オーブ連合首長国のオノゴロ島に本社と工場施設を置き、兵器等の開発製造を行っている企業――モルゲンレーテ社。
その施設内の待合室にマリューとバルトフェルドはいた。
「まったく! いつまで待たせる気なのかしら?」
マリューが苛立ちの声を上げる。いきなりセイラン家の名前でここに呼びつけられたかと思えば、朝からずっと待たされっぱなしという状況なのである。
「まあ、焦っても仕方あるまい」
「そうは言っても――」
なだめる様に声を掛けてくるバルトフェルドに、マリューがなおも愚痴をこぼそうとした時だった。入り口のドアが開き、青年が入って来る。彼――ユウナは真っ先に謝罪の言葉を口にした。
「いやあ、待たせしまって申し訳ない」
「こんな所にお呼びになられた御用件は何でしょうか?」
マリューは不機嫌さを隠す事なく、ユウナへ問いかける。
「それは場所を変えてから話すよ。まずは、君達に見てもらいたい物があるんだ」
ユウナは振り返ると廊下へと出る。
「とりあえず、僕について来てもらえるかな?」
マリューとバルトフェルドは、とりあえず――訝りながらではあるが――ユウナに従った。
ユウナに案内された先は、戦艦用の格納庫だった。
その場にある一隻の艦の姿に、マリューとバルトフェルドが目を見開く。
「これは……」
「ア、アークエンジェル!?」
それは、先の大戦で不沈艦とまで呼ばれ――かつてマリューが艦長を務めた連合の艦そのものだった。
「正確にはアークエンジェル級三番艦デュナメイスだよ」
「デュナメイス……」
ユウナに教えられた艦の名を呟くマリュー。
「奇跡を司る天使様とはねえ。で……これに乗って奇跡でも起こしてこい、とでも?」
バルトフェルドはユウナの真意を測ろうとするが、彼は臆面もなく応じた。
「奇跡ってほどの事でもないけどね。君達にはこれに乗ってオーブの為に戦ってもらいたい」
ユウナの要請に二人は考え込む。
「他の元アークエンジェルクルーにも声を掛けているんだけどね――君達にも、そろそろ恩返しの一つぐらいはしてもらわないと」
二年前、脱走兵となってしまったアークエンジェルのクルーの面々はオーブに亡命者として受け入れられた。さらには、代表であるカガリの計らいもあって、偽りの身分や職まで与えられたのだ。ユウナが言っているのはそれらの事だろう。
「まあ、そう言われるとこちらも断りにくいが……僕達がわざわざこれに乗らなきゃならんほど、オーブ軍が人材不足だとは思えんがね」
たしかに、アークエンジェル級戦艦の運用にあたって、同型艦の乗船経験があるマリュー達ほどの適任者はいない。だが、現在の彼らはあくまで民間人なのだ。それを正規の軍人を差し置いて、というのは疑問ではある。
すると、ユウナは少し思案してから、自分の計画を話し出した。
「プラントとの同盟にあたって、我が軍は軍事活動目的の国外派兵は断ろうと思っているんだ。一隻の艦を除いてはね」
そうする事で、経済的には軍事面での出費を抑えられる。そして、それ以上に――軍人とはいえ、オーブ国民には違わないオーブ兵を前線に当たらせずにすむ、という事らしい。
しかし、そんなユウナの考えにバルトフェルドは呆れた。
「おいおい……いくらなんでもそれは無茶だろ」
現在の世界情勢で、ユウナの言っている事はオーブにとって都合が良すぎる事この上なかった。本来ならそのような要求は通らないのだが──
「現在、あるザフト艦が地上での遊撃支援任務に就いている。君達はその艦に合流してもらいたい」
「もしかして……ミネルバ?」
マリューが思い当たった艦の名前を口にする。
「ご名答。ギルバート・デュランダルはミネルバに、先の大戦でのアークエンジェルのような役割を担わせようとしているみたいだからね。世界を平和へと導く正義の艦といったイメージが欲しいんだろうけどさ」
「なるほど。デュランダル議長がそういった考えなら、たしかに有効な提案条件にはなるだろうな」
ユウナの答えに、バルトフェルドが少しは納得する。ミネルバのような代役などではなく、こちらは本家本元なのだから。
「ラクス・クラインに不沈艦アークエンジェル。ヤキン戦後、英雄視されている三隻同盟縁の者達が賛同している──プラント側が自分達の正当性を民衆にアピールするにはうってつけだ」
