Sin-Jule-IF_101氏_第25話

Last-modified: 2007-12-26 (水) 20:42:57

「ちょっと、情報よりだいぶ多くない?」
「文句ならシンに言うんだな」

 

 ルナマリアはレーダーに映る反応の多さに辟易する。レイはそんな彼女に対し短く言
い放った。連合に危機意識を抱かせたのは、間違いなくジュール隊の功績だ。連合が施
設の防御を固めたのも、これ以上の情報の流出を防ぐために他ならない。
 ミネルバの勧告に対し、ロドニアのラボからの返事はMSの出撃だった。十機にも満
たなかった機影が見る見る増え、重要と思しき施設を護るような布陣を敷く。
 銃口を向けられたミネルバがすべきことは、一つしかなかった。

 

「ガルナハンの時のような物騒な代物は無いが油断するな!」

 

 ハイネは号を飛ばし、グフイグナイテッドで先陣を切る。ダガーLの編隊が迎撃せん
とビームを放つが、グフの機動力はダガーLを凌ぐ。敵のライフルが補足する速度より
スレイヤーウィップで薙ぎ払う方が遥かに速い。
 近接先頭に特化しているグフイグナイテッドだが、その特殊な兵装は多対一の場面に
おいて意外にも効果的な代物だった。曲線的な軌道を描くスレイヤーウィップは、射撃
や斬撃に慣れたパイロットの判断を鈍らせる。縦横無尽に奔る鞭は単純に振り回すだけ
でも敵を怯ませた。
 踏み込みに躊躇し、囲みにかかろうとするMSが赤い砲火が貫く。動きを止めた先か
らオルトロスは次々に獲物を撃ち抜いていた。
 ルナマリアはもともと射撃が不得手な部類に入るが、動かない的ならば話は別だ。射
撃に特化したOSのサポートが粗い狙いを補正し、正確無比な死神の一撃へと変貌させ
る。
 勇敢に挑むものは斬り捨てられ、敵に恐れを抱けば撃ち抜かれる。グフとザクの連携
が敵部隊の戦力と戦意を同時に削ぎ取り、同時に敵の意識を釘付けにする。敵からの攻
撃は特に距離の近いグフに集中するが、ハイネは決定打をことごとく避けていた。包囲
されないように動いてさえいれば、回避に反撃を織り交ぜることさえ不可能ではない。

 

 そんな中、セイバーは低空で飛び敵の本陣へと切り込んでいた。防備の部隊の大半は
ハイネとルナマリアに集中していた。その間に現存するザフトMSの中で最高速度を誇
るセイバーで敵陣を切り崩すのがレイの仕事だ。
 物量で劣るミネルバにとって、正面からの正攻法の攻略は自殺行為に等しい。どちら
かが囮となり、もう片方が隙を突く。

 

「セイバー、敵MAを撃墜しました!」
「そう、タンホイザーの準備を。砲門を開くだけでいいわ」

 

 ゲルズゲーとて、本来は簡単に撃ち落せる代物ではない。
 多脚による機体の安定性と運動性、陽電子リフレクターを備える防御力にダガー系列
の操縦システムの汎用性まで備えた機体である。ラボ最大の防御壁でもあるゲルズゲー
だが、速度と小回りという面だけを武器に飛び回るセイバー相手には分が悪かった。
 報せと供に、ミネルバのもつ最大の武器がラボに向けられる。指令の内容上、標的を
撃つなどあろうはずもないが、敵がそれを知る由もない。

 

 陽電子砲の脅威は“それを持っている”という点だけでも発揮される。防御の手段を
失ったラボ側の降伏は速やかなものだった。残っていたMSは次々に武装を解除し、大
地に降りていく。

 

「もうちょっとゆっくりでも良かったんだぜ?」
『履行は素早いに越したことはありません』

 

 相変わらずの無愛想な応対にやれやれと溜息をつきながらハイネもまた武装を解く。
ほとんど防戦に徹していたためか、ハイネの方は若干ながら不完全燃焼だ。多対一の状
況で勝ち残れたかといえば疑問も残るが、その不利な状況で腕を試してみたかったとい
うのも正直なところである。
 テンペストを盾に収め、スレイヤーウィップを腕に収納する。スラスターの火を徐々
に弱めていき、グフは地上に向けてゆっくりと降下していった。

 

『MS反応! ハイネさん!』
「何ッ!?」

 

 グフに向けて幾重もの光線が照射される。反射的に身を捩じらせコクピットへの直撃
を避けたが、フライトユニットの翼は根こそぎ奪われた。右の半身にダメージを受け、
停滞した機体ごとハイネは地面に叩きつけられる。

