――キラがカスタマイズしたものだったが操縦系が繁雑すぎる上に癖が強く常人には酷く扱い辛い代物になっていた。
 パイロットが使いこなせれば高い性能を引き出せるといったこのOSはアムロ達のアプローチとは真逆に位置するものと考えて良かった。

 

「それじゃあ、後は任せる――んっ?」

 

 後の作業をスタッフらに任せコクピットから出たアムロの目に遠くから様子を眺めていた少年の姿が止まる。

 

 ――彼がストライクのパイロットか・・・

 

 アムロにはその少年がキラ・ヤマトであるとすぐに分かった。
 この辺の感覚はアムロ自身説明しづらいものなのであるのだが。

 

「君がキラ・ヤマト君か?」
「あ、はい。あの、あなたは・・・?」

 

 アムロは名を名乗るとキラの様子を窺いつつ会話を始めた。
 疲弊した精神、苦しみを抱えた瞳。そして戦闘者として顕在しつつある感覚。
 それは年頃の少年が纏って良いものではなかった。

 

 ――子供が戦争に・・・どの世界でも同じだというのか。

 

 大人が始めた戦争に子供が巻き込まれる。
 それはアムロが幾度も体験し続けてきた事だ。
 グリプス戦役ではカミーユ・ビダン、カツ・コバヤシを
 そして、シャアとの戦いではクェス・パラヤ、ハサウェイ・ノアを。
 彼らが押し寄せる戦争の中を自分の意思で必死に戦ったのは分かる。
 だが、それでもそのような時代しか作れない無力は自分達大人の責任なのだ。

 

「アムロ大尉・・・」
「あ、いや、なんでもない」

 

 酷く辛そうなアムロの様子を心配したキラに無理やり笑みを作って答えた。

 

「君はこの艦を降りるんだろう?」
「はい・・・僕は・・・」

 

 何処かすまなそうな様子のキラにアムロは、

 

「君は今まで必死で頑張ってきたんだ。これ以上戦争に深入りしてはいけない」
「アムロ大尉・・・」
「後は俺達、大人に任せてくれ。だから戦争は早く忘れて日常に戻るんだ」

 

 アムロはキラが優れた資質を持っている事に気付いていたが
 才能が必ずしもその人間を良い方向へ導く訳ではない事も知っていた。
 戦争の中で"取り返しのつかない事"になってからでは遅いのだ。

 

「あ、ありがとうございます。だけど・・・僕は」
「君が何を悩んでいるかは大体解かるつもりだ。だが、このままじゃ君は――」
「キラ君!!」

 

 突如、悲鳴に近い叫びがモビルスーツ・デッキに響き渡った。
 そして、マリューは必死の形相でアムロ達の前に駆け出してきた。

 
 

「アムロ大尉、あなたの用はもう済んだはずです!!その子に一体――」

 

 マリューはアムロを睨みながら威圧を含んだ声を発する。
 マリューから見ればアムロはブルーコスモスの人間だ。
 そしてブルーコスモスがキラに目をつけるという事などマリューには到底許容できる事ではなかった。
 ブルーコスモスがコーディネイターにしてきた所業を考えればその先には漆黒以外の何物も無いからだ。

 

「止めてくださいラミアス大尉、アムロ大尉とはただ話をしていただけです!!」
「いや、確かに長居をし過ぎたみたいだ、すまなかった。キラ、こんな時代だが強く生きてくれよ」

 

 アムロはキラを制し別れを言うとそのままその場を後にした。

 

 この後、キラはアムロの言葉とは裏腹に戦火の中へと歩んでいく事になる。
 そしてアムロも後にキラと戦場で再会する事になるなど今は想像もしていなかった。

 
 

「おい、ちょっと待ってくれ」

 

 モビルスーツ・デッキを出てすぐに金髪、碧眼の青年がアムロを引きとめる。
 アムロが振り向くとすぐに敬礼の姿勢をとり、

 

