「ちいっ! 何なんだ、こいつは!?」
カナード・パルスは全く予想だにしていなかった己の窮地に焦燥していた。
現在、彼は傭兵として連合国に雇われていた。依頼内容はウィンダム部隊── 一小隊が三機で編成されていて、それが五組の全十五機である──の仮想敵役である。カナードの機体も、愛機であるドレットノートイータではなく、相手と同型のウィンダムを使ってのものだった。
訓練が一区切りしたところで、一時休息の為に機体から降りた時に、それは起こった。無人となったウィンダムのうちの一機が、突然動き出したのだ。
カナード達は慌てて機体へと戻り、暴走した一機を取り押さえようとしたのだが、カナードが乗るウィンダム以外は瞬く間に返り討ちにあい破壊されてしまった。
そして──今もなお、暴走を続けるウィンダムは、カナードの機体へと襲いかかる。
放たれたビームをカナードはかわそうとするが、被弾して機体の左腕が吹き飛ばされる。
「ば、馬鹿なっ!? かわしたはずだろうが!?」
己の被弾に驚き戸惑うカナード。
彼の驚愕も無理はない。敵機の放ったビームは、回避行動をとった彼の機体へと軌道修正したのだから。魔力を伴った射撃だからこそ行えた追加効果──それは、この世界のMS戦において、反則ともいえる能力だった。
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タクラマカン砂漠の上空。
探索飛行をしていたなのはのは、ダーククリスタルが発動した事を察知する。
――と同時に、あるイメージがなのはの脳裏に流れる。
「……!! 見つけ──っ!?」
見知らぬ金髪の少年が助けを求めている。オーブで見たものとは違う機体が、同型の機体に破壊されていく。
「今のって……」
魔導師間で使われる念話とは違った感覚。試しに念話で返事をするが、相手からは何も返ってこなかった。
だが、幻視や幻聴の類とも思えないし、魔力反応も感じる。
「とにかく急ごう、レイジングハート」
《All right》
なのはの両足のフィンが強く輝き、飛行速度を上げていく。
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カナードの機体が放ったビームは、的確に敵機を捉えるが――その前に現れた障壁に阻まれる。
「くそっ! アルミューレ・リュミエールの発展型とでもいうのか!?」
モノフェーズ光波防御体シールドの発生装置が見当たらないが、〝こちらの攻撃は一切通らず、敵は一方的に攻撃できる〟といった現状に、カナードはかつての乗機であるハイペリオンガンダムを思い浮かべていた。
「ドレットノート・イータなら、こんなヤツっ!!」
彼の愛機に搭載されている兵装――アルミューレ・リュミエール・ハンディならば、相手の防御を貫けるはずだと、カナードは愚痴った。
実際、その考えは誤りなのだが――まさか、魔力によって発生している広域防御魔法などと、この世界の人間に分かるはずもない事だった。
「くっ……」
敵機から放たれた閃光をカナードは最低限の動きで回避しようとするが――
「――!?」
彼は頭に過ぎったイメージを頼りに、わざと反応をワンテンポ遅らせて、機体を急旋回させた。そして、彼は先程の被弾の原因を覚る。
「ビームが……曲がる!?」
だからこそ、着弾ギリギリまで引きつけた事で回避に成功したのだった。
「……俺はまたお前に助けられたのか」
カナードはたしかに感じていた。かつて、命を懸けて自分を救ってくれた少年の魂を。
そして、彼は再び敵機と対峙するのだが――
「……ん?」
カナードは微かな違和感を感じる。まるで、敵は自分ではないものを見据えているかのような。
「――っ!」
ふいに放たれた敵機からの射撃をカナードはとっさに回避しようとするが――そもそも、その射線は彼の機体に向いていなかった。
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「……あれだ!」
なのはは、前方で交戦中の二機を見つけた。その片割れからは魔力反応もある。先ほど感じたイメージ通りの現状に戸惑いはあるが、今はそんな事を気にしている猶予は無さそうだった。
《Caution !(警告!)》
「――!!」
