(はぁ、弱ったなあ・・)
美由希は心の中でため息をつきながら言う。
今日は学校の用事で遅れて、今はこのようにナンパされている。
一応助けを呼ぼうにも、周りには人がひとりもいない。
そして、周りには男が8人。よくもこれだけ集まれるなあといろんな意味で感心する。
「そこの嬢ちゃん。」
男の集団のリーダー格っぽい男の人が美由希に向かって話しかけた。
「今からちょっと俺たちに付き合ってくんない?」
男がナンパの定番台詞をいいながら近づいてくる。
「こんな時間帯にどこにいこうって言うの?」
あくまで冷静に言う美由希。
(これぐらいなら何とかなると思うけど・・・ちょっと多いかな・・・)
普段兄から小太刀二刀御神流を習っているが、今は刀を持っていない。(というか普通は持っているほうがおかしい。)
周りは美由希を囲むようにいる。何とか逃げ出せないことはないが、この中の数人がナイフを持っている。物騒なことこの上ない。
もしかしたらこいつらが警官殺害とバラバラ遺体の犯人かもしれない。
(奪えばこっちのもんなんだけど・・・・)
奪って怪我でもさせたらどうしようと思った。
刃物で相手を傷つければ警察沙汰になる。殴って怪我をさせるのとはわけが違う。
「夜だからいけるところもあるじゃん。」
不敵な笑みを浮かべながら男が話しかける。
結局は身体目当てなのだろう。
「ごめんだけど、私これから家に帰るから。」
そういっても男たちは引かない。
「いいじゃん。ちょっと連絡したらいいだけだろ?悪いようにはしないからさ。」
そういい美由希に手をかけようとする男。
「だからイヤだって言ってるでしょ!」
少し苛立った声で男の腕をつかむ。
それで男がイラつく。
「この女、人がおとなしくしてりゃいい気になりやがって、おい!」
男の合図で数人がナイフを取り出す。
「少々傷つけてもかまわねえ。・・ち、今日は厄日だ!学校も退学させられて仲間内で遠場まできて女捕まえようと思ったら・・・覚悟があるんだろうなこのアマ!」
とうとう本性を現した男。
まずったなあと少し後悔する美由希。キレた人間は何するか分かったものじゃない。
男の中の一人が美由希にさらに近づこうとしたその時だった。
「おい!なにやってるんだ!?あんたら!!」
男たちがああ!?と、いかにも不機嫌そうに声のほうを見る。
美由希も声のほうを見ると、一組の男女がいた。
美由希はその男女を知っていた。
女のほうはなのはの友達、はやての家にいる女性、シグナム。
もう一人は、同じく最近はやての家で暮らすことになり、数日前に自分が病院送りにした人物。名前は確か・・・
(あすか・しん・・・だったっけ・・)
その男女。シンとシグナムは男たちに睨まれていた。
「なんだてめえら!?」
リーダーがシンを睨みつける。
「そいつの知り合いのようなもんだけど。」
そういいながらシンは美由希のほうを指差す。
「それにしても、恥ずかしくないのかよ。一人の女に数人の男が寄りかかって、それもナイフを持ちながら。」
シンの言葉は、男たちを激怒させるのには十分だった。
こんな年下にこうまで言われては自分たちのプライドが許せない。
「おい、さすがにそれは・・」
シグナムが注しようとするが遅かった。
「このクソガキ・・・・・おい!!」
リーダーが首で合図して、そのうちの一人の男がシンに向かって歩き出す。
それにあわせるようにシンも歩き出す。
「おい、アスカ。おちつけ!」
シグナムに呼び止められ、シンは振り向く。
「心配ないさ。こいつらにやられるようなへまはしない。」
そう一方的に言ってそう男のほうに歩く。
男たちとシグナム、そして美由希が見守る中、お互いが睨むような感じで前に立つ。
「おい!このガキ!」
男はナイフを持ったままシンの方を指す。
「どうなってるか分かってるんだろうな!?」
そういわれてシンははっと鼻で笑い言い返す。なめきった口調で。
「そういうあんたこそ、泣きべそかくまえに帰ったほうがいいんじゃないか?」
その言葉に完全にキレた男はシンのほうへ向かって走り、ナイフを突き刺す。
だがそれは簡単にシンにかわされた。
まぐれだ、そう思い何度もナイフで切ろうとする。
しかし、それは風を切るばかりでシンにはあたらない。
