STSCE_第10話

Last-modified: 2008-09-08 (月) 19:05:41

何処まで行けば、人は満足できるのか?

 

そんなものに、答えなんてありえない。

 

男の目の前のモニターに広がる戦火がその結果だと言うのなら、人はなんと罪深きものなのだろう。
無論、これだけでは飽き足らないという事も兼ねて。

 

「そう思うだろう、君も?」

 

届くはずもない戯言を、口ずさんだ彼は、シンが後に大きく関わってくるある事柄の発端者。
 

 

ザクのフライトタイプ、パイロットであるティアナは咆哮と共に敵モビルスーツを撃つ。
もう何機目かわからないが、この状況。 生き残るためには一人当たりの撃墜数は相当数必要である。
「辛いわね、これだけの数」
わかりきった事を呟く。
もう何度言ったかもわからないし、今言ったのが初めてかもしれないし。 それほどに、切羽詰っていた。

 

それに、あの機体。
フリーダムと呼ばれる、蒼天の剣。

 

「ヤキン・ドゥーエの亡霊が!!」
位置取りは完璧、だったはずなのに。
フリーダムはロックオンされたことに気づき、急接近。 武器を切り払う。
ティアナは即座に振り返り、突然の事ながら応戦体勢をとる。
脚部に装備されたミサイルポッドをふかす。 が、全弾を避けられ、さらには接近までもを許してしまう。
「しまッ!?」
距離をとろうと試みるが、それを許すフリーダムではなく、ザクの性能もそこまで高くはない。
次に状況を冷静に判断できるときには、ザクは既に海面に叩きつけられようとしていた……。
 

 

「ティア!! くッ!?」
気を取られたところを敵に襲われ、何とか防ぐスバル。
ティアナ見、心配するスバルも、敵がいてはなんとも出来ない。 そこを突破できない。
どうか、無事で。
そう思うことしか。

 

身体に巻きつくコードは、少々鬱陶しくもあるし、暑い。
しかし、それ故に彼女の反応速度は常人を遥かに凌いでいる。
だから、スバルは負けることはない。

 

そう思えるから、彼女は他人を心配できるのだ。
しかし、それはある一つの条件の元に成り立つものだ。

 

つまり、それが普通の相手なら……。

 

きちんと熱源など、全ての情報を流し込みながら戦っていたスバルが、補足出来ないような、特殊な相手だっている。
レイストームという名を持つ、銀色のモビルスーツ。
スバルの背後に現れた、そのスバルすら感知できないようなステルス機能を持つ機体。
それが。
「…プリズナーボクス」
その機体の持つ能力が、スバルを捕らえる……。
 

 

『シン、どうした!?』
追いついてきたセイバーから、インパルスに通信が入る。
丁度、デュートリオンによる補給を終えたところだった。
丁度真っ白い機体が彼の前から“消えた”ばかりなので、フリーダムを肇頭とする、アンノウンの状況はつかめない。
「どうもこうも……。 いや、どうなってるんでしょうね、これは」
爆発もしなかった。
ミラージュコロイドというものもあるが、それとはまた別の機構かもしれない。
「ん、通信?」
『ああ、本当だ』
シンが気づくと、アスランもそれを見る。
互いに話していたのが災いしたのだろう。 それだけ、戦況の把握に混乱していた。
その、内容は、スバルとティアナについて。
『落とされた? あの二人が……。』
「くッ!!」
『な、シン!?』
見た瞬間の行動。
アスランは、ただ、戸惑った。 そして、戦力について考えた。
シンは、ただ、憤りを感じた。 そして、行動すべき道を我武者羅に求めだした。
どちらが何だ、というわけではない。 正しさを説く場合ではない。
しかし、アスランは感じた。
自分の矛盾に。
やっと、気づいた。
いや、矛盾なんて言い方をするようなものではないだろう。
が、それでも、感じること。 思うこと。
多少語弊はあれど、彼等の上司だというのに。
アスランは今、二人が落とされたということよりも、ある二人が敵として戦場に出てきていることに衝撃を受けていた。

 

 
どうにも、感覚が狂う。
地球での戦いなのに、思った以上に戦域が拡大しているように、メイリンは感じる。
その所為でかはわからないが、こちらからの通信無しではシンたちが戦況を把握できていないのだ。
その要因が、わからない。
確かに、メイリンの見ているモニター、計器類はオーブ、地球の両軍との距離を正確に示してはいる。
しかし、それではない何かを、感じる。
艦が進もうとしないとか、後退しているとか、そういうのではなく。
そして、思う。
戦場が広がれば、即ち、乱入するような人間にとっては好都合なのだと。

