オーブ本島ヤラファス島の市街地から離れた山中で、転移魔法陣がその役目を終えて消える。
二人の少女がオーブの大地を踏む。特にマユの方は何とも言えない感慨に包まれる。
(帰って来たんだ……わたし)
「ここがマユちゃんの世界なんだね」
「うん。そして、わたしの生まれ育った国だよ」
「良かったね。帰って来られて」
「うん。ありがとう!」
「じゃ、早速。街に行こうよ?」
「うん」
二人は山を下りてすぐの通りでバスに乗り、市街地へと移動。
まずは、マユの戸籍情報を確認する為に、オーブ行政局の住民課を訪れていた。そこでマユがオーブで暮らしていく為の手続きをしていく。
「――はい、これで住民登録の変更は完了です」
「はい。ありがとうございました」
マユが窓口担当者にお礼を述べる。
彼女は行方不明者――といっても、実質的には死亡者――扱いだったが、本人の確認が取れたので、オーブ在住民として再登録してもらった。コーディネイターであるマユの遺伝子情報が記録に残っていた為、身分確認に問題が無かったのは幸いだった。
また、マユが住んでいた地域は戦後の区画整理を受けていて、一家不在だったアスカ宅も既になくなっているらしかった。
住んでいた家が無くなってしまっているマユに、担当者は孤児院を紹介してくれた。その孤児院は、今日からでもマユを受け入れてくれるらしい。
用件が済んだ二人は、その孤児院へ向かう為に、再びバスに乗る。
「孤児院、良い所だといいね」
「う~ん……まあ、あまり贅沢は言えない立場だしね。なるべく早く独りで生活できる様に頑張るつもり」
「そっか。大変だろうけど頑張ってね。私、応援してるから」
「ありがとう、なのはちゃん」
マユの自立意識は強くなっていた。
管理局の保護の下、ミッドチルダで二年間を過ごしたマユにとって、同い年のはずのなのは達が管理局所属の魔導師として働く姿が自立した女性に見えていた――なのは達も本人達の世界では年相応の生活を送っているのだが、マユにはそれを目にする機会が無い為、そういった印象が強いのだ。
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彼は被害者だった。
何も知らずに平凡な学生生活を送っていた彼の日常は――ある日を境に一変する。
戦闘に巻き込まれた彼は、成り行きで戦う事となる。
大切な人達を守る為に戦う彼が向ける銃口の先には――彼の親友の姿もあった。
戦う度に守れなかったものが増えていった。彼は傷ついていき――彼もまた、周りを傷つけていく。
やがて、悲しみと憎しみは狂気となり、彼は親友と殺し合う。
そうまでして辿り着いた想い――憎しみの連鎖を終わらせる為に、自分の出来る事をする。
しかし、運命はさらに彼を傷つける。大切なものも、また守り切れなかった。
結局は――悲しみと憎しみの果てに彼は敵を討ってしまう。
それでも、戦争はようやく終わりを告げた。
疲弊しきった彼は、姉の配慮により母国での生活を始める。そこで、一緒に生活する子供達が日々を懸命に生きる姿に希望を見つける。
ある時――子供達の両親の大半が、連合がオーブに侵略してきた際の戦闘に巻き込まれて亡くなった事を知る。
彼もその戦闘に参加していた。ならば――この孤児達を作ったのは?
彼は、自身の手が血塗られている事をより深く思い知らされる。
彼は被害者であると同時に加害者だった。
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彼女は苦悩していた。
戦後――彼女は一人の女として最愛の人に寄り添い、その傷を癒す道を選んだ。プラントの未来を導いて欲しいという数多の想いを捨ててまで。
彼女さえ、その身に課せられた責務を果たしていれば――狂人達がその狂気を地上に降らせる事も、さらなる狂気が宇宙で放たれる事も、再びこの世界が悲しみと憎しみの連鎖に囚われた戦争に向かう様な事にもならなかったのではないか?
