「美由希、今日はちょっと遅れるから、先に行っておいてくれ」
恭也と美由希は、いつものように早朝トレーニングをすることになった。
今日のメニューは早朝ランニング。
だが、恭也はちょっと遅れるので、先に行っておいてくれと言う。
美由希はわかった、とだけ言って先にランニングを始める。
一方八神家でも……
「今日はランニングだな」
シグナムの言葉に、ああと簡単に返すシン。
「なんだ、今日はやけに楽だな」
シグナムは以前、シンの体力を高さを見たはずである。
それなのになんでわざわざ……
「まあ、たまにはな……」
何か含みのあるような笑みを浮かべるシグナム。
その笑みに少し違和感を感じるシン。
「それに、今回私は参加できない。早く起きてるんだったらたまには主の朝食の準備を手伝ってみたらどうだ、とシャマルに言われてな」
その言葉にも何か違和感を感じるシンだが、まあいいやと思って準備をするシン。
これが、八神家と高町家の策略(立案者、高町桃子、八神はやて、シャマル。協力者、高町恭也、シグナム)であることに、シンも、そして美由希も気付かない。
「えっと道のりは……」
シンは走りながら走る前にシグナムに渡された地図を思い出す。
シグナムに今日はこのコースを走れといわれて、一枚の紙を渡された。
道のりを思い出し、次の角を曲がったところだった。
自分のようにジャージを着ていて、早朝マラソンをやっているようだが……
「あ……」
シンと、そのシンと向かい合うようにいる人物、美由希は動きを止める。
「お前もランニング?」
シンの言葉にうん、という美由希。
ふと気付く。
あのシグナムの微妙な笑みを思い出す。
(もしかして俺、はめられた?)
このように美由希と会うように仕向けたのだろうか。
はやてとシャマルならやりかねない。
(おのれ……図ったなシャマル!)
シグナムのおそらく「主の命ならば」とか言って協力しているのだろう。
おそらく高町家でもおそらく桃子あたりがやってそうだ。
どのような思惑があるかは全然心当たりはないが……
「とりあえず、一緒に走る?」
シンの言葉に、美由希は静かに頷くのだった。
「さて、うまくいくかしら」
シャマルはニコニコしながら鍋を回す。
おそらく門戸も同じことを思っているだろう。
「全く。シャマルも主も、何を考えているのか……」
逆に、シグナムはため息をしながら包丁を使い野菜を切っている。
だが、主の命である限り、シグナムは逆らうことが出来ない。
ちなみに、何故シグナムが朝食の準備をしているのかというと、シグナムが言っていた「たまには主の朝食の準備を手伝え」はその場のごまかしだったのだが、シャマルとはやてに聞かれて、「じゃあ手伝ってもらおうか」という流れになって今食材を切っている。
「シグナム、その持ち方危ないわよ」
シャマルの言葉に、シグナムは問題ないという。
「伊達に今までレヴァンテインを扱ってきたわけではない」
そういうシグナムに、包丁じゃなくって……と言おうとしたとき。
「っつ」
シグナムは指を切った。
「ほら。包丁じゃなくって、支えるほうの手の指先は曲げるか立てとかないと……」
シャマルはため息を付く。
不覚……シグナムはそう思いながら切った指をくわえる。
刃物が違うだけでこうまで扱いが違うのか……
「それくらい、私やはやてちゃんどころか、なのはちゃんやフェイトちゃんにだって出来ることよ?」
フェイトの名前を出されて言葉を失うシグナム。
ライバルと認める人物に負けて少し悔しいのだろうか?
