Sin-Jule-IF_101氏_第32話

Last-modified: 2007-12-26 (水) 20:44:45

 向かってくる二機のGに向け、デストロイの怒号が再び響いた。
 片手を失ってはいたが、その火力自体が大きく失われたわけではない。熱源から降り
注ぐ光は未だ健在であり、ミサイルはフェイズシフト越しに機体に衝撃を与えてくる。
巻き添えを恐れたためか、ウィンダムやダガーLの姿はインパルスの周囲から消えてい
た。
 先に立つフリーダムに追いつかんとするところで、シンは一つ失念していたことを思
い出す。ほぼ無限に稼動し続けるフリーダムとは違い、インパルスのデュートリオンは
有限のエネルギーだ。その残量を確認し、シンは唇を噛む。
 無駄な動きを織り交ぜれば、その分だけ戦える時間は磨り減っていく。デュートリオ
ンビームを受けるには、一度戦線を立ち退かねばならない。最強の機体がいるとはいえ、
戦線を任せるなど言語道断だ。
 今や攻撃はおろか、回避の運動すら制限されている。迷う時間など無く、失敗は許さ
れない。それを強く精神に叩き込んだシンは、自分のすべきことだけを考えることにし
た。
 インパルスの通信先は二つある。シンはそのうちの一つを再び起動させる。

 

「隊長、あいつの注意を引き付けられますか」

 

 何事かと思ったイザークだったが、シンの視線から意思を汲み取る。短く一拍だけ間
を置き、インパルスを駆るエースへと涼やかに言い放った。

 

「当然だ。貴様は俺を誰だと思っている」

 

 僅かに笑って短く返事をし、シンは一つ目の通信を切った。
 ブルデュエルもこれまでの戦闘で被害を受けてはいたが、追加装甲フォルテストラに
よって増強された耐久力は折り紙つきだ。加えて乗り手が一流なれば、ウスノロの攻撃
などに貫かれることなどありはしない。懸念はすぐに消去された。
 一丸となっていたヴェルデバスター、ザクウォーリアらが散開しているのだけを確認
し、インパルスはさらに飛翔した。立ち向かう仲間への篝火のごとく、三機のMSはエ
ネルギーを使い尽くさんとばかりに射撃の嵐を浴びせる。

 

 格好をつけるのはやめた。
 自分はまだ挑戦者だ。たった一人で最強のフリーダムに並び立つなどできようはずが
ない。
 少しだけ気を楽に持てたことを自覚し、もう一つの通信先に繋いだ。
 インパルスはセカンドステージの機体だ。局所的な力ならば、フリーダムすら凌ぐ。

 

「インパルスの、ソードシルエットを!」

 

 デストロイを操るステラ・ルーシェは困惑した。玩具のように蹴散らされていくザフ
トのMSの中で、抵抗を始めるものが次第に現れ始めていた。強大な力に任せた砲火を
浴びせても小さな抵抗は消えることなく、むしろ次々に続いていく。
 最初は、それが青い羽根のMSが戦闘に加わってからだと思った。暴れる駄々っ子の
ようにデストロイは大地の敵を薙ぎ払うが、敵は後からどんどん湧いてくる。通じるは
ずの無い攻撃を繰り返し、無駄にじたばたともがく。
 続く困惑は、いつの間にか別の感情に変わっていた。とらえようの無い不気味さが、
背骨を固定したかのように掴んで離さない。
 ぞわぞわとした感覚に囚われ、ステラはさらにデストロイのパワーを引き上げた。

 

「おまえたちがいるから、ネオはッ!」

 

 数分前のカオスの撃墜を思い出し、鋼鉄の津波に向けてツォーンを放つ。一瞬で消え
去る多くの命の後ろから、さらに銃弾は飛んできた。
 払い落とそうにも、すでにその腕は無い。際限なく続いてくる敵に向けて、吼えるし
かできることはない。仄暗い深海に沈んだ心のままに、ステラは暴れた。