いや、今からでも――彼女になら出来る事は山程あるだろう。開戦は避けられずとも、戦争の早期終結の力にはなれる。先の大戦の様な愚行をせずとも――人々から『平和の歌姫』と呼ばれた彼女になら。
だが、それでも――未だ傷ついたままの最愛の人の傍を離れる事はできそうもなかった。
彼女は人々が望む様な偶像である前に、ただの女でしかなかった。
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彼は全てを失った。
母を亡くし、平穏な日常を捨てた。
軍に入り、父の命ずるままに戦った。
戦場で親友との思わぬ再会。分かり合えるはずの親友は敵となった。
そして、悲しみと憎しみの果てに親友を殺した。実際は、親友は奇跡的に助かりはしたが──明確な殺意を持って、親友が乗る機体を撃った事に変わりはなかった。
『殺されたから殺して……殺したから殺されて……それでほんとに最後は平和になるのかよ!』
彼に向かって泣き叫ばれた言葉。
戦いの終わりに待っているのは平和とは程遠い――敵味方すべてが死に絶えた不毛の焦土だと思い知らされた。
彼は父の愚行を止めようとしたが――何も変えられなかった。少なくとも、彼自身はそう感じていた。
それでも戦争は終わり、世界は平和を望んでいたはずだった。
が、しかし――
『なぜ気づかぬか! 我らコーディネイターにとって、パトリック・ザラのとった道こそが、唯一正しきものと!』
いまだに、亡き父の言葉に踊らされている者達がいる。
『あなたもまた戻るんですか、オーブへ? 何でです? そこで一体何をしてるんです、貴方は?』
責めるように投げかけられた言葉が、彼を焦燥させる。
そして――
彼は、またも平穏を捨て、戦いの中に身を置くようになっていく。
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『──で、今はその孤児院の方に向かうバスの中です』
「うんうん。順調みたいですなぁ?」
なのはからの経過報告にエイミィが答える。
『はい。それと、クロノ君に頼まれてた件なんですけど‥‥微かに魔力反応を感じます。正確な発信源までは分からないですけど』
「そうか‥‥いや、その世界の内部に原因がある可能性が高いと分かっただけでも有り難い。すまないが、調査隊派遣の再申請に君の名前を使わせて貰っても構わないか?」
『うん。そこら辺はクロノ君に任せるよ』
「助かる」
『じゃあ、また何かあったら連絡するね』
「ああ。気をつけてな」
『はぁ~い』
「まぁ、そんなに心配しなくてもいいんじゃないかな? なんたって、なのはちゃんは管理局が誇る無敵のエースなんだからさ」
なのはとの通信を終えると、エイミィがこちらへ振り向いて言う。
「彼女の事は信頼しているさ。ただ──何か嫌な予感がするんだ‥‥」
──と。
何故か、エイミィが不思議そうにこちらを見ている。
「ん? どうした?」
「あ‥‥ああ、なんか珍しいな~って思ってさ。クロノ君がそうやって抽象的な事を言うの」
指摘されて初めて、胸中の不安に気づく。
「……そうだな。これでは指揮官失格だ」
「なのはちゃんなら大丈夫だよ、きっと」
「ああ。少し席を離れるから、何かあったら知らせてくれ」
エイミィの言葉に頷き、ブリッジを出る。
心配ばかりしていても仕方がない。自分は自分でやれる事をやるべきだ――そう思い、書類作成の為に自室へと向かった。
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バスを降りて歩く事、十数分。なのはとマユは、海に面した大きめの屋敷に辿り着いた。
「ここがそうなのかな?」
「うん。貰った地図だとそうなるよ」
なのはの声に――マユが周辺と手に持った地図とを見比べながら答える。
「じゃあ‥‥すいませ~ん!」
なのはが玄関の扉をノックして呼び掛けると、扉の向こうから『は~い。今、参りますわ~』と返事が返ってくる。
少し間を置いてから、少女が扉を開けて出て来る。色白の肌によく似合う、ピンク色の髪をしている。
「すいません。お待たせさせてしまいました」
「あ、いいえ。お気になさらず」
相手の雰囲気に巻き込まれて、なのは達は思わず畏まってしまう。
「えっと……初めまして! 私、高町なのはっていいます」
「マユ・アスカです」
「まあ。あなたがマユさんですのね? ご連絡は頂いています。さあ、中へお入り下さいな」
二人が名乗ると――話は通っているらしく、孤児院の中へと促されて少女に着いて行く形で中へ入っていく。
廊下を少し歩いた所で、なのは達を先導していた少女が歩みを止める。
「あらあら?」
少女は疑問符を浮かべながら振り返ると――
「わたくしとした事が自己紹介を忘れておりましたわね。わたくしは、ラクス・クラインですわ」
――と、名乗った。
「……なんか、マイペースな人だね」
「そうだね」
マユに同意しながら、なのはは苦笑いを浮かべてしまう。
声を潜めていたのに聞き取られてしまったのか、 「何かおっしゃいました?」とラクスに小首を傾げられ、二人揃って首を横に振って否定する。
幸いにも、ラクスはさして気に留めなかった様だ。
「ここが大広間ですわ。さあ、どうぞ」
先導していたラクスがドアを開け、先に行くように促す。
二人が広間に入ると、十人ぐらいの子供達が横一列に並んでいた。
「せ~の……「「「お帰りなさ~い、マユちゃん!!」」」」
突然の出来事に呆然となるマユとなのは。
マユは──ふと、肩に手を置かれたので振り返ると、ラクスが微笑んでいた。
「あなたはもう、この家の家族という事ですわ」
マユより先に再起動を果たしたなのはが、事態を察してマユにそっと告げる。
「家に帰って来て『お帰りなさい』って言われたら、言う言葉があるよね?」
「……あ……た、ただいま」
マユは少し照れ臭かったが――心が温かくなっていくのが分かった。
なのはがマユを肘で突っつく。
「良かったね、マユちゃん」
「……うん」
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カガリ・ユラ・アスハには理解できなかった。
ユニウス7の落下。被災する地上の国々。
プラントへ宣戦布告する大西洋連邦。報復として放たれたのは――核。
『積極的自衛権の行使』として武力行動に出るプラント。
大西洋連邦との同盟締結に向かう自国――オーブ。残すは正式な調印のみ。
国をふたたび焼かせない為に曲げた理念。
――その結果。
懸命に地球を救おうとしてくれた恩人たちに報いるどころか、瀕死の彼らを撃たなければならない。
オーブの。世界の。混迷するその情勢に――カガリは飲み込まれていくだけだった。
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少年は、母国を信じていた自分自身に気づいた――同時に、その母国に裏切られた事にも。
(――嫌だ!)
