Seed-NANOHA_547氏_第28話

Last-modified: 2008-10-18 (土) 18:18:02

 焚き火を見つめていた。この焚き火は、海に落ちた自分を助けてくれた少年が熾してくれたものだ。足首に巻きつけられた布を触ってみる。これも少年が巻いてくれた。おかげで傷からの出血はもう止まっていた。そして少年は―― 「守る」と、言ってくれた。
「君は……この街の子?」
 背中合わせに座っている少年が尋ねてくる。
「名前は?……分かる?」
 少年は他の人と違って、ゆっくりと優しい声で話し掛けてくれる。
「名前……ステラ。街、知らない」
 分かるものだけ答える。少年は困ったような声になった。
「じゃ、いつもは誰と一緒にいるの? お父さん、お母さんは?」
「『一緒』は……ネオ、スティング、アウル。……お父さん、お母さん……知らない」
 また、分かるものだけを答えた。少年の声が悲しそうに聞こえる。
「……そっか。きっと君も、怖い目に遭ったんだね」
「『怖い』?」
 身体がビクッとなる。本当はまだ怖い。『死ぬ』という言葉を聴いた後はいつも眠る時まで怖いままなのだ。
 怖さに身を震わせていたら、少年が慌てて言ってきた。
「ああっと、ごめん。今は大丈夫だよ。僕が――ん~と……俺が、ちゃんとここにいて、守るから」
 少年の言葉を聞いたら、胸の中がぽわんとあたたかくなって、怖さが消えていく。
 振り返ったら、少年の眼と合った。
「ステラを守る?……死なない?」
「うん! 死なないよ」
『守る』――初めて知った言葉。『守る』とは、死なないという事。温かくて、優しいという事だ。
 もう、怖さはなくなっていた。
「あ……俺、シン。シン・アスカっていうの。分かる?」
「シン……?」
 小さな声で繰り返すと、少年――シンは、凄く嬉しそうに微笑む。
「そう、シン。覚えられる?」
 シンの笑顔を見ていると、胸がドキドキしてきた。『怖い』に似てるけど、フワフワして気持ちいい、不思議な感じ。
「シン……」
 大切にその名前をつぶやく。シンは不思議で好き。ネオも好きだけど、その好きとはちょっと違う気がする。
 ふと思い出す。立ち上がって、干して乾かしているドレスのポケットを探る。
(……あった)
 それは淡いピンクの貝殻。砂浜で拾ったステラの宝物。
 シンに歩み寄って、掌に載せた貝殻を差し出す。
「シン、あげる。ステラの宝物」
「え、俺に?――って!?」
 シンは慌てて視線を逸らした。なんだか、顔が真っ赤だ。
「うん。シンにあげる」
「……ありがとう」
 シンは貝殻を受け取ると、嬉しそうに笑ってくれた。ステラも嬉しくなる。ますますシンの事が大好きになる。肩をくっつけて並んで座ると、シンはまた向こうを向いてしまった。だけど、くっついたままの背中からは、シンの温かさが伝わってきた。
 しばらくして、二人は服を着た。ドレスはまだ少し湿ったままで、ちょっと気持ち悪かったけど、服を着たらシンがこっちを向いてくれるようになった。
「ええと……もうじき誰かが来てくれるからね。心配いらないから」
「うん」
 シンの肩に頭をもたせ掛けた。シンは温かくて、優しい。シンが傍にいてくれたら、ステラは何も怖がらなくていい。こんな感覚は、生まれて初めてだった。
 どれくらいそうしていただろうか。ふと物音に気づく。エンジンの音だ。どんどん近づいて来る。
「来た!」
 シンが立ち上がって、大きく手を振っている。やがて、白くて眩しい光が射した。ボートだ。知らない人達が来たけど、シンが守ってくれるから、きっと大丈夫だ。

 

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 探索の成果を得られないまま、自身で定めたタイムリミットをむかえてしまう。悔しく思いながらも、なのはは探索を打ち切って、ホテルをチェックアウトしてから、ディオキアの市街地を離れていった。
 人目のつかない場所で転移魔法を使う為だ。光学迷彩を施したまま飛ぶ事はできても、戦闘や転移などを同時に行う事はできないからだ。