 

「これって……?」

 

 シンは大地に広がる多くのMSの布陣に我を忘れそうになった。一度はデストロイの
脅威の前に逃げ散ろうとした仲間たちが、今再び強大な敵に立ち向かおうとしている。
 これはフリーダムの降臨による士気の高揚かとシンは思う。間を置かず、それは違う
のだと理解した。

 

『ジュール隊に続けぇッ!』
『若造の部隊に後れをとるなッ!』
『我らザフトの意地を見せてやれ!』

 

 ノイズ交じりに聞こえてくる声は、明らかにジュール隊に鼓舞されたものだ。デスト
ロイの矢面に立ってインパルスの囮となる蛮勇が、他の部隊を刺激していた。もはや本
格的に撃墜は許されない。呆けた表情を引き締め、後方から飛来するソードシルエット
を受け止める。
 換装はせずにビームサーベルを捨て、エクスカリバーだけを引き抜いた。大剣の刃に
光が点る。攻撃の隙間を縫って反撃するフリーダムのような神業はできようはずがない。
 少ないエネルギーでできることは、一つだ。

 

「信じてるからな……、もってくれよ!」

 

 左腕の盾を前面に構え、インパルスは突撃した。
 デストロイは厄介に飛び回るフリーダムや足元からの足掻きに集中していた。インパ
ルスの決死の一撃は不意を突き、デストロイの装甲を突き破る。

 

 剣を根元まで突き刺したところで、インパルスの装甲は灰に染まった。

 

 周囲は静寂に包まれていたが、そこは暑かった。コクピット内の温度の上昇は、ほん
の少し息苦しさを伴っていた。そんな中、シンは意識を取り戻す。すぐに様子を探れば、
騒音も物騒な攻撃もない。
 既に戦闘は終了していた。それを思った瞬間、全身から水分が噴き出る。呼吸は荒く
なり、鼓動が激化した。
 インパルスのシートに着いたままであることから、さほど時間は経っていないことを
理解する。

 

「そうか、俺……」

 

 気だるげに言ったところで、機体がぐらりと大きく揺れた。右腕を突き出した格好の
まま、インパルスは停止している。不安定この上ない状況を慌てて修正しようとするが、
既にエネルギーは底をついていた。
 セカンドステージ専属パイロットであるエースは、大金星の直後に情けない通信をす
るハメになった。

 
 

「なんだと!? あのデカブツはもぬけの殻だと言うのか!」

 

 戦後の報告を聞き、イザークは机を叩いた。無事な部隊がデストロイを探った結果、
コクピットがあったであろう部分にぽっかりと空洞が生まれていた。エクスカリバーが
潰したのかとも思われたが、どんな精密な剣技であろうと綺麗に一箇所だけ抜け落とす
ということは考えにくい。出された結論は、何かしらの脱出システムを用いパイロット
は逃亡したというものだ。

 

「落ち着けって。MSの方はもう倒したんだぜ?」
「ずいぶん楽天的ね。使えるパイロットがいればそれは脅威でしょう?」
「あんなの何度も出てきてたまるかよ……」

 

 二人の副官の意見は分かれていた。片や楽観視し、片や未だ脅威は取り払われていな
いと主張する。
 撃墜されたと思われたカオスや、ガイアの姿も見えなかった。多くのウィンダムやダ
ガー系列のMS、巨大なMA群も途中から姿を消していた。仮にディアッカの言う通り
に巨大MSがもう存在していないとしても、まだ脅威は残っている。
 正式な命令が下るまでは下手に動くことも出来ないが、憂いが残っているというのも
事実だった。
 奥歯を噛み締め、イザークは握力の許す限り固く拳を握った。悔恨を孕んだ感情を押
し殺し、隊長として短く言い切る。

 

「――とりあえずは待機だ」

 

 本音は全くの逆だ。許されているならば、すぐにでも追撃に向かいたいところだった。

 
 

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