Sin-Jule-IF_101氏_第08話

Last-modified: 2007-12-28 (金) 03:49:35

 個室とは名ばかりの営倉じみた部屋の中で、アウル・ニーダは深々と溜息をついた。
 ロドニアで捕らえられた彼は、どういう意図があってのことか未だミネルバで過ごし
ている。
 部屋の外に出られるのは検査など医務に関るときだけだ。プラントに引き渡されれば
どうなるかわかったものではないことを考えれば幸運であったのかもしれないが、彼の
性分は元来じっとしていられないものである。一つところに留まるということは拷問に
近い。
 外に向けて何度も叫んでみたり、検査の時に暴れたりなどは既に試みた。アウルが何
事か起こせば、いけすかない金髪の赤服が真っ先に動き、取り押さえる。まるで全てが
決まりきっているかのように鮮やかな動作の流れは、何度味わっても見切れそうにはな
かった。バスケットボールでの勝負だったら、彼はさぞかし嫌なディフェンスをしてく
れることだろう。暇潰しに脳内でいくらかシミュレートしてみたが、自分が万全のコン
ディションだったとしても確実に勝てるとは思えなかった。負けを一瞬でも意識してし
まい、頭を大きく振ったのは嫌な思い出だ。

 

「つまんねーの」
「敵の軍艦に楽しみを見出そうとするのもどうかと思うがな」

 

 独り言をぼやいたつもりがドアの向こうから声が返ってきて、アウルは思わず背筋を
伸ばした。聡明なレイ・ザ・バレルの視線がドア越しに突き刺さる。それが錯覚だとは
理解していたが、それでも気分のいいものではなかった。
 気勢を削がれぬよう、アウルはふたたび腹の底に力を込めた。

 

「また検査? それとも監視? だったらずいぶん暇なんだな。ザフトって!」

 

 悪態をついてみたものの、本心では密やかに心は躍った。アビスを奪った時に不意打
ちとはいえ何人ものコーディネーターを死に追いやったというのに、レイには何度も組
み伏せられている。検査のたびに飛び掛るのは、短い期間ながら習慣の一つと化してい
た。派手好きなハイネなどは逆にはやし立てている始末だ。

 

「今度こそ僕が勝ってやるッ!」

 

 敵の仕事の事情なんてどうでもいいけど。心の中で付け足して、アウルは膝を浅く落
とした。舌なめずりをする欲求は、強敵を欲して鼓動を鳴り止ませようとしない。
 鍵を開けた瞬間が勝負だ。強化された聴覚はドアロックの解除を素早く拾い上げる。

 

「攻撃の宣言はしないほうが効果的だな」

 

 レイが扉を空けた瞬間に突進したアウルだが、素早く足払いをかけられ盛大にすっ転
んだ。鼻から床に激突し、鉄の味が嗅覚から脳に侵入した。痛みよりも呼吸の苦しさか
ら鼻血が出たと認識したが、時は既に遅かった。倒れている間に腕は捻り上げられ、下
手に抵抗でもしようものなら激痛が走る。その絶妙な力加減は、同時に相手に力量差を
叩き込むのに十分な威力だった。

 

 ミネルバの機体に変化が生じたのは、その時だった。アラート音が響き、レイは思わ
ず力を緩める。
 アウルは、その隙をついて逃げ出した。

 

 

「あれは!」
「ミネルバ……?」

 

 現れた謎の艦に、ミネルバのクルーたちは全員混乱した。自分らの乗る戦艦と全く同
じ型の戦艦が前方より迫ってくる。艦長のタリアもFAITHのハイネも目を見開いた
まま僅かの間驚愕し、硬直する。
 そのミネルバと同じ戦艦は、見た目の点で一つだけ違う点があった。ミネルバの外部
装甲が白と赤を基調としているのに対し、謎の戦艦は黒いラミネートを施している。
 アーサーの大仰なリアクションに自分を取り戻したハイネが真っ先に正体不明の艦へ
の通信を命じた。仮に参加するジュール隊のものだったとしても悪い冗談だ。デュート
リオンのシステムを連合が解明したのかとも思ったが、だとしてもミネルバを模す必要
はない。

