Seed-NANOHA_547氏_第18話

Last-modified: 2008-10-18 (土) 18:06:35

 戦闘が終わり、何とか生き残れたミネルバ隊。そして、その救援に間に合う事ができたデュナメイス隊。
 誰もが安堵感を抱いている中、一人だけ大きく動揺して揺れ動く者がいた。
(あいつがフリーダムのパイロットだったとしたら……)
 それはシンにとって家族の仇であるという事だが、戦い方だけでは確証とまではいかない。
(……直接、確かめてやる!)
 シンとて、仮にもザフトの赤服を着ている者である。友軍の艦とはいえ、無断で着艦する事の不味さは承知しているが、失った家族への想いの方が勝ってしまった。 一度堰を切った激情は、止まる事なくシンを突き動かしていく。

 

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 帰艦してくるデュナメイスの艦載MSの中に交じった異分子をレーダー上に認めるチャンドラ。
「ん? 艦長、インパルスがこちらに着艦しようとしていますが……」
「えっ? どういう事?」
「帰る家を間違えた、ってわけじゃないだろうしな」
 チャンドラから伝えられたインパルスの不可解な動きに、マリューやバルトフェルド達は訝る。
「インパルスに警告はしてみたの?」
「はい。警告はしているのですが、無視されています」
「……いったい何なの?」
 友軍機であるインパルスをまさか迎撃するわけにもいかず、マリュー達は困惑する他なかった。

 

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 デュナメイスへ向かうインパルスの姿は、アスランからも見えていた。
「シン! どこへ行く!? おい、シン!……くそっ!」
 アスランは、呼びかけに応じないシンに対して、苛立ちの声を上げる。
「艦長――」
『分かってるわ。だけど、こちらの呼びかけにも応答しないの――』
 ミネルバのブリッジでも、シンの奇行は把握していたようだった。タリアたちも困惑しているようである。
『――悪いんだけど、貴方に直接連れ戻して来てもらいたいの』
「了解しました」
 今度は、デュナメイスへの通信回線を開く。
「こちら、ミネルバ所属のアスラン・ザラ、応答願います」

 

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 インパルスの事をミネルバ側に問い合わせようとしていた所に、アスランからの通信が入ってきた。
「アスラン君?」
『ラミアス艦長――やはり貴女達だったんですね』
「ええ。まあ、ちょっと色々あって……キラ君やバルトフェルド隊長も一緒よ」
『キラもですか?』
「ええ、そうよ。それと……インパルスの事なんだけど――」
『あ……すいません。そちらに馬鹿が一人紛れ込んだみたいなので、連れ戻したいのですが?』
「分かりました。着艦を許可します。一応、インパルスの方も」
『すいません。ご配慮、感謝します』
 アスランが乗る紅い機体が、インパルスの後を追って、デュナメイスに着艦する。
「インパルスって事は……マユにも知らせてやるか?」
「そうね。マユ・アスカに連絡を」
 バルトフェルドの案に、マリューも賛成し、マユに彼女の兄が来訪している事を伝えた。

 

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 専用カラーのムラサメを追ってデュナメイスへと着艦したシンは、ムラサメから降りてきた男に近づいていく。
 キラの方もインパルスのパイロットに気づいていた。なぜ、彼がミネルバではなく、こちらに来たのかまでは分からないが。しかも、どうやら彼は自分に用があるみたいだった。
 シンはキラの前で立ち止まると、不躾に詰め寄った。
「アンタに聞きたい事がある。二年前、フリーダムに乗っていたのはアンタなのか?」
 シンの剣幕に圧されながらもキラは答える。
「そ、そうだけど……君は?」
 その返答を聞いた瞬間、シンの頭が一気に怒りで染まる。
(こいつが……!!)
 目の前に立つ男が家族の仇であると理解したシンは、キラを殴り飛ばしていた。
 その様子をシンに続いてセイバーから降りてきたアスランも見ていた。突如、蛮行に及んだシンに驚き、彼を止めようとする。
「し、シン! 止めろ! 止めるんだ!」
 だが、怒りに我を忘れているシンには、アスランの声など届かない。彼の制止を振り切り、キラへと飛び掛る。
「お前が!……お前がオーブで、俺の家族を殺した!!」
 そう言いながら、キラに馬乗りになるシン。
「――!?」
「な!?」
 キラは絶句し、アスランも仲裁に入ろうとした動きが止まってしまう。
 シンは両の拳でキラの顔面を殴り続ける。
 その場にいる者全員が、その凄まじい光景を唖然と眺めていた。また、彼の叫びから察すれる事情を考えると、第三者が間に割って入る事は躊躇われる。
「お前が! 俺の家族を殺したんだ! 父さんを! 母さんを! マユを殺し――」
 しかし、当事者ならば話は別だ。
「お兄ちゃん、止めて!」
 シンは死角から身体ごと飛び込んでこられた為に、キラから引き剥がされ、倒れこんでしまう。だが、彼の頭の中は、そんな事を気にする余裕すらないほど真っ白になっていた。