 

「ハイネッ!」

 

 ルナマリアのザクが落下したグフに駆け寄る。レイはセイバーを立たせ、光を放った
敵へと向き直った。放たれた連装ビームは何度も戦場で見たものと同じだった。瞬時に
脳裏に浮かんでいたヴィジョンと、そこに立っていた敵の姿が一致する。
 ZGMF-X31S アビス。両肩に膝まで届くような巨大なバインダーを装着した
そのMSは、ビームランスを手にたった一人で立ち向かおうとしていた。

 

「母さんが……母さんがぁッ!!」

 

 敵に届くはずのない叫びを上げ、アビスは無茶苦茶に槍を振り回す。その標的はもっ
とも近くに待機していたセイバーだった。
 こいつは本当にあの強奪犯と同一人物なのだろうか。相手をしながらレイの脳裏には
疑問符が浮いていた。射撃の精度も滅茶苦茶な上に近接距離での格闘もいたって乱雑、
言ってしまえば下手糞この上ない。
 この場での破壊は容易い。レイはそう判断する。それどころか、今の自分ならば無力
化し機体を奪い返すことさえも可能だろう。アビスとセイバーの陸上の適性、機体を操
るパイロットの差、あらゆる要素が有利に傾いている。驕りを含まない算段の末、レイ
はそう結論を下した。
 ビームサーベルが煌き、ビームランスを叩き斬る。アビスも反抗するが、疎かな照準
のバラエーナが最高速のセイバーを捉えることはなかった。

 

「その機体、返してもらうぞ!」

 

 身を護る盾でもあるバインダーを刃が分割し、返す刀で片足を切り裂く。もともと安
定を失っていたアビスは抵抗もなく転倒し、装甲の色を灰に染めた。

 

「普段は平然と殺し合いまでしてる連中だってのに、困ったもんです」
「そういうあなたは、ずいぶんと平気そうなのね」

 

 ラボ内の捜索を一通り終え、報告書を纏めたディスクを提出しながらハイネはぼやく。
 受け取ったタリア艦長の言葉には、若干皮肉のような意味の混じっていた。言われた
ハイネの方は、しかめた表情を崩しジェスチャーをしつつ応える。

 

「それはそれ、これはこれってことですよ。FAITHの処世術ってヤツです」

 

 アビスのコクピットから錯乱するアウル・ニーダが引っ張り出されたのを見、ルナマ
リアとメイリンの二人は激しく動揺していた。平静を装っていたかに見えていたレイも、
人体実験のログを目にし著しく精神を揺さぶられた。気持ちは分からなくもないので不
満を口にすることはしなかったが、逃げ腰のアーサー副長と急増のコンビを組むことに
なり、ハイネは深い溜息をついたものである。
 もっとも、アーサーとのコンビも決して悪いものではなかった。施設内で保存されて
いた、かつては人間だった肉の塊らを見るたびアーサーは奇声を上げて驚いていた。芸
人さながらのリアクションが無ければ、ハイネも最後まで見通せたかは分からない。そ
れだけ、ラボの実態は酷いものだった。
 結果の面で見るならば収穫は大きい。そのうちの一つは、連合の裏の実態を掴めたこ
とだ。この事実は連合を切り崩すにおいて大きな意味を持つ。
 もしかしたら、と思われていた他の二人と二機の姿は無かった。捜索に乗り出すより
も先に運び出されたのだろう。他にも逃したものがあるかもしれないと思うと口惜しい
が、思ったところで結果が変わるわけでもない。

 

「アビスについては?」
「修復できるなら、こちらで使ってくれても構わないそうよ」

 

 ハイネは頷いた。これまで凶悪な相手だっただけに、これからは戦力として頼りにな
ることだろう。もっとも、自分はグフイグナイテッドを降りるつもりは無いが。

 

「それじゃ、報告はこれで」
「待って。あの子たちの様子を見てきてもらえる?」
「必要ないんじゃないでしょうかね」

 

 薄く笑みを浮かべ、ハイネは踵を返した。子ども扱いされてはいても、彼らも前線に
身を置いて短いわけではない。
 ハイネの予測は正しかった。医務室の近くを通りかかった時にルナマリアとレイの姿
を彼は見かけた。声をかけても二人の様子に陰りは無い。ルナマリアの方に至ってはむ
しろ戦意を高揚させていた。“友達”は人道を外れたものの犠牲者になっている可能性
が高い。そのことを思えば当然のことだろう。

 

「ま、肩肘張りすぎるなよ」

 

 ぽんと肩に手を置き、ハイネは嗜めるように言った。

 
 

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