PHASE―08 焦燥
#1
「シン!もうやめろ!!もう何時間経ってると思ってるんだ!!」
アスランの怒号が聞こえるが、俺にはそれに構ってる暇なんか有りはしない。俺は弱い。このままだと、何も守れやしない。
シミュレータに入って、かれこれ半日以上は経っている。
「うるさい!俺は…俺はこのままじゃ駄目なんだ!!」
「だからといって、無理して訓練を積んで…それで君は強くなるのか?そんな無理をして、いざという時に君が倒れたら、その時は誰がミネルバを守るんだ?」
アスランの言う通りだ。それは分かってる…分かってるんだ。こんな無理をしたって、俺は強くならない。でも……。
「だけど………」
「焦る気持ちは俺だって分かるよ。俺も通った道だからね。でも、だからこそ常に万全の状態を作っておく事。それもパイロットの仕事じゃないかな?」
「じゃあ…これで最後にします。一つだけ良いですか?」
アスランは俺の言いたい事が分かったようだ。
「……君の相手をする…か。良いだろう。それで気が済むのなら俺は付き合うよ。」
今気付いたけど、頭に包帯を巻いたミーアが、不安そうに俺を見ている。
「………っ!!始めましょう。」
「良いのか?ラクスが…」
「いいから……。」
今はどんな顔をしてミーアに顔を合わせれば良いのか分からない。逃げる様にシミュレータに入る俺をじっと見つめている。
「さぁ、始めるぞ?………大丈夫か?シン。」
「大丈夫です……。」
きっと、アスランと手合わせすれば何かが掴める筈だ。じゃないと…俺は……。
#2
シミュレーションスタート。俺はインパルスで、アスランはザクを選んだ。
『容赦はしないからな?シン。』
「望むところだ!!」
口では何とか言い返せるが、俺の手は既に汗でぐしょぐしょになっている。いざ対面すると分かる…異常な迄のプレッシャー。シミュレータの中だという事すら忘れさせられる。
『さぁ……いくぞ!!』
いざ戦闘が始まると、俺は一方的に圧されていた。しかし、アスランは明らかに手加減している。止めを刺せる場面はいくつもあったんだ…。
「くそっ!くそっ!!」
『シン、どうした!お前の力はまだまだそんなものじゃないだろう!!』
ビームライフルは、銃口の位置でバレる。ビームサーベルも同様だ。“マトモ”にやれば、絶対に勝てる筈が無い相手…。それがアスラン・ザラだ。
エネルギーが半分を切った。
「………アンタはあぁぁ!!」
ここで“賭け”に出た。
シールドを投げて、ビームを反射させる。アスランも咄嗟の事で回避出来なかった。ザクの肩をビームが撃ち貫く。
『くっ……!?成る程、考えたようだな。だが…それだけならまだ甘い!!!!』
グレネードを足元に投げてきた。バランスを崩した俺に向かって、一直線に突っ込んで来る。
姿勢を立て直そうとするも、目前で既にビームアックスを振りかぶっている。
「……っ!?しまっ…――」
『チェックメイトだ!!』
真っ二つにされるインパルス。実戦だったら、俺はもう死んでいる。真っ暗になったモニタを見て、ただ呆然とするしかなかった。
少し本気を出されれば、俺はこんなものなのか?
「……畜生…俺は……くそっ!!くそおぉぉぉ!!!!」
アスランは黙って俺に背を向けている。その方がありがたいな。余計な同情なんかされるよりは遥かに良い。
気付くと、俺は泣いていた。
#3
「聞いたわよーシン。アレックスさんに盛大に負けちゃったんだって?」
ルナが茶化す様に肘でつついてくるが、今は相手にする気力なんて無い。
「あぁ……。」
「……重症ね、これは。」
わざとらしく溜め息をついて、呆れた様に俺を見て、
「シン…。何か本当に変よ?まぁ、そりゃ色々あったけど、失敗しても次があるなら、次にその失敗を如何に起こさないかを考える方がまだ建設的だわ。そうやって腐ってたって、何にも変わらないわよ?」
「それじゃ駄目なんだよ…。俺が失敗したら…死ぬのは俺だけじゃない。ルナも、メイリンも…ラクス様もみんな死ぬんだ。だから俺は…強くならないと…」
「そうやって自分を追い込み過ぎるのって、シンの悪い癖よ?アカデミーに居た頃からずっとそうだったわね。レイに負けた時に似てるわ。」
「………。」
……違う。あの時の俺には何も無かった。でも、今は力が有るんだ。だからこそ失敗なんて許されないし、負けるなんてもっての他だ。
「それにしても…アスランって容赦ないわよね?」
「あぁ、本当………ん?いや、ルナ…アレックスさんだろ?」
ルナはニヤニヤしながら俺を見ている。それで俺は悟った。
「始めから知ってたのか!?」
「うん、だってアスハ代表がそう呼んでたし、何たってザフトのMSをあんな簡単に操ってみせる人なんて、そうはいないでしょ?