 

 艦橋のモニターから現れた顔は、誰もが想像していないものだった。誰ともなく、現
れたものの名を呼ぶ。

 

「アスラン・ザラ……」

 

 黒い戦艦、名を『パトリック』。以前に宇宙でジュール隊と戦った折、アスランたち
が逃亡に使ったのがこの戦艦である。その時は未完成だったために逃亡にしか使用でき
なかったが、地球での隠密活動はこれを完成させるのに十分な時間を与えていた。
 やられた。ハイネはアスランが囮だったことを読み取り、唇を噛む。ジャスティスが
度々戦場に現れていたのは、パトリックの完成を隠すためでもあったに相違ない。核動
力に加えて陽電子砲まで敵にあるとしたら、脅威どころの騒ぎではない。滲む汗を拭う
こともせず、ハイネは画面を睨みつけた。

 

『ミネルバに告ぐ。今すぐMS戦力をこちらに引渡し、地球より撤退せよ』

 

 画面の向こうのアスランは表情を崩さずに言葉を述べる。断ればどうなるかを述べな
いのは、余裕の表れだろうか。そう考えて、ハイネはふと気が楽になるのを感じた。
 ユニウスセブンの時と今とでは、根本的に事情が違う。

 

「その言葉、そっくりそのままお返しするわ」

 

 ハイネが視線をやると、タリアも同じく不敵な視線を返す。考えは同じようだった。
 MSを要求するということは、敵は未だジンを主力としている可能性が高い。ジャス
ティスだけが突出した戦力ならば、勝ち目のない戦いではない。

 

「レイとルナマリアに出撃用意を!」
「グフの整備は終わってるんだろうな!?」

 

 迎撃。それがミネルバの答えだ。

 

 

 パトリックよりジャスティスが飛び立ち、四機のジンがそれに続く。迎え撃つオレン
ジのグフはテンペストを抜き、刃を発光させた。
 想像していた通りの戦力にハイネは唇を吊り上げる。ジャスティス相手には太刀打ち
できないかもしれないが、ジン相手ならば四対一でも勝ち目はある。背後にはオルトロ
スを構えたザクも控えている。唸る鞭で敵を打ち、複数の相手と順に切り結びながらハ
イネはセイバーとジャスティスの様子を垣間見た。
 ジャスティスの相手という大役を任されたレイだったが、セイバーの動きには精彩が
ない。何事かとハイネは通信を繋ぐ。

 

「どうしたレイ! 腹でも痛いのか!」
「……いえ、戦闘に問題はありません」

 

 通信に答えつつ、ちらりとミネルバに視線をやる。ミネルバには既に報告したが、外
から見る限りでは異常は無い。レイはアウルの逃亡を告げるべきか躊躇った。言ってし
まえばハイネを動揺させることになる。相手のMSがジンとはいえ、パイロットは熟練
の腕を持った猛者たちだ。集中を乱すような真似をするべきではない。
 ミネルバのクルーがアウルを捕まえて上手くなだめてくれるのを期待するしかない。
そう決め、レイは銃口を迫るジャスティスに向けた。

 

「アビスは出撃してないのかよ」

 

 隠れ潜むアウルはMSドッグに仕舞い込まれた愛機の姿を見、驚きと呆れの混じった
声を上げた。
 アウルは渡りに船とアビスに近寄っていった。既にドッグまで侵入しているとは思わ
れていなかったらしく、そこに捜索者の姿はない。
 コーディネーターは案外見る目がないのかもしれない。強力な火力を持ち、PS装甲
と水中のビームを通さない性質を最大に生かせるアビスは大気圏内では猛威を振るえる
存在だ。ルナマリアに回されるはずだったその機体の調整は既に済んでいたが、ここ一
番では乗り慣れたザクウォーリアの方が安定する。そんな意図など知らないアウルは侮
蔑の意思だけを投げかけ、アビスに搭乗した。

 

「……げっ、趣味悪っ!」

 