 

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 ジョーンズへと帰艦したネオは、『ゆりかご』と揶揄されている装置の中で眠りについている、三人の部下を眺めていた。特に注視してしまうのは、髪の青い少年――アウル・ニーダ。彼の様子が明らかに変だった。この装置による定期的な措置を受ける事も、今回は嫌がっている風だった。
「いったい、何があったんだろうな……もっとも、アウル自身も忘れちまうから、もう誰にも分からなくなるけどな」
 彼が独り言を呟いていると、作業が終了した合図音が鳴る。
『ゆりかご』が開くと、三人の少年少女が目を覚まし、起き上がり始めた。

 

「……スティング、アウルが変」
「ああ。どうしたんだよ、アウル?」
 頻りに頭を捻って唸っているアウル。そんな彼をステラは訝り、スティングは声を掛ける。
「ん? なんかさ、すげーモン見た気がするんだけど……何だったかなぁ……」
 そんな彼の返答にスティングは嘆息する。あの処置を受けたのだから、不要な記憶は消されてしまっているに決まっている。それは、アウル自身も知っているはずだ。にも関わらず、必死に思い出そうとしている彼の姿は滑稽でしかない。
(まあ、そのうち気にしなくなるだろ)
 スティングは、難しい顔をして未だ唸り声を上げているアウルを放っておく事にした。

 

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 聞き間違えるはずがなかった。どれほど渇望しようとも、二度と聞く事のできない声――形見の携帯電話に登録されていた留守番電話用のメッセージだけが、唯一のものだったのだから。
 シンは上半身だけを起こすと、彼に覆いかぶさってきた少女の顔を見た。
「……マ……ユ?」
 彼の目の前にあるのは、死んだはずの妹の顔。
 双眸から涙を零しながら、少女も口を開く。
「おにいちゃん……本当に生きてたんだね……良かったぁ……」
 彼が耳にしているのは、死んだはずの妹の声。彼の目の前にいるのは、二度と会えるはずのない生身の妹。突然すぎる再会に、シンは頭も心も理解が追いつかないでいた。
「だって……そんな…………二年前、俺はマユの携帯を取りに行こうとして……吹き飛ばされて……みんながいた場所に戻ったら――」
 それは未だ鮮明に呼び起こす事ができる、忘れられるはずもない悲しみの記憶。
「――父さんと母さんは、身体がぐちゃぐちゃになってて……岩の陰からマユの手が見えて……でも、それは――」
 そこまで思い返して気づく。あの時見つけたマユの手は、肘までしかなかった。たとえ、マユが生きていたとしても隻腕のはずである。
「マユは! 左腕だけしか残ってなかった!」
 目の前の少女を否定するかのように、シンは叫んだ。
 しかし、マユは兄の動揺を察して、静かに伝える。
「この左腕は義手なんだ。そうは見えないでしょ?」
 そう説明されても、シンにはやはり信じられなかった。二年分の悲しみと喪失感と同じ分だけ、マユと名乗る目の前の少女をなぜか否定してしまう。
「だ……だけど、信じられない……信じられるかよ……」
「……もう!」
 なかなか自分の生存を信じてくれようとしない兄に、マユは少し呆れ始めていた。変なところで意地を張ってしまうあたりは、相変わらずのようだった。仕方なく、兄の耳元でそっと囁く。幼き日の二人だけの秘密を。
 途端にシンの顔が朱色に染まる。耳の先まで真っ赤になってしまっている。
「な、な、な、何で、その事を……」
「これで分かったでしょ? 私が本物かどうか」
 こくこくと頷くシン。あの事を知っているのは、それこそ自分とマユ本人以外には有り得なかったからだ。
 ――妹が生きていた。その事実を受け入れたシンの頬を涙が伝う。次の瞬間には、妹に縋りついていた。
「ちょ……ちょっと、お兄ちゃん! 苦しいってば!」
 妹が上げる批難の声を無視して、シンはひたすら嗚咽を漏らす事しかできない。
 そんな兄から伝わってくる懐かしい温もりに、自然とマユもシンの背中に腕を回していた。