まぁ、言わない方が良いのかなーとか思って言わなかったけどね。」
ウインクして、キッパリと言い放った。
「まぁ、そんな事はどうでもいいの。シン、焦るだけじゃ駄目よ?たまには、ゆっくり歩いたって良いと思うわ。」
「ルナ……。」
「はい、そういう顔禁止♪」
ルナにデコピンされた。細い指からは想像のつかない破壊力で、俺のデコに痣が出来た。
「―――っ!!!?」
「ほら、ラクス様に心配掛けたまんまは良くないでしょ?早く行きなさい。」
痛かった。でも、ルナのお陰で少し楽になった気がする。
面と向かって言うのも照れ臭いから、此処で言おう。……ありがとな…ルナ。
#4
ミーアは甲板に居た。風に髪を揺らしながら、鼻歌混じりに海を眺めている。
少しの間眺めていると、俺に気付いた様で、俺に歩み寄って来た。
「どうしたの?」
首を傾げ、問い掛けてくる。
「いや…何かさ……その…頭の怪我は大丈夫なのか?」
「だから大丈夫だって。あ、ひょっとして心配してくれてたりするの?」
笑いながら俺を見つめて茶化す。
「まぁ…それもあるけどさ…。いや、心配掛けちまったかな…って思って。」
「そうね。すっごく心配しちゃったわ。話掛けようとしても、シンってば無視するんだもの。」
笑いながらも、結構怒ってるよこの人…まぁ、悪いのは俺なんだけどな…。
「う……悪かったよ。…ミーアをあんな目に遭わせといて、どんな面下げて会えば良いのか分からなかったんだ…。」
「まぁ、それは別にいいわ。それで…アスランと闘ったんだっけ?何か見えたの?」
「正直、次元が違い過ぎて何にも…。」
う…苦笑いしか出ない。
「そうなの?」
「あぁ…やっぱり強いよ。今の俺なんかじゃ、とても相手にはならない…。」
「………。」
ミーアは黙って俺の話を聞いてくれている。
「……でも…いつか絶対に超えてやるさ。あれだけの力が有れば何だって守れる筈だ。だからさ…俺……強くなる。
一歩一歩…遅いかもしれないけど、でも…絶対に強くなってみせる。」
「ふふ…そっか、頑張ってね。シン。」
そう言って、ミーアは俺の顔をじっと見つめている。
「あぁ…。………って何笑ってんだよミーア。」
「ん?教えてあげない。」
「な…何だよそれ。」
その時のミーアの顔は、逆光でよく見えなかった。
#5
―――――
エターナル艦内。俺は、ギルに呼ばれてギルの部屋に来ている。暗い部屋の中、モニタだけが光を放っている。
「議長…私に用とは…?」
「ふっ…来たか、レイ。タリアが面白いデータを送ってきたものでね。」
ギルが指差すモニタに映っているのは、シンの駆るインパルスの戦闘データだ。暫く見てみるが、これと言って面白いものでもない。
シンは普通に戦っているし、ルナやアレックスさんの援護で敵を何とか墜としている。
「…?私にはよく分かりませんが?」
「そう焦るな。面白いのはこれからだよ。」
ギルがそう言い笑う。そして、次の瞬間…連合のものと思われるMAが、ミネルバに砲撃を放った直後だった。
『うおおおぉぉぉぉぉぁぁぁぁぁあああ!!!!』
「此処からだ。」
その後のシンは異常だった。今まで、手も足も出なかった相手をたったの一瞬で沈めたのだ。
『……消えちまえ…。』
「こ、これは……。」
「“SEED”の力さ…。シンは私の思った通りの逸材だった。それも、こんなに早い段階で覚醒するとはね…。」
「SEED…?」
ギルは…“これ”を知っていてシンをインパルスのパイロットにしたというのか?