もっとも、シャマルも最近なってそれをやりだしたのだが……
シャマルはそんなシグナムを見ながらいう。
「一度、フェイトちゃんに教えてもらった?」
にやついた笑いを浮かべながらシャマルは言う。
それを見て五月蝿い、と静かに言うシグナム。
「それだったら主に教えてもらう」
そういう顔はかなり赤い。
あまりアスカのこともいえないな。シグナムはそう思った。
それ以降、時々調理を手伝うようになったシグナム。
目標は、まずはシャマルを超えること。
「シグナム、それってどういうこと?」
シンと美由希、二人は無言で走りながらメニューをこなす。
どうやら走るコースも一緒らしい。
その中で、美由希が何かを決心したように頷いて、シンにたずねる。
「ねえ」
美由希に呼ばれて、走るのをやめるシン。
「何?」
「夕方、時間空いてる?」
美由希に言われて、シンは今日のメニューを考える。
確か今日の訓練は朝だけだったはず。
「空いてるけど?」
それを聞いてほっとする美由希。
「それで、なのはがいつも魔法の特訓するところがあるでしょ?」
それを聞いてああ、と思い出す。
前に一度魔法の訓練を見たし、あそこでなのはの強化訓練もした。
「それで、夕方の6時くらいにそこで待ってて欲しいの」
美由希の言葉にわかった、というシン。
その後二人は別れてそれぞれの家に戻っていった。
「あ、シン。お帰り」
家に帰ると、はやてがいつもとは違う笑みをシンを出迎える。
なにか、とても含みのある笑みなのだ。
これでわかった。確実にあれははやて、そしてシャマルの仕業だ。
「ただいま」
既に朝食の準備が出来ていて、シンは席へ座る。
そこへ、シャマルがニコニコしながら話しかけてくる。
「シン君。今日の早朝訓練、何か変わったことはなかった?」
シンは黙りながら朝食を食べる。
別に話す義理もない。
「だまってるってことは、なにかあるってことやな?」
今度ははやてが迫ってくる。
何なんだよお前ら、と睨み返すシン。
そして、助けを求めようとシグナム、そしてザフィーラをチラ見するシン。
多分ヴィータは役に立たないだろうし、事前にはやてに何か言われてそうだったからだ。
だが、その刃の矛先はすでにシグナムとザフィーラにもむけられて、言葉にこそ出さないが「すまない」という幻聴が聞こえてきた気がした。
なおも迫ってくるシャマル。
ついにシンは……
「朝に美由希と会っただけだよ」
負けた、といった感じでシンは白状する。
それを聞いてニコニコする二人。
「それで?」
なおも執拗に迫ってくるシャマル。
なんなんだよ、とおもいながらシンは朝食を食べ続ける。
「例えば、いつか会う約束とか……」
その言葉にぴくっと一瞬反応するシン。
そこをシャマルは見逃さない。
「したのね、いつ?いつ?」
あまりにもしつこいシャマルに、流石のはやても……
「シャマル、それはちょっとやりすぎ……」
やりすぎ、と言おうとしたが遅かった。
シャマルの顔めがけて、シンは思いっきり殴った。
ギャグ漫画みたいに思いっきり拳が顔にのめりこむ。
こればかりはだれもフォローを入れない。
「い、痛い……」
顔を押さえて座り込むシャマル。
「お前が悪い」
全く、とシンはさっさと朝食を平らげる。
「シャマル」
シグナムはふとシャマルに言いたいことがあった。
「アスカを尾行しないようにな。今度はパンチでは済まされないかも知れんぞ」
わかってる、といって必死で自分の顔面を治療するシャマル。
これだけすれば邪魔はないだろう。
(にしてもあいつ、いったい何を話すつもりなんだ)
シンは美由希のことを思いながら、自分の部屋へと戻っていった。
「え?美由希さんが何か変?」
アリサの言葉に、うんと頷くなのは。
今日起きてきたら、姉がなにかそわそわしていたのだ。
どうしたのだろうと思って聞いてみても何も教えてくれないし、そのことを母の桃子の聞いても、笑いながら教えてくれない。
なのはのを聞いて、はやては思った。
(桃子さん、なのはちゃんには話してないんやな)
そう思いながら今朝のことを話すはやて。
「じつはな、今日シンが朝のランニングで美由希さんに会ったていいよったけど、それとかんけいあるんかなあ?」
はやての言葉に、それよ!とアリサは叫ぶ。
以前アリサは遊園地でシンと彼女の二人で遊びに出かけているのを目撃している。
それを踏まえて今回のことで言うと……
「どっちかが告白するわね」
そういいきったアリサ。
そういえば、となのはは思い出す。
「おねえちゃん、一回シン君に助けてもらったから、それが関係してるのかなあ?シン君の頬の傷もそのときで着たみたいだし」
なのははあのときの血まみれのシンを思い出し、少し背筋を凍らせる。
管理局で働く以上、ああいうのにも耐えなきゃいけないのだろうか?