 

 どれほどそうしていたのだろうか。妹との再会の喜びに打ち震えていたシンは、ようやく我に返った。そして、改めて現状を把握しようとする。
 人前で、妹に縋りついて泣いている自分――恥ずかしい事この上ない姿を晒している事に気づく。ばっ、とマユから離れるシン。マユはそんなシンに、首を傾げていた。
 それでも、これ以上ないといっていいほどの幸福感に満たされていたシンの心に、水をさす声が彼の耳に届いた。
「キラ、大丈夫か?」
「アスラン……うん。僕は何ともないよ」
 マユもキラを気遣って、彼の方へと寄っていく。
 そんなマユの顔をまともに見る事ができず、キラは俯いてしまう。
「キラ君、ごめんね? お兄ちゃんが――」
 両親の仇を労わるマユ――その光景に、シンは再び激高する。
「止めろ! マユ!」
 マユは、怒鳴られた事に驚き、身体をびくつかせてしまう。今まで一度も、兄に本気で怒鳴られた事などなかったからだ。
「そいつが、父さんと母さんを殺したんだぞ!」
 シンの言葉は、改めてキラの胸に突き刺さる。
 そして、自分がマユにとって両親の仇である事をマユ本人に知られた時――マユに恨まれたくないと思っていた自分に気づき、そんな自分を嫌悪してしまう。
 だが、マユの反応はキラを。シンを。ある程度の事情を察してしまっている周囲の人々をも驚愕させるものだった。
「ZGMF-X10Aフリーダム。二年前――あの時のMSにキラ君が乗ってたんだよね?」
 キラは思わず顔を上げて、マユの方を見た。二人の視線が交錯する。
「……知ってたの?」
「デュナメイスのデータベースで調べたの。キラ君が乗ってたMSに興味があって。まさか、フリーダムがマユ達の頭の上を飛んでいたMSの事だったとは思わなかったけど……」
 そういえばと、キラは思い返した。廊下でマユに会った時、彼女の様子がおかしかった事を。きっと、あの時には知っていたのだろう。
 しかし――
「でも……だったら――」
「だったら何で! そんな奴に優しくするんだよ!?」
 シンの言う通りだと、キラは思った。自分はマユに責められて当然の人間なのだから。

 

 マユはシンへと向き直ると、静かに問い掛けた。
「じゃあ、お兄ちゃんはどうしたいの?」
「えっ?」
「キラ君をいくら責めたって、お父さんもお母さんも帰ってこないよ?」
「だからって……なら、マユはそいつを許せるって言うのかよ!?」
「……許せないと思う。どれだけ綺麗事を並べたって、この事に関してだけは、私は一生キラ君を恨んでいくんだと思う」
「だったら――」
「でも、もう知っちゃった後だったから――戦争が終わってから、キラ君が悩んで苦しみ続けてきたって。だから……キラ君をただ恨み続ける事も、もうできないよ」
「な……何だよ、それ……」
 シンにはマユの気持ちが全く理解できなかった。だから、シンは思った――マユは騙されているのだと。
「……そうか! アンタがマユに何か吹き込んだんだろ!? じゃなきゃ――」
 乾いた音が一つ、辺りに響いた。再びキラに掴みかかろうとしたシンの頬をマユが張ったのだ。
 シンは呆然と妹に張られた頬に手をやる。その様子に、キラ達も唖然とする他ない。
 マユ自身も驚いた様に、兄の頬を張った右手を抱き寄せる。
「ご、ごめん、お兄ちゃん。だけど――」
「くっ!」
 様々な出来事と感情が渦巻き、もはや理性も心も限界だった。シンは踵を返すとインパルスに駆け寄り乗り込むと、デュナメイスから飛び出してしまう。