 

メイリンが思っていたのは、即ちアークエンジェルのことだった。
しかし、それではない、何か。 つまり、要因。
それがスバルを捕まえたもの。
彼女は今、大きな箱のようなものに捕らえられていた。
それはRキャリバー以上の大きさのものというのだから、相当だ。
それ故に、そんな事を出来るものを特定も出来るのだが。
「まずった、なぁ……。」
一瞬は失望の果てに言葉すら失ったのだが、立ち直った彼女。
計器などは狂いに狂っているし、シンやメイリンには声は届かない。
(プリズナーボクス。 “ナンバー8”か……。)
彼女の特徴を一言で表せば、両性的な顔立ちだった。
スバルがあそこにいたときで、最もナンバーの若い、つまり、当時の最新鋭。
能力は、8つのプリズンドラグーンを飛ばし、敵を包囲するというもの。
囲まれたものは、電気や信号から隔離される。
中からの攻撃だって、それがビーム状である以上避けるべきものだ。
(どうしよう……。)
シンは、気づいてくれているだろうか?
どうしようもなくなって思考の支配下から投げ出されたスバルの両の手は、無意識にその暖かさを求めていた。
 

 

そこへ、向かうシン。
急いでいるというのに、その道は阻まれる。
(なんで、こんなところに展開してるんだよ!?)
そこは、シンが冷静になって少しだけ敵の少ないであろう予測領域を通っていた場所である。
なのに、シンがそこに来るのを見計らったかのように、ウィンダムが何機も迫ってきていた。
「こんな事なら!!」
ビームサーベルだけでは手数が足りず、蹴り飛ばす。
続く言葉、つまり、中央を突破すればよかったという後悔をシンは咄嗟に飲み込み、背後からの攻撃を避ける。
避けたい勢いのまま回転し、蹴りを浴びせる。
本当は切り付けたいところだったが、それは右から迫ってきていた一機にする。
 

 

再度、その光景を見守る男。
彼はインパルスの奮闘を見、それに応えることを決めた。
つまり、その力をここで削る事を。

 

その決定の元に、シンは戦う。
その相手を、決められる。
(なんだ、あの機体?)
シンの目に映った、赤い機体。
どこかRキャリバーを思わせるその、しかし、赤い機体。
色以外の違いは、単独飛行能力か。
それが、シンの元へ迫ってきていた。
(敵、だよな……?)
ウィンダム最後の一機を落とし終え、シンは体勢をそちらへ向ける。
シンの元へ、無傷で向かってくるのならば、衝突を避けるのは不可能だ。
『うおりゃあぁぁぁ!!』
「通信!?」
強制的に開かれたかのように、甲高い咆哮がシンの耳に入ったのはその機体が拳を振り上げ、シンがそれに対応しようとビームサーベルを構えたときだった。
(スバル……? いや、違う!!)
似ている気がした。
けれど、違う。 機体からもわかることだし(シンにはこれにスバルが乗っていないということがわかる確証があるから)、スバルの声を聞き間違えるわけがない。 質ではなく、雰囲気を。
『消えろぉおお!!』
「くそッ、こいつはぁッ!?」
右の拳に向けて、シンはビームサーベルを思い切り叩きつけて叫んだ。
しかし。
「ビームが弾かれた!?」
拳がインパルスの腹を捉える前にシンは全力でインパルスとアンノウンの距離をとる。
『へぇ、避けたか』
とは言え、インパルスの左腕に装備されていたシールドがその大きさを2割ほど縮めていた。
そして、彼女の感心したようで、馬鹿にしているとすぐにわかる声。
余裕からかはわからないが、シンにはそう取れ、それがシンを苛立たせるには十分である事も想像に難くなく。

 

シンはインパルスの両手にビームサーベルを装備させた。
片方の剣が片方の拳に負けるのならば、数がいる。 しかし、これだけではなんともならない事は既にわかっている。 相性の問題だろう。
ならば、敵が猪突猛進に来るならば頭部と胸部のバルカンを、距離をとるのならばこちらのスピードで圧倒すればいい。
出来るかどうかはわからない。 しかし、この未知を相手に使える既知は、そう多くは無い。

 