 

(どうしようかと思ったけど、ちゃんと助けが来たみたいで、良かった良かった)
 なのはは海岸を去っていくボートを遠目に見送りながら安堵する。
 市街から海岸沿いを飛んでいる時に、眼下の崖下に一組の男女を発見した。如何に当事者に気づかれないようにして助けようか考えている間に、市街の方から救援のボートがやって来たのだ。
『さ、私達も行こうか?』
《All light》
 その場を飛び去るなのは。だが、そこから少し進んだ崖の上に、またも人影を見つける。
「こんな時間に、あんな所で、どうしたんだろ?」
 日はすでに沈み始めている。通常、あのような岩場に用のある者などいないはずである。
「……ステラーっ!」
「おおーい、ステラー! どこだ、この馬鹿ぁー!」
 気になって少し近づいてみると、どうやら二人の少年が人を探しているようだった。
(もしかして、さっきの子を探してるのかな?)
 なのはは、少年達が乗ってきたと思われる車の影に降り立つと、光学迷彩とバリアジャケットを解除する。彼らの方に歩み寄っていきながら声を掛けた。
「あのー!」
 少年達がなのはの方を向く。手前側にいた鋭い目つきの少年が訝しげに尋ねてきた。
「――あん?……何か用か?」
「人を探してるんですよね? もしかして、金髪でこれぐらいの髪の長さの女の子ですか?」
 先程見た少女の特徴を身振りを交えて伝えると、少年達は互いの顔を見合わせた。
「それって……」
「ああ。たぶん、ステラだ」
 彼らの反応を見るに、なのはの推測は当たっていたようだ。
「その子でしたら、さっき、あっちの崖下で助けられてましたよ。ボートで街の方に戻って行くのを見ました」
 なのはは、向こうの崖を指差しながら、そう言った。

 

 少女の言葉に、スティングの顔が険しくなる。
「あの馬鹿……」
「どうしたんだよ?」
 アウルは、スティングの雰囲気が変わった意味が分からず、彼に尋ねる。
 スティングは、未だに悠長なアウルにイラつきながら言った。
「この辺で救助されたって事は、たぶんザフトの連中にだろうが」
「あ……ヤベえじゃん!」
 アウルもやっと理解する。自分達が何者なのかを考えれば、ステラの置かれている状況は最悪だった。
「分かったんだったら、さっさと行くぞ!――すまない、助かった」
「あ……いえ」
 スティングはアウルを促すと、少女に礼を言ってから、車へと駆けて行った。
「サンキューな」
 アウルも少女に礼を言ってから、スティングに続く。
「いえいえ」

 

 少年達が乗った車が慌しく発進していくのを、なのはは見送った。
「何だったんだろ……?」
 置いてきぼり感が漂う中、首を傾げるなのはに、レイジングハートが促す。
《Master》
「あ、そうだったね。ごめんごめん」
 自分達には時間が無い事を、なのはは思い出す。辺りを見回すと、他に人気は無いようだ。再び、バリアジャケットを着装すると、崖下へと飛び降りる。
「ここなら……。レイジングハート」
《All right》
 主の呼び掛けに応じて、転移魔法の準備に入るレイジングハート。
 しばらくして、なのははダーククリスタル追走の為に転移した。

 

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 シン達を乗せたボートはディオキア港の桟橋に着いた。
 先にボートから降りたシンは、ステラに手を差し出す。
「ほら、ステラ」
 シンの手を取るステラ。彼に導かれて、ステラもボートから降りる。
「──お兄ちゃーん!」
「あ……」
 シンはマユが呼ぶ声に振り返る。マユを先頭に、ルナマリア達がこちらに駆け寄って来た。
 心配そうにシンへ尋ねるマユ。
「大丈夫? 怪我とか無い?」
「あ、ああ。大丈夫だよ」
 シンは今の今まで、マユ達を迎えに行かなければならなかったのを、すっかり忘れていた。涙まで浮かべて心配してくれるマユに、後ろ暗くなってしまう。
 なんとかマユを宥めようとしていると、ルナマリアが口を挟んできた。
「いつまでたっても来ないから、私達だけで基地に戻ったら、シンからエマージエンシーコールがあったって言うし……。マユちゃん、ずっと心配してたのよ?」
「そっか……。心配掛けてごめんな、マユ」
 マユの頭を撫でながら言うシン。
 ここで、ルナマリアがわざとらしく咳払いをした。
「ところで……。アンタの後ろでしがみついてる娘は何?」
「へ?」
 彼女に指摘されて、シンが振り返ってみると、少し不安そうな表情で自分の背中にしがみついているステラがいた。
「この子が崖から海に落ちちゃってさ……助けたのはいいけど、自力じゃ戻れなくなって……」
「なるほどね。でも……無茶も程々にしておきなさいよ」
 ルナマリアがマユを視線で指して言う。「心配を掛けるな」と言いたいのだろう。
「……ああ。分かってる」
 シンは神妙な面持ちで答えた。

