Sin-Jule-IF_101氏_第24話

Last-modified: 2007-12-26 (水) 20:42:39

 DSSDの地球のステーションを経ち、幾日かが過ぎ去っていた。局地的な戦闘の多
いMSパイロットの仕事は忙しさの緩急が激しい。特務を背負っているジュール隊も、
それは例外ではなかった。敵の動きに対して迅速に反応すべく構えてはいるが、常に張
り詰めていては疲れてしまうのもまた事実である。
 食堂のお世辞にも美味いとは言えないコーヒーを前に、シンは一人動きを停滞させて
いた。どこぞの名将が少ない予算から味の精度やらコストパフォーマンスやらの問題を
抱えながらも考えに考えた代物であるという触れ込みの一品だが、どういう訳か兵士の
中での人気は低い。
 進んでいないのは舌に合わなかったからではなかった。DSSDの一件以来、どうに
も気分がすっきりしない。

 

「ここ、いいかしら?」
「あ、シホさん」

 

 グラスを一つ乗せたトレイを手に、シホはシンに話しかける。シンが頷くと、シホは
テーブルにトレイを置き、向かいの席につく。
 簡単に頷いたものの、シンは表情に出さずに心をあたふたさせる。シホと二人という
のはかなり珍しい状態だ。連戦によって培われた戦闘の勘も、こういったことには働い
てくれそうになかった。何か気の効いた話題でもないものかと思考を逡巡させ、自分の
記憶の中の師匠に教えを請う。心の師は「なんでもいいから相手に話しかけるのよっ!」
と赤いアホ毛を直立させつつあまり役に立たない指令を下した。

 

「あ、アイスティーですか?」
「ええ。さっきまでMSの調整に立ち会ってたから」

 

 ああ、とシンは頷く。巨大な機械の塊であるMSは起動させるだけでも多量の熱を排
出する。冷たい飲み物が欲しくなる気持ちは十分シンにも理解できた。
 シホはザフトレッドを纏う一方で、技術仕官の心得を持っている。手に入れたばかり
のデュエルやバスターの改良機は、彼女の知的好奇心を十分にくすぐる代物だったのだ
ろう。自分でもとっつける話題を見つけ、シンは一つ安堵の嘆息をした。

 

「あれ、やっぱりいい機体なんですか?」
「正直に言えば、性能は悪くないといった程度ね」

 

 パーツや武装を補強してはいるが、デュエルとバスターを素体としている点には代わ
りない。火力や機動力こそ伸びているものの、既に旧型と読んで差し支えのないMSな
だけに、ポテンシャルは高くはない。新型の製造ではなく旧型の強化という手に走った
のは、ひとえにパイロットのモチベーションに依存してのことだろう。

 

「なぜあんな機体を使う気になるのかって思いたいところだけど」
「隊長たち、あの方が調子出るらしいですからね」

 

 苦笑しながらシンは言う。シミュレーションの結果、二人の操るブルデュエルとヴェ
ルデバスターは元々乗っていたグフとザクを雑魚でも相手にするように瞬殺した。見学
していたシンたちは揃って呆然とした。乗り手のモチベーションの及ぼす効果は絶大だ
と証明した瞬間でもある。

 

「飲まないの?」
「え? あっ」

 

 話が一段楽したところで指摘され、すっかり頭から抜け落ちていた不味いコーヒーの
存在を思い出す。カップの底の全く見えない漆黒の様子は、またもや陰鬱な気分をシン
にもたらした。
 コーヒーに手が伸びない理由は、ひとえにそれだった。

 

「あのあと、あの連合の兵士と、話をしたんです」

 

 シンはぽつりと口にした。
 スウェン・カル・バヤンとの戦闘を思い起こす。ヴォワチュール・リュミエールの奔
流に飲み込まれながらも、ストライクノワールは攻撃の手を緩めなかった。フラガラッ
ハが折られればビームライフルショーティーを、ビームライフルショーティーが壊され
れば羽根に仕込んだレールガンをスターゲイザーに向けてきた。光の輪はそれら全てを
払い落とし、文字通り跡形も残さないほどにズタズタに破壊する。
 スウェンと実際に会うまでは、凄まじい執念だとシンは感じていた。何があろうと任
務を全うしようとする行動は、シンにも解る部分がある。