「じゃあ間違いないわ、美由希さんがシンに告白するのよ、うん間違いないわ!」
どこからそういえる自身があるんだろう……
そこでしばらくアリサは考え……
「よし!今日は運よく誰も習い事とかないし、帰ったら美由希さんかシン。どっちかのあとをつけるわよ!!」
アリサの言葉にえー!?と回りは驚く。
「だ、だめだよ邪魔しちゃ……」
フェイトはアリサにいって、はやても頷く。
「せや、どうせ結果はきまっとるし」
はやての言葉に?マークをつけるアリサたち。
何で既に結果が決まってるのだろうか……
それを見て、はやては気付いた。
「なのはちゃん。せつめいしてなかったん?」
そういえば、となのはとフェイトは思い出す。
まだ二人には、シンが元の世界へ戻るということを教えていない。
「実は………」
そして時は過ぎ、美由希は朝言ったとおりの場所でシンを待つ。
(まだかな?)
時計を見ると、待ち合わせ時間まであと5分。
その同時刻。
(どう?)
(だめ、まだシンは来てないみたいだけど……)
フェイトはため息をつきながらアリサを見る。
言いたいことは皆も同じだ。
(ばれないかな、これ?)
皆は少し離れたベンチとすぐそばにある木に隠れている。
子供だからこそ出来る芸当だろう。
(大丈夫よ、美由希さんって意外ととろいし。あいつも多分気付かないわよ)
そうかな?となのはは思う。
確かに姉は時々どこかぬけているが、シンはれっきとした軍人だ。そこまで鈍くないだろう。
隠れるためにちょっとした結界を張ることも出来るが、シンは今魔術師ですぐばれるのでそれも通用しない。
(あ、きた)
アリサがシンを見つける。
何かかばんを持ってきていて、何故それを持ってきているかわからなかった。
そのとき、シンは少しため息を付いた気がしたが、それはなのはたちにもわからなかった。
「えっと、話って何?」
シンは美由希に呼んだ理由を尋ねる。
美由希はえっと、と俯いている。
やはり恥ずかしい。
だが、いわなければ先に進まないし、何より誘ったのは自分だ。
「話があって呼んだんだけど……」
話?と不思議に思うシン。
「話だったら朝でも良かったんじゃ?」
それはそうだけど……と少しため息を付く美由希。
「どうしても今じゃないとだめなの。シンって少ししたら元の世界に帰っちゃうんでしょ?」
ああ、と頷くシン。
何で彼女が、と思ったが、おそらくなのはから聞いたのだろう。
「だから、今のうちに言っておきたい……」
何かを決したように、美由希は前を向く。
なのはたちもこそっとその様子を見る。
「私は、シンのことが、す…好きだから…」
………しばらく訪れる静寂……
「……え……えーー!?」
シンはいきなりのことで驚いて美由希を見る。
まさか本当に告白だとは思わなかった。
美由希の顔は真っ赤に染まっている。
「だ、だから……付き合ってくれたら……」
美由希の言葉に未だに唖然とするシン。
だが、ここでふと思う。
美由希は彼が元の世界へ戻るということを知っていてこの話をした。
それは、今回の結果はどうなるのかは火を見るより明らかだった。
シンは落ち着きを取り戻し、暗い表情をする。
それだけで結果がわかるように
「………ごめん」
シンはすまなそうに言う。
「俺、元の世界へ帰らなきゃいけない。そうしたら、今度いつ会えるかかわからない」
それに、と付け加える。
「俺の帰りを待ってくれている人がいるから」
シンはMIA扱いで、まだ死んだと完全に決まったわけではない(それでもほとんど戦死だが)
だから、早く帰って自分は無事だと伝えたい。
特に、守るって誓ったあの赤い髪の少女に(自分より年上に少女って言うのもへんだが)
「だから、ごめん……」
そういうシンに、そっか、と美由希は言う。
その顔はさっきとは違い、どこかすがすがしい。
「けど、これですっきりした……ありがと」
さっきと全く違う美由希に多少驚くシン。
切り替えが早いのか、そうじゃないのか……
けど、これでよりいっそうもとの世界へ戻ると決心したシン。
「さて……」
シンはそういってかばんの中からあるものを取り出す。
それは……
「それなに?モデルガン?」
意外なものを持ってるんだなあと思った美由希。
シンはゆっくりとそれを一方の方向へかまえたが、ため息とともにすぐに解いた。
美由希も不思議そうにシンが向いたほうを向く。
そこには……
「なのは!?」
美由紀は驚いてなのはを見る。
いつからそこに?