それは、迫り来る死の否定――生きる事への執着。
「こんな事で……こんな事で、俺はぁぁっ!!」
少年の頭の奥で何かが弾けた。思考がクリアになり、集中力が研ぎ澄まされいく。
己が駆る機体の性能を最大限に引き出し――MAを。空母を。戦艦を。敵を次々と屠っていく。
やがて、敵部隊は撤退していく。
少年の奇跡的な働きにより――少年の所属する母艦は、人的被害を出すこと無く守られた。
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テーブルの向かいに座る少年――キラ・ヤマトと、その隣に座っているラクス。
マユと一緒に子供達の相手をしている女性――キラの母親のカリダ・ヤマト。
所用で留守にしている屋敷の主、マルキオ導師。
仕事で今夜は帰って来れないらしい、マリア・ベルネスとアンディ。
そして、九人の子供達といった面々が、この家の住人らしい。
簡単な自己紹介の後、ちょうど夕食の時間帯だったので、みんなで食べた。
夕食の後、キラ達と身の上話をしながらも、賑やかな声のする方を見る。
マユは、リビングの向こうで楽しそうに子供達の相手をしている。
早くも子供達と打ち解け始めている様だ。
「じゃあ、なのはちゃんは探し物があって、オーブに来たんだね?」
「はい。そうなんです」
キラに問われて、答える。
先程から、自分とマユに関する事をキラとラクスに話していた。
無論、次元世界や魔法の事を話す訳にはいかないので――事実を暈したり、脚色したり、仕方なしに虚偽を混ぜたり……。
こういった事は何度か経験しているので、今回も上手くはぐらかせてはいるが――やはり、後ろめたい。ごまかしが上手くなっていく自分が悲しかったりもする。
「それでしたら、探し物が見つかるまでの間、なのはさんもこちらに滞在されてはどうでしょう?」
「あ……いや、それはさすがに御迷惑でしょうし……」
ラクスの厚意は嬉しかったが――ただでさえ夕食を頂いてるので、遠慮してしまう。
そもそも、一区切り付いたらアースラに戻るつもりだった。
だが、マユの事ももう少し見届けたいし――なにより、この世界に来てからぼんやりと感じる魔力反応も気になる。
「今さら、なのはちゃん一人増えたって、どうって事ないよ」
「マユさんもこの家に慣れるまでは、なのはさんが居た方が良いと思います」
キラとラクスが、尚も誘ってくる。
「……それでは、お言葉に甘えさせて頂くという事で……」
結局――なのはは、しばらくの間この孤児院で、お世話になる事にした。
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アースラのブリッジで、エイミィがなのはからの通信を受けていた。
『――といった感じです』
「そうなんだ。なんか、良い所みたいだね」
『はい。マユちゃんも、ここでなら安心だと思います』
エイミィの横で――クロノは、なのはからの報告に呆れていた。
マユ・アスカに関しては、順調らしい。
――だが。
「で――どうして、君までそこに居座ってるんだ?」
『そ、それは……乗りかかった船というか……例の魔力反応も気になる事だし……』
「後は調査隊の仕事だろ? だいたい、君は探索系の魔法は苦手じゃないか」
『……だったら、苦手分野の訓練も兼ねてというのは――』
「なのは」
縋るなのはにクロノは嘆息する。
『……やっぱり、ダメかな?』
「……まあ、君は今、非番中だしな。次の任務が入るまでの間なら、いいだろう」
『ほんとに!?』
「ああ」
『ありがと、クロノ君!』
「ただし! くれぐれも無茶はするなよ?」
喜ぶなのはに釘を刺しておく。
『分かってるってば。じゃあ、おやすみなさい。クロノ君、エイミィさん』
そういって通信を終えるなのは。
「なのはちゃんらしいよね。……でも、良かったの?」
「彼女がああなったら、梃子でも動かないって、嫌というほど思い知らされてるしな」
苦笑するエイミィに愚痴る。
後に――この時の判断を大いに後悔する事になると、今の彼らには知る由もなかった。