 静かに、かつ速やかにアビスを自分用に調整していたアウルは思わず声を上げた。ア
ビスのPS装甲の色は赤に設定されている。そもそも水の中が主戦場のアビスは防御に
力を裂く必要はあまりない。高い防御性能と引き換えに電力を大きく消耗する赤色を選
択するということは、次の乗り手とやらは相当のチキンなのだろう。想像し、笑みを漏
らしながらアビスの装甲を青に戻す。
 一通り調整を終え、次にミネルバのデッキへと通信を繋げた。

 

「ここ開けてくれない? さもなきゃ、ぶっ壊すよ!」

 

 宣言なしで砲撃を加えたほうが効果的なのは解っていた。しかし、それはレイに指摘
されたばかりのことだ。
 彼の言うとおりにするのは、何故か癪だった。

 

 

「アビス? まだパイロットがいたのか?」

 

 ミネルバから飛び出した新たな機影を見、アスランは眉をひそめた。セイバーのパイ
ロットの技術は初対面の頃より確実に上がっている。ダーダネルスの戦いの時は我を忘
れたような突進をしていたが、眼前の敵機は別人が動かしているように速く鋭い。セカ
ンドステージのMSが二機も相手となっては不利に陥る可能性が高い。遅れての出撃は
不可解でもあったが、警戒をするに越したことはない。
 生じ始めたアスランの焦りとは裏腹に、アビスは早々に眼下に広がる海中に潜って姿
を消した。地球軍がやっていたような必勝の型に入るのかと思ったが、反応はどんどん
遠ざかり、弱くなっていく。

 

「もらったッ!」

 

 セイバーの収束ビーム砲がジャスティスを捉える。反応が遅れ、攻撃に向けた盾は弾
き飛ばされた。レイは驚くとともに舌を打つ。確実に落とせると思われたが、被害が盾
だけとは予想外のことだった。
 対するアスランは大きく息を吐いた。レイの攻撃はコクピットを正確に捉えていた。
咄嗟の防御こそはできたが、左腕ごと奪われてもおかしくはなかった。
 もはやレイは手玉に取れるルーキーではない。認識を改め、意識をセイバーに集中す
る。遠ざかっていくアビスは気になったが、その位置はジャスティスの射程外だ。
 二本のラケルタ・ビームサーベルを携え、セイバーに向かう。ジャスティスは近接戦
闘に特化したMSだ。単純な速度ではセイバーには及ばないが、距離が近付けばジャス
ティスに分がある。機関銃、リフター、あらゆる武装を駆使しセイバーの航空を阻み、
アスランはレイとの距離を詰めていった。

 

「なにやってんだよアイツ……!」

 

 ある程度逃げたところで、アウルは自分の後方で行われている戦闘に目を向けた。グ
フとザクは統率の取れたジンの連携に戸惑っており、セイバーはジャスティスに翻弄さ
れるように回避に専念していた。
 見ながら、アウルは唇を噛む。これはザフト同士が決裂した戦いだ。連合の人間とし
ては関与すべきことではない。それは理解していたが、

 

「面白くないんだよね! あんな奴にやられちゃさあ!」

 

 自分を叩きのめした相手が別の人間にやられるなど言語道断だ。叫び、アビスは海中
より身を乗り出した。ジャスティスを狙い、バインダーと胸部からの一斉砲火を放つ。
距離をとっていたために命中はしなかったが、それはアスランを混乱させた。
 上空で戦っていた二機の赤いMSは同時に動きを乱したが、態勢を立て直したのはセ
イバーの方が先だった。アビスに、セイバーからの通信が入る。

 

「まさかお前に助けられるとはな」
「お前を倒すのは僕だ! こんな奴にやられるなんて許さないからな!」

 

 

「サトー、すまないが旗色が悪い」

 

 逃げたと思われたアビスは敵に回ったらしい。うってかわって防戦一方のアスランは、
ジン部隊の隊長へと通信を繋いだ。

 

「了解だ。すぐに我らもそちらに加勢しよう」

 