もう一度、一瞬と待っていた戦いが始まる。
先ずは、シンは距離をとることにした。 中距離戦用のシルエット、それ以上に、敵が超近距離用の機体だったためだ。
拳を打ち込むならば近づかなければならない。 近距離戦をするために。
その場合、インパルスのビームサーベルのほうがリーチは長い。
(確認しないと、機体について)
さっき戦った、なのはの機体。 あれも、武器はビームを弾いた。 短期間に恐ろしい機構を持つ機体にこうも出会うというのも、ぞっとする事であるが。
本体に切り込もうとしたとき、アレを相手にしたら消えた。 なら、こちらの機体は?
本体には効くのかどうか、試す価値はある。

 

案の定、接近する機体。
「馬鹿正直に、こいつはっ!!」
シンは予想通りの行動に満足したが、それだけではなく、ギリギリまでひきつける事にする。
理由は簡単。 スバルと同じ雰囲気を感じたから、だ。 もしもそれが杞憂でなければ、目の前にいるのはシンの反応速度を軽く超えた行動が出来るはず。
そして、斬る。
左のサーベルを案の定殴ってきたそれを、右のサーベルで斬ろうとする。
無論、気づいていたであろう。 しかし、左の段階でインパルスがその頭と胸からバルカンを撃つことは想定外だったと思える。
そのままアンノウンの右腕を奪い、シンはさらに攻撃をしようとする。
しかし、アンノウンが今度は退却を始めた。
どうにも血の気の多そうな相手だった。 だから、その退却の理由は嫌でも考えてしまう。
そして入る通信は、やはりというほかないものだった。
 

 

スバルが連れ去られたと。
そして、ティアナは相変わらず音信不通で。

 

それが、シンが得た二人の現状の情報。

 

先ほど戦っていたアンノウン。 逃げるための時間稼ぎだったのなら、十分に稼げた事だろう。

 

そう思って、シンは主戦場のほうへ戻った。
追いかけたいという気持ちも、探したいという気持ちも押し殺して。
そんな器用な事が出来たのは、たぶん、デュートリオンをコールするメイリンの声が震えていたからだったと思う。
泣き出したかったのか、怖くなったのかはわからないけど、気持ちを奮い立たせてシンに伝聞する彼女の姿勢。
そういうものが、自分を思いとどまらせたのだと、わかる。
今はただ、これ以上に犠牲が出ないように。

 

そしてシンは、モビルアーマー形体になったガイアの背中にある刃を済んでのところで止めていた。
その先にいたのは、ハイネのグフ。
『助かったぜ』
と、聞こえてくる。
シンが主戦場から離れている間に起こったことで、一番大きかったのはセイバーの被弾。
シンは同じくダメージを受けていたハイネにアスランを任せる。
向かい合う敵は、黒い機体で。
どうにも今日はいろんな色の機体を見るな、と思ってしまう。

 

因みに、スバルが居た位置は既にモビルスーツがいなかった。
つまり、逃げられたという事であるのだが、それ以上に。
(最初から、スバルは離れて戦っていたのか?)
無論、ウィンダムやM1タイプはそこにもいたし、スバルは戦っていた。
しかしそれは、そこにスバルがいたからであって、今は何もない。 能動的にそこへ向かった敵なんて、いないのだ。
(なんで、一人で……!)
通い合った心と心。 そんな恥ずかしい事を言うつもりはないが、確かに協力できると思っていた。
なのに、一人で突っ走って、こんなことになって。
怒りを覚えるよりも、嘆かれるは己が非力。
本当のところ、彼女がどう考えたかなどはわからない。
それでも、自分は力になりたかった。
求めていたものと目指すものが一致した気がしていた。
 

 

インパルスとガイアが戦いを始めた、その時。
広がった戦場から、一つの勢力が撤退を始めていた。
それは、アークエンジェル。
タンホイザーを破壊された事でミネルバがオーブ軍人を一斉に殺してしまう事もなくなったし、オーブ側の指揮官も己の甘さを知っただろう。
オーブ軍は旗艦を失い、何人かがアークエンジェルと合流したくらいだ。
それに、一つ気になる事があった。
「大丈夫だった?」
キラは先に戻っていたなのはに問いかける。
「うん、もちろん。 びっくりしたけど、『シノノメ』は無傷だよ」
シノノメとは。 前回の大戦で、なのはがオーブから受領したモビルスーツの名前。
真っ白で、ビーム兵器の無効化装甲を全身に纏った機体であった。
ただ、当時の技術力でその能力を常に出し続ける事はエネルギー的に不可能で、なのははガードしたい場所へだけエネルギーを送り込む技量が必要だった。