デュランダル議長の策略に多大なプラス材料となるものを提供する事で、他の面で妥協してもらうというのが、ユウナの考えだった。
「ああ、それからアスラン・ザラ。彼もミネルバと合流しているはずだ」
「アスラン君が!?」
マリューはユウナの口から出た思いがけない人物の名の登場に驚く。
「さっき知ったんだけどね。ザフトの機体に乗ってオーブに向かって来ていたのを哨戒部隊の者達が領空手前で追い返してしまったらしい」
参ったよ、といった感じのジェスチャーを交えるユウナ。
「オーブの方針転換は閣議で可決されてからの話だからね。軍部に大西洋連邦との同盟締結を前提とした対応をさせてしまったのも仕方ない」
「それにしても……彼がザフトに復隊しただなんて……」
「彼がプラントに行った以上、こうなる予感はしてたけどね。文官なんて柄じゃなさそうだったし、彼」
戸惑うマリューにユウナが自分の主観を述べる。
「それで、アスランは今どこに?」
バルトフェルドはアスランの行方が気になった。
「とりあえずは、カーペンタリア基地に向かったんじゃないかな。ミネルバの行方を聞いていたそうだから」
「そうか……。しかし、アスランまで一緒となると、まさに三隻同盟の中心核が揃い踏みだな」
「それが狙いだからね。カガリの弟君にもデュナメイスに乗ってもらうつもりだし」
「まさか、キラ君まで!?」
またもや驚きの声を上げるマリューに、ユウナが説明する。
「簡略的な手続きではあるけど、彼のオーブ軍籍は用意済みだ。だから、彼に対しては軍からの正式な命令扱いになるかな。もっとも、君達が引き受けてくれないと、始まらないけど」
民間人への協力要請ではなく、軍人に対する正式辞令。当然、元軍人である二人にも、その意味合いは分かるのだが──
「ちょっと待ってくれ。アスランと違って、フリーダムのパイロット――キラ・ヤマトの名は世間に認知されていないだろう?」
腑に落ちない点をバルトフェルドが指摘する。
「敵MSの戦闘力のみを奪う。乗っている機体が違ったって、戦闘中にそんな芸当をしてみせれば……」
「……誰もが思い浮かべるでしょうね。〝不殺のフリーダム〟を」
ユウナの思惑に気づき、マリューが二の句を継いだ。
MS戦の最中に敵MSの戦闘力のみを奪うなどといった事ができるほどの桁外れな技量のパイロット。たしかに、そんな人間はおいそれとはいないだろう。
「しかし、キラとて二年のブランクがある。フリーダムのような強力な機体もない。……そんな戦い方ができるとは思えんが?」
「ブランクは努力で埋めてもらうさ。じゃないと困る。それに、彼の不殺の戦い方には利点もある──」
圧倒的な技量に対する畏怖で戦く者。逆に、侮られた事に対する怒りや対抗心に囚われる者。その結果、味方兵の負担軽減に繋がる、とユウナは説明する。
「──と、この説明は軍部の人間の二番煎じだけどね。本人に伝えたら、かなり前向きに受け取ってくれたみたいだ」
自分が頑張る事で、味方の負担が減る。キラなら進んでやりそうな事だった。
「だけど、それではキラ君が!」
当然の事ながら、不殺の戦いはキラにとってハンデとなる。戦場でのマイナス要因は、死傷率の増加に繋がるのだ。その事を考えると、マリューは気が気でなかった。
「それでもやってもらわないとね。〝不殺のフリーダム〟のパイロットだった者もデュナメイスに乗っていると世間に知らしめる為にも」
プラントについたオーブの正当性を表す為に、ユウナはあくまでも三隻同盟の再現に拘っていた。
暴虐な連合に対するのは、再び集った英雄達である。その事実は、地上の国々をこちら側に引き込む為の材料にすらなり得るからだ。
「……僕達ができるだけキラをサポートしてやるしかないか」
「ば……バルトフェルド隊長!?」
「こういう流れになってしまっている以上、君だって放っておけないんじゃないか、ラミアス〝艦長〟」
マリューはしばらくの間、俯いて思案していたが、やがて大きく息をついた。
「……分かりました。この件、引き受けさせて頂きます」
こうしてマリュー・ラミアスとアンドリュー・バルトフェルドもまた戦場へと戻る事となった。
まもなく集まってくるかつてのクルー達と共に。
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カガリは行政府内の自室で頭を抱えていた。