 自由に飛行できるグフと強化されたブースターによるホバリングとでは差がある。動
きを止めればザクのオルトロスが見舞われる。数の上では有利と言えど、実質的に不利
であるはずのサトーだったが、その声は至って冷静だった。
 グフのテンペストを盾で受け、ジンはスラスターに火を灯す。直線的な動きは敵の思
う壺だったが、ジンの部隊は急に速度を上げ、ミネルバへと突進した。

 

「もらったあッ!」

 

 オルトロスの極大の一撃がジンの部隊に見舞われる。薙ぎ払う一撃がジンを飲み込み、
そこで大勢がつくはずだった。
 ジンの黒い装甲が赤く発光し、光の奔流をものともせずに突進する。

 

「や、やだっ、ちょっと……ッ!」

 

 驚愕するルナマリアの機体が瞬く間にズタズタにされ、次に斬機刀がハイネの翼を襲
う。スレイヤーウィップで応戦するも、ザクを討った彼らの脚は、既にミネルバに取り
付いていた。下手な攻撃もできず、ハイネも防戦に回らざるを得ない。
 スクリーミングニンバス。ドムトルーパーに搭載されるはずだったビームを無効化す
る機構を彼らのジンHM2型は搭載していた。

 

「沈めぇッ!」

 

 ハイネが構えた盾を、サトーの剣が吹っ飛ばす。旧型であるジンに最新式の装備を置
くには、大幅なカスタマイズを必要とする。サトーらの機体は、ジンの姿をした全く別
のMSと呼ぶべき性能を持っていた。

 

 <タイプ・インサージェント>という名はどうだろうか、と提案したのは他でもない
ユウナだった。本人を前に反逆者とはずいぶん大胆なものだとサトーは思ったが、悪い
名前でもないとも感じていた。全てを敵に回してでも戦わんとする自分らこそ、まさに
世界への反逆者であろう。
 斬機刀が、グフイグナイテッドへと振り下ろされた。

 

 

「畜生、ジンなんかに……ッ!」

 

 サトーは落下していくハイネのグフに一瞥をくれてやり、ミネルバに向き直った。ス
クラップ寸前の赤いザクウォーリアが必死に立ち上がろうとしているのを見、未だ機能
を損なっていないらしいオルトロスの砲身を両断する。CIWSがジンの部隊に向けて
放たれ、同時に巨大な砲門が露になる。

 

「タンホイザー、か」

 

 サトーは背の冷たい汗を自覚しながら呟く。ビームを無効化する特殊な装甲とて、陽
電子砲のエネルギーを受ければひとたまりも無い。先の大戦で起きたというストライク
の奇跡など、そうそう起きるものではない。
 背後のパトリックもまた、呼応するようにタンホイザーを起動した。連合のMAのよ
うな防御手段がないならば、同じものを構え防衛とするしかない。
 パトリックを撃てばジン部隊がミネルバを集中攻撃する。ジン部隊を薙ぎ払えばパト
リックが狙い撃つ。放っておけば両方からの攻撃が見舞われる。

 

 一方では、未だジャスティスとセイバー、アビスの戦いは膠着状態にあった。
 けたたましく鳴ったアラートで母艦の危険を知り、レイは舌を打った。互角の状態を
維持していても、セイバーとアビスのエネルギーにはいずれ限界が来る。頼みの綱はミ
ネルバからのデュートリオンだった。それが途切れれば、エネルギー面での優位性は途
端にジャスティスに傾く。
 アビスが海中に潜るとともに、ジャスティスはセイバーに接近した。アビスの射撃は
広範囲に及ぶ。セイバーとの距離が近ければそれだけ撃たれる可能性も低くなる。
 狙いはそれだけではなかった。セイバーがビームサーベルを受け止めた時、接触のた
めかサブモニターにアスランが映る。表情を動かさず、アスランは冷酷な声で言い放つ。

 

「最初にジンの数を数えておくべきだったな」

 

 レイはその言葉に小さく反応する。最初に出撃していたジンは四機、宇宙で戦った時
より数は大きく減っている。数が何故減っているのかと一瞬考えた後、秀麗な瞳は大き
く見開かれた。
 海中のアビスの反応に乱れが生じたのは、そのすぐ後のことだ。

