Sin-Jule-IF_101氏_第22話

Last-modified: 2007-12-26 (水) 20:42:06

 闖入者の出現の後、真っ先に動いたのは黒いMS――ストライクノワールだった。腰
のビームライフルショーティー抜き、グフに向け連射する。グフは空を舞い光弾を避け、
スレイヤーウィップを振るった。叩き込まれると思われた変幻自在の一撃だが、それが
切り裂いたのは空気だけだ。
 怯まず、四連装ビームガンが漆黒の翼を追った。威力に乏しい代わりに連射性能に優
れたそれは、徐々にストライクノワールに迫っていく。

 

「させないよッ」

 

 攻撃が届く寸前、重装甲のブルデュエルが斬り込んだ。盾で攻撃を受けるが、ストラ
イクノワールへの追撃は阻害された。
 かつての愛機の姿を見、イザークは僅かに呆け、そして笑った。

 

「アサルトシュラウドの猿真似か」
「コーディネーターのハリボテとは違う!」

 

 グフとブルデュエルが切り結ぶ。
 それと時を同じくして、距離を置いた狙撃地点には黒いガナーザクファントムが降下
していた。スターゲイザーへの砲撃を止めさせるには、砲撃手を直接撃つしかない。標
的を確認した後、ザクファントムは構えていたビームトマホークを盾に仕舞った。この
機体を相手にするのならば、近接武器の使用は野暮というものだ。

 

「ザフトの犬、嗅ぎ付けてやがったか」
「グゥレイト! 連合も趣味がいいじゃないか」

 

 相手の皮肉っぽい語調に対し、ディアッカの声は喜色に富んでいた。連合はこのMS
の有用性を買っていたらしい。武装を大型化したために全体像も膨れ上がっており、橙
の仮面に顔を隠してはいたが見紛うはずはない。
 ヴェルデバスターの複合バヨネット装備型ビームライフルとザクのオルトロスが、同
時に銃口を向け合った。

 

 ストライクノワールを駆るスウェン・カル・バヤンは上空を飛びながらも戦闘の状況
を観察していた。ザフトの乱入は予期せぬことだったが、問題としては大きくない。要
はDSSDの新型を奪えばいいだけの話だ。
 次に、これまでの状況から判断できる標的の性能を整理する。最大の特徴として、標
的にはビームの類は効果を為さない。アンカーを切断したことから、光の輪には視覚的
効果だけでなく攻撃力も備わっていると見ていい。空に対する追撃はないことから、大
気圏での飛行機能は無いか、あるいは使えない。そして、最初のアンカーは装甲に突き
刺さった。PS装甲やTP装甲は持っていない。
 スローターダガーの部隊を討ち取るほどの腕を持っているが、標的はAIだ。機体を
大破さえさせなければ問題は無い。背中の輪と残った腕を落とせばほぼ無力化できる。
 鋼鉄のマントを翻し、漆黒は純白へと向かった。

 

 ストライクノワールがフラガラッハを抜く。空からの攻撃を阻まんとするのはブレイ
ズザクウォーリアだ。
 突進に対してファイアビーのミサイルが雨あられと次々に飛んだ。ビームでない攻撃
はPS装甲に対しての効果はないが、命中すれば相手の勢いを削ぐ。ストライクノワー
ルはスラスターの加減で緩急をつけ、ワイヤーを地面に撃ち付けて巻き取る力を推進力
とし、ミサイルの隙間を次々に通り抜けていく。

 

 敵は標的だけを狙っている。スターゲイザーを背に、シホはザクの武器を持ち替えた。

 

 すれ違いざまにビームトマホークとフラガラッハが交差する。ストライクノワールが
再び地に脚を着いた時には、ザクの大型の盾の半分は切り取られていた。咄嗟の防御が
なければ機体ごと両断されていた。シホは背を冷たくする。イザークと切り結んでいる
相手やディアッカと戦っているであろう狙撃手に比べ、この黒い機体の乗り手は頭一つ
飛び抜けている。
 相手を既存のストライクと同等とするならば機体の差はないが、技量の差がある。な
らば勝てないことを認めてしまうのか。
 イザークの部下である以上、負けは許されない。シホはザクのペダルを踏み込む。

 

「ジュール隊を舐めるなッ!」

 