それをあっけに取られてみているほかの人々。
(すごい・・・)
ただの、普通の学生にしか見えない少年の動きには、とても思えない。
美由希は、幼いときから剣術にいそしみ、今の身体能力を手に入れている。
だが、自分より一つ下の彼は、どのようにしてこの力を手に入れたのか。
なのはから聞いた話しでは、彼は軍人と聞いたが、軍人は皆のような動きが出来るのだろうか。
美由希は彼に少し興味を持った。
「くそ・・・」
男はあせっていた、さっきから何度攻撃してもあの子供に当たらない。
「もう終ったのか?」
男とは対照的に、シンは落ち着いてた。
「ダンスクラブで踊ってるわけじゃないんだぜ。」
シンは、アカデミー時代で教官がよく口にしていた言葉を言う。
「なに?」
息を荒くしながら男はシンを見る。
「最後通告だ。こうなる前にとっとと帰れ。」
そういいさっきまでもっていた缶コーヒーを前に出す。
そしてそれを思いっきり握り、
「べコ」
と素手、それも片手でつぶした。
それを見て全員が固まる。
コーヒー缶、すなわちスチール缶が全体的に握りつぶされている。
あれをつぶすのにどれだけの握力が必要なのか。
「こ・・・・このおお!」
逆に恐怖心に狩られたのか、シンに向かって突っ込んできた。
それをさっきのようにかわし、今度は交わすと同時に思いっきりみぞおちを殴る。
そのまま男は倒れこむ。
「てめえ、このお!!」
さっきとは別の男がさっきのように突っ込んでくる。
彼と違うのは、向かってくるとき思いっきり砂を投げつけた。
おそらく向かう前にとっさに拾ったのだろう。
さっきのようにナイフで向かってくると予想していたシンはもろに砂を喰らった。
砂で前が見えないときにナイフと一撃がくる。
やはり完全にはかわしきれず、左頬を切られる。
「つっ!」
思ったよりも傷は深く、かなりの血の量が流れる。
さらに、砂をかけられ不安定なままでよけたので、体勢が整えられず、こけてしまう。
男はそのままシンを刺そうとナイフを振る。
すでに錯乱していて、殺すということを考えなくなった。
流石にやばいと思い、加勢しようとしたシグナムだが、そう思ったときに、目の前に男たちが呆然としている間に間を抜けてきた美由希がいて・・・
「ハッ!」
掛け声とともに男の顔面に飛び蹴りをかます。
シンはびっくりして美由希を見る。
(ナチュラルなのになんて身体能力なんだよ・・・)
そのとき・・・
「あ・・・」
美由希は今制服姿である。
どこの学校でも女性はスカートをはいている。
シンは倒れているから美由希を見上げる形で見ている。
そして美由希は思いっきり、スカートをはいてることを忘れてるんじゃないかってくらい思いっきり蹴っている。
そのとき、ちょうど美由希の下着が見えた。
シンの顔が少し紅潮する。
色は・・・・言えない。言えば殺される。そんな気がした。
だが、見られた本人は気付いていないらしく、シンに歩み寄る。
そのとき・・・・
「なめたまねしやがって。」
リーダー格の男が突っ込んでくる。
まだ懲りないのか、そんな思いがシンにはあった。
(いい加減にしろ!!あんたたちは!!!)
心の中で叫び、何かがはじけるような感覚が来る。
シンは、そばにあった最初に倒した男が使っていたナイフを拾い、男に向かって走り出す。
同時にナイフが振られ、男が持っていたナイフが弾かれた。
その勢いでシンは体当たりをかまし、吹き飛ぶ男。
倒れていた男が起き上がろうとしたが、そこには男の首に向かってナイフを向けているシンの姿があった。
先ほどのナイフをかわしていたときよりも動きがすばやく、最早人間ではないような動きだった。
「ひ!」
男は悲鳴を上げた。
別にナイフを突きつけられているからじゃなく、シンの表情を見てだ。
今のシンの表情は、目の輝きがなく、どすが入ったように赤黒い。
表情自体も、今にも「殺すぞ」といわんばかりの殺意がわいてきている感じがする。
さらに左頬にある傷と血が、恐怖感を倍増させる。
シンはそのままほかの男たちにも目を向ける。
先ほどの男と同様におびえ、腰が抜けて倒れるものもいる。
その表情はシグナム達にも見えた。
(あれが本当にアスカなのか?)
