Seed-NANOHA_547氏_第19話

Last-modified: 2008-10-18 (土) 18:07:19

 シンはミネルバの甲板の上でデッキブラシを手にしていた。
 戦闘終了後に彼が起こした行動に対する処罰は、反省文の提出と一週間の甲板掃除といったものだけだったのである。デュナメイス側が着艦許可を出していた事。騒動の場に居合わせたアスランからの事情説明と弁護による情状酌量。『今回の事は、個人間の私情事である』といったキラの弁。それらによって、シンが犯した罪は、ミネルバからの帰還命令を無視した事による命令違反のみといった扱いとなった為だった。

 

 甲板の床を磨くシンの頭の中は、ぐるぐると渦巻いていた。思わぬ場面で家族の仇である男を見つけたと思ったら、死んだはずの妹の登場。妹と再会を喜び合っていたはずが、気づけば言い合いとなってしまい、その妹にひっぱたかれていた。様々な事が一度に起こりすぎて訳が分からなくなってしまい、彼はとっさにその場から逃れてしまった。
 時間が経ち、幾分か落ち着きを取り戻したシンは、自分なりに考えてみる。マユにも問われた事──自分はどうしたいのか?
 両親の仇であるキラ・ヤマト。彼の事は殺してやりたいほど憎い。だが、だったら実際に彼を殺すのかというと、それは違うと思える。事実、憎しみのまま殴りはしても、腰のホルスターに納まっていた銃を使うような事はしなかった。
 しかし、だからといって、彼を許せるという事にはならない。
 その点はマユも『許せない、一生恨んでいくと思う』と言っていた。それなのに、『相手も苦しんでいるのだから、ただ恨み続ける事はできない』と言う。
(……なんか、矛盾してないか?)
 やはり、シンにはマユの言っている事が分からなかった。

 

 背後の扉が開いた音を聞いて、シンは後ろを振り返る。やって来たのは、アスランだ。
 正直、シンは彼の事が気に食わなかった。オーブのアスハの傍にいたような奴が、いきなりザフトに戻ってきて、挙げ句に自分の上官となって命令してくる。
 先程、艦長の前でも、まるで人の気持ちが分かってるかのような口振りだったのも、どこか気にくわなかった。弁護してくれた事に感謝の念が全くないわけではないが、反発心の方を強く抱いてしまう。エリート高官の息子として生まれ、何の不自由もする事なく、好き勝手に生きてきたような奴に、いったい何が分かるというのか──と。

 

「……こんな所にいたのか」
 苦笑にも似た表情を浮かべながら、そんな事を言ってくるアスランに、シンはむっとする。自分だって、好きでここにいるわけじゃないというのに。だからなのか、彼の口から出てくるのは棘のある言葉だった。
「罰なんだから仕方ないでしょう。貴方こそいいんですか? いろいろ忙しいんでしょ、フェイスは。こんなところでサボっていて、よろしいんでありますか?」
 アスランの表情に、若干の呆れが混ざる。
「……本当に突っ掛かるような言い方しか出来ない奴だな、君は」
「何なんです? またお説教ですか?」
「妹さんから伝言だ。『叩いたりして、ごめんなさい』と謝っていたよ」
 マユからの伝言に、それまでムスッとしていたシンの表情は崩れる。
 アスランは近くの柵まで歩くと、そこへ両肘を置いた。
「強いんだな、君の妹は。俺は、あの子みたいに考えられるようになるまで、随分とかかったんだがな」
「えっ?」
 シンは、アスランの言い様にやや驚く──ならば、彼にはマユの考えが理解できるというのだろうか?