 

『畜生、こいつッ!』
「どうした、何があった!」

 

 彼には珍しく声色を乱し、何かがあったらしいアウルへの通信へと気を向ける。答え
を聞くまでも無く、レイはその解を脳に留めていた。
 黒い戦艦がミネルバと同じ型ならば、積載できるMS数は最大で六機だ。その中で五
機だけが出撃する理由があるとすれば一つしかない。

 

「伏兵を持っているのが貴様らだけと思うなッ!」

 

 かつてオーブに侵攻した黒いアッシュ、そのうちの一機は既に回収され、彼らの手へ
と戻っていた。

 

 

 海中でのPS装甲を貫くフォノンメーザーは海中で鉄壁を誇るアビスにとって天敵と
呼べる武装だった。全く警戒をしていなかったところに天敵からの一撃が叩き込まれ、
アビスの性能が下降する。コンソールを叩き、アウルはコクピットの中で喚いた。
 海中ではビームランスはただの棒切れだ。かと言って海上へ上がればジャスティスが
待ち構えている。丸っこい形状は不細工なことこの上ないが、こと水の中という特殊環
境においては抵抗を減らすのに適しているらしい。減速したバラエーナはアッシュを捉
えることなく直進していく。

 

「クソがッ! マジウゼェッ!」

 

 バインダーを閉じ、アウルはアビスを走らせた。
 想像だにしていなかった不利な状況に、アウルは正常な判断力を失っていた。彼自身、
もともと冷静な方ではない。加え、レイに突っかかった時の鼻血で呼吸は抑えられてい
る。痛みになどは当に慣れているが、息苦しさは無関係に彼を蝕んだ。
 それ以上に助太刀をしたことがわからない。自分でも分からない行動は彼の精神に薄
暗いものを産み落としていた。螺旋のように渦巻く疑問は、自分でいくら解を探しても
見つかりそうにはない。

 

「逃がすかッ!」

 

 手先のクローを振りかざし、アッシュはアビスを追う。本来ならば水中での機動力に
おいても敵うはずもないが、最初の不意打ちの一撃はアビスの駆動系に亀裂を生じさせ
ていた。一度開いた二機の距離は再び縮まり、フォノンメーザーやミサイルが次々にア
ビスに打ち込まれる。

 

『――させるかよ!』

 

 徐々に大きくなる漆黒の流線型に、横から歪なオレンジの塊が組み付いた。
 それがハイネの駆るグフイグナイテッドの成れの果てだと気付くのに、アウルは数秒
を要した。翼と片腕を失い、頭部も切り裂かれ、半分が潰れている。叩きつけられた水
にでもやられたのか、不自然に装甲が曲がっている箇所もあった。

 

『おい、悪いが一つ頼まれてくれるか?』

 

 アビスに通信が入る。ヘルメットの透明な防壁は亀裂だらけで、ハイネのものなのか
赤い何かがべっとりと付着している。だというのに、何事も無いかのようにハイネの声
はいつも通りのものだった。

 

「あ、ああ」

 

 あの騒がしい男だけに何かの冗談なのではないかと思い、アウルは呆然とする。

 

『帰ったらスティングの奴に伝えてくれ。「決着着けられなくてすまない」ってよ』
「なに、何言ってんだよお前ッ!」
『確かに頼んだぜ、アウル・ニーダ!』

 

 サブモニターの先で、ハイネの手が何か動いているのが見て取れた。
 直後、グフイグナイテッドはアビスの眼前で爆発した。

 

 

 水上にまで及ぶ爆風に、敵も味方も両方が動きを止める。ヨップは水陸両用のMSを
扱うエキスパートだった。不意を突かれたとはいえ、それが落とされたことはサトーら
に大きな衝撃を与えた。
 真っ先に動いたのはミネルバのタリアだ。奔流のような感情を塞き止め、静かな声で
クルーたちに向けて口を開く。

 

「降伏しましょう」
「うえっ! ほ、本気ですか!?」

 