レイジングハートからの警告に、なのはは警戒レベルを上げた。直後に、数発の射撃がなのはを襲うが、大きく上昇してかわす。
《Accel Shooter》
なのはは、自分の周囲に桜色の光球を八つ生成すると、相手に向かって飛ばした。
相手は回避行動を取るが、なのはの操るシューターからは逃れられない。動きを止め、手をかざして円形の魔法陣型シールドを張る。
「アクセル!」
加速したなのはのシューターは、相手のシールドを容易く撃ち抜いて直撃する。
頭部と左腕・右足を失った相手は、右腕をぎこちない動きで上げて、ライフルの銃口をなのはに向けるが――不意にその向きをずらした。
カナードは、目の前で行われている戦闘に釘づけになったいた。自分を窮地に追いやったウィンダムが――空飛ぶ少女に破壊されていく。そんな非常識極まりない光景に目を奪われていたがゆえに、反応が遅れてしまう。
「――!? ちぃっ!!」
少女に圧倒されていたウィンダムが、カナードの機体へライフルの銃口を向けたのだ。すかさず回避行動に入るが、通常の射撃ならかわせるタイミングであっても、この射撃はかわせそうになかった。
「やらせないっ!!」
《Flash Move》
なのはは瞬間高速機動の魔法を使用し、カナードの機体とそれへと向かう魔力弾の間に割り込み――
《Wide Area Protection》
広域防御魔法で飛来する魔力弾を受け止めた。お返しとばかりに砲撃の発射体勢をとるなのは。
しかし、ウィンダムはいきなり爆発してしまう。
再度、広域防御魔法を展開し、自分の身と後ろの機体を爆発から守る。爆発の煙が晴れる頃には、ダーククリスタルの姿形は無く、魔力の残滓が漂うだけだった。
《Target lost》
「……逃げられた?」
レイジングハートからの状況報告に、なのはは肩を落とした。
カナードはすっかり混乱していた。今、起こっている事は夢ではないのかと思い──古典的ではあるが──ヘルメットを脱いで、頬をつねったほどだ。
「いったい、何なんだ……?」
そして──
「──!?」
またも彼の脳裏を過るイメージ。あまりに不可解な出来事の連続ではあるが──
「……よく分からんが、お前の頼みじゃ断れないな」
今もなお、時折自分に触れてくる少年の意志をカナードは全面的に受け入れる事にしていた。
カナードはコクピットのハッチを開けると、目の前に対空している少女に声を掛ける。
「おい! そこのお前!」
「わっ!?」
またもダーククリスタルを取り逃がしてしまった事に気落ちするなのはは、一時的に第三者の存在をすっかり忘れてしまっていた。そこへ、いきなり声を掛けられたので、驚いて振り返る。
「──!? き、キラ君!?」
振り返った先には、先日まで一緒にいた少年の顔があり、さらに驚く。
「……じゃない?」
しかし、よく見ると彼は長髪だったし――キラに比べて目つきが悪かった。とりあえず、なのはは自分の勘違いを謝る。
「す、すみません。人違いでした」
一方、カナードも少女の口から出てきた人名に驚いていた。以前の彼なら、我を忘れて少女に掴み掛かって問い質した事だろう。
「……俺はそんなにキラ・ヤマトに似ているのか?」
昔のような拘りはないが――それでもつい聞いてしまった。
だが、返ってきたのは意外な答え。
「……よく見ると、そんなに似てない気もします」
「ほう?」
「えっと……」
「カナードだ。カナード・パルス」
「カナードさんは、キラ君の親戚か何かなんですか?」
少女の問いにカナードは考え込む。
(俺とアイツは──)
「兄弟のようなもんだ」
同じようにメンデルで生まれた存在――だから、そう答えた。
「そんな事よりも……お前はいったい何者なんだ?」
「えっと……私は……」
なのはは焦った。受け取ったイメージに導かれるまま戦闘に割って入ったが、このままではオーブでの二の舞になってしまう。この少年を魔法関連の問題に巻き込むわけにはいかない。
(どうしよう…………逃げちゃおっかな)
しかし──
「言っとくが、説明しなかったら、世界中にお前の事をバラすぞ。先程の戦いのデータは保存してあるからな」
「なっ……そんな!?」
カナードとしては、少女が事を隠したそうにしている素振りを見て、当てずっぽうに言ってみただけだったが──少女の慌て振りを見ると上手く弱みを突けたらしい。
(うぅ……やっぱり似てない!)