 

「俺がストライクを討った話は知っているんだったな?」
「知ってますけど……それが? 伝説のエース様は、武勇伝でも聞いてもらいたいんですか?」
 求めていた答えとは全く違う方向の話を切り出され、苛立ちからか、シンはまたもや突っ掛かるような口調になってしまった。
「そんなものじゃないさ、あれは──」
 互いに憎しみ合った狂気の成れの果ての結果。
「撃ち合う事の本当の意味も分かっていなかった、ただの馬鹿の話だ」
 シンにとっては意外だった。勲章ものの活躍だったというのに、どうやらアスラン本人にとっては恥ずべきものであるらしい。
「二年前、俺は戦場で幼馴染みと再会した。俺はザフトで、そいつは……地球軍側のストライクに乗っていた」
「──!? ちょ、ちょっと待ってくださいよ。それじゃあ……」
 アスランは友人と殺し合った事になる。アスランの方も頷いてそれを肯定していた。
「そいつもコーディネイターだったんだ。俺は何度も何度もそいつを説得して……だけど、そいつは『守りたい人達がいる』と言って地球軍側に残り続けた。だけど──」
 当時を思い返しながら喋っている所為か、アスランの語調が悲痛さを増していく。
「だけど、俺にだって譲れないものがあった。血のバレンタインで、俺は母親を亡くして……こんな思いをするのは自分達だけで沢山だと思って──そうやって、プラントを守る為に戦っていたんだから」
 アスランが振り返り、シンと眼が合う。アスランの瞳は何ともいえない複雑な感情を湛えていた。
「君も似たようなものじゃないのか? 自分の非力さが悔しくて、力が欲しいと、そう思ったんだろ?」
 シンは黙ったままだったが、アスランの言っている事は、まさにその通りだった。だからこそ、シンは力を求めてザフトに入ったのだから。
 そして、自分の事を見透かされた事以上にシンが驚いていたのは、アスランが語った彼自身の境遇についてである。挫折など知らないエリートだと思っていた彼が、自分と似た想いをした事があったなどとは、考えもしなかった。
「……すまない、話が逸れたな。俺は目の前で、アカデミー時代からの友人をそいつ殺された」
「もしかして、ブリッツに乗っていたっていう……?」
 シンも軍事歴史の授業で聞いた事があった。たしか、ニコル・アマルフィといった名前だったはずだ。
「ああそうだ。俺はニコルを殺したそいつの事を憎んだ。そいつを殺す為に、出撃して──俺たちの戦闘に割って入ってきた戦闘機に乗っていたそいつの友人を今度は俺が殺した」
 アスランは再び視線を海の方へと向ける。
「そして、俺たちは互いに憎しみ合って、殺し合って……結末は君達も知る通りだ」
 そう、シンも知っている。激戦の果てに、イージスはストライクに組みつき──自爆した。
「自爆の直前に脱出した俺は、気づいたらオーブに保護されていた。そこである人に言われたよ。『殺されたから殺して、殺したから殺されて……それで本当に最後は平和になるのか』ってな」
 アスランの顔が自嘲に染まる。
「なる筈がない……俺は身を持って、その事を思い知らされたよ」

 

 アスランが言いたい事は、何となくではあるがシンにも分かる。だが、それを受け入れられそうにはなかった。
「でも……だからって、俺にも納得しろって言うんですか!? 親を殺されて、人生を変えられて……それでも、あいつを恨むなって、貴方はそう言うんですか!?」
「そうは言わないさ。君がそんなに簡単に割り切れるようなら、それこそ俺は君の事を見損なうよ」
「な……何なんですか、それは!? 貴方の言ってる事、無茶苦茶じゃないですか!?」
 やはり理解できない。理解できる筈もない。シンは、答えを示してくれるかもしれないといった期待を裏切られた気分だった。
「そうだな。でもそれが、戦争っていうものなんだと、俺は思う」
 アスランはシンの方へ向き直り、彼と視線を交錯させる。
「俺が言っておきたいのは、キラも殺したくて君の両親を撃ったわけじゃないって事と、君の妹が無理をしているんじゃないかって事だ」
「えっ?」
 急にマユの事を出されて、シンは反発心を削がれる。
「たぶん、あの子はあの子で、様々な葛藤と戦ってる。気丈に振舞ってはいても、きっと心はぼろぼろだ。君は君で大変なのかもしれないが、君があの子を支えてやるんだ。せっかく生きていてくれた、たった一人の肉親なんだろ?」
 アスランに言われて初めて気づく。自分はマユの事を気にかける余裕すらなかった――涙を浮かべる妹を置いて、逃げ帰ってきてしまったのだ。
「マハムール基地に着いたら、時間を取れるようにしておいてやるから、一度ゆっくり話すといい」
「……はい。その……ありがとうございます」
 礼を述べた後、頭を上げると、アスランが面を食らったような顔をしていた。
「――? どうしたんですか?」
「い、いや。君に素直に礼を言われるとは、思ってもいなかったから……」
 呆けたままの顔で言うアスラン。
 シンにしてみれば心外だった。
「なっ……俺だって感謝ぐらいしますよ!」
「すまない、悪かったよ」
 だが、アスランの顔は明らかに笑っている。
 しかし、シンはその事に対して本気で苛立ちはしなかった。それは、彼の中でのアスラン・ザラのイメージが変わりつつあったからなのだが、本人にもその自覚はなかった。

