「へえ、これが最近の漂流者メンバー?」
ここはミッドチルダ本局の待機スペース。
そこに、三人ほどの男性がモニタ越しに資料を見ていた。
その中の一人、年は二十代前半あたりで、オレンジ色の髪の毛が特徴的な青年は、最近発見された時空漂流者のリストを見る。
「ああ、最近はなぜか知らんが漂流者が多いらしい。俺達のことを考えればそうかもしれないな」
彼の向かい側にいるのは、二十歳ほどの男性が二人。
その二人のうちの一人、銀髪の青年もオレンジ色の髪の青年と同じように資料を見る。
「まあ、俺達がそんなことを考えてもしょうがない……ん?」
ぺらりぺらりとページをめくっている青年だが、ふとあるところでその動きを止めた。
その後、彼はじっくりとあるページを見る。
「どうした?」
男性は、動きを止めた彼を見て興味深そうに、それに続いて銀髪の青年もそのページを見る。
「陸士訓練校32班、シン・アスカ。漂流時16、現在17歳」
そこには、一人の訓練校に入っている漂流者の写真があった。
年は……まあ自分達に訓練校に入ったときと比べれば十分に若い。
「タイプはシューター……空戦適性あり、か……なかなか有望だな」
銀髪の青年は、彼が目を留めたというのも納得の人材だった。
だが、何かそれだけじゃない、そんな気がした。
(こいつは……)
彼は、その少年に見覚えがあった……
まさか……
「出身世界はっと……なに?」
そのとき、金髪の青年はあるところで目を留めた。
彼が目を留めたのが、彼の出身世界。
「出身世界、コズミック・イラ……」
銀髪の青年の言葉に、まさか……男性は資料を見る。
黒い髪に、赤い瞳という一風変わった組み合わせ。
時空漂流者、コズミック・イラ、黒い髪に赤い目。
とどめに、その少年の名前。
(おいおい、冗談だろ?)
その青年は、少々ため息混じりにその少年、シンの資料を見た。
それから、少しの月日がたった訓練校の宿舎。
「もうすぐ卒業かぁ……」
「そうだな」
今日は日曜日で、訓練は休み。
今日は思い思いのときを過ごすことにしようと決めたシンは、室内でのんびりとしている。
こういう休みの時こそ、スバルは元気なのだが……
「はぁ……」
と、さっきから盛大なため息を着いている。
そこにはいつもの元気な姿はなく、どこか哀愁が漂っている感じもある。
そんなスバルを、シンは苦笑交じりで見ている。
こんな彼女は、なかなか見れたものではない。
「寂しいのか?みんなと別れるのが?」
「うん、まあね……」
基本誰とも仲良くなるスバルは、いないというわけではないが少々交友に欠けるシンとは違い、男女かまわず仲のいい人は多い。
それ故か、みんなと別れる時の寂しさも多いのだろう。
小さいうちにこんなところへ来ても、やっぱり女の子なんだな……とシンは思う。
アカデミーの卒業式でも、そんな女性も多かったような気がする……
「そういえば、スバルの配属予定先は、確か災害担当だったっけ?」
「え」
とりあえず、この部屋の空気を変えるために話を変えようと、シンはこれからのことについて尋ねる。
「うん、災害や危険があれば火の中水の中!……まあ、人助けができるところならどこでもいいんだけどね」
災害担当。
なにか事故や事件があれば……あの空港火災のときのような事件のときに活躍する、救助専門の部隊。
「それで、将来は特別救助隊を目指してるんだ」
先ほどの暗い雰囲気から一転し、スバルは楽しそうに自分の将来の夢を語っている。
よほどその夢に憧れているのだろう……
シンはそんなスバルを見て微笑む。
昔の自分も、こんな感じだったかもしれない。
ザフトのパイロットになるために、必死で練習してきたあの日々。
「守る、か……」
「ん?」
シンは、ついぽつりとつぶやき、それがスバルにも聞こえた。
「どうしたの?」
「いや、守るって言っても、いろいろな守り方があるんだなって」
「?……どういうこと?」
どうやら、スバルにはシンの言っている意味が良くわかっていないようだ。
訳がわからず、首をかしげるスバルを、シンは微笑んでみる。
そう、全ては守るためだった。
争いという恐怖から、力を持たない、無力な人々を守るために。
守る、助けるということに関しては、救助隊も武装隊も似ているかもしれない。
違うという点があれば、それは助け方だろうか。
「まあ、そのうち解る時がくるよ」
シンはベッドに転げ、先ほどまで読んでいた雑誌に目を向ける。
それは青年向けの漫画雑誌で、それなりに中のいい奴から借りたものだ。
一応言っておくが、青年向けといっても如何わしいものではなく、普通の青年漫画雑誌だ。
(いったい、シンは何を見てるんだろう?)