 

なんて、機体説明はこの辺で。

 

少し、アークエンジェルでは変わったことが起こっていた。

 

「捕虜?」
なのはの無事を一通り確認した後、キラが言った言葉に驚かされる。
先ほどの戦いでそんな事が出来るとは思わなかったし、捕虜を受け入れることも意外だった。
「と、いうより。 単に落ちてきたモビルスーツなんだけどね」
アークエンジェルの上に。
それを見たキラが、仕方なくフリーダムで運んだのだ。
「パイロットは女の子だった。
 とりあえず鍵付きの部屋に入ってもらったけど、どうしようか?」
どうって……。 なのはは悩み、自分に決定権などないだろうしとも思う。
「その子は、ザフトの人。 なんだよね?」
「うん、そうだね」
なのはの問いに首肯するキラ。
ならば、と、なのははやりたい事を思いつく。 聞きたい事を。
「少し、話をさせてもらっても良いかな?」
「うん、良いよ」

 

戦場。
ミネルバの戦力は、インパルスとザクが二機になっていた。
グフとセイバーの修理が間に合うかどうか、シンにはわからない。
しかし、当てには出来ないだろう。 ガイアを目前に収めながら、踏込む事が出来ずにシンは腹を立てる。
レイとルナは健在だ。 その事が支えにもなる。
駆け出したいような焦燥感も、抑えられる。
今の相手は――。
「お前だッ!!」
モビルスーツ形体に移行したガイアに斬りかかる。
しかし、速さを捨てたその形体ならば、防ぐ手段は幾つもあって。
今回は、同じように引き抜いたビームサーベル。
閃光が走り、シンは自分が疲れを感じていることを自覚する。 目を開くのが億劫になっていた。
思い返せば、既にエネルギーは2度底をつきかけて、今またアラートがなっている。
しかし。
(なんだ、この感じ……?)
身体が重い。 心臓が押しつぶされるような感覚。
気がつけば、そこまで迫っているガイア。
(動け、動け…何で!?)
何とか回避すれば、追撃の準備は万端で。
「ッ……!!」
衝撃が走る。 その威力にシンは何とか耐えて、ガイアを見据える。
(駄目だ、まだ……!?)
自分の身に何が起こっているのかは定かでないが、寒気のようなものもある。
風邪かとも思ったが、そんな軽いものでもなさそうだ。
『“モビルスーツ”ノ基本姿勢ヲ空中ニ最適化』
「なんだ……?」
霞む目でモニターを見る。 それと同時に、目が霞むほどの消耗にも驚くのだが。
コックピット内が変色するほどに、赤く発光していた。
『敵ヲ“ガイア”ニ設定。 イキマス』

 

行きます。
生きます。
逝きます。

 

突如聞こえ始めた機械的な声。 それが何を示していたのかは知らない。
しかし。
「俺は……。 生き残る!!」
操縦を握る。
その瞬間、機械的な声と、コックピット内の変色は止まった。
さらには、感じていただるさや寒気まで。
ビームサーベルを持って迫ってきていた右腕を逆に斬り返し、シンはインパルスを完全なコントロールを得る。
その一瞬まで。 まるで何者かに操られるかのように。 この機体は、ガイアの攻撃を避けていたのだった。

 

敵がガイアであることは変わらない。 しかし、なんとなく気持ちが悪い。
(今の機械音、いったい……。)
そして、自身に起きた謎の現象。 関連性があるのなら、自分は少し何かを考えるべきなのかもしれない。
 

 

戦場は収縮し、ついにオーブ地球連合軍は撤退していった。
一番の要因がミネルバを撃った機体の存在なのだから、気分は複雑ではあったのだが。
艦長は、そんな感じ。

 

しかし、パイロットたちはもう少し複雑な感情を抱いていた……。
 

 

アスランは、この際省略させていただく。

 

レイも、同じく。

 

ルナマリアは悲しんだ。 二つの犠牲に。

 

そして……。

 