 

「――シン」
「あ、はい」
 唐突に、アスランに呼ばれて、返事をするシン。
「その子の知り合いらしい人間が基地に訊ねて来てるそうなんだが……。名前はスティング・オークレーとアウル・ニーダ」
「ステラ、知ってる?」
 シンは後ろにいるステラに振り返って尋ねる。
「スティングとアウルは……ステラの仲間」
「――だそうです」
 ステラの句を継いで、アスランへと向き直るシン。
「そうか……。よし、その子を連れて一緒に来てくれ」
「分かりました」
 シン達の後ろを当然の様について行こうとするルナマリア達に、アスランが釘を刺す。
「君達は艦に戻るんだ。……マユちゃん、君もだ」
 マユとメイリンは素直に従うが、ルナマリアはやや渋々といった感じだった。

 

「スティングっ! アウルっ!」
 ステラは嬉しそうに、二人の少年へと駆け寄っていく。
 その姿にスティング達はホッと胸を撫で下ろす。拘束されたり、尋問を受けたりした様子はないようだ。ただ、彼女からは強い潮の匂いがした。
 スティングはステラに尋ねる。
「どうしたんだ? お前、いったい……?」
「海に落ちたんです」
 彼らの所に歩み寄って来た普段着姿の少年が、ステラに変わって答えた。
「俺、ちょうどそばにいて。――ああ、でも良かった。この人の事、色々分かんなくて、どうしようかと思ってたんです」
 少年の説明で、スティングは理解する。自分達の正体は知られていないからこその、この対応なのだと。だが、タイミング的には際どかったらしく、なんとかステラの事を調べられる前に間に合ったといったところか。先程、ステラの事を教えてくれた少女には、感謝すべきかもしれない。後は、この場を上手く誤魔化して切り抜けるだけだ。
「そうですか……。ザフトの方々には本当にお世話になって……。ありがとうございました」
 スティングは自分達の緊張を悟られないよう――しかし、彼なりの皮肉を込めつつ――にこやかに礼を言った。
 ザフトの少年達は、言葉の裏に込められた皮肉に気づく素振りもな――否。赤服を着た少年の方は、瞳の中に僅かに怪訝なものが混じっているようだ。スティングは、自身の軽率さに内心、舌打ちをする。
「いえっ、そんな。――良かったね、ステラ。お兄さん達と会えて」
「うんっ」
 ステラが頷くと、ザフトの少年はまるで自分の事のように喜んでいた。
「では、僕達はこれで。――ステラ、行くぞ」
 だが、ステラはその場を離れようとしない。
 ザフトの少年は困ったような顔で、ステラを諭すように言う。
「ほら……お兄さん達、来たろ? だからもう大丈夫だろ?」
「んー……」
 ステラは少し考え込む素振りを見せたが、やはりその場を離れようとしない。
 そんな彼女の様子に、スティングは内心イライラする。だが、ここで声を荒げて、不審を抱かれるわけにもいかない。
 横目で窺うと、アウルの方は――気持ちは分かるが――顔に出過ぎてしまっている。言動に出される前に、肘で小突いて制しておく。
「えっと……また会えるから、きっと……。――ってか、会いに行くから‥‥だから、ね?」
「シン……。分かった」
 ステラは後ろ髪を引かれる思いで、スティング達と共にその場を後にした。
 時折、シンの方を振り返りながら。何度も何度も振り返りながら……。