しかし、スバルはシンが何を見ているのかさっぱりわからない。
スバルは好奇心をフルに働かせ、こっそりとその中身を見ようとする。
「スバルさーーん、いますかーー?」
丁度、その時だった。
こんこん、と自分の部屋を叩く音が聞こえる。
そのドアの向こうから聞こえてくる声は、間違いなくユマのものだった。
休みの日には、時々こうやってどちらかの部屋へ遊びに行くときがある。
「ん、お前も一緒か?」
ドア越しで解らなかったが、ドアを覗き込むと、ユマと一緒にティアナの姿もあった。
少しむすっとした顔をして、ティアナはシンを見る。
「無理矢理つれてこられたのよ」
と、簡潔に答え、無理やりユマにここまでひっぱられているティアナの姿を想像する。
おそらく、一緒に行こう、というユマの提案になかなか拒否する理由が見つからずしぶしぶ、といったところだろうか。
やはり、ユマにはあまり頭が上がらないようだ。
「な、なによ?」
どうやら、シンは気付かないうちに笑っていたらしく、ティアナにジト目で見られる
シンは別に、と視線をそらして雑誌を読む。
それからは、シンは雑誌を読み、スバルたちはしょうもないことを話など、各々思い思いの時間を過ごしていく。
『32号室のシン・アスカ、シン・アスカさん。お客様がお見えになっています、至急、教官室までお越しください。繰り返します……』
突然、自分を呼ぶ校内放送が流れる。
(客?)
時間を見ると、既に時間は午後8時を回っている。
こんな夜遅くに、いったい誰なんだ?
まあ、客を待たせてはいけないとシンは思い、スバルたちに「ちょっといってくる」といってシンは部屋を出て行く。
バタンとドアを閉じ、シンが完全に部屋からいなくなったことを確認するスバル。
その瞬間、にっこりと少し怪しい笑みを浮かべた。
(何か企んでるわね)
ティアナはうんざりしながらスバルを見ると、その予想が当たったように、その笑みを浮かべたまま自分達へと視線を向けた。
「ねえねえ、あれ読んでみない?」
「ん?」
スバルはある方向へ指をさし、二人はそのほうを向く。
そこには、シンがさっきまで読んでいた漫画雑誌だった。
確かに、おもむろに置かれているそれは、どうぞ呼んでください、といっているようなものだった。
「何回か読んでみようと思ったんだけど、読ませてくれなくて……これがチャンスかなあって思って」
スバルは意気揚々と、さっきまでシンが読んでいた雑誌を手に取る。
さて、いったいシンはどんな雑誌を読んでいるのだろうか……
スバル、そして好奇心に駆られたユマも雑誌へ目を向けた。
そして……
「こんな時間に客って……誰だ?」
シンは教務室へ向かう中、シンは自分を呼んだ人物について考える。
もう時間にわざわざ呼び出すほどの客。
考えられる中では、ミゼットという確率が一番高い。
というよりは、ここの連中をのければ、彼女しかいない。