 

 現実はシンの想像とはかけ離れたところにあった。彼らは勝つために全てをかなぐり
捨てるような戦い方をしたのではなかった。彼らは最初からそうあるべくして“造り上
げられた”存在なのだ。

 

「連合には、戦いたくもないのに戦わされてる人がいる」

 

 かつてオーブを襲い家族を奪った連中の中にも、そういった人間がいたのかもしれな
い。知らず知らず、シンは拳を固める。

 

「もしかしたら、俺もああなっていたのかもしれない」

 

 全てを奪われて自暴自棄になっていたとき、連合に引き渡されていたら果たして拒否
できただろうか。地球にもコーディネーターはいる。膨大な数に上る連合兵すべてがナ
チュラルという訳でもないだろう。同じ運命を辿っていても、決して不思議ではないは
ずだ。
 そこまでコーディネーターを憎ませているものが何なのか、シンには解らない。それ
がシンを余計に苛立たせていた。

 

「そう思うと、これ以上あんな人たちを増やしちゃいけないって考えが止まらなくて」

 

 やや寝不足の眼をすっきりさせるべく頼んだコーヒーだが、その独特さがさらにシン
の思考を加速させていた。ごちゃ混ぜのコーヒーは味も色もひどく不透明で、口に含め
ばえらく苦い。

 

「――なら、部屋に戻りなさい。休むのも仕事のうちよ」

 

 旗艦ミネルバに言い渡された任務は、連合が各地に建造したであろう研究機関の実態
を暴くことだった。
 DSSDでジュール隊が掴んだ情報は、連合の闇の部分に触れるものだ。洗脳や戦闘
行為の強制、人体への悪影響を及ぼす物質の投薬など非人道的な行為が行われている恐
れがある。もしも事実ならば、それらの行為をなんとしてでも中断させねばならない。

 

「では、我々はロドニアに向かうのですね」

 

 レイの表情は固いままだ。どんな任務であっても、彼は眉一つ動かさない。

 

「ああ。どうもそこは臭いらしい」
「でもパッとしない研究所なんでしょ? それなのに」
「だからこそ、さ。火のないところに煙は立たないって言うしな」

 

 ルナマリアの疑問に、ハイネは唇の端を吊り上げて答える。ロドニアの郊外に位置す
る今回の目標には、彼女の言う通りめぼしい実績はない。
 投資されている莫大な予算をもとに環境保全を謳った研究を行っているらしいが、詳
しい研究結果は明かされておらず、その一方でよほど大事なものでも眠っているのかの
ごとく強固なセキュリティが敷かれている。
 地には多脚MAのゲルズゲー、空にはジェットストライカーを装備したダガーLら数
機が常に姿を見せていた。国際組織の所有する研究所としては防備を固めるのは当然だ
が、膨大すぎる戦力だ。怪しまれることを犠牲にしてでも守秘するものがあると考えざ
るを得ない。

 

「もし不安ならジュール隊に増援を頼んでもいいそうだぜ」
「えっ、じゃあ」
「必要ありません」

 

 瞳を輝かせたルナマリアを制するようにレイがばっさりと言い切る。
 DSSDでの戦闘記録の一切は既にミネルバにも渡っている。スターゲイザーの戦い
ぶりは、レイの対抗心に久々に火をつける結果になった。セカンドステージの最新機体
セイバーで負けを喫した自分に対し、シンは守るべき非戦闘機で戦い抜いた。そんな差
があるようでは、肩を並べて戦うことすらおこがましい。その思いは、レイに意固地に
近い感情を与えていた。

 

「ジュール隊はアスラン・ザラの追討任務の途中のはずです。任務の邪魔は、好ましく
ありません」

 

 目を丸くした二人に向け、レイは言葉を付け加えた。

 
 

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