今まで見たシンとは違い、連続殺人犯・・・・狂人・・・そんな言葉が似合いそうなほど豹変していた。
美由希も、この前あったときとはぜんぜん違うシンを見て、ずっとシンを見ている。
シンはナイフを捨てて、それと同時に男たちはそれを見て次々と退散していく。
倒れている仲間を抱えたり、自分たちのナイフを拾ったり、細かいところで丁寧な奴らだった。
周りには3人しかおらず、シンは二人に振り向いた。
すでにシンの顔は、以前のシンに戻っている。
(二重人格か?)
そう思えるほど違っている。
「大丈夫か?」
シンは美由希に話しかける。
その顔は先ほどとはうって変わって微笑んでいた。
・・・血が流れててちょっと怖いが・・・・
「う・・うん・・」
美由希は急にそっぽを向き、顔もなぜか少し赤い。
その理由は自分でもよく分からなかった。
それよりも・・・
「そっちこそ大丈夫?まだ血が止まってないけど・・」
美由希はシンの傷を心配する。
先ほど切られた傷は、血管でも切られたのかいまだ止まっておらず、服も流れてきた血がべっとりとくっついている。
「とりあえずこれ。」
そういいポケットティッシュを取り出し、シンに渡す。
そのとき、美由希の携帯がなった。
「はい、美由希です・・・・あ、母さん。」
どうやら帰りが遅い美由希を心配して電話をかけてきたらしい。
美由希が話をしている最中に、シグナムが話しかけてきた。
「すまなかったな、援護が出来なくて。」
シグナムはわびる。
今日は意外なことが多すぎた。
シンと美由希の身体能力にシンの多重人格化。
「それにしても、さっきのはなんだったんだ?急に人が変わったが。」
シンそれを言われて困ったように言う。
実際自分が何故ああなったのか分からないのだ。
「時々なるんですよ。どうしても許せないときとか、感情が高ぶるって言うか・・・・感情が抑制できないときというか・・・そんなときに急に視界がクリーンになって・・」
どうやらこれが初めてではないらしい。
「けど、なんかそのときになると力が沸いてきて・・・実際、そうなって向こうで何度もピンチを乗り越えましたし・・」
そして、電話が終って美由希が話しかける。
「ねえ、母さんがお礼と傷の手当がしたいからうちに来てくれないかって言ってるんだけど・・・」
そういわれて「え?」としか返せないシン。
いきなり言われても困る・・・・
「そうしてもらえ、主には私が言っておく。」
シグナムにもそういわれるシン。
「おそらくここからだったらなのはの家のほうが近いだろう。早いうちに傷は直したほうがいい。傷跡は帰ってきたらシャマルに直してもらえばいい。」
そうまで言われたらわかったとしかいえない。
そういい二組に別れてお互い帰路につく。
出来るだけ人目に付かない道のりで走って帰っていた。
流石に夜とはいえ血が大量についている服を着たまま表通りを通るわけにはいかないし、ティッシュで無理やり抑えているため早急な治療が必要だった。
(怪我してるのに走ったら悪化するんじゃなかったっけ?)