が、はたしてわざわざここまで会いに来るだろうか……
「ま、いけば解るか」
シンは考えるのをやめて、さっさと目的の場所へと向かう。
ミゼットなのか、それとも見知らぬ人物なのかわからないが、さっきも言ったとおりあまり客を待たせるものではない。
宿舎内はそんなに広いところではなく、教務室も意外と近くにある。
そして、数分もしないうちに教務室へとたどり着いたシン。
シンはコンコンとドアをたたいた後、失礼します、とガチャリとドアを開けた。
そこには、自分達の担任の教官と、オレンジ色の髪をした青年がいた。
「よ、久しぶりだな」
その青年は、悪びれもなくシンに向かってと軽い敬礼をする。
まるで、久しぶりに会う友達、もしくは仲間同士といったように話しかけてきた。
いや……実際はそのとおりだった。
しかし、陽気に話しかけてくる青年とは対照的に、シンは大ロを開いてその青年を見ている。
それは当たり前だ。
シンが知る限り、その人物は死んでいるはずだ。
「は、ハイネ……」
「いやあ、まさかお前までここにきてるなんて思ってなかったよ」
「俺だってそうですよ」
昼間なら、訓練後の訓練生の唯一といってもいい寮内の憩いの場。
しかし、この時間帯では誰もいない寮の待機スペース。
そこに、シン・アスカとハイネ・ヴェステンフルスはいた。
「まあ、それで俺もガイアに切られたときは死んだかなあって思ったんだが、気付けばこの世界の病室で目を覚ましたのさ」
ハイネはダータネルス沖での戦闘で死亡扱いとされたが、実はこの世界に流れ着いたを話していた。
「気付いたのはまあ良かったが、ここが別世界って聞いた時は本当に驚いたよなあ。
魔法を見せられなきゃ今でも信じてないかもしれない」
「俺もそうでしたよ」
あまり彼とは話をした事はないが、今では珍しい同郷の出身者で、一応は面識がある人物。
知らず知らずのうちに、シンも口が弾んでいく。
やはり、同じ世界出身者がいるというのは心が安らぐ。
これだけ話すのも自分でも珍しいと思えるほどだ。
「まあ、ここに来たのは俺達二人だけじゃないんだけどな……」
「……え?」
その中で、話のノリでもう少しで聞きそびれるところだったが、何か大切なことを来た気がするシン。
「俺達以外でもいるんですか?」
「ああ、何人かな」
まさか、他にも既にいるなんて……
本当に偶然なのか?とシンは考え込んでしまう。
「ま、お前も俺達のところに配属させられるように、上の方に掛け合っておいてやるよ」
「そうですか」
この出来事は、シンにとってはよかったことかもしれない。
やはり、知っているものと組む、というのはありがたい。
だが、懸念事項もある。
「でも、大丈夫なんですか?よそ者同士で組ませる、なんて。思いっきり嫌悪のまなざしの対象になると思いますけど?」
それは、自分達の世界の経験からこそ出る言葉だった。
よそ者同士だけで組んでも本当に大丈夫なのか?