一通りの人物に彼女への賛同を呼び掛けて回った後、閣議再開までの時間を代表としての執務に当てる事にした。彼女のもとに回ってきた書類を処理していたのだが――
ある事項に関する書類に出くわし、目を疑った。それらは、軍部より提出された新部隊設立に関する書類だった。
コンコン――と、部屋のドアをノックする音。
「代表。ユウナ・ロマです」
「ああ……入ってくれ」
自分が呼びつけた相手をカガリは部屋へ招き入れる。自ら彼の所へ行こうかとも思ったが、あまり公にできる話でもない為、自室に彼を呼んだのだ。
「どうしたんだい? 分かってるとは思うけど、僕も僕で忙しいんだけど?」
カガリがなぜ自分を呼んだのかを分かっていながら、ユウナはあえて彼女に尋ねた。
「……これはどういう事だ?」
カガリが指し示した書類をユウナは手に取る。
「新部隊設立の要請だね」
さらっと答えるユウナに対して、カガリは声を荒げる。
「そうじゃなくて! なんだよ、デュナメイスって!?」
新部隊は、アークエンジェル級三番艦デュナメイスを母艦として、十機のムラサメで構成されていた。デュナメイスの艦長にマリュー・ラミアス、副艦長にアンドリュー・バルトフェルド。その他のクルーもアーノルド・ノイマン、ダリダ・ローラハ・チャンドラII世、コジロー・マードックなどといった旧アークエンジェルクルーが選ばれていた。また、ムラサメ隊のパイロットには、馬場一尉が率いる精鋭九名にキラ・ヤマトを加えたものだった。
秘密裏に――少なくともカガリは知らされていなかった――建造されたアークエンジェル級戦艦。そして、その艦の部隊に関する人選。カガリはそれらの事に憤っているのだ。
「事後報告の形になってしまった事は謝るよ。だけど、承諾はしてくれるよね?」
書類には、新部隊が持つ対外的側面についても記されていた。なので、カガリもユウナの意図は理解はしている。
しかし――
「だけど、こんな!……彼らだけに全てを押しつけるような事――」
「カガリ」
喚くカガリをユウナが遮った。
「だったら君は、君に近しい人達を守る為に、より多くのオーブ兵を戦地に送り出すって言うのかい?」
「なっ!? そんな事は言ってないだろ!?」
「……すまない。言い方が極端過ぎたよ。だけどね……何より本人達が協力的なんだ。みんな、君への恩があるからね。そして、それ以上に君の事を慕っている。オーブは使えるものは何でも使っていかなくちゃ、この先やっていけない。彼らの好意は受け取っておくべきだよ」
今回の事で、敵対関係となる国家との交易は当然閉ざされる。その経済的損失は、他国との貿易で成り立っているオーブの経済事情にとっては、計り知れない痛手となる。温存できる部分は少しでも切り詰めておきたいのが、実情だった。それは、軍事費用に関しても同様である。派兵戦力を極力限定する事で軍事費用を抑えるといった意味でも、この新部隊の構想は必要なものだった。
「……分かったよ」
しばらく俯いていたカガリだが、意を決して書類に代表としてのサインをする。
――『オーブの民の為に、必要とあらばいかなる犠牲をも厭わない覚悟が、貴女にはおありか?』
カガリは、つい数時間前に、ウナトに問われたばかりの事を思い出す。
(この先も、こうやって割り切っていかなきゃならないんだよな……)
その高過ぎる理想と厳しい現実との差に――カガリ・ユラ・アスハの苦悩は続いていく。
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「では、オーブは今後、プラントと共に歩む道を取る事とする」
カガリの宣言に頷く閣僚達――中には、未だに今回の方針転換を納得していない者もいるが――再開された閣議において、代表やセイランが提案した方針が可決された。
オーブの行政に対して強い発言力を持つ代表とセイラン家の提案であった事。スカンジナビア王国からの賛同を早くも得られた事。さらには、もう一つのオーブ――アメノミハシラにいるロンド・ミナ・サハクまでもが、今回の方針を支持し、必要に応じた協力を約束した事。
そして何より――やはり、かつてオーブを焼いた国との同盟を本心から望んでいる者などいなかった事。その他の様々な要因が幾重にも入り混じった結果だった。