ガン、と、音と共にシンは自分の身体に痛みが走るのを感じた。
「痛い……。」
「…大丈夫か……?」
そんなシンの様子を見て、ハイネは殴ったながらも気にかける。
「訳が分かりませんよ、いきなり殴って……。」
謝るなんて、と、続ける前にシンは倒れこんだ。
「おい!?」
意識はあった。 だから、この理由を知りたかったシンは、言葉を求めた。
それに応え、ハイネはシンを近くの椅子に座らせると、自分も隣に座って話し始めた。
「なんで、俺たちを優先させた?」
シンはその言葉への答えを見つけれなかった。
だから、ハイネが言葉を続ける。
「お前のおかげで生き残れたのは、事実だ。 だけどよ、お前は。
 もっと、優先させるべきものがあったんじゃねぇのか?」
ハイネの言葉をシンは目を瞑り咀嚼した。
そうするとすぐにその意図するところへたどりつき。
「でも、これが一番だって、おもったから」
「んな事を考えるのがお前の仕事かよ?」
ハイネの声は、落ち着いていた。
まるで、優しく諭そうとしているかのような声である。
「どう、すべきだったんだ? 俺に、ハイネやアスランを見捨てろ、って言いたいのか?」
「そうじゃねぇよ。 わかってんだろ、自分自身」
シンの穿った答えに、ハイネはため息混じりにそういった。
確かに、わかっている。 自分は、スバルを助けるために動くのが一番人間的だったのだ、と。
「なんで、追わなかった?」
「追えなかったんです」
今度は、シンはハイネに正直な自分を打ち明けた。
追えなかった。 どうしても、シンはそうできなかった。
それは、本当に、何が一番であるかを冷静に計算していた自分の所為で。
「お前は、そういうタイプに見えなかったんだがな……。」
「自分でも驚いてますよ。 なんで、あんな事が出来たんだろう、って」

 

そして、多分自分はその理由に感づいている。

 

だから、シンにはある一つの事柄が見え始めていた。
そして、それはハイネにも。

 

二人とも、シンがそういう性格でないと、確信していたから。

 

シンを一瞬変えたような何か。
それが、あるのだと。

 

「立てるか?」
「えぇ、まぁ」
気分はよくなってきていた。
しかし、それと共に、胸が痛んでくるのはなんだろう。
その理由に気づく前に、シンはハイネに連れられロッカールームから出た。
レイとルナマリアには会っていないが、恐らくどこかで話しているのだろう。
ハイネもそこに行くのかと思ったのだが、歩いているうちに気がつく。
この順路なら、行く先は……。
「艦長室?」
「あぁ、もう哨戒も終わっただろうし、戻ってるはずだ」
「いや、どうして……。」
そこへ行く必要があるのだろうか?

 

そう問おうとした瞬間に、シンは胸が激しく痛み出すのに気づいた。

 

なんだ、と思うより早く、えぐる様な痛みに立ち止まり、壁に寄りかかる。

 

「シン!?」
それと同時に、前から駆けてきた声の主はメイリンだった。
「どうしたの!?」
俯きがちな顔を下から覗き込もうとするが、その行動をハイネが止める。
「何するんですか、ハイネさん!!」
若干手荒な方法で。
しかし、助かったとシンは思った。

 

自分の瞳から流れるものが、その胸の痛みのわけを教えてくれていたところだったから……。

 

「で、何処に行くんですか?」
メイリンがハイネに尋ねる。
「というか、何で着いてきてるんだよ……。」
と、答えるのだが、シンは少し疑問を浮かべる。
ハイネがそういう風に言うとは思わなかったから、だろう。
どちらかと言えば、誰にでも好意的な人間に思えたのだが。
「良いじゃないですか、わたしも別に行く当てがあったわけじゃないんです。
 ただ、シンがあんな事になってたから心配で……。」
「あ、あぁ。 ありがとう、メイリン」
実際、彼女のおかげで早く涙を止めなきゃいけない、という気持ちになれたのは収穫だっただろう。
「それから、ハイネも」
隠そうとしてくれた、彼のやさしさも身にしみた。
自分の周りにいる人間が、そうして自分を気に掛けてくれる事が、とても嬉しくて。
「どういたしまして。 ねぇ、シン。 本当に大丈夫? 何があったのかは、聞かないほうが良いんだよね?」
「大丈夫だって。 聞かないでくれるんなら、それが嬉しい……。」
別に言っても構わないと思った。 病気だとか触れ回られても困るし。
しかし、ハイネの心遣いはやはり無碍に出来ないと思ったから、シンはそう言った。
「難儀だなぁ、お前も」
そんな心情を読み取ったかのようにハイネが言うので、悪態の一つでも吐いてやろうかと思ったが、やはり止めておく。
ここで言うべきなのは、別の事だと思ったから。
すなわち、「シン」なまえを。
「あ?」
怪訝そうな顔をするハイネ。 メイリンも、何の話かわからないのだろう。が、
「忘れたとは言わせませんよ。 名前で呼ばなきゃ、仲間はずれなんでしょう?」
「そういう意味で言ったんじゃないんだがな……。
 まぁ、いいや。 よろしくな、シン」
「何がよろしくなんですか」
「あ? あ、いや……。」
うろたえるハイネに、笑い出すシン。
なんとなく思っていたが、やはりハイネは人を引っ張れる人物だ。
だが、だからこそ突発には弱い。
メイリンも笑い出してしまったので、一緒になって笑い出すしかなくなったハイネは、どこか複雑な、しかし、今までにない面白さのようなものを感じていた……。
 