それは、地球軍にコーディネーターが、ザフトにナチュラルがいるのと同じなのではないか、とも思える。
しかし、ハイネは微笑を浮かべてシンを見た。
「心配ねえよ。伊達に管理局は100年以上続いてねえ」
「つまり、100年前からこういうことをしてるところがあるってことですか?」
「ああ、それが当たり前だからな。漂流者を管理局に入れるほど、人材が少ないってことだな。
俺達の世界みたいなのは特にない」
あくまで特に、だがな、とハイネは誇張して言うあたり、おそらく全然ということではないが、そこまで酷いというわけではないのだろう。
それを聞いて、シンはほっとした。
すくなくとも、常に嫌なお小言をいわれる必要はないということだ。
「で、今日は久しぶりの仲間の顔を見に来たついでに、そのことを報告しに来たって訳だ。
お前の事は、既にリストで知ってるからな」
ハイネは、手に持っている缶コーヒーを飲み干して、ぽいっと投げ捨てる。
それは、きれいな放物線を描いて、見事にゴミ箱の中に入っていく。
それを見て笑みを浮かべると、ハイネはシンを見た。
「ま、そういうことだ。今のうちに訓練生活をエンジョイしとけ、トップガン。現場に入れば、ただ動くだけだからな」
ハイネはぽんぽんとシンの肩をたたくと、席を立ち上がる。
トップガンとはシンのことで、アカデミーで好成績をとり、赤服を着ている者はそう呼ばれるときがある。
ちなみに、そういうハイネもトップガンだ。
「それは向こうの話でしょ?魔道師に関してはわかりませんよ」
「なあに、要領は一緒さ。ただ、MSから魔法になっただけ」
「ぜんぜん違いますよ……武装はよく似てますけど」
などとたわいもない話をしながら、二人は寮の入り口へと向かう。
何か、久しぶりに心のそこからほっとしたような気がした。
「一応夜道ですから、気をつけてくださいよ」
「心配すんなって。男を襲う奴なんてそうそういないし、俺はコーディネーターだぜ。じゃあな」
あいかわらず、どこか軽い調子でウインクした後、ハイネは寮から姿を消していく。
あの軽いところは本当に変わっていないらしい。
早くも、卒業早々騒々しくなるかも……と思えてきた。
ハイネを見送ったあと、シンは自室に戻る。
その足取りは、少々だが軽い気がした。
この世界に、自分のことを知っている人がいた。
それは、シンをより安心させる要因となった。
「今戻った……ん?」
そんな調子で、シンは部屋へ戻ると、シンは奇妙な視線を感じた。
よく見ると、ティアナが侮蔑を含んだ目で、スバルとユマは少し困ったように自分を睨む。
3人とも共通して言える事は、その頬を赤らめていたことだった。
「な、何だよ……」
シンは突然の視線に疑問を抱くが、自分のベッドを見ると、なんとなくその理由を察した。
そこには、ボロボロに打ち捨てられている雑誌。
おそらく、スバルの悪知恵で、自分がいない間にこっそり見たのだろう。
シンが読んでいる雑誌は青年誌。
向こうでは既に成年と分類されているシンには、さほど気になるほどの描写はない。
例の行為までとはいかないが、肌と肌のふれあい程度のシーンぐらいはあるが、所詮は2次元物だ。
しかし、12・3歳の少女にとっては、それすらも十分如何わしいものだった。
「えっと、その……」
「あ、あの……男の人の事はよくわからないけど、Hなのはいけないと……」
「このスケベ」
顔を真っ赤にして黙っているユマと、申し訳なさそうに反論するスバル。
そして、ストレートに言い放つティアナ。
まあ、女の子にとってはそんなものかもしれない……
ただ、彼女達は知らないから仕方ないのだが……
(あれ、借り物なんだよな……)
と、ボロボロになっている雑誌に目を配る。
おそらく、とんでもないシーン(彼女的に)を見て、その反動で破ったものだろう(主にティアナあたりが)
しょうがない、とシンは財布を手に取り、そそくさと部屋を出て行く。
まだ門限までは時間がありそうなので、問題はないはずだ。
「どこに行くのよ?」
「コンビニ」
シンはティアナの質問に簡潔に答えると、その理由を瞬時に諭した彼女は、さらに痛い視線を向ける。