「だが、まだ入り口に差し掛かっただけだ。まだ我々を導ける程の力は無い。」
「………。」
あのシンに…こんな力が…。
「議長、このデータ…シミュレータに使用する事は可能でしょうか?」
「君も興味が湧いたかね?」
「えぇ、私もパイロットですから…この力がどれ程のものか、確かめてみたいと思います。」
ギルがデータを渡してくれた。
「ありがとうございます。それでは…失礼します。」
それに……俺もシンに負けてはいられないからな。イザーク隊長や、ディアッカさんに鍛えられている。苦戦したとしても、負ける訳にはいかないな。
「さて、世界はどの様な未来を望むのか…。ラウ…君は果たしてどう思うかな?」
#6
「くっ……!?分かっていながらも避けられんか!!」
セイバーの機動力を殺す様に、いやらしく立ち回る。バルカンやビームライフルで俺を牽制しながら、確実に退路を潰して来る。そして、サーベルの間合いになると斬られている。
更に、シールドにビームを反射させるというトリッキーな戦法もとってくる。
「しかし…お前がどれ程強くなろうと……俺が負けて良い道理など無い!!」
胴を断つべく、一閃するも分離されてビームサーベルは空を斬る。
「……しまっ―――」
ビームサーベルで貫かれていた。俺の負け…だな。
シミュレータを終了させる。今更気付いたが、全身からは嫌な汗が噴き出ている。余程神経をすり減らしたのか…。
「精が出るな?レイ。」
「イザーク隊長。」
立ち上がり敬礼する。
「座ったままで構わん。それよりも…随分と面白いデータが入った様だな?貴様がそんなになるほどの相手…か。」
「シン・アスカです。」
「……何?あの気に食わん赤服の事か?」
何故かイザーク隊長はシンを目の敵にしている。ディアッカさんの話だと、ラクス・クラインの護衛になれなかったのが、余程悔しかったらしい。当のシンはいい迷惑だろうな。
「………はい。」
「……成る程、ではこれから俺が叩き潰してやる!!貴様はそこをどけ!!!!」
「了解…。」
俺を押し退け、イザーク隊長はシミュレータに入ってしまった。ディアッカさんが呆れた様に項垂れている。
「ま、災難だったな。レイ。とりあえず…コーヒーでも飲んで一息入れようぜ?あの馬鹿、暫くシミュレータ空けないだろうし。」
「……そうですね。」
話に聞いた以上の激情家だ。何だかんだで、ラクス・クラインの件が無ければ、シンと気が合いそうだ。
#7
食堂でコーヒーを飲んでいる。ミネルバだろうと、エターナルだろうと、集まる場所はやはり同じ…という事だろう。軍用艦故に娯楽など無いからな。
「しっかし…お前さんも大変だよなぁ。いきなりこんな場所に来ちまうなんてよ。」
「いえ…軍人として――」
「あー駄目駄目!!そうやって妥協しちまうと、次々飛ばされちまうぜ?」
それは関係無いだろう。
「それに、何かお前…あんま喋らねぇよな?そんなんじゃ 俺 み た い に可愛い彼女が出来やしないぜ?」
ディアッカさんが、一枚の写真を見せびらかしてくる。正直、うっとうしい。
しかし、写真に写っているのはなかなかの美人だ。
「おっと!!惚れるなよ!!」
「…………。」
コーヒーを頭から被せてやりたい衝動に駆られるが、流石にそれは止めておく。
「ディアッカさん…レイさんがうっとうしそうにしてますよ?」
シホ・ハーネンス。ジュール隊の紅一点のパイロットだ。ルナとは違い、おしとやかな女性だ。
呆れた顔で、色ボケしたディアッカさんを注意している。
「シホちゃんも、彼氏が出来れば自然と分かる様になるぜ。」
「そんなものいりません。」
「え…まさかそっちの趣味?」
「違います!!」
凄まじい音が鳴り響く。綺麗に入ったな…平手打ち。何故、こんな人に恋人が居るのか理解出来ないな。まぁ、俺には全く関係の無い事だ…。
我関せずの姿勢でかれこれ数分経った。警報が鳴る。
『コンディションイエロー発令!コンディションイエロー発令!パイロットは至急、MSドッグに集合して下さい!』
「痛ぇ……また来たのかね?本当、懲りねぇ奴だなー。連合ってぇのは。」
「そうですね。でも、ディアッカさんは懲りて下さい。」
「あれは冗談だって。悪かったよシホちゃん。」
調子が狂うな…。とはいえ、連合に奪われた機体は回収しなければな…例え大破させたとしてもだ。
PHASE08―END