キラなら、こんな意地悪な事は言わないはずだと、なのはは思った。仕方なくカナードに自分の事を話す。
最初は必要最低限の事に止めておくつもりだったが、少年の妙に鋭い詮索に、なのははキラ達に話したレベルまでの話をする羽目になった。
カナードは少女の話に唖然としていた。
だが、先程の少女とウィンダムの戦闘を見た後では、信じざるを得なかった。
「……俺には使えないのか?」
「魔法を、ですか?……たぶん、無理だと思います。魔力の源たるリンカーコアを持ってないと……」
「キラ・ヤマトでもか?」
「はい、同じだと思います」
それはカナードにとって衝撃的な事だった。
「は……はは……ははははは!!」
急に笑い出したカナードをなのはは訝る。
カナードは、そんななのはの視線に気づく。
「──悪いな。何でもない」
何でもなくはなかった。
スーパーコーディネイター――人類の夢、最高のコーディネイター。生まれながらに、人間という種の限界点まで先天的能力を引き上げられた存在。その成功体であるキラ・ヤマトにも到達できない境地に、目の前の少女はいるのだ。
異世界の人間とはいえ、同じ人間であるらしい少女にできる事をキラ・ヤマトがどんなに頑張ってもできないのである。その事実は、あらゆる分野において最高の資質を有しているはずのスーパーコーディネイターという存在を否定し得るものだった。
過去、カナードを縛りつけていたものを否定する存在。それは、自分より遥かに幼い少女。そのあまりの滑稽さに、カナードは耐え切れず笑ってしまったのだ。
(まあ、今さら、どうでもいいがな)
スーパーコーディネイターなどといった存在であるかどうか以前に――自分は〝カナード・パルス〟でしかない事を彼は知っていた――教えられていた。
「で……お前はこれからどうするんだ?」
「ダーククリスタルを追いかけます」
「当てはあるのか?」
「魔力反応を地道に探っていけば……」
「そうじゃない」
「え?」
カナードは、やや呆れ口調で言う。
「飯は? 寝る所は? お前、この世界の金とか持ってないんだろ?」
「そ、それは……」
彼の言う通りだった。今まで利用していた山小屋みたいなものが、そうそう都合良くあるとは限らない。
そうやって困ってしまうなのはに、カナードは一枚のカードを渡した。
「……これは?」
「キャッシュカードだ。好きに使え」
それは、カナードが傭兵家業での稼ぎを貯えたものを複数の口座に分散した内の一つだった。
「えっ!? そ、そんな……いらないですよ!」
なのはは慌てて、渡されたカードを返そうとするが――
「遠慮するな。助けてもらった礼だ」
「で、でも……」
「だいたい、お前にどうにかしてもらわないと、この世界の兵器ではどうしようもないようだからな。その為の投資だと思えばいい」
そう言われて、なのはは少し思案するが、やはり受け取る気にはなれない。
「すみません、やっぱり――」
「ああ、もう! ゴチャゴチャうるさいヤツだな! いいから黙って受け取れ! さもなきゃ全部、世界中に言い触らすぞ!!」
「……それ、ズルいです」
カナードの強引さに折れる形で、なのははカードを受け取る。
「ありがとうございます」
「ふん!」
なのはから礼を言われてそっぽ向くカナード。そんな彼の姿は、なのはから見ても可笑しかった。
「何が可笑しい!?」
「別に、何でもないです」
不機嫌そうにするカナードに、なのはは悪戯っぽく笑って答えた。
ふと気づけば、かなりの時間が経っていた。
急がなければ、ダーククリスタルの魔力反応を追えなくなってしまう。
「それじゃ、私はもう行きますね」
「ああ、頼んだぞ」
「任せといてください!」
そう言い切ると、なのははその場から飛び去った。
カナードは、なのはが飛び去った軌跡を見上げながら呟く。
「プレア……これでよかったのか?」
あの少女の話を聞く限り、戦闘面での手助けはできなさそうであるし、行動も彼女一人の方が身軽そうだった。自分にできそうなのは、資金面での援助くらいしか思いつかなかった。自分なりに、あの少女の手助けをしたものの、カナードにはそれで良かったのか分からなかったのだ。
そんなカナードの問いに答えるかのように――砂漠地帯には不似合いな柔らかな風が、彼の頬を撫でていった。