さすがに、これ以上スケベの称号を得るのも少々嫌なので、弁明したほうがいいかもしれない。
「それ、借り物だからな。ボロボロのまま返すわけにもいかないだろ」
シンの言葉に、え?と三人は既に読むことができなさそうな雑誌を見る。
知らなかったとはいえ、他人のものを破ったということだ。
その事実を知ったとき、ティアナが申し訳なさそうにシンを見た。
……やはり破ったのは彼女らしい。
それよりも、俺のものだったらよかったのか?とも思えるが、それはこの再気にしないことにした。
まあ、別に雑誌代くらいは痛くもかゆくのないので、さっさと用事を済ませるために部屋を出る。
「ちょっと悪いことしちゃった?」
「ちょっとじゃないでしょ……他人のものを壊したんだから」
どうやら、シンのものなら別に破っても良かった、と思っているらしい。
「ありがとうございましたー」
レジ係の女性の言葉をバックにし、シンはコンビニを出る。
運よく目的の雑誌は1冊だけ残っていて、助かったとほっとするシンは少々急いで寮へと戻る。
まだ閉門までに時間があるとはいえ、この時間帯に出て行くことがばれると生真面目な教官がいろいろとうるさい。
そう思いながら少し駆け足だったのが不運だった。
コンビニ近くの曲がり角で、突然誰かが視界に入る。
「あ……」
「ん?」
さっきのとおり、シンは走っていた。
急に止まれるはずもなく……
「っつ……」
シンは思いっきりその人とぶつかった。
だが、さすがか訓練されたコーディネーター。
たとえ自分からぶつかろうとも、早々簡単にこけるはずがない。
逆に、ぶつかった相手をこかせまいと、シンはその人を支えようとする。
(あれ?なんか前にもあったような……)
シンはそんな思いをかすかに残しながら……
「あ、大丈夫?」
シンは、後ろからという形で誰かを支える。
そのとき、真っ先に感じたのは、その人の黄色のリボンでくくられている栗色の髪から香る、シャンプーのやわらかくていい匂いだった。
自然とシンの顔は少し高潮する。
リボンよりも、そのシャンプーの匂いで、シンは自分が支えている人が女性であると判断した。
そして、その判断は正解だとすぐに解ることになる。
……支えている手の、やわらかい感触に。
(……あ……またデジャヴ)
シンは恐る恐る自分の手を見る。
その手は、女性特有の胸部のふくらみ、禁断の果実を両手で豪快に鷲づかみにしていた。
そのとき、一瞬で思い起こすのは、懐かしい向こうでの記憶。
そこでも、同じような体験があった。
あの時は本当に何が何だがわからなかった。
だが、彼は成長している。
二度と同じ失敗を繰り返すほど馬鹿ではない。
軍人として、数多の戦いを駆け抜けたシンの脳は、すぐさまこの場での対処方法を思い浮かべる。
そして、その脳は下した判断は……
ダッ!!
すぐさま超特急で逃げた。
おそらく、まだ自分の顔は見られてないという判断からの結果だ。
しかし、それ以前に彼はひとつ忘れていたことがある……
せめて、逃げるにしても「ごめんなさい」と一言謝るべきだった……
いや、普通に謝って、ビンタのひとつでももらいながら、ちゃんと弁明したほうが良かったかもしれない……
やはりシンの頭は混乱していた。
そのまま、シンは猛ダッシュで寮まで戻っていく。
「な、なに?」
その、先ほどシンにセクハラ行為を受けた、見た目は少女くらいの年齢の女性は、ただ目をぱちくりと瞬き、呆然と去っていった黒い髪の少年の後ろ姿を見る。
正直、今でも何が起きたかよくは覚えていない。
あまりにも突然すぎた。
「う~~~ん」
とりあえず、少女は頭を整理して、何が起きたのかを。
まずは、なぜこうなってしまったのか、だ。
それは、少し前のこと。
確か……
「ディエチちゃ~~ん。ちょっといいかしら~~~~」
今日は何もすることがなく、ディエチという少女はほうけていると、たくさんいる姉の一人が自分を訪ねてきた。
「読みたい雑誌があるんだけど、今ちょっと忙しいのぉ~、おつりはあげるから、買ってきてくれないかしらぁ~~」
といわれ、仕方がなく姉の一人の代わりにその本を買いに来た。
そして現在に至る。
その後、転移して最寄りのコンビにへ行こうとしたときだった。
突然、誰かが自分に突っ込んできた。
そして……
「あ……」
自分が何をされたか、ようやく理解すると、ちょっとむっとして少年が去っていったほうを見る。
少年の姿は黒い髪、という意外は良く見えなかったが、さすがにもうここにはいないだろう。
だが、自分からぶつかり、さらには女性の胸部を鷲づかみにしておいて、謝りもしないでさっさと逃げるとはどういうことだろうか。
世の中、礼儀知らずな人もいるものだ……
「まあ、人のことは言えないかもしれないけど……」
などとつぶやき、ディエチという名の少女はまだその怒りを消さず、少し機嫌を悪くしながら店内に入る。
いらっしゃいませ~、という店員の元気な挨拶を聞き流し、ディエチは雑誌コーナーに向かった。
姉の事は大体はわかっているので、彼女がほしい雑誌などは聞かれなくてもわかる。
「えっと……あ、売り切れてる」
そこには、毎月ここにあるはずの「月間J・S」は、どこにも見当たらない。
確か、今日か昨日が発売日のはず。
売り切れるのも仕方がないか……とも思い、ディアチは次にドリンクコーナーへと向かおうとした。
こんな夜遅くにコンビニに来て、何も買わないのは気が引ける……
そう思い、せめて飲み物でも買おうと思い足を運ぼうとしたが、その間にある雑誌とは別のコミック、書物コーナーにある、ある書物が目に映った。
ディアチは少し気になりそれを手に取る。
「大切な人へ自分の気持ちを伝える方法 ~話を聞かせてほしいの~ 著・高町なのは」
どうやらコミュニケーション能力を高めるための書物のようだ。
正直、自分は自己を表面に出すという事は苦手である。
多数の姉のうち、水色の髪をしている姉のように誰とでもけらけら笑いながら接する、とまではいかなくても、それなりに意思疎通をしたいとは思っている。
そのことを、その姉に言われたときは少しショックを受けたのだ。
(せめて、もうちょっと喜怒哀楽をはっきりさせたほうがいいんじゃない?)
という言葉を思い出し、少しは変われるだろうか……と思いそれをレジに運んでいくのだった……
その後、彼女がどうなったかは各々の判断にお任せしたいと思う。
「た、ただいま」
なにか、ひどく疲れた顔をして、シンは部屋へと戻った。
やはり、雑誌と本物では感じるものが違う。
……ただ服越しに胸を触っただけだが。
「あ、お帰り……どうしたの?」
そんな、くたびれているシンを見て、スバルは不思議そうに尋ねる。
別に、とシンはベッドにもたれかかる。
ユマとティアナの姿かいないところを見ると、もう自分の部屋に戻っているようだ。
とりあえず、今日はさっさと眠ってしまおう。
目を瞑ろうとしたとき、ぽとっと自分のそばに何かが落ちてきた。
シンは視線を向ける、そこには何枚かの硬貨があった。
「ティアが『悪いことしちゃったから、それはそのお礼』だって」
スバルの言葉を聞いて、効果の数を数える。
丁度、その雑誌代の値段だった。
どうやら、ちょっと罪悪感を持っていたらしい。
かわいいところもあるんだな、と苦笑し、ふと思う。
ティア?
「ティアって、ティアナのことか?」
シンの言葉に、うんとスバルは頷く。
何でも、そっちの方が呼びやすい、というユマの提案からだった。
ただ、ティアナ自体、親しい人物からも言われているらしく、最初は反対したらしいが、いつもの如く言いくるめられてしまったのだろう。
その光景を思い浮かべて、つい笑みがこぼれてしまう。
これから大変そうだな、とティアナに同情するシン。
「さて、もうこんな時間だ、いい子はさっさと寝るぞ」
「あ、うん」
シンは部屋の電気を消し、さっとベッドにもぐる。
少し時間が経過し、スバルの寝息が聞こえた後、まだ起きていたシンは左手をかざす。
未だに感触が残っている感覚がある、見知らぬ少女の意外とふくよかだった胸部。
(もう少し、堪能したほうが良かったかも……)
などと、男の子らしい不純な事を思い浮かべながら、シンの意識は闇へと堕ちていった。