 

そして、たどり着く艦長室。
「結局、用事はなんなんです?」
そう問うと、ハイネはシンとメイリンを見る。
少し考えた後、「すぐに終わらせるから、待ってろ」と、言う。
今度はシンとメイリンが顔を見合わせるのだった。
ついで出た言葉は、「なら、何でついてこさせたんですか?」「そうですよ!?」 連続する避難の言葉。
上司とはいつの時代も部下の避難を背負わなくてはならないのだ。 ザフトだけど。

 

若干強めだったメイリンにだけ、「別についてこいとは言ってないだろ」と、返すハイネ。
シンについては、ハイネとしては話を聞かせても良いと思ったのだが、メイリンについてはそうは行かない。
だから、二人共を待たせることにした。 メイリンはどうやらシンから離れるつもりはないように見えたからである。

 

艦長室へハイネが入っていって、刹那の沈黙が流れる。
それを破ったのはシンで、「なんで、ここにいるんだ?」という問いかけ。
ぶっきらぼうで、飾りつけもしない。 いつもどおりの彼の言葉。
だから、メイリンは安心もする。

 

「泣くのなんて、似合わないよ。 シンは、お姉ちゃんに負けた時だってレイに負けた時だって、次がある、って。 言っていたじゃない?」
「人の命に次はない。 俺は、なんで……。」
負けたときは。
その時は、悔しいから、次を求めた。

 

でも、喪失は。
どうしようもなく心を締め付け、開放してくれない一つの鎖になる。

 

ティアナと、そしてスバルは。
シンにとって、大切で、かけがえのない仲間だった。

 

「戦いに勝っても……。」
しばし、沈黙が続いていたところに、メイリンがもう一度口を開く。

 

「戦いに勝っても、戦争には勝てないんだよね。
 今日のシンは、すごかったのに……。」
難敵と、強敵と、シンは戦った。
熱に浮かされるように戦いを求めた、戦場を駆け回った。
それでも、この結果は勝利なのかといわれれば、シンの心持ちは敗北だ。

 

「それが、戦争って言うもんだ」
そう言ったのは、用事を終えて出てきたハイネ。
「シンが感情を押し殺してまで勝ちを求めても、数が足りなきゃ何にもならない」
「もっと戦え、って? そういうんですか?」
「考えろ、ってことだ。 どうすれば戦争は終わるか、ってな。
 元を絶たなきゃならねぇ。 生き残れば俺たちの勝ち、死ねば、戦争の勝ちなんだよ」
ヨウランたちも言っていた。
あの時は、本当に理解していなかったんだろうと、シンは思う。
考える事。 そして、戦う事。 それが、つまり。
「考えて戦う……。」
「そうだな」
シンの呟きに、ハイネが頷く。
「シンには難しそうだよね」
「…そうだな……。」
メイリンの言葉には、シンも頷くしかなかったのだが。
 

 

「それで、何の話をしてたんですか?」
暫く3人で歩く。
空腹を訴えたのがメイリンなら、言われて気づいたのがシンであったので、とりあえず腹ごしらえに。
その最中、シンがハイネに尋ねたのだ。
「あぁ、さっきか。
 それならな。 たいしたことじゃねぇ、この後街に停船するんだがな、そこで俺を降ろしてくれって言ったんだ」
あまりに当たり前のように、ハイネはそういった。
だから、シンとメイリンは少しだけタイミングを遅れて、「「…はい?」」と。
そう言うことしかできなかった。

 

次回?予告

 

 
犠牲と、傷。
あまりに大きいそれらと、ハイネの離脱。

 

そして向かえるその場所は、シンの運命をさらに翻弄する。

 

NEXT「君は死なない」?