「ムウ・ラ・フラガ大尉だ。『白き流星』殿」

 

 その名はアムロも聞き覚えがあった。
 エンデュミオン・クレーターでの戦闘でジン5機を撃墜し生還を果たした
 『エンデュミオンの鷹』の異名を持つエースパイロットだ。

 

「アンタとは会う機会があったら一度は話をしてみたいと思っていたんだ」
「『エンデュミオンの鷹』にそう思われていたとは光栄だな」
「おっ・・・反撃かぁ?」

 

 ムウという男の気さくな雰囲気にアムロもワザと大仰な言葉で返礼をした。
 少し、アズラエルの影響を受けているのかもしれない。

 

「全くお互い"流星"だの"鷹"だの肩が凝ってしょうがないよな」
「ああ、全く同感だ」

 

 ムウにはアムロがブルーコスモス思想に凝り固まった人間には見えなかった。
 それは感覚的なものであったが実際に話してみて得た感触から自分の勘は正しかったとムウは判断した。

 
 

「――ああ、ところで用件はなんだ、フラガ大尉?」
「あ~いや、俺が言うのも筋違いだとは思うんだが――」

 

 モビルアーマーの事や今までの戦いなどの話に花を咲かせてからアムロはムウ本題を促した。
 ムウは少しバツが悪そうに頭を掻き毟ると、

 

「ラミアス艦長、普段は結構優しい人なんだ。だからその、悪く思わないでやって欲しいんだよ」
「ああ、それくらいは分かっているさ」

 

 マリューの行動がキラを守ろうとしたものであることが分からぬ程アムロは狭量ではない。
 そしてムウのこの行動にアムロは好感を持った。

 

「そうか助かる。・・・ところでアムロ大尉は今からの戦闘参加するのか?ザフトが近付いているんだろう」
「申請はしているが芳しくないみたいだ。俺達は命令系統が違うイレギュラーだからな。それに・・・」
「ブルーコスモス閥だから・・・か?」
「ああ・・・」

 

 アムロは苦笑を浮かべながらムウの言葉を肯定する。

 

「ハルバートン提督もあれで派閥をキッチリ区別する方だからなぁ。
 まあ、利害云々というよりは潔癖性って奴なんだろうけどな」

 

 あまりの馬鹿馬鹿しさにムウはそう半ば呆れながらそう吐き捨てた。
 軍内の諍いに巻き込まれるためにパイロットになった訳ではないと言いたげだった。

 

「なあ、こんな事で――」

 

 ムウは口走りそうになった台詞を止めると大きく息を吐く。
 アムロはその事には触れずに手を差し出す。

 

「じゃあ、俺はそろそろ戻る時間だ。大尉と話せて良かった」
「ああ、俺も――ッ!?」

 
 

 ――これは!?

 

 差し出されたアムロの手を握り返した瞬間、ムウは周囲に宇宙のイメージを一瞬見た。
 瞬きをするとすぐにそれは掻き消えムウは頭を振った。

 

「どうした?」
「あ・・・いや・・・なんでもないんだ」

 

 ――幻覚・・・だったのか?

 

「本当に大丈夫か?」
「ちょっと疲れが出て立ちくらみってトコさ。俺も歳なのかねぇ」

 

 ムウは半ば誤魔化す様に明るい口調でそう言った。

 

「アムロ大尉、そろそろランチ行きます」
「ああ、分かった」

 

 自分を呼びに来たスタッフにアムロは答えるとムウに向かい軽く敬礼する。

 

「地球で会ったら一緒に酒でも飲もう。だからそれまで生き残れよ!!」
「ああ、お互いな!!」

 

 こうして、アムロ・レイはアークエンジェルを後にした。
 後に自分と彼らを待ち受ける数奇な運命などニュータイプといえど知るよしも無い。

 
 

 『新星攻防戦』以来の大規模戦闘の始まりが刻一刻と迫る中、星だけは変わらずに瞬き続けていた。