Sin-Jule-IF_101氏_第17話

Last-modified: 2007-12-26 (水) 20:40:56

「話にならんな」

 

 ほぼ日課となっているトレーニングに対する評価は冷たく下された。集中ができなく
なっているのが自分でも理解できている。正体のわからないわだかまりに対し、シンは
握り拳を可能な限り固めることしかできなかった。

 

 ディアッカへの失言は、他の誰でもなくシン自身を強く打ちのめしていた。
 憎しみを糧に、強くなってきたつもりだった。それなのに、オーブが敵となった時に
は僅かに動揺し、イザークやディアッカの立場に自分が立たされたらというifを思考
に織り込むだけでその身を震わせている。本人が強く咎めることはしなかったのが幸い
だったろうか。

 

「隊長、質問してもいいですか」
「何だ」

 

 イザークの視線はシンを射抜くように鋭い。砂漠の失態以降、イザークとはまともに
話してさえいなかった。そこにきて腑抜けたような結果である。あまり刺激するような
質問はしてはいけないとシンの頭は警鐘を鳴らす。
 その一方で、シンは聞かずにはいられなかった。

 

「どうしてアスラン・ザラを討とうと決めたんですか」

 

 イザークからの答えはない。

 

「友達だったんでしょう! どうして討てるんですか!」
「奴を見極めるためだ」

 

 語調の荒くなったシンに向けて、短くも鋭いナイフのような一言が切り込む。
 あまりにあっさりとした答えだったからか、シンは荒ぶる勢いを失った。

 

「アスランは地球へ降りると俺たちに告げて消えた。何か考えがあってテロリストなど
に身を窶しているのかもしれん」

 

 シンは言葉を発せなかった。イザークとて何も考えずにアスランを追っている訳では
ない。思考を停滞させず、歩く足並みを止めず、可能な限り最善の手を考え、イザーク
はそれを躊躇せずに行っている。
 自分と隊長の差を感じると同時に、“英雄”に対する疑問はさらに募った。

 

 ――アンタは、アンタは一体なんなんだ……。

 

 シンの抱いていた思いは、後日さらに深まることとなる。
 ミネルバの一行がディオキアでの休暇を終えた後の戦闘でのことだ。ダーダネルス海
峡における戦闘は、停滞していたジュール隊を震撼させるものとなった。

 

「ミネルバが……?」
「被害はそう大きくないそうだがな」

 

 報告を聞いたシンは瞳を見開く。対するイザークは、瞼を伏せたまま記録映像を再生
させた。
 映像の最初のうちは、ただの記録だった。カオスの機動力に対抗すべくオレンジのグ
フが縦横無尽にスレイヤーウィップを振るう。海底から獲物を狙うアビスに対し、セイ
バーは水面に出てくる時を伺うかのようにぴったりと水の上から追跡した。飛び掛らん
と駆けるガイアの脚は、赤いザクの砲撃が止める。各々が役割を分担していながら、決
して集団を破棄しているわけでもない。手が空けば、他の機体への援護にも手を回して
いる。
 善戦としか言いようがない。MS隊を含めダメージを受けたという先の報告さえなけ
れば、シンも心躍らせていたことだろう。
 映像の中のミネルバがタンホイザーを敵に向ける。それで勝負はつくはずだった。

 

 次の瞬間、光の流星が降り注いだ。

 

 最高威力の陽電子砲は、黒煙を上げて無惨に変形していた。連合とオーブのMSが嬉
嬉としてミネルバに襲い掛かる。超高速の突風が、それらの翼や腕をもいだ。
 現れた“それ”が両軍に対して戦闘行為を停止しろと迫る。突然の襲来に対し、真っ
先に対応したのはレイのセイバーだった。現存する機体の中でも最高の機動力を持つ真
紅の機体は、アムフォルタスの光を放ち“それ”に突撃する。
 虫でも払うかのように“それ”はセイバーの翼を裂いた。機体はバランスを失い、高
度を急速に落とす。落ちた先は岩礁であり、海の藻屑とはならなかった。運がよかった
のか、それとも落ちる先さえ計算していたというのか、シンは震え上がる。

 

「問題はこれから先だ」
「えっ?」

 

 シンは思わず聞き返した。闖入者の存在だけでも大問題だというのに、さらに問題が
待ち構えているという。
 陣営を問わず次々に蹂躙していく“それ”に、ビームが次々に撃ち込まれる。それら
攻撃を盾で防ぎ、“それ”は青い翼を広げて攻撃の方向へと向き直る――とともに、び
くりと動きを止めた。
 フリーダムに牙を剥いていたのは、他でもない自分らの標的――ジャスティスだった。

 

 修理のために留まるミネルバの一室で、レイは一人塞ぎこんでいた。
 グフやザクに比べて、PS装甲を備えるセイバーのダメージは浅い。本来ならば、今
は手負いのミネルバを狙う敵から防衛すべくMSに乗れるよう準備しておかねばならな
い。レイ自身もそれは理解している。だというのに、彼がいる場所は自室のベッドの上
だった。

 

 何も出来なかった。

 

 ただそれだけの事実が、彼にとってはとてつもなく重い。
 落下した先から彼のできることは、フリーダムとジャスティスのやりとりを傍観する
しかなかった。剣を抜くジャスティス、対照的に武装を解くフリーダム、二機はぶつか
り合うように空中で何度も交差していた。何事か言葉も交わしていたようだったが、無
力感に打ちひしがれたレイの耳には届いていない。
 地上から空中までの距離は、そのまま実力の差に等しく思えた。呆然とレイは戦いを
眺める。連合から信号弾が上がらなければ、海中で難を逃れたアビスの餌食になってい
たことだろう。

 

 冷静さを欠いたのは事実だったが、それを言い訳にするつもりはなかった。言い訳を
いくら並べても、結果は決して覆らない。むしろ逆に実力差を浮き彫りにする。フリー
ダムにも匹敵する機体を操っていた慢心もあったのだろう。
 偉そうにシンに意見した割に、自分はこれである。自嘲の笑いすら出てこない。秀麗
な眉間は歪んだが、きめ細かい金糸の髪には揺れの一つも生じない。

 

 親友を思い出したからか、ふとディオキアで出会った三人組を思い出す。連合寄りの
人間だろうと見抜いたハイネは、レイにそれを打ち明けながらも何故か彼らとあっさり
打ち解けていた。レイも多少は疑惑を持っていたが、彼ほど器用には立ち回れないので
警戒の姿勢を崩せない。
 そんな中、一団の一人アウル・ニーダはやけにレイにつっかかってきていた。性格的
に真逆のようなものだが、自然と不快感はなかった。
 余ったもの同士だからだろうか、とレイは思う。相手のリーダー格のスティングはハ
イネとよく言葉を交わしていたし、紅一点のステラは同性であるホーク姉妹と仲良くし
ていた。否、とすぐに疑問を打ち消した。過ごした時間は短かったが、アウルは残った
レイを気遣うような性格ではなかっただろう。残ったのは、むしろレイの方から距離を
置いていたからだ。好き好んで話しかけるなど、おかしいとしか思えない。

 

 フリーダムのことは、いつの間にか頭から消え去っていた。

 
 

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