 背を向けたままのストライクノワールに斬りかかる。
 走るザクの歩みは二歩で停止した。ビームの刃は敵に届かずに空を斬り、腕がだらり
と力なく垂れる。何が起こったのか分からないのは当のシホだ。入念にチェックをして
いるザクにエラーが発生するはずはないし、背を向けたままの敵は何かしたようにも思
えなかった。
 背中から射出されたアンカーが、ザクのモノアイに深々と突き刺さっていた。
 ノワールストライカーのレールガンが背面のザクを襲う。盾を破壊され、攻撃の見え
なくなったシホに防御の手段はなかった。アンカーランチャーが巻き取られると供に、
引きずられるようにザクウォーリアの巨体がストライクノワールに引き寄せられていく。

 

「シホさんッ!」

 

 飛び交う光の制御に手間取っていたシンが割り込む。光がアンカーを断線し、ストラ
イクノワールに襲い掛かる。スターゲイザーの制御する光輪は縦横無尽に軌跡を描き、
空中に回避するストライクノワールを追い詰める。
 スウェンは表情を崩さずに白いMSを睨んだ。ビームを取り込んで武器とするスター
ゲイザーの武器は厄介この上ない。予測のできない攻撃としてドラグーンへの対応策も
学んでいるが、効率的な動きをとるそれとは全くの別のものだ。光は触手のように伸び、
触れた相手を寸断する。
 回避に徹してはいつか討たれる。スウェンは蠢く光の嵐に踏み込んだ。

 

 ヴォワチュール・リュミエールが生み出す収束されたエネルギーは、確実にストライ
クノワールを追い詰めていた。運動を続けるエネルギーの制御は決して容易なものでは
ないが、狙いは敵機を捉えている。
 それでも決定打を与えられないのは、ひとえに操縦技術によるものだ。シンもそれは
理解している。

 

「こいつ、本当に型落ち機なのかよッ!」

 

 理解しているからこそ、叫ばずにはいられなかった。目の前の敵は強い。グフはおろ
か、インパルスよりも速く思える程だ。実際の速度などは分からないが、目の前のパイ
ロットには隙や無駄がない。
 周囲で立ち尽くしていたシビリアンアストレイを下がらせ、受け取ったビームガンを
攻撃に交える。曲線的な攻撃に直線を交えても、命中率に大きな差は出なかった。近付
くフラガラッハを避けながら、シンは小さく舌打ちをした。近接戦闘に回られると、ス
ターゲイザーには有効な手管がない。

 

 純白のMSが繰り出す緑や赤の光の帯を、黒い翼のMSが舞うように避わす。その光
景は、さながら絵画のように鮮やかなコントラストを醸し出していた。司令部の人間、
戦闘地帯から離れていく者たち、また停滞したMSの中で戦いを見守る者、未だ切り結
ぶ戦士を除いた全ての人間が状況を忘れる。
 シン・アスカは知らない。かつてスウェン・カル・バヤンが反コーディネイターのテ
ロ行為に巻き込まれ家族を失ったことを。
 スウェン・カル・バヤンは知らない。シン・アスカがある一人のコーディネーターの
戦いに巻き込まれ、同じ悲しみを負ったことを。
 同胞と称するものに家族を奪われながら、今は彼ら自身が異物と戦っている。
 スターゲイザーの純真な頭脳はシンの戦いぶりを観察し、曇り無き眼は相対する敵の
静か過ぎるほどの殺意を捉え、感知する。

 

 ――You Should not fight.

 

 後部座席のソルは息を呑んだ。入力した覚えの無い文字列が画面に並ぶ。単語にして
たった四つ、子供が言葉を覚えたばかりのようにたどたどしい。学習型AIが自我を持
つのは技術的にもまだ先の話のはずだ。有り得ないことを目の当たりにし、ソルの瞼は
震える。シンに異常を伝えたくとも、集中を乱させるわけにもいかなかった。
 シンの指や足の動きよりも遥かに速く、動作情報が消化されていく。シンが驚き手を
止めるも、スターゲイザーは止まらなかった。
 ヴォワチュール・リュミエールの繰り出すエネルギーが増大し、無数の光がストライ
クノワールを飲み込み、貫いていく。

 
 

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