「お姉ちゃんごめんなさい。ちょっと気になって」
最初は本人もやめようと思っていたが、やはりなのはも気になっていてアリサをリーダーとしてこそっと美由希をつけていたことがわかった。
その時に使ったのか、何故か複数の段ボール箱が近くにあった。
妹達に自分の告白を聞かれて再度顔を赤くする美由希。
シンのほうは半ば呆れていた。
「それにしても、このモデルガンよく出来ているわね。重量とか」
ふとみると、アリサがシンが持っている銃を興味心身に見ている。
アリサはそれをモデルガンと思い込み、それをわざとすずかのほうに向ける。
「ちょっとアリサちゃん!それ本物や!!モデルガンとちゃう!!」
そんなアリサを見てはやてが急ぐようにとめる。
はやては一度、シンからそれは本物だと聞かされている。
はやての言葉でええ!?とアリサは銃を見る。
一応ロックがかかっているから撃つことはまず出来ないとは思うが。
「何でこんなんもってきたん?」
はやては少しびくつきながら尋ねる。
なんとなく理由はわかる気がするが。
「朝のことがあるから、対シャマル用に持ってきた。ナイフもあるぞ」
やっぱり、とはやては思った。
本人は来ていないみたいだから良かった、とはやては思った。
そこえ、アリサが聞きたいことがあった。
「ねえ、ナイフも見せてよ、ちょっと軍人が使う武器に興味あるし」
それは小太刀を習う美由希も興味があった。
わかったよ、といってシンはナイフを取り出す。
まあ、以前レイと一緒に模擬戦をしたときに見せたと思うけど。
だが、アリサたちは本物の軍人用のナイフをまじまじと見る。
まあ、本来なかなか見れないものが見れるからだろうが。
(もうこういうのも見れなくなるのか、ちょっと寂しいな)
シンはその光景を見て思わず笑うのであった。
そして数日後、本部からの武装隊も到着し、ちゃくちゃくと決戦も近づいて来るのだった。
「レイ君、ちょっといい?」
レイが食堂で休んでいて、そこにリンディが話しかける。
「なんですか?」
レイはあくまで表情を変えないままリンディにたずねる。
だが、最近彼の微妙な変化に気付きつつあるリンディ。
伊達に難しい年頃の男の子を育てていない。
そんなリンディはあることに気付く。
「最近、何か様子が違うみたいだけど、何かあったの?」
リンディの言葉にピクっとわずかに反応するレイ。
「できればでいいから、説明してくれる?」
そういうリンディに、レイはどこか温かいものを感じて、口をこぼす。
「最近、わからなくなってきているんです。自分が誰なのか……」
フェイト、そして夢に出てきたブレア。
この世界で起こったさまざまな出来事にレイは悩んでいるのだ。
リンディはそれを聞いて、いつものお茶を飲んで答える。
「フェイトさんと同じことを言うかもしれないけど、それは、あなたがあなただからじゃないかしら?」
その言葉に、レイはピクッと一瞬体を震わせる。
「一つ聞きたいけど、あなたがどうしたいの?」
レイは俯きながら考える。
(俺がしたいこと……)
考えているレイを見てリンディは微笑む。
「あなたのそんな表情、始めてみるわね」
え?とレイはリンディを見る。
「そうやって何かを一生懸命やろうとする表情を。なんていうのかしら……そう、人間らしい表情って言うの。何かあなたって、ずっと無表情だから余慶にね」
その言葉にレイははっとする。
「もう一度いうけど、あなたはあなたよ。あなたはラウ・ル・クルーゼでも、アル・ダ・フラガでもない。だって、あなたにはちゃんと名前があるじゃない。レイ・ザ・バレルっていうちゃんとした名前がね」
その言葉に、レイは何か熱いものがこみ上げるような気持ちになる。
それと、とリンディはレイに言う。
「彼女にも謝っておきなさい。あなたの言葉のせいで体調まで崩したのよ」
彼女と言うのはおそらくフェイト・テスタロッサのことだろう。
あまり近づくわけにもいかないと思い接触を出来るだけ避けていたが、まさか体調まで崩していたとは思わなかった。
わかりました、とだけいって静かに席を立つレイ。
その姿は、少しだけだがどこか迷いが取れたような感じであった。
もちろん、普通の人にはわかりにくく、ほんのわずか、だが。
そんなレイを見てリンディは一人微笑むのだった。
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