Seed-NANOHA_547氏_第01話

Last-modified: 2008-10-18 (土) 17:18:00

 走る、走る。ただ、ひたすら走る。両親と兄に連れられて、少女は恐怖に涙を浮かべながらも懸命に走り続ける。
 周囲を飛び交うビームやミサイル――それらが引き起こした衝撃に、少女は足をとられかけてしまう。
「ああん! マユの携帯っ!」
 大戦の影響で通信機能のほとんどが使えなくなってからも、少女が大切にし続けていた携帯電話が、林道脇の斜面を転がり落ちていく。
 木の根に引っ掛かって止まったそれを、斜面へと飛び出した兄が拾い上げた時だった。
 凄まじい衝撃と轟音が少女の身を襲った。
 巻き起こる爆風にその身を翻弄されながら、自らの人生を振り返るだけの猶予が不思議と少女にはあった。
(……どうして、こんな事になっちゃったのかな?)
 温かな家族に恵まれた平穏な日々。生まれた時から在った幸せが終わる時が来るなど、少女は考えた事もなかった。
(お父さん、お母さん……お兄ちゃん……)
 理不尽な暴力と肥大していくばかりの死の予感の中で、自らの家族の事を思い浮かべながら少女が目にしたのは――青い翼を広げた白いMSだった。
 そして、少女はそのまま意識を失った。

 

 それは幾重にも重なった偶然だった。
 唐突に――世界が歪む。
 現れたのは、鈍く光る十数センチ程の大きさの黒い水晶。
 消えたのは、先ほど意識を閉ざした全身傷だらけの少女。
 2年後――この世界を震撼させる事件の発端に気づいた者は、誰もいなかった。

 

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 目を覚まして最初に見えたのは白い天井だった。
 視線だけを僅かに動かしてみる。四方を囲っている壁も白色だ。左側の壁にはドアがあった。どことなくスクールの保健室を思い起こさせる――だけど、知らない部屋。
(……ここ、どこだろう?)
 それにしても酷い夢を見た。家族と自分が死んでしまう夢。妙に現実感に溢れ、思い返すだけでもぞっとする悪夢。

 

 不意にドアが開き、見知らぬ人達が数名室内に入って来た。先頭の黒衣に包まれた少年は、こちらが目覚めている事に気づいたらしく声を掛けてくる。
「ん? 気がついたみたいだね?」
「……えっと……?」
「僕は時空管理局提督のクロノ・ハラオウンだ」
「私は――!?」
 自分も名乗ろうと身を起こそうとした際に、生じた違和感。在るはずの物が無い感覚。視界に移るのは肘から先が欠けた左腕。
 フラッシュバックする先程の悪夢――夢だと思った出来事。
「い……嫌ぁぁぁぁっ!」

 

 認識してしまった現実に、少女――マユ・アスカは否定の絶叫を上げる事しかできなかった。

 

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 転移事故に因り異世界へ飛ばされたマユを現地の魔導師が保護。その後、マユが管理局の預かりとなってから、二年の月日が経っていた。
 次元世界を管理する司法機関――時空管理局のL級艦船であるアースラ。その艦内にある転送ポートの前には、二人の少女と一人の青年が向き合っていた。
 片方の少女――マユ・アスカが青年に頭を下げる。
「今までお世話になりました」
「ああ」
「他の皆さんにお別れできないのが残念ですけど……」
 この二年間にできた友人達は、そのほとんどが出払っていた。一刻も早く元の世界に帰りたいが、友人達とゆっくり別れの挨拶も交わせないのは名残惜しくもある。
「もう二度と会えなくなる訳じゃない。君の世界は管理局の管轄外だが……まぁ、君個人との交流だけなら、さほど問題は無いさ」
 青年――クロノ・ハラオウンの意外な返答に、マユの表情は明るくなる。
「クロノ君ってば、やっさしい~♪」
「うっ……ぼ、僕は別に――」
「ありがとうごさいます、クロノさん!」
 茶化された照れ隠しにクロノが上げようとした反論の声は、マユによって掻き消される。
 クロノを茶化したのは、茶色の髪を頭の両脇で結った少女――高町なのは。私立聖祥中学校に通う十三歳の中学一年生。同時に――時空管理局航空教導隊所属の三等空尉という肩書きを持つ魔導師でもある。
 そして二年前、マユを保護したのも彼女だった。
「ったく……そんな事よりも、彼女の事、しっかり頼むぞ」
「うん。任せて、クロノ君」
『それと……例の件、くれぐれも無茶はするなよ?』
『うん。それも分かってる』
 マユには聞かれたくない為、念話――魔導師間でのみ行える通信魔法――で問い掛けるクロノに答えながら、なのはは一時間程前のクロノとのやり取りを思い返す。

 

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「調査?」
「ああ」
 自分が浮かべた疑問符にクロノが答えてくる。
 自分達の世界とマユが住んでいた世界は類似項が多く、次元座標的にも比較的近い位置に在るらしい。それにも拘らず、マユの世界の座標特定に二年もの月日を要したのだ。
「単純に――偶発的な転移事故であればいいんだがな」
 クロノが言うには――マユの世界周辺の次元層で少しばかり不自然な歪みが観測されたが、アースラの現在位置からでは調査・解析が困難。差し迫って危険な状態という訳ではないが、念の為に現地調査を行おうという事になった。
 らしいのだが――
「毎度の事ながら、管理局は慢性的な人手不足でね。調査隊編成の為の人員確保が難しい状況なんだ」
「フェイトちゃんやはやてちゃん達も任務中だもんね」
 クロノのぼやきに対して、別世界で活動中であろう親友達の事を思い浮かべる。
「そこでだ。任務明けで非番中の君に頼むのもなんなんだが、先行調査をして来てほしいんだ」
「う~ん……それは別にいいんだけど……私、そっち系は苦手だよ?」
 自分の魔力運用は戦闘スキルに特化している。補助系――もちろん、探索系も含む――は苦手なのだ。
「だから、というのもある。君にも知覚できる程の魔力干渉の存在。本来、魔法という概念の無い世界で――だ。それによって、調査隊の派遣を少しは早める事ができる」
「……それって、私としてはびみょ~な気が……」
「人には向き不向きがある。今さら悲観する様な事でもないだろう?」
「むぅ~……それはそうなんだけど……」
 どこか納得がいかない。
「それに、本音としては『現地にいる教導隊所属のAAA+ランク魔導師からの要請』という事実が役に立つ」
「そうなの?」
「ああ。だから――今回は、マユ・アスカ送還のサポートが優先目的。調査の方は、そのついでぐらいのつもりでいてくれればいい」
「了解しました、クロノ提督!」
 そういう事ならばと、ワザとらしい敬礼を交えて応えてみせた。

 

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『クロノ君、そろそろいいかな?』
「ああ、頼む」
 自分への通信に答えるクロノ。
『了解!』
 クロノの指示を受けて、アースラの管制司令――エイミィ・リミエッタが手元の端末を操作すると、なのはとマユが入っている転送ポートが発光し始める。
「クロノさん、本当にありがとうございました」
「ああ。元気でな」
「クロノさんも」
「それじゃ、高町なのは、行ってきま~す!」
 なのはとマユが、アースラの管制システムのサポートを受けた転送ポートによって転移する。

 

 それは――ある一つの世界に運命の鍵が挿された瞬間だった。