 

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 マユとバルトフェルドは、食堂のテーブルの一つに向かい合って座っていた。
「すまなかったな。まさか、そんな事になるとは思わなかったからな……」
「そんな……バルトフェルドさんのせいじゃないんですから、気にしないでください」
 頭を下げるバルトフェルドに、マユは恐縮してしまう。
「しかし……君は大丈夫なのか?……その、なんだ……」
 彼が言い淀んでいるのは、キラとの件なのだろう。
「全然平気です!……とは、言えないですけどね」
 マユは笑おうとしたが、苦笑いになってしまった。そして、嘆息を漏らす。
「わたしって酷いですよね……」
「どうして、そんなふうに思うんだ?」
「あれから二年間、兄も色々と大変だったはずなのに……兄の気持ちも考えないで、あんな事を……」
 バルトフェルドも、事の顛末はアスランから聞いていた。
「もしかして、平手打ちの事を言ってるのか?」
「……そうですね。それが一番酷かったかも……でも、嫌だと思ったんです。あんなに取り乱した兄の姿を見るのは」
「まあ、無理もなかろう。予期せぬところで、家族の仇に行き着いてしまってはな」
「ですよね。でも、わたしにとっては頼れる兄でしたから……二年も離れ離れになってた間に、美化しちゃってる部分もあるんでしょうけど」
 マユはテーブルの上に置いてあったコーヒーカップに手を伸ばした。バルトフェルドが淹れてくれた彼特製のコーヒーは、マユには少し苦かった。
「それにキラ君だって、そこにわたし達が居ただなんて知らなくて……知らずに撃ってしまって……だから、キラ君も被害者なんじゃないかなって思うんです」
「君達にとって加害者であるキラもまた戦争の被害者ってわけか」
 マユの年齢にそぐわないものの考え方に対して、バルトフェルドは内心で感嘆していた。
「こんな綺麗事を言ってても……正直、わたしもキラ君の事が憎いです。両親が死んだ直接の原因があの人なんだって思うと、どうしても許せないです」
 マユは僅かばかりの嘲りを顔に浮かべている。
「だけど――だからって、キラ君の事をただ責めるのは、何か違うって思ってる自分もいて…………なんていうか、その……」
 思考が上手く纏まらない。自分の心が自分のものではないかのように錯覚してしまう程、マユは自身の感情を持て余していた。

 

「そのぐらいで止めておけ」
「えっ?」
 突然、バルトフェルドに制止の声を掛けられて、マユは戸惑う。
「結論を急ぐ事も、無理に納得するような事もしない方がいい。そんな事をしても、結局いつかは皺寄せがくる」
「バルトフェルドさん……」
「こんなめぐり合わせの中で、それでも相手の事を理解しようと努める事ができる君になら、自ずと答えに辿り着ける。君なりの答えにな」
「そうでしょうか?」
「ああ。きっとな」
「……そうですね」
 一気に難しい事を考えるのは止めにしようと、マユは思った。我侭にならない程度に、自分の気持ちに素直に行動してみようと。
(まずは、ちゃんとお兄ちゃんと仲直りしよう。聞きたい事や話したい事だって、いっぱいいっぱいあるんだから)
 一つ一つゆっくりと、しかし確実に進んでいこうと、マユは強く心に決めた。