 副官アーサーは腰が引けながらも信じられないといった声を出す。ハイネのMSが落
とされたとはいえ、まだ主戦力たるGは二機残っている。ザクとグフ一機ずつの被害で
決着を決め付けるには、あまりにも早い。

 

「ジャスティス、タンホイザー、ビームを無効化してグフに競り勝つジン、不利な要素
が多すぎるわ。それともアーサー、あなたには策があるの?」
「い、いえ。そういうわけでは……」

 

 アーサーは消え入りそうな声で答えた。勝算は薄いが、勝ち目が無い訳ではない。

 

「――あなたの言いたいことは解るわ」

 

 視線を一度向けていたアーサーから戦場へと戻しながら、タリアは言う。頭に浮かん
だのは、浮沈艦と名高いアークエンジェルだ。前大戦におけるかの艦は、もっと絶望的
な戦力差の中で幾度となく戦い、勝ち残った。それに比べればミネルバの状況は何倍も
恵まれている。
 考えながら、ハイネの最期の通信が頭に引っかかっていた。ハイネはアウルに頼みご
とを遺していた。ここで戦えば、アウルは高い確率で死ぬ。ハイネの願いを直後に踏み
にじるようなことはしたくはない。と、そこにレイからの通信が入った。

 

『ルナマリアを回収し次第、避難を』
「レイ!? ……あなた、まさか!」
『むざむざと死ぬつもりはありません。セイバーもアビスも、渡しません』

 

 断言するレイの言葉からは、執念のような意思が滲み出ていた。
 ミネルバから白旗を意味する信号弾が撃ち出され、パトリックは砲門を閉じる。小さ
な脱出艇がミネルバから落ちるように発進し、レイは一息をつく。その直後、一息をつ
いた自分に驚いた。誰にも寄らず強くあろうとしていたつもりだったが、いつの間にか
ミネルバは拠り所となっていたらしい。

 

『大至急、脱出艇をザフトの基地に送ってくれ』
「あん? 何で僕が。僕はザフトじゃないんだけど?」
『その後はアビスで逃げるなり自由にしていい。――頼むぞ』

 

 一方的に通信を打ち切り、レイは飛行したまま装甲の色をを灰に戻す。
 モニターを通した視線の先には、同じく警戒を解いたらしいジャスティスが空中に停
滞していた。

 

 

 レイは冷静に敵を分析する。
 水中のアッシュが撃墜された時、彼ら全員が驚き、動きを止めた。機体は強化されて
いただろうし、パイロットの技術にも絶対的な自信でもあったのだろう。そこを切り崩
されるのは、彼らにとって想定外のものだったはずだ。
 即ち、大将のアスランを討ち取れば彼らはまた動揺する。そうなれば、陸上が不得手
なアビスでも逃げるには十分だ。

 

「これが最後だ、アスラン・ザラ!」

 

 アビスが脱出艇に近付いたところで、レイは叫んだ。
 航空形態のセイバーがジャスティスの腹部に突き刺さる。真紅の弾丸は禁断の力を秘
めたMSを巻き込み、無人となったミネルバに激突する。
 ラミネートされた装甲版を突き破り、ミネルバが危険を訴える。異常を示すべく照明
が赤く変化し、危険を示すアラート音がけたたましく鳴り響く。

 

『レイ・ザ・バレル! お前も死ぬつもりかッ!』

 

 サブモニター先のアスランが喚くような声を上げる。レイは唇を吊り上げ、声を震わ
せた。

 

「お前はキラ・ヤマトと比肩する乗り手だ……!」
『何!? 何を言っている!』
「ならば俺が貴様に勝てば、ラウが奴に負けたのが何かの間違いだと証明される……!」
『ラウ? ……クルーゼ隊長が!? いったいどういうことだ!』

 

 気でもふれたかのように笑いながら言うレイを前に、アスランは前後不覚に陥る。
 セイバーのフェイズシフトが再び赤く染まり、ビーム砲をそこら中に撃ち放った。セ
イバーとミネルバが持つエネルギーの全てをぶつければ、ジャスティスと言えど耐えら
れるはずがない。

 

 空を染めんばかりに爆風が広がったのは、その後すぐのことだった。

 
 

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