まあ自分が医学は分からないからどうでもいいと思い美由希の後を追うシン。
走って五分くらいたった後でなのはの家があるのか、兄の恭也が家の前にいた。
「あ、恭ちゃん。」
「あ、美由希。帰ってきたの・・・・・」
帰ってきたのか。そう言い切る前に恭也の言葉がつまる。
美由希の横にいる、上半身血まみれのシンを見て・・・・
「ん?・・・・」
少女は目を覚まし、辺りを見渡す。
(ここ・・・どこ・・・それに・・・なんでこんなところに?・・・)
少女はおぼろけながらもあいまいな記憶を呼び覚まそうとする。
確か、オーブが戦場になり、家族と一緒で逃げるところまで思い出した。
そこで急に頭痛が来る。
「あ・・れ・・・?・・」
思い出せない。家族の顔が思い出せない。
父、母、兄がいることは覚えている。しかし・・・顔が思い出せない。
「なんで・・・・・」
ちゃんと家族といた記憶もある。
家族の声、衣服も。
だが、どうしても顔だけが思い出せない。
「どうして・・・・」
そのとき、ふと声が聞こえた。
「おや、目が覚めたようだね。」
その少女は見上げて男を見る。
そこには、アニメや漫画の敵キャラがかぶっている変な仮面みたいなのをしている男性だった。
「・・・だれ?・・・」
「これで大丈夫だから。」
「ありがとうございます。」
シンは桃子に傷の治療をしてもらって、やっと血が止まったところだった。
だが、顔には生々しい傷跡が残っている。
最初なのはの家族がシンを見たときは皆が驚いてた。
特にここまで大量の血を今までもたことがないなのはは倒れて、今はそのまま自室で少し眠っている(気を失っているといったほうが正しいが)
ちなみに美由希は現在疲れたからさきに風呂に入ったらしい。
「けど、びっくりしちゃった。ここまで血が出てるなんて思わなかったし。美由希から大体のことは聞いたけど・・・」
まあそれはそうだろう。普通は怪我してるって聞いて顔の傷だけで服が血まみれになるなんて聞いたことがない。
「ごめんなさいね。娘のためにこんな怪我を。」
桃子が申し訳なさそうに言う。謝っても足りないくらいだ。
「いえ、もともと首を突っ込んだのはこっちですし。」
シンは気にしないでくださいという。
こんな傷はアカデミーのナイフ講習でよくやってて、よく直してもらっていた。
「けどありがとう。最近はいろいろ物騒だからな。剣術習ってるといっても、やっぱり女の子一人を夜遅く歩かせるのは危なかった。」
士郎がシンに礼を言う。
それを聞いて「え?」とみる。
(あいつも習ってたんだ。)
だが、これである程度は納得がいった。
シンが刺されそうになったときの美由希の動き。
シンが思っていたことを士郎は察した。
「ああ、美由希と恭也は俺が剣術を教えたんだ。詳しく言えば、俺が教えたのは恭也で、美由希は恭也から教わってるんだけどね。」
それを聞いて、へえとうなずくシン。
「まあ、俺が教えてるのはちょっと違うけどね。」
それを聞いて「え?」という。
「俺が教えてるのは、まあなんていうか、「御神流」っていって・・・まあ詳しいことは教えられないけどね。」
そこまでは言及せず、ただ頷くシン。
ふと時計を見る。すでに8時をとっくに回っている。
「もうこんな時間か・・・」
シンの言葉で桃子と士郎も時計を見る。
「すみません。はやても待ってることですし、そろそろ戻ります。」
それを聞いた士郎は驚いてシンのほうを向く。
「あ、そうか。連絡とる手段がないから何も聞いてなかったんだな。」
何の話だ?そう思いながらシンは高町夫妻を見る。
「君の傷の手当をしている最中にはやてちゃんから電話があってね。話し合った結果「もう夜も遅いからシン君は今晩内に泊まる」ってことになったのだが。」
「・・・え?・・・」
「ん?・・・」
なのはは自分の部屋で目を覚ました。
「あれ・・・わたし・・・・なんでこんなところに?・・・」
確か姉、美由希の帰りが遅いから両親と居間で待っていたときだった。
「確かお姉ちゃんが帰ってきたときに、シン君も一緒にいて・・」
そしてすべてやっと思い出せた。
「う・・・」
あの時はいきなりだったから気を失ったが、思い出すだけでも気分が悪い。
そのシンが、顔面を切られて、そのとき流れていた大量の血が服にこびりついていた。
「お、目が覚めたか。」
気がつくと目の前にはなのはの様子を見に来た恭也の姿があった。
「あ、お兄ちゃん。」
「いきなり倒れたからびっくりしたぞ。まあ、気持ちは分かるけどな。」
そういいながら恭也は、あのときのシンの姿を思い出す。
「シン君大丈夫なの?」
「ああ、最も、流石に傷跡は消せないけどな。」
さっき少し見たが、痛々しい傷跡が残っていた。
「あ、それと・・」
恭也が本来言うことを思い出す。
「今晩はシン君はうちに泊まることになるらしい。」
「え?」
「物騒だから帰るのは明日がいいだろうってさ。」
といっても、まだ8時過ぎなのだが・・・向こうの家の主にとってはもう8時過ぎなのだろう。
「俺が送っていこうかって言ったら「礼もしたいから一晩泊まらせるから別に良い。」ってさ。」
「そうなんだ。」
「あと、そろそろ夕食だから降りて来い。」
そういい恭也が部屋を出て、その後を続くようになのはも後に続く。
「君の名前は?」
「マユ・・マユ・アスカ。」
ここはクルーゼの自室。ここで目覚めたマユはクルーゼからいろいろ質問されている。
マユはこの男を奇妙な人だと思った。
その一番の理由は変な仮面をかぶっていることであった。
だが、実際彼女を助けたのは彼なのだから、そこまで悪い人じゃないと思い、話を聞いている。
彼女はいろいろ話した。
自分はオーブ出身で、家族がいるが戦争に巻き込まれて、それでなぜかその家族の顔がどうしても思い出せないこと。
いろいろ聞いたクルーゼは、不意にこんなことを言った。
「ところで、今年は何年か知っているかな?」
奇妙なこと聞いている人だなとおもい答える。
「今年って・・・・コズミック・イラ71年でしょ?」
それを聞いて仮面の下の彼の顔は笑っていた。
・・何なんだろう・・・この人・・・・
「信じてくれとはいわんが、今私たちがいる場所はコズミック・イラではない。」
「え?」(何を言ってるんだろう、この人・・・)
マユはどこかにドッキリカメラでもあるのではないかと、いろいろ見渡す。
だが、この部屋にあるのはベッドとデスクのみ。
デスクも彼がかぶっているマスクのスペアと同じ数の、これまた奇妙なデザインのサングラス。それと変な薬のみ。
「まあ、簡単に言えば、魔法がある世界、といえばいいかな?」
ここはコズミック・イラではないの次は、ここは魔法の世界。
だんだんマユの頭が痛くなってきた。
「君は知らないかもしれないが、私が君を助けたときには、君の右腕はちぎれていてね。」
それを聞いてマユは自分の腕を見る。
そこには普段どおり自分の右腕があった。
「だが、私が世話になっている人が、君の右腕を直してくれてね。そうだ、今から会いに行ってもいいだろう。」
そういいクルーゼはマユをつれてプレシアのいる研究室へと向かった。
「何なの・・・・これは・・・」
プレシアは驚いている。
あのクルーゼが拾ってきた少女に、ある処置を施した。
それは、幼い子供がするにはあまりにも負担が多い。
だが、この少女にいたってはそこまでたいした副作用や傷害などは見られない。
予想以上にうまくいったのもひとつの要因だが、これだけではない。
「あいつ・・・ほかにも何か・・・」
おそらく、ほかにも何か隠している。あの娘のことで・・・・
「クルーゼだが、いいかね。」
うわさをすれば、その張本人が尋ねてきた。
「・・・・何のよう?」
「例の娘が目を覚ましてね。礼を言いたいと。」
簡潔に内容を説明して、しばし考え、中に入れた。
「あ・・・あの・・・」
部屋に入ってクルーゼの横にいる少女が話しかけている。
「助けてくれて、ありがとうございます。」
何故だろう・・・何か暖かいものを感じるものがあった。
プレシアを失って、初めて人に素直に「ありがとう」と心から感謝された気がした。
「・・・・クルーゼ・・・・」
「何ですかな?」
「いったん部屋に戻って・・・」
「分かりました。」
そういいクルーゼは素直に部屋を出て行く。」
今、部屋には二人きり。
「あなた、名前は。」
「マユ・アスカです。」
マユはプレシアの表情に少し怖さを覚える。
「あなたを治したのには、ちょっとした理由があるの。」
そういいプレシアはアリシアのほうを見る。
「あの娘は?」
アリシアについて、マユがたずねる。
「私の娘よ・・・・といっても、今は死んでるけど。」
それを聞いてマユは目も前の少女を見る。
死んでいるというよりは、ぐっすりと眠っている状態にみえた。
「でも、それも終る。アリシアは生き返る。」
マユは分からないことばかりだった。
人が生き返る。漫画の世界でしか言いそうにないこと。
「本当なんですか?人が生き返るって。」
ひと、何気なく言ってしまった。
「ええ、クルーゼに聞いた限りでは、あなたの世界では魔法というものがないと聞いたわ。
知らなくて当然よ。」
プレシアは、今までにない優しい感じで言う
「お願いっていうのは・・・・」
プレシアはマユのほうを向く。
その表情は先ほどまでと違い、やさしい母親の顔だった。
クルーゼを返したのは、こんな顔を見られたくなかったからだ。
「この子が生き返っても、私とアリシアしかいなくて、お友達がいないの。だから、アリシアが生き返ったら、友達になって欲しいの。」
プレシアに言われてマユは考えた。
そして出した答えは。
「分かりました。やっぱり、友達は多いほうがいいですよね。」
笑いながらマユはいう。
こういう空気は久しぶりだ。プレシアは思う。
何か、このマユという少女とアリシアは、何か似ているところでもあるのだろうか。
こうしてプレシアは、久しぶりの、人としての感情を少しずつ取り戻してゆく。
「「「いただきまーす」」」
今高町家では、シンを交えての夕食が始まっていた。
時間はすでに8時半が来ようとしていた。夕食としては遅い。
高町家では「食事は全員で食べる。」がモットーらしい。
ちなみにメニューはカレー。
その中でシンは呆れたような目で前を見た。
「いやあ、相変わらず母さんのご飯はおいしいなあ。」
「そうでしょ。今日はちょっと隠し味にいろいろ入れてみたのよ。」
「シン君もたくさん食べろよ。こんなうまいカレーを食べる機会なんてめったにないだろうからな。」
「あ・・はい・・・」
「やだもうあなたったら!」
いつの間にか二人の空間が出来上がっていた。
(いい年こいでなにやってんだよとこの人達・・・・)
こういうのをなんていったっけ?絶対領域?A・○フィールド?
確かに料理はうまい。流石喫茶店を経営しているだけのことはある。
だが・・・目の前の二人はどう見ても夫婦というより甘いときを過ごしている恋人同士・・・・それも重度のバカップルの。
(いつもこんな感じなのか?)
シンはこそっとなのはに聞く。
(うん。そうだよ。)
話の内容を察知し、なのはも同じようにこそっと答える。
(・・・仲いいんだな。ものすっごく・・・)
(うん、とっても。それに・・・)
なのはは、士郎たちとは違う方向、つまり、恭也たちを指差した。
向こうでも、やや二人の空間が出来上がっていた。
「・・・・・・」
シンは、この家はいい意味で普通じゃないと思った。
(家族に愛されてるって自覚あるんだけど・・・なんかわたしだけちょっとこう浮いてるっていうか・・・)
なのはのいいたいこともわかる。
そこでシンはちょっとしたアドバイスを入れた。
(お前が浮いてるんじゃない。ほかの人が浮きすぎてるんだ。)
シンはこそっと、しかしきっぱりといった。
それにはなのはも苦笑いを浮かべながら同意するしかない。
そこで、シンは以前から疑問に思っていることがあった。
(桃子さんだっけ・・・この人いくつなんだ?)
家族の母親である桃子と、長男の恭也を見比べる。
どうも今にも成人を迎えそうな人の母親には見えない。若すぎる。
だが、とても聞きづらく、言えるはずもなく、もくもくとカレーを食べる。
「ふぅ。」
シンはあてがわれた客室でぐったりしていた。
風呂にも入って、今はシャツとズボンという格好であった。
泊まることになった経緯を士郎から詳しく聞いた。
「俺は子供かよ・・・・」
まあ、はやてがシンの身を考えてのことなのはわかるが・・・・
「にしても、ヘマしたな。」
そういいながらシンは切られた左頬をさする。
「ちょっといいかな?」
そのとき、ドアの向こうで声が聞こえた。美由希の声だった。
シンは彼女を中に入れた。
「何?」
シンは尋ねると美由希は気恥ずかしそうに答えた。
「お礼、言い忘れたから。助けてくれてありがとう。それと、傷のほうは大丈夫?」
まだ気にしてたのか。そう思いながらシンは答える。
「別に、気にすんなよ。こっちから首突っ込んだんだし。」
なぜか場に重い空気が流れる。
何とかしようとシンは何か話のネタはないかと探す。
「なあ、あんたの兄貴って、年いくつなんだ?」
ふいに気になって切ることを聞く。
「え、恭ちゃん?今年で二十歳になるけど。」
それを聞いて黙り込むシン。そして。
「・・・・母親は?・・・・」
「・・・・女性の年齢を聞く気?・・・・」
「じゃあ兄貴は別にいいのかよ。」
「だって恭ちゃんはそんなこと気にしないもん。」
ふうん、と言葉だけ返すシン。
変なことを思われるわけにはいかないので、正直に話す。
「今年で成人を迎えるような子供を持ってる割にはあんたの母親は若いなって思っただけだよ。」
それを聞いて、ああと相槌を打つ美由希。
「そういえば、話してなかったね。」
何のことだ?と思いながらシンは美由希を見る。
「父さんと母さんの子供は、なのはだけ。」
それを聞いてえ?と驚く。
「恭ちゃんは父さんは父さんだけど、母さんは父さんの前の母さんで、連れ子。それで、私の本当の母さんは父さんの妹。」
思ってもいないことを言われて、少し混乱するシン。
「それで私の家族は・・・・全員テロで死んで・・・・今の父さんが私を預かってくれるようになったの。」
非常に気まずい雰囲気になった。
そんな事情があったなんて思っても見なかった。
「・・悪い。へんなこと聞いた。」
謝ることしかできないシン。
「べつにいいよ。これでお互い様だし。」
「え?」
「前におしえてくれたでしょ?シンの家族のこと。」
数日前、みんなの前でシンは家族のことを話した。
「シンのことだけ聞いて、うちのことだけ話さないって不公平でしょ?だから話したの。」
そういうものか?とシンは思ったが、まあいいかと思った。
ここで、不意に美由紀が尋ねてくる。
「ねえ、そういえば、シンって感じでどう書くの?」
「は?」
「だから、アスカ・シンって、感じでどう書くかって聞いてるの。」
しばらく考えて、ああといっている意味を理解するシン。
(そういえば、ここの国の名前って漢字で書いてるんだな。)
オーブがこの国と同じ言葉を使って言うことを思い出す。(おかげで、難なく文字とかが読めるのだが)
「名前に漢字なんて使ってない。カタカナでシン・アスカでいい。ファミリーネームも名前の後に付ける。」
それを聞いて、え?とシンをみる美由希。
「確かに、俺が住んでた国にこの言葉は使われてたし、漢字もあるけど、名前はカタカナだ。」
同じ言葉を使っているのに、名前には使わない。
美由希は、ほんとに彼は異世界からきたんだなと少し実感する。
話しているうちに美由希は、眠気が来た。
あれから結構話し込んでしまった。
「もうこんな時間。じゃ、私は寝るから、お休み。」
そういい部屋から出ていく美由希。
「さて、俺も寝るか。」
そういい部屋の明かりを消して寝床に着いた。」
「ふあぁぁーー」
大きなあくびをしながらしながら美由希は自分の部屋を戻る。
そこに・・・・
「おねえちゃん?」
後ろからなのはが話しかけてきた。
「なのは、まだ起きてたの?」
「ううん。ちょっとトイレで目が覚めただけ。」
そういってるなのはは、明らかに自分よりもはるかに眠たそうだ。
「おねえちゃん、さっきまでシン君の部屋にいたの?」
「え・・うん・・まあね。」
なぜか、シンのことを聞かれたら恥ずかしくなる美由希。
「ほら、早く寝ないと朝起きれないよ。」
はぁい、といいながら自分の部屋に戻るなのは。
(なんなんだろう・・・)
なんか、いままで感じなかった感情が、少しずつ芽生え始める、こんな感じがあった。
(っとといけない。早く寝よ。明日も朝速いし。)
そういい、別に学校に行かなくてもいいシンを少し羨ましながら部屋に戻る。
それ以降、何故かシンのことばかり